ㅤひどい目にあった気がする。詳細は思い出せないか思い出したくない。発狂してトラウマにならないようにと頭の自己防衛機構が働いているのだ。
ㅤそれはそれとして、いつの間にか少女が一般人と遜色ない大きさになっていた。一緒に洞窟でぬいぐるみを回収するという依頼を受けていたのは覚えている。中で何かがあったのだろう、きっと。まあ細かいことは過ぎたこととして忘れることにしよう。少女が強くなったという既存事実さえあれば十分だろう。
ㅤひとまず無事に依頼を達成したようで、報酬は少女が受け取っていた。レベル10ともなれば自分の10倍ぐらいの大きさだ。お人形さんのように自分は抱えられている。当然のごとくお金というか金貨やプラチナ硬貨は少女が管理している。自分にとって何枚もある金貨や硬貨を持てるわけがない。一抱えとまではいかないが金属製の厚みのある円盤を1枚持つのですらきついのだ。ジャラジャラと袋に入ったお金の重みで潰されかねないぐらいに自分は貧弱だった。

「かねっかねっおっかねー。ご主人様にお金の雨だー」

ㅤ案の定というか少女が冗談半分で自分にお金を降らしてきた。わざわざ地面にご主人様を下ろして、自分の背丈の高さから金貨や硬貨を落としてくる。常識的に考えて直撃すると死ぬ。少女にとってお金でも自分にとっては重たい金属片なのだ。やめろと制止する前に落下物の衝撃で体勢を崩し会話どころではなかった。
ㅤ少女の遊び半分で殺されかけている。まさか少女もお金でご主人様が潰されるだなんて思ってもいないのだろう。辛うじて這うように避け続けていたが、全てを回避できるわけもない。
ㅤあっと思うまでもなく頭上の金貨が自分の体を粉砕するように感じた。だが……それは触れることすらなく消える。淡い光とともに何者かへ捧げられたような気がした。そういえば、ヤカテクト信仰の権能はお金が対価だったような。広義では財産となったり経験値や能力など価値あるものとなったり、懐が広い神様だったか。
ㅤ何度か死んで蘇生した分の埋め合わせにでもなればいいのだが……少女の所有するお金が、自分の所有するお金へと判定が切り替わったのだろう。それで触れた側から消えていったと解釈しておく。

「ご主人様の中にお金が入っていっちゃった?ㅤふーん、お金を受け持ってる神様って便利なんだね」

ㅤ少女と自分の間で勘違いが生じているのだろう。自分は貯金箱ではないのでお金が入っていくことはない。もちろん叩き壊しても、演奏しようとも、気持ちいいことをしようともお金を吐き出すことはない。自分がヤカテクト信仰で借金持ちであるということは、立場や関係のために隠すと決めていたはずだ。この場は少女が納得しているであろう内容で誤魔化すのが妥当だった。

「やあ、君達は相変わらず仲良しだね。もっともボクはとても忙しいから事務的な手続きだけ伝えにきただけだよ」

ㅤ緑髪が湧いてきた、殺せ。じゃなかった……ノルンか。確か転生者のアフターケアがなんとかだったか。突然といえば突然だが、少女がレベル10になったことで特典として固有スキルを解放してくれるようだった。

ㅤ固有スキル、いわゆるフィートという特徴を表す能力。

ㅤ別の世界でなら別の仕組みになるのだろうが、ひとまずこの世界での固有スキルとやらは転生者の特権らしかった。転生者でない一般人でもフィートという枠組みはないわけでもないのだが、効果の差が明確に違うのと習得数の数も異なるとかなんとか。まあフィートという枠の中で転生者だけが扱える強力な能力が固有スキルだと思ってもらえればいい。
ㅤ転生者の固有スキルは転生時の神々に対応した信仰フィート、汎用的なリストから選択して習得する一般フィート、本人の経験依存でオンリーワンな固有フィートからなるらしい。信仰フィートは信仰した時から、一般フィートはレベル10から、固有フィートはレベル20から使えるとのこと。ただし制限としてこれら3つ以外のフィートは取れないという、数において厳しい面もあるそうな。まあフィートの仕組みが転生者と一般人で大きく変更されているというわけだ。
ㅤとある一般人が抜け道を使ってひたすら全部のフィートを習得する方法を編み出したために、特徴が薄れたからだとも皮肉混じりにノルンは語っていた。

「えっと、難しくてよくわかんないけどこの巻物から選べばいいの?」

ㅤ少女はノルンが差し出す巻物を眺める。もちろん少女は文盲で読めないので、自分が代わりに読んであげることになる。

「ああ、この子は文字が読めないんだったか。いちおう君はご主人様なんでしょう。なら自分好みなのを選んであげなよ、さあ早くしてね」

ㅤノルンはガイドなのにいちいち急かしてくる。自分は少女の手のひらの上に乗せられ、代わりに少しずつ解読しているわけなのだが……ふむふむ。どれもこれも無難に強そうな内容ばかりだ。

ㅤ重力操作、糸使い、全盛期の鼓舞、魔導植物、超放射、全能の手、魔力暴走、剣聖……その他色々。

ㅤリストアップされているだけあってどれも有用そうで悩んだ。少女にどんな感じのがいいと聞いても、可愛いのがいいとにっこりされるだけ。可愛いってなんだ……可愛いとは強いのか。萌えで人を殺せるのかと要領を得ないやり取りで頭が痛くなる。

「えっとね、おしゃれとかにも使える能力を見繕ってくれると嬉しいなって。ご主人様にも喜んでほしいから」

ㅤ少女に期待の目で見つめられては断りようがない。どんな感じにおしゃれをしたいのかと話が脱線していく。可愛いを求めて自分が主人として少女をカスタマイズしていくしかないのだ。半分は少女に魅せられていたかもしれないし、もう半分は自分の趣味も入りつつあった。小さいが故にお人形遊びをされる主人でもあり、権限を悪用して少女をお人形として遊ぶ自分でもある。目指せ、可愛くて最強な少女というやつだ。

「お洋服とか作れたり、髪の毛をアレンジしたりするのに便利そうだといいなー」

ㅤお洋服を仕立てるなら糸あたりか、でも髪の毛のアレンジとなるとまた方向性が明後日に飛んでいく。悩み続けて時間ばかりが過ぎていく。

「うん、それならもう糸使いでいいんじゃない。糸として扱う部分も本人の意思で最初に選べるから応用も効くよ。それと束縛から切断、支配から探知まで使い手の技量と発想でいくらでも応用できるからオススメだよ」

ㅤノルンの苛立ちが露骨になってきたようだ。あっちから候補を提示してくれたみたいで、少女を丸め込もうとしている。糸使いか……少女ってあんまり頭が良くなさそうだけど大丈夫なのかなと若干不安になる。

「糸ってことは、やっぱり髪の毛も能力の対象にできるのかな?ㅤわたしの髪の毛がうねうねーってなってわしゃーってなって強くなっちゃうのかな?」

ㅤ少女は乗り気のようだ。髪の毛も一応は糸という扱いとして可能だとノルンも認めてくれている。ならば問題なかろうなのだ。自分が巻物の糸使いの項目を選んで読み始める。少女が新たな力に目覚めたような気がした。

「お仕事完了というわけで、ボクは失礼するね」

ㅤガイド妖精のノルンは神出鬼没に湧いたり消えたりする。どこからか監視でもしてるのかなと若干不気味に思えてくるが……深く詮索しないことにしよう。
ㅤ今は少女が糸使いの能力をどれだけ扱えるか試すほうが優先だろう。少女に集中してもらいその力を見せてもらうことにした。

「じゃあ、まずはご主人様を束縛しちゃうね!」

ㅤ強化された少女の美しい金髪のロングヘアー、気のせいでもなく意志を持った触手のように動き始めている。おまけに若干こちらに伸び始めてきた。自分は巻物を読むのに少女の手の中にいたわけで逃げ場などあるわけがない。少女という波に溺れかける。金色の眩さが視界を覆い尽くし、女の子特有の甘い香りが理性を翻弄し、体に巻き付いた髪の毛が自由を奪っていく。たかが髪の毛ぐらい引きちぎれると思うだろう。だが、髪の毛というのは以外と丈夫にできている。具体的にはと言われても困るがクモの糸が細さの割に丈夫のようなものだろうか。少女をクモと比べてしまうのは失礼だが……あっさり囚われてしまった小虫のような自分は捕食される寸前にもみえよう。
ㅤ次は切断だろうか、巻き付いた髪の毛を少し絞るだけで自分の体は真っ二つになりそうだ。女の子が女の子らしさを誇る可愛らしさの象徴である髪の毛。それが小虫にとってはいとも容易く凶器になってしまうことへの背徳感にどうしてかそそられてしまう。これが恋なのだろうか、それとも恐怖から誤作動を起こしている感情の間違いだろうか。少女に殺されるのは怖いはずなのに、ときおりゾクゾクしてしまう自分もいる。

「切断は……ご主人様を切断するなんてできないよ。代わりに支配しちゃうね、えへへ」

ㅤ目にハートマークでも浮かびそうな恍惚とした表情で、少女は髪の毛に絡まっているご主人様を操ると宣言した。支配、それはどうするつもりなのか。魔法的な支配なら想像しやすいが……考えるまでもなく体に何かが直接入り込んできた。神経に何かが突き刺さるような、ビクンビクンと体が仰け反りのたうちまわりそうになる。しかし強く束縛されていて、どれだけもがいても抵抗も身動きもできない。自分の中に少女が入ってくる……侵食されていくかのようで気が狂いそうだった。

「あ……ご主人様大丈夫?ㅤこれは刺激が強すぎて加減ができないからこのぐらいにしとこ」

ㅤとっさに少女は何かがやばいと気付いたのだろう。ご主人様の目から光が消えて動かなくなる寸前だったのかもしれない。悪ふざけが過ぎたと冷静になってくれたようで髪の毛の束縛から解放してくれる。自分は服を少女の髪の毛で引き裂かれて裸にされていたようだ。代わりに上半身全体に埋め込まれた少女の髪の毛が服のようになっていた。1本は魔法の金糸としても、それが何十本何百本……ローブのようになるまで編み込んでくれたのだろう。少女の美しい髪の毛がご主人の新たな防具になろうとは誰が想像したか。少女の愛が重い、物理的にも精神的にも。たぶん自分はこれから少女に頭が上がらないし逆らえないような気がした。それでも自分が主人のように振舞って少女が喜んでくれるのならいいかなとも思っている。
ㅤ運命の赤糸とは違うのだろうけれど、お互いがお互いを所有するという約束の金糸と自分は命名することにした。自分は少女のもので、少女は自分のもの。どうしてここまでして結びつけたがっていたのかまではわからないが……少女が満足しているのなら今はそれでいいのだろう。

「これで集中して相手のことを想えばどこにいるかわかると思う。探知っていうやつなのかな、きっとご主人様の方からでもできると思うから……忘れないでね?」

ㅤ探知が双方向でできるのであれば精度によるが、見失うことも減るだろう。もっとも、忘れないでねという含みから少女は使いこなす気がないらしい。集中するという制約からきっと少女には難しい内容で苦手だから諦めているともいえよう。
ㅤにしても忘れないでね……か。他に意味することなどないとは思うが妙に引っかかる部分でもあった。ま、細かいことは忘れるものだ。人は忘れる生き物だと片付けることにした。都合の良い能力なんて大抵は埋もれてあったことすら気づかないのだろうから。ある意味、忘れると気づかないとはどこか似ているともいえよう。

「そういえば、実は次の依頼の予定があるんだった」

ㅤ少女にしてはずいぶんと段取りがいい。遊んでばかりいては冒険ができない。いい加減に本題に入らなくては、仕事モードへ切り替えていくとしよう。
ㅤ少女はヴェルニースの街の中心部である広場にも出入りしていたらしい。一般人に紛れ込んでも今なら不自由なく行動できるというわけだ。大きさの差が恨めしい限り、自分だけだったら満足に情報収集すらできなかっただろう。
ㅤひとまず成果としては、広場にて依頼掲示板というものを発見したという。人目につく場所に住民からの依頼を張り出して斡旋するようなものだ。外に野ざらしで雨だとかイタズラだとか大丈夫なのかと思われるだろうが、依頼の管理は酒場が受け持っている。保全や保護、詳細説明などが仕事の一部だろう。あとこちらとしては依頼人に直接会いに行くか、酒場で手続きをしに行くかの選択もできたりするとのこと。

「とりあえず酒場に行ってみようよ。看板娘のシーナって人が担当だとか通りすがりの人に教えてもらったよ」

ㅤ少女は文字が読めないわりにずいぶんと知り得た情報量が多いなと感じてはいた。これなんですか、と近くの人に尋ねてみたのだろう。そして依頼の張り出しを見てもわからないから、酒場の人に教えてもらおうという魂胆だろうな。自分が代わりに読むにしても、文字が書かれている用紙との距離感のせいで作業が遅くなってしまう。致し方なし、己の無力感にここでも苛まれてしまう。
ㅤ酒場へ行かなくても自分が読めばいいのに……頼りにならないのかなと若干しょぼくれている様子を少女は察したのだろう。指先で軽く頭を小突かれた。ムッとして自分は少女の指先を叩き返す。指先だけでも自分の手のひらより大きいぐらいで、握手でもしているような錯覚に陥りかける。じゃれついているつもりではないのだが、なんとなく思い通りにならない腹いせにベシベシ叩く。きっと思いっきり叩いたことすら少女は感じてくれないのだろう。少女が手加減なしで指先でも体の一部を押し付けるだけで、こちらは命の危険すら感じるというのに……

「いらっしゃいませ。猫天使歌姫ちゃん、新米の美少女冒険者として噂になっている子ですね」

ㅤ少女の手のひらで戯れている間に酒場へとつく。看板娘娘のシーナであろう女性に歓迎される。
ㅤこの酒場の雰囲気はどうだろうか。酒場の入口は開けっぴろげの門のような構造になっているが、高レベルの冒険者などが出入りできるように配慮されているのだろう。現に酒場の片隅で屯っている赤髪の目付きの悪い男の巨人……何レベルぐらいか、大きすぎて尺度がわからなくなってくるがそんな存在もいるのだ。不特定多数の往来を想定して酒場は成り立っているともいえよう。
ㅤ赤髪の目付きの悪い男の巨人、とりあえず赤髪とこの場では略す。赤髪はこちらが酒場へ入ると値踏みするように見下ろしてきたような気がした。自分達がこのヴェルニースでは珍しいからか、もしくは転生者だからか。ピリピリした気配ばかりで近寄りたくもない。下手に機嫌でも損ねれば石でも投げつけられ殺されると直感が告げている。彼については用事がない限りは触れないことにする。
ㅤ危険人物で意識が逸れてしまったが、そう看板娘のシーナという女性に用があったのだ。少女がさっそくシーナとスキンシップをしているようだった。

「わーい、美少女だなんて照れちゃう。でもシーナちゃんだっていいお尻してるよー」

ㅤ自然体で看板娘のシーナにセクハラをする少女。躊躇なく手でシーナのお尻をなでている。ご主人様を持っていたはずの側の手でそれはもう遠慮なくだ。忘れていたとかうっかりとかじゃなく故意なのかな……少女よ、やめてください死んでしまいます。
ㅤシーナの尻はとても大きく弾力があり破壊力に満ちていた。お人形ぐらいの自分が擦り付けられているのに気づいているであろうに、上機嫌そうな調子で小人を破裂させかねない勢いでお尻を揺らす。

「あら、私のご機嫌取りのお土産ですか?」

ㅤシーナにとって自分はお土産扱いだった。レベル1の小人に対する一般人の認識はそんなものだ。

「ご主人様はわたしのものだよ。今回のはシーナちゃんへの挨拶みたいなの。お尻のシーナって有名だもんね、みんなシーナのお尻がーって言ってたし」

ㅤ看板娘のシーナが尻で通じている理由、それは小人を大きなお尻で粉砕する趣味に由来している。通りすがりにすら認知されるぐらいヴェルニースの街では有名なようだ。お尻以外にも腰つきやスタイルもなかなかに素晴らしく、看板娘の清楚なエプロンドレス姿でありながらお尻を凶器とするインパクトでお客さんにも好評だという。言うまでもなく美人で魅力が高いのも幸いしているのだろう。犯罪者や盗賊を捕まえたら見世物としてお尻処刑すら始まるという。

「そんな照れちゃいますよ。せめてもの情けとして男性なら一度は願うであろうことを叶えてあげてるだけですからね。おかげで私のパンティーが何人もの魂を吸い上げ神器になるぐらいですし」

ㅤツッコミどころはこの際無視するとして、神器への解説を始めよう。美人の淫乱話には小人という弱い身だと聞くだけで正気度が減っていくのだ。
ㅤ神器とは神に祝福された、あるいはそれに準ずる装備だ。とにかく強力な効果を有していると同時に、それそのものは固有で世界でひとつしか存在しない特徴を持つ。ひとつしか存在しない固有であるがために特殊な力が働いているともいえる。持ち主に合わせて形状を変化させたり、能力を付与させたり、増強させたりと内容は鑑定するまでわからない。まあ一般人が入手する機会が訪れるかどうかという品だろう。それだけ貴重であるが故に店で値段すらつけられないぐらいだ。借金の返済……神器……方法として候補には一瞬浮かんだがあくまで可能性の話だ。

「あははー、いつかシーナちゃんに神器性の下着類とか靴下の制作依頼とかしちゃおっかな。まあ、それはそれとしてわたしを指名してシーナちゃんから依頼なの?」

ㅤ自分が少女とシーナの話の大部分を聞き流している間に依頼の話へと進展していた。魅力が高いと友好度が上がりやすいんだなと納得しておく。ふたりが仲良くなって意気投合しているのは同類だからか、似ているからかと少しばかりゾッとしていたのは内緒だ。

「えぇ、新鮮な生きている小人を捕まえてきてください。この街の乞食が盗賊団として活動しているみたいです。候補として彼らを使って気持ちいいことをしようかなと」

ㅤ背筋に冷たいものが走った。シーナが何気ない顔で恐ろしいことを言っている。顔といっても自分は会話中ずっと少女の手とシーナの尻に挟まれていて表情など見えるわけがないけれど……何気ないお尻の暴力からきっとそうなのだと判断している。潰そうと体重をかけているわけでもなく、ただ無造作に揉みくちゃにされているだけ。それが小人と巨人の差として歴然としていて、なんてことないことなんだと思わせるのに十分な根拠だろう。

「うーん、乞食ってことはみんなレベル1の小人さんなんだよね。わたしとかおっきい人達が出向くと警戒されちゃう……だからね、ご主人様!」

ㅤふと急激な浮遊感、尻の壁から引き剥がされる。ようやく解放されたと少女に文句を言おうとするも遮られる。今度は自分が喋れないように少し乱暴にシーナの胸に押し付けられたかと思うと、少女自身の胸も勢いよく迫ってきた。美しい女性同士が抱き寄せあったのだと気付いた時には柔らかいであろう胸に圧搾されていた。その柔らかさから一瞬で自分をミンチにすることはない。ただ、動きを拘束しながらジリジリと締め上げるのには十分な威力だった。どうして……少女は自分をいじめたいのか。

「一瞬、そのご主人様に不満があったように見えましたよ。ペットならちゃんと躾しておかないと」

ㅤシーナの残酷な言葉。ペット、躾……それで理解した。少女自身は人目につかない範囲では自分のことが好きだし愛しているのだと思う。だが、世間体と冒険者としての信用なのだ。表向きは自分がペットということにしておかないと対外関係に支障をきたすのだろう。少女が自分を受け入れてくれても、周りまでもが受け入れてくれるとは限らないのだから。ああ、どうして考えもしなかったのか。

「うん……ご主人様に言っておくのを忘れちゃってた。えへへ、シーナちゃんをぎゅうってしちゃう。シーナちゃんも小人越しでいじめるの気持ちいいでしょ?」

ㅤ懐柔として身を売る。魅力が高いのであれば気持ちいいことは有効だ。相手の性癖や趣味に応じているのであればなおいい。何もない身一つで成り上がるというのであれば手段は選べない。ある意味、頭で考えないぶん本能単位で少女はリアリストなのだろう。そっか、前もってくどいぐらいに念を押していたのは……ご主人様はご主人様だからねと結びつけようとしていたのは……少女自身が己を縛るためでもあったのかもしれない。
ㅤ前もって酷いことをすると、いじめると少女の性格から言えるわけもないだろう。忘れちゃったという故意に違いないが許そう。きっとこれからも酷いことをされ続けるのだろうなと半分は諦めているが、自分がご主人である限りは許そう……そう密かに決めることにした。
ㅤ少女とシーナの胸の間で圧が強まる。体が砕けて潰される。ふたりは夢中になっているようで胸の間の小人など意識にないのだろう。確実にミンチにして殺したであろう感触はあるはずなのだが……瞬間蘇生はそれすらも感じさせないのか?ㅤおそらく少女に後で聞いてもわかんないとかうっかりしていたとか恍けるはずだ。自分がヤカテクト信仰と借金のことを正直に伝えるまで、察していても嘘に付き合ってくれているのだろうか。
ㅤ弾けゆく意識に答えなどなかった。どちらにせよ肉体的な優位は少女にあって無意識の暴力が自分を支配するのだから。せいぜい自分には精神的な優位、肩書きとしてのご主人様という拠り所ぐらいでしかないのだろう。少女にとってはそれで十分なのかもしれないが……自分にとってはどうなるか。いつかパートナーに相応しい強さを身につけようという意思も、可愛らしい女の子の胸の中であっさりミンチにされる。
ㅤ自分が少女とシーナのイチャイチャに巻き込まれ続け、殺され続けるのが終わったのはいつだったろう。赤髪の目付きの悪い巨人の彼が騒がしいとキレて中断するまでは続いていたと思われる。なお、肝心の依頼は休憩してから行くことになるようだった。