私の名はしらぎ、巨人の執事である。
恥ずかしながら、酒の席で背の低いことを馬鹿にされ、腹いせにこびとのモデル街を一つ壊してしまった。
その被害を弁償する為、モデル街を造った大工の事務所を訪れる破目になった。
さて、どんないかついおっさんが出てくるのやら・・・・・・。

ドアをノックし、『室内での巨大化厳禁!』と書かれた100メートル四方の巨大なプレハブ事務所へと入る。
「失礼します」
「いらっしゃい。あら、結構な美形ね」
途端、身長60メートルを越えるスタイル抜群な巨大女が声をかけてきた。
対して、私の身長は44メートル。平均的な巨人より少し低い。
自然、彼女に見下ろされる様な格好になった。
美形と言われたのを差し引いても、ちょっと不愉快な気分である。
だが、それを表情には出さず、笑顔を取り繕って話をする。
「先日、貴社のモデル街を破壊してしまいました、しらぎと申します。本日はお詫びに参りました」
「へぇ~、貴方がねぇ。まぁ、座って座って」
巨大な彼女は、白いTシャツにジーンズという実に殺伐とした格好であった。
しかし、シャツからは薄く突起した乳首が覗く。ノーブラなのだろうか。
黒く艶やかな髪は束ねられ、ポニーテールになっている。
飾り気はないものの、なかなかの美女だ。機会があれば、食事に誘ってみたいと思う。
だが、今はそれをすべき時ではない。
「さて。モデル街を建てられた、大工の棟梁であるくららさんに会わせて頂きたいのですが」
私は本題を切り出した。
「棟梁?」
そう言うなり、彼女はにんまりと笑った。
「ふ~ん、棟梁のくららさんに何の用かしら?」
ですからモデル街のお詫びを、と私は釈明したが、彼女はニヤニヤしたままである。
私は段々、腹が立ってきた。だが、執事としてのプライドでその怒りを抑え込む。
それを見透かしてか、彼女は、
「場所を変えましょう。棟梁の仕事場まで案内するわ」
と言って、私をプレハブ事務所から連れ出した。

ビルの街へと入っていく彼女と私。
しばらく歩いて、私ははたと足を止めた。
「このオフィスビル、なかなかのデザインですね」
「でしょうでしょう。中を覗いてもいいわよ?」
「それでは、ちょっと失礼」
私はオフィスビルを覗き込んだ。
中ではこびとのサラリーマンがあくせくと働いていたが、巨大な私の眼に驚き、物陰に隠れてしまった。
「ふむ。中まできっちり機能的に造られていますね。こびとどもが働き易そうです」
「あら、分かるの?」
「はい、これでもこびとビル鑑定士2級の資格を持っておりますので」
私はうやうやしく答えた。胸中では、『してやったり!』とガッツポーズを取る。
だが、彼女は言った。
「鑑定士2級までなら誰にだって取れるわ。1級じゃないとね~♪」
グサッ! 何て腹の立つ女だ。
鑑定士2級は、飽くまで執事の嗜みとして取った資格である。
1級が取れていたら、執事ではなく鑑定士で生計を立てていただろう。
だが、私は忍耐力を発揮して受け流した。
「1級は流石に難しくて・・・・・・ははは」
「そう」
素っ気なく呟いた彼女は、先を歩き始める。
やがて、街の中心部らしき場所が見えて来た。
大通りにはこびとどもの車が行き交い、大きな駅からは電車が頻繁に出入りする。
車を踏み潰さないよう気を付けながら、ゆっくり歩を進める私。
対して、彼女は車と衝突事故にならないのが不思議なくらいの速さで進んでいく。
「この立体交差、ちょっと高いから気を付けてね」
「はい、分かりました」
彼女は赤いアーチの立体交差を慣れた足捌きで跨ぐ。
私も真似して跨ごうとするが・・・・・・足が届かない。
このままでは立体交差を踏み付けてしまいそうだ。
「渡れないなら、跳び越していいわよ」
彼女はそう言って、先にある交差点でドンドンと足踏みした。
あそこまで跳べ、と言うことか。仕方がない。
私はひらりと宙を舞い、交差点へと華麗に着地した。
地響きは最小限、交差点待ちの車が引っくり返ることもない。
「へぇ、やるじゃない」
「はい、これでもニンジャとしての修練を積んでおりますので」
今度こそ『してやったり!』である。
私の執事としての嗜みに、彼女は感心して・・・・・・いなかった。
「交差点にくっきりと足跡が残っているわ。ニンジャとしては失格ね。後で修理代を請求しようかしら」
とことん腹の立つ女であった。
高層ビルの隙間を進み、駅へと誘われる私。
白い駅舎はガラス張りの6階建てで、傍らに100m級の長大な駅ビルがそびえ立っている。
彼女は駅舎に腰掛け、ダークブラウンの妖しげな瞳で私を眺めた。
サンダルをポイポイッと脱ぎ捨て、素足を露にして脚を組む。
そして、深く一呼吸。甘い香りが漂って来た。
私を誘っているのだろうか? だが、その手には乗らない。本題を切り出すことにした。
「そろそろ、棟梁に会わせて頂きたいのですが?」
「そう慌てないで。私、貴方のことが気に入っちゃったの。ここで一緒に寝ない?」
ぽんぽんと駅舎を叩く彼女。
驚くべきことに、駅舎に張り巡らされたガラスにはひび一つ入らなかった。
ガラスが硬いのか、彼女がソフトタッチなのか。
私は興味が沸いた。勿論、性的な誘いにではない。
「淑女がホイホイと紳士を誘うものではありません」
襟を正して決然と断る私。すると、彼女はつまらなさそうに告げた。
「あら、私は本気よ? 恋も仕事も、いつだって本気。おチビな男には分からないだろうけど」
おチビ呼ばわりされて、流石の私も堪忍袋の緒が切れてしまう。
「訂正してもらいたいものですね。私とて巨人族の末裔、チビ呼ばわりは我慢ならない」
私は静かに、怒りを込めて言い放った。
「あら、怖い怖い。それならば、背高な貴方にお願いするわ」
嫌味100%の言葉を振り撒く彼女。
「・・・・・・なんなりと」
執事としての理性をフル稼働させて、表向きは丁重な仕草で答える私。
すると彼女は頬を上気させ、色っぽく言い放った。
「生意気な私を、この街ごとめちゃめちゃにして♪」
一瞬の静寂が訪れる。駅付近にいるこびとどもがワーッと逃げ始めた。
私はたぎる想いを吐き出す様に呟く。彼女を、少し懲らしめてやる必要がある。
「いいでしょう。私、動物の調教師免許2級も持ち合わせております。少々手荒になりますが、お覚悟を」
「まあ、頼もしいわ」
そして、紳士と淑女の手合わせが始まった。
その経過は故あって割愛する。詳しくは01exを読んで欲しい。
結果は・・・・・・誠に不本意ながら、私の惨敗である。
私と彼女は、全壊した駅の上に裸で寝転んでいた。
周囲の街はめちゃめちゃで、壊滅と言って差し支えない状況である。
再建に、どれだけの時間と費用がかかるか分からない。
「・・・・・・この度は、この様な粗相をして申し訳ありませんでした。弁償させて頂きます」
私は深く詫びた。
「う~ん、それじゃあ・・・・・・カラダで払ってもらいましょうか♪」
「へっ?」
彼女の思いがけない提案に、眼が点になる私。
「あなた、私の顔を知らないみたいだったから、ちょ~っと悪戯しちゃったわ。ごめんなさいね」
彼女はいじらしく笑って謝ると、改まって自己紹介をした。
「私はくらら組の棟梁、くららよ。今日からよろしくね、チビ執事のしらぎクン♪」
「・・・・・・えーっ!?」
私はびっくりして飛び起きた。
こうして、棟梁くららと私との因縁の生活が始まったのである。

<続く>