物心ついた時にはもう親はいなかった。おそらく捨てられたのだろう。生きるためにスラム街で生ゴミを漁り、腐りかけの食い物を食べ、泥水で喉を潤す。何度も腹を壊し死にかけていた。そんなクソみたいな生活をしていた俺の日常に変化があった。
いつも通りゴミ漁りに励んでいた時のことだ。見たこともないような高そうな服を見に纏った少女がうずくまっていた。俺の知っている女という人種は、ガリガリに痩せている干物のような子供か、無駄に化粧と香水が濃い娼婦だけだった。
初めて見るまともな女の子に目を奪われるのは当然だった。何故だか俺はその高価そうな身ぐるみを剥ぐつもりになれず、声をかけてしまう。

「そんなとこで何してんだ?お前みたいなのがいる場所じゃねえだろー」

俺の声を聞いた少女はビクッと跳ねたあと、俺のことをまじまじと見つめた。無言で何秒か見つめ合ったあと、ようやく少女は口を開いた。

「さみしいから、あそんでくれる子探してたの。ねえ、あなたは私と一緒にあそんでくれる?」

「俺は生きるのに必死なんだよう、金にもなんねえ遊びなんてしてられっか」

「お金…あげたらあそんでくれる?」

少女が渡してきたのはスラム街なんかでは到底見ることの出来ない、金色に光り輝く金貨だった。これ一枚あれば数年は贅沢に暮らせるというシロモノを、少女は無造作にポケットから取り出してちゃらりと音を立てながら5枚の金貨を俺の手に握らせた。

「えっ…?はぁ!?ほ、ホンモノか!?ホントにくれんだな!?」

「こんなのでいいならいくらでもあげるから、私と一緒にあそんで?」

「しゃーねえなあ!こんなに貰っちまったらよう!裏を抜けたところに草原があんだよ、行くぞ!」

お互いそんなところで遊んだ経験など一切なかったが、俺が何をしても少女は楽しそうに笑うのだ。次第に俺も楽しくなって、二人で日が暮れるまで走り回った。

「これで…私たちは友だち…?」

「うーん、いやー、友達ってわけではねえんじゃねえの?どっちかって言ったら雇い主って感じかな、金貰ってるし」

「やといぬし……じゃあ、どうしたら友だちになれる?あなたと友だちになりたいの」

「俺もよく知らんけどよ、そりゃ会ってすぐにはならねえんじゃねえの?俺は金貰えんのならいくらでもお前に会うけどな!はは!」

「………ねぇ、なんでお金がほしいの?」

「そりゃあ美味いモン食いてえしよ、まともな寝床で寝てえし、風呂も入りてえんだ。俺は家がねえからな、金がなきゃ出来ねえ。ウジの沸いた寝床も腐った食い物も本当は嫌だ」

「美味しい食べ物と、綺麗なベッドと、お風呂…分かった」

俺の言葉を聞いた少女は、しきりにうなずきながら何かを考えている。

「何が分かったのか知らねえけどよ、家出も大概にしとけよ、もうすぐ日も暮れるぞ。ほら、向こうに行きゃ大通りに抜けるからよ。夜のここら辺は危ねえんだ」

「…やだ、あなたも一緒がいい」

「アホ言うな、俺がそんなとこ行ったら一発で捕まっちまうよ。馬鹿言ってないでさっさと行けホラ」

「………あなたは、いつもあそこらへんにいるの?」

「そうだけどよ、もう来るなよ?金くれんのは嬉しいけどよ、やっぱり危ねえし意味ねえよ。せっかく金持ちの家に生まれたんだから、大人しく良い生活満喫しとけ、もったいねえ」

「やだ…さみしいのはいや…」

ぼそぼそと何かを言っているようだったが、俺の耳には届かなかった。あたりが夕暮れに染まっていく、もう時間切れだ。

「じゃあな、お前のおかげで今日は気持ちよく寝れそうだ。楽しかったぜ」

そう言ってのろのろと歩き出す少女を見送り、スラムの中にあるクソ安いクソ宿で休んだ。クソ宿だろうと俺の部屋よりは何倍もマシだ。汚ねえとはいえまともなベッドでウジもいない。俺は今までにないほどに安らかに眠った。

目が覚めていつも通りゴミを漁ろうと、昨日少女に会った場所に向かった。昨日は少し使ってしまったが、こんな金貨を見せびらかすように使っていては誰に奪われるか分からない。結局はいつも通り野良犬以下の暮らしを続けなければならないのだ。自嘲気味に笑いながらゴミを漁っていると、急に視界が真っ暗になった。
どうやら袋を被せられたらしい。手触りからすると麻袋だ。まずい、人攫いだ。臓器を売られるかどこぞへと売られるか…どちらにせよこのままではロクな目に遭わない。そう思った俺は必死に袋の中で暴れた。誰が運んでいるのか知らないが、よほどの怪力のようで俺がいくら暴れようがそのまま肩に担いで運んでいる。栄養もまともに取ってこなかった俺は子供以下の体力だった。
振動から馬車に乗せられ、荷台か何かに縛られたであろう俺は、暴れた疲労と振動によってすぐに気を失ってしまった。

目が覚めた。ふかふかとした地面に寝かされていたらしい。あたりを見渡せば高そうで、とても巨大な調度品が見える。俺が寝ていた場所はキングサイズのベッドだったようだ。広すぎて俺が10人寝てもまだ余るほどで、最高級であろうそれは見たこともないどころか、一瞬寝床だとも思えないほどの物だった。なぜ拐った相手をこんな高待遇で置いているのだろうか。

「そろそろ目が覚めましたかね」

全てが巨大なこの部屋に入ってきたのは、これまた巨大なメイドだった。意味が分からない。分からないが状況を見るなんてことが出来るほど、俺の頭は良くなかった。

「なんであんたそんなでかいんだ!ここどこ!なんで攫ったの俺のこと!つかあんただれ!?」

「おぉう、矢継ぎばやー。ストレートに来ましたね、そりゃそうですよね。順番に答えますからそちらに座っていてください」

思わず立ち上がって疑問を叫んだ俺に、優しそうな顔をした推定で俺の2倍以上ありそうな巨大メイドは微笑みながらそう言うと、説明を始めた。

「私はこの屋敷のメイドなんですけどね、この屋敷の当主様って世界一の富豪って呼ばれてたんですけど、3年前に奥さまと一緒に落石事故で死んじゃったんですよ」

「そりゃ残念だったなぁ、だけどよ、俺にゃあ関係ないだろが」

「落ち着いて最後まで聞いてくださいよー、その当主様夫婦には一人娘がいましてね、あなたも知ってるでしょ?昨日会ったそうじゃないですか」

「昨日……?あぁー、あの金持ちの女の子…えぇ!?あいつ世界一の金持ちなの!?へぁー」

「そうなんですよ。ほかに親戚も居ませんし、当主様の遺産全部お嬢さまに渡ってしまいましてねえ。ほら、そんなことになったら周りの人間打算だらけですよ、気なんて休まりません」

「ふーん、俺には縁のねえ世界だなあ」

「お嬢さまはさみしがりやでしてねえ、でも周りの人は信用できないし、私一人だけは身の回りの世話のために残してくれたんですけど、他の人ぜーんいん解雇、こんな広い家だからますます寂しくなっちゃいましてねえ」

「へぇ、つかどうでもいいけど話なげえよ、結局なんで俺拉致ったんだっての」

「そう!それで昨日家出したお嬢さまがね、帰ってきたらそれはもう嬉しそうに話すんですよ、お金欲しいの隠さないで私と遊んでくれたって、あの子と一緒ならさみしくないってね。私ちょっと泣いちゃいましたよ」

「そう聞くと悪い気はしねえけどなあ」

「だから私言ったんです。さらっちゃえばどうです?スラムに住んでる子なら戸籍なんて無いですし、と」

「お前のせいかよ!」

「あと万が一のためにこの前錬金術師が置いていった縮小薬飲ませちゃえば逃げれないし抵抗も出来ませんよって、だからあなた今体の大きさ半分くらいなんですよ、私が大きいわけじゃないんです」

「お前めちゃくちゃすぎるぞ!正気か!?このクソメイド!」

正気とは思えない。寂しいならさらってしまおうという思考回路も、どうせなら縮めたほうが良いと勝手に人のこと小さくする行動も、イカれてるとしか思えなかった。

「まぁまぁ、でもお互いウィンウィンだと思うんですよ。お嬢さまは寂しくなくてハッピー、あなたは食うにも困る生活から、お嬢さま相手にするだけで一転豪華絢爛な暮らしですよ?ちょっと小さくなっちゃったけど」

だが確かにそうなのだ。今まではいつも死と隣り合わせだった。いつ病気になって死んでもおかしくないような生活、それがここでは貴族のような生活が出来るのだ。体は小さいが。

「ちょっとじゃねえだろ、半分はちょっとじゃねえ。だけど確かにな。てめーには腹立つけど悪くねえ。ベッドふっかふかだし」

「でしょー?それにそのサイズだってかわいくて良いじゃないですかー!ほら、ぎゅー!」

メイドが俺を胸に抱き寄せる。俺からすれば2倍のサイズになっている巨大メイドは、ただでさえデカい胸を凶悪的なまでに使って俺の顔を沈めた。柔らかくて弾力のあるそれは、ぴったりと俺の顔全てを埋めてなおひたすら強く押し込んだ。メイドからすればただ抱きしめただけなのだろうが、2倍となった力の差と大きさの差は、俺の頭蓋骨を軋ませ、俺を窒息寸前まで追い込んだ。

「むぐっ、むっくっ、ぷはっ、苦しい!殺す気かクソメイド!」

「もう、口が悪いですね。もっと強く抱きしめちゃいますよ?………っと」

パッと俺を離し、少し怯えたような表情をしながら後ろを振り返る。メイドの視線を追ってそちらを見てみれば、昨日出会った少女が2倍のサイズとなって無表情でこっちを見ていた。

「お嬢さまぁ、来たなら言ってくださいよう、そんな睨まないでー」

「目が覚めたら呼んでって言ったのに…一人だけ楽しんで…」

「あぁー、いや、ちょっとね、状況の確認というか、説明というか、させてね、頂いてたんですよ。じゃっ、そろそろ私は行きますね、お嬢さま、ファイトー!」

ずっと無表情で黙ってこちらを見ている少女は、昨日は俺の方が背が高かったのに、今は多大な威圧感をもってこちらを見下ろしている。ただ身長が高いだけではなく、全体的なサイズが全てデカい。本当はデカいのではなく俺が小さくなっただけなのだが、どんな大柄な男よりも大きい美少女というのは違和感が尋常ではなかった。少しビビりながら見上げていると、大上段から声が降ってくる。

「わたしの家、お金持ちなの」

「知ってた。ここまでとは思わんかったけどな」

「あなたの言ったの全部あるよ?美味しいご飯もふかふかのベッドも、なんでもあるの。だから…」

言葉を途切らせ少女はガシッと俺の両肩を掴んだ。今の俺の矮小な肩など、少女の白く柔らかな手では掴んでなお有り余るほどだった。俺の体など片手で持ち上げてしまえそうなその両手は、痛いくらいにしっかりと掴んで離さない。

「だから、一緒に暮らそう?

「そうだなあ〜雇い主サマの言うことだし、ちっちゃくなっちまったとはいえ贅沢三昧も悪くねえかもな」

「嬉しい…!でも、友だち…じゃないの?まだ、ダメ?」

「ダメってわけじゃねーけどよー、要するにお前と一緒にいる代わりに衣食住をくれるってんだろ?じゃあ雇い主のほうが正しいんじゃねえか?」

こうして友達になるのを否定しているのは、別に少女のことが嫌いというわけでもなくて、ただ気恥ずかしかったのだ。生きるためならなんだってしてやるとは思ってはいるものの、少女に金を貰っていた昨日の自分も、これから養われようとする今日の自分も、恥ずかしいことは恥ずかしかった。ましてやこの体格差だ。相手からの威圧感や恥ずかしさからつい悪態をついてしまう。

「そう……でもあなたは一緒にいてくれるんだもんね。ならいいや。ふふっ、ちっちゃくてかわいい…」

それでも少女は嬉しそうにその大きい体で抱きついてきた。俺の今の体の小ささから、俺の顔は少女の柔らかいお腹に押し込まれる。ぷにぷにしていて普通なら心地よいであろうそれは、俺にとって怪力となった少女の細腕の抱擁により、まだ手加減していたメイドよりも力強く俺を締め付けた。

それからの生活は、本当にずっと少女と一緒にいた。どこに行くにも小脇に抱えられ、飯を食う時すら子供のように膝に乗せられ、食事を手ずから食わせてくる。何度も断ろうとしたが、少女のとても嬉しそうな顔に何も言うことが出来ず、なすがままにされていた。特にキツかったのは就寝時だ。

「んー」

眠る時に少女は俺のことを抱き枕のように抱き抱えて眠る。両手両足でしっかりと拘束されている俺は、身動きひとつとれずにすっぽりと少女の体に全身囲まれてしまっている。そこまで強く抱きしめられているわけではないが、2倍サイズの彼女の拘束など、無意識だったとしても俺の全力では抵抗しても解けるわけがなく、なすがままにされている。保温性の高そうな高価な寝具は、少女の体温と合わさりじわじわと俺を蒸し焼きにする。少女の灼熱抱擁地獄から逃れようと、もぞもぞと動いてもむしろ逆効果だ。俺が少しでも抜け出そうとすれば寝ているはずの少女の拘束は全力になる。背骨がミシミシと鳴るほどの圧力をかけられ、暑さと圧力で毎夜無意識にいじめられてしまうのが常だ。

そんな生活を一ヶ月ほど続けたある日のことだった。珍しく俺は早起きな少女よりも朝早く目が覚め、偶然ゆるんでいた拘束をはがして、ここに来てから初めての単独行動をすることにした。少女の部屋を出てみれば、めちゃくちゃに広く、どこまでも続いてそうなほど長い廊下に出た。自分が半分のサイズにされていることを鑑みても、とんでもない大きさの大豪邸だ。世界一の富豪の家なだけある。わくわくしてきた俺は、広大な屋敷を探索することにした。

どれだけ歩いただろうか、廊下の端すら見えないほど長い廊下に心が折れてきた。こんなに広い家に2人だけなら寂しくもなるだろう。あのメイドは夕飯を作ったあとは帰るようだし、俺を抱き枕にして眠るくらいは許してやるか、そう思った直後に後ろから声をかけられる。

「なにしてるの……」

少女が今までにないほどに冷たい目をしながら後ろに仁王立ちしている。俺は何も気づかずに、いつも通り少女に応えた。

「いや、今日は早く目が覚めたからよ、ちょっと探検っつーか…」

喋るたびに少女の威圧感が増していく。なぜか不機嫌になった少女に、怒らせた理由が分からずに俺はビクッと怯えてしまった。

「ふーん…わたしを置いてこんなとこまで来れたんだ…やっぱりこのサイズじゃ不安かな…」

「え?」

「うん、もうちょっと小さくしようかな。ドアノブに届かないくらいにすれば、もうはなれていかないよね」

そう言った少女は俺の顔に何かスプレーのようなものを振りかけた。目眩がするような感覚がしたと思えば、みるみるうちに俺の目線が下がっていった。縮んでいった俺の身長がようやく止まったのは少女の膝を少し見上げるほどになってからだった。

「うん、これで逃げられないよね。こっちのほうがかわいいし」

「え、あ、」

前回小さくされたのは気絶している時で、実際に縮小するのを体験したのは今が初めてだった。ただでさえデカかった少女は、今となっては顔も見えないほど遠くなり、あまりの巨大さに彫刻か何かと勘違いするほどだった。驚きでまともに声が出せなくなっている俺を少女は持ち上げて顔の前まで持っていった。

「わたしからはなれちゃイヤって言ったでしょ?罰として今日はここにいて。明日になるまで出してあげないから」

そう言うと少女は俺の体を軽々と自分の足へと持っていった。ぬいぐるみのようなサイズになっている俺を、ぴっちりと太ももに張り付いているタイツを引っ張って空間を作り、そこへ放り込んだ。タイツと足の間でギチギチに絞められている俺の体はミシミシと悲鳴を上げていて、俺は苦痛からうめくことしか出来なかった。

「うん、密着したあなたの感触…これなら寂しくないよね、だってこんなに近くにいるんだもん」

うっとりとした様子の少女の声が上から響いてくる。俺はやっとの思いで腕でタイツを押して空間を作り、少女に向かって叫ぶ。

「だ、出してくれ!なんでこんなこと…!」

「……?出してあげないって言ったでしょ?わがまま言っちゃダメだよ。勝手にわたしからはなれたお仕置きも兼ねてるんだから」

そう言った少女はタイツを引っ張り上げ無慈悲に俺が作った空間を無くして締め上げ、部屋に戻ろうと歩き始めた。ただ歩くだけで少女のタイツに放り込まれている俺の体は痛めつけられた。何度も何度も少女の柔らかな太ももに蹴られ、なぶられ、今の自分の力ではゴムを引っ張ることすらできない白タイツに体を磔にされる。自分が少女から離れた距離を知らしめているのだろうか。俺は安易に部屋を出て遠くに行ったことを後悔しながら自分の探検した距離分なぶられ続けた。

「部屋に着いたけど…ただ入れてるだけじゃお仕置きにならないね……そうだ!」

「わたしのお尻の下にいなさい。わたしは雇い主だから、躾…しなきゃね。反省してね」

少し引っ張り上げられ、太もも部分から尻の部分に移動させられた。小ぶりのはずの、かわいらしいはずの少女の尻は、俺の頭どころか体よりも遥かに大きく、尻肉だけで俺の軽い体重の倍以上はありそうなほどだった。ただ

死すら予感するほどの圧倒的な圧迫感に恐怖を覚える。体の隅まで1ミリたりとも動かせず、紙のようにぺったんこにされたような錯覚さえ覚えた。許してくれと泣き叫ぶも、顔のどこにも隙間などなく圧迫されているため声にならない。声にならない悲鳴を何度上げてもくすぐったそうに尻が身じろぎするだけで、むしろその動きですり潰すように圧力がかかり俺を苦しめた。いずれ気絶し、起きた時にはもう朝で、タイツという地獄からは出されていた。少女が俺を見た顔が、あそこまで苦しめて拷問まがいのことをしたというのに、いつも通りの微笑みを浮かべて、いつも通り俺の世話をしてくれたのが、なんだかとても怖かった。

それからは体をもっと小さくされたとはいえ、前と変わらぬ日々だった。だが、ある日俺は少女を怒らせてしまう。

「いや、逃げようってんじゃないんだ。ただ一度スラムに戻りてえってだけでよ。一応世話んなったやつもいるし、挨拶くらいしときたいっつーか…」

「……この家から出すわけないでしょ?そんなこと考えてたの?」

冷え冷えとするような声だった。ゆっくりとこちらへ近づいてくる少女におじけ、後退りするも後ろは壁だ。そもそもドアを開けることすら出来ない俺はこの部屋から出れない。

「その大きさじゃまだ不安だね…もっともっと小さくしないと、ここから出たらすぐ死んじゃうくらい…それならあなたも外に出ようなんて思わないよね」

「や、やめろ…また小さくするつも…」

いい終わらぬうちに、しゃがみこんだ少女は見覚えのあるスプレーを俺の顔の前に出した。咄嗟に逃げようとするも、後ろは壁で前には少女、どこにも逃げ場などなかった。

「これくらいなら安心だよね、あなたがいない生活なんて考えられないもの。絶対に逃がさないようにしないと」

今度のサイズは今までとは違った。小動物ほどのサイズは保っていたのに、今度は動物ですらない。ねずみよりも小さくなってしまっている。

「も、戻してくれ!こんなに小さく…!まるで虫じゃねえか、おい!」

「戻さないよ。わたしはあなたの友だちじゃなくて、雇い主、なんでしょ?逆らっちゃダメだよね。だって友だちは対等だけれど、雇い主のほうがえらいもの」

今までずっと照れ隠しで友達ではなく雇い主だと否定してきたのが、ついに俺へ牙を剥いた。もしも照れずに友達だと言っていれば、サイズの差など関係なしに今まで通りに接してくれただろう。だが、俺は自ら立場を低くしてしまっていた。この小さなサイズでもはや逃げることすら出来ないこの状況。孤独じゃなくなった彼女は、少しでも俺が少女から離れるような言動をすれば、また孤独に戻るかもしれないという恐怖から、体格差にモノを言わせてなんだってするだろう。

「戻してなんて言わないで、わたしから離れていかないで、わかった?」

少女の膝小僧ほどまではあった身長も、今は靴の高さすら越えられない。拾い上げられ少女に握りしめられる。俺よりでかくなった手のひらは、ぎりぎりと俺を締め付ける。今までの何よりも強い圧力なのに、少女の様子ではほとんど力を入れていない。手加減してもなお殺しかけるほどの今の俺の小ささに怖くなって必死で少女に哀願した。

「わ、分かった!分かったから、くるしい!死んじまうよ!」

「死んじゃうのはダメだね、はなしてあげる。でも、次はないよ?あなたはずっとわたしといるの。そのちっちゃい体なら、ふふふ、ずーっとわたしのもの…」

少女の手による拘束が緩まり、げほげほと俺は咳き込んでしまう。俺が怯えた表情で少女を見れば、何故だが少女はキョトンとした顔をして俺を見つめていたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「じゃあ一緒にあそぼっか。なにしようかな、うん、かくれんぼにしよう。この部屋だけね。まぁあなたの今の大きさじゃ出れないだろうけど」

「わたしが鬼をやるからがんばって隠れてね。捕まっちゃったら罰ゲームだよ?今から夕暮れまで隠れられたらあなたの勝ち。あと2時間くらいかな。じゃあはじめるよー」

もはや建物どころではない、空の雲ほどに高い少女の口から、いーち、にーい、と数える声が聞こえてくる。何秒で探し始めるのか分からないが、早く隠れなければろくでもないことになるに決まっている。万が一見つかってしまえば、また罰ゲームだとか言ってひどいことをされてしまうのだろう。この前やられた時は今より大きいサイズだったのにも関わらず気絶するほどだった。こんな虫のような大きさで罰ゲームなど受けたら、絶対に死ぬよりつらい目に遭わされるだろう。そう思い俺は隠れるために走り始めた。
バカみたいに広いこの部屋は、全く使われていなそうな新品同然だった玩具や高そうな調度品などで埋められ、隠れそうな場所はいくらでもあった。悩んだ挙句、いつカウントが終わってしまうか分からない恐怖から、手近なドールハウスに逃げこむことにした。

「はは、人形よりも小せえのか、今の俺は…」

ドールハウスの中は作り物とは思えないほどの精巧な出来で、中には少し見上げるほどのでかさの人形が置いてあった。だが扉を閉めて奥へ引っ込んでいれば見つかることはないだろう。そう思い家の奥のタンスの影にうずくまる。

「よーし、もうそろそろいくよー」

外からどすんどすんと足音が聞こえてくる。ドールハウスごと揺れるような振動に怯えるが、ここにいれば見つかることはないだろうし、見つかっても捕まえることなど出来ないだろう、俺はそうたかをくくっていた。

「そこかな?ドールハウスだなんてかわいいあなたらしい場所に隠れたね」

「どうしてバレた!?」

「匂いでわかるよ、ほら、やっぱり」

何だよ匂いって、犬かあいつはと思うヒマもなく、めちゃくちゃに揺れたと思えば窓に巨大な青い瞳が映った。ドールハウスを持ち上げたようだ。俺からすれば豪邸並みの大きさのドールハウスを軽々と持ち上げたのにもそうだが、窓と同じくらいの大きさの目に貫かれ、恐怖がピークになってしまう。殺人鬼に追われる時だってここまで恐ろしくはないだろう。

「わたしの勝ち。さぁ、罰ゲームだよ。出ておいでー」

ぐらぐらと揺らされ床に打ち付けられているタンスにしがみつくしか出来ない程の揺れに襲われる。もう頭の中は怖いという感情しかなく、出て行くなどもってのほかだった。

「んー、出てこないつもりなの?じゃあ…」

天地がひっくり返った。タンスにしがみつくほど困難になるほどの急勾配になる。どうやら少女はドールハウスを横にしたらしい。ずりずりとゆっくりドアの方へ滑っていく。ドアの外には少女が口を開いて待っていた。

「罰ゲームとして今日は口の中にいてもらうね。さぁ、はやく落ちておいでー」

ぬらぬらと赤黒く艶光りしている口内は、怪物か何かのようで、ぺろりと出されている舌は大蛇のようだった。絶対にあんなとこに入りたくない。だがぶんぶんとドールハウスを振られて、もはや手で堪えることも出来ず真っ逆さまに少女の口内へ落ちていった。

「んむっ、おいし。あなたって美味しいんだね、ぺろぺろしちゃお」

ぺろぺろなどと可愛らしい擬音では到底合わないような地獄だった。熱気と湿気に頭はやられ、全身を俺の体よりでかい舌で舐められる。顔を集中的に舐められたことで息すら出来やしない。ぬるぬるとしていて掴むことも出来ない舌は器用に俺のことを責め立て、口にまで舌を入れてくる。顔よりもでかい舌が口に入ってくれば、顎が外れそうになるうえにひたすら唾液を飲まされる。くさくて汚いはずの唾液をひたすら口に入れられて、なぜか甘く感じてしまう。しばらくすれば舌は顔から外してくれたが、全身を舐めるのはずっと続き全身の皮膚がふやけてでろでろになる。へとへとになりながら出してくれと叫ぶが全く聞こえていないようで鼻歌が反響して聞こえてくる。ようやく出してもらえたのは少女が寝る前だった。

「寝ながら口に入れてたら飲み込んじゃうかもしれないからね、おつかれさま」

安堵から唾液にまみれびちょびちょになった体で泣き出してしまうと、少女は微笑みながら体を拭いてくれた。

「………やっぱり、かわいいな」

その時なんて言っていたのか俺に聞き取ることは出来なかった。

「今日はチェスをしようね」

次の日もまた遊びに誘われる。断りたかったが断ったら何をされるか分からない。どうせ負けたら罰ゲームだと言われるのだろうが、俺はチェスには自信があった。スラムに娯楽など捨てられていたチェス盤くらいしかなかったのだ。これならサイズ差は関係ない、そう意気込んだ。だが

「でもチェスの駒より小さいね。駒動かせるかな?ほら、がんばれがんばれ、動かさなきゃ負けちゃうよ?負けたら罰ゲームだよ?うん、がんばって動かせたね、えらいえらい。でも〜…えいっ!あはは、わたしが駒を置いただけでふっとんじゃった」

もはやチェスの体をなしていなかった。そもそもチェスの駒と俺は同じくらいの大きさで、おそらく今の俺の体重よりもこの高価そうなクリスタル製の駒は重いのだ。動かすどころかまともに持ち上げることすら難しく、やっとの思いで動かせても少女のカツンと置いた駒にしがみついていた駒ごと吹っ飛ばされてしまう。

「あれ、もうやめちゃうの?負けになっちゃうよ?ふふっ、じゃあわたしの勝ち。今日は何してもらおうかな」

あまりの衝撃に立ち上がれずに倒れたままになってしまう。頑張って起きあがろうとしても少しも動けず、不戦敗が決まってしまった。

「じゃあ足をマッサージしてね。その大きさじゃ大変だと思うけど、ふふっ、罰ゲームだもの。ちゃんとしてくれないとふみつぶしちゃうかも…なんてね」

ようやく立ち上がれた俺の目の前に鎮座していたのは、俺の身長の5倍はありそうな少女の足裏だった。白いタイツに覆われたその足は、小さいことを置いても異様なほどの悪臭だった。汗と、少女の体臭を濃くしたような臭いに頭がおかしくなりそうになりながら、これ以上何かされるのが怖くて全力で少女の足裏を押す。

「うふふ、最初はね、はなれてほしくないからってだけだったんだよ?でもあなたをいじめるとなんだか楽しくて…あなたのいじめられてる時の顔がとってもかわいくて…」

「けどいいよね、わたし、あなたの雇い主なんだもの。友だちじゃなくて。許してくれるよね。わたしがあなたを養ってるんだから」

何度も俺を後悔が襲う。あの時照れなければ、俺はお前の友達だと言っていれば、少女を嗜虐に目覚めさせることもなかった。俺はこんな目に遭わずに半分くらいのサイズでのうのうと暮らせていたのに…

「あぁ、やっぱりかわいい!やっぱりくさいよね、そのタイツ。わざと洗濯しないでおいたの。だってほんとにかわいくて、寂しさなんてふっとんじゃう!ほら、がんばって!」

今はもう意味のない仮定だ。俺の照れ隠しで目覚めさせてしまったこの怪物は、俺が嫌がることが大好きなのだ。むわっと臭う靴下は、やはりわざと洗濯していなかったらしい。思わず俺は助けてと叫んでしまう。

「ふふ、涙目になってたすけてーって…ダメだよ、そんな、かわいすぎるもん。わざとなの?いじめてほしくてやってるの?」

俺の必死の命乞いすら少女を喜ばせるだけだ。もはや最初に出会った時の暗い瞳はしていない。綺麗な青い瞳はキラキラと輝いて、満面の笑みで俺を虐めている。

「ほら、なめて?きたないから嫌かな?でもだーめ。あんまりわがままだともっとひどいことしちゃうよ?」

そんな瞳が細められれば、俺に逆らうことなど出来やしない。臭くて汚くて、ざらざらとしている白いタイツを舐める。舐めるたびに俺の目から涙がこぼれ、少女は堪えきれないといったふうに囁くような笑い声を漏らしている。

「うん、えらい子…ずーっとわたしと一緒にいて、ずーっとわたしにいじめられるの。あぁ、しあわせだなあ。あの時家出してよかった」

感極まった様子の少女に踏み潰され、うめき声を上げながら、俺は過去に戻りたい、過去に戻ってあの時の照れ隠しを訂正したいと願うことしか出来なかった。