ㅤあれからエレアの二人組はどうなったか。ロミアスとラーネイレのことだ。エーテルの風絡みの国際問題でノースティリスの王都であるパルミアまで赴く予定だったらしい。こちらは船が難破してしまった都合、イェルス本国からも死んだものとして扱われていることだろう。何よりここまで弱くなってしまった身だ……行くあてなどない。
ㅤお互いの目的の違いから別れることとなる。最後のお節介とやらでロミアスが近くにあるヴェルニースという炭鉱街を教えてくれた。街道沿いの南東に位置するその街は駆け出しの冒険者にとってもうってつけだろうと彼はにやりと笑っていた。

「エレアの二人組は何だか慌ただしそうにしていたね」

ㅤ猫天使歌姫の少女は少し寂しそうに語りかける。主人である自分と少女の二人旅というやつだ。ちなみに猫天使歌姫という少女の異名は自分が勝手につけた。冒険者ならばその名が体を表すかのように皆インパクトのある通り名をつけるらしいのだ。ご主人様から賜った異名を少女は無邪気に喜んでいる。気に入った様子で何よりだ。
ㅤ主人にも異名が必要なのではと少女が思いつきで何かの考えてくれるらしい。かたつむりのフン……却下。仮にもご主人様なのですよとベシベシ少女を叩く。レベル2の少女にレベル1の自分、2倍の体格差で腰ぐらいまでしか手が届かないのが悔しい。

「ふふーん、今やわたしの方がつよいもんねー。ご主人様なんてかたつむりのフンになっちゃえ」

ㅤ少女も負けじと主人を優しく手加減をして叩き返す。爪で首を切り裂いてしまったことを少し気にしていたみたいだ。主人の頭をポカポカ叩いて遊んでいる。気のせいか敬語ですらなくなってきていて、自分の尊厳が失われつつあるらしい。怒るべきなのかと悩んだが、それでも少女は無邪気なだけで慕っているのは伝わってくる。
ㅤもし本当にかたつむりのフンになってしまってもご主人様として扱ってくれるのかと一応確認する。冗談みたいなことが有り得ない世界ではないからだ。自分の惨状は自分が一番理解している。少女に捨てられることが怖かったともいえよう。

「ご主人様もずっと……少女って奴隷の子がいたってことを憶えていてくれるならいいよ」

ㅤ少女が少し物憂げに変なことを言い出したように思えた。別にパートナーのことなのだから当たり前じゃないか。むしろ自分のほうがペット扱いされそうなのだが、あくまで少女は自分が奴隷なんだよと今までの立場にこだわっているようにも見えた。自分がご主人様のものだと思うことで満足しているようだ。ならば今はこんな関係性で問題なかろう。
ㅤぎゅっと少女に抱っこをされて自分の体が浮かび上がる。嬉しいからか舞い上がっているようだ。そのまま天にも飛びそうな勢いで……いや、実際に背中に生えている羽で飛んだらしい。軽くトラウマになりそうな浮遊感。女の子の体に吐くわけにもいかず、暴れて高所から落とされて怪我もしたくなく、文字通り振り回されていた。2倍の体格差のうえ、少女の力は強かった。

「じゃ、ご主人様と一緒に冒険だー。わたしはご主人様のもので、ご主人様はわたしのもの。ずっと引き止め続けてね、約束だよ!」

ㅤ少女の約束を聞ける状態ではない。肝心の主人は白目を向きかけているのだから、誰か助けてほしいと切に願った。そう、その誰かは洞窟を飛び出した矢先に現れる。

「やあ、君達が新しくやってきた因子候補だね。イルヴァの世界、シェラテールの時代へようこそ。ボクは案内人のノルン、君達が最強になるまで手助けをするのが仕事さ。必要な時には助言をするから、よろしくね」

ㅤ出会い頭に何かが飛んできた。妖精だ、緑色で憎たらしい誰かを連想させるが妖精だ。ガイドのノルンというらしく、こちらのこともお構い無しにべらべらと話しかけてくる。何者だというツッコミすら追いつかない展開だった。

「うん、よろしくね。因子ってなぁに、美味しいの?」

ㅤ少女よ、聞くところはそこではなかろう。ノルンとやらがどこの所属で、どんな目的で何故こちらに接触してきたとか色々とあるだろう。根掘り葉掘り自分は問いかけてみた。ガイドなのだからきっとヴェルニースまで案内してくれるのだろう。道中たっぷりと話す時間はあるわけだ。

「君はイェルスらしくねちねちしているなぁ。そんな細かいことはいいじゃないかと言いたいところだけど、信用を損なうのも面白くない。差し障りがない程度で君達の大きな目標を提示してあげよう」

ㅤノルンというガイド妖精は何様なのだ。ロミアスといい緑色にはろくな奴が居ない。まぁ、妖精程度であって大きさはこちらと大差ないのだけは幸いだ。レベル自体はそこそこあったとしても元が小さい分マシというわけで。
ㅤとりあえず疑問に対しての答えは多少はぐらかされたもののこう返ってきた。因子については世界に関しての重要な役割とだけ。所属は運命を司る神々の狭間らしい。目的は転生者に対してのアフターケア。胡散臭さが余計に増した。とりあえず謎の神々の使いっ走りというわけか。所属あたりは深く詮索されたくなさそうだったのでこのぐらいで妥協しておこう。

「わぁ、転生者ってすごいー。ご主人様ってばそんなにすごい存在だったんだ」

ㅤ飛びながら移動する少女の腕の中に抱えられているご主人様なのだが、褒められれば褒められるほどくすぐったくなる。少女の甘くとろける声で、耳元で優しく褒められるだなんて恥ずかしすぎる。

「うん……色々と言いたいことがあるんだけどそうだね。いやぁ、君のような立派なご主人様が世界の命運を握っているだなんて誰も思わないだろう。まあ、候補だから保険でいっぱい似たような人達がいるんだけどね」

ㅤガイド妖精ノルンからの印象がすごく下がったようだ。こっちは苦労してるのに目の前でイチャイチャすんなよというヘイトがあからさまに向かってきている。さっさと次に移りたい様子が露骨になってきたようで、それ以降は無口で急ぐようにヴェルニースへと向かっていった。

「ま、君みたいな奴にはその少女は過ぎたる子だと思うよ。せいぜい死なせて消滅させないように頑張りなよ。その子は君とは違うんだからね」

ㅤ少女を死なせたりはしたくない。主人である自分の責任でもあった。これからどうするかの一挙一動で命運が決まってしまう。ヴェルニースに到着しノルンと別れたがどうしたものか。
ㅤ当たり前のように普通の大きさである一般人で溢れかえっていた。自分からは10倍、少女からは5倍ぐらいの市民がいっぱいいるわけだ。下手に目について悪意に晒されればひとたまりもない。少女に街の中心部には近寄らないよう注意する。郊外から様子を伺い情報を集めよう。

「ねぇ、誰かが演説しているみたいだよ。遠くで肌の白い変な人がエレアは敵だーみたいな熱弁してる」

ㅤ少女は自分よりも視覚や聴覚が優れている様子だ。猫の身体を部分的に得ている恩恵ともいえよう。街の広場に人だかりと警備の列、少女から知り得た情報を教えてもらう。
ㅤザナンというイェルスとエウダーナの板挟みになっている国のお偉いさんが演説をしにきたらしい。エレアがメシェーラを呼び起こすと扇動しているようだ。エレアの民が引き起こしているのはエーテルの風ではないのか……メシェーラと呼ばれる謎の単語が気にかかった。もっとも今の段階では調べる術もない。ロミアスとラーネイレからもっと詳しく話を聞いておくべきだったか。
ㅤ国際情勢なんて一介の冒険者にすらなれない自分達には遠すぎる話題だ。遠い未来よりも今の生活を確保できなければ野垂れ死ぬだけなのだから。強くなれる素質のある少女を重点的に鍛えて基盤を作らなければ。

「そういえば、そこらへんの茂みから小さな気配を感じるかも。わたし達を遠巻きに伺っているような気がする」

ㅤたとえ身体が人より小さかったとしても、少女の持つ飛行能力の利は大きな助けとなる。上空からの視点は一方的に索敵できるともいえよう。茂みからの気配ならば小動物か何かか。もしくは……考えたくはないが、自分と似たような小さな人達。生活すらできなくなった乞食も考えられる。低レベルの微小な世界は目につかぬ足下にあるようなもので、彼らは彼らでひっそりと隠れ住んでいるのかもしれない。正体がわからない相手には無闇に近づかない。長生きする秘訣だと自分は思う。茂みから距離を取るように少女に命じ、さらに散策を続ける。

「困ったわね、どうしましょう。小さな穴にお気に入りのぬいぐるみが吸い込まれていっちゃったわ。誰か穴の中に潜って取ってきてくれないかしらね」

ㅤ今度は郊外の小さな穴の前でしゃがみこみ困っている女性を見つけた。一般人らしく普通の大きさだ。悩んでいる様子だが、こちらの気配に気づいたのかチラチラと見つめてくる。障害物もない広い場所で飛んでいたら目立つし見つかるのは当然のことか。

「お姉さん、お困りのようでしたら手伝いますよ」

ㅤ自分が命じる前に少女から動いていた。リスクとリターンの計算を先に済ませておきたかったのだが仕方ない。どのみち見つかってしまっている以上、親身に働きかけたほうが得か。

「あら可愛い子とその連れね。妖精さんの一種かしら。えっと穴の中にはぷちという魔物が潜んでいてね、毎晩のように隙を見てはぬいぐるみを食べようとしてくるの」

ㅤお姉さんは軽く自己紹介をしつつ依頼として内容を説明してくれる。お姉さんというほど少女とは歳が離れているわけでもなく少し歳上程度なのだが、大きい女性は便宜上お姉さんとしておこう。
ㅤ穴自体は自分の背丈の2倍くらいだから30cmより少し大きな程度に見えた。小人用の洞窟として冒険するにはうってつけだろう。何気ない空洞がダンジョンになってしまうのはどうかと思うが、内部で明かりなどはない。入口ぐらいなら外からの光が差し込んでいたとしても、奥に踏み込めば暗闇に適応した何かに襲われるのは必然だ。
ㅤ普通の人間のサイズだったら松明やランタンなども使えよう。あるいはエレアやジューアといった特定の種族ならば暗視能力によって苦労もしない。エレアは説明するまでもなく出会ったばかりだ。ジューアはならず者や盗賊として生きる者が多い自由人でもあり、身体能力や才能には恵まれている種族だったはず。とにかくフリーダムでヒャッハーな奴らが多いわけで冒険者としての適正持ちともいえよう。
ㅤ道具か能力かで暗闇に対応する他に、技術として魔法という手がないわけでもないと転生前に知識として聞いていた。イェルス軍の所属時に魔法について詠唱や読書暗記など心得として学んではいたのだ……使ってもいないしスキルレベルも1にされたが。とにかく魔法書という本から魔力を吸収して、本人のマナを消費し行使するみたいな仕組みだったと思う。魔法書から魔力を吸収せずにマナを消費しようとするとどうなるか。無秩序に扱われたマナが熱と光を発し形を得ない力として霧散する。集中して少しばかり制御すれば魔法の光源としても扱える。エウダーナ兵への行動分析として教えられていたものだ。
ㅤ敵国の技術を自ら利用することになるとは少し屈辱である。背に腹は変えられぬ、使えるものは何でも使わなければ生き残れない。冒険者は生きるために強かになるのだと悟らざるを得ないか。

「ぷちがぬいぐるみさんを食べるなんておかしいなー。それにお姉さんの家にそう簡単に侵入できるのかな?」

ㅤ少女の指摘は犯人の情報に繋がる。お姉さん曰く、今までぬいぐるみに謎の液体と溶けたような跡があったことがわかる。それで今回消失した際その跡を追いかけて穴にたどり着いた。そこでみかけたぷちが犯人へと仕立てられたわけだ。聡明な皆さんならおわかりかな……犯人はぷちではない、この穴の中にいるもっと凶悪な奴らだ。
ㅤスライムの存在を確認し、可能ならば魔法書を貸して貰えないかとお姉さんに提案する。自分に魔法のストックがあるかだなんて聞くまでもないだろう。魔法が主力だったことなんて一度もなかったのだから。
ㅤああ、魔法を使わなくても杖という魔道具の存在がないわけでもない。ただしその杖すら一般人の使用を想定して小人には大きすぎるというのはいつものパターンだ。さらに少女はマナバッテリーというエーテル変異を発症しており杖が実質機能しない。少女本人も奴隷だったため魔法の心得があるように見えない。魔法を扱うには習う段階から扱う段階まで手間がかかり裕福な層やエリートのための技術となっているのだ。

「うーん、魔法の矢の書ぐらいならあったわね。持ち逃げしないでちゃんと退治してきてね?ㅤ入口で見張っているから」

ㅤお姉さんは小さな洞窟に自分達しか入れない都合、しぶしぶ要求を飲んだ。お姉さん自身が小さな洞窟に入ろうものなら、入口すら簡単に崩落し中のぬいぐるみが埋まるだろう。いっそ穴を採掘して掘り返せばと思ったが黙っておく。一般人は冒険者ほど機転が利くわけではない。すでに自分達に依頼をして解決してもらうつもりになっているのだから、こちらもわざわざ不利になることは言わない。

「わぁ、ぷちがいっぱいぷっちぷちー」

ㅤ少女は洞窟に潜るや否や独断専行した。さすがに主人を抱えたままでは戦えないので地面に下ろしている。たぶん自分が迂闊に突っ込むなと言うのが遅すぎた。よし潜るぞと言う前に、こちらが外で魔法書を読んでいる間にいなくなっていたのだ。遅れて気づいた時には、入口までこだまする少女の明るい声と何かがぷちっと弾ける音。
ㅤ自分が洞窟に潜った時には少女の悲痛な声が聞こえた。魔法で明かりをつけて様子を確認する……案の定スライムが少女を追い回していた。スライムは殴ると酸性の液体が飛び散る。どう考えても近接格闘主体の少女とは相性が悪い。死の危険を感じて逃げないほど少女は愚かではなく、持ち前の速度で即時撤退をしていた。逃げながら傷を癒すつもりなのだろう。不思議な光輪により祝福されているその体は傷の治りも早い。自分がスライムを処理し時間を稼ぐだけでよかった。
ㅤ地形としては簡単な一本道の構造、途中に分かれ道の小部屋があったかまでは確認している余裕がなかった。スライムが撒き散らした酸性の液体がぷちを溶かして殺している。それも通路が狭いせいで渋滞が起こっているらしく大惨事だった。スライムにだけ狙いを定めて魔法の矢を放つ。純粋なエネルギー体が矢の形状をもって突き刺さる。転生後の初めての魔法運用としては上出来だろう。スライムは恐怖し後退りしようとするも渋滞に飲み込まれわやくちゃになる。勝手にぷちと同士討ちすら始まる。
ㅤこれで終わったなと勝利を確信したのも束の間、今度は死角から何かが襲ってきた。また別の方向からのぷちだ。少女よ、どこにいったのだ。洞窟はちゃんと制圧してから進まないと背後からの奇襲を受けるのだぞと説教したい。

「あ、ご主人様発見。もうよそ見してると危ないよ?」

ㅤぷちの不意打ちも少女が片付けてくれたおかげで怪我はない。一本道の通路は混乱して足止めされている。今のうちに引き返して小部屋の制圧をすると少女に伝える。
ㅤ後でお説教コースなと冗談を交えながらあっさり小部屋自体の制圧は終わる。ぷちが数体いたぐらいでスライムほど脅威になりうる魔物はいなかったからだ。香りのいい薬草のような切れ端がところどころに落ちていたぐらいで、それも鑑定してからと言い終える前に少女が早業のごときつまみ食いをして胃の中に消えた。自分の怒りゲージが増えていくが我慢だ。少女が強くなった気がするから我慢だ。もしこれが希少なハーブのようなものだったら安易に食べるのは勿体ないのだが……

「なんかハーブみたいな味がしたー」

ㅤ思わず少女の腰をべしべし叩く。拾い食いは呪われている可能性があるのでやめろと命じる。決してハーブを勝手に食べられて怒っているわけではない、断じて。
ㅤまあ少女と合流した後は少しずつ一本道のスライムを釣り出して魔法の矢で処理していくだけだった。楽勝モードが漂う中、大部屋らしき場所に出る。目的のぬいぐるみがあった。多少ぼろぼろだったり溶けたりしているが、自分と同じくらいの大きさの人形だ。16cm前後で少女が運ぶのであれば問題ないか。
ㅤ少女が無防備にぬいぐるみに近づき抱き抱えようと屈んでいる。自分はその少し後ろで何かがないかと警戒していた。少女はもう終わったつもりのようだが、ダンジョンは無事に帰るまでが冒険だ。何よりダンジョンならばボスがいるはずだろうという決まりを信じていたのだ。そしてボスならば確実に侵入者を倒せる方法をとるはずだとも。

ㅤ擬態だ!

ㅤぬいぐるみの背後から何かが這い出てくる。少女は油断していて気づくはずもない。自分はとっさに少女に背後から体当たりをした。屈んでいる少女のお尻程度しかない背丈の自分、体当たりをして突き飛ばせるかというと否。少女は不意に足下のバランスを崩して尻もちをつく……主人を巻き添えにしながら。
ㅤ少女は這い出てきた何かの攻撃をかわせたようだ。触手のような何かが空をきった様子。代わりに自分は少女の勢いのついた尻もちを全身に受け、体重ばかりでなく重力の乗った一撃が体の骨をへし折った。

ㅤ主人は少女に押し潰されて動けない!

ㅤ少女が事態に気づき慌てて腰をあげるも主人に構っている余裕はなかった。ぬいぐるみから這い出てきた敵は洞窟のボス、スライム状の体にぬいぐるみのような顔が浮かび上がっている。そいつはバブルだった。バブルというのは酸性ではないが代わりに厄介な性質を持ち合わせている。一撃で倒せない場合、僅かなダメージで飛び散り増殖する脅威の再生能力。幸いバブルもレベル1相当で自分と同じぐらいの存在だ。16cmのぬいぐるみに乗り移っていた同じく16cm相当のバブル、ご主人もまた16cmぐらいなわけでこの場では少女がレベル2として頭ひとつ以上に倍の存在として抜けている。一撃で確実に仕留める会心、クリティカルを狙えば背丈の半分しかない相手など造作もないだろう。
ㅤ自分がバブルのことを少女に伝えようとしても声がでなかった。そうだ、骨が少女のお尻でへし折られていた。極度の緊張で痛みそのものは感じていない。ただ、体が動かないし声もでないだけ。残された魔法の光のみが揺らめいていた。
ㅤ少女は慌てて不意打ちに対応したためか、バブルへの対処方法など考えもしなかったはず。身軽さにまかせてひたすら爪で引き裂いていく。軽い一撃を連打するのが少女の手癖だった。出血を重ねて倒していくという意味では正しいのだが、時と相手を選ぶべきだった。最悪の相手に最悪の戦法。大部屋がバブルに埋め尽くされるのにさほど時間はかからなかった。自分はバブルの海に沈み少女からも気づかれなくなったようだ。
ㅤ延々と続く戦闘と地響き。地面に突っ伏して少女の大きくなっていく足音を聞くだけの時間。少女自身は高い治癒能力のおかげでバブルごときに遅れはとらない。爪で切り裂き続けても効果が薄いと少女はいつ気づくのだろう。たまにバブルの波から垣間見る少女は、気のせいでもなくレベルアップしていると思われた。初めはレベル2としてレベル1の腰丈程度のバブルを切り裂いていた。レベル3になったであろう少女は膝上ぐらいのバブルを苦労して爪で押し潰すようにしていた。レベル4になった少女はついに膝下程度のバブルを楽しく蹴り飛ばし始めている。周辺にご主人様がいるとは思ってもいないのだろう。きっと見当たらないから大部屋の外に避難したと判断したに違いない。ご主人様が見ていないのをいいことに少しばかり本性をさらけ出しているようにも感じた。
ㅤレベル5になった少女は膝下よりさらに小さい踝程度の大きさしかないバブルの群れと対峙している。完全に殺し尽くさないように、一部のバブルは手加減をして爪で切り裂いている様子らしい。出血して増えていくバブルと経験値を稼ぐためになぶり続ける少女。このバブルの巻き添えになっている主人のことなど忘れている。蹴り飛ばす必要すらなくなった相手を楽しそうに歩くだけで蹂躙していく。大部屋が少女の大きさに耐えられなくなるまで続けるつもりのようだ。歩くだけで靴の裏で弾けていく経験値達、さぞ楽しいことだろう。自分もだんだん巻き込まれて踏み潰されていく。今の少女にとってはバブルもご主人様も経験値と同じなのだから仕方ない。
ㅤ自分の体が少女の靴裏より小さい程度になっていく。そこからどんどん靴裏が大きくなっていくようにも思われた。死んでも自分はあっさり蘇生するのはわかっている。まいどありという邪神の声も聞き飽きた。復活した直後は体も動くようになっているので少女に呼びかけようとしたとも。だが、多すぎるバブルによって混乱を極めているせいで届くはずもない。もはや大部屋は少女という巨人に支配され許可なく立つことすら許されなかったのだ。強制的に転ばされて跪かされる、惨めに命乞いをしても届かない。これが小人と巨人の差なのだと身体に叩き込まれる。

「えへへ、これだけ強くなったらご主人様も喜んでくれるかな。待ってるご主人様をびっくりさせちゃおー」

ㅤ少女には決して悪意などなかった。ご主人様のために強くなってあげようという善意だけ。あくまで対等に見てくれているからこそ、足下で気づかれもせず命乞いをしている自分が情けなかった。その命乞いすら無視されて、同格として付き合おうとしてくれる少女にどう思えばいいのだろう。自分はご主人様なんかじゃないペットにしてくれと足下に縋りよるか……それはどこか少女の心を傷つけるような気もした。ずっとご主人様でいてねと約束したばかりなのに、愛想をつかされるだろうか。
ㅤこの場を少女を傷つけることなく切り抜けるべきだ。お互いの関係性を壊してはならない。ただその一点だけで勇気を振り絞った。愛らしい少女の顔を思い浮かべ、自分の好きな美しい少女のことを想うのみだ。
ㅤ地震のように揺れる地面から、バブルの海に揉まれながら目的のぬいぐるみまで移動を試みる。少女が忘れていなければぬいぐるみを回収するはずなのだから。ぬいぐるみの背中にしがみついて少女の蹂躙が終わるまで待つしかない。

「そろそろこの部屋の天井もつっかえてきちゃったな。地下にこんな空洞があるのも驚きだけど、出る時は破壊しながら出るしかないかー」

ㅤ少女はそろそろ締めをするつもりだ。少しばかり休憩と動きを止めた。その間に自分の移動は成功したのだが、ぬいぐるみは少し乱暴につまみ上げられ少女の胸元で抱かれる。ぬいぐるみと比較して、少女はほぼ普通の一般人の大きさと大差なかった気がする。レベル9前後までバブルを踏み潰し続けてレベルアップしたのだろう。

「ご主人様が愛しいなぁ。今だとこのぬいぐるみぐらいしかないんだものね。ぎゅうって思いっきり抱き締めちゃったら壊れちゃうのかな……」

ㅤ少女がぬいぐるみにしがみついている主人に気づかず、少しずつ抱いている腕の力を強めているように感じた。全身の骨がみしみしと悲鳴をあげる。声も出せない圧迫感で無意識のスクイーズをされていた。
ㅤああ、少女のお胸側で潰されていたのかな。ぬいぐるみの背中側に隠れていたからきっとそうなのだろう。少女のお胸は大きすぎず小さすぎずバランスの良い形だったと思う。小人にとってはどのみち全体像を把握できないぐらいに圧倒的なのだろうが。

「ん……あれ?ㅤもう、ご主人様ってばいつの間にそんなところにいたの?」

ㅤ自分がお胸でミンチになる前に少女は違和感に気づいたようだ。たぶん顔を赤らめて照れくさそうにしていたのだろう。女の子の体が好きなの?と耳元でイタズラっぽく囁いてくる。ひどく心を揺さぶる甘さに魅了されかけていた。甘い感情のほうが恐怖に勝ったらしい。思わず少女のお胸もお尻もふとももも手も足も全身が全部が好きだと伝えていた。恐怖で気がどうにかしていただけかもしれないが、少女のことを好きだと思わなければ生きていられなかったのだ。小人の好意に意味があるかはわからない、それでも少女は満更じゃなさそうだった。

「わーい、ご主人様に好きだって言われちゃった。敵を倒したら好きになってくれるんだね。なら、最後はとっておきで片付けちゃうからそこで見ていてね」

ㅤぬいぐるみの背後から前面へと場所を移される。ぎゅっと女の子特有の柔らかさを帯びた手で握られた。ついでに肉球とかもぷにぷにしていた。
ㅤ暗いと見えないでしょと光源の魔法を使うように催促される。少女の足下が照らされた。それと同時に膝丈程度のスカートをたくしあげ下着を露わにする。下着といってもドロワーズだ。確か転生前の奴隷時代、自分が少女達におしゃれをさせるため着せ替えたものだ。巡り巡って今度は自分が着せ替えでもされそうなお人形さんになっているのには笑うしかないのだろうが。

「ドロワーズを着せてもらってね、わたしすっごく嬉しかったんだ。奴隷って裸にされて服すら与えてもらえない子だっているらしいもん。えへへ、今から足下のバブルを全部ご主人様から貰ったドロワーズで倒しちゃうね!」

ㅤ少女は気持ちいいこと中毒だ。ああ、気持ちいいことってこういうことか。小さいものをいじめたくなるのは、動物の捕食性や攻撃性からくる本能にも似ている。たぶん少女はバブルを踏み潰し始めた瞬間から感じていて見境がなくなっていたんだろう。
ㅤフィナーレは10倍ドロワドーザーだ。ドーザーっていうのは説明するまでもなく、重機のような地形を真っ平らにするあれだ。少女のお尻がドロワーズという暴力で、小人の洞窟ごとバブルを粉砕していくのだ。
ㅤ残酷な光景だっただろうか。地面から高い巨人の視点から見るそれは不思議と美しく目が離せなかった。座り込んだ少女特有の丸みをいかんなく発揮したドロワーズが、敵も地形も何もかもをお尻で敷き潰していく。少しお尻をずらして移動する度に簡単にミンチが増えていくのだ。圧倒的すぎて自分までもが興奮してしまう。

「ご主人様ってばやっぱりドロワーズとか好きなの?」

ㅤ耳元で少女に甘く囁かれる度に自分が溶けそうになっていく。ふわふわとした柔らかさを最大限に生かすその下着はドロワーズの利点だ。美しい奴隷の身体で堪能しようとしていただなんてやましいことなど……わずかばかりの下心はないわけでもない。

「ねぇ、ご主人様。確かわたしをお説教するんだったよね。お尻ぺーんぺんしないとね」

ㅤこんな時にまで少女はしょうもないことを覚えていたとは。小人の洞窟の出口もこの調子ならすぐだろう。危険となる魔物ももういない。少女は興奮も冷めやらぬうちに遊びたいようだった。一旦ご主人様を地面に下ろし、大部屋から出た狭い一本道にうつ伏せになって頭から突っ込む。
ㅤ必然的に自分の目の前には少女の長い足とその根元にあるドロワーズが鎮座することになる。うつ伏せだから膝側や股間側が下になる形だ。

「ほーら、わたしのお尻にお説教しないとね。それに一本道が狭すぎてつっかえちゃった、ご主人様ぁ後ろから押してよー」

ㅤ少女がわざとらしく挑発してくる。ご主人様を何だと思っているのだと少しばかり怒ってしまった。うつ伏せになった少女の足であるブーツの靴底、自分の背よりも大きい。あんまり少女を待たせていたら足を無造作にぶらぶらし始めるのだろうか。ブーツのつま先が上から降ってきたら自分にどれだけのダメージを与えるのだろうと想像した。少女の頭は一本道に突っ込んだ側にあって視界外だから手加減などできないだろう。
ㅤ少女の横たわった足を伝っていくと意識せざるを得ないのが、ニーソックスとふとももであった。普段は下の方のおしゃれなど気にもとめないものだ。それが自分を迎え入れるかのように股間部を門として、ふとももの扉を開いてくれている。少女の気まぐれで足を閉じられたらあっけなく捕食でもされ、ミンチになるまで咀嚼されるのかなと生きた心地がしない。ニーソックスとふとももの肉を感じさせる重層さが質量の違いを物語っているのだから。
ㅤ急ぎ足でドロワーズの部分まで近寄っていく。目の前にお尻からなる腰の膨らみが山のようにそびえている。ついさっきまでべしべし叩いていたものと同じだというのか。信じられない光景で、動揺しかける。前と同じような間柄で叩こうにも腰部分に、お尻にすら届かないのだ。10倍の体格差ともなれば残酷で、横たわっているお尻の割れ目の傾斜ですら登れるか怪しい。割れ目以外の傾斜は丸みという壁であり登るのですら論外だった。
ㅤ自分の立っている高さの目線は丁度お尻の穴ぐらいになるのかなと推測する。もっとも小さくなって女の子の股間部分と背比べするだなんて思いもよらないので、正確な答えなど知りようがない。下着という厚すぎる壁に阻まれて内部などどうしてわかるものか。お尻の穴だろうとなんだろうとお仕置きなのだ。あくまで説教という体裁なのだから下心などはない。

ㅤ全力で振りかぶって10倍少女のお尻の穴に攻撃!

ㅤびくともしなかった。ドロワーズという下着の防御が自分の攻撃を弾き返す。こちらの体勢すら崩されて転ぶ始末だった。少女のお尻が強すぎる、文句を言いたくなる。

「ねぇ、まだー?ㅤそっちから来ないならわたしから攻めちゃうんだからね。ご主人様はもっと必死になってお説教してよー」

ㅤ一瞬、少女の腰が浮いた。後退するつもりなのか、ドロワーズの股間部分が転んで上を向いている自分に天井となる。全身から嫌な汗が吹き出す。大きすぎる動く天井が、迫り来る純白の門がスローモーションに見えた。あまりに巨大な何かが至近距離で視野を占有した場合、動きを把握できずに遅く見えるのだろう。
ㅤ完全に正気を失った自分は少女のドロワーズに、股間目掛けて魔法の矢を打っていた。びくりと純白の天井が震えたような気がした。

ㅤ止まった、助かった、逃げないと。

ㅤ腰が抜けている自分は少女が気づいてくれるのを待つしかなかった。しかし恐怖で狂った自分は魔法を打ち続ければ気づいてくれると倒錯していた。

「ん……ご主人様ってばいっけないんだー。女の子のそんなところを叩いちゃめっだぞ。まあそろそろ満足してくれたみたいだしいこっか」

ㅤ気づいてくれるだろうという淡い願いは主人の悲鳴とともにかき消される。少女はご主人様が股間を叩いたのだと思っているようだ。魔法の矢を使ってようやく叩いたと認識してもらえる程度だというのに。
ㅤ小人の洞窟から這い出でる少女の、ドロワーズの下敷きとなる。床と股間との間で潰されながら蘇生し続けるご主人様の成れの果てを知りようがなかったのだろう。

ㅤ主人は少女に押し潰されて動けない!
ㅤ少女はドロワーズで床ズリをし主人をミンチにした!
ㅤ主人はその場に蘇生した。

ㅤ何回少女に潰されて、何回少女に殺されて、何回少女の経験値になったかは忘れた。自分のミンチとなった液体がドロワーズに染み込み張り付いて一体化して、またミンチになっての繰り返しだったことしかわからない。

ㅤ少女はレベル10になった。

ㅤ小人の洞窟から脱出した少女とご主人様、ご主人様を無意識にいっぱい殺した少女はちょうど出口付近にてレベルアップをする。おめでとう、これで本当の10倍差になったのだ。

「もうご主人様ってばえっちなかたつむりなんだから。わたしの股間に張り付いてねっとりじめじめしちゃって気持ち良かったの?」

ㅤご主人様がドロワーズに張り付いていることに、外に出て立ち上がってから気づいた少女。大事そうにご主人様を手でつまむ。ようやく解放され外の空気を吸えるようになってからの少女の言葉は、優しくご主人様をいじめるのだった。ドロワーズに張り付いていた主人はなんと惨めな姿だったろう。
ㅤただ落ち込む自分だったが、それでも少女は大好きだからねと耳元で囁く。じめじめ湿っていたのは少女も感じていたからだろうか。正気を失っていた自分にはわかりそうもなかった。
ㅤその後、自分はすぐに気絶しうなされ続けていたという。依頼の後処理も少女が済ませてくれて報酬を受け取ってくれたとかなんとか。