ㅤ今回は茶番抜きで依頼を全力でこなす。女の子同士でイチャイチャしてるだけで冒険が進まないだなんて本末転倒なのだ。ある意味、不死身な自分にとって美しい女性に囲まれるのは役得とか思わないでもない。殺され続ける恐怖からそう思い込まないと精神崩壊してしまう。少女の優しさだけが癒しで、この世界はあまりにも弱者である小人に厳しすぎた。頼れる相手もおらず、特別な能力もない小人達がどのような末路を迎えるか……自分以外の存在も見ていくことにしよう。

「ごめんね、ご主人様……乱暴にしちゃって痛かったよね。それにすっごく怖かったと思うんだ」

ㅤ少女は酒場の看板娘のシーナから解放され、主人と二人きりになってから泣きながら謝ってきた。手のひらのご主人様に大粒の涙が降ってくる。さすがに涙で溺れて死ぬほどのサイズ差ではないものの、大粒の雨に打たれ続けるようなものでびしょ濡れになる。
ㅤこの世界は自分と少女だけで成り立っているわけではないと、立場を早くからわからせてくれたのだろう。なんだかんだで少女はご主人様を慕っていて甘くて優しいのだから。うっかりとか故意とか見分けがつかない時も混ざりそうだが、原則それは優しさか暴走する愛情からなのだ。どうして憎めようか、どうして怒れようか……自分も少女が好きなのだから許そう。どう足掻いても勝てないし敵わないからという諦めも多少は混ざっているが。

「ご主人様が元気になるなら、二人きりの時はいつでもお仕置きしてもいいからね。至らない従者をお許しあれー」

ㅤ少女は主人の許しを得て少しばかり持ち直したようだ。肉体的には圧倒的な格差があるはずなのに、精神的にはあまりにも不安定で脆すぎる気がした。エーテル変異の偏りの時点で妙だとは思っていたが、きちんと自分が手綱を握っておかなければこの子は壊れると確信する。自分を簡単にもすり潰せる可愛い子だ。ちゃんとご主人としての仕事を果たさなくては……お互いの肉体か精神が崩壊する前に上手く取り持つのも責任なのだ。むしろ不死身な自分の肉体的ダメージより、意図的に主人を潰してしまった少女の精神的ダメージの方が大きそうなのが辛い。
ㅤ気を使ってシーナのお尻もいいお尻だったぞと冗談めかしてみる。本心では自分をペットとしか見てない相手など怖くて震えが止まらない。優しい少女相手だから、この体格差で力の差でもなんとか対話ができているだけだ。

「落ち着いたら、またわたしのお尻にお仕置してもいいからね。シーナちゃんほどじゃないけど、わたしもお尻に自信があるもん!」

ㅤこの依頼が終わったらなと楽しみにしておくことにする。確か依頼はシーナからのもので、ヴェルニースの乞食が盗賊をやっているから生かしたまま捕まえてきてくれだったか。多少の危険は覚悟のうえで自分が独断専行することにした。どうせ自分が死んでも死なないということは少女も察しているだろう。こちらから事情を話さない限りは合わせてくれているだけで……

「わー、ご主人様の活躍の場だね。こう見えて、ご主人様ってすっごく丈夫で強いもんね。体格差さえなければわたしよりも強いと思うよ」

ㅤ少女の下手なフォローがむしろ心に刺さった。少女よ、洞窟でのチュートリアルで主人をあっさり倒していたではないか。うっかり忘れていたのかと指摘したいが我慢だ。おもむろに少女をベシベシしたくなってきたが、手の上なせいでろくに届かない。
ㅤ少女に命じて自分がおでこに届くまで手を移動してもらう。ムシャクシャしながら全力で殴り掛かかる。少女のおでこにクリティカルしたであろう会心の手応え、同時に手の丸み部分でバランスを崩して足場から落ちる。あ……驚く少女と目が合った。すっごく慌てている様子だ。あまりにも慌てていたせいか、少女は両方の手のひらで落ちてくる主人をキャッチしようとする。

ㅤパシンッ!

ㅤ蚊でも潰すかのような音、そこまで自分はまだ相対的に小さくないのでミンチにはされなかったものの痛い。

「ご主人様ってば何やってるの!?ㅤ落っこちちゃったら危ないよー」

ㅤおでこにお仕置のつもりで殴りかかってたのに気づいてもらえなかった。むしろ驚きの剣幕で大声を出されて、自分のほうが悪いことをしてたように思える。さらにとっさで手加減できなかったのか、勢いで手に挟まれていてすっごく苦しいのだ。これじゃ逆にお仕置されてるようなものだが、むしろご褒美なのか。ははは、少女はほんとにうっかりしていて可愛いなぁと意識が途絶えかける。

「あぁ、ご主人様が死んじゃうー。起きて起きてってば」

ㅤ少女よ、主人を握る手にさらに力を込めて揺さぶってはいけない。体の中身が出てミンチになってしまう。死んじゃうではなく何気ない動作で殺してしまうが正しい。圧搾されて肺の空気までなくなりそうだが、辛うじて手を離してと声を出す。命令は聞き届けられたようで、自分の命は寸前で助かるのだった。やはり小人の命は軽い。
ㅤ少女は自分にとって味方であるはずなのに、安全な場所が少ないのは気のせいなのか。潰されない立ち回りぐらい考えておかないと命がいくつあっても足りなさそうだ。

「ん……ご主人様が無事で良かった。えへへ、やっぱりちっちゃくて可愛いから大事にしないといけないもんね」

ㅤさて、それはそれとして茶番はなしだと言っていたはずだ。いい加減に本題に入るべきなのだろう。心苦しいが少女との掛け合いはストップ、作戦会議へと移る。
ㅤ独断専行する辺りから話が脱線していたはずだ。乞食達は小さき者として低レベル相当、警戒されにくい自分にはうってつけの役割だ。少女もそう考えていたらしくご主人様を信用して送り出すつもりのようだった。
ㅤしかし乞食が盗賊として組織立って活動しているのは妙だ。乞食は弱いから乞食ともいえる。何らかの事情で弱くなった者も広義では乞食になるのだろうか。一度弱者になってしまえば芋づる式に小人への道へ真っ逆さま……誰しもありえない話ではないのだろう。犯罪者から冒険者まで、危険を犯す者ならなおさら避けては通れないようにも思えた。乞食が盗賊になったのではなく、盗賊が乞食のようになったが逆説的に正しいと予想しておく。
ㅤ元の相手は盗賊として手練と仮定するなら、独断専行もわりと厳しい手段かもしれない。すでに自分が少女と同行しているのを偵察されていたら、目撃されていない保証などないだろう。せめて盗賊の拠点の所在を突き止めれば、後は掘り返すなり誰かを差し向けるなりすればいいのだが……こういう時こそ頭の使い所だ。使える手札や状況から整理していこう。
ㅤ自分は初歩の初歩程度だが魔法の矢程度なら扱える。残りの使用回数、ストックと呼ばれる魔法書から吸収した魔力は少し心もとない。相手の数や戦力を把握せず力押しするのは下策だ。新たに何らかの魔法を得るという手がないわけでもないが、魔法書は割とお高い。そのうえ流通も不安定で、有力な冒険者か大手の団体ぐらいしか狙った品物を確保できないだろう。言い換えると特定の魔法を集中して主力にすることが難しい。魔法ギルドが魔法という専売特許を失わないために裏で糸を引いていると噂されているぐらいだ。まあ、他のギルドとの抗争で仕方がない面があるにしても不便だ。
ㅤギルドの抗争でいうと魔法以外には戦士とか盗賊とかがノースティリスで大手だったはずだ。少なくとも自分が知っている範囲では三つ巴みたいなところだ。そういえば今回の件で盗賊ギルドが絡んでいるかすら疑わしい。盗賊と聞いたらダルフィの街人とかジューアの人種とか無法者達が浮かぶぐらいなのだから。無法者達内部の争いで溢れた敗北者、流れ着いた行き先がヴェルニースだとしても不思議ではないと思われる。何故ならヴェルニースとダルフィは道で繋がってはいないものの地理的には近い。確定するだけの証拠はないが、窃盗というスキルがあってこその盗賊で……その窃盗の会得経路から導けば十分可能性たりえる。仮説だけで決めつけるわけにはいかないものの、行動の指針にはなるだろう。
ㅤ後は少女の糸使いの固有スキル、探知の能力だったか。少女が主人を探知できるよう糸で接続したのは先程のことだ。物理的には髪の毛の元から切り離されている。端と端の糸が魔力的には繋がっているようなものなんだろうと原理的に考える。少女自身が完全に制御できないなら、こちらから補佐してやればいいだけ。試しに自分の体や服と一体化した金糸に魔力を流し込んでみる。光源の魔法の要領で光信号を送るような感覚だ。

「なんかきた!ㅤビビっと髪の毛にきたけど何したの?」

ㅤ少女に糸による探知を説明する。魔力の扱いはこちらが行うので受信したらその場所を探し当ててほしいと伝えてみる。テスト段階でうまくいきそうなら、距離と精度の有効範囲を測るまでだ。ひとまず地面に下ろしてもらい、少女とかくれんぼうをする形になるのだった。

「ねぇ、ご主人様。ぜんぜんわたしから離れてないんだけど。もっと必死に逃げ回ってくれないとかくれんぼうにならないよー」

ㅤ出落ちである。自分と少女の歩幅が違いすぎて、目隠しして数えてもらっている間に逃げることすらできないようだ。隠れる場所にたどり着くのですら思いのほか苦労する。少女に認知されず遠くに飛ぶ方法でもあればいいのだが……なおテレポートの魔法は扱えないので悪しからず。
ㅤふと閃く。むしろ隠れずとも少女の視界に入らなければ隠れている扱いにならないだろうか。ずっと目隠しをしてもらえばいいんだと開き直った。目を閉じたままの少女の後方へ移動する。試しに探知の信号を送ってみると、こちらに振り向いてくれた。

「あれれ、鬼ごっこに切り替えたのかなー。目隠しで鬼ごっこだなんてご主人様ってば意地悪だよ」

ㅤ少女の口元が苦笑いに変わっていた気がした。こちらに振り向いた少女が、足をそっと踏み出してきた。少女からしたらそっとのつもりかもしれないが、ちょうど自分のいる場所へ足が踏み下ろされる……歩幅の違いのせいで避けるのにギリギリだ。

ㅤストン……軽く足裏が落ちてきた音。

ㅤ自分の眼前に少女のブーツが壁となっていた。腰が抜けてしまう、ゆっくりとした動作のせいで余計に迫力があった。手加減なしでドシンと吹き飛ばされるのとは違う恐怖を味わったのだが……まだ終わりじゃないみたいだ。

「ご主人様、早く動かないと可愛い鬼さんの足裏に捕まっちゃうよ。それとも今も逃げている最中なのかなー」

ㅤ一時中断だと叫ぶもたんまはなしだからねと拒否されてしまった。少女はいつまで目隠しを楽しんでいるつもりなのだ。自分が本気で逃げるのを待っているのだろうか。

ㅤストン……ストン……

ㅤ自分を踏み潰しそうな手前で少女の足裏がゆっくり何度も落ちてくる。目を瞑ったままこれだけの精度でご主人様をいたぶれるのであればたいしたものだ。逆に感心しないでもないが、探知信号と優れた聴覚を組み合わせれば可能というわけなのだろう。
ㅤ少女のことは頼りにしているし信用もできるほうだと思うのだが……圧倒的な体格差による意識のズレが、ふとした拍子に自分を小虫か何かと錯覚させるほどに心身へ刻み込んでくる。好きだと思い込もうとしてもやっぱり怖い。少女は気付いていないのだろう、ご主人様が足裏を見るだけで震えを抑え込もうと歯を食いしばっていることに。

「精度のほうはバッチリだったね。ご主人様の居場所が把握できてなかったら、きっと踏んじゃってたかも」

ㅤ少女よ、さらっと怖いことを言わないでおくれ。地面に、巨人の足下に置かれるのはわりと生きた心地がしないのだから。ある程度の間柄じゃなかったら逃げている。いや……反射的に少女の言葉を聞いた瞬間、自分は駆け出していたかもしれない。洞窟でバブルと一緒に踏み潰され続けたトラウマを克服できていなかった。少女だけが大きくなっていく光景は忘れられるはずもないだろう。

「もう鬼ごっこは終わりだってば!ㅤ少し本気を出してご主人様を捕まえちゃうね」

ㅤドスン!

ㅤ何が起こったのか一瞬自分には理解できなかった。体が宙を舞っていた。草葉が足で払いのけられて飛んでいくかのように自分は衝撃で吹き飛ばされたのだ。遅れてくる地面への激突でわかった。わからされた……10倍の体格差は質量差だと何倍になるのかを。1000倍の質量差ならば1kgが1tに変換されてしまう。おまけに少女は筋力のステータスが高いのだろう、足を少し本気で地面に叩きつけたらどうなるかだ。自分の近くで核爆弾でも起爆したような心地だ。これが少女の遊び感覚で戯れで引き起こされている。
ㅤ思わず理性が崩壊し、情けなく叫び声をあげてしまう。地面へ顔からぶつかって痛かったのもある。それ以上に少女が今までどれだけ手加減して接してくれていたかがわかってしまったのだ。優しいから対話ができるというのは思い違いで、巨人が壊れ物を慎重に扱うかのように気を使ってくれていたからこその触れ合いなのだ。

「そんなに叫んじゃってご主人様ってば冗談でしょー。それとも女の子の足裏とかが好きなのかな、えへへ」

ㅤ少女よ、それは違う。ご主人様の正気度が完全に削り取られているだけなのだ。吹き飛んで地面を転がっているご主人様の前に少女は手を差し出してくる。あえて掴みあげることは避けて自分が落ち着くのを待ってくれているのだろうか。

「ご主人様、立てる?ㅤこっちにおいで、こわくないよ」

ㅤさすがに少女もご主人様が悲痛な叫び声をあげていたら追い打ちはかけないらしい。あと一歩、もう少しで一線を超えかねないぐらいに手加減なしの挙動は激しすぎた。たぶんこれに関しては、体に刻まれた本能単位で危険を感じて慣れることはない。
ㅤ唇を噛み締めながら少女から逃げないように、自分が少女を見捨ててしまわないように自制する。そう自分はご主人様なのだ。それでも……少しばかり離れて近付かないでくれと命じてしまった。

「ふーん、わたしから離れたいんだ。うん……今度は距離をとる番だったもんね。じゃ、やってみようか」

ㅤ少女はご主人様とずっと居たがっている。きっと少女にとっては当たり前のことなのだろう。それが故に自分も少女を精神的に傷つけることになった。一方的に傷つけているように見えて実はお互いに傷つけあう関係でもあるかもしれない。
ㅤ少女は惚けた様子で探知のテストがまだ続いていると思い込んでいるのだろう。それとも少女が傷ついたと感じているのですら自分の思い上がりか。ただ少女は遊んでいただけ、ご主人様とのスキンシップに過ぎない。少し羽目を外しただけだ、勢いで手加減できなかっただけだ。
ㅤ少女の真意は自分にわかるわけもない。ただ、少しばかり不機嫌そうだなと感じた。あんまりにも自分が少女の手に戻ってこないからか、少し乱暴に両手で丸め込むように捕まってしまった。

「ご主人様のばーか。わたしがいないと何もできないくせに!」

ㅤ自分は少女の手の中でクシャクシャにされていた。どんな顔で少女が自分を罵倒していたかはわからない。少女は捨てられるかもしれないと一瞬でも察したがために、暴力で訴えかけているようにもみえた。

ㅤ自分が弱いから悪いんだ……ひるんで逃げたから。

ㅤ弱いからより暴力を振るわれる、背中を見せるから追いかけられる。それが残酷な世界の真理ともいえよう。少女は自分より圧倒的に強い、だから奪おうと思えば自分のことを奪えるともいう。それでも主従として主人という立場を尊重して命令を聞いてくれる。
ㅤ離れたいという少しばかりの発作に付き合ってくれるようだった。探知能力を信じたうえでの行動だったのだろう。主人が戻りたいと思ったら、いつでも受け入れるし探しにいくよという少女なりの信頼の表れかもしれない。
ㅤ具体的に言うと少女がこれから自分に何をしたか。情緒不安定な少女はご主人様を鷲掴みにして思いっきり投げ飛ばした。

「ふーんだ、わたしはご主人様のことが好きなのに!ㅤ戻りたくなるまで戻ってこなくてもいいんだからね」

ㅤ少女にとってあまりにも弱くて情けないご主人様を見捨てるという選択肢はないらしい。それにいつかは自分が戻ってきてくれると信じている。むしろ小人の現実を自分よりも知っていたからこそ、あえて突き放すような真似でもしたのだろうか。頭の中では少女への信頼から好意的解釈ができるというのに……本当になんでしょうもないことで逃げ出しそうになったのだろう。
ㅤ少女との約束は主従関係でもあり、ペットとしての愛玩関係でもある。二面性とはいえ二人きりの時ならばなおさら主人には主人らしくしてほしかったのかもしれない。本心では忠実に慕っているからこその憤りにも似ていた。
ㅤ風を切って冷たい空気に晒されながら、頭を冷やして分析する。なお少女の絶対の忠誠はどうしてなのかとは考えないようにしていた。何故かそれに触れてしまうのは女の子の繊細な部分に無粋な真似をするように感じたからかもしれない。

ㅤそーらをじゆうにとーびたいなー、はいミンチミンチ。

ㅤどれだけ思考を巡らせていようと、少女に思いっきり投げ捨てられたような形になる。どこかの店の入口を通過し飛行物体となる自分。円柱状の小物入れ、ゴミ箱かな……図らずもゴミ箱ダンクを決められたようだ。
ㅤ香ばしいパンの匂いがするからパン屋なのだろう。ゴミ箱だと思っていた入れ物の底にはパンくずがある。自分が投げ入れられたのは空になっていたパンの籠か。
ㅤ嫌な予感がする。早くここから出なくては。しかし背中からつかえていてなかなか抜け出せない。
ㅤ巨人の……いや一般人の足音が近づいてくる。籠の円柱のふちから顔が覗き込んできた。店主の女性、自分の倍くらいの長さのスティックパンを何スタックか抱えている。愚痴混じりのパン屋の店主と目が合う。普段から盗み食いの被害にあっているようで、腹いせとばかりに黒い笑顔が向けられる。
ㅤ焼き立てのスティックパンをたーんとお食べ、そう無慈悲に見下ろす表情。アツアツのスティックパンを全身に食らう。2倍相当のスティックパンが生ものの槍となって体を熱し貫く。自分が埋もれた後も押し込むように追加のスティックパンを籠に詰め込んでいるのだろう。たかだかスティックパンで殺されるなんて、あまりにも呪われている。熱と重さでパンの表面にこびりつくも死ぬまでには至らず、半殺しのまま放置されるようだ。
ㅤ呪われたスティックパンはこうやって殺された乞食達の怨念で生成されるのだろうか。動けないままどうでもいいことを考えていた。誰か助けてほしい、小さいだけで乞食だと決めつけられてみんないじめてくる。盗賊行為などやってないのに人違いで自分は悪くないのに……泣けてきた。パン籠の底から聞こえる泣き声を周りのお客さんがきっとゲラゲラ笑っているに違いない。少女を呼び出すべきだったのだろう。だが、自分を笑う客の中に少女までもが混ざっていたら……きっともう立ち直ることはできない。どうせ死ぬに死ねないんだ。変な意地から結局助けを呼ぶこともできず時間ばかりが過ぎていった。

「あんた、つくづくドジな乞食もいたものね」

ㅤ見知らぬ誰か……どこか偉そうな女の子に声をかけられたのはいつ頃だったろう。辺りは暗くなっていたようで夜の闇に紛れて誰かが近づいてくる。足音はせず羽音だけ、それも気配を消しているのか僅かに聞こえる程度。
ㅤこの際誰でもいいから助けてくれと叫んだ。しかし、うるさいとばかりに静かにするよう命令される。助けてやるから大人しくしていてくれと、邪魔をしないでくれと指示された。
ㅤパン籠の前に声の主は着地したのだろう。比較的軽い足音だった気がする。少なくとも飛んでいたり気配を消していたりで一般人ではなさそうだ。スティックパンが少しづつ退かされていく。夜目が効かないので曖昧ではあるが黒い羽の生えた女の子が食事をしているようだ。つい誰なのか気になって魔法で明かりをつけてしまう。紫色の髪をツインテールでまとめた高飛車そうな天使がそこにいた。盗み食いの現場に立ち会ってしまった。

「バカッ、明かりなんかつけたらばれるでしょうに!」

ㅤ失態のようだ。この黒い天使は紛れもなくお目当ての盗賊団関係者である。見た目通りの黒というやつだった。黒天使のレベルはたぶん5ぐらいはありそうだ。レベル1の背丈の倍ぐらいはあるスティックパンを持ち上げて食べているぐらいなのだから。
ㅤ急な浮遊感とともに抱えられた気がした。自分が張り付いているスティックパンごと持ち去る気のようだ。さすがにパン籠ごと窃盗する筋力はないらしい。
ㅤ少女よ、今ご主人様は泥棒の被害にあっている。人さらいならぬ小人さらい、まさか誰がこうなると想像しただろう。盗賊団を探すまでもなく直々に誘拐ときたものだ。
ㅤほんの少し保護者である少女と離れ離れになっただけで、こんなに波乱万丈な目にあうだなんて……災難だ、あまりにも災難だ。いくら自分が弱すぎるにしても小人としての受難は続く。