ㅤシエラ暦5XX年、ヴェルニースは終末の炎に包まれた。エーテルの風は吹き荒れ、凶悪な魔物は降り注ぎ、住民は死に絶えたかのように思われた。だが、ノースティリスの民は強かった。シェルターでエーテルの風を凌いだ後、魔物達から街を奪還。崩壊したヴェルニースは復興しつつあるようだ。なお普段なら地形の再生成があるはずなのだが、財政難で更地になったままらしい。

「そろそろシェルターから出てもいいんじゃないかしら」

ㅤ先日同行者になった黒天使が退屈そうに欠伸を噛み殺しながら不満をもらす。エーテルの風は数日間続き、その後も街を占拠したドラゴンやら終末産の魔物達への対処でなかなか外へ出られなかったのだ。時間の経過が無駄に早く感じた。冒険者なら読書をするなり筋トレでもするなりして過ごすだろう。だが、少女も黒天使もどちらかというと活発な女の子だ。ずっと読書をする集中力もなし、筋トレをするのも乙女として抵抗があるらしい。

「ご主人様、退屈しのぎに何か芸でもやってよー」

ㅤ少女も暇そうにしている。自身の猫耳を指で弄り回してゴロゴロしている。ご主人様は芸人でも吟遊詩人でもないので面白いことはできないのだ。せいぜい待ち時間にできることといえば準備ぐらい。持っているアイテムの整理とか仲間のステータス確認とか色々とあるだろう。
ㅤ黒天使に分析の巻物はないかと尋ねてみる。少女のステータスはだいたい把握しているが、黒天使のことはあまりわからない。転生者の固有スキルがルルウィ信仰で時間を止めるぐらいしか不明だ。

「もう、巻物ぐらい自分で持っときなさいよ。ほんとにあんた達は駆け出し過ぎてあたしも困っちゃうわ」

ㅤ毒づきながらも黒天使は分析の巻物を服のポケットから出してくれた。暗い紺色のワンピース風のお洋服なのだが、ポケットの容量と取り出した巻物の体積が釣り合っていないような気がした。四次元ポケットを内蔵した服ならばかなり高価で貴重ではないか。浮遊大陸でのものか、盗賊ギルドでのものか……窃盗に便利そうな装備は衣服から始まるようだ。思わず見とれていると道具の使用を急かされる。
ㅤ二人が自由にしている都合、自分はテーブルの上にいた。黒天使がため息をつきながら頬杖をついて見下ろしてきている。イスの上に立っているようであまりお行儀はよろしくないが、そういえばレベル5ということは一般人の半分ぐらいの背丈だった。おまけに小柄な体型でレベルよりも僅かに小さくみえないこともない。
ㅤ自分に渡された分析の巻物はテーブルに置かれる。風圧で少しよろける。読んで使用するにしても巻物の上に乗ってとなる。もたもたしていて遅い……黒天使は四次元ポケットからスティックパンを取り出して食事を始めたようだ。

「こっちも好きにやってるから遅くても気にしないでいいわよ。小さくなると何をするにも遠くなって大変よね」

ㅤ露骨に気を使われている。まあ、少女だったらたぶん巻物を勢いよくテーブルに置いて主人を吹き飛ばしていたかもなと想像して苦笑いする。それとも吹き飛んだ主人に気づかず食事に巻き込んで咀嚼してしまうだろうか。健気で優しい子がその気なしに自分を粉砕する光景。胸がドキドキするこれが恋……ではなく恐怖か。
ㅤ前と同じく分析の巻物を発動できたようだ。黒天使を対象にして頭の中に情報が流れ込んでくる。

ㅤ一部情報解禁は有料、今回はお試しよ……

ㅤ無意識下の抵抗だろう。完全に信用した相手か道具の強度が高くなければ全てがわかるわけではないようだ。にしてもここでもお金を取る気か。心の中までがめつくて黒いなと、天使なのか疑わしい限りだ。
ㅤある程度のまとまった情報をキャラシートという概念で把握する。名前は黒天使……本名は捨てたらしい。身長は130cm後半で意外にも幼女ぐらいだったか。体重は……殺すぞと書かれていた。乙女の秘密は暴いてはならない。信仰は風のルルウィ、黒天使を捨てた主神となる存在だ。レベルは5で能力は全体的に50ぐらいの数値はあった。死亡ペナルティで下落したのだろう、レベル詐欺ともいえよう。スキルや魔法の熟練は幅広く習得されていた。各地で訓練できるスキルはとれるだけとっておくのが冒険者の基本でもある。魔法や射撃方面と回避見切りや窃盗隠密などが主力なのか高めのようだ。反面武器の扱いや近接戦闘は素人に毛が生えた程度、射撃と魔法で戦うスタイルだと理解した。
ㅤ変異やフィートに関しては長くなるので以下にまとめる。特殊能力に関しては特筆事項だろう。

ㅤあなたは天上人だ。エーテル体質で適応している。
ㅤあなたは時を支配する。レベル依存の時止め、加速、連続行動。
ㅤあなたは星を詠む。レベル依存の遺失魔法の知識、未来予知。
ㅤあなたは流れを共有する。好感度依存の特殊能力共有。

ㅤ見慣れない記載ばかりだ。天上人は浮遊大陸出身の能力なのか。それがエーテルへの適応だとするとこの世界の謎に踏み込みそうになる。黒天使の経歴にも関わっていそうなので、後で確認してみよう。
ㅤ時の支配、ルルウィ信仰の権能。自分が転生する際の説明だと、ヤカテクトからは時止めと速度補正ぐらいしか聞いていない。新たな能力が唐突に生えてきたかのようだ。レベル依存という記載から、本人の能力や熟練度で進化でもするのだろう。
ㅤ星詠みは固有スキルの一般フィート枠だろう。遺失魔法という内容が気になる。このイルヴァの世界は過去に滅んだ文明や時代がいくつもあるという。古代に存在した強力な魔法が今になって失われているのは当然ともいえよう。それを発掘し知識として得る神秘的な能力だ。まあ神秘やら占いに近い予知だのなんだのは、胡散臭いことこのうえないが……黒天使が乙女チックなのはわかった。
ㅤ流れを共有するは固有フィートか。現在はレベル5になってしまっているが、過去にはレベル20ぐらいはあったのだろう。一度習得したフィートは下落しても消えることはないようだ。好感度依存の特殊能力共有は曖昧にしかわかりようがない。少なくとも心当たりがあるとすれば、時止め中に僅かに自分にも時の流れを感じることがあっただろうか。黒天使本人しか動けない制約を他の人まで動かせるとしたら……そういった解釈でなら十分すぎるほどに恩恵を受けているのかもしれない。いずれにせよオンリーワンの独自な能力であるがために把握は難しいのだろう。黒天使はすごく強い、それで納得しておこう。

「あ、もうお外出られるって。行こうご主人様!」

ㅤシェルターでの待機はおしまい、いよいよ新たな仲間を加えご主人様達の冒険が始まるのだ。うずうずしている少女の手にギュッと自分は握られる。顔と足だけ出ているぐらいで鷲掴みみたくなっている。少女には慎重な配慮を期待しても仕方ないのだろう。

「ええ、いきましょう。猫耳天使ちゃんとハイタッチよ」

ㅤ黒天使はクスクス笑いながら、少女と手を合わせてハイタッチをしようとする。ノリの良い少女はおもむろに手を合わせる、ご主人様を持っているのも忘れて。
ㅤ自分は少女の手のひらサイズだ、そこに黒天使の半分ぐらいの手が重なる。半分でも主人の上半身を簡単に覆えるぐらいはある。確信犯だ……でも少女に破壊されたいという甘い願望を満たしてくれる。きっと黒天使は自分の後ろめたい引け目や断罪をわかってくれているのだ。クスクス笑う姿ですら蠱惑的であり、天使の闇に染まった戯れが愛おしく感じた。

ㅤペッタン!

ㅤ体が手と手でプレスされて平たくなりそうだった。少なくともこの一瞬の圧力だけで何本か骨にヒビが入った気さえする。だが同時にすぐ傷が回復する。黒天使が癒しの手という魔法を唱えていたのだと気付く。ご主人様を破壊する手でありながら、回復も同時に行い少女からは隠すようだ。ただのスキンシップ、触れ合いにすぎない動作だ。

「わーい、ご主人様とタッチタッチ!ㅤあんまり力を込めたらご主人様が巻物みたくペラペラになっちゃうかな」

ㅤペッタン、ペッタン、ペッタン!

ㅤ嬉しそうに少女は何度も黒天使と手を合わせ続ける。自分は全身をビンタでもされているかのようで手形が跡にでもなりそうだ。死んでも蘇生するだけでなく、死なない程度に回復すらしていじめてくる。本当に自分が巻物みたく紙のようにペラペラの平らになっても、死んだと認識してもらえないかもしれない。可愛らしい女の子のおててで平面化するご主人様か……二次元化する特殊能力を唐突に閃いた。
ㅤ特殊能力は本人の能力と熟練度で進化するというならば、死んでも死なない肉体の再構成を生かす場面ではなかろうか。あまりに痛めつけられて、自分は何かに目覚めてしまった。蘇生による再構成に自らの意志を連動させ望む形を得るのだ。できる、きっとできる。エーテルで体が変異するぐらいなのだ、不可能などない。

「あれ……主が本当に少し薄くなってきてない?」

ㅤペッタン、ペラペラ、ペッタン!

ㅤ再生と破壊が同時に起こり続けた場合、その形を失い変形する。均衡という名の枷が外れ形状への歪みが発生する。薄くなることを望んだ自分の精神と物理的な女の子の手による圧搾、自分は平面化しようとしていた。

「わー、おもしろそう!ㅤご主人様なんて紙切れになっちゃえ、なんてねー」

ㅤペラペラ……ペラペラ……ギュウウウウ!
ㅤメキメキ、グシャッ……プチッ!

ㅤ少女が最後のトドメを面白半分で刺した。ひときわ強く黒天使の手に自分の手を押し付けたようだ。体が軋む段階を軽く通り越し、中身がプチッと弾ける段階も通り越し、骨すらなかったかのようにご主人という抵抗を無視してついに二人の手が完全に密着した。少女ははしゃいで暴走していると周りが見えなくなる。プチッと弾けていたら殺したってわかるはずなのに……手を開いたらいつも通りのご主人様がいるであろうと気付くつもりがないのだ。

ㅤご主人様は平面化してしまった。

ㅤ黒天使が口を開けたまま驚いていた。少女の行いに狂気を感じていたのだろう。戦慄し固まった表情が嘘でしょと物語っている。黒天使も少女も最初は遊び半分だったわけで、殺すつもりもなければここまでする気もなかったのだ。少女がエスカレートして暴走した結果だった。

「あれれ、ご主人様が動かないなー。いつもなら壊れて動かなくなることもないのに」ㅤ

ㅤ白痴のような笑顔を少女は浮かべていたかもしれない。何を考えているのかまるで理解できない。その場の勢いでついやっちゃう系の子でもあったか。
ㅤ体が平面化したことで動かし方も変わってくるようだ。頑張ってモゾモゾと動こうとする、安定して立てそうにないが芋虫程度の動きはできた。

「バカッ、あんたやりすぎよ。貸しなさい……しばらく預かっておくから」

ㅤ黒天使はこれ以上の暴挙は許さないつもりらしかった。少女の手から平面主人をひったくる。そして……あろうことか細身な幼女体型の起伏のない平らな胸に自分を貼り付けたのだ。わざわざ四次元ポケットから接着剤まで取り出して、それはもう丁寧に。
ㅤつい洗濯板とかまな板とか貧乳だとか、自分は平面にされるほどいじめられたのも忘れ文句を言う。痛いとか苦しいとか叫べば一気に悲壮感が漂ってしまう。自分なりの冗談で気遣いのつもりだ。今まで本気で嫌がる仕草を見せた時には少女も止まっているわけなのだから、実際のところいじめられているのは自分の落ち度でもあるのだ。

「あんた達ってほんとバカね。残酷なことをまるで冗談かギャグみたいにやっていて住んでる世界が違うんじゃないかしら」

ㅤ黒天使よ、とある偉人は言っていたのだ。ギャグ時空の住人はある意味で無敵だと。命の価値と重みすら投げ捨てた自分と少女の馴れ合いだ。まともになれば発狂するなら、ふざけているしかあるまいて。
ㅤ黒天使の貧乳にワンピースの上からプリント飾りのように同化した自分、ご主人様として発言権があるのか怪しいがそろそろ言うべきことがあった。いい加減に遊んでいないで冒険をしようと。

ㅤ見渡す限りの更地、そして焼け跡。

ㅤヴェルニースという街があっけなく消えていた。しかし住人達がまだ生きている以上、どうにかできるはずだ。それでもシェルターから出た一部、子供などは泣いていた。飼っていた子犬が見当たらないらしいのだ。子犬の名前を叫び続けるその子を哀れに思ったのか、少女がしゃがみこんで相手をする。依頼として子犬探しを引き受けたいと曇りのない目でご主人様を見つめてきた。
ㅤこの街は崩壊していて他に依頼も受けられないだろう。少女の気が済むならそれも良しとする。せいぜい子犬探しぐらいなら危険度も低いはずだ。黒天使も少女と主人の実力を見定めたいのか依頼に賛成したようだ。子犬のことを子供から聞き出すことになる。
ㅤまず最初に子犬が死んでいたのなら数日の周期で復活するはずだ。復活場所は家があるなら家の中が拠点判定になる。ただペットの場合、復活場所を飼い主の側にする契約もないわけではない。こういった契約の類は呪いになりうるリスクもあるので一般的ではないだけだ。いずれにせよ見失っている都合から、子犬は死んだとしてもその場での復活を繰り返している可能性が高いだろう。家が戻りさえすれば復活ポイントも変更されるのだろうが……それまでにレベルや存在が残っている保証はない。
ㅤ次に子犬が消えた場所、迷子になっている候補地点。子犬は終末発生時、井戸に落ちるように逃げ込んだという。いつも落ちて死んでいるので、飼い主が浮遊効果を持つ羽装備をつけた矢先のことだった。井戸の跡地、入口は崩れかかっていて一般市民の大きさで通り抜けするのも厳しそうだ。かろうじて黒天使と自分が通り抜けれそうな縦に深い穴となるだろうか。掘り起こして入口を広げると崩落する恐れもある。

「あたしと主で探索しにいくから、猫天使はその子の側にいて。子犬が帰還したらすぐ探せるようにしなさい」

ㅤ黒天使と早々に二人で行動することになるとは……少女はご主人様と一緒に冒険できなくて残念そうにしている。迷子の子犬に帰還の巻物を渡すつもりのようで、おうちかえぅ作戦と命名することにした。
ㅤ黒天使の飛び方は器用なもので、狭い縦穴でも引っかかって落ちることなく高度を下げていく。少女だったら井戸そのものを破壊しながらワイルドに侵入してそうだと想像がつく。適材適所であってダンジョンの入口や狭さというものがレベルへの制約となりうるのだろう。そういえばネフィアと呼ばれる混沌のダンジョン群でも、いくら不思議な力があろうと物理的に入口が小さかった場合は……レベルが高ければ大きければいいというものではないのかもしれない。

「ねぇ、あんた。せっかく二人きりになったから聞くけどあたしのことチビとか思ってない?」

ㅤ黒天使は自分が貧乳だと胸を貶めたことを気にしていたようだ。分析の巻物で身長を見た後でもあり、コンプレックスに追い打ちをかけたのかもしれない。あくまで冗談であって傷付けるつもりはなかったと弁明する。

「ふふふ、いいのよ……もっと罵ってくれても傷付けてくれても。後でわからせてやるから、必死に抵抗することね。殺すつもりできなさい、じゃないと楽しめないじゃない」

ㅤゾクゾクするような調子で黒天使は言葉多めに嘲る。罵られたことに傷つけられたことに興奮しているように感じられる。反撃されてもっと深くやり返されたいかのような挑発の態度でもある。言葉尻では乱暴なようでも実際には受けの姿勢でSに見せかけたドMなのだろう。
ㅤ黒天使が語る主人と同じだということ……まさか自分もドMなのか。実は黒天使は高度な変態だから同行者にでもなったのか。あらぬ憶測が込み上げるのだった。
ㅤ同志としての信頼関係が芽生えるのも時間の問題かもしれない。弱者だから目をつけたというのも嗜好を満たしてくれるという理由だったら……意図的に傷付けられるよりも、予想すらしなかった相手から何気ない行いで傷付けられるほうが破壊力がある。ご主人様と少女の関係がそれに等しくもあり、そこに黒天使は何かを見出したのだろう。それと似たような関係を黒天使は自分に望んでいて、同じであるからこそお互いを理解しあえる可能性だ。
ㅤ自分は少女に恐怖しながらもどこか受け入れている。無意識に心の中ではうっかりを装って蹂躙してくれと命じていたのかもしれない。命令と意志に挟まれる少女の葛藤と苦しみすら無視してだ。まあ、黒天使のおかげで自分自身ですら忘れていた気付こうとしなかったことに意識を向けられる。謎の協調感という流れすら感じるようだ。

「あたしが頑張ったぶん、後でちゃんとご褒美をよこしなさいね。じゃないとなぶっていじめ殺しちゃおうかしら」

ㅤ上機嫌そうに黒天使は主をいじりたおすと宣言する。馴れ合いでお互いの好感度と信頼度が上がるのなら悪くないものだ。黒天使からしたら主の弱さが安心でもあり、見下して遊べる都合の良い相手で気兼ねなく接することができるのだろう。奇妙な信頼関係だ。殺す殺すと言いながら殺されることを望むかのような。歪んでいる好意で倒錯した愛情で、精神を破壊され尽くして打ちのめされた成れの果てのような……まあ、あくまで自分が黒天使に感じた共通点であって正しいという保証まではないが。
ㅤそれはそれとして、話がつい嗜好やらで脱線してしまうが井戸の中についても語るべきなのだろう。黒天使と意見を合わせながら考察している内容だ。井戸の中は洞窟に通じているのではないかという疑惑。
ㅤ井戸というのは水を汲んで飲むものだというのは常識だろう。そして水を汲んだつもりなのに不思議な現象が起こるのは非常識だろう。飲み水が何故かポーションだった。謎の力で引き込まれて落下死した。水ではなくそれは黄金で金貨に変わっていた。神様が願いを叶えてくれた。なにより危険なのは魔物が発生することだ。魔物の発生が論点となる。
ㅤ魔法のような非科学的な力、井戸の呪いで魔物が召喚されているという説。冒険者か誰かのイタズラで頻繁に異物混入をされる井戸ならば呪いやら物騒な何かが発生してもおかしくはないだろう。だがこの場ではお互いに洞窟への繋がりを示唆する。自分自身、科学的でない因果関係の怪しい説を信じる気にならない部分もある。それ以上に状況的な証拠として、ヴェルニースが頻繁に採掘されていて穴ぼこになっている都合。隠し洞窟が地盤の変化で生じることぐらい造作もないはずだ。

「やっぱりあったわ。ここの亀裂が何処かに通じている風の音がする。薄っぺらいあんたが偵察してきなさい」

ㅤ黒天使は盗賊としての経歴か、なかなか探知の手際もいい。自分は暗闇の中を魔法で朧げに照らしながら把握するので精一杯だった。べりべりと黒天使は胸にひっついている主を引き剥がす。器用な手先のおかげか、そこまで苦痛もなく分離した。
ㅤ亀裂の中にひとりで放り込まれるのは心細い。黒天使も後から入り込もうとしているようで、亀裂を手で崩しながら入口を広げている。少し進んだ先、魔法の明かりをつけ合流するのを待つ自分……天井が揺れている。違和感から叫ぼうとするも間に合わなかった。

ㅤ小人にとっては致命的な生き埋め、落盤した。

ㅤ明かりごと自分は地形に埋められた形になる。顔だけはかろうじて守ったが、上半身から下は土の中だ。何かがズリズリと近づいてくるようだ。うつ伏せでほふく前進のように黒天使が細身の体を擦り寄せているのだ。

「ちょっとー、何処いったのよ。返事か明かりぐらいつけなさいよ。ふざけてるとほんとにすり潰しちゃうわよ」

ㅤ自分は断じてふざけてなどいない。黒天使の胸が……洗濯板だとまな板だとバカにした貧乳が迫ってくる。主がまさか埋まっているだなんて思わないだろう。やめてくれこないでくれと叫ぼうにも肺から空気が絞り出されていて声が出ない。

ㅤクシャッ……

ㅤ無惨なぐらい自分の顔は黒天使の胸に全体重をかけられて潰され擦り付けられる。ゴシゴシと命ごと削り取る女の子の洗濯板だ。

「ねぇってば、なんか崩れた音もしてたけど大丈夫なの?」

ㅤクシャッ……クシャ……クシャッ……

ㅤ狭い亀裂なせいで首が回らないのだろう。何度も黒天使は往復して手探りで主を探している。ひたすら平らな胸の下でよりぺったんこにしているとも知らずに。表面に出ていた顔はズタズタのボロボロにされていて原型を失っていた。丸めた紙くずのような姿でさぞ滑稽だったろう。
ㅤ気のせいか往復するごとに圧力が強まっていく。ミシミシと空間が悲鳴をあげている。連続で主を倒している判定なのだろうか。のしかかっているだけで殺害ボーナスが加算されていくかのようだ。経験値は殺害対象のレベル以外にも攻撃した回数や与えたダメージにも依存していたような気がした。

ㅤ黒天使はレベル6に……黒天使はレベル7に……黒天使はレベル8に……黒天使はレベル9に……黒天使はレベル10に……ものすごい勢いで自分の死亡と黒天使が与える増え続けるダメージ群が頭の中にログとして流れてきた。

「まさか……あんた死んでない!?」

ㅤ黒天使は急激な身の異変に気付き何かの魔法を唱えたようだ。魔力の流れで察する、物質感知だろうか。その後すぐさま自分は掘り起こされた。クシャクシャのボロボロの丸まった姿で。
ㅤ黒天使の震えた手で握られ少し開けた場所まで出たようだ。大きくなった両手で主を伸ばすように押し広げてくれる。平面になると潰されても簡単に死ねないようだ、素晴らしい発見である。代わりに連続で死に続け何倍もの苦痛を味わう。全身を複雑骨折したような感覚だ。
ㅤ意図せぬ貧乳の反撃が主を紙くずになるまでなぶりつくした。黒天使が自分に気づいてくれて心配そうに見ていてくれる……女の子の下部分ではなく上部分にいられる。ふとした安堵から緊張の糸が途切れる。死んだように意識を失うのにさほど時間はかからなかったようだ。なんてことない女の子の動作で気絶してばかり。意図的じゃなかっただけに、なおさらわからされた。貧乳の洗濯板は胸の柔らかさがないぶん全体重の圧力を余すことなく伝えると。
ㅤだがここで心が折れたら黒天使に失望されるのだろう。いつかご褒美と称して復讐してやると密かに決意する。奇妙な信頼関係による歪んだ愛情が、弱者である主人に矛盾した傲慢さと暴虐さを持たせるのであった。
ㅤなお後日談として子犬の依頼自体は黒天使が片付けてくれたようだ。崩落した洞窟への抜け道がネフィアと繋がりかけていたという。戦利品として魔法書を拾えるだけ拾ったとも自慢していた。こっそり申し訳なさそうに、お詫びとして主に貢ぎ物をする女の子らしい顔もあったという。