変身


 不運なんてどこにころがっているかわかったもんじゃない。
良かれと思って起こした行動が、全然違う結果をもたらしてしまう。
満員電車の中で痴漢行為を見つけて男を捕まえた。
それはカップルでお楽しみの最中だったらしい。
ばつが悪く降りた電車のホームで、かなりの大男が小さな子を締め上げていた。

 大男に向かって体当たりをして小さな子を逃がしてやった。
その大男は実は背の高い女性で、小さな子こそがその女性に痴漢行為をしていた。
俺はその痴漢の仲間と間違えられて、鉄道公安官に突き出されてしまった。
なんとか、かんとか疑いを晴らして、大きなおねぇさんに平謝りに謝った。
そのおねぇさんも、それ以上は責めもせずに許してくれたが、昼飯を奢らされた。

 その大きな体を維持するのに十分な食べっぷりに、俺の財布が底を付いた。
後、二、三日でバイトの給料日だし我慢すればいいかとおもった。
そして今日がそのバイトのシフトだという事も思い出した、慌てて走った。
ガッツリ遅刻してしまっていた、店の稼ぎ時、休みのはずの店長がレジに立っていた。
俺はそのまま店長に睨まれて回れ右で店を後にしていた、確実にクビだと分かった。

 給料もあてには出来なくなった、ほとぼりが冷めるまでは近づけない。
バイト仲間と連絡をして機嫌のいい時に謝って貰うしかないなと思っていた。
薄暗い夜道を歩いていると、いきなり後ろから棒で殴られた。
殴りかかってきたのはおねぇさんに痴漢行為を働いてたチビ男だった。
チビ男は俺がおねぇさんと飯を食った事に怒っていた。
俺がおねぇさんを口説いたと勘違いしているようだった。
チビ男は大きなおねぇさんに恋心を抱いていた、ストーカーだった。
俺が横恋慕したと勘違いして襲い掛かって来た様だった、俺は何度も殴られた。

 こんな筈じゃない、俺は何も悪い事はしていない…
万年床の上、汚れた枕に涙がこぼれる、どこでこんな風になったんだろう…
悲しさと悔しさとみっともなさに塗れて、ゆっくりと眠りに落ち込んで行った。
朝になっていた、暖かい日の光を全身に感じる、爽やかな風が体を撫でてゆく。
気持ちがいい、昨日の件で落ち込んでいた気分が嘘のようだ。
ふと気がつく、下宿の部屋で寝ていた筈なのに、なんで外で寝ているんだ?
それも全裸で… そう、衣服を着ている感触は無い、全身に陽光を、風を感じる。

 俺は慌てて起き上がった、寝ぼけ眼で周囲を見渡す。
ぼんやりと見える風景は、下宿の付近の物ではなかった。
見覚えはある、大学付近の大きな自然公園、その森の中、休憩所の辺り。
しかし… しかし何かがおかしかった、俺の視点が遥かに高い。
休憩所にある売店の屋根を見下ろしていた、自販機が小さな箱にしか見えない。
伸ばした足の足裏と、売店の屋根までの高さがほぼ同じだった。

 更なる違和感がそこにあった。
その脚の線が細く感じる、足先の幅が、指の長さが俺の物ではなかった。
どちらかというと俺が好きな形、女性の足型なのだ。
脛も脹脛も俺の物ではない、脛毛は生えていなく、美しい細い曲線。
俺の嗜好のど真ん中を行く脚、むしゃぶりつきたくなる様な脚がそこにあった。
俺は興奮していた、むくむくと一物が立ち上がる気配… はない。
それどころか俺の股間には陰毛とふっくらとした盛り上がり以外何も付いてはいなかった。

 「うわぁぁぁぁ」
俺は悲鳴を上げて勢いよく立ち上がってしまう。
今一度股間を確かめようと下を見てみる。
「ええぇぇぇぇ」
更に驚いてしまう物がそこにはあった。
大きく突き出した二つの胸が、股間への視線を遮っていたのだ。
大きく立派な二つの胸は、たじろぐ俺の動きに大きく揺れて踊っていた。

 公園の森の木々は、全てが俺の股下程度の高さしかない。
木々の高さは15m程、俺は30m程の身長を得ていた。
見下ろす公園の向こうには、大学が広がっている、その向こうには街並み。
人の少ない時間でよかった、売店の職員以外に周りに人影は無かった。
この先どうするべきなのか、俺は悩んでいた、とにかく体を隠す物が欲しかった。
俺は周囲の木々の枝を折り、金網をばらして腰蓑のように枝を絡みつける。
おっぱいは手で隠すとして、股間を隠す事に専念していた。

 数十本の木々を犠牲にして、最低限股間を隠す事に成功した。
それでも足元に来られたならば、見上げられるだけで丸出しの様な格好である。
もしそんな輩が来たら踏み付けてやると考えつつ、キャンパスへと歩き出す。
キャンパスの教室にはカーテンがある、それを集めれば下着位にはなると思った。
公園を外へと歩くに連れ人影は増えてくる、大方の人は俺を見て逃げ出す。
ごくごく一握りの奴らが、逆に俺の方へと忍び寄る、木々の陰に隠れて。
「それ以上近づくと踏んずけるぞ」 その脅しにすごすごと退散していく。

 俺はキャンパスに着くと教室の窓をこじ開けていった。
何枚ものカーテンを引きちぎり、結びつけ、重ね合わせて下着を作る。
全てのカーテンを集めて、四隅をくくり合わせて、一枚の大きな布の様にする。
手作りの下着と、腋から下に巻きつけるようにその布を纏った。
その姿はまるでギリシャの女性の様だろうと想像していた。
一息落ち着いて、ふと校舎を見るとその窓ガラスに見た事の無い様な美女が映っていた。
それが俺の姿だと認識するまでに、少しの時間がかかる事になる。

 時間が来れば人が集まってくる。
それがキャンパスともなれば結構な人数となる、俺は知り合いを探した。
見つけた奴等を集めて、二時間にわたって状況の説明をした、それでも話半分。
巨大な美女への興味と、理解できないその理由に生返事をするだけだった。
俺も多分こいつ等側に立てば、同じ様な反応をするだろうと思う。
それだけにイラつきが高まる、ちゃんと話を聞いてくれと唸っていた。
「でだ、お前がそうなったのはどうでもいいとして、どうするつもりだ? これから」
話を聞いてない癖に確信の部分だけを付いてきやがる、嫌な奴らだと思った。

 「元に戻るにはどうすりゃいいかを、一緒に考えてくれ」
「無理だ」 話は瞬時に終わった、二時間の説明は一瞬で拒否された。
「そこを何とか頼む、方法を見つけてくれたら何でもする」 俺は泣いて頼んだ。
「うほほほ、いいねぇ、涙を流しながらすがってくる巨大美女、ぐっとくるぜっ!」
叩き潰してやろうかと本気で考えた、だが頼りになるのはこいつらしかいなかった。
「そうだなぁ、このままでいいんじゃね? お前が元に戻っても俺達萌えねぇからな」
殺意という物を真剣に心に抱いた瞬間であった。

 「まぁ、冗談はさておき… なんでこうなったか思い当たる節はないのか?」
俺は考えた、一生懸命考え抜いた、昨日起こった事を思い出して泣いた。
「泣くなよ、みっともない、お前の人生なんていつもそんなもんだったろう」
その言葉に更に涙が溢れ出した、まぁいつもの俺ならここまで泣きはしない。
きっと今の体の性格みたいな物が、俺の気分以上に悲しんでいるのだろう。
それだけに俺は慌てていた、俺が俺でなくなりつつあるのではないかと。

 「でだ、お前は下宿で寝てたんだろう? なんで公園なんかにいたんだ?」
俺はその問いに答えたくはなかった、その場所に昨日いたからだった。
全ては、そこで起こった小さな事件から、歯車が狂い始めたと言って過言ではない。
話したくはなかったが、皆を巻き込んでしまった以上、隠しておける事でもない。
「公園、昨日そこで俺、振られちまったんだ… そこから俺のつきがなくなった…」
「ほうほう、遂になっちゃんに振られたのか、ざまぁみろ、ひひひ」
俺は無言で地面を殴りつけた、ぼっこりと地面がへこみ土砂が吹き飛ぶ。

 「うぉぅ、いや、嘘だ、そんな事はこれっぽっちも思っちゃいない、冗談だ」
本気でビビってやがる、これに懲りて真面目に取り組んでくれと思った。
「お~い、誰かこいつの下宿知ってる奴いるか?」 二人ほどを除いて皆知っている。
「じゃあ、お前こいつの下宿に行って部屋を覗いてきてくれ、なぁに鍵はかかってない」
俺の事を俺以上に知ってやがる… たったったと言われた奴が走っていった。
「なんとは無しにだが… 思い当たる事があるんでな…」
俺はこいつらが頼もしく思えてきた、実際はなんの根拠もないのだろうがな。

 「とにかくお前と話すのに異常に疲れる、俺たちは校舎に入る」
俺が座っていても、見上げなきゃならないし大声も必要だった。
俺は座ってるが奴らは立ちっぱなしでもあった。
奴らは四階の教室に陣取って、どこからかマイクとアンプも用意していた。
窓を開け放して、窓際に椅子を持ってきて座り込む。
今はとにかく俺の下宿に向かった奴の報告待ちだった。

 なかなかそいつは帰ってこない。
かなりたってからそいつは両手に荷物を持って帰ってきた。
両手に教室にいるだけの人数分の牛丼を買ってきていた。
旨そうに皆で牛丼を食ってやがる、俺も腹が減ってきていた、イラッとしてそいつに詰め寄る。
「んで、俺の下宿はどうなってたんだ? 牛丼より先にそっちだろう!」
「えっ? もう携帯で連絡しといたはずだよ? 何怒ってんの?」
俺はガックリした、こいつら牛丼をその電話で買いに行かせてやがった…
「あぁ、まだ言ってなかったっけ? お前やっぱり下宿で寝てたって…」

 その言葉に俺は愕然とした、下宿で俺が寝ているだと?
それじゃぁ今ここにいる俺は一体何なんだ、いや俺は俺の姿じゃないけど… ややこしい…
「詰まるに、お前、今の状態は、ぁー、イドの怪物? 的な?」
そんな適当な答えで詰められて堪るか… 俺は物凄い形相で睨み付けている様だ。
「怒るな、イドの怪物って知ってるか? 大昔のアメリカ映画でなそんなのが出てきた」
「大まかに説明すると、父娘が宇宙のある星に暮らしていてな、そこに探検隊がやってくる」
急に始まった映画解説にイラッとしたが、それを聞くしか仕方がない、俺はその話を知らない。
「探検隊の男に娘を取られると思い、オヤジの意識が実体化して探検隊を襲うんだ」
多分一時間以上の映画を、一分で、かい摘みやがった。

 「俺がどういった関係なんだよ、それと…」
「お前、昨日かなりの不運に巻き込まれただろう? 失恋に冤罪に暴力、それに経済破綻」
そこまでは酷くはない… そう信じたかった。
「ある種、生命の危機と精神の破綻寸前までに追い詰められたんだ、そこで逃げた」
逃げた? 俺が逃げたって? たしかにそれを否定は出来ないが…
「お前の状況を考えてみろ、心はショックで公園に残ってた、
 おねぇさんのイメージとどんな暴力にも負けない力を欲していたんだよ、大きな体をね」
なんだかこじつけ臭いが、そう言われてみれば納得できないこともない。

 「更にだ、お前がその体で意識を持っている以上、お前自身は目覚めることはない」
なんでそんな事まで分かると言うんだ… こいつ一体何者なんだ?
「さっき眠ってるお前の体を叩き、しばき、蹴り上げさせたが、一切起きる気配はなかったそうだ」
俺の部屋に行ったそいつって… 空手部の主将じゃないのか? そいつに…
「まぁ、当分目が覚めない方がお前の為だとも言えるかもしれん… わはははは」
こいつ完全に面白がってやがる…

 「最後に、こっちにいるお前の意識がどうすれば向うに戻るかが、まだわからん」
「向うに戻らなければ… お前の本体は飢えて死んじまうと思うんだがな…」
さらりと嫌な事を言ってのけやがった… こいつらが物を喰ってるのを見て、
腹が減ったようにも感じたが、食欲自体は無い。
眠気も疲れも感じない体、それを今感じていた。
このままじゃ、俺の本体は死んでしまう… 死んだらこっちはどうなるんだ?
とにかく今は金を何とか稼がねばならないと考えていた。
本体の命を維持する為にも病院か何かに入れなきゃならない。
点滴か何かでも栄養を補給して貰わねば… その為にはお金が必要だ…
この体を使って稼ぐ方法を考えはじめる事にした。 
                            つづく!