日曜日の夜。月曜までの日付が変わるまで一時間。俺はそんな時間帯に駅前近辺をウロウロしている。
大体の者はおいそれと歩いて帰るなり、タクシーに乗って帰る者がちらほらとお目にする時間帯ではあるが、
本日は日曜、癒やしの休日のラスト・デイ。明日からまた平日がやってきては一週間が始まるそんな日に
営業している飲み屋はほぼなく、人っ子一人と歩いていない。
 まぁ、地域によっては賑やかな所はあるかもしれないが、俺の住んでいる地域はだいたいこんな感じだ。
そして慣れた足取りで雑居ビルの間と間の道を歩き、いきつけの店へ向かう。店は隠れ家的なのをモチーフに
しているが、別に普通に道なりに歩いていても付く。ちょっとした近見みたいなもので、携帯電話のアプリで
道案内をしてくれるアプリでもあるように「あれ? 別にこっち行くよりまっすぐの方が近くない?」の様な
ものである。
 そんなこんなでただでさえ人っ気がない夜道の裏の道を行く。まるで自分がこれから悪の取引をするかの
様な、少年の心を忘れない気分でお店に向かうとやがて見えてくる二階建ての小さな建物。一階は花屋で
当然シャッターは落ち閉店状態である。そこの脇にある階段を登り、建物の中間ぐらいの高さで折り返し
登ると扉の前に小さな机に置いてあるOPENの看板。

 カランコロン

 と、扉を開けると呼び鈴。カウンターと小さな机が2つと程よく散ってる椅子、先客は・・・いない様だ。
「いらっしゃいませ~」厨房から聞こえる女性の声。パタパタと足音を点てながらカウンターにやってきては
人の顔をみるなり不機嫌な顔をする。
「なに、笹川さん来たの? もうお店を閉めようと思ってたんですけど」 
「そう嫌な顔をするなよ神坂。待っていたくせに」
「はいはい。待ってなんかいませんから適当に飲んでとっとと帰ってくださいねー」
 全く何しに来たんだコイツみたいな態度とは裏腹にいつも座るカウンター席、奥から二番目の席を軽く
布巾で拭き取るいつもと変わらぬバーテン姿の神坂。俺は席に付き、一番奥の椅子に手荷物を置く。
「マスターは?」
「『日曜の夜に人が来るわけないから俺は休む』と行ってどっか行きましたよ」
「だったら休みにすればよかったじゃん。若いんだから友達と遊びに行けばよかったのさ」
「だって今日はハロウィンですよ? 普通なら稼ぎ時ですー」
「・・・の割にはハロウィンぽくないじゃん」
 まぁそうですけどねっと言わんばりにムッとする神坂。神坂は大学生、本来なら友達と仮装するなりして
夜の街を楽しんでていてもなんのバチも当たらないとは思うが、マスターのじっちゃんの不定休と言う名の
年中無休のこのお店を手伝っているのだ。昼は喫茶店、夜はバーに変わる。故に一メートル弱あるソムリエ
エプロンを身に着けている。
「うっさいわね。私は普段何しているかわからない笹川さんとは違って真面目なだけですー」
「ははは、そう怒るなよ。いつもの頼むよ」
「はいはーい」
 と、ソムリエエプロンから手のひらサイズのメモ帳を取り出し。ささっと書く。そして、カウンターから席を
外し、厨房へ。テーブルより低い棚から袋を取り出し小皿に盛り付けカウンターへやってくるミックスナッツ。
「お飲み物は水のロックでしたっけ?」
 必ずと言っていいほどの定番の台詞を言う神坂。
「毎度思うけど、それ必ず言うよな」
「どっちかと言ったら笹川さんから教えてもらったんですけどねー『水のロック』は」
「・・・いつものスコッチのロックで」
「それが今切らしてるんですよー」
「マジか」
「ので、神坂がシェーカーでハイボール作るんでそれで我慢してくれませんか?」
「構わねぇが爆発するぞ?」
「それぐらいわかってますよー」
 と言うなりカウンターの下からいつもスコッチを取り出す神坂。ロックグラスに荒削りした氷を入れ、
スコッチウイスキーを注ぐ。

 *

 それからくだらない小話を神坂と二人っきりでする。一方的に話をするのは悪いから神坂にも飲み物を
奢ってやってる。っと言っても既に勝手に飲んでいるんだけどな。
「そういえば、笹川さん。さっきも言いましたけど今日ってハロウィンなんですよ? 
トリック・オア・トリート!」
「普通、お客さんにハロウィンお菓子渡すってもんじゃないのかそれ。なんなら俺が俺がしてやろうか?
 トリック・オア・トリート」
「別に笹川さんからなら、別に、いいし」
「おう今から小悪魔にでも仮装してくれるのか?」
「ばか! そんな事しないし」
 おっと、これは怒らせてしまったか。こういう冗談を言うとだいたい語尾を伸ばして聞き流すクセが
ある神坂がどっしりストレートに受け取ってしまったようだ。
「で、でもぉ。笹川がどーしてもっていうなら・・・」
 これは神坂もだいぶ飲んでるな。冗談と本気の境界線を見失ってきている。ここは適当な事を言って
早めに帰るか。
「あ~、悪い。なんか今、ふらーっと来た。帰るわ。お勘定」 
 とでも言うとお会計の手続きをするのだが、この日ばかりはちょこっと違っていた。
「ヤダ」
「あ? なんだそりゃ。タダ飲みしていいって事か?」
「違いますー。まだ、笹川さんにトリック・オア・トリートしてないからお会計なんて許さないんですー」
「悪いが、お菓子なんて持ってないぞ? そこまで何か欲しいなら現金でいいか?」
「じゃあ、仕方がありませんねー。笹川さんはイタズラ決定ですー」
「なんだ顔に落書きするレベルか? その程度なら別に―」
「いいえ。もっと物理的なものですよー」
「は?」
 神坂がパチンと指パッチンを鳴らすと。ボシュ! っと俺の周りが、いや俺が爆発したのか。辺り一面
煙まみれになる。どんなトリックを使ったのかは知らんが、まるで火事場現場の様に辺り一煙で充満し、
火災報知器が火事と誤認して作動してしまう勢いだ。
 げほっげほっっと咳をしながらテーブルを掴もうと伸ばした手は何か壁の様なものに触れるなりべっちゃりと
水浸しになる。
「なんだこれは」
 変に冷たい水浸しの壁・・・っというよりかは巨大なガラス、水槽なんて置いてあったか? などと考えて
いると次第に煙が晴れていき、視野が回復する。
「なんだこれは・・・」
 二度同じ事を言ってしまうぐらいおかしいのだ。おかしい、というよりありえないと言うべきか。普通に
考えて人間がロックグラスと同じ・・・いや、もうちょい小さいか。突然変異と言うにも奇っ怪な出来事。
どうやら俺は小さくなってしまったようだ。
「神坂、大丈夫か!?」
 と、辺り一面を見渡す。同じカウンター席の近くにいたのだ。きっと近くにいるハズ。・・・まさか、神坂の
ヤツは縮小してカウンターに乗らずにそのまま落ちてたりなんてしないよな。
「神坂!」
 ロックグラスと小皿の位置を確認し、まっすぐ走り出す。客が座る席の向こう側へと走り出す。
「はーい、笹川さん。神坂は大丈夫ですよー」
 やけに真上の方から聞こえる神坂の声。良かった。ひとまず神坂も大丈夫そうだ。しかし神坂の奴、こんな
重音感ある声だったか? いや、いつもの悪ふざけか。しかしどこだ。酒瓶なんてカウンターに乗せてないし、
さっきの爆発で酒瓶を並べている棚までふっとばされたか。
「とりあえず、その場を動くなよ。落ちたりなんかしたらひとたまりもないぞ」
「じゃあ、座って笹川さんを待ちますねー」
「ちゃんと足元気をつけて座るんだぞ」
「はーい。笹川さんもあんまりチョロチョロ動かないでくださいね~」
 ・・・神坂の奴随分と落ちつているな。自分の叔父の店が火事みたいな状態になっているっていうのに。
そして、だ。チョロチョロ動くなって、動かなきゃ神坂を探しに行けないだろ。なんて思っていると目が慣れて
来たのか、靄の視野から左上に巨大な影の様なものが見えたと思うとその巨大な影がまるで座ってくるかのように
落ちてくるではないか。

 ズドーン

 と、までには激しくは鳴らないが。巨大な影が落ちてきたお陰であたりの視野を奪っていた靄が風圧で一気に
吹き飛ばされ視界が回復する。そして、そこに映るのは信じがたい光景であった。
「こんばんわ、笹川さん」

 *

「ふふ。笹川さん、びっくりしてくれました?」
 びっくりも何も言葉を失う。だって、目の前に映るのは自分の数倍、いや数十倍、ひょっとしたら数百倍は
ある山のように大きな神坂がずっしりと腰を下ろしカウンターに座っているのだ。
「驚きのあまり声も出ませんか笹川さん。なら、イタズラ大成功ですね!」
 何がイタズラだ! と怒鳴りたい気持ちを抑えよう。酔っぱらいとは言え、俺は大人だ。このわけわからん
状況こそ冷静にならねばならない。というか酔なんぞ吹き飛ばされる状況だ。露骨に深呼吸などせず神坂以外
にも三百六十度あたりを見渡し観察し情報収集をする。
「あ、こら! もしもーし! こんなに存在感抜群な神坂ちゃん無視して何キョロキョロしてるんですかー!」
「・・・無視なんてしているつもりはなかったんだが」
「やっと反応してくれましたね笹川さん」
「マジで俺小さくなってんの?」
「そうですよー。神坂マジックです!」
 すげぇな神坂マジック。え? 何、神坂家って実は魔術師の家系だったりするの? あーいやいや、そんな
オカルトめいたことありえない。魔法のマジックじゃなくて手品のマジックだろ。これ。いやーなんかすごい。
「全く、こんな状態になっていても魔法だの手品だの下らない事を考えているのですか? 笹川さんは」
「え? ・・・もしかして、俺の考え読めたりするの?」
「当然です。神坂マジックですので」
「すげぇな神坂マジック」
「さて、ハロウィンの時間も残り僅かです。細かい事は気にせず本題に入りましょう。神坂さんは、ハロウィン
 にも関わらずお菓子を1つも持ってこずイタズラの対象になってしまいましたという事なんですよ」
 そうだけどよ。っとは何か口にだすことが出来ない。まず、思考が読めるんだったら別に言わなくてもいいか。
「まず、スケールがデカすぎて訳がわからん。俺、ちゃんと元に戻るんだろうな」
「もちろんです。その代わりにちゃんとイタズラを受けなければなりませんけどねー」
 すると神坂は悪巧み全快の笑みを浮かべる。嫌な予感しかしない。一つ、二つと次々とピンタックウイング
カラーシャツのボタンを外し、ボロンとあらわにする巨大な胸。
「最近また発育したのかブラがキツイんですよね~。笹川さんもそう思いません?」
「あ、いや・・・え?」
「もぅ。いっつも店仕舞いギリギリの時間帯にやってきて、こんなにカワイイ女の子とお喋りしておきながら
 変化に気づかないなんて、それってどうなんでしょうね~?」
「それは・・・すまん」
「ダ・メ・で・す。そんな鈍感な笹川さんには罰を与えます~」
 すると巨大な神坂の手が俺をひょいっと摘み上げる。地面から足が離れまるでいきなり真上に急上昇する絶叫
マシンにでも乗ったかのような感覚に呼吸の仕方を忘れる。
「あら、笹川さん大丈夫です? そんなに怖かったですか? むぅ、小人サイズだと力加減が難しいですね。
 ごめんなさい笹川さん。でも、安心して下さい。絶叫マシンの後はトランポリンです」
「へ?」
「あ、でも上手く着地しないとそのまま神坂の谷間に落ちてしまいますね。その場合どうでしょう?肉と肉の
 密集地帯、早朝リーマンでごった煮する満員電車でしょうか? あ、でもそれだと汗臭そうだし、体にも悪そう
 ですよね。いい例えるなら、サウナ! ですかね~」
 結局汗くせぇじゃねぇかというツッコミは死を意味すると思うからあえて口にはしなかったが、全てをお見通し
と言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる神坂。
「体全体を優しく包み込む全身エステ、でどうですか神坂さん?」
 と、何故かどや顔をする神坂。
「もう全身パイズリでいいんじゃねぇか?」
「神坂さんのえっち!」
 と、神坂が言うと巨大手は俺を解放。話された時は時間が止まったかのように停止したかと思ったがそんなのは
一瞬。重力には逆らえずそのまま神坂の胸目掛けて自由落下していったのだった。

 *

「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!???」
 ガバと違う世界からこんにちわ。目の前には変に奇声を上げた俺にびっくりしたのか御盆で身構える神坂の姿。
「は・・・? え、あれ?」
「おはようございます笹川さん。そしてお帰り下さい笹川さん」
 イマイチ理解できない。あれは・・・夢?
「俺寝てた?」と聞くと神坂は呆れた表情でため息一つする。
「『あ~、悪い。なんか今、ふらーっと来た。帰るわ。お勘定』って言った瞬間に眠りましたよー」
「マジか。トリック・オア・トリートは?」
「もう11月ですよ。笹川さん」
 壁に掛けられている時計をみると日付が変わっている。ということは巨大神坂の全身パイズリエステはなかった
事になると。え? ナニコレ。なんで夢の中でこんな不完全燃焼な思いをせねばならぬのだ。昨晩抜いたのがアダ
となったのか。
「はあぁぁぁぁ~。そっかー・・・ごめん。お家帰る」
「バカな事考えてないでとっととお金払って帰って下さい。こっちは片付けもあるので。それともタクシー呼びます?」
「タクシーはいいや。お会計お願いします」
 フラフラと伝票を見てお金を払う俺。すごく勿体無い思いをした。
「あれー? 笹川さんお金多過ぎますよ。今崩しますので少々お待ちを」
「あーいや、いいや。お釣りはやる。それでお菓子でも買うといいさ。頭痛いし。また来る」
「はぁ。ありがとうございました~」
 そして逃げるように帰る俺。心にぽっかり空いた罪悪感。なーにやってんだかね。俺は。意外と結構飲んだのか
それとも年なのか。まだ若いと思っていたんだけど、そういうものなのかねぇ。しくじった。
 だが、夢で良かった。神坂に気持ち悪がられたらもういけなくなるしな。マシマシで払ったし、許して
くれねぇかな。・・・ほんと夢で良かった? 
 あれ? 神坂のやつお会計の時何か言ってなかったか?

 *

「・・・いちゃった」
 静まり返る店内にポツンと一人残る私。ギシッと椅子により掛かかり多過ぎるお会計の端数を有難くもらう。
全く、笹川さんには困った人だ。別に私は好きでヤッている事だから気を使わなくてもいいのに、さ。
「全く今夜だけはもう一度だけサービスしてあげようかな~」
 せめて『夢』の中ぐらいは。隠しててもいいんだけど、お互いの事をもっと知りたいし、知るのならまず私の
正体から教えてあげないと、ね。笹川さん。