山道を車で走らせること数時間。俺は隠れ湯とやらを探していた。

 きっかけは先週の月曜日、仕事で上司にすこたま怒られた。やや理不尽な怒られ方で、テンションはガタオチ。
今週はいつも以上にハードになるだろうと予想をしていれば、案の定ミスがミスを呼び会社に顔を出すのも気まずい
ぐらいだった。
 しかし、金曜日。仕事は珍しく早上がり。退社時に揺れる電車にスマートフォンで『気分転換』『リフレッシュ』
など検索していると『温泉』という単語が浮かんできた。ここしばらく、温泉というものに行っていないという
こともあり、久しぶりに行ってみるか! っという意気込みで更にネットサーフィンを続けていると、ある
サイトの方で興味深いタイトルを見かけた。
 隠れ湯。と、書いてあったページを覗いてみると、人の手は殆ど加えられていない無人の温泉。具体的な
場所は記されておらず、ガセネタかと思ってページの最後の方までスライドしていくと、その隠れ湯とやらは、
俺の住まいからそう遠くない場所にあった。車道で片道二時間程度のコースだ。温泉はガセだとしても、山の
大自然を体で浴びて、パワースポット的な何かを感じれればそれもまたいいかと思いついた。土日は休日、普段は
家でゴロゴロする程度だったが、たまには外にでるのもいいだろうと思った。はたして、隠れ湯は本当に存在するのか
という冒険心に気持ちを高ぶらせながら、明日に備えたのであった。

 そして今に至る。初めは意気揚々と車を走らせていたものの、次第に気分が下降気味になってきた。立ち並ぶ木々を
通りすぎては、綺麗だなと思っていたのだが、隠れ湯というからには普通の道を走っていては見つかる訳もないだろう
という事を頭を過った。だからといって、いきなり獣道に入るのも勇気がいる。そんな事をぶつぶつと考えていると、
俺はいつしか山の頂上へと辿り着いた。適当な所へ車を止め、展望台のある所へ歩いて行く。木製の柵に両腕をかけ、
自分の住む地元を見つめる。
 まぁ、たまにこうやってたまには高い所へ登って自分の地元を眺めに来るのもいいだろうなと思った。景色を眺め
終えると、体を少し伸ばす。久しぶりに長々と車を運転して疲れた。このままふけるのも恐らく長くは続かない。
ここへ来る際に電柱という電柱も少ないし、電灯も期待できない。灯りのない道を車のライトの光だけで降りるのは
心細い。空を見上げれば、さっきまで青空だったような気がしたが、いつしか怪しくなっていた。大人しく帰ろう。
途中、ガードレールを突き抜ければ崖に急降下のような道も多々あった。俺は車に戻るなり、来た道を折り返して
行ったのであった。

 車に乗る事数分後、ぽつりぽつりと雨がチラついてきたと思えば、あっという間に土砂降りになった。山の天気は
変わりやすいってやつなのか。次第に雨の他に霧が発生してきて尚更視界が悪くなる。対向車と衝突を避けるため、
車のライトを点ける。さらに車の速度を下げ、慎重に車を走らせる。音楽を止めてラジオを流すが、聞こえてくるのは
ザザザっというノイズの音だけが聞こえる。
 大丈夫。来た道を帰るだけだと何度も自分に暗示をかけるように走らせると、次第に雨の強さが弱まってきた。
不思議と霧の濃さも晴れてきた様なきがしてきた。これで一安心できるっと思った時、俺はある事に気づいた。車を
一旦停止させ、辺りを見渡す。できれば、気のせいであって欲しかったのだが、この道に見覚えがない。いくら視界が
悪いといっても、いつの間にか砂利道を走っていたのなら、いくらなんでも気づくはずだ。
「何やってんだよクソッ!」
 俺は思わず車のハンドルを両手で叩いた。しかし、道が違うと気づいただけいいとしよう。車を切り返して戻ろう。
さっそく、シフトレバーをPからRに変え、車をバックさせようとしたが車は動いてくれなかった。後輪からは
ジャリジャリジャリという音が響き渡る。何度も何度もアクセルを踏むが、車は一項に動こうとしない。俺は車を降り、
後輪タイヤを見れば、すっぽり出来たてほやほやの溝ができていた。自分で自分の首を占めていたようだ。タイヤが
ぬかるんだ土の土砂を吹き飛ばして、溝が出来て動けなくなってしまった。
 最悪だ。何かタイヤにかませる物はないかと車内を漁るが、役に立ちそうな物は温泉に入る気マンマンでやってきた
バスタオルぐらいだった。まったく、こんな事になるぐらいだったら来なければよかったと思いながらバスタオルを
手に握り、車内から出る。
 するとどうだろう? どことなく嗅ぎ覚えのある匂いがふわっとした。すんすんっと、鼻に意識を集中すれば、
温泉らしき匂いがする。もしかすると、あるのではないだろうか?
 一旦、車のエンジンを止め、匂いを頼りに砂利道を歩いて行くと、やがて、川のようなものが目の前に現れた。
ごくりっと生つばを飲み込み、片手で白濁色の水に触れるとお風呂の湯より少し熱い。そのまま手ですくった液体の匂いを
嗅いでみれば、硫黄のような匂い、温泉特有のあの匂いがする。
 もしかして、運良く隠れ湯を見つけてしまったのか? しかし、何とも言いがたい状況である。自分がいる場所も
十分にわからず、温泉に辿り着いて、このまま入浴してしまって、その後はどうやって帰ったらいいのかわからないのだ。
慣れない道、不安。車は動かない。しかし、このバスタオルを使って溝から脱出できたとしたら、このバスタオルは
使い物にならなくなってしまう。そうすれば、この隠れ湯に入浴することが出来なくなる。
 入浴しよう。とりあえず、気持ちをリラックスしよう。入浴後、このバスタオルを使ってしまえばどっち道
同じだ。そうと決まれば、貴重品を車から取り出し、温泉と思われる場所へ向かう。周りを見渡すと、自分より
遥かに大きい岩場に荷物を置けそうなのでそこで着替えることにした。目印、もしくはいざ他の人が来た時に姿を
隠すのにも丁度いい。

 隠れ湯は、脛ぐらいの深さで半身よくに近い感じなのかと思いながら少し進むと、座れば肩ぐらいまでの深さまで
あった。もしかして、さっきのあの霧ってこの隠れ湯の湯気が原因だったのかと温泉に漬かりながら入ってふと思って
いると、向かいの方から人影の様な者が見える。普段、眼鏡をかけているものだからよくわからない。隠れた方がいい
のか? ひょっとすると、誰かの所有地だとしたら、俺は不審者扱いで警察に叩きだされる。この場を去ろう。
立ち上がり、その場を去ろうとした時だった。
「ちょっとお待ちなされ」
 女性の声が俺を呼び止める。いや、まずい。同姓ならまだしも異性となれば色々と問題になる。俺はバシャバシャと
足音を鳴らしながら、急いであの岩場目指して走りだす。
「あっ、ちょっとお待ちをー」
「!?」

 ゴボォ! 

 一瞬何が起きたかわからなかった。突然、底が抜けたかのように俺の体全身がお湯の中に沈み込んだのだ。こんな深い
所もあるのかよ! っと思いながら、急いで上を目指して浮上した。
「ぶはぁ!」
「あらあら、これはこれは」
 えっ?
 追いつかれてしまった。髪から流れ落ちくるお湯を拭い声のする方を向くと、真っ白の布の様なものから上へ伸びる
大きな肌色の壁。さらに見えあげれば、肌色の壁に張り黒色に張り付く紐のようなものがみえ、やがては人の口、鼻、
目が見える。
「そんなに驚かんといてな」
 目の前に巨人がいる。いくら裸眼の視力が悪い俺でも、これだけ大きな相手なら見間違えることはない。しかし、
お湯の中に沈まぬようにするのが精一杯である。一体どうしてこうなった。巨大な女性は人差し指を口から顎になぞるなり、
ニコッと微笑んだ。
「今日は遥々おいでなさってくださったようで、わても嬉しいなぁ~」
 くすくすっと嬉しそうに喜ぶ巨大な女性。俺の心の中でも読んでいるのか? 
「まぁ、わて、ここの神様みたいなもんやしなぁ」
 ・・・読まれている。心の中で思ったことで会話ができている。
「そんな顔せんでええんやで? 痴漢だので叩きだしたりせぇへんし。なにより、わても久しぶりの人間と入浴できて
 嬉しいんやからなぁ~」
 さっきから神様と言ってみたり、心を読んできたりと色々おかしいことしている。いや、怪獣の様に大きい時点で
おかしいと思うべきだったのか。
「そんな、怪獣だなんて、別にわては食ったりなんてしまへんがな」
「あの、失礼ながらお聞きしますが・・・」
「おっ。ようやく話せるようなったんやな。なんや?」
 優しく微笑む笑顔に思わずドキンとしながら質問をする。
「貴方は、何者なのですか?」
「ん~、実はわてもようわからん。神様なんやろか精霊なんやろか? あ~怪獣かもしれへん」
 うぐっと思わず体をビクつかせてみれば、女性はくすくすと笑い出す。
「わては、湯々。ここの温泉の主みたいなもんかもしれへん」
「は、はぁ・・・」
「最近は滅法来る人が減ってもうて、わても寂しかったん。だから、ゆっくりお話できたら嬉しいんや」
 不思議とこの湯々と名乗る女性とは話ができるようなきがしてきた。普通なら自分よりも遥かに大きい巨人が現れたら
どうするだろうか。逃げるか腰を抜かせて動けなくなるだろう。しかし、そういった行動も考えることすら失せるほど、
湯々は美しい。
「いんやぁ、そんな褒めんといてぇ」
「あの、勝手に人の心読まないでくださいよ」
「すんまへん~。でも、嬉しいで~」


 しばらく、俺は湯々さんとその場で話し合った。明らかに深い所に浮いているはずなのだが、不思議とお互い同じ
深さで腰をおろし、座りながら喋っていたような感覚だった。湯々さんの話によると、この隠れ湯に訪れる者もそう
多くは居ないらしい。遥か昔、龍の娘と人間が入りに来たとか。そんな龍の娘とか言われるとおとぎ話の世界じゃ
あるまいしと、鼻で笑うところだが、おとぎ話に出てきそうな巨人の様に大きな湯々さんを目の前でみると、あながち
本当に聞こえてくる。しかし、そんな遥か昔から今と一緒の同じ形であるって訳ではないのだろうと思う。きっと、
形を変えながらも、こうして誰かと入浴しながらお話するために生きているのだろうと思う。
 気づけば、夜空。お月様も満月だ。そろそろ帰らなければならない。
「それじゃ、湯々さん。俺そろそろ帰ります」
「え~、もう帰ってしまうん?」
「また来ますから」
「絶対やで?」
「絶対きます」
「ほな、最後にわてからのお願い聞いてもらってええやろか」
「・・・なんです?」
 そういうと、湯々さんは湯から右手を出すとそのまま俺をつまみ上げた。
「ちょ、ちょっと湯々さん?!」
 そして、降ろされた場所は湯々さんの豊満な胸と胸の間の谷間。液体から肉体的な物に頭以外すっぽり収まる。
「昔な、さっき話した龍の子が人間にした奴なんやけどな、わてもそれを一度やってみたかったんや」
「もう既にしてるじゃないですか」
「すんまへんな。結構お疲れみたいやからわてが楽にしてあげるから、それで勘弁してな」
「・・・え?」
 そういうと、胸の間に挟まれている状態から一気に胸を寄せ始めた。当然、その間に挟まっている俺はプレス
されるような状態であり、いつしか体全身覆い挟まれていた。ブルブルっと震えるおっぱいに包まれて全身
マッサージされているよう気持ちよさを覚える。湯々さんはただ、おっぱいを揉んでいるだけなのかもしれない。
息苦しさもなく、程良い温もりを感じながら、俺はいつしか意識を失っていた。


「うわぁ!!!」
 ガバっと目を覚ますと俺は車の中でいた。ココハイッタイドコデスカ?
 車を降りると、俺は山頂の展望台の近くに車を止めていたらしい。はて、あの記憶は一体なんなんだろうか。夢?
腕を組んで、随分と幸せな夢を見たものだと思う。
 まぁ、いいか。髪をボリボリとかき、額に浮かぶ汗を拭う。しかし、汗の臭いは熱々の風呂から上がった時に
でてくるときにかく汗であり、まるでついさっきまで温泉にでも入っていたかのような感覚だ。自然と車内で寝ていた
割には体のどこかしら痛くしているとかそういうものもなし。それどころか体が軽く、絶好調だ。
 ズボンの中からスマートフォンを取り出し、日付をみれば日曜日。きっと、あの出来事は夢ではないのだろう。
っとなると、ここまで運んでくれた湯々さんに感謝すべきなのだろう。ありがとう、湯々さん。俺はその場で合掌
しながら、湯々さんへ感謝を送った。
「さて、安全運転で帰りますか。また来ますよ。湯々さん」
 バタンと扉を閉め、エンジンをかける。ゆっくりゆるゆる自宅を目指して帰ったのであった。

 後日、その隠れ湯のある山について調べてみると、昔は立派な火山だったようだ。しかし、月日が経つにつれて
昔みたいに活気は良くなく、噴火するということはないようだ。
 もし、あの山が噴火するような事があったら、湯々さんが誰とも会えず寂しくなって暴れた時か、山を汚すような
事をした時にでも起きるんじゃないかなと勝手に妄想したのであった。