“すずちゃん、いっしょにあそぼう”
 その一言が私の救いになった。

 ※

 俺にはちょっと変わった友達がいる。変わっているっというよりかは人よりちょっと背丈が大きいだけで
ごく普通の高校生だ。ちょっとした縁があって昔からの幼馴染であり、大切な友達だ。
「トクミツ~」
 っと噂をすれば影だ。いつもの場所で待ち合わせしているとその友達が現れた。遠くからでも目立つ大きな体。
一歩一歩こっちに手を振ってズシン、ズシンという音が近づいてくると揺れが大きくなってくる。大きな大きな
人影に覆いかぶさると友達が現れた。
「チィーッス、おまたせ~。さ、学校にいっきましょ~か!」
 と大きな友達が現れた。が、俺はこの時は目を合わせずに右手をすっと上げる。本来ならばその大きな友達を
見上げることができれば、絶景なのだろう。でもできない。なぜかって?
 だって、その大きな友達は女の子だからだ。女子高生にしては“珍しい緑色”のロングヘア―。左側の耳の上
当たりにヘアピンを付けて髪を分けている。特大の学校の制服を身に纏い、俺の右手の合図を確認するなりひょいっと
持ち上げられる。この時にトイレを我慢するとひゅんとくるので、用はキチンと済ませておかなければならない。
指に摘ままれ、少々うっぷと来るが密かに腹筋を鍛え彼女の指圧に耐える努力をしているという事だけはお知らせしておく。
 ぐわんと視界が持ち上げられる。言うならば逆バンジージャンプをし、俺は彼女の肩の上に乗せられ一日が始まる。
「トクミツってさ、相変わらず律儀だよね~。こんなに大きいんだし、みんなから見られたって全然恥ずかしくないんだから
 遠慮しないで見てくれてもいいんだよ~? あ、もしかしてそんなもの見せられちゃうと動けなくなっちゃう?
 別にいいじゃ~ん、こっからはスズヤが送っていくようなもんだし~」
 っとスズヤの口は機関銃の如し一方的に言ってくる。
 あ。言い忘れたが彼女の名前はスズヤである。同じ人間だがちょっと10倍ぐらい大きくても“普通の女子高生”なのである。
「いや、その点に関してはノーコメントでお願いするわ」
「トクミツってばウブなんだから~。今のうちに見慣れておかないと結構攻めてる下着履いてきたらその場で昇天しちゃうぞ。
 それとも無期禁欲中とか?」
「してねぇよ! なんだよ無期禁欲って」
 少なくとも大切な本人の前でオカズにしてるとは言えない。
「もしかして、トクミツってまだ剥けてないとか? だったら今度一緒にお風呂入って向いてあげよっか!」
「剥けてるよ! ってばか。何言わせるんだ。朝からおかしいだろ」
「あははは~ごめんごめん。トクミツを弄るのは面白いからさ~」
「それにしても今日は飛ばしすぎだろ・・・」
「それはそうとトクミツって進路どうしてる? そろそろ進路指導が始まるけど」
 暴走トークから急に真面目な話をしてくるとこっちも適当に答えたくなる。が、正直高校二年生の普通科の人間。
これといってやりたいこととか好きな事がわからない困った学生である。
「残念ながらわからないかなー。まぁ、とりあえず大学いけたらいいなー。って感じ?」
「そう・・・だよね。そうだよね。」
「・・・どした?」
「あっ、いやトクミツはいいなーって思っただけ。ほら、スズヤってみんなより10倍ぐらい大きいじゃん?
 ってなると私は就職で働くしかないのかなーって」
「こう言うと失礼だけどさ、スズヤん家ってお金持ちだろ?お父さんにお願いして行きたい大学いってみりゃいいじゃん」
 するとスズヤはちょっと強めに言った。
「ダメっ! それだけは絶対にダメ。もう、これ以上お父さんに我儘とか言えないっしょ」
 スズヤの足が止まり、言葉も止まり静寂が辺りを包み込む。
「なんか、ごめん」
「うん。スズヤもごめんね。あ、そろそろ学校だね。そろそろ降ろすよ」
 一応校門には生活指導の先生が立っているため学校に入る際はスズヤに隠れて入ってはいけない。ここで厳しい頭髪検査が
あり、変な髪形だったり、色を染めていたりするとそこで門前払いを食らってしまう。本来ならスズヤの緑色の髪は校則違反で
あるが、数億人に1人という規模の“奇病”も持っており、髪の色、そして身体的には不自由な目に会っている為、スズヤだけは
特別に免除とされている。故にそれを面白くない輩もいるわけである。
「何かあったら言えよ?」
 地面に降ろされると必ずスズヤ言っている台詞。これは小さい時から言っていている。
「うん! ありがと」
 そういうとスズヤと俺は別々に学校へ登校した。

 ※

 進路、かー。
 スズヤが朝言った言葉。授業中窓の方に視線を送るとグランドから教室を覗き込むように授業を受けているスズヤの姿を見ながら
思いふける。スズヤは就職って言ってたけど、俺は何も考えていなかったから、スズヤは何になりたいんだろう? と考えてしまう。
成長は恐らく止まってはいないんだろうから、どこかの解体業とか大きな身体を生かせそうな所ににでも就職するのか。シャープペンを
くるくる回しながら考える。そういえば、スズヤって体動かせるのかな? ってふと疑問に思うのは、人より10倍大きいスズヤの
身体能力は未知数なのである。たまに小走りする程度であって、俺は“スズヤの本気”というものを知らない。日頃運動してない
っていうか、できないから肉体労働とかまともにできるのか? それとも今まで動かせなかった分思いっきり爆発してしまうのか。
 最後に覚えている記憶はスズヤは小学校の頃はまさに大人vs子供であった。マラソンにせよ足の長さが段違いなわけで、運動神経の
いい子が一生懸命体を動かしても体格差で負けることはなかった。バスケとかもジャンプなしダンクシュート状態で、スズヤにボールが
渡れば1点が確実、バレーボールにしてはまさに越えられない壁、最強のディフェンダーであった。
 でも、体が大きいからドッチボールなどでは格好の的でもあった。普段一生懸命その道で頑張っていた者からの日頃の恨みっていうのも
あったりして結構マジな嫌がらせもあったりして、急いでスズヤを助けに行っていた。
 でも、そんなスズヤも一度だけ、仕返しをしたことがあった。でも、考えてみてほしい。もし、小型犬を渾身の力で蹴り上げてしまったら
どうなるか。そりゃ、もう偉い事が起きたのは覚えている。みんなが泣いていた。
 あー。泣いてる声ってヤダよな。耳に残って心臓がゾッと不安になる。どうにもできないのにどうにもできないあの無力感。じっとめそめそ
泣いてれば寄り添えるんだけどギャン泣きされるとどうしていいのかわからなくなる。
「じゃあ、トクミツ。このページ読んでみろ」
 ・・・しまった。今は授業中、思い出に更けている場合ではなかった。隣の席が急いでフォローしてくれる。ありがとう、わが友よ。

 *

 帰宅の頃。ご機嫌だったお天気が急変。一挙ご機嫌斜めのオカンムリである。これは雨の予報なんてでてなかったし、急いで帰った方が
良さそうだと、思っていると振り出す雨。だめだりゃ。
「トクミツ~! 傘持ってきてない~?」
 とスズヤが昇降口で立ち尽くす俺を見つけたのか歩み寄ってくる。が、当然のことながらいつもより10倍大きい傘なんてもている訳がない。
もしあったらキャンプでもできそうである。
「あるわけないだろ。晴れの予報だったんだし」
「そっか。じゃあスズヤと一緒だね。一緒に帰ろう」
 いつものようにひょいっと摘まみ上げられ肩に乗せられる。
「あ。それともスズヤがトクミツに跨ってスカートカーテンしてあげよっか」
「やかましいわ!」
 冗談交じりに足元を用注意して急いで帰るもののタイムアップ。天から土砂降りの雨が降り注ぐ。
「だぁぁぁぁめじゃぁぁぁぁぁん」
 と断末魔を上げるスズヤ。もちろん俺もびちょびちょである。

 *

 そして、今。
 俺はスズヤと風呂に入っている。

 経緯を説明しよう。
 土砂降りに襲われこの体格差でどこかへ避難なんてことはできないからそのまま強行して帰る。学校からは俺の家の方が近いのだが、
どうせならお風呂貰っていきなよと。最初はご遠慮したのだが、降ろしてもらえずそのまま拉致。そしてスズヤ家特性大浴場に今入浴
している。シンクロとか飛び込み台からプールに落ちるプールみたいに足がつかない恐ろしい湯舟であるが、一緒にいるスズヤのおかげで
溺れることはないであろう。今現在スズヤの膝の上に座るといい感じの水位なのでこれで我慢している。
 それに、普通の風呂も完備しているからそっちの方に逃げたいんだけど、これまたスズヤに拉致されスズヤ島に遭難している状態である。
「ほぉ~トクミツ。脱ぐと意外といい体してるじゃ~ん」
 後ろから聞こえる満足そうなスズヤの声。振り向きたいけど、それは幼馴染の裸を見ることになるのは何故か罪悪感がうまれる。
「ねぇ~トクミツゥ。スズヤのこ・こ・にぃ挟まってみない~?」
 そりゃ挟まってみたいさ。お前普通のサイズでも胸大きいし普通の人間なら挟めそうだけどさ!
「あっはは。でもトクミツにだけならしてあげるよ。トクミツには感謝してるし」
「・・・スズヤ?」
「あっ、やっと振り向・・・って! 顔戻さないで大事な話! マジで!!」
「スズヤ、お前そう言って揶揄いたいんだろ?」
「ごめんごめん。スズヤもさ、その、どうしていいのかわからなくて」
「・・・話なら聞くよ」
「・・・ありがと」
 スズヤとは長い付き合いだけど、今日は一段とおかしい所を感じた。いきなり将来の話、進路なんて真面目な話をしてきたり、やや強引
ではあるが裸な付き合いっていうと、異性同士がいると違和感を感じるから相談ってことで。
「スズヤさぁ、実は“艦娘”なんだって。薄々気づいてはいたけどさ、ふつーこんなに大きい子いないっしょ? “奇病”とか都合のいい
 事言っちゃって、それなりに話を進めてさ。ってなるとさ、お父さんとお母さんも本当の両親じゃなかったんだよね。スズヤはさ、子供が
 出来なかったお金持ちの所に養子として来たんだって。最初聞いた時はほんと、びっくりしちゃったよ。確かに、性格も顔もどこも似てる
 所がないってのは・・・感じてんだけどさ。お父さんとお母さんには感謝はしているんだけど、なんか裏切られたって気持ちもあって、
 誰かに言いたくても言える人なんて、トクミツしかいないからさ。迷惑だと思うけど話を聞いてくれると、うれしい・・・かな」
 チラッとスズヤの顔を見ると湯気で曇っているって感じの表情じゃないし、ガチモンだと思った。正直、俺もスズヤの告白にはびっくり
している。けど、友達と言える友達が少ないのは事実。悩みを聞いてやるのも友達ってもんだよな。
 ふぅっとため息を付き。体を振り向きスズヤと向かい合う。するとスズヤはにこっと笑顔を浮かべた。・・・泣いていたのかもしれない。
「続けろよ」
「ありがと、トクミツ。」
 今思うと不思議とスズヤの裸を見て理性は暴走することなかった。
「で、先日。その偉い人から来て話があってさ。一定の大きさまで育った艦娘は軍に引き取られて艦娘として教育されるって。“深海棲艦”
 ってよくニュースとかできくじゃない? 艦娘は、アレと戦う使命があるみたいでスズヤもみんなの為に戦わないといけなくなっちゃったんだ。
 だから、トクミツとはこれで最後になると思うの」
「最後?」
「ほんと、急だよね。明日からスズヤは“スズヤ”じゃなくて“鈴谷”として生きていくんだって。だから、トクミツとは今日で最後に
 なっちゃうんだよね。なんて言ったら良いのかわからなかったんだけど、ほら、スズヤってば日頃の行い良過ぎじゃない? うっかり踏み潰し
 ゼロとか奇跡じゃん? だからお天道様が大雨を振らせてこういう機会を作ってくれたとスズヤは思うんだよね。だから、今日が最後のスズヤ
 との登校日になっちゃうけど、スズヤロスで学校行けなくなるとかダメなんだからね!」
 風呂の温度もあってのぼせてしまったのか、それともただのショックだったのかわからないがそれからの会話の記憶は覚えていない。
 最後に覚えているのが『あの時、手を差し伸ばしてくれてありがとう』だった。

 *

 そして、スズヤは鈴谷としてこの街を去り、街の名物が突如姿を消したのである。見送りぐらいしてやりたかった。大きいし目立つだろうと
思っていたのが仇となってしまった。いつも隣にいた幼馴染はもういなくなってしまったのだ。
 それから、なんとか日常を送ってきたがどこか心に大きな穴が開いた虚無感を覚える。スズヤ、元気にしてるかなって。何したいのかわからず
日々を送り、半年ぐらいたったある日のニュース、深海棲艦のニュースで俺は衝撃を覚えた。スズヤが映って成果を上げたという報道に何か
喜ばしくも思ったが、スズヤの表情は曇ったまま。例え敵とは言えど殺める事に抵抗がまだあるのか、それとも“小さい頃にやったトラウマ”が
あるのか。なんだか心配になってきたが、今の俺は一般市民。スズヤは俺達を深海棲艦の為に戦ってくれているが、そこまで身をボロボロにして
戦う意味なんてあるのか?
 そう思ったら何か、1つの目標ができた。スズヤを迎えに行こう。モガミガタコウクウジュンヨウカンだかなんだか知らないが、あの表情には
ズキリとくる。ガキの頃から一緒にいったんだから、表情の変化には敏感のつもりだ。スズヤを迎えに、助けてやらないと。
 幸い自身の頭の良さには自信はないが、スズヤとは昔から約束しているからなんとかしなければならない。

 何かあったら言えよ? って。