Gで終る世界

それは突然現われた。

街の真ん中に何の前触れもなく、いきなり数千のビルをなぎ倒し、圧壊させたのである。
一瞬のうちに、数十万の人が建物と共に潰された。
都市の上に現われたそれは、中心から二本の東と南に長く伸びる、太い柱状の物があった。
そして西北に8km程の長さで、柱状の物より複雑な形状のものが住宅街を押しつぶしていた。
中心部より西北に5km、この部分でも大きく分岐をする部位が見られた。
西と北に一つずつの6kmを超える長さのものが付いている。

それが一体なんなのかを瞬時に理解できる物はいなかった。
全長16km、高さは低い場所で1.3km程もあり、高い場所では3kmを軽く超えていた。
そしてゆっくりと地表を押しつぶし、自重で最大200mは沈下し、落ち着いたように見えた。

沈み込んだ時に、更に周囲の建物が巻き込まれ、数万人の人間が押し潰されていった。
沈下による摩擦で巨大地震並みの振動が起こり、その周囲に多大なる二次被害を巻き起こしていた。
その物体の出現から、振動の沈静化までにわずかに数分、街の3分の2が失われた。
又、残った部分では都市機能は一切働いていなかった。
電気、ガス、水道、道路、どれひとつまともに使える物はなかった。

生き残った人たちが、外にでて何が起こったかを把握するためにそれを見ても尚、
物体の正体や上場を理解するのにかなりの時間を要した。
全体を把握するには人は小さすぎたのである。
部分的には、なじみのある形をしているとすぐに分かる部分もあったが、
その大きさにピンと来ない人がほとんどで、まさかと思う方がよっぽど常識的であった。

町の中心から12km以上東に離れた所にいた人は、2km以上の高さの先端が大小5つに別れ、
まるで足の裏のような物を見ていた。
南にいた人も大小の並びが逆なだけで、ほぼ同じ物を見ていた。
西北にいた人たちは高さ2kmの、黒く光り輝く無数の滝が地表に広がっている光景を見ていた
中心部より西北に5km、北と西方向へと巨大な物が伸びており、その先端は大小5つの峰を持ち、
真っ直ぐに伸びて6kmを超える範囲を圧し潰していた。

西北にある8kmに及ぶ巨大な物体の最高度を持った部分、北と西に分岐する少し手前の部分で、
丸く巨大な山のような物が2つ、北側と西側へと今にも崩れ落ちそうに乗っかっている。
ただどの方向から見ても、ほぼ同じ色で北西と中心部、北と西の分岐部に黒い部分がある位で
それは人間の肌の色、しかも透き通るような白い美しい色であった。
全長16km。 誰一人それを人間であるとは信じてはいなかった。
そしてそれが更なる悲劇の始まりであった。

最初の異変は、北側と西側に伸びる巨大なものから始まった。
ほぼ同時に、物体の中心辺りからがゆっくりと持ち上がり、折りたたまれるように重なり始めた。
その先端の5つの峰が、今にも雪崩落ちそうな大きな山を、下から持ち上げるようにゆっくりと支えだした。

巨大な山が軋みをあげ始めた。
それをきっかけに、折り重なった物体がゆっくりともちあがる。
西北に伸びる本体らしき物との接続部、その南東側の間には太く黒いロープ状の物が絡み合っていた。
その数万本の太いロープが入り乱れ、ぎしぎしと低く音を立ててあたりに響く。
今にも雪崩れそうな山は、又少し位置を持ち上げられ高さを増す。
ある程度上昇した後、ゆっくりと下降し元の位置に戻る。
この繰り返しの運動がゆっくりと連続する。
雪崩れそうな山はその動きにあわせ上昇下降を繰り返す。
そして繰り返してるうちの山が少し大きくなっていく。
更に山の頂上付近に変化が起こり、一部がせり上がってゆく。
ゆっくりと動く折り重なった物体は、徐々にその速度を速めていくのであった。

黒く光り輝く北西の滝は最初は放射状に真っ直ぐであったが、徐々に左右に揺れ始めた。 
それと共に滝状の先の部分が動き始め、周囲に更に広がり始めた。
数メートルはあろうワイヤー状の黒い物体は、建物をいとも簡単に貫通し、押し流していった。
左右に揺れ始めた頃から、徐々にであるが低くうなるような轟音が人々を苛んでいった。
その音圧により割れていなかったガラスも粉砕され、徐々に音圧を高め人々は立っていることも出来ず、
その場でのたうちまわり、最後には音圧と轟音に耐えられず鼓膜を破られた。 
が鼓膜が破れても尚、全身に音圧がかかり、人々は発狂し、そしてもだえ苦しんでいった。

南側の山を掴んでいた物体は山から離れ、徐々にまっすぐに伸び本体の上を交差して南東部へと進んだ。
南東部分に辿り着いた5つの峰は、先端が軋む音を立てながら黒い部分をゆっくりと這い回り始めた。
その内に黒い部分に隠されていた巨大な渓谷が姿を現した。
5つの峰の先端は渓谷の周囲とその上端の部分を這いずり回る。
5つの峰の軋む音と、黒いワイヤー状の物が擦れ合う爆音の他に、ゴリゴリという壁面を擦り合わせる轟音が、
東と南に伸びる長城のような壁に反響し、音圧で地表にあった無事な建物にひびを入れ、倒壊をさせてゆく。
徐々に音のテンポは上がってゆき、更にマグマが地表をゆっくりと流れるような重低音が徐々に重なり始める。

少しすると中心部に現れた渓谷が徐々に開き始め、更にその奥に幾つかの洞穴が見え始めた。
左右に広がった渓谷の間には上下に大小の洞穴があり、渓谷の上部には数百mはあろう突出部が確認された。
渓谷自体が徐々に肥大してるようにも見えた。そして突出部も大きく肥大していた。
渓谷周辺を這い回る速度が上がると共に渓谷内の下の洞穴からじわりと透明なガラス状の物が押し出されてきた。
最初はガラス状の物だと思われていたが、恐ろしいほどの粘度を持った流体でその量を増していくのが分かった。
数百mの水滴上に膨らんだそれはやがてゆっくりと渓谷を流れ落ち地表に向かって下降し始めた。
渓谷の下の複雑な凹凸を、ゆっくりと舐め地表と渓谷の間、色が一際濃く、紫がかった放射状にひびが走る部分、
その横を滑り落ちていく。
やがて地表に流れ落ちた流体は、周囲の物を飲み込み、数十mの高さで地表を埋め尽くしていくのであった。

東と南に伸びる長城と、その端の2つの大きな物体は、更に大きな被害をもたらしていた。
2本の長城は、南側からの物体の動きが増してきた頃に、長城の中心部からゆっくりと上昇を始めた。
南の長城の中心部が2km程上がったかと思うと、東の長城がそれを追いかけるようにゆっくりと持ち上がり、
それと同時に南が下降し始める。
最初は規則正しかったその運動は、ゆっくりと時間をかけ徐々にタイミングを同調させ、
速度もゆっくりと上がってゆくのであった。

東端と南端にある巨大な物体はその根元の長城が上がるにつれ徐々に引き戻される。
2km程長城が持ち上がる。 それに合わせ物体の根元部分からゆっくりと、地表に向けて倒れ込みはじめる。
物体が倒れこんだ振動により、より広い範囲で被害がでてしまう。
更に悪いことに物体の先端の5つの突起が更に地下に食い込み地表を削って行く。
その振動で更に更に被害が拡大していった。

2つの長城は先端では5km程離れていたが、やがて左右にもふれ始め、広がったり狭まったりと揺れ始めた。 
未だに被害を免れていた部分も、この動きによってあっさりと抉られ粉砕されていった。

やがて全ての動きが加速され、何時の間にか音速を超えてしまっていた。
既にこの都市には生きている者も居らず、全ては破壊され塵芥となってしまっていた。
しかし、それでもその動きは加速し、長城は半ばまで引き戻されたままとなり、
ついには中心部が数km持ち上がり上下左右に音速を超えて振り回されていった。 
地表にぶつかり空中を数十km音速で振り回される幅3km、高さ2kmの中心部により半径40kmは再生不能になりつつあった。

そして最後は突然やってきた。 
一際高く持ち上げられた中心部と共に、北西部が人類史上未だかつてない程の大音響、
いや大気の一部が成層圏外に吹飛ぶ程の超爆音圧により、半径数百kmの物は消し飛んだ。
その音圧による津波で、沿岸部はおろか内陸部まで洗い流され、地上100m以下にあった物は全てが失われた。
そして巨大な渓谷の上部の洞穴からは、下部の洞穴より粘度の低い流体が、遥かに持ち上がった中心部から、
音速を超えた勢いで天空に向け放出された。
やがて物理法則すら無視し、大気圏を超え成層圏にまで届き、地球の周囲にうっすらと黄色い層を成していった。
それが何であったかは分からないまま、人類は一人の巨大女の自慰によって滅んでしまった。

地球は青い星でなく黄色いフィルターを足され文字通り緑の星となっていた。