ある大都市、道を歩いている人々は、何かがおかしいことに気づいた。空が青くないのだ。真っ白な平面的な空になっている。
 それと同時に、今まで普通に吸っていたはずの空気がなんだか重い。今は夏だから当然といえばそうかもしれないが、どこかむわっとした空気と、女の子の部屋のような甘い匂いを感じた。
 わけのわからない変化に驚いていると、地震のように街全体が揺れた。どすん、どすんと地鳴りのように定期的に響くそれが止んだ時、人々は驚愕した。
 目の眩むような遥か上空に、人の顔のようなものがあった。ようなものと表現したのは、それが街全体を覆い尽くしてもなお余るほどの大きさを誇っていたからだった。そのまま視線を下に下げれば、首や体もしっかりと見える。
 少女の目と髪は綺麗な紫色をしていて、頭の上には猫か何かの動物の耳のようなものが生えていた。
 その超巨大な少女、猫又おかゆこそがこの状況を作り出している本人である。おかゆは巨大都市を10000分の1に縮小し、自分の部屋へと転移させていた。

「君たちは街ごとぼくのおもちゃになりましたー!ねぇ、気づいてる?ここってぼくの部屋なんだよ?君たちはうんとちいちゃくなってここに転送させられたんだよ」

 だいぶ声量を落としているのだろう。それでもおかゆの口から発せられた轟音は、やっと聞き取れるくらいに大きく、建物の窓ガラスはその音圧に耐えきれずに割れていく。まだ近くに立って話しているだけなのに、街には震災か何かのような光景が広がっていた。

「じゃあさっそく…遊んじゃおっかな〜」

 そう言っておかゆは自らの巨大な足を街にかざした。触れることなく、ただ街の近くに足を浮かせているだけ、たったそれだけで街にいる人々は地獄を味わっていた。裸足で靴を履いているおかゆは足が一段と蒸れていて、しかも今の季節は夏だ。すべすべとしているはずの足が、汗で蒸れることによってテカテカと光沢を放っている。それが普通のサイズであったら、少し臭うかも、程度で済んでいただろう。だが、比較することもおこがましいほどの10000分の1というサイズ差は、おかゆの足の臭いをそれこそ万倍にも感じられるほど強くしていた。そのおかゆの足の臭いは、ただ臭いだけではなかった。女の子特有の体臭は、男の頭を狂わせる成分でも入っているかと思えるような、甘いようなクセになるような臭いだった。死にかけるほど臭いはずなのに、頭がクラクラしてとろんとした表情になっていく、おかゆの足の臭いによって壊れた人間たちは幸せだっただろう。だが、精神が強い人間ほど、気絶することも出来ずに狂うことも出来ずにただただこのとてつもない悪臭に苦しめられる。

「ねぇ〜ぼくの足ってそんなに臭い〜?失礼しちゃうなあ」

 おかゆは街の上にかざしていた足を、ただ静止していた状態からぱたぱたと扇ぐように動かした。緩やかで小さい動きだったとはいえ、超巨大なおかゆの足が動くということは、上空から全ての空気をかき混ぜるということだ。ただでさえきつかった臭いはあおがれたことで余計に増して、気の弱い者は気絶してしまう。臭いに耐えきれてもただ足を動かすだけで発生した突風に建物ごと吹き飛ばされる。そして、汗まみれの足を動かしたことにより、汗の水滴が数滴飛び跳ねた。たった数滴の汗は、街にある建物の何十倍も大きく、津波のように押し寄せた。つんとした臭いの、しょっぱい汗に押し流され、建物は倒壊し、小人たちは汗の海に沈んだ。少女の体液を何度も飲み込み、呼吸も出来なくなり、ただただ屈辱と恐怖にまみれて死んでいく、そんな惨状を巻き起こしているというのに、まだおかゆは何も触れていないのだ。街の一角は完全に破壊され、小人たちはとてつもない人数が死に至った。その事実が、縮小街の住人たちに、今どれだけ矮小な存在になっているかを分からせられる。

「あははは!ちょっとぼくの足乗せただけでさくさく潰れちゃったじゃん!くすぐったい!」

 おかゆはその縮小都市を見下ろし、くくくと笑った。笑っちゃうくらいに小さくて、ぼくが歩いてきただけで点にしか見えない人間たちが慌てふためいているのが楽しくてしょうがない。そう思っていた。ゆっくりと足を下ろせば、なんの抵抗もなく街は潰れる。
おかゆがほんの少し身じろぎするだけでも、地面はえぐれ、ビルは倒壊し、縮小した街にいる小人たちは痛いと思う暇もなく潰される。あまりの巨大さのため、足の隙間などで生き残った者も、そのまま倒壊したビルに潰されたり、至近距離に来た超巨大なおかゆの素足の臭いによって、まともに呼吸すら出来なくなり死んでいく。だがおかゆにはそんな小さい物など見えてはいない。10000分の1の縮小都市は、おかゆからすればただぽつぽつと凸凹があるただの平面にしか見えず、人間なんて目をいくら凝らしても男か女かすら分からない。
 足元でくしゃりと潰れる感触と、ずっと裸足で靴を履いていたため蒸れていた足が冷たくて気持ち良く、まだ潰されてないところも丹念に踏み潰していく。足を振り下ろしたあと、ずずーと足を引き摺れば、足の幅真っ直ぐに、えぐれた地面の焦げ茶色の帯が通る。力も込めずにただ乗せて、ただ動かしただけで何人死んだだろうか。おかゆは自分の行動と、街の被害のギャップにゾクゾクしていた。
 おかゆは次に、床へと座り込んだ。普通に座ってあぐらをかいただけだったが、普通のサイズならば衣擦れの音くらいしか聞こえなかったその行為は10000倍のおかゆが行えば隕石が落下したかのような衝撃と音だった。幸い座った場所は、街と部屋の床の境界線よりも遥かに遠く、街に直接座られたわけではない。だが、足を伸ばすことなく軽々と街に足が届くおかゆの大きさに人々は驚いた。あんなに顔が遠くに見えるのに、すぐ横には足が自分たちの街を自分たちごと破壊しようと鎮座している。一気にやられない分焦らされている間はずっと恐怖で押しつぶされてしまいそうだった。
 おかゆは先ほどまでのように足裏で踏み潰すのではなく、足の側面を街に置いた。足裏で壁を作るようにして、側面を街にめり込ませる。右と左の足裏に挟まれて、未だ潰されていなかった幸運な人々は、今から起こることに予想がついて絶望した。
 おかゆはゆっくりと両足を閉じる。ずりずりと街を削るように足裏同士を近づけた。両足の足裏で擦り合わせて、ビルやコンクリートの道路が砂のように粉々になっていく。人間もそれに巻き込まれているが視認することなど出来ない。足裏にかいていた汗がまざり、瓦礫や街の何もかもを呑み込み、足裏同士をこすって汗と瓦礫でぐちゃぐちゃにする。それをみておかゆは愉快そうに笑ったのだった。

 次におかゆに狙われ、縮小させられた都市の人々は、前に部屋に転移させられた人達とは違って、すぐに異変に気づいた。転移した先が真っ暗闇だったからだ。それに臭いと熱気もすごい。不快感を抱かせる湿度を持った重い空気がどんよりと広がっていて、気温は10度は上がったのではないかというくらいだった。何が起こったのかと人々は悪臭に耐えながら疑問に思っていれば、上からとてつもない声量で、落ち着いた少女の声が聞こえてきた。

「おめでとう!君たちはぼくの靴の中に極小サイズで招待されました!」

 馬鹿でかい声の大きさで、ふざけたことをぬかしている。だが街の人々は靴の上から空を見上げてそれが正しかったことを思い知った。靴の口から覗いていた顔は消え、代わりにおかゆの素足が入ろうとしてきたところで、人々は一斉に騒ぎ出す。踏み潰されたら街全てごと全員死んでしまう。あんなに大きい生物に声が届くと思えないが、小人となった街の人々は必死な顔で命乞いを叫んだ。

「履き潰されるためだけに君たちは呼ばれたんだよ、光栄でしょ?」

 だが、にこにことかわいらしい微笑みを浮かべながら死刑宣告され、街の中はパニックになる。前の部屋の床への転移の時とは違い、暗くて熱気のある臭い靴の中という非日常感と、密閉空間で閉じ込められているという事実が恐怖をより一層掻き立てた。

「じゃあ…ばいばーい」

 四方を靴に囲まれ逃げ場はなく、入り込んできた足は街のある靴の中敷きに接地した。なんの抵抗もなく、超重量のおかゆの足に潰された街は、砂のように粉々になるか、完全に押し潰されて平面になった。おかゆはぐっぐっと念入りに踏み込んだあと、靴から足を出して、中敷きの上の街の惨状を見て、満足そうに笑ったのだった。


 縮小都市をいつも通り転移させたおかゆは、いつもと違うことを思いついた。ちょうど尿意を感じてトイレに行こうとしていたため、ビーカーの中に縮小都市を入れて、トイレに跨っている自分の秘所へと当てたのだ。街の人々は上空の開いたビーカーの口が、おかゆの股間に塞がれ、それもそれはひくひくと今にも漏れ出てしまいそうな動きをしていた。

「ねえ、怖い?ぼくがちょっと踏ん張ったら君たちみんな死んじゃうね」

 怖いに決まっていた。考えうる限り、これほどまでに屈辱的な殺され方はないだろう。こんな年端もいかぬ少女の小便で殺されるだなんて、そんな酷いことがあるだろうか。だが、わざと焦らして恐怖を煽っていたおかゆも、尿意の限界が来たようで、黄色い液体がおかゆの秘所から少しずつ漏れ出てきた。その液体はポタポタとビーカーに入りゆっくりと黄色く水位をあげていった。
 ビーカーの中は洪水なんて目じゃない現象が起こっていた。きついアンモニア臭に服を着ていたために染み込み、その重さで沈み込む体、上に浮上することも出来ず、出来たとしても上から降り注ぐ追加の尿に打ち落とされまた沈んでいく。そして溺れる時には水を大量に飲むだろう、この場合の水は、おかゆの尿だ。体内までおかゆの排泄物に侵されながら、ただおかゆの楽しみだけで街の人口全ては溺死した。

「女の子のおしっこに殺されるのってどんな気分なんだろうな、ぼく虫じゃないから分かんないや」

 そう言ったおかゆはビーカーの中の縮小都市の残骸と自分の尿をトイレの中に捨て、そのまま流してしまった。


 今度の都市は、おやつのクラッカーに乗せられていた。おかゆがいくら目を凝らしても、クラッカーの上にある縮小都市は、アイシングか何かにしか見えなかった。それほど小さくさせられているのだ。

「ぼくに食べられるなら幸せでしょ?じゃあいただきまーす!」

 縮小都市を乗せたクラッカーはゆっくりとおかゆの口に近づけられていく。近づくほどに口をぱっかり開いたおかゆの口から漏れる吐息が都市全体を汚染した。甘くて臭い魅惑の少女の吐息は、小さくなったからこそ脳を狂わせる。それの発生源に今から入れられようとしていた。この1ミリもない人間の体では一瞬で死んでしまうだろう。たとえ高層ビルだって破壊は避けられないおかゆの口という処刑場に、ゆっくり焦らされながら近づけていたが、ついに放り込まれた。人間たちは即轢き潰されていくが、運が良いのか悪いのか、何人かは生き残ったまま口の中の舌や頬肉に張り付いた。だがただでさえ粘性の高い唾液は、小さくなって余計に粘り気を増している。唾液に一瞬でも触れた小人は、いくら手でどけようとしてもまとわりついてぬぐうことは出来ない。放り込まれた街の中にいた人間たちは、よくて圧死、悪くておかゆの唾液に溺死させられるという、苦しめられながらの最期という最悪の殺され方をされた。
 街の建物たちは人間よりも硬く、大きい。ただ舌に当たっただけで粉々になるということもなかった。だが比較対象が矮小な縮小人間というだけで、おかゆからすればクッキーよりも遥かに脆い代物だ。歯でクラッカーごと街の建物を噛み砕き、ビルや家屋は見るも無残な姿になっていく。
 粉々になった建物たちは、クラッカーと一緒に飲み込まれていったが、細いものや細かいものが、おかゆの歯に詰まってしまった。歯に詰まったビルはおかゆのちろちろとした舌の動きによって喉に送られる。舌先だけでもビルなどとは比較にならない大きさだ。高価なマンションも、高層ビルも、今となってはおかゆの歯石と何ら変わりはなかった。

「おいしかったー……次の街はどうやって壊そうかな…?」

 おかゆの遊びは終わらない。