小さい頃、ある少女は虐められていた。普通の人間には持っていない力をもっていたからだ。少女は虐めれていた。
遠くから同じ歳の男の子達からは石を投げられ、女の子からは気持ち悪がれ、誰からも相手に去れなかった。自分も
普通の子供の様に友達と遊びたいと、そう願っていた。
 ある日の事だ。少女を『魔女』と呼び、どこで覚えてきたのか『魔女狩り』と称し、数人で少女を囲んで虐めていた。
その時、少女には力がなかった。当然、男の子の力に太刀打ちもできる訳もなくひたすら蹴られたり、殴られた。
 自分の持つ力を呪った。こんな力さえなければ、と。やがて痛みは復讐へとカタチを変えようとしたその時だった。
ドスっという鈍い音が聞こえ男の子一人がふっ飛ばされたのだ。少女もよく状況を理解できていなかった。突然救世主
が登場したのだ。
 突然現れた少年は、少女を虐めていた男の子達を殴り殴られ蹴り返した。決して強いわけではなかったが、なんとか
少女を虐めていた男の子達を撃退したのだ。
 少年は力尽き、その場で大の字で倒れた。少女は彼に助けられたのだ。傷だらけの彼に少女は近寄り、両手をかざすと
青白い発行した光を放った。するとどうだろうか? 男の子の傷はみるみるうちに癒えていったのだ。少女なりの、少年へ
の恩返しだったのだろう。それと同時、一つの覚悟を決めていた。

 また一人、自分の事を気持ち悪がるのだろう。

 しかし、少年は違った。少女の謎の力の存在を知らなかった少年は目を光らせ驚きから感動した表情で、嬉しそうに
喋った。
「すっげー、今の何? 手品?!」
 少年は不思議な体験をし、興奮を隠しきれなかった。どうやったのか、手品のたねを教えろだの少女に聞いた。少女は、
少年の質問攻めに困りながらも嬉しかった。友達でもなかった少年がボロボロになりながら自分の為に戦ってくれた事。
そしてなにより、少女の力を一切気味悪く思わなかった事。むしろ興味津々だ。少女が呪ったこの力を少年は羨ましい!
など自分の事を褒めてくれた。この少年が初めてだった。やがて、少女は初めて自分が普通の子供達に受け入れられたと
思い、その場で泣いてしまい、少年を困らせてしまった。

 そして、この出来事が全ての始まりだった。少女に初めて友達ができたのだった。

 *

 ピンポーンっと、インターホンが鳴る。玄関のドアノブに手を当て、扉を開くとそこに立っていたのは、橙色の
ワンピース姿で、襟元には黒いネクタイ。さらに、黒マントと頭にはウィッチハットを被っているコスプレ少女がバスケットを
持ちながら立っていた。深く被っているウィッチハットのつばをくいっと持ち上げると、少女の顔が見えた。と、同時に
コスプレ少女が正体が知り合いだったという事もわかった。
「何やってんだ、街子」
「ふふふん。トリック・オア・トリートだよ~」
「そういえば、もうそんなシーズンか」
 時刻はすっかり陽が落ち、電灯に明かりを灯す時間帯。そして、10月下旬のこれからますます寒くなるシーズンに、
街子は半袖。ワンピースも太股ぐらいの長さで、どう考えても寒い。最近クラスの人から教えてもらった『ゼッタイリョウイキ』
というのはこれの事かな? と思いながら、膝よりちょっと高い黒ソックスはまっすぐに真っ赤なパンプスまで伸びている。
 っと、そんなことはどうでもいい。
「とりあえずあがれよ。寒いだろ?」
「う、うん・・・」
 マントはしているだろうがやっぱり寒かったみたいだ。身を縮こませながらゆっくりと中へ入ると「お邪魔しま~す」と
と一言玄関で言うと、そのまま茶の間へと向かって行き、その数歩後に続いて俺も向かう。
「適当に座っていいぞ」
「はーい」
 と、街子が返事をすると、適当なところから座布団を二つ敷き「よいせっ」と言いながら座布団に座り、ウィッチハット
をテーブルに置く。金髪ショートの青い瞳の街子の姿がみえる。街子の顔を見ながら俺も座布団に腰を下ろす。
「お前もいい年して、そんな格好よくするよな」
「いい年してって、まだ私達高校二年だよ!?」
「まぁ、そうだけど。お前みたいにノリノリでハロウィンのコスプレしている高校生なんていないだろ?」
 ぐぬぬっという悔しそうな表情から少々顔が赤くなってきた。どうやら街子以外、普通の日常風景と変わらず少々
恥ずかしい思いをしながらマンションの階段を登り、俺の家までわざわざトリック・オア・トリートしに来たのだろう。
「別に私は・・・恥ずかしくなかったもん」
「でも、街子って外国人っぽく見えるから皆も勘違いしてくれたんじゃないの?」
「私も立派な国産なのにねぇ・・・」
「で、本題は? 電話もなしにくるなんて珍しいじゃん」
「あっ、そうだった」
 街子はおもむろにバスケットから先端が星の形をしたステッキを取り出した。
「トリックオアトリート! お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ~」
 ビシっと星が付いているステッキを俺の前に突き出す街子。
「お菓子なら目の前にあるだろ」
 それに対して、俺はローテーブルの上にある茶菓子の入った容器に指を指す。
「む~、意地悪。私は悟に言っているんだよ?」
「だからここにあるだろお菓子が――」
「待って!」
 テーブルの上に置いてある茶菓子に手を伸ばし、街子へ与えようとした瞬間待ったをかけられた。俺はそのまま静止し、
街子の顔をみる。ちょっぴり怒っている感じだ。
「そんなにやる気がないなら少しはスリルを味わった方がいいと思うよ?」
「・・・は?」
 ハロウィンでノリノリの街子の期待を完全に裏切っているようで、街子も少々ご立腹のようだ。そして次の瞬間、突然
真っ白な煙が発生し、当たり一面を包み込んだのだった。

 *

 煙がはれると、俺は真っ先に違和感を覚えた。見るもの全てが大きく見える。
「ふふん。驚いた?」
 上空からは街子の声が聞こえ、上を見上がればテーブルから身を乗り出し、こちらを見ている街子の顔がある。
「久しぶりにやってみたけど、ちょっと小さかったかな?」
 そういうと、どこから取り出したのかわからないけど、定規を俺の前に突き立てる。
「悟、何センチある?」
 定規ってこんなにデカかったっけ?と思いながら再び、街子の方を見る。身体は完全にテーブルの上に乗り、腕を伸ばし、
定規を俺の方に突き立てている状態だ。
「今に見てろよ」
「はやくはやく~」
 くそっと思いながら定規の前に立つ。角の部分のメモリの線が薄れており、黒い煤のようなものが薄っすらと付いている。
俺は街子の言われた通りに定規の前に達メモリの数を数えてみる。
「・・・8ミリ」
「うっわ。悟、小さい!」
「誰のせいでだよ!」
「お菓子をくれないからイタズラしたまでよ。お菓子くれたら戻してあげる」
 このやろうと思いながらも街子には不思議な力があったことを思い出した。小さい頃、いじめっ子から街子を助けた時に
初めて不思議な体験をしたが、それ以来街子はその力を使わなかった。急に使えなくなったのかと勝手に思っていたが、
そんなことは決してなかったようだ。
 しかし、今はそんな昔の事を思い出していても仕方がない。これからどうやっていこうか。お菓子をくれれば元に戻すと
言ってくれたのはいいが、1cmもない小人にさせられて茶菓子のあるテーブルも高い。どうやって取りに行けと?
「あ~、無理。詰んだー!!!」
 座布団にゴロンと大の字になり、思わず叫んだ。仮に登れたとして台と脚がねずみ返しの様になっていては、脚を登って
も意味が無いのだ。
「えぇーっ!? ちょ、ちょっとはがんばってよ!」
 何かを期待している街子。いや、無理なものは無理だ。この状況でがんばる俺の姿でも見て楽しみたかったのか?
「なぁ、街子お菓子投げてくれよ。それやるから」
「だ、ダメに決まってるでしょ!? なんで、お菓子求めている人にお菓子投げろなんて言えるのよ!」
「だって、無理に決まってるだろ! こんなテーブルの脚頑張って登っても、
 ねずみ返しみたいになってて台の上には到着できないんだからよぉ」
 すると、街子はむむむっ?っと眉間を寄せてテーブルから体を起こしドシン、ドシンっと足音を鳴らしながらこちらに
近づいてきた。そして、床に耳を当てながらテーブルを覗きこむ。
「確かに無理っぽいね」
「だろ~?」
 このままこんなゲームはやめてもらいたい。
「でも、こうすれば登ること出来るよね?」
「・・・へ?」
 ズシンっとお尻を床に座り込み、両手の親指を太股まで伸びている黒ソックスの中に入れると、するするっと脱ぎ
だしたのだ。そして、裏返しになったソックスの中に手を入れ、先端を摘んでもう一度ひくと元通り。さらにソックスの
入り口を親指と人差指で摘んでテーブルの台の上に置く。
「はい! どうぞ」
「・・・マジで?」
 恐る恐るソックスに近づき、握ってみる。街子の温もりを感じながらも確かに登れないことはなさそうだと思った。
だが、やはり不安だ。今から40階だてぐらいはあるんじゃないかと思う建物を登るにせよ、万が一手が滑って落下したら
どうだろう? 死ぬんじゃね?
「街子さん、これ落ちたら俺やばいよね?」
「それもそうだよね」
 そういうと、街子は体を近づけ、一旦ソックスで俺をを包み込むと仰向けに倒れたようだった。そして、ソックスの
壁を解放。魔法の絨毯にでも乗っているかのような状態で街子の目が見える。
「しっかり捕まっててね?」
「へっ? う、うわああああああ」
 講義する暇もなく、横に伸ばしていたソックス角度を少し変えて縦にすると、何かに捕まっていないと落ちてしまう。
俺はとりあえず、ソックスにしがみつき、下を見る。
「落ちたら私が食べてあげるね」
「ふ、あーもう、えええーい!!!」
 ふざけるな! っと言おうと思ったがやめた。講義した所で多分むりだろう。逆にむしろ食えるもんなら食ってみろよ
というなかばヤケクソ気味でギシギシギシ脚立を登るように進む。幸いにも裸足だったのがよかった。
「悟、がんばれ~。無理だったら体で払ってもいいよ~」
 それはつまり、俺に落ちてきても大丈夫だよってでもいっているのだろうか。冗談でもちょっとイラっとくる。しかし、
街子の頭がある分、テーブルとの距離も最初の頃と比べればそう長いわけではない。四階建ての校舎にでも登るかのよう
な感じ。決して、体力に自信があるというわけではないから早々に決める。元気なうちに決めると一生懸命になって
ソックスを登る。

 数分後、俺は無事にテーブルまで登り切った。明日は前進筋肉痛だろうとテーブルの上でゴロンと倒れた。すると、
ぬっテーブルを除く街子の姿がみえた。
「本当に登ったー。悟、すごーい」
 パチパチパチと拍手をする街子。驚きの表情からまさか、本当に登り切るとは思わなかったようだ。
「お、おうよ・・・」
 倒れながら親指を立てた腕を街子に突き出す。はぁはぁはぁ、っと呼吸を整えてから茶菓子の置いてある容器に向かい、
よっと登る。適当な茶菓子に手をポンポンと叩きながら街子にみせる。
「これ・・・やるから元に戻して・・・」
「ちゃんと持ってきてよ~」
「無理いうなよ・・・」
 このままでは本当に死んでしまう。しかし、がんばりもここまで。最後の力を振り絞った俺はその場で倒れこむ。
「わわわわっ?! わかった! わかったわかった!」

 ボシュー

 再び白い煙が辺りを包みだした。

 *

 煙がはれると、俺は元の大きさに戻っていた。
「悟、おつかれ!」
「誰のせいだよ・・・」
 前進汗びっしょりの俺に対して、涼しい顔の街子。
「でも悟、お菓子のチョイスがちょっと意地悪じゃないの?」
「なんで?」
「これ『干し梅』じゃん」
「仕方ないだろ。茶菓子だって、立派なお菓子だ」
「むぅー」
 ちょっと納得いかない表情の街子。また、小さくさせて選び直しをさせるつもりなのだろうか? それだけは、勘弁して
もらいたい。しかし、俺はふと、街子のある言葉を思い出した。
「不満か?」
「割りと。甘いのがよかった」
「じゃあ、これならどうだ」
 俺はそう言うと街子を押し倒した。
「きゃ! 何するのよ!?」
「街子、お前、可愛い顔してんな」
「へ? いきなり何を」
「確か街子は『無理だったら体で払ってもいいよ』っと言ったよな?」
「い、言ったけど、それは、そのぉ・・・」
 恥ずかしがる街子。体の疲労はマックスだが、不思議と元気だった。
「いいか?」
「優しく、してね?」
 そういうと、街子は目を細め優しく微笑んだのだった。



 トリック・オア・トリート

 今度は俺がイタズラする番だ。