キーンコーンカーンコーンっと鐘がなる。時刻は夕方、いつもの下校時間より大幅に遅れている。
まぁ、テストの点数が余りにも悪く学習室で補習をうけていた。ここでまっすぐ家に帰ればよかった
のだが、バックの中に昼間食べた弁当箱が入っていないことに気づいた。面倒臭いと思って、帰えっても
よかったのかもしれないが、持って帰らないと明日が面倒になる。明日の無駄な荷物が一つ増える事になる
から、俺は学習室から教室に戻った。

 教室に戻るなり、自分の机の中を除くと青い風呂敷に包まれている弁当箱を発見した。いやはや、どうして
今日に限ってこんな所に弁当箱を入れてしまったのか、自分でも不思議である。それより、弁当箱一つが簡単に
入れるぐらいスッカスカの俺の机の中身が悪いのか。
 しかし、今日は授業という授業がほぼない日だった。体育とかパソコン、美術などの授業で荷物の少ない日
なのが悪い。楽ちんな授業割だが、英語という教科がなければ最高である。現に今、俺は英語のテストが悪かった
という理由で補習を受けて今に至るのだ。
 まぁ、いいや。まっすぐ家に帰ろう。そう、思った時であった。俺以外にも教室に一人、生徒が残っていたのに
気がついた。
「委員長?」
 教室の入り口には、黒髪ショートで縁のないフレームの女子生徒のクラス委員長の委員長がいた。『委員長』って
いうのが名前ってわけではないのだが、みんながみんな『委員長、委員長』いうもんだから『委員長』という名前が
定着してしまったのだ。幸いにも彼女も言われて嫌そうな素振りは見せたことはない。
 内心はどう思っているかは知らんが。
「あら、松田くん。今から帰るの?」
 ズレた眼鏡をクイッと上げて委員長は俺に話しかけてきた。
「英語の補習でようやく帰る所だよ」
「へぇ~、そうなんだ」
「委員長こそこんな時間まで何してたんだよ? 委員長も補習?」
「いやいや、私は補習じゃないわよ。ちょっと、職員室で先生と話していたらこんな時間になったの」
 あははは、と笑顔で右手を顔の高さで横に振る。しかし、まぁこんな時間まで職員室で先生と話し込んでいたとか、
俺的にはそっちの方が全然嫌だな。
「じゃあ委員長、俺先に帰るわ」
 話を無駄に長引かせるのもなんだからササッと要件を済ませて教室を去ろうとした時だった。
「待って!」
 委員長が立っていた所とは逆の扉から教室に出ようとした俺を呼び止める。ただ、体は既に廊下に出てしまったから
顔だけひょこっと教室を覗いている状態で静止すると、委員長の方が俺の方に近づいてきた。
「松田くんって、家に誰かいたっけ?」
「・・・は?」
「あ、いや。ちょっと、変なコト聞いてごめんね」
「誰も居ないし、帰ってこないよ。俺しかいない」
 随分とひょんな事を聞いてくるな思った。俺はほんの少し、頭が弱い為にちょっと遠くの学校じゃないと
進学できなかったのだ。戻れないことはないが、毎日新幹線通学ではお金はもちろん俺の体力が持たない。慣れれば
なんとかなるような気もしなくはないのだが、親への負担と自分が今まで道楽していた罰とでも思って一人暮らしでは
あるが、ボッろいアパートで一人で暮らしている状態だ。
「そう、だよね。じゃあ、帰りが遅くなっても誰も心配しないんだね」
「・・・委員長?」
「えっ? あ、うん。大丈夫だよ?」
 なんだか様子がおかしい。いつもの委員長とは様子が明らかにおかしく、不自然である。
「何が大丈夫なんだよ。さっきから委員長なんか変だぞ?」
「大丈夫、大丈夫。平気平気」
 怪しい。明らかに怪しい。どことなく片言だし、熱でもあんのか?
「ちょっと、デコ貸せ」
「あぅ」
 俺は委員長の前髪を右手でかきあげて、そのままおでこに手を当てる。別に熱があるってわけではない。
「別に熱があるってわけじゃないんだな」
「だから、平気っていったじゃない」
「あ~ごめんなさい」
 そういうと、右手を委員長のおでこから離すと「もぅ」と頬をぷくっと膨らませながら両手で前髪を撫で下ろして
いた。
 てか、すっげぇ失礼な事してしまった。委員長のおでこに目が行って、そんな付き合っているって訳でもないのに
体が勝手に反応しておでこを触ってしまった。それどころか、今では口元を見て、首筋をなぞるように見て、
ワイシャツのネクタイに自然と目が行っている。
 イカン。これは非常にイカン。どんどん視界が下がるように下を見ていては変態だと思われてしまう。早く
元の高さの委員長のオデコを見なければ。
「・・・あれ?」
 思わず感じた違和感が声に出てしまった。さっきまで普通に立って見ていた委員長のオデコが今では胸元を見ており、
上がるどころかどんどん下がってきている。
「どうしたの?」
「いや、委員長って俺より背が高いっけ?」
 感じる違和感を委員長に言うと、委員長は頭をかしげながらこっちを見下している。いや、明らかに何かが起きている。
目線も胸元から腹部とまもなくスカートの突入だ。
「んぐぅ!?」
「大丈夫。なんにも怖くないから安心して」
 突然委員長が俺を抱きしめてきた。後頭部を両手で押し付けられ、俺の顔は委員長の腹部に押し当てれている状態。
俺は小さくなっているのか、それとも委員長が大きくなっているのか。思考回路が一気にパニックになる。俺が小さく
なるなら服が大きくなって、サイズがあわなくなると考えるべきだが、そんなことはない。いつも通りのフィット感だ。
じゃあ、委員長が大きくなっているのかというと、180cmぐらいある俺の身長の半分ぐらい上乗せした高さに委員長が
巨大化したと考えると身長は260cm。いくらなんでも天井が頭に近づいて、身体も大きく見えるハズ。だけど、そんな
事は一切感じない。
 息が苦しい。結構強く頭を押し付けられている状態を何分何十秒体感したかわからない。両手で委員長の腰回りに
手を当て頭をどかそうと反抗するが、ぐぐぐっともしない。苦しい。苦し紛れに右手をバンバンっと腰回り叩くと頭を
押し付けていた手が離れ、ようやく解放される。
 ふらっとする身体を両手で曲がっている膝に手を当て、ぜぇぜぇっと呼吸を整える。
「すっかり小さくなったね」
 頭の上から聞こえる委員長の声。恐る恐る頭をあげてみると、委員長は膝を曲げてしゃがんでいた。完全に小さく
なっている。
「小さくなった松田くんをみていたら気が高ぶってしまって、吊り上げられてしまっていたみたいで、ごめんなさい」
 どうやら知らないうちに委員長の腹部に押し付けれて吊り上げられていたようだ。さっき、おでこを触ってしまった
代償だと思えば、仕方ないか。
 いや。そんなことより、今はどうして俺の身体が小さくなっているのかが先だ。
「どうしよう、委員長。おれ、ちっちゃくなっちまったみたいだ」
「ううん。全然大丈夫だよ」
「冗談はよしてくれよ。早く誰かに助けを求めないと・・・。委員長はなんともないんだな?」
「優しいんだね。松田くん」
「あぁ、まあな」
 こうしている間にも俺の縮小は進んでいる。はやくなんとか対策を打たないといけない。そうだ、救急車を呼ぼう。
きっと、なんかの奇病に俺だけ今、発症したんだとしよう。不幸中の幸いか、俺の前には俺が小さくなったのを見ていた
委員長がいるわけで、証人がいる。
 俺は右のポケットから携帯を取り出すと慣れた手つきで親指を弾いて画面を開く。受話器のボタンをおして、119と
ボタンを押そうとした瞬間、委員長の右手が俺の手を弾いて携帯を吹き飛ばす。
「いっでぇ。何するんだよ!」
「ダメだよ松田くん。そんなことしちゃ。ふたりっきりになれなくなるじゃない」
「はぁ? 何言ってんだよ。わけわっかんねぇ」
 飛ばされた携帯の方角は黒板の隣にある掃除用具入れるロッカーの所にある。俺は委員長を無視して携帯目掛けて
走った。走れば走るほど教室が大きく拡大していく様な感覚と身体がどんどん小さくなっていく恐怖感じながら、
自分より遥かに高い机の横駆けて行く。
「そんな、そんなの・・・ダメだよ松田くん」
 ガガガ、ガガガっと机の足が床を擦る音が教室中に響き渡る。振り返れば、どこぞの雑居ビルを薙ぎ倒しながら進んで
くる怪獣のような委員長が後ろから追いかけてきた。しかも物凄いスピードで。
 ガガガ、ズシィンという足音と机が擦れる音が段々近づいてくる。委員長に捕まる前になんとか助けを呼ばなければ
いけない。一心不乱で走りぬけ、机の足に付いているゴムとだいたいおんなじ大きさまで小さくなっていたが、そんなこと
はおかまいなし。幸いにも携帯も俺のサイズに合わせて小さくなっているみたいだから、携帯の方が大きいという心配は
ない。あと少しで携帯の所にたどり着く。
 
 その時だった。辺りが何かの影に覆い尽くされた。そして瞬く間に目の前に何かの大木より遥かにでっかい何かが
落ちてきた。
「うわっ!」
 まるで、鉄槌とでも言うべきなのか。俺は突然目の前に落ちてきた何か衝撃で少し後方に吹き飛ばされた。体制を
持ち直して携帯の方角を見れば、そこには巨大な靴があり、それをみあげれば太股まで伸びる黒いニーソックスに、
オーロラの様なチェック柄のスカート。そして、見覚えのある後ろ姿は怪獣の様に大きい巨大な委員長がいた。
委員長は携帯を踏み潰した足の踵で再びぐりぐりとした後に、足を隣にどかすとそこには木っ端微塵に原型をとどめて
いない携帯の姿が見える。もう、どれが塵なのか携帯の破片のパーツなのかわからない。
「そんな・・・」
 絶望にくれた瞬間、再びズドォン、ズドォン、ズドォン、と三回委員長の巨大な脚が動くと、最後にズゥシィィィン
という轟音と暴風が襲いかかる。思わず、両腕で顔を隠してその場をしのいだが、腕を払えば、目の前には山のように
大きい委員長がどっしりと脚を曲げ、尻を床につけ、こちらを見ている。
「松田くぅん・・・」
 委員長は顔を紅潮させ、左手は胸を揉むように握っている。
 やばい。
 本能が言う、全力で逃げねばと。直様体を委員長とは逆の方向に向けて走った。が、すぐに目の前には手の平が
空手チョップの様に降り落ちてきて、意図もあっさり捕まってしまう。ここで、終わってしまうのかと諦めた瞬間、
暖簾みたいなやつを潜り、薄暗い所に運ばれたと思うと、すぐさま何かのクッションのようなものに押し付けられる。
 なんとか抵抗してみようと思うが、背中を押すたった二本の指に抵抗も出来ずぎゅーっと押し付けられる。
「くそっ!」
 このままでは殺されかねない。俺はクッションのようなものをドン、ドンと力いっぱいに叩きつける。薄暗く、
湿度と汗臭さで充満しているこの空間から早く出るためにも精一杯悪あがきをする。
 するとどうだろうか。今度はじんわりとクッションのようなものが湿ってきたのだ。ますます意味がわからない。
一体此処はどこなんだ!?
「松田くん、好き」
 遥か頭上では委員長の色気づいた声が小さく聞こえると、背中を抑えていた二本の指が突如上下に動き出したのだ。
俺の身体も上下にクッションに擦り込んでいく。
 ここで、一通りの流れを振り返ってみる。この薄暗い空間の前に暖簾のようなものをくぐったが、アレはスカートの
裾だとすると、ここは委員長のスカートの中である可能性が非常に高い。そして、この汗臭さも今日あった体育の授業の
せいなのであろう。臭いで意識も朦朧とする中、さらに考えていけば、クッションのようなものが湿ってきた途端、
上下に動き出す手。この行為は何かに似ている。俺は男だから女の事はわからない。だが、やっていることに似ている
ものはある。そういえば、胸も揉むように触っていたような・・・。
 まさか、委員長は―――

 *

「っはぁ」
 薄暗い教室の中、灯りも付けずに私は一体何をしていたのか。欲望を抑えきれず、ついにヤッてしまったのだ。
手の平を横に寝かせ、彼の重さを確認するなり、ゆっくりと目の高さまで持ち上げる。
 松田くんは、ぐったりとして、ピクリとも動かない。死んでしまったのかと不安になったけど、両手で松田くんを
持ち直してゆっくり耳を松田くんに近づける。ほんっと小さくだが、松田くんの呼吸が聞こえて生きている事を確認した。
ひとまずは、安心した。あとは、このことを誰かに見られていないかが心配だ。
 やっぱり、家に招待してからすればよかったんだと思う。どうせ、私にも家に帰れば誰も居ないのだし。パパとママは
海外にお仕事で家に帰ってくるなんてことは滅多にないんだし。これでは、何のために適当な理由から松田くんが
一人暮らししている情報を聞き出したのかっと思う。
 はぁ、とため息一つ漏らし、立ち上がる。立ち上がったらおしりとスカートの周りの埃を片手でポンポンっと払い、
再び松田くんを両手で持ち直す。
「ごめんね。松田くん、私、ばかだったよ。緊張しておかしくなっちゃったみたい」
 この声は松田くんに届いているかはわからない。もしかすると、嫌われてしまったかもしれない。不安と後悔が
襲いかかる罪悪感。やっぱり、押さえるべきだった。
 でも、ずっとここに居るわけにもいかない。松田くんを胸ポケットに優しく入れ、ズレた眼鏡をクイッと直すと、
私はそのまま教室を出た。

 家について、松田くんが意識を取り戻したら謝ろう。松田くんを小さくしてしまったこと。このモノの大きさを変える
事ができる力の事も。
 そして勝手ながら、私も一人が寂しくて松田くんに一目惚れして、ずっと黙っていて、我慢して、抑えて、気になって、
先生に聞いてみたら、似たような境遇であるということに、松田くんと一緒になりたかったという事をしっかり謝ろう。