サンサンが地球から去っていった次の日。

ニューヨークでは、半壊した市庁舎をバックに、市長がスピーチをしていた。
「ニューヨークの市民の皆さん。今回の侵略者はあまりにも巨大で、彼女の攻撃により、多くのインフラが失われました。
しかし、幸いなことに、人的被害はゼロです。それどころか、重病人が回復したとの報告もあります。
私は、回復された皆さんに新しい職業を斡旋します。それは、復興事業です。
皆さん、一丸となって復興に取り組みましょう。我々は、巨大なハートで結ばれているのですから!」
市長はそう言うと、スーツの上着とカッターシャツを脱ぎ、いそいそとTシャツに着替えた。
そこには、大きなハートマークが描かれていた。
しかも、よく見ると、『サンサンさんファンクラブ会長 会員募集中』という文字まで描かれている。
周囲から、おおおおおッ、と歓声が沸き、次いで拍手が巻き起こる。
マスコミ関係者のカメラが、一斉にフラッシュを焚いた。

市長の尽力もあり、ニューヨークはサンサンの侵略からたった1日にして、早くも復興に向かっていた。
せわしく行き交う建築作業員と建築士、そして保険屋。
瓦礫を撤去する為に、重機が絶え間なく動き、ダンプカーが群れを成して往来する。
復興事業による雇用創出で、失業率は低下。
また、サンサンの息吹により重病人が回復し、医療費も大幅に低下することが見込まれていた。

「もう足はいいのかい、ジョー?」
「うん。今まで心配かけたね、母さん」
母を抱き寄せるジョー。
彼はハイスクール時代、不良に絡まれて足に大怪我を負わされ、医者からは2度と立てないと宣告された。
しかし、憂さ晴らしに立ち寄っていたニューヨークで、サンサンに遭遇。
彼女の不思議な息吹を受けて、足が動く様になったのである。
「サンサンさんのお陰で、また歩ける様になったんだ。検査結果も問題なし。医者は、奇跡が起こったって驚いていたよ」
「まぁ。それじゃ、また趣味の山登りができるわね」
「うん。でも、その為には貯金しなくちゃね。さっき、市庁舎でバイトに申し込んできたんだ。瓦礫撤去で足腰を鍛えるよ」
彼は、以前より遥かに頑丈になった足腰を活かし、臨時の建築作業員として働くことを選んでいた。
「あ、そうそう。見てよ母さん、市公認のサンサンさんファンクラブにも入ったんだ」
誇らしげに胸を張り、市長と同じハートマーク・デザインのTシャツを見せるジョー。
そこには、『サンサンさんファンクラブ会員No.1024』と書き込まれていた。
彼の様に回復した人々は、こぞって復興事業に参加。
ニューヨークは特需に沸き、経済活動は活性化していた。
自分のオフィスを壊されたと怒るブルーカラー層もいたものの、市民は概ね、サンサンを肯定的に受け止めていた。
曰く、「人類史上最も優しい侵略者」と。

しかし一方で、ホワイトハウスの要人たちは頭を抱えていた。
秘密会計の5%を投じて打ち上げた攻撃衛星『ヒットマン』が、サンサンに食べられてしまったからである。
「大統領! 次にあの巨大娘が現れたら、先制核攻撃を仕掛けるべきです!」
まくし立てる高官。彼は、軍需産業から多額のリベートを受けていた。後には退けないのだろう。
対する大統領は、また来たか、と言わんばかりの憮然たる表情をしていた。眼の下にはうっすらと隈ができている。
「やめておけ。24発撃ったのに、ちっとも効いておらんかったろうが」
ひらひらと手を振りながら、やんわり拒絶する大統領。だが、高官もしつこい。
「24発で駄目なら、240発撃つまでです! 既に準備は整っております。
今度は地上からも攻撃します、それならば必ず」
「分かった分かった。もういい、下がりたまえ」
「・・・・・・。次の選挙で、我々の業界団体は貴方を支持しませんからね!」
高官は捨て台詞を吐くと、フンッと鼻を鳴らして、大統領執務室を後にした。
大統領はそれを見届けて深く溜息をつくと、机の上にある電話の受話器を取った。
「私だ。CIAの長官を呼びたまえ」
「了解、10秒ほどお待ち下さい」
電話番の応答から待つことちょうど10秒。CIAの長官が電話に出た。
「お呼びですか、大統領。恐れ入りますが、当局は例の娘のせいで大混乱です。ご用件は手短に」
「サンサンの身長と体重が知りたい」
大統領は、娘の成長ぶりを聞き出したい父親の様な声で呟いた。
「・・・・・・分かりました、担当の者に代わります」
CIAの長官は無機質な声で答えた。ただし、心の中では、そんなくだらない用事で呼び出すな、と付け加えていたが。
しばらくして、陽気な女性が電話に出た。
「ハ~イ、大統領。私、マーヤ・マーヤと言います。お呼び頂いて光栄だわん♪」
「・・・・・・ちょっと待て。私はコールガールを呼んだ覚えはないぞ?」
椅子からずり落ちる大統領。
「ひどいひどいー! マーヤはこれでも天才科学者なのよー。今はCIAでバイト中なのー」
電話の先で抗弁するマーヤ。その声はまだ若く、妙に色気づいている。
「あ~はいはい、君の素性は分かったから。とっとと質問に答えなさい」
「りょうか~い! それじゃ、サンサンさんの恥ずかしいヒミツ、マーヤがこっそりと教えてア・ゲ・ル♪」
大統領は頭を抱えた。もう一度CIAの長官を呼び出してくれ、という言葉が喉下まで出かかっている。
・・・・・・実際のところ、コールガールにはしょっちゅうお世話になっているのだが、今は緊急時だった。
それを見透かしてか否か、マーヤは嬉しそうに報告し始めた。
「サンサンさんの推定身長は6400メートルよん。根拠は、ビルを押し潰した人差し指の長さ。
後ほど映像資料を送るけど、彼女の人差し指は、エンパイアステートビル並に長かったみたい」
米国の誇る超高層ビル、エンパイアステートビル。その高さは433.2メートルである。
それが人差し指に過ぎないとは、何という途方もない巨体だろうか。
だが、大統領には腑に落ちない点があった。
「・・・・・・分かり易く、フィートに直してくれんか?」
「えー、やっだー。国際基準で計算してちょーだい」
ハイスクールの女子みたいな答え方をするなぁ、と感じる大統領。まともに取り合うのが馬鹿らしくなる。
「分かった分かった。それで、体重は?」
「おっ。乙女のヒミツに踏み込んできたわねー? イイネイイネー」
「茶化してないで、答えなさい!」
思わず怒鳴る大統領。だが、マーヤは悪びれた様子もなく、スラスラと語り始めた。
「それじゃ、ここからは数理的な仮説になるわ。
国連ビルに彼女が降りてきた時、CIAは震度3を観測したの。
ビルの傾き具合、彼女の足跡から計算して、彼女の体重はおよそ120トン」
「ほほう」
「でも、あれだけ核弾頭を浴びて平然としているんだから、実はもっと重いのかもね。
成層圏を行ったり来たりしていることからして、重力制御は確実にしていそうだしー」
よく推測したものだ、と大統領は感心する。流石はCIAに雇われた天才科学者である。
ここでやめておけば大統領のマーヤへの評価は高まったのだが、若い彼女にそこまでの采配は無理だった。
暴走して、余計なコトを付け加える。
「そして、乙女の最重要機密、スリーサイズは!」
「ス、スリーサイズは?」
ガタッ! 椅子から立ち上がる大統領。
「ふふっ、ヒミツ~♪ ここからは別料金になりまーす。知りたければ、CIAの予算を増額して♪」
「・・・・・・」
大統領は、黙ってガチャンと電話を切った。
初見のコールガールに、迂闊に追加料金を払ってはならない。彼の人生訓だった。

そして次の日。
世界は、何事もなく1日が過ぎた。
マスコミはサンサンのことを特別枠で報じ、好き勝手に論評。
大統領やニューヨークの市長は、緊急の事務手続きを終え、ようやく眠ることができたみたいである。
ジョーは、瓦礫撤去の初仕事を活き活きとこなし、ボスにほめられた。
マーヤ博士はボスのCIA長官に頼まれ、ひたすら計算を繰り返す。

そしてその更に次の日。

サンサンは戻って来た。

「ふーっ、地球侵略の目的をすっかり忘れておりましたわー。
地球の皆さん、こんにちは♪ サンサンですー」

彼女は、再びニューヨーク上空に現れた。
巨大な顔が、街を覗き込む。
ウェーブのかかった銀色の髪が、ふわふわと空に浮いている。
どうやら、マーヤ博士の読んだ通り、重力を制御している様であった。

「あ、サンサンさんだ!」
「お陰で仕事にありつけたぜ。サンキュー!」
「あなたのファンになりました!」
「しかし、本当に大きいわねぇ」
「うはっ、巨大な侵略者キター!」
「ふん、何よ! 鼻の下伸ばしちゃって。私の方が、スタイルはいいわ!」
「おのれ、前回はよくもわしのビルを! 世間が許しても、わしが許さんぞ!」
サンサンに対する人々の評価は、賛否両論。正確には、7:3くらいのバランスだった。
彼女はそれを知覚したのか、にっこり微笑んで手を振る。
途端、街から怒号の様な歓声が巻き起こった。バランスが8:2くらいに傾く。
ヘリに乗ったリポーターが絶叫する。
「TVの前の皆様、ご覧下さい! 巨大な宇宙人女性が再び現れました! こちらに向かって手を振っています!
そして、女神像を思わせる見事なボディ・ライン・・・・・・おおっとぉ? 前回と服が違います!」
カメラが彼女の服を映し出す。
今回は、腰にガーターベルトをしている。太股には限りなく透明なストッキング。
胸元が大きく開いているのは変わらない。お尻の食い込み具合も同様である。
だが、問題は両肩だった。何だか、鋭いトゲの沢山生えた白い肩アーマーを付けている。
「えへへ~、前回は『水着と区別が付かない』って宇宙連盟のボスに怒られちゃったので、着替えて来ました。
悪の女幹部をイメージした、お気に入りの侵略者装束なんですが、どうですか~?」
肩をくねくねと動かすサンサン。弾みで、胸も大きく揺れる。

「ゆ、揺れたぞ!」
「すげえなオイ。今日のオカズにしよう」
「フン! あんなの、私の方が(以下略)・・・・・・ちょっと揉んでみたいかも」
「ママー、サンサンさんのおっぱいっておおきいねー♪」
「いおり、逃げるわよ! 前回みたいに瓦礫が降ってきたらたまらないわ!」

バランスが9:1にまで傾く。
サンサンは嬉しそうに微笑んだ。
「喜んでもらえたみたいで、光栄ですわー♪」

だが、次の一言で、人々は凍りついた。

「さて。今日はこれから、ニューヨークをめちゃめちゃにいたします♪ 地球人の皆さん、ごめんなさいね。えへっ☆」

えぇええええぇえー!?

ニューヨーク、大ピンチ。

<続く>