気付けば、地平線のように遥か遠くまで続く薄茶色の大地の上に立っていた。何が何だか分からずに辺りを見回せば、一際でかいものがすぐそばに見える。その真っ白く膨らんだ布のような物から、目線を上にあげていけば、涼しげな色合いをした髪を持つ、美しい女性がこちらをにこやかに見下ろしていた。遠近感が狂ったのかと思えばそうではない、ただ、自分が小さくなっているだけだった。それを踏まえて地面を見れば、木目のような物があるのが分かる。どうやら巨大すぎて分からなかったようだが、ここは机の上のようだ。

「あ、気がついた?こんにちは、雪花ラミィっていいます。ちょっとお願い事があって君をちっちゃくしちゃいました」

 小さくしたという言葉に、俺は耳を疑った。そんなファンタジーな、ふざけたことがあるのかと思う。だが、このサイズ差では文句も言いづらい。とりあえず、そのお願い事を聞くことにした。

「最近暑くて…お出かけするとブーツの中蒸れちゃうから消臭お願いしたいんだ、よろしくね」

 なんだそれは、ふざけるなと俺は叫んだ。だがラミィは全く表情を変えず、そのまま俺をつまむ手を少し強めた。ただそれだけで何も言えなくなる。そのままラミィは何も言わずに、俺を無視したまま足の指へと俺を挟んだ。まだ朝で、汗もかいていないラミィの足はそこまで臭わなかったが、この小ささのせいかそれでも少し鼻につく臭いはあった。だが俺は、抗議も聞き届けて貰えず、ただの意思疎通の出来る消臭の道具として扱われ始めていることに恐怖した。

「じゃあ靴下履くね、今から夜まで頑張って消臭してね」

 真っ白な太ももまで伸びる靴下を、俺を足指に挟んだまま通し始めた。あんなに長い靴下ではもう本当に出られなくなる。意を決して足指の拘束から抜け出そうと、思い切り身を捩り、手足を振って暴れまくった。もう、と嘆息したようなラミィの声が聞こえたと思うと、先程抗議した時よりも遥かに強い力で挟まれる。激痛と圧力でギャッと叫び声が漏れ、恐怖で暴れることが出来なくなる。静かになった俺を満足げに見たラミィは、そのまま靴下を履いて俺の足の牢獄を完成させてしまった。
だが、それで終わりでは無かった。出かけるためにブーツを履いたラミィだったが、今までの洗濯済みの靴下や、風呂で洗ってある足と違い、履き古してあるブーツの中は、蒸れると言っていたラミィの言葉通りに、じっとりとした湿度と熱気をはらみ、地獄のような足の臭いが染みついていた。逃げ場はなく、体のほとんどは足指に挟まれ、そうじゃなかったとしても俺にとっては遥か上空のラミィの太ももまで届く靴下の中に居る。ここに夜まで居るだなんて、想像しただけでも吐きそうだった。
 どうやら歩き出したようだ。一歩踏み出すたびに、グーンと上に引っ張られ、また急降下していく。遊園地の絶叫マシンのようなそれに耐えても、絶叫はできない。息をまともに吸えばブーツの臭いで頭がおかしくなるからだ。あんなに可愛い少女の、綺麗な足のはずなのに、あの美しさとはまるで真逆の醜悪な足の臭いに苦しめられる。
 どれくらい時間が経っただろうか、最近暑いと言っていた通り、俺を挟んでいるラミィの足から汗が噴き出て来た。足と靴下は臭く無かったのに、もうそれは過去の話で、内も外も腐敗臭にも似た臭いが強くなっていく。臭いだけではない。ブーツという密閉空間に、高い気温にラミィの体温が密着し、蒸れに蒸れたラミィのブーツ内は小人にはサウナを超える灼熱地獄だった。だらだらとラミィの汗が、足から俺の体に流れてくる。目に入り口にも入り、体の中までラミィの汗の臭いに侵されるような感覚さえあった。
 ふとラミィは歩くのやめて、足の動きを止めた。俺は嬉しかった。なぜならもうこれ以上歩くことで体温は上昇しないだろうし、拷問じみた急上昇と急降下が無くなると思ったからだ。だがそれは間違いだった。座ったことで足を持て余しているラミィは無意識からかぐりぐりと俺を挟んでいる足指を動かした。顔に、体に巨大な指先を叩き込まれ、苦痛にあえぐ。汗でぬるぬるとした足指を何度もぬりこまれ、押し付けられ、顔にまでねじ込まれた。全身はラミィの汗でびしょ濡れになり、体中からラミィの臭い足の臭いが漂ってくる。もはや逃げ場なくラミィの臭いに侵され、消臭のために俺は入れられたということすら忘れて、ただ憔悴しきった様子でこのラミィの無意識の拷問を耐える。ただの少女に、無意識で心が折れるほど苦しめられている状況や、なぜ俺が小さくされてこんなことをされなきゃならないんだという考えは、辛くなるだけと必死で心の奥底に抑え込んだ。

「ただいまー」

 俺の心はその一言で戻った。ようやく解放して貰えるという希望は、俺がなんのために入れられていたかを忘れていたために出たものだった。ブーツの中は全く消臭されておらず、俺は苦しみ続けていたというのに。

「よく頑張りましたね、暑くて大変だったでしょ?」

 そう言いながらラミィはブーツを脱いだ。靴下の中から白いフィルターがかかって見える景色は、朝に俺が足に囚われる前に見た景色で、優しく声をかけられたというのもあって俺は安堵から泣いてしまった。この状況を作った元凶だというのに、俺はラミィに本気で感謝をしていた。
 そのまま靴下も脱ぎ、俺は足指に挟まれていた状態からも解放された。汗でふやけて体のあちこちが跡になってしまっているが、そんなことどうでも良いくらい嬉しかった。熱気漂うブーツの中とは違い、女性の部屋らしい甘く、涼やかな空気に匂いが、釈放された囚人の如く喜んだ。実際普通の牢獄よりもきついブーツの牢獄だったため、喜びはひとしおだ。だがその喜びも長くは続かなかった。

「ねぇ、ちょっと……」

 不穏な、少し苛立ったような声を出しながら、脱いだブーツを持ったラミィがこちらを睨んでくる。ビクッと震え、奴隷根性丸出しで、なんでしょうかと聞いた俺に、ラミィは怒気を強めた口調で言った。

「ちょっと、全然消臭できてないじゃないですか!そんな使えない小人さんにはお仕置きです」

 そのままの勢いでラミィは先程まで履いていた靴下の中に俺を放り込む。弁解や謝罪の余地すら与えられず、もう二度と入りたくないと思っていた場所に、真っ逆さまに落ちていった。俺の軽い体重でほんの少し跳ねた靴下の奥で、俺はさっきまで居た靴下がより凶悪なものに変貌していることを知った。ずっと足に包まれていた靴下を汗を吸ってびちょびちょになっていて、時間が経ったことでそれは先程までよりもさらに蒸れている。もう足の臭いには慣れたと思ったが、その強烈な汗臭さに俺は思わず鼻を塞いだ。

「ここで反省しなさい!」

 その長い長い靴下をぐるぐる巻きにして、団子のようになった靴下で俺のことを完全に密封する。その靴下の塊をブーツの中に詰め込んだラミィは満足した表情で風呂に入りに行った。放置された俺は、靴下で封をされたことでブーツの熱気が外に漏れず、完全に内部で臭気と熱気が滞留されているブーツの中で、汗を吸いまくってびしょ濡れになった靴下に包まれていた。もうダブルパンチどころでは無かった。目も開けられないほどの湿度ど汗の臭い、それに混じってくるブーツの外に逃げない熱気に、染み込んだ足の臭い。実際のラミィの臭いの大元である足がいないというのに、ただラミィの身に付けていた物だけで俺は痙攣するほどのお仕置きを食らっていた。ラミィが風呂からあがるまでの数十分が永遠にも感じられた頃、足音がしたことでラミィがここに戻ってきたのを知る。お仕置きは終わったのかと俺は顔を綻ばせるが、そんなことはなく、ただこう言ってラミィは就寝のためにそこを去っていった、

「明日もあなたのこと使いますから、今度はちゃんと仕事してくださいね、消臭剤さん。そうじゃないと二度と私のブーツから出れませんよ?」

 そんな生活がどれほど続いただろうか、毎日毎日、朝からブーツの中で消臭剤として扱われ、夜までずっと足と共に幽閉される。夜になって帰宅すれば、ラミィから散々罵倒され、ブーツの中から出してもらえずにまた汗で濡れた靴下を寝床にさせられる。そんな日々は、ある日突然終わりを告げた。また家に帰り、俺は汗でびしょ濡れの靴下に包まれブーツの中に幽閉されるのかと思いきや、ラミィにこう切り出された。

「もう全然ダメですね。仕方が無いからブーツは買い替えます。もう、あなたのせいですからね、反省してください」

 勝手な言い分だったが俺は死ぬほど嬉しかった。ようやく無限にも思えるブーツ生活が終わる。歓喜が顔に出ていたのか、それをムッとした表情で見たラミィが調子に乗るなといった風に小突く。少しよろめきながらも喜びは止まらなかった。

「じゃあ今日からは腋をお願いしますね。臭いもそうだけど汗染みとかも気になるし…」

 俺は逃げた。逃げられるわけがないと知っていたが、逃げたくもなる。せっかく足から解放されたと思ったら腋だなんて、そんなのは酷すぎる。走ったとてラミィの一歩分にも満たずにすぐに捕まってしまう。消臭剤ごときに逃げられたのが腹立ったのか、今度は腹にデコピンを食らわせられて動けなくなる。腹を抱えながらうめく俺をそのままつまみ上げて腋へとやると、近づいただけで足とはまた違った激臭が漂って来た。そのままぐいっと片手で押し付けると、もう片方の手で俺の上から絆創膏を貼った。俺の体よりも大きい絆創膏に拘束され、全く身動きが取れず、足の臭いとは違ったツンとした刺激的な汗と特徴的な体臭に、くしゃりと顔を歪ませる。ただ腕をおろしているだけで俺は腋肉に完全に纏われ、じわじわと熱気で蒸されていく。汗は無限と思えるほどに出てきて、絆創膏の中をいっぱいにした。汗の洪水に呑まれ、溺れそうになりながらも、その臭いと汗の攻撃に必死で耐える。
 だが、脇は力のこもった足指とは違って柔らかく、汗でぬるぬるとしているのもまた快感を呼んだ。これで、臭いと熱気さえなければ天国だっただろう。むにゅり、むにゅりと歩くたびに擦れる俺の股間と柔らかい腋肉に悶える。俺の脳がおかしくなって来たのか、臭いすら良いと思えてくるようになった。ブーツの時からずっとラミィの臭いを嗅がされて来たからだろうか、ラミィの汗や体臭や湿度を伴った熱気にさえも、何故か興奮してしまう。俺はもうラミィに消臭奴隷として調教されてしまった。今までのように、嫌々ではなく自分から必死に舌で腋を舐めた。あれだけ汚くて臭くて嫌だと思っていたのに、ラミィの美しい顔を思い出せば嫌ではなく、むしろ嬉しくなっていた。自分の心境の変化が自分でも信じられないが、熱気とともに臭いを吸い込み、汗を必死で舐めとる俺の姿は虫けら以下の変態だっただろう。

「おっ、あれ?あなたが居た方と居なかった方で全然違う…やるじゃないですか!ちゃんと頑張れて偉いですね」

 帰ってきたラミィは、俺の居た腋を確認するとそう言ってくれた。今まで罵倒だったのが、優しく声をかけられ、撫でられ、慈愛の目で見つめられる。俺はもう弛緩しきった表情で、ラミィに発情してしまう。赤くなった俺の顔と、大きくなった股間を見て、気がついたラミィは唇に手をやり、妖艶な笑みを浮かべながらこう切り出した。

「ご褒美をあげますね、変態さんが喜ぶものを」

 そう言ってラミィが俺をつまみあげ、近づけたのは俺が挟まれていなかった方の腋だった。汗は舐め取られておらず、臭いも吸い込んでいないため、ずっと閉じられて蒸れて汗でぐしょぐしょになり臭いも凄いことになっているだろうそれに俺は惹かれた。それはラミィもわかっていたようで、その腋肉にグッと俺を押し付け、擦り上げた。下から上へと刷り込むようにされたそれは、全裸で汗に濡れた俺には到底我慢出来ないほどの快感だった。ラミィが俺のために性処理をしてくれている、臭い腋を使って、それだけで俺は嬉しくなってしまうほど、壊れていた。精を吐き出そうが止まぬそれに、叫びながら何度も腋へと射精する。ある程度時間が経ち、精も根も尽き果てて、ぐったりと机の上に横たわる俺を撫でてから、ラミィと俺は眠った。消臭剤として、完全に調教されてしまった俺はこれからも臭いのきついところに閉じ込められるのだろう。