1.プロローグ

 ある日のことだ。扉の叩く音が聞こえ、玄関の扉を開けるとそこには、背丈の高いロングヘアーのメイドが
立っていた。彼女はにこっと笑い一言。
「初めまして。私、サヤと申します。ヤスさんですよね?」
 何故、このメイドは俺の名前を知っているんだ?この日からメイドは毎日俺の家に来るようになった。


2.通いメイド
 
 突如現れた謎のメイド。玄関の前に立ち、俺より頭1つぶんぐらい大きい。青いロングヘアーに対して短い
スカートにエプロン。胸元は赤いリボンで結ばれており、胸もそれなりに大きい。頭にはホワイトブリムをつ
けている。
「あのー…どちら様でしょうか?」
「今日からヤス様をお世話するメイドです。何なりと言ってください!」
「……じゃあ、帰ってください」

 バタン。ガッ、ドン!

「いやいやいや、待ってください。お願いします」
 彼女はそう言うなり、閉まる扉に足をかけ手でこじ開けてきた。こっちは、両手で閉めようとしているのに
彼女は笑顔で片手で扉を閉めるのを阻止している。
 こっちは、両手で全力だっていうのに、このサヤとかいうメイドは片手で止めて…あ、手震えてる。
「ん〜ぅ、っほ。私の家系は、代々貴方様をお世話、ご守護するという使命なんですから…追っ払わないでく
 ださい」
 ドン!っという音で完全に扉を開けた。
「負けたよ…。どうせ、親父に雇われた使用人だろ?俺は戻る気はないよ?」
「そうですね。お父様はとっても心配しています。でも、戻りたくないなら戻らなくていいじゃないですか」
「………は?」

 俺の家は代々、大企業の社長を務めており親父の後を俺が付くっということだ。しかし、俺は社長という
部下に指示するのには向いていない、そう自覚し家を飛び出た。そして、現在はひっそりと山奥の古臭い屋敷
で本を書いている。言わば、小説家である。収入はそこそこからぎりぎりであり、親と共に住んでいた頃にもっ
ていた貯金で現在を生きている。
 そして、俺はこのメイドを親父に差し向けた刺客、っと考えた刹那、そういうわけでもない。
「じゃ、じゃあ…何しに来たんだよ…?お前…」
「何をって…決まってるじゃないですか。お世話しにきたんですよ。掃除、洗濯、家事、私。なーんでもでき
 ますから任せてください!」
 えっへんといわんばかりの顔である。最後の私ってなんだ?
「…とりあえず、あがれよ」
 
 数分後、客をもてなしたはずの俺は現在座っている。お茶を入れに台所に向かったらメイドは「私がやりま
すから大丈夫ですよ」といい、強制的に客室に座らされた。なんともいえない状態の中、メイドはやってきた。
どこから持ってきたかわからない銀のお盆にティーカップとティーポット。俺の横に立つなり、紅茶の入った
カップを置く。
「どうぞ」
「あ、どうも…」
 メイドは向かいの席に座り、辺りを見回してから俺をみつめた。
「ヤスさんは、この屋敷に一人で住んでいたんですか?」
「あぁ、そうだけど?」
「どうして一人なのにこんな大きな屋敷に住んでいるんです?ヤスさんを見つけるまえにアパートとかありまし
 たけど…掃除とか大変じゃないですか?」
「掃除…はしてない。使わない部屋を掃除しても意味がないし、時間の無駄だ。あと、俺は団体で生活している
 アパートとか無理なんだよ…隣に気にしてうるさくしないようにしても隣から馬鹿みたいに騒がれては仕事が
 できない。なら、一人で静かに書いていた方がいい…」
「そうだったんですか…なんだか、ヤスさん、可愛そうです」
 悲しい顔をするメイド。代々、俺の家系の面倒を見ている人だとは言えどこの駄目っぷりには呆れるかと思っ
たら同情してきた。これも、面倒を見るっという意味での同情なんだろうか?
「でも、今日から私も一緒に生活するんで、寂しくないですね」
「お前、同居する気か?」
「駄目ですか?」
「駄目だ」
「じゃあ、通います」
 むっとした表情からキリっと物申した。なんという開き直りだ…いやいや、駄目だ駄目だ。
「仕事の邪魔になるから駄目だ」
「邪魔にならないようにしますから安心してくださいな〜」
 そしてこの顔である。にこっと笑顔で顔を若干傾ける。このメイドに敵う気がしない。しかし、ここで引く訳
にはいかない。
「…そこまで言うなら、試してやるよ。そして、邪魔だと思ったら出てけ。通いでも二度と来るな。それが条件だ」
「はい。ありがとうございます」
 なん…だと…!?立ち上がって偉そうに指さして…そこから感謝するかのようにお辞儀をしただと…!?
「では、今日はこの辺で撤退します。また明日、出直してきます」
 そういうなり、メイドは席を立ち「失礼します」と言い残し客室から出て行った。遠くから玄関の扉を開け、
閉める音が聞こえた。
 急に静かになった客室に一人残されコチ、コチ、コチと古時計が振り子を鳴らす音だけが残った。


3.通い1日目
 
「おっはようございまーす」
 朝、玄関の方から大きな声が聞こえた。昨日のメイドが起こしに来たのだろう。この時点で既に迷惑だ。二度寝
するっというのも考えたが、ずっと言ってきそうだ。俺はベットから体を起こし、頭をかきながら玄関の扉を開け
た。やはり、あのメイドだ。
「あ、おはようございます。今日も1日がんばりましょうね!」

 バタン。ガッ きぃ〜

 俺は無言で扉を閉めたはずだった。しかし、このメイドの前には扉を閉めるということはできないようだ。昨日
同様に足を引っ掛け、今度は楽々片手で扉を開けた。
「おはようございま〜す」
 笑顔で再び挨拶。しかし、その笑顔が非常に怖い。
「お、おはよう…」
「なんでいきなり閉めたんですか!」
 そして、ぷくっと頬を膨らまし俺の顔を覗き込んでくる。メイドの方が背は高いのに。朝から騒がしいメイドだ。
「…で?こんなに朝早くから何か用ですか?」
「朝早く…?だって、もう7時ですよ?朝ごはんの時間に決まってるじゃないですか!」
 ビシっと得意げに人差し指を俺の額に突き出してきた。悪魔でこいつはメイドと言いながら主人(?)である俺
にこの様な態度をとっていいものだろうか?と思いつつも、メイドは台所に向かうなり朝ごはんを作り始めたので
あった。俺は飯ができるまでもう一眠りしようかと思い、二階に上ろうとしたら…。
「ヤスさーん、包丁ってどこにあるんですか〜?」
「包丁?引き出しの中だよ」
「引き出し…あ、ありました。あと中華鍋ってどこですか?」
「………」
 と、いう感じに二度寝封じだ。そんなこんなでメイドの質問に俺は答えたりしている間に朝ごはんができたので
あった。

 メイドが作った朝ごはんはいたってシンプルな朝ごはんだった。チンして勢いよく飛び出した食パンにチーズと
目玉焼きにサラダ、コップにはホットコーヒーだ。調理中、人に中華鍋はどこですか?と聞いておきながら普通に
フライパンで目玉焼きを作っていた。中華鍋使ってねぇっとツッコミを入れたくなったが辞めといた。もし、突っ
込んでいたらサラダは野菜炒めに変わっていたんだろか?
「…思っていたよりふつーな食卓ですな」
「そうですか?残っている食材でここまで立派な食卓に変わったんですよ?」
「どうでもいいけど、中華鍋使ってないよね?」
「あれ?ヤスさんは野菜炒めの方がよかったですか?ちょっと、待っていて—」
「あー、いい。これでいい」
 実際マジかよとか思った。仮にフライパンでも野菜炒めできるじゃんと新たにツッコミが生まれたが、抑えろ俺。
「おいしいですか?」
「あぁ、おいしいよ。なんか、テレビアニメとかに出てきそうな朝の食卓みたいで…うん。おいしいよ」
「ヤスさんが朝からステーキ食べたいのなら私作りますよ〜」
 そういうなり、メイドは玄関の方へ向かった。
「おい、どこいくんだ?」
「どこって、ステーキを作るため討伐にいってくるんですよ?」
「待て、非常に待て。まず、討伐って何だ?その包丁1本で狩りでもしてくるのか?お願いだから辞めてくれ。
 捕まる、お前絶対捕まっちまうから!」
「そう…ですか」
「なんでガッカリするんですか…」
 そんなやりとりで朝の楽しい食卓が終わったのであった。

 朝からこんなやりとりで1日が持つんだろうか?と俺は心配していたが、食後少しのんびりしてから仕事にとり
かかったのだ。その間、メイドは掃除します!と言っていた。別に使わない部屋を掃除してどうするんだ?とか言
うと答えはこうだ。「こんなに大きいのに一部汚いのはお屋敷が可愛そうです!」とモップとバケツを両手に持っ
て俺にいったのだった。いや、それどこから持ってきた?
 まぁ、こんなことがあったんだ。俺としては仕事の邪魔をしたという決定的なチャンスだと思えたが、屋敷には
俺だけしかいないかのような静かさ。集中できるハズなのだが、この屋敷には2人いるはずだが完全に気配がない
ものだから逆に仕事に集中できない。
 そして、昼ごはんだ。
「ごはんできましたよー!」
 階段の下からメイドの声が聞こえた。待て!メイドってこんな感じにごはんができたら主人を呼ぶのか?普通は
コンコン、ガチャ。失礼します。って感じに入ってきてお昼できましたって感じに来るんじゃないのか?あれ?俺
あのメイドにやられている?しかし、昼だ。大声を出して仕事の邪魔をしたというのは使えない。
 はぁ、とため息。一人だったはずの家もあのメイドが来てから変わっちまうんだろうかと思いながら1階に降り
る俺。果たして1階はメイドの力によりどの程度変わったのだろうか?と若干恐る恐る食卓に向かうと。
「あ、来ましたね〜。ささ、早く席についてくださいな〜」
「………」
「…?どうかしましたか?」
「どうかしましたかって…何も変わってないじゃねーか!俺はてっきりピッカピカになっているものかと思ったん
 んだぞ!?」
「す、すみません…」
 慌ててメイドは謝りだす。コレはチャンスだと俺は思った。仕事も出来ないメイドは邪魔だ!と一発かましてや
る。
「午前中…何してたの?」
「あのぉ…そのぉ…寝て…ました。ソファーで」
「寝て…た?だと?」
「いや、ソファー侮れないですよ?最初、台所からやろうとしたんですけど、神のお告げ見たいなのが来て客間か
 ら掃除をしようとしたんです。そしたら、ソファーが目に入って…座ったら、これは!ってきて横になったんで
 す。そしたら、もう、気持ちよくて…寝てました」
「ハハハ…道理で静かなわけだ」
 がくっと力が抜けた。最初誤っていたハズのメイドだったが段々自分の話題に近づいてテンションが上がったん
だろう。声が弾んでた。そして、最後の“寝てました”という言葉には目からキラーンという音がでるぐらいに
自信に満ち溢れていた顔をした。いや、お前寝てただろ?

 その後、カップラーメンという豪華な食事をおえ、お昼からは俺は仕事でメイドは掃除するという。まさか昼飯
がカップラーメンと誰が予想しただろうか?食材はあった。しかし、それを使ってしまうと夜の分がなくなってし
まうという理由のもと手軽で簡単なカップラーメンがでてきたのであった。
 さて仕事だ。午前中進んでいない分取り戻さないと、と思いつつ机に付くが頭の整理が付かない。物語もこれは
駄目だと、思い作り直し。時間だけが過ぎていった。白紙と向き合い、外の景色を見たりと気分転換を図るものの
コレといって何もこない。テレビでも見ようか?いや、駄目だ。下にはあのメイドがいる。何かある。絶対何かあ
る…ってやけに静かだな?本当に掃除しているのか?また寝ていたらそれこそチェックメイトだ。へへ、メイドめ
覚悟しろよっと思いながら部屋から出ようとした瞬間だった。
「失礼しま〜す」

 ッガ!

 鈍い音が俺の頭から響き渡った。そして、その反動のもと俺は後ろに倒れた。
「ヤ、ヤスさん!?大丈夫ですか!?」
「ねぇ…ねぇ。ノックした?」
「すみません。両手が塞がっていたもので…」
「じゃあ、どうやって開けたの?」
「蹴り開けました」
 キランとメイド。待て。何で蹴りあけるの?壊れちゃうよ?扉。てか、どこぞの舞台の突入方法だよ…。俺は額
を抑えながら立ち上がるなりメイドと向き合った。メイドは両手に銀のお盆とティーセットを持っていた。時刻は
だいたい3時頃か。
「下で…飲もう」
「え?でもヤスさん仕事中では…」
「だって、カップが2つあるじゃん」
「あ…」

 とりあえず、客間。一服をとろうとすると俺は額から赤い液体を出していた。メイドはこれに気づき急いで救急
箱を持ってくる。
「ささ、ヤスさん早く座ってください!私、がんばって手当てします」
「いいよ。コレぐらい勝手に止まるよ」
 と俺は断った。すると、メイドは両手を俺の肩に乗せるなり体重をかけて強制的に着席させられた。
「大丈夫です。私がすぐ楽にしてあげますから♪」
 メイドが手に持っていたのはピンセット。え?そのピンセットで何をするの?すぐ楽にしてあげますからって俺
殺されるの!?と思っているとメイドは「あ、緊張して違うもの持ってた」と一言。
 それから、不慣れた手つきで手当をする。一通り終わると包帯でぐるぐる巻きをしてきた。ぐるんぐるんと包帯
が前後に巻かれていく際にメイドの体も動いているものだから後部を巻く際にはやわらかいものにぷにゅんぷにゅん
と来る。わざとなのか知らないが黙っておこう。
「終わりましたよーヤスさん。ささ、お茶会をしましょう」
「お茶会じゃなくて休憩な」
 あははっと苦笑をしながらメイドはお茶を入れる。そして出されたお茶を一口。
「………ぬるいね」
「……すみません」
「いいよ、俺。猫舌だし」

 その後というもの、仕事をする気分にも慣れずくっちゃべりながらメイドと一緒に掃除をしていた。我ながら何
をしているんだと思いながらも今まで放置していた部屋の掃除を行う。気が付けば日は沈み夜となっていた。メイ
ドは夕飯を作るなり、一緒に食事をとり、片付けを済んでから帰っていった。

 夜中。掃除の手伝いをしたのはいいが本業が疎かになっていては駄目だ。締め切りも近い。どうせ短編集だし、
読者には悪いが、今回はハズれだったなでも構わないと思いながらも書き始めていた。考えながら物語を作ってい
ると空腹も襲われる。夜食を取ろうと思い、台所の冷蔵庫をあけると中身は空っぽ。仕方が無い、30分歩いてコン
ビニにでも行くか。外にでる準備をするために自室に戻ると、いつの間にか雨が降っていた。外に出る?めんどく
さいよな…でも腹へってるしな…。色々と不利だが、あえて外出しよう。こういう逆行に勝てないようではあのメ
イドにも勝てない。俺はそう思うなり、外にでる決意をした。

 傘をバサッと広げ外にでる俺。辺りに電灯はないので小型懐中電灯を持参して外にでる。そういえば、こっちに
逃げてきた時はこの夜道は怖かったなと初心に戻りながらも歩いていく。あれ、これってネタになるんじゃねぇか?
そうそう、こういう木の陰にお化けとか死体とかあったりしてか?と物語のネタを構成する俺。どうせ居ないだろ
うと思い木陰を見てみた。
 はい。何もいませんでした。俺はばかでしたね〜。で、終わりたかった。その木陰には見覚えのある人物、あの
メイドがそこに丸くなって眠っていた。おかしいのは、それだけじゃない。今は雨が降っているのに対してメイド
はまったく濡れていない。むしろメイドを中心に大地は濡れていないのだ。木の下にいるとここまで濡れないもの
か?いや、絶対濡れる。風が吹けば角度も変わるんだ。
「ん〜…まぶしぃ…です…」
 懐中電灯をずっと照らしていたせいか、メイドは目を覚ましてしまった。
「あっ、ヤスさん。おはようございます。今日は早いですね〜。まだ、深夜3時ですよ?」
 と、いつものメイドに戻った。
「お前…何でここにいるんだよ。ちゃんと…自分の家があるだろ?」
 俺は恐る恐る聞いてみた。何となくではあるがこの時点で予想はついていた。しかし、それはあまりにも酷だ。
予想を裏切ってくれっと。すると、メイドは少々困ったかの様な表情で。
「私ですか?お家…う〜ん…ここじゃ…駄目ですか?」
「馬鹿やろうッ!!」

 コチ、コチ、コチっと客室の古時計の鳴る間に俺はいた。あの後俺はメイドの手を引き家へと強制連行させ風呂
場へと誘導したのであった。そして、聞きたいことが山ほどあった。
 しばらくして、廊下の方から足音が聞こえた。
「お風呂もらいました〜」
 とメイドは顔を覗かせてから客室にきた。
「あえて、突っ込まないことにするよ」
「何がですか?」
 メイドは頭を傾けた。頭の上には『?』マークでもついているかのように。前方にいるメイドは今、いつもの
メイド服を身に纏っていないのだ。長い髪の毛はゴムで後ろに結んであり、他は胸元から股がギリギリ隠れるぐら
いのバスタオルを身に纏ってきたのだ。そして、着席。
「まず、家があそこというのは本当なのか?」
「はい…」
「何で?」
「本当は、あるんです…ただ、その場合移動するのが大変なので…あそこでいつも寝てました」
「そこまでする理由はあるのか?」
「あたりまえじゃないですか。最初にもいいましたけど、私がヤスさんのお世話するんです。料理、洗濯、家事、
 私を見くびらないで下さいよ。同居ダメっと言われた時はこっちも通いでやってやろうじゃないの!って思った
 んです」
「………」
「あの…迷惑だったでしょうか…」
「あぁ、迷惑だよ。こんな、ダメ人間にそこまでがんばることはない。俺の親父を助けてやって欲しい。だから…
 明日からはもう来るな。このままじゃあ、お前が壊れちまう。それじゃあ、お前に申し訳ない」
「イヤです」
「なんでそこまでやれるんだよ!?頼むから…もう、ほっといてくれよ…」
「ここで私が引いたら、それこそダメです。私の先祖にもヤスさんのお父様にも申し訳ございません。ヤスさんの
 お世話、ご守護が出来なくなったときは私に死んでくれっといっているようなものですし、それに…」
 メイドは立ち上がるなり俺に近づいて両膝を床につけ、俺の両手を握る。
「それに私、弱い人をほっとけないんです」
 俺の表情を覗き込むように見せる笑顔に暖かい言葉。昼間の行動をとるメイドとは別人に思えた。自然と目から
は涙が湧き出てきていた。
「馬鹿だよ…お前は」
「馬鹿ですよ。私は」


4.ピックニック

 あの後は聞きたいことも聞けなくなってしまった。あの後は、俺が客室のソファーで眠り、メイドが俺のベット
で眠った。メイドは拒否をしめしたが『主人命令だ!』と言い放ち、メイドにはベットで眠らせた。最初は気持ち
の整理がつかず中々寝付けなかったが次第に寝やすい姿勢がわかりそのまま眠った。途中、体が急に軽くなった。
ソファーってこんなに寝やすいものなのか、メイドの言うこともわからんでもないなと起きているんだか寝ている
んだかわからない状態だった。

 コンコン
「ヤスさーん。ご飯できましたよ〜」
 朝、メイドが扉を叩く音が聞こえた。俺は体を起こし、ベットから足を出した。は?何で俺がベットで寝てるの?
部屋は、完全に俺の部屋。しかも、ゴミゴミしくない!綺麗になってる。俺は急いで扉をあけると、メイドがそこ
に立っていた。
「おはようございます。ヤスさん」
 ニコっと笑顔のメイド。いやいや、
「なぁ、何で俺ベットで寝てるの?お前がベットだろ?」
「すみません。私、朝の支度があったのでベット使わなくなるのでヤスさんに寝てもらいました。一応、起こした
 んですよ?でも…」
「わかった…。わかったからご飯食べよう…」

 朝飯を食べ終わるなりすぐ、客室のソファーにどすんと座った。俺はここで眠っていて朝起きたらいつものベッ
トで寝ており、そのタネ明かしが寝ている俺をお姫様だっこで移動されたと。普通そういうことは女がやることじゃ
なくて男がするもんだろ。はぁ…、俺そんなに軽いのか…男なのに、女に持ち上げられて気づかないで熟睡してたと。
恥ずかしい、これは恥だ。
「ヤスさーん、出かける準備をしてくださいな〜♪」
 後ろを振り向くとメイドあり。
「どこに?」
「どこにって、ピックニックですよ♪」

 俺はどうしてこうなったと思いながらもメイドの指示に従った。一応、今日はピックニックに行くと俺には伝え
たと、寝ている俺に。しかし、ピックニックにいくというのもメイドなりの思いやりのようだ。昨日、気分転換に
やった掃除の中で仕事の話をされ、行き詰っているっと言ったのを受け止めたのだろう。そして、自宅から徒歩で
湖のある草原まできたのだった。
「ふつー雨上がりにきますかねぇ…メイドさんよぉ…」
「いいじゃないですか♪ほら、草原も雨の雫でキラキラしてるじゃないですか♪」
 お前が一番楽しそうだなと思いながらも黙っておいた。いつしか、時間帯もお昼だ。とりあえずシートを伸ばし
てバスケットをそこに置く。メイドがバスケットから昼ごはん用のサンドイッチ。水筒からはお茶がだされた。
「はい。ヤスさんのぶーん」
 一向にテンションの高いメイドさん。『いただきます』をしてからサンドイッチを食べる。昨日言えなかった事
を言おう。
「ご機嫌な中失礼します」
「?何ですかヤスさん?」
「昨日のこともあるんだけど、お前の服ってどうなってるの?」
「服…ですか?これ一着ですよ?」
「嘘言え!野宿していたメイドが何で服が汚れたりしないんだよ」
「あ〜…多分私、神のご加護があるらしいんですよ?昔、お母さんから聞いたことあるんですけど、それっぽいの
 があるから風邪もひかなければ怪我もしない。その副作用っぽい何かで私の身に纏っているものは汚れたりしな
 いとか」
「神便利だな〜」
 だから、雨で服が濡れて汚れることはないし、風邪も怪我もしないのであればあのまま野宿でもやっていける
自身があるからの行動だったのか。と俺は整理した。
「あっ、そのせいか知りませんけど、私って身体能力高いんですよ〜」
「存じております」

 その後、食事を終えるなりバスケットに片付ける。俺はお茶を飲みながら湖を眺めていると隣からメイドが近づ
いて隣に座るなり話かけてきた。
「湖の中心から飛び降りれば別世界につながっているんじゃないかってヤスさん思ったことないですか?」
「ないな。あるとしたら死体だろ」
「えーっ、こんなに綺麗な湖なんですよ?私はあると思いますよって、痛っ!!」
「あぐっ!」
 急にメイドが立ち上がるなりメイドの膝が俺の顎に直撃。メイドは2回転ほどくるくる回りながら距離をとり、
右手首を左手で掴んでいる。メイドが座っていた方をみるとそこには蛇がいた。噛まれたのか?と思っていると俺
にも牙を向けてきた
「ヤスさんあぶない!」
 メイドのその声がする。右手を噛みにかかった蛇の攻撃を避け、さらにその蛇を右手で掴むなり思いっきり地面
に叩きつけて遠くに投げた。不思議と時間がスロー再生されているかのように蛇の動きが見えた。死ぬ瞬間って遅
くなるみたいな原理なんだろうか?俺は一応噛まれずにはすんだが、問題はメイドだ。
「大丈夫かサヤ!」
 俺はメイドに近づくなり右手首を見ると2箇所噛まれたかのような跡があり、そこから血がでている。取り合え
ず、湖に噛まれた手を入れ血を洗い流す。俺はポケットからハンカチを取り出し、メイドの右手に巻きつけた。メ
イドはまだ放心状態のようだ。
「おい、おい。大丈夫か?サヤ?」
「は、はい!?どうしましたヤスさん」
「何ぼーっとしてるんだよ。早く家に帰るぞ。俺は蛇に詳しくないんだ。毒があったらくたばるぞ!」
「…大丈夫ですよ。神のご加護がありますから…」
 メイドは顔を赤めた。
「顔赤いぞ?熱でもでてきたか?」
「だって、ヤスさん…初めて名前で呼んでくれたぁ…」
「…、馬鹿言ってないで早く帰るぞ」
 思わぬ事を言ってくれる。無意識に名前で呼んでしまい、急にそんな声で言われると俺も恥ずかしい。チラッと
サヤの方を見るとよだれがでている。どんだけ嬉しかったんだよお前さんはよ!

 大急ぎで家に帰るなり手当てにかかった。ハンカチをはずすと傷口は塞がっていた。噛まれた跡が少しあるだけ
だった。
「大丈夫ですよヤスさん。私、毒とかで死んだりしませんから…気持ちだけで嬉しいです」
 サヤは恥ずかしそうに俺に言ったが心配だった。医者に見てもらうとかも言ったのだがサヤは拒んだ。

 しかし、異常は急に起きるものであった。

 その後、何事もなかたかのように夕飯を済ませたのであった。しかし、異常がないとはいえ、急に倒れてもら
っても困る。
「サヤ、今日は泊まっていけ」
「え?でも、それはヤスさんに失礼では…」
「途中で倒れてもらう方が困るからな。確かこの家にはもう1個ある…はず。まぁ、無かったら俺がソファーで寝
 るからお前はベットで寝ろ。いいな?」
「はぁ…」
 その後、サヤと一緒に布団を探してみるともう1つ発見された。それから俺は隣の部屋で寝ようとしたところに
異常発生。急にサヤが熱を出したのだ。俺は医者に行くかと問うと行きたくないとサヤは答えた。仕方が無いから
一緒の部屋で寝よう。仕事は明日だ。今日はサヤを1人にするのは危ない。


5.異変

 朝。俺はいつもより早い段階で目が覚めてきた。原因は謎の息苦しさだ。さらに後ろ頭部もぬくもりを感じる。
目を開けても視界は薄暗いし、顔にも柔らかい何かが当たっているが、いい香りでもある。ん?布団が狭く感じる
まさか、いや…まさかな…。
「ヤス〜さん〜ぅ…」
 サヤの寝言を言うと同時に俺は締め付けられるた。あぁ、やっぱりか。俺、抱き枕みたいになっている。とりあ
えず息ができない!動かせる手でサヤを叩いた。バシ!バシ!と背中を叩くとサヤは目が覚めたのだろう。息がで
きるようになった。
「あぅー…おはようございます。ヤスさん…」
 サヤはそういうなりに上半身を起こした。
「お、お前、何で…げほぉ。こっちの布団で…寝てたんだ…ッ」
「すみません…なんか、クラクラしてきて怖くなって…ヤスさんと一緒に寝たくなって…その…」
 本気で怒ってやりたかった。しかし、サヤは神のご加護の元“風邪”というものを体験していないのだろう。そ
のために怖くなり近づいたのだろう。はぁ、と俺はため息をつく。
「次からは気をつけろよ」
「はい。失礼しました…」
「よろしい。じゃあ、俺は飯まで寝るよ」
「わかりました。時間も丁度いいので朝の支度してきますね」
 サヤはニコっと笑い部屋を出ようとしたらドォンという鈍い音がした。寝る宣言をしてごろんと寝転んだ俺もそ
の音に驚き体を起こしサヤを見る。すると、サヤは両手を頭に押さえてその場でしゃがみこんでいた。「ぉぉぉ」
とうめき声に俺も近づいてサヤの元に近づく。
「朝から何してんだよ、お前は」
「頭…ぶちましたぁ…いたた…」
 そういいながらサヤは立ち上がった。このときまでは俺は寝ぼけているものだと思っていた。しかし、サヤが立
ち上がると異変に気づいた。目線がいつもと違う。
「お前…」
「じゃあ、私。ご飯つくってきますね〜」
 そういうなり、サヤは急いで下の方に降りていった。止めようと思ったがサヤはささっと下の階に下りていった。
そして、しばらくして下の方からもまた鈍い音が鳴った。

 その後、二度寝なんてできなかった。一瞬のやりとりにただの見間違いじゃないかと思っていた。しかし、朝の
準備が終わり、食卓で向かいあうとやはりサヤが大きくみえた。食事を取りながら俺はサヤに聞いてみた。
「サヤって…身長何センチあるんだ?」
「私ですか?私、170cm前後ぐらいありますよ?」
「へぇー…。俺は160ちょっとなんだけど…サヤ、お前…大きくなってないか?」
「胸ですか?」
「違う。そうじゃない。それもあるかもしれないけど、身長だよ。現に今日の朝頭うってただろ」
「そ、それは打ちましたけど…それは私の不注意ですよ」
「いや、それはない。ここにきて4日たって未だに頭を打っていないお前が急に打ったんだろ?だいたい、扉も
 180はあるんだ。おかしいだろ?ちょっと並んでみろ」
 俺がそういうなり、サヤは扉の隣にたつとサヤの方が5cmほど大きい。
「あれ?私…なんで大きくなったの?」
「俺に聞くな」
 あれぇー?という顔をしているサヤ。確かに急に大きくなるのはおかしい。昔、170を越えると別世界という
言葉をきいたことがある。だから、おかしいと気づいたんだろうか?ついでに昨日噛まれた右手を見てみるとさら
に異変が生まれていた。
「サヤ、噛まれたところがアザみたいなのできてるぞ?」
「へ?」
 サヤはきょとんとした声をだし、右手をみるとそこには打撲でもしたかのようなアザができていた。サヤはそれ
を確認するなりギョッとした顔をし一瞬青ざめた。しかし、すぐにいつものサヤに戻った。
「すぐに治りますよ。この程度」

 その後、俺は部屋に戻って仕事をしようとした。が、女の子の手にアザ見たいなものができている。綺麗な手首
に傷があるのだからかわいそうだなと思う。ダメだ。仕事どころじゃなくなる。何か隠すものを作ってやろう。確
か、裁縫道具が…あった。リストバンドみたいなのをつくってやれば隠れるんじゃないか?
 とりあえず、作ってみることにした。黒い布にゴムを使いぬいぬいすると、リストバンドモドキが生まれた。し
かし、これだけではつまらない。上下にふわふわつければ可愛いんじゃねぇかな?と思いながら改造する。ちょい
ちょいっと縫い上げれば完成だ。なんだ、俺も器用じゃないか。と思った瞬間である。プスリと指に針が刺さって
しまった。調子にのるとこうなるのね…と思いながら、血が付かない様に止血してから再び作り始めた。

 そんなことをしている間にもう昼飯だ。下からサヤの声が聞こえる。下に降りるなり食事の準備ができていた。
「サヤ、コレ付けろ」
 サヤに渡す。
「何ですか?」
「いいから右手首に付けてみろ」
 そういうとサヤは右手首にリストバンドもどきをつける。すると、サヤは目を輝かせた。
「これ…ヤスさんが作ってくれたんですか?」
「あぁ…その…なんだ?アザが…かわいそうかな…って思って…」
「ありがとうございます!大事にします。幸せものだな〜私って♪」
 嬉しそうにメイドは右手を見つめた。そして、ふわふわしているものも気に入ってくれたようだ。手首も上手い
具合にフィットし、アザを隠すことができた。なにより、サヤが喜んでくれたのがよかった。


6.巨大化

 今日も一日が始まった。サヤが来てから不規則的だった日常が大きくかわった。こうして1日3食食べるように
なったのもサヤのおかげなんだろう。今日は起こされる前に起きてやった。てか、ここ2日間が慌しいだけか?
一昨日は、サヤが野宿をしていて家に泊めて、いつしかベットで寝ていた。昨日はサヤが熱をだし近くで寝たら抱き
枕にされたり…あー、何やってんだ…俺。とりあえず、台所に行こう。
 台所に着くなりサヤは大きく腰を曲げながら朝の準備をしている。
「また…大きくなったのか?」
「え?ヤ、ヤスさん!?お、おはようございます」
 後ろから急に声をかけてびっくりしたんだな。体がビクンと跳ね上がってこっちを振り向いた。
「あぁ、おはよう」
「今日は、早いんですね…まっててください。あと少しですから」
 俺はイスにすわって朝飯をまった。サヤは大きくなった体に四苦八苦しながら朝飯をテーブルにのせた。いつも
と変わらない食卓だが時間はいつもより遅かった。

 その後、サヤの巨大化は止まらなかった。朝飯を食べている間にサヤ2mを超えていた。食後、サヤを壁に背中
をあて、俺はイスに乗りながら身長を測った結果220cmあった。イスに乗っていてもサヤの方が大きく、丁度額に
唇があたるぐらいだろう。イスから降りればサヤの大きさも圧倒的だ。
「あっ。ヤスさんそのままでお願いします」
「え?何」
 急に俺に声をかけるサヤ。俺はそのまま立っていると、サヤが後ろに回りこむ。次の瞬間むにゅんと頭部に乗った。
「のっちゃったぁ!」
「なにしてんだよ!」
「す、すみません…出来心なもので…」
 あははと、笑うサヤ。しかし、どこか寂しさを感じるのは何故だろうか?同じ笑顔でも違う笑顔にみえるのは
何故だろうか?

 次にサヤにあったのはだいたい2時間後だった。いつも通りに仕事をしてトイレで下に下りたときだった。サヤ
はさらに大きくなっていた。天井まで250cmある廊下でサヤはまともに立てなくなっていた。大きな足を折りたたみ
しゃがみこんでいた。
「あっヤスさん。おつかれさまです〜」
「本当に大丈夫かよ…サヤ」
「コレぐらい大丈夫ですよ私は」
「じゃあ、立ってみろ」
 そういうと、サヤは立ち上がった。足は伸びきる前に頭をつっかえた。
「ヤスさん、ちょっと下がってくださいね」
 俺は一歩下がってみた。サヤは前の方に体を乗り出し首、背中と天井に当たった。流石にバランスが悪くなり、
両手を床につけて倒れるのを阻止する。俺も危ないと思いさらに後ろにさがると、ついには尻までもが天井まで
届き犬のような立ち方をしている。
「こう…ですか?」
 姿勢にも無理があるのだろう。サヤは苦しそうだ。胸も重力に引かれ垂れ下がっている。ありがとう、引力。
「あぁ、あとちょっとだけまってな」
 そういうなり、俺はサヤトンネルをくぐってみた。そして、2本の柱のとこまで来ると上の覗き込む。カーテン
の中には夢があった。
「大きくなってても履いてるんだな」
「ちょっ!な、何見てるんですか、み、みないでくださいよ〜」
「さっきの仕返しだ」
「ひ、酷いですよ〜」
 サヤは腕をぷるぷる震わせながら俺の方を見ている。
「もう、だめ…」
 しかし、人間限界はある。サヤは膝を曲げていないで床に手をつけている。しかも、かなり無理のある姿勢でだ。
すると大きな巨体を支えていた柱は崩れ落ち、ドスンという音と共に俺はサヤの股の下敷きになる。
「う〜…この、この」
 サヤは怒ったのだろう。股を前後に動かした。その間ドコン、ドコンと2回膝が壁に当たる音がした。指をスカー
トの中に突っ込み俺をつまみだした。
「げほぉ、げほ。サヤ…殺す気かっ!!」
「これでお相子です!」

 それから、しばらくたつと昼飯だ。あの後は、顔面が痛くて仕事ができなかった。イスに座り食卓に立つなり、
サヤをみた。サヤはイスには座らず、星座していた。むしろ座っていてもサヤの方が普通に大きい。サヤは無言で
ご飯を食べている。
「怒ってる…?」
「え?私ですか」
「なんだ、怒ってたんじゃないのか」
「いえ…別に…。ただ…」
 箸をとめるサヤ。表情は以前明るくならない。
「なぁ、右手…見せてくれないか?」
「いや…です」
 サヤはうつむいたまま両手を膝の上にそえた。俺は立ち上がり、無気力になっているサヤに近づき右手を見てみ
た。
「…っ!なんだよ…これ…」
「わからないです…わからないんです…初めてです…こんなこと…」
 サヤの右手のアザは広がっていた。そのアザは体を蝕んでいるかのように見える。俺は黙って右手を隠す。
「病院に行こう」
「いやです…」
「ダメだ。病院に行こう。…でも、その顔は行きたくないんだな」
 こくりとサヤは無言でうなずく。
「じゃあ、今日がイヤでも明日は絶対に行くからな」
「………はい」
 
 昼飯後、俺は考えていた。何故こうなってしまったのか。絶対的な自信をもっていたサヤの元気がなくなってい
る。そして、昨日蛇に噛まれてできたアザの悪化。神のご加護はそんなものをすべて拒絶する。風邪も怪我も。そ
んな絶対的な力のあるサヤが何故今回ばかりはその力が発揮されなかったのか。…わからない。呪い?蛇がか?
 もはや仕事どころではない。サヤの事が心配だ。
「ヤスさ〜ん。たすけてくださ〜い」
 唐突にサヤの声が聞こえた。声は…外から聞こえたような気もするし、下にいるような気もする。俺は下に降り
ては台所に向かったがサヤの姿はなかった。
「玄関にきてくださ〜い」
 一体何なんだ?俺は急いで玄関に向かう。すると、そこにはサヤの姿があった。しかし、サヤの顔はない。玄関
に尻が使えている。若干笑いたくなった。とことこ近づくなりポンポンと肌色の壁に触れる。
「どうした〜サヤ?楽しそうなことしてるな〜んん?どうしてこうなったんだ」
「玄関の掃除をしようと思いまして…そしたらお尻つっかえちゃって…」
「で、出れなくなったと」
「はい…」
「玄関に尻を使えるなんてな…まってろ、今押してやるから」
「申し訳ございません…」
 しかし、どこを押せばいいんだ。肌色の壁?純白の壁?とりあえず、押してみるか。「せーっの!」で息を合わ
せて押そうとするがグググという音がするだけで動きそうにないな。ちょっとタックルしてみるか…。少し距離を
取ると走り出した。

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 俺はサヤにぶつかる前にそんな音が聞こえた気がした。そのまま勢い余って俺はダイビング外出するような形に
なり、玄関に落ちた。
「ありがとうございます。ヤスさ…だ、大丈夫ですか!?」
 サヤが180度回転し、俺はサヤの両手に救われた。
「あー、サヤか…大きくなったなぁー…前までこんなにちっちゃかったのに…」
「わ、私はヤスさんより大きかったですよ。無理してボケなくていいですから」

 いつしか、夜になっていた。サヤは大きくなった体を再び家に入れることは無理になっていた。しかし、夜の
支度は済ませていた。サヤは外だが、俺も2階の自室の窓からサヤと一緒に夕飯を食べた。サヤは食欲がないと
いい、食べてはいない。
「星、綺麗だな」
「はい。ヤスさんもどうですか?」
 サヤの大きな手を窓際お俺に差し出す。丁度食べ終わったころだ。俺はサヤの手の平に乗る。
「ヤスさん、ちっちゃくて可愛いですね」
 ニコッと笑うサヤ。
「お前が大きすぎるだけだよ」
「あはは。仕方ないじゃないですか。私にもわからないんですから」
 そういいながら、サヤは俺を方に乗せた。季節も変わり目、秋が近づいてきたのだろうか風が寒い。
「夜…寒くないか?」
「私ならへっちゃらですよ」
 いつの間にか季節の入れ替わり。逆にその“へっちゃらですよ”という言葉に罪悪感を感じる。
「なぁ、サヤ」
「どうしたんですか?ヤスさん」
「これからも一緒に暮らそう。俺、サヤに会う家つくってやるからこれからも…よろしく頼むよ」
「はい…」
 サヤは下を向き目を瞑った。同時に涙がみえた。ひっく、ひっくと体も揺れた。
「…ありがとうございます」
 サヤは右手で涙を拭った。


 すっかり夜が深けてきた。時間帯にも眠い。仕事は…今からする気にはなれないな。明日しよう。
「じゃあ、サヤ。俺は寝るから明日も頼むよ」
「はい。任せてくださいヤスさん」
 外で座っているサヤが窓から覗き込みながら言った。座っていても家並みに大きくなってしまったサヤ。
「あぁ、おやすみ」
「はい。おやすみなさいヤスさん」
 そういうと、サヤも横になり目を瞑る。まるで、怪獣を庭にでも飼っているかのようだな。さてと、明日も頼む
って言っちまったからには朝から大変なことになるだろうなと思い。俺は眠りについた。

 翌日。サヤはいなくなっていることも知れず。
 

7.疾走

 朝。俺が自然に目が覚めたのは7時だ。すっかりサヤのおかげで不規則な生活リズムを矯正されたんだなと思う。
外をみるとサヤの姿はみえない。きっと何かをしているんだろうと思い、台所に向かうなり昨日の残り、サヤが食べ
なかった夕飯を食べる。
 さてと、サヤでも探すか。あんなに大きいんだ。すぐに見つかるさと思い外にでる。
「サヤー、どこだー?」
 昨日あんなに大きかったんだ。今日の朝は一体どんぐらい大きくなってるんだ?と少々失礼だが興味本位で上を
覗いてみた。影ができているから上を見上げただけ。上にはサヤはいない。まわりの木々を見てみる。寝相とかで
へしおれてないだろうか?とサヤならやりかねないかもしれないことを探してみたが、何も無い。
 何かがおかしい。

 それから、しばらくたってもサヤが帰ってくる気配はない。仕方が無いから家に戻ることにした。サヤ探しも悪
くはない。しかし、仕事もあるっと思いながらも客間に向かった。すると、テーブルの上には紙切れが置いてあった。
 なんだこれ?と思いながらも文章を読み上げる。

“前略 ヤスさんへ
 突然の疾走をお許しください。私はもう無理でしょう。ハンカチに血がついた時はまさかとは思っていました。
 けど、現実は過酷でした。その晩には、生涯初めて味わった感覚。翌日には手首の悪化。時間が立つにつれて
 止まらぬ巨大化。神のご加護なら…きっとなんとなんとかなる。と思っていました。でも、ダメでした。内部は
 人と同じ。だからだと思います。時間がありません。私がいる間にこれに気づかないと嬉しいな。
 
 ヤスさんから頂いたプレゼント大切にします。お体にお気をつけてください。そして、ごめんなさい
                 
                                              サヤ   ”

「なんだよ…これ…」
 俺は何だったんだ?意味がわからない。嘘だろ?


8.別れ

 別れは突然やってくる。今でもサヤが側にいてくれるものだと思う。いつの間にか夜になっていた。台所には
何も無い。
「まったく、サヤは何をしているんだよ…夕飯どうするんだよ…」
 仮に食べる物があっても食べる気にはなれないと思う。なんで…、何でだよ。何がどうしてこうなったんだ?
何が悪いんだ?蛇か!?あの蛇がサヤを殺したのか?サヤはどこにいったんだよ!?

“湖の中心から飛び降りれば別世界につながっているんじゃないかってヤスさん思ったことないですか?”
“ないな。あるとしたら死体だろ” 

 ふと、そんな言葉を思い出した。いや、流石にあの大きさだ溺死はない…。 

“私の家系は、代々貴方様をお世話、ご守護するという使命なんですから…追っ払わないでください”
“掃除、洗濯、家事、私。なーんでもできますから任せてください!”
“そうだったんですか…なんだか、ヤスさん、可愛そうです”
“寝て…ました。ソファーで”
“それに私、弱い人をほっとけないんです”

 時には困り、時には笑い、時には悲しい表情をしたりと喜怒哀楽ハッキリとしているサヤの数々の言葉がフラッ
シュバックされる。サヤのおかげで何か変わったか?俺は…俺は………サヤに何かしてやれたか?もっと、サヤに
何かしてやれなかったか?

“だって、ヤスさん…初めて名前で呼んでくれたぁ…”
“ありがとうございます!大事にします。幸せものだな〜私って♪”

 サヤにしてやったのはこれだけ。俺はサヤに助けられっぱなしだった。情けない。失ってから気づくものなのか
人間って生き物は?もっとサヤと暮らせなかったのか俺は?それなのに、俺は…サヤに何もしてやれてない…。何
もしてやれてない…。跡継ぎが嫌だから逃げてきた俺に、同居を認めなかった俺に、サヤは次の日には笑顔でやっ
てきては、俺に元気を与えてくれた。
「ごめんな…サヤ…何もしてやれなくて…」
 唇をかんで涙をこらえてはいたが、涙と鼻水で顔面がぐちゃぐちゃになっている。



 泣いている場合じゃない。悔やんでいる場合じゃない。そんなことしてたらサヤもきっと喜ばない。もし帰って
きたら大きいんだろうな…殺されっちまうぞ俺…。サヤが俺に残したもの。現実離れしたメイド、サヤは一体何を
残した。歪んだ俺に何をしてくれた?
 書こう。書かずにはいられない。サヤとの記憶を失う前に。何かに残そう。俺は、短編小説作家だ。うまく書け
る。書いてみせる。サヤとの思い出が消える前に書き残そう。