「ご苦労様ですー」
と、一言哨戒天狗の方に挨拶を言い、監視の交代と共にやっと自由な時間がやってきた。
ここ最近、妖怪の山での仕事が忙しかった。監視の方はいつもどうり何も異常なしで済んでいたが、
上司からの急な呼び出しがあっては雑用ばかりが増えていてゆっくりする暇がなかった。
だが、これでようやくゆっくりする時間ができたことに一安心しつつ私は自宅の方へ帰っていった。

翌日。
昨日は家に帰るなり剣と盾の手入れをしていたらいつの間にか寝ていたような感じだった。
でも、無理に夜ふかしをして半日寝ていたという失敗をしないだけ良かったと考え直す事にした。
今日はにとりの所に行って将棋でもしようかなっと、今日こそ好敵手を倒す作戦を練っていると楽しく
なってきた。今日こそは勝つ。そう心に誓い私は自宅を出た。

空を飛んで行くのも良かったがじっくり作戦を考えたいと思い両手を組みながら進んでいると両耳が
ピクンと反応した。近くで物音がした。足音とはまた違いにゅっという感じの音が背後から感じ取った。
急いで振り返ってみると、そこには空中に浮かぶ赤いリボンがスキマを塞いでいるかのようだ。
突然現れたスキマに私は見る分には何も問題はない。もちろん、犯人もわかっている。
しかし、何故このタイミングにスキマが現れてしまったのか。せっかくの休日だというのに体は
自然と身構えてしまう。
「一体何しに来たのです。八雲紫」
スキマに向かって呼びかけるとスキマは大きく開き、中から八雲紫が上半身だけ乗り出してた。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃない?せっかくの休みなのでしょ?」
「!・・・なら大人しく妖怪の山から出て行ってください。今なら見逃してあげますよ?」
「それより貴方、今時間空いてるかしら?」
「それよりって・・・まぁ、一応ありますけど」
「貴方、外の世界に興味はないかしら?」
「外の世界?」
「えぇ。今からちょっとだけ外の世界に行くんだけど、貴方も行ってみたいかと思って誘ってみた所よ」
「それなら貴方の式と行けばいいじゃないですか」
「橙が熱をだしたわ・・・」
「・・・それは残念でしたね」
視線を一旦外しはぁっとため息をつく紫。ちょっとだけなら自分一人だけで動いた方が行動しやすい
と思ったのは私だけだろうか。そこから気を取り直し、扇子を広げ口元を隠した。
「貴方は今から用事とかあるのかしら?」
「これからにとりと将棋でもやろうかと思っていた所です」
「将棋ね。そういえば、外の世界にも将棋はあるわね。外の将棋の戦術でも見てみない?」
「結構です。戦術は自分の中で考えてはいます」
「そんなんだからいつまでたってもワンパターンな攻めしかできなくて負けるのよ」
「なっ!?」
「貴方は少し周りを見たほうがいいわ。実戦もいいけど見ることも勉強になるのよ?」
「私だって、興味はあります。ですが、私は人間の様な体型じゃないです。すぐ変装したところで
 この耳と尻尾でバレちゃいますよ」
「スキマの中から将棋をみればいいじゃない。外の人間が私達気づき用がないわ」
「しかし、空間にスキマなんてでたら怪しまれますよ!」
「私を誰だと思っているの?この道のプロよ」
「う・・・」
「さぁ、もみじちゃん。これから綺麗なお姉さんとイケナイことしちゃおっか!」
「うぅ・・・少し・・・だけですよ」
「はーい。一名様ご案内しますわ~」
ウフフフと笑い声をだしながら新たなスキマが何もなかった空間から現れた。
「先にスキマに入っていて待っていてくださいな。私はちょっとだけ席を外すわ」
そういうと八雲紫とそのスキマは姿を消し、新たにでてきたスキマと私だけが取り残された。
まぁ、ちょっとだけとも言っていたしすぐ終わるであろうと思った私はスキマの中へと入っていった。


スキマの中に入るなり、背後からにゅっとスキマが閉じ外に出られない状態になった。
前後左右さらには上と下からもスキマの中にある無数の目が私を見られているのがどうも居心地が悪い。
早く出たい。足は地面についているより浮いているような感じだし、自らの意志で空を飛んでいる訳でもない。
段々不安になりながらも辺りを見渡すとスキマの中から新たなスキマがにゅっと姿を表した。
決して遠い所にあるわけでもない距離。スキマからは外からは辺り水面が見える辺り、その先には川か湖の様な
所に続いているのであろうと推測できる。遠く離れていても、窓から外の景色を見ている感覚で観察できるのは
私の能力である“千里先まで見通す程度の能力”のおかげだ。
しかし、スキマの外の景色がわかった所でどうしようもない状態。足は地面についているような感じでもなく、
空を飛んでいる訳でもなく浮いているような感じ。
とりあえず、ダメもとで一歩足を少し前に出してみると落ちるというわけでもなく見えない床を歩ける感覚。
本当に気味の悪いところだ。と思いつつ慎重にスキマに近づいて歩いてゆくと何事も無くスキマの目の前にまで
到着した。
八雲紫は“スキマの中で待っていろ”と言ってからしばらく時間が立っている気がする。
来るまで待つか?しかし、目の前にはスキマの空間から出ることのできるスキマがある。
もし、このスキマがなくなったら辺り一面には無数に浮かぶ目玉に見られているような感覚で待たされる事になる。
最悪の場合、私は八雲紫にハメられ神隠しにあっているのかも知れないと考えるとこの空間から逃げ出したくなる。
どうする?このまま八雲紫を待つか、罠だと思い外に出てみるか?
今さらながらスキマに入ってしまったことに後悔していると、スキマから生まれた新たなスキマの幅が縮んできて
いる。
このスキマが無くなってしまったら外に出られなくなるかもしれない。
悩んでいる時間はない。私はとっさの判断でスキマの中に飛び込んで外に出ることにした。


スキマの外から放たれた強い光に目が眩み目を瞑りながらスキマの外にでると、バシャァという水しぶきの音と
聞こえ、膝より少しぐらいまで上まで水に浸かっている感覚がする。
目を少しづつ開いていくと、辺り一面は水。いや、まっすぐ進んでいけば陸地がみえる。
スキマの外から見た世界だということは間違いはないが、私がさっきまで入っていたスキマはどこかへ消滅して
しまったようだ。
勢い良くでてきたのはいいもののやはり我慢して待っていれば良かったと後悔した。これでは水浸しではないか。
はぁ、とため息を付きながらスカートの裾を上げて水きりでもしようとした時に異変に気づいた。
いつの間にか私の服装が変わっているのだ。スカートはパレオに代わり、いつも身につけている下着とは違う
生地の服装、簡単に言えば川で思いっきり遊べる露質の高い服装、水着である。
水面に映る私の姿は、以前文さんと香霖堂に買出しに行った際に見たファッション誌という物にプリントされて
いた女の人の服装にそっくりだった。よく見ると、右耳に紅葉の葉のアクセサリーもついている。
一体いつ服装がこのように変わってしまったのか?結果的に、普段の服よりかは水面ではこっちの方が悪くはない。
「あらあら、我慢できずにスキマの外にでちゃうなんてイケナイ子ね」
背後から八雲紫の声が聞こえ、急いで振り向いてみるがそこには八雲紫の姿は見えなかった。確かに後ろから声は
聞こえた。左右を振り返っても八雲紫の姿は見えない。
「どこにいるのです!八雲紫!!」
「ちゃんと貴方の目の前にいるわよ」
「目の前って言われても・・・えっ!?」
目を凝らしてよく見てみると、確かに八雲紫は目の前にいたのだが明らかに様子がおかしい。
「あら?見つかっちゃったかしら」
「普通なら気づきませんよ。って、そうじゃない。どうして、そんなに小さくなっているのです!?」
そう。確かに八雲紫は私の目の前にいた。しかし、私の目の前にいる八雲紫はいつもの八雲紫ではなく、小さいのだ。
ただ背が縮んだというのではく、まるで虫のように小さい。息を吹きかけてしまえばどこまで遠くへ飛ばされ、
そこから探すなど不可能と行ってもおかしくないほど小さい。
「別に小さくなったわけじゃないわよ?」
「じゃあどうして・・・」
「逆ということは考えられないかしら?」
「逆?」
「貴方が大きくなったというのは考えられないかしら?」
「私が、大きく・・・」
「そ。貴方が大きくなってしまったってことなのよ」
「ど、どうして。こんなに大きくなっちゃったんですか!わけがわからないです」
「それは“貴方が勝手にスキマの外にでてしまった”のが原因かしらね。言ったわよね?『待っていて』って」
「それは・・・」
「幻想郷から外の世界に行くのは簡単に行けるわけではないのよ。それなりに準備して行かないと情報に誤差が
 生じたりするわ。例えば、幻想郷の大きさとは違う大きさになったりするわね」
「・・・という事は、私は外の世界に大巨人になって来てしまったという事になるのですね」
「そういうことね」
最悪だ。振り返ってみればスキマの中から外の世界を覗くだけだったのに、それを忘れて私は我慢できずスキマの
外にでてしまったのだ。しかも、幻想郷の外の世界に大巨人になって現れてしまったうえ、こんな露質の高い姿で
来てしまったのだ。恥ずかしい。非常に恥ずかしい。こんなに大きくなってしまっては外の世界の人からどんな風
に私は見られているのだろうか。恥ずかしさあまりに両手で顔を隠したい衝動もあるが、ここで八雲紫から目を
離してしまえば見失ってしまうのも怖い。どうしたらいいのかもうわからないよ。
「ほら、もみちゃん泣かないで。ここは外の世界をモチーフにした偽りの世界だから例え貴方が大巨人だとしても
 なにも恥ずかしいがることなんて無いのよ」
「でも、こんなに大きかったら幻想郷に戻ることなんて・・・ヒクッ」
「大丈夫よ。ちゃんと今の貴方が入れるスキマを作って元に戻して帰してあげるから安心しなさいな」
「本当ですか・・・?」
「私を誰だと思っているのよ?スキマに至ってはこの道のプロ。大船に乗ったつもりで任せなさいな」
「はぃ・・・。よろしくお願いします」
「よろしい。じゃあ、その前に“勝手にスキマから出た罰”を受けてもらいます」
「罰?」
「もふもふさせてください」
「えっ?」
「だってー、藍は橙が熱を出したからもふもふさせてくれないっていうより、相手にしてもらえないから
 今日のもふもふタイムがまだしていないのよ」
もふもふタイムってなんだろう?
「わかりました。じゃあ、思う存分もふもふしてください」
「本当に?やったー」
今まで八雲紫がこんなに楽しそうな表情を見せたことがあっただろうかと思うぐらいのとびっきりの笑顔をしてい
たような気がする。もふもふの許可を下ろした途端、八雲紫はスキマに入り姿を消した。
「あぁ~、これ。これいいわー」
どこからか八雲紫の声が聞こえはするがどこにいるかはわからかった。しかし、どうやってこの体格差で会話がで
きるものなんだろうか?私の耳元にスキマを置き、そこから直接声を送っているのだろうか?
「お取り込み中失礼しますが、今どこにいるのです?」
「尻尾」
「尻尾!?」
尻尾の中に八雲紫はいてもふもふを楽しんでいるようだけど、まるで何かをされているよう感じがしない。
一体尻尾の中で何をしているのだろうか。
「お取り込み中失礼しますが、偽りの世界というのはどういう意味があるのです?」
「んー?それは、万が一に備えてのことよ。試験的に作ったようなものだし貴方には関係のないことよ」
「そう、ですか」
「ふぅー。満足。藍のもいいけど、全身で埋もれる。これもまた新しいわね」
「さっきから何を言っているんです?」
新しいってなんだろう?
「じゃあ、準備ができ次第呼び出すから後は好き勝手にして時間を潰していいわよ。
 どうせ、作られた世界だから遠慮しなくていいわよ」
「えっ、いや。ちょっと・・・」
「あー、そうそう。今貴方が浸かっている水は幻想郷にはない、海ってものをまねたものだからたっぷり
 堪能しないと損するわよ?」
そう言うと八雲紫はどこかへ消えてしまったようだ。
声も聞こえず、私は海というところに置き去りにされてしまった。


ザザーン、ザザーン
海に立ち尽くしている私に聞こえる波の音。好き勝手にしていいと言われても何をしたらいいのだろう。
外の世界をまねた偽りの世界。海の向こうには陸地が見える。偽りの世界とはいえど、外の世界の人は
どんなところに住んで、生活をしているのかは見てみたい気持ちはある。
でも、この世界では私の存在はあまりも大きすぎる。私の一つの行動でどんなことが起きることなんて、
ある程度は想像がつく。偽りとはいえど、やってはいけないことだってある。ここで大人しく海というものを
眺めながら待つことにしよう。そう思った時だ。
視線を水面に向けると股の間に何かが通過していくものを見つけてしまった。
手にとって確認しようと思いもしたが、上から見てもわかる。船だ。星蓮船とは違う形でガッチリとしている
鉄の塊のような船だ。よくこんなものが浮いていられるものだと思っていると同時に恥ずかしくなってきた。
普段妖怪の山で部外者の侵入に目を光らせている私が、全く気づかずに股下をくぐり抜けるなんて予想外のことだ。
仕事中というわけではないが、周りにもう少し注意をはらった方がよさそうだ。
仮にこの体格差ならこの世界では負けなしの自信はあるが、こういった不意打ちに備えていつでも対応できるように
普段の生活から意識する必要があるようだ。そうすれば、文さんからのパパラッチにも対応できるようにもなるだろう。
股の下くぐり抜けた船は、急いで陸の方角へ向かっていくのを見守る私。
「あの船、持ち帰ってにとり持っていてあげればきっと喜びそう・・・」
思わずそんな言葉が口から漏れた。好き勝手にしていいのであれば、持って帰ってもいいんじゃないかとも思った。
持って帰っていい物なのかはわからないけど、とりあえず船が逃げないよう捕まえておくことにした。
腕を伸ばし船に手をかざすと、船の大きさは私の手の平よりちょっとだけ大きい。片手で捕まえられなくもない。
優しく、慎重に持ちあげようした時だ。

ボボン!

という爆発音が聞こえたかと思えば、差し伸ばした手から何かが当たって爆発した。私は驚いて一旦手を船から引く
と続けて連続して何かをこちらに飛ばしている。一体何を出しているのか?外の世界にも弾幕ごっこというのが
あるものなのかと幻想郷と外の世界の共通する部分を見つけることができた。体の大きい私は手、腕、腹、太股と
幅広い範囲で被弾してしまった。
だが残念な事に、外の世界の弾幕ごっこというものは幻想郷のとはレベルが遥かに低いものだと同時に感じる事が
できた。いや、この体格差だからそう感じるのかも知れない。けど、この威力では外の世界の弾幕ごっこは幻想郷
の弾幕ごっこには遥かレベルの低いものだというものを感じた。
体の所々に弾幕があたり、煙があがるものの痛くも痒くも熱いものでもない。ただ、何かが触れたような感覚。
初めの爆発した音にびっくりしただけだ。効きもしない弾幕を証拠にもなく続けて仕掛けてくるのも鬱陶しく
なってきた。
「まったく、そんな事しても私に効くとでも思うのですか?」
若干呆れた感じに船を見下しながら言うと、弾幕の勢いも弱くなり、やがては撃ち方を止めた。
「そうです。やるだけ無駄なのですよ。聞き分けが良くて助かります」
意外と聞き分けが良くて大人しく攻撃を止めてくれたのがどことなく可愛いく感じた。
「別に悪いようにはしないですから安心してください」
ニコッと笑顔を作り、もう一度手を差し伸ばし船を掴もうとする。船の側面に親指と人差し指と中指を当てて持ち
上げ用とした時だ。力加減がよくわからずバキバキというものが軋むような音を立ててしまった。
しまったと思い指先の力を緩めようとした時、危機を感じたのであろう船は再び私に弾幕を放った時だ。

グシャア

と、思わず船を握り潰してしまった。薬指と小指の間に飛んできた弾幕の爆発に驚き、そのまま握りつぶしたのだ。
熱いやかんに手を入れた時に熱さのあまりに手を離す反射とおなじ感じに手を閉じた結果、船を握っている最中の
ことで握り潰そうとはしていなかったが、握り潰してしまった。
その手を顔の前にまで持ってきて恐る恐る手を広げてみると、手の平からはバラバラ砕かれた船の残骸だけが残って
いた。
「ごめんなさい・・・」
捕まえるだけのハズだった船は今では見事言わんばかり壊れっぷりである。壊すつもりはなかったのだけど、罪悪感
だけが残った。
だが、同時にこの体格差からこの世界から言わせてもらえれば、こうなることは時間の問題だったのかもしれない。
どれだけ注意を払えどこういう答えが待っていたに違いない。
船を手にした時に優しく掴んだつもりでも、船は大きく歪み、危機を感じ、身を守るために再び私に攻撃を仕掛け、
そして潰された。
それだけ、この世界は弱く脆いものなのだ。どんなことをしても私を止めることはできない。攻撃をしようが、
しないだろうが、私と関わってしまうとこのように壊されてしまうのだ。
なら遠慮することはない。好きなようにすればいいんだ。興味のあるものは触って壊れてしまったらしょうがない
ことなんだと思い切るしか無い。
それに、八雲紫もこう言った“好き勝手にしていい”と。なら、ちょっとぐらい壊したっていいはずだ。
何かに縛られることなく、自由気ままに気になったものを手にとって観察してみてもいいんだ。例え壊れて
しまっても、壊れてしまったのが悪い。そう考えるとちょっとはこの偽りの世界で楽しく時間が潰せそうな気がする。
「ふふ。次は何をしようかな」
ぱんぱんっと手に残った残骸を両手で叩き前を見れば陸地が見える。ずっと海にいてもいいけど、陸地には一体
何があるのだろうという興味が湧いてきた。
「次は陸にあがってみようかな!」
無意識に尻尾もぱたぱたと振ってしまう。幻想郷にはない海を楽しむのもいいけど、せっかくだし色々な所を見て
回ることにした。幻想郷にはない何かが見れるかも知れない。一体、陸地には何があるのか。
楽しみと期待を持ちながら私は海をかき分けながら歩き、陸地に向かうことにした。


ザブザブと陸地を目指して海を歩いて行くと、先程潰した船より小さい船がちらほらと見つけた。
形も色々あって近づいてみると、私の足から生み出される波に飲み込まれたり転覆したりと近くで観察できそうに
なかった。腕を伸ばせど届きそうで届かない距離。
私に取ってただ海を歩いているだけど、この世界からみるとちっぽけな波も全てを飲み込む大津波なんだろう。
残念だけど無視することにしよう。さっきみたいに攻撃されても面白くないだけだ。
気持ちを切り替えて一歩、また一歩と陸地目指して歩いて行くと、水深も段々浅くなってきたようだ。
太股まであった水深はやがて膝、脛と徐々に海から姿を表した。
ザブザブという音もいつしやジャバジャバと水たまりに足を付けているような感じ。
これもやっぱり、この世界の人にとっては、足から零れ落ちる海水も滝のように落ちてきては、振り落とされる
足に水面を踏み、大砲でも落とされたかのように水しぶきを上げているはず。
海水が上がったり下がったり。きっと、幻想郷でやっている弾幕ごっこ並の迫力のあるものが見えているんだと
思う。個人的にはこっちの弾幕ごっこのレベルは低いというのがあったからかもしれない。

こうしている間にいつしか陸地の目の前まで来てしまった。
ちょっと遠いかな?と思っていたが、思ったよりあっという間についてしまった。足元を見てみると私の親指よりも
小さい船が浮いていた。大きさは様々あるとしても、ここまで小さいとやっぱり途中辛うじて浮いていた船も
私に一思いに踏み潰されて海の藻屑にもしていたのかもしれない。
しかし、そんなことよりも問題はこれからだ。陸地を見るかぎり私が陸に向かってえば私から生まれた波がさきに
陸地に押し寄せ、少々水浸しになっている。手前の方からみてみると、無数の小さな煙突と思われる建物が沢山
あり、ある程度の波に備えて手前には壁のようなものも置いてある。煙突から黒煙が吐き出され、私の膝ぐらいの
高さまで舞い上がっている。今の私の服装は水着であって、煤が肌に触れて汚されるのも嫌なので、両手で海水を
掬って鎮火させた。海水をかけた高さもあったのか海水をもろに直撃した煙突は簡単にへし折れた。
だが、似た様な建物はまだ複数ある。
「まったく、こんなに綺麗な海もこんな汚いものを吐き出されてしまっては可哀想でしょうに」
片手を腰に当て周りを残念そうに見渡す。海と比べればこんな建物なんて比べ物にはならないけど、その積み重ねが
最終的には海を汚してしまう行為に繋がる。幻想郷には海がないからなのか許せない感情が強くなった。
「こうなったら私が一つ残らず踏み潰してあげます。少しは海を汚してしまったことを反省してください」
右足を上げ、海水をかけた建物めがけて足を踏み下ろすと重大な事を思い出したのだった。
「あっ!」
ドシン!足を踏み下ろしている時に、今の私は素足だったということに気づいた。例え容易に踏み潰せるものでも
刺とか針を素足で踏むと大きさ問わずに痛いという感覚があるわけだ。弾幕ごっこは全然痛くも痒くもなかったが
それは火力が低いからなだけでこれは違う問題だ。
「あれ?」
思いのほか踏んでも全然痛くないのだ。別に痛くないということに問題はない。むしろ痛くなくて安心した。
次に目に止まった建物に近づいて、さっきと同様に足を踏みおろすが、ちょっと様子を見るためにゆっくり足を踏み
下ろしてみると、痛くはなかった。薄々気づいてはいたのかもしれないが、外の世界をまねた偽りの世界だから
実物とは異なるのかもしれないけど、この世界はやっぱり脆いということ。
しかし、これでお構いなしに行動できるという事もわかった。
海に片足をつけては一気に振りあげて残りにも海水を一気にかけてから踏み潰したり、わざと直接踏み潰さずに
建物の隣に思いっきり足を踏み下ろせば地面は大きく沈みこみ、クレーターが建物を飲み込むのをみたりとやりたい
放題していたら、一通り煙突のある建物はなくなったようだ。
終わってみればあの煙突には一体なんの意味があったのだろう?という疑問だけが残った。

次に視点を奥の方に向けてみると、海水は結構奥まで行っていたみたいだ。もしかすると、さっきの海面を蹴った
影響もあるかもしれないけど、この世界に住む人の民宿、住宅地にまで浸水していたみたい。
なるべく浸水被害の少なそうな所から上陸しようと思い辺りを見渡してみると、無いこともなかったようだ。
浜辺に沿って歩いてみても、私の波に飲まれないぐらい高い所にある。手前には見張り台の様なものもある。
試しに摘んで持ち上げてみようとすると膝を曲げて、親指と人差し指にあっさり潰され支えを失った上部は
まもなく落下した。
まぁ、仕方が無いよね。脆いってのはわかっていたいし、こうなることもわかっていた。
「さて、壊れてしまったものは仕方がない。そろそろ上陸してみますか」
気持ちを切り替え、見張り台が会った場所に足を踏み下ろし、もう片方の足も海から足をだしようやく上陸する事が
できた。
住宅地を一通り見渡すと色鮮やかな家がたくさん引き締められている。もっと近くで見てみようと近づいてみようと
一歩、また一歩と近づいて行くとあっという間にこの世界の里の入り口まで辿りついた。
ここがこの世界の人間の里、幻想郷のと比べると立派な感じがする。幻想郷にも立派な家はあるものの、この世界の
人間の里の方が品があっておしゃれな感じがする。
でも、私はこれからこのおしゃれな民家を襲おうとしている。段々感覚も狂ってきているような気もする。
足元には小さな民家。私の一歩で数十の民家を一気に踏み潰すことができる。それは普通じゃできない行為だけど
今の私にはできる。民家があったら踏んでもいい、自分よりも小さいものは踏んで壊れても仕方がない。だって、
小さいんだものという我ながら恐ろしい感覚が芽生えつつある。
「それでは、今から踏んでみますので踏まれたくない人は私から逃げてくださいね~」
いきなり踏み潰していくのも可哀想だと思った私は一応破壊宣言をしてからこの世界の人間の里に足を踏み入れた。

ズシィン

一瞬にして数十の民家が私の素足の下敷きになった。踏んだ足を振り上げてみると私の足跡がくっきり残されては
足跡にはそこに家があったのであろう屋根の色が地面の色と同化しようとしている。足跡の周りの地面は盛り上がり
クレーターができ、周りには地割れが生まれ運悪く飲み込まれてしまった家もある。
そして、家を踏むというのも思っていたより、痛いという感覚はない。むしろ、足裏で踏み潰すという感覚がまた
クセになりそうで、前ににとりが外の世界にあると思われる“健康足つぼボード”というのを相手にするより
全然気持ちがよかった。
気分も良くなってきてまた一歩、また一歩と里を次から次へと踏み潰し、自然と踏み込む力も強まっていた。
ズシィン、グシャ、ズシィン、メキャと足音と共に聞こえるものが壊れる音。振り返れってみれば私の足跡が
破壊を物語っていた。
ただ踏んで行くのもいいが、全部壊す前に壊れていない家でも覗いてみようと四つん這いになることにした。
しゃがんでから踏まれていない民家を狙って膝を下ろした後に両手でも民家を破壊した。
ふふ。この姿勢なら私の真下にいる人はどうみえているだろう。私の肌を間近で見れて興奮しているか、空が肌に
変わって恐怖しているかのどっちかでしょう。目に映る人間達もどこへ逃げたらいいのかわからないかのように私を
見上げている。ふふ、可愛い。どこへ逃げても同じですよ。
「それでは、今からうつ伏せになりますね♪」
ニコッと笑顔をプレゼントしてから一気に体を地面に落とし一思いに潰してあげた。

ズシィィィン

と轟音を立てながらうつ伏せになった。一気に壊れてしまうのは勿体無いけど、体全身で押し潰すのも悪くない。
「ふふ。私の体の下敷きになった気分はどうです?」
なーんて、言葉を言っても感じる前に逝っちゃいますよね。
うつ伏せになって目の前にも少し家はあるので、息を思いっきり吹きかけてあげれば屋根が飛ばされた後に家も
バラバラに分解されながらどこか遠くへと飛ばされていった。尻尾の方もぱたぱたと地面に当ててみると破壊を
免れた民家があったようで、グシャ、バキャと壊れる音が聞こえた。
あはは。潰されずに済んだ人には可哀想だったかな?でも、小さすぎる君たちが悪いんだからね。
「ふぁ~。どこへにげても、ぜ~んぶこわしてあげますからね~」
なんだかとっても眠くなってきた。ちょっとだけ、休もうかな。
こっちに来てから、色々したなと振り返る。小さすぎる世界に驚き、戸惑っていたのが今では破壊を楽しむ侵略者
のようだ。
侵略者。もし、妖怪の山にこんな敵がきたらどう対処すればいいんだろう?警告しても多分聞こえないよね。
それじゃあ、どうしよう?うーん・・・いるわけないか。もしいたら、それは博麗の巫女に任せるしかないよね。
意識がぼーとしてきた。ちょっとはしゃぎすぎたから一気に疲れちゃったみたい。
ちょっとだけ。起きたらまたたくさん遊ぼう。そうしよう。それまで、私をどうにかするかちゃんと
考えてくださいね。それじゃ、起きるまで、おやすみなさい。
辛うじて開けていた瞳を閉じれば眠りはあっという間にやってきた。


「――じ!―みじ!ちょっと、いい加減に起きなさい椛っ!」
聞き覚えのある声が聞こえると同時に私の頬をぺちぺち叩かれている。一体誰です?
目を開けると目の前には文さんが少し心配気味な表情で私を見ていた。
「文さん・・・?どうしたんですか?」
「どうしたんですかはありませんよ。空を飛んでいたら見に覚えのあるのが
こんな道のど真ん中で倒れていたから心配して見に来てあげたのです」
「・・・え?」
あれ?と思って辺り見渡すとあの世界ではない。いつの間にか妖怪の山に戻ってきていた。
「まぁ、休みをどう過ごすかは椛の勝手ですけどねぇ・・・道端で倒れていは心配しますよ?」
「すみません・・・」
そうか。どうやらさっきまでの出来事はどうやら夢のようだったみたいだ。この辺で八雲紫と会ったと思っていた
けど、実は考え事をしている内に気を失っていたということなのか。
では、あの出来事は夢だったのか・・・。空を見れば茜色に染まり間もなく陽が沈む。
一日が終わり、また明日から一日が始まる。
「夢、でしたか・・・」
それにしてもあの出来事は悔しい。とっても楽しかった反面実は夢でしたというこの終わり方。
はぁ、なんかまたどっと疲れてきました。
「・・・?どんな夢をみていたのです?」
文さんもきょとんとした表情で私を見つめる。
「笑わないでくださいよ?」
「笑いませんから安心してください」
「実はですね・・・。私、八雲紫に外の世界に連れていかれた夢をみたのです」
「これまた珍しい組み合わせですね」
「そうなんですよ。で、その世界に行ったら私は大巨人になっていたのです」
「椛が?で、どうなったのです?」
「それが・・・えーっと、うーん・・・あれ・・・?」
まずい。内容はハッキリと覚えているんだけど、恥ずかしくて言い出せない。ここは夢ってことでうまく誤魔化して
覚えていないですと逃げよう。
「すみません。どうも、思い出せないです・・・」
「あやや~。そこまで話されては気になりますね~。どうにか思い出してみてください」
そういうと、文さんはポケットから取材に使うメモ帳、文花帖を手に取り出した。
「ちょっと、文さん記事にしないでくださいよ。夢は夢で全然思い出せそうにないんですから」
「あやや?そうなんですか。でも、随分と楽しそうに踏み潰していたようですけど、どうでしたか?」
「それは、まぁ・・・楽しかった・・・ですよ?」
「ほうほう。では、次に大型の船を楽々と持ちあげて何をしようとしたのです?」
「あれは、外の世界の船ならにとりに持ち帰って見せてあげれば喜ぶかなと思っていたんです」
「なるほど。しかし、あのあと船から攻撃されましたよね?」
「はい。びっくりして思わず手を閉じちゃったら、握り潰してしまったんです」
「船にはたくさんの船員がいたはずです。握り潰してしまったことに罪悪感とかは感じましたか?」
「それは、ありました。一気に沢山の命を葬ってしまったのですから・・・」
「椛は優しいですね」
「そうでもないです。逆に少し吹っ切れた部分もありました」
「ほぅ。それはなんです?」
「遅かれ早かれこういう結果がくるんだろうなというのがありました」
「あや~椛はいけないですね~。そして、好き勝手にやりだしたと?」
「はい・・・。って、文さんなんで夢の内容知っているんですか!?」
普通に会話してしまった。むしろなぜあの夢の内容を知っているんだ?
「それはですね~」
そういうと、文さんは文花帖に挟まっていた写真を数枚私に見せた。
「あ!!」
「随分と楽しい休日を過ごしたようですね」
船を握り潰す私の写真、煙突からでる煙に嫌な顔をする私、楽しそうに里を踏み荒らす私の写真を文さんは私に
みせてくれた。
「な、なんでそれを・・・!?」
「あやや~?どうしたのです椛?顔から火が吹けるぐらい真っ赤ですよ?」
「いや、なな、なんで文さんがそれを持っているのです!?」
「明日の新聞の見出し、“大巨人出現!?”で決定ですね~」
「や、やめてください」
「なんだかネーミングがピンと来ませんね~?椛は何がいいと思います?」
「だからやめてください!お願いしますよ!!」
恥ずかしい。なんで、なんで!?夢じゃなかったの!?夢だったらどうしてあんな写真を文さんが持っているのか?
「いやですよ~。目の前で写真撮る時も見つかるんじゃないかって結構ギリギリの状況で撮ってたいのですから」
「“ギリギリの状況で撮っていた”って、文さんもあの世界にいたのですか!?」
「いなければこんな楽しそうな椛の写真は撮れませんよ?」
「うぅ~~~。と、とにかく新聞の記事にだけはしないでくださいよ!!」
「それはどうしましょうですかね~?あや?もうこんな時間ですね。私は先に帰らせてもらいますね」
不敵な笑みを残しながらビュンと文さんはその場から飛び去って行った。しかし、こうしてただぼーっとしていては
いけない。私も追跡しなければならない。なんとしてでも写真を奪い返さなければいけない。
「あややや~?どうしたのです椛~。貴方の家は反対の方向ですよ?」
「写真を処分するまでは安心できません!」
「じゃあ、私を捕まえるしかありませんね~」
そういうと文さんは更に速度を上げて距離をあけてしまった。うぅ~、文さんはまだ完全にトップスピードで
逃げているわけではない。完全に遊ばれている。
「ま、待ってくださいー!!」
負けるわけにはいかない。あんな恥ずかしい写真を撮られていてはもう外にでることすらできなくなってしまう。



結局、その日の最後は文さんとの鬼ごっこは夜遅くまでかかった。
写真は違う記事作成を手伝うということでないことにしてもらった。文さんも記事にするつもりはなかったようで
あのインタビューは私の気持ちを聞いてみたかっただけのようでした。
でも、写真は記念に取っておきたいようです。が、いつ悪用されるかもわからない。
どうやらしばらくの間、私は安心できそうにないです。


めでたし、めでたし。