ㅤもしもこんな世界だったらと誰しも思うことぐらいはあるだろう。平行世界、姉妹世界……似て異なる次元のようなものだ。しかしながらこの世界の様子はどこかおかしい。
ㅤそれは呪われている。いや、持たざる者にとっては呪われているが正確なのだろうか。何故ならば呪いの摂理である世界の仕組み、存在階位もといレベルによって身体の大きさが決まってしまうのだから。
ㅤ参考までに比較をしておく。10レベルで市民として普通の大きさだとすると、100レベルでその10倍の巨人になる。1000レベルだと普通の100倍で神々のサイズだ。存在の大きさというのは目に見えて強さや格がわかりやすい。神々が人間から畏怖されるためにこのような仕組みにしたのかとすら思われる。
ㅤただ逆に言うと1レベルの微弱な存在がどうなってしまうか。普通の0.1倍、10分の1とも。人の大きさが160cm前後だったとして1レベルになってしまえば16cm前後、妖精よりも小さく非力な存在になってしまう。妖精ですら50cm前後、普通の人の膝より上ぐらいの大きさはあるだろう。まだかたつむりとの比較になっていないだけマシかもしれないが、レベルの重大性は理解できただろう。
ㅤなお、かたつむりは大きくても10cm前後……せいぜい数cmの生き物だ。1よりも小さなレベルにならない限りはかたつむりより弱くなることもないだろう。1より小さいということは0、すなわち存在しないのだろうから。
ㅤ存在しないということと死ぬということは似ているようで違う。この世界では死んでも簡単に蘇る。時間経過で拠点もしくはその場で復活するし、建造物すら一定の周期で再生成するような世界なのだ。しかしうまい話があるわけでもなく壮絶な代償と引き換えになる。死亡時の復活で経験値の喪失が発生、レベルがひとつ下がる。建造物の再生成にはお金がかかり強制的に借金となることもある。犯罪者になったり差し押さえをくらったりと想像がつく。差し押さえも物品だけでなく、足りない場合は経験値から差し引けるという噂まである。
ㅤまあ少し話が脱線したがそろそろ本筋に入ろうか。この世界が呪われているということをその身に起こったことから語っていくことになる。

ㅤここから先はかすれていて読めない(呪われた0の証明)

ㅤ確か自分は船に乗っていたと思う。イェルス軍の所属としてノースティリスに向かっていたはずなのだ。ティリス大陸の北側だからノースティリス、このイルヴァと呼ばれる世界での特異な地だ。ネフィアと呼ばれるダンジョンを内包し頻繁に地殻変動を起こす異様性、国としても多宗教を許容する風潮と神々の存在がわずかにチラついていること、そして何より各国の利害の手が冒険者という体裁で絡んでいること。ネフィアと神々の財宝や力などがこの地に眠っているとも言われ訪れる者が後を絶たないわけだ。
ㅤ利害として他にも色々と地名があったり国家や種族があったりするのだが、神々の信仰までが国際問題に絡みつつあるのは人の性なのだろう。宗教戦争……機械国家イェルスと魔道国家エウダーナの戦争から過激化し始めた。
ㅤ古い歴史として神々は遠い昔に人への不干渉を決めたらしい。埋もれるほどのいくつもの失われた文明での出来事だと聞く。歴史は繰り返されるとまではいわないが、今度は人達で勝手に神々の代理戦争でも始めたようなものか。
ㅤ魔道国家エウダーナは元素神イツパロトルを表立って掲げている。イツパロトルは他の神々間でも最古の存在で立場的に統括者になっているようなものだろうか。それをよく思わないのが機械神マニだった。まあ、機械国家イェルスが表立って信仰している存在となる。
ㅤ長々と説明するのも野暮だろう……ひとまず混沌の地ノースティリスと機械国家イェルスと魔道国家エウダーナぐらいは頭の片隅に入れてもらえれば幸いだ。

ㅤそして手っ取り早く言おう、自分の乗った船は沈没した。どうして沈没したのかはエーテルの風だ。原因はわからないが遠い場所にあるやばい森が生み出すやばい風で阿鼻叫喚な国家情勢なのだ。そんな地獄のような状況、船がエーテルの風に耐えれるはずもない。エーテルの風の何がそんなにやばいというのか。体が強制的に変異する猛毒、異形に至り肉体も精神も崩壊し死に絶える症状。この惨たらしさはあまりにも書き記すのに辛いものがある。
ㅤとにかく自分は死んだ。そのはずだった。大事なのはその事実のはずだと何もない暗黒空間で確認する。肉体はないが精神は辛うじて残留しているのだろうか、謎の思考だけが巡る。もっともさらに意識を集中してみると何者かの声が聞こえるような気がした。

「アーカーシャへの回廊に導かれっちゅうてもよくわからへんな。蘇って再生成するだけとちゃう?」

「言っても伝わらないのなら……もういい。それよりお客さんが来たよ……まだ無信仰みたい」

ㅤ声の主はおそらくふたり、気さくなお姉ちゃんのようなのとテンションが低いダウナー系の男の子か。しかし片方の男の子は会話を諦めてこの場から去っていったようだ。もう片方のお姉ちゃんみたいなのがこっちに話しかけてきた。

「信仰のためなら命でも金で買ってみせるで。というわけで、転生のような交渉でもしよか」

ㅤ無信仰……そう言われればそうだった。イェルスはマニを通常信仰しているのが風潮なのだが、マニに対する不信感から自分は無信仰を貫いていたのだ。イェルス国内ではマニ信仰か無信仰以外の選択肢はない。他の神々の祭壇は破壊されるし、他信仰の宗派がバレればサンドバックに吊るされて何度も殺される。宗教戦争が起こるだけあってこの世界は少し過激なのだった。
ㅤそもそも死んだ自分に話しかけてくるだなんて神様本人だろうか。そんな非現実的な、まるでこの大陸ではないどこか遠い大陸かのような現象だ。あまりにも非科学的で信じる気にもなれない。無神論者としての民族性をイェルスが持ち合わせていたとしても、神でありながら神秘性を否定するマニの考えに染まっていたとしても、イェルスという種族には機械と科学への信頼が根付いている。せいぜい信仰とやらでも利用できるなら利用してやるぐらいの扱いだ。本当に相手がイルヴァの神様だというのであれば、この程度の考えぐらい読み取れるだろうに。

「もちろんそんくらいはお見通しやで。イェルスなら利害関係を先に説明したほうが納得してくれそうや。マニっちゅう機械神とウチらの側でちょいと揉めててな。ウチらが直接争えない都合、アイツは人を使って争い始めよったん」

ㅤイェルスとエウダーナの戦争のことか。どちらが先に手出しをしたのか、黒幕は誰だったのかすら怪しくなる発言でにわかに信じ難い。歴史では先にエウダーナがイェルス本土に攻め入ったはずだが……その割にはあっさりエウダーナを打ち負かして翌年には第一次戦線は終結している。第二次はイェルスが敗れるものの、第三次はこちらが勝利して今に至るわけだ。支配する領地の規模も国名や大陸を名に出すまでもなくだいたい人の住む大陸の半分以上はイェルスが治めているとでも思ってもらえばいい。

「ま、小難しい国際情勢なんか話してても頭が痛くなってくるさかい。マニの息がかかったイェルス弱体化のために無信仰のイェルスに狙いをつけたってことやな」

ㅤマニがどうとか話の信憑性から信じる気にもならない。さらにわざわざ他の神を信仰する理由もよっぽどのことがなければないだろう。よっぽどのこと……ここで話が繋がるのか。自分は死んでいて、肉体が再生成されて蘇るはずのところでまだ蘇っていない。つまりどういうことだ。

「理解が早くて助かるわー、さすがはイェルス。このまま肉体が再生成されても存在が消滅するまで死に続けるループになるわけ。今も海の底で感覚がなくなるぐらい死に続けてるけど……どないする?」

ㅤ死ぬとレベルが下がる。元の自分のレベルは20で一般人よりも2倍は大きくそれなりの存在だったはず。レベルを意識すると息が詰まってきた。胸が苦しく呼吸困難に陥るかのような錯覚、胃液が込み上げてきて恐怖が自分を支配する。このままだと消える……信じたくないが信じざるを得ない光景を知っている。
ㅤ船には大量の奴隷も引き連れていた。確かローランという美しい少女の種族で愛玩用に飼われていたのだ。愛玩用の奴隷だけに限界まで痛めつけて、何度も殺してレベルを下げて小さくしている。同胞のイェルス兵の行き過ぎた虐待を見てきて仲裁はしたもののレベルが1から0になる瞬間を目撃してしまったこともある。存在の抹消、とある奴隷の少女が気付かれず魔法に巻き込まれ消し飛んだのが最後の姿。代わりはいくらでもいるとばかりの虫けらのような扱い、認知すらされずに踏み潰されるようなものだ。

「ほーら、消えたくないやろ。もっと生きたいやろ。ウチと契約してヤカテクト信者になり。今なら入信特典として全財産と大量の経験値と引き換えに命ぐらいは助かる破格の待遇やで」

ㅤ神様ではない、悪魔だ。交渉でも取引でもない選択肢など最初から決まっている予定調和だ。

「ちなみにマニが勝手に信仰の特典である権能を強化していったせいで、ウチらの信仰特典もインフレしてきていてお得になっとるさかい」

ㅤヤカテクト信仰の特典を嬉々としながら悪魔のような神様は説明してくる。多弁になりつつある様子で他の神々の権能もおまけで説明してくれるようだ。
ㅤ富のヤカテクトの権能は命の保険金という能力らしく、文字通り命を金で買える。財産さえ払えば死んでも蘇生をしてくれるという、条件さえ整えば不死身になるチートだった。財産もある程度は借金を認めてくれていて、代換えでの差し押さえで経験値と能力を担保にするのも可能と融通が効くありがたい神様とのこと。
ㅤ元素のイツパロトルの権能はマナの支配という能力らしく、魔法に特化しているようだ。対象から魔法ストックとマナを吸収できるらしい。対象への制限はなくアイテムだろうが人だろうが抵抗されない範囲ならやりたい放題と悪用の限りが思いつく……これもチートか。
ㅤ幸運のエヘカトルは乱数の支配をするらしい。意味がわからないが聞くだけでチートだとわかった。
ㅤ収穫のクミロミは生命の支配をするらしく、何でも食べれる。それがアイテムだろうと人だろうと魔物だろうと。美味しく食べて能力を生命力を吸収できるエグいチート。
ㅤ機械のマニは超技術の肉体改造、レベルアップで部位が増える。カオスシェイプと呼ばれている種族の利点を得れるチートか。それも信仰度合いで増える部位数の上限、様々なペナルティの緩和だとか奇形推奨という生命の冒涜を行っている。神々すら圧倒する最強の生命体を産み出す気なのだろう。
ㅤ風のルルウィは時の支配、速度補正やら時止めやら強いことばかり。これもチートなのか。
ㅤ地のオパートス、物理の支配。魔法が封印される代わりに物理ダメージを無効化、その他あらゆるダメージを大幅軽減し、致死ダメージを気合いで耐える強靭な肉体を得るらしい。究極の脳筋が生まれるチートだ。
ㅤ癒しのジュア、絶対蘇生。信仰を対価に蘇生し不死身となる。命の価値が安っぽくなるチートだ。
ㅤチートばかり連呼していて頭が痛い。きっと大袈裟にありがたく語っているだけで、信仰ポイントが最大に達した者だけが許される特典なのだろう。マニの権能ぐらいは見たことがあるので信じるが、他の神々の権能はそもそも信仰を排他されてきたせいで確認しようがない。神々が信仰を求めて信者の取り合いをすると世界が滅びる理由がわかった気がする内容だった。

「それで今現在アンタは1レベルから数え切れないぐらい死に続けてるわけやけど……急いで入信するか決めないと取り返しのつかないことになるで」

ㅤ借金もとい負債となる額面を知らされて唖然とした。イェルス軍に在籍していた今までの財産、所持金から装備から物件から何から何までのアイテムまで取り立てられるようだ。それでもなお足りないらしく桁を数えるのもバカバカしい経験値がマイナスされている。もちろん主能力である筋力耐久器用感覚習得意志魔力魅力すべてが1にされている。速度だけはお情けでかたつむり程度の30前後は許されたようだ。なお戦闘から日常までを支えるスキルというものも全部修得していたものが1にされている。なにより驚くべきは……存在を表すレベルの経験値がマイナスでオーバーフローしているのかと錯覚する値になっていた。1レベルだが永遠の1に近い限りなく0の存在になりつつある。首の皮だけ残して辛うじて存在させてやってるとでも言わんばかりの扱いで絶望するしかない。こんなイルヴァの神様なんて信じるものか、すぐにでもマニに改宗してやりたい。機械だけが信じられるんだ。

「ちなみに無信仰で知らなかったのもしゃあないけど、今のイルヴァでは改宗は原則禁止になっておるで。願いか降臨した神様本人の力ぐらいでしか不可能やね」

ㅤ心がへし折られる。受け入れ難い現実にメキメキと精神を破壊される。さすがにこの邪神も哀れに思ってくれたのか少しサービスしてくれるようだった。僅かばかりの良心というやつだ。

「可哀想だから返済期間も利子も設けないことにしたるわ。その上で返済不履行にならないよう権能である不死身の力を常時使わせたる出血大サービスやでー」

ㅤいつか神殺しをする。絶対こいつらを許さないと胸に誓って新たな冒険が始ま……転生の件を受け入れて光が上から射してくる。いや巨大な暗闇が遠のいて動いていったという記述のほうが正確か。地震のような地響きで転倒し上を眺めると遥か上空に美しい女性の天使の微笑みがあった。それも空を覆い尽くすような規模で。何やらスケール感がおかしいしこの場にいたのはもしかするとヤカテクト本人だったのだろうか。ならば何もない暗黒空間だと思っていたのはただの足下の影、ジャイアントゴットあまりの存在に震えるばかりだった。

ㅤ相手が巨人だとすれば自分は蟻のフン以下だ。

ㅤおそらくロングスカートの影の中に隠れて見えなくなっていただけ。ヤカテクト本人が少し移動して明るくなったのだろう。しゃがみこんでこちらを覗いているのだと思われる。
ㅤ相手があまりにも巨大な肌色の壁をゆっくりと振り下ろしてくる。それがただつまみ上げるだけの動作だと気づくこともできずに自分は気を失うのであった。