水曜日4:30晴れ。
吹く風が日に日に寒くなり誰もが冬の訪れを嫌でも感じる。
とある地方都市の繁華街外れにある赤い暖簾が特徴的なラーメン屋はすでに
その暖簾を外していた。

しかし、札を〔開店〕から変えれない理由が、店内には存在していた。

カウンター席くらいしかない小さな店の片隅の席でつっ伏せて寝てる女性客に、
オヤジが困りながら言う。

「もうぼちぼち閉めたいんだがね…。」

「にぇへへぇ〜…しゃちょーのおじさまぁにシャンパン追加ぁ…」

女性客はにへらにへらと笑いながら寝言を言う。
とても幸せそうなのだが、赤ら顔で時々しゃっくりをしていることから、この
女性は泥酔してるがわかる。
ラーメン屋のオヤジは肩を震わせ笑いを堪えつつ、厳しく言う。

「・・・ろっかちゃん起きな。オッちゃんさすがに怒って出禁にするぞ?」

「うぇ?困るよオッちゃん〜!」

ろっかと呼ばれた女性-上前津ろっかはむくっと顔を上げ、眉をハの字にして
困りながら言う。
やや赤みのあるブロウのかかったショートヘアをして、水色の大きめの瞳を
した可愛らしいタイプのお姉さんといった感じだが、瞼が重いのか目は半開き
でトロンとしてる。
ろっかはおぼつかない手付きで会計を済ますと、ゆらりとブランド物のハンド
バッグを持ちながら立ち上がり千鳥足で歩き出す。

「きぃつけて帰れよ?」

オヤジはやれやれと言わんばかりにろっかに語りかける。

「えへへ〜きょつけまぁ〜すぅ…。」

ろっかはにへら顔のままふざけて敬礼をし、ピョコピョコと歩き出す。

「まったく…アレがなければ可愛いんだがなぁ…。」

早朝の町に消え去るろっかの背中を見送る。
オヤジはため息をつきながらも口角を上げて呟くと、やっとの思いで入り口
の札を〔閉店〕に変えて戸を閉めた。





「あーるーこーあーるーこーあたしはー…フフフ〜」

ろっかは歌いながら1人駅までの道を、腕をふらふらとさせながら歩いていた。
「明日は〜みんなでお買い物ーえへへ〜。」

嬉しそうに楽しそうに、るんるんと角を右へ、左へと曲がる。
駅まであと数百メートル、この路地を通って行けば駅前通りに出る。
ぼんやりと帰ったらとりあえず寝ようかもう少し飲もうか考えていた。

それは突然だった。

「いっ…たぁ!」

ろっかは路上に倒される。
うった部分をさすりながら駅前通りの方を見るとろっかのハンドバッグを
持った男がろっかから遠ざかるカタチで走っていた。

「ひ?!ひったくり!?待って〜ぇ!!」

ろっかは叫ぶ、しかしひったくりは駅前通りに向かって走る。

「いたッ…待ってってば!」

ろっかは叫ぶがひったくりは止まらない。

「ハンドバッグ返してよォ〜!」

ろっかの脳裏は悲しみで溢れかえった。

ー私のメイク道具、ケント、ジッポー、ケータイ、
そして…わたしのおサイフ、せっかく貰ったお小遣い、
みんなでお買い物、明日のお楽しみ…。
遠ざかるハンドバッグの中身や明日の事が考えたろっかの脳内で…


何かがキレた。

「・・・ぜってえ許さねー!!待てって言ってるだろ!!」

ろっかは眉間にシワを寄せて叫ぶ。

瞬間彼女の眼が怪しく輝き急激に巨大化をはじめる。
膨張し続けるろっかの足が路上の標識を曲げ、ろっかの体が周囲の
ビルを崩す。
およそ1000倍に巨大化を終えたろっかは自らの足元を睨みつけながら
しゃがみこむと、怯えるひったくりを周りの地盤ごと持ち上げる。

〝な、何?地震!?〝
〝巨人…!?俺たち手のひらにのせられたんだ!?〝
〝おろせええ!!〝

ろっかは運悪くひったくりの周囲の建物内にいたコビトも御構い無し
に持ち上げると低く唸る。

「おい…虫ケラ…。」

空を覆い尽くすろっかの、般若のような顔を見ると自業自得とはいえ
ひったくりが憐れにも思えてくる。

「・・・何で逃げた?あたし待ってって言ったよな?」

当たり前である、待てと言われて待つひったくりはいない。

ろっかは空いた左手の人差し指でひったくりを指差す。

するとひったくりの手からスルリとバッグが離れろっかの人差し指の
指先にフワフワと漂ってくる。

ろっかはそれを〝自宅に転送する〝と再度ひったくりを睨みつける。

「とりあえずバッグは返してもらうけど…お前どうしてやろうか。」

〝ご…ごめん…なさい〝

ひったくりは必死に懇願する。

当然ろっかは許す事なく処刑方法を提示する。

「お前を何もない世界に送ってやろうか?それとも異世界から人喰い
トカゲでも呼び寄せるか?」

ろっかは色々考えて一言めんどくさいやと告げると地盤を地面に
叩きつける。

「このっ…このぉ!!」

ズーンズーンと重低音を響かせて叩きつけた周囲を力強く踏み潰す。
ろっかの足が接地するたびに、周囲の建物も崩壊する。

「早くっ!わたしにっ!!潰されてっ!!!逝っちゃえーッ!!!」

ろっかは最後にトドメとして両足でご丁寧に踏み潰すと肩で息をし
呼吸を整える。

足元はグシャグシャになりあちこちで阿鼻叫喚が起こっている。

「フーッ…フーッ…迎え酒して忘れよ…でもこの時間じゃどこも
空いてないし、異世界から出す気力もないし…うーん…。」

何か良いものはないかと周囲を見渡す。

ろっか基準で数メートル先の埠頭の脇にコンビナートがあるのが
見えた。

「もうアレで良いか…あ、よい子のコビトさんはマネしないでね?」

ろっかは無事な市街地を踏み荒らしコンビナートに近づくと石油
タンクを数個もぎ取る。

「あーホントあり得ないしー!」

石油タンクを1つ飲み干す。

「今日はついてないのかなぁ…。」        

2つ。

「それともぉ…あのコビトさんがおバカなのかなぁ…。」

3つ。

「あっついなぁ…脱いじゃお…。」

4つ。
体の奥からくる暑さから衣服を脱ぎ去る。

「まぁ…いいヤァ…。」

5つ。
飲み干した時点でろっかは繁華街を横乳で潰しながら倒れこむ。

「そんなことよりぃ…眠い…。」

ろっかは寝息をたて眠りだす。

2、3時間後。
本来なら通勤通学でごった返す通りも今日はワケが違った。

〝寝てるうちに逃げろ!〝
〝押さないでくださいよ!!〝
酔って寝てるろっかから少しでも遠ざかろうとするコビトで溢れ
かえりパニックになっていた。

「すぅー…すぅー…」
そんな阿鼻叫喚を尻目にろっかは幸せそうに寝続けている。

〝あまり音を立てないで静かに避難してください!〝
避難誘導する警察官は群衆に対してろっかを起こさないように
速やかに避難するように伝える。
だが。
〝騒ぐなよ!巨人が起きるだろ!!〝
〝えーん!!えーん!!!〝
〝そのガキを黙らせろよ!〝
〝俺はまだ死にたくねぇ!!〝
パニックになった群衆は必死になって逃げようと押し合い
へし合い慌てふためく。

コビトのピーピーワーワーという叫び声は寝てるろっかの耳にも
届く。
「うーん…」
一瞬不愉快そうに唸ると瓦礫を落としながら右足をあげカラダを
ゆっくりと捻るろっか。

〝助けてくれー!!〝
〝が、頑丈な建物に逃げろ!!〝
〝お、お尻が…降ってくる…〝
〝もうダメだ…おしまいだ!〝

ろっかの背中が、お尻が、雑居ビルやマンションといった高い
建物から押しつぶしてゆく。
ろっかは寝返り1つうっただけだが、クルマに取り残されて震え
ていた者、無駄な足掻きで頑丈な建物に逃げ込んだ者、少しでも
遠く逃げようとした者…全てを自らのカラダでつぶす。

「えへへ〜もう飲めないってばぁ〜…。」
そんな大災害はつゆ知らず、ろっかは幸せそうに寝言をつぶやき
またすぅーすぅーと寝息をたてて寝続ける。


このままずっと寝てたいな…などとふと感じたろっかだが、その
睡眠は遠くから迫るズシンズシンという音と突然の浮遊感、そして
大音声によって遮られる。

「ろっかさん何してるんですか!」

ろっかが目を覚ますと目の前にはよく見慣れた藍色の瞳が睨みつけていた。
「アレ…ぇ?ぼたんちゃん?」
ろっかは半分寝ぼけながらも友人でルームメイトの猫耳
-猫ヶ洞ぼたんに話しかける。

「どうして大きくなってきてるの…?というか…どうしてここに?」

「俺が呼んだんだよ。」
ぼたんはスッと空いた左手を差し出す。
左手の人差し指の上によく知った顔の男性が…ラーメン屋のオヤジだ。

「オッチャン!?どうしてここにぃ…?」
「ろっかちゃんがやかましくするからな…オッチャン起きちまったん
だよ、だからぼたんちゃんに電話して迎えに来てもらったって事だ。」
「まったく…わたしも夜勤明けで寝ようと思ってたんですニャよ!?」
オヤジに呼び出されてプンプンと怒ってるぼたんの目には薄くクマが
できていて夜勤明けなのがわかる。

「あー…うーん…ごめんねぼたんちゃあん?」
「オヤジさんと…コビトさんには…?」
「あぅ…うー」
おっとりと謝るろっかにぼたんは厳しく咎める。

一瞬シュンとなったろっかだが…。
「オヤジさん、コビトさん…ごめんなさい。」
元々穏やかな時は素直な性格なのもありキチンと謝るろっか。

それを見届けてぼたんはオヤジを地面に下ろし、代わりにろっか
を胸ポケットにしまう。
「…とりあえず帰りますニャよ?そんな格好じゃ風邪ひきます
から私の胸ポケットに入っててくださいね?」
「アレっ…!?寒いと思ったら…なんで私裸なの?!」
「飲み過ぎですニャヨ…もう。」
酔っ払ったろっかに呆れるぼたん。

ぼたんは地面に顔を近づけ、オヤジを見つめる。
「それでは私はこれで帰りますニャ…。」
「オッチャンぢゃあねー!」
「…今度こそちゃんと帰って寝なよー!」
ぼたんとろっかはオヤジに別れを告げる。
スッとぼたんは立ち上がりまた同じようにズシンズシンと歩き出す。

そんなぼたんの姿を見届けながらオヤジは困ったように溜息をつく。
「まったく…アレがなければ素直で可愛い子なんだがなぁ…。」
オヤジはそう呟くと近くの避難所へ向かうことにした。




「まったくお酒飲むのもいいですけど飲み過ぎはダメですニャよ…。」
「だってー…ひったくりに…。」
「だとしてもやり過ぎですニャ!」
「あうう…ま、まあ気を取り直してネ?明日はみんなでお買い物だし…」
「何いってるんですか!後片付けしないといけないから延期ですよ!」
「えーっ!」
「えーっじゃないですニャ!今日はゆきお嬢とささめさんにこってり
絞られてください。」
「うぇえー!ヤダー!」