ㅤ冒険者にとってペットとは、より強く使いやすく便利な子が手に入ったら乗り換えていくものかもしれない。弱い頃から育成していく手間よりも、即戦力となる速さが重要なのだ。使い捨てられた子がどう思うかなど考えもしないようだ。少女と黒天使の関係はそれに似ていたかもしれない。いつの間にかレベル10になっていた黒天使にレベルという優位性を奪われた少女。あげくいつの間にか親しそうにベタベタくっついていたら……本当はペッタンペッタンくっついていたのかもしれないが、とにかく元々居た場所を盗まれたように感じただろう。

「ねぇ、ふたりして読書ばっかしててつまんないー」

ㅤ少女の不満の声はもっともだ。文字が読めないのだから本なんてキライに違いない。ご主人様は黒天使とひたすら魔法書の解読をしていた。魔法のストックを確保するために魔力を吸収していたともいえる。子犬の洞窟産の大量の魔法書……黒天使は自分の預かり知らないところでよくやってくれたものだ。どっさりと四次元ポケットから出てくる出てくる。ときおり魔法書じゃない古書物とやらも混じっていたが、こっちは黒天使にとって本命らしかった。ご主人様と黒天使の読書会、魔法書だろうと古書元だろうとどんどん解読していく。下級の基礎的な魔法ストックにはほぼ困らない程度に手助けしてもらったことになる。黒天使は自分にとって恩人だろう。ひどいことをしちゃったからその詫びだからねと、唇を尖らせていたがツンとした仕草すら可愛らしいものだ。

「ねぇってば、わたし冒険したいの。ご主人様と一緒に何かしたいの!」

ㅤ少女がときおり気持ちいいことや遊びに熱中して暴走するように、ご主人様も読書やら魔法書解読で集中している間は普段と態度が変わってしまう。解読失敗のリスクが恐ろしいというのもある。魔力の渦が何らかの魔物を召喚したり、あるいは読者の魔力を吸い上げたり……魔法書が魔力を持っているということは、ある意味で生き物みたいなのだ。禁じられた呪文相当の魔法書ならば相当の力を宿しているだろう。自我を持つ魔物としての魔法書すら存在するかもしれない。魔力を帯びた禁呪の道具類……エウダーナという魔法国家でも伝説になっていただろうか。まあうろ覚えだしいずれ行くことがあったらの話だろうが。

「ねぇってば、ご主人様の意地悪。ぺったんこになったからそんなに紙が好きになっちゃったの?」

ㅤ当たり前のようで言い忘れていたが、平面化したままのご主人様だ。状態変化という奇跡ともいえよう。これが肉体改造で意図的に制御できるのであればレベル1であろうが活路を見いだせるのだが……死んで蘇生して再構成する際、たぶん必要なコストはレベル依存の復活費用だと思われる。もはや肉体や人間としては死んでいるが、物体や戦力として死んでいないという扱いに等しい。戦略のためになりふり構わなくなれば、世界の仕組みすら相手にできそうな気がした。それすら転生をさせた邪神の思惑だったのかもしれないが。
ㅤある程度きりのいいところ、黒天使は古書物の整理をし始めたようだ。結構な数を所持しているようで、大小様々な大きさの本が並べられている。
ㅤ魔法書の解読はほぼ自分のみで行われることになる。ページを移る際だけ黒天使に手伝ってもらう。読書スキルと暗記スキルは十分に鍛えてもらった後だ。万が一という事故も起こるまい。

「ねぇってば、そんなに本が好きなら本と一体化しちゃえ。ご主人様に意地悪しちゃうね!」

ㅤパタン!

ㅤ自分は何をされたのか一瞬理解できなかった。あるいは理解したくなかったのかもしれない。サイズの都合、本の上に乗っかって解読をしていたのだ。その本が急に閉じた……ご主人様を潰して食らうかのように。自分はぐぇっとカエルが潰された声を発していただろう。

「ねぇってば、本と一緒になれて嬉しいでしょー。上からお尻でふみふみして押しご主人様にしてあげるね」

ㅤ少女への命令が遅かった。これが少女の本来の意志なのか嫉妬からくる意地悪なのかはわからない。本のページの重みから、さらに少女の重みまで加わって魔法書の中でミンチになる。解読はもちろん失敗、血に染まった本と吸い取ったであろう魔力から暴走が起こるのは必然だった。

「バカッ、なに遊んでるのよ猫天使!」

ㅤ冗談キツイわよという口調だったろう。黒天使は少女をすぐさま退かしてくれたようだ。赤黒く染め上げられたページから助けられたご主人様はなかなかグロテスクになっていた。だが手遅れだった。生き血と魔力により魔法書が勝手に動き始めたのだ。古典的な魔法である呪術やらなんらかでは生け贄が大事とか血がどうたらだったか。魔力と丁度いい具合に自分のミンチが反応してしまったようだ。

ㅤ魔物召喚、赤黒い四角い何かが湧いてくる。

ㅤ少女はすぐさま臨戦態勢に入る。先手必勝とばかりに相手が何かを確認するまでもなく爪で切り裂こうとした。あれこのパターンどこかで見たぞと、自分は加速していく周囲の世界に取り残され思った。

ㅤそれはキューブだ。分裂したり魔法無効化のやばい奴だ。

ㅤ世界が加速するような錯覚は黒天使が時の流れを操っていたからかもしれない。少女の不意打ちがキューブに叩き込まれ出血する。最悪だ、この街はもう占拠されてしまうだろう。

「逃げるわよ、じきにここはキューブの海に沈むわ!」

ㅤ黒天使は必死に逃げる準備をしている。逃げ足や撤退の判断は大事だ。命大事にこれ絶対。主を慌てて四次元ポケットであるワンピースの中に古書物と一緒に収容する。自分が見た最後の光景は黒天使が少女の手を引っ張るところだった。
ㅤヴェルニースの不運は続く。イルヴァの世界ではわりと簡単に街が崩壊する故に、地形ごと再生成するような加護が与えられたのだろう。天上の神々からすれば下界など簡単に壊れてしまう玩具に違いない。修復機能ぐらいなければ存在を維持することすら叶わないように思えた。天上人か。黒天使がほのめかしていた存在だが神々の大きさはどれくらいなのだろう。数百レベル単位なのかなと想像すれば自分は指先よりも小さいのか。いくら肉体改造ができたとしてもまだ勝てるようなビジョンが見えそうにない。戦うと決まったわけではないものの、黒天使の願いも叶えてやりたいなと……少しは力になってやりたいなと僅かに感化されてるかもしれない。
ㅤそれはそうと四次元ポケット内部に生物を入れたらどうなるか。禁忌の実験として表沙汰にならないよう情報は葬られてきたはずだ。食べ物は鮮度が落ちないように時間が止まる。同様に生物も時間が止まり仮死状態になるのが自分の仮説である。それなのに時間が止まっていない、黒天使による特異性なのか。それとも仮説が間違っていたのかは確かめる術もない。人体実験などまともな精神を持っていたら誰がやるというのだ。死んでも死なない相手ぐらいにならという、モルモットぐらいだろう使えるのは。意図せぬ実験体として、自分がモルモットと同等にもなっていたのだなと少しばかり悲観もしたくなる。
ㅤ落ち込んでいると何か漂っているのが目についた。黒天使が四次元ポケット内部に保管しているアイテム類だろうか。やけに本が多いなと個人的な感想だ。ここから出してもらえるまで暇だ。少しばかり物色してみるかと手にとってみた。

ㅤ星循環と天地三元素、遺失魔法概要。

ㅤ黒天使の文字で理論や仮説が書かれている本で未完成のようだ。魔法に対してかなり精通しているのが見て取れる。エウダーナの魔法技術も論文から引用している様子だった。魔法国家であるエウダーナは冒険者の扱う魔法よりも発展応用した魔法を扱っているらしい。基礎の魔法は同じであっても、体系として別の能力にも近しい閃きと技術なのだろう。大陸を二分する国家たる所以ともいう、鍛え抜かれた技がもはや別物になるようなものだ。魔法使いの奥の手と呼ばれる複合詠唱が当たり前のように技術として普及しているともいう。自分が転生前イェルス兵としてエウダーナと対峙し分析してきた内容は、ほんの表面でしかなかったわけか。技術を模倣されないよう魔法使いは偏屈で手を隠していたともいえよう。奥の手は必殺、見せるのは相手を殺す時だけ。自分は黒天使の見てはいけない秘密を暴こうとしているようだ……殺されても文句はいえないだろう。それでも知的好奇心には勝てなかった。神秘や不思議を信じないくせに、科学的根拠と結びつけるための理論として探究心ばかりは無駄にある。自分が魔法使いとしての本質に目覚めつつあるのは自覚できないらしい。遺失魔法という抗えない魅力に誘い込まれる形となった。

ㅤ水の元素、火の元素、雷の元素、天のエーテル。地のメシェーラ。

ㅤ正位置により星を産み、逆位置により星を喰らう。地水により融解し、水火により分解し、火雷により変質し、雷天により昇華し、天地により凝縮する。天上より穢れを払い、地下より贄とし糧となる。永遠の盟約により決められた天上と地下との法則。世界の仕組みの……

「あんた、それ見ちゃったわけ?」

ㅤ何かに捕まった。黒天使の手の中に自分はいる。四次元ポケットから取り出されたものの、していたことがすぐにバレた。黒天使にとって大事であろう書きかけの本を勝手に読んだのだ。殺される覚悟を決めた。
ㅤ冷ややかに自分を見下ろす黒天使の顔がある。目が笑っていない……一瞬だったものの鋭い殺気が飛ばされ失神しかける。それでも思い直してくれたのか、すぐに普段の表情に戻ったようだ。うっかり殺しちゃった分とは釣り合わないだろうけど、これでチャラねと苦笑いしながら囁いていたかもしれない。

「ふふっ、乙女の秘密を知っちゃったみたいだしいっそのこと結婚でもしちゃう?」

ㅤ黒天使はずいぶんと自分を過剰評価している。結婚はもっと主として相応しくなったら、いつかご褒美をあげれるようになったらなと受け流した。

「ずるーい、わたしもご主人様と結婚したいー。でも結婚ってどうやってやるのか仕組みもわかんない」

ㅤ結婚という単語に少女が食いついた。この世界の仕組みには謎が多い。本人達の間で勝手に結婚しましたというのでは判定として認められないときく。誰がどこで何を判定しているのかは知らない。神々が祝福するかどうかだと胡散臭い教会の神父やシスターが語っていたと思う。

「神々に二人の絆が認められればいいのよ。具体的には一緒に魔物をいっぱい倒すとか力づくでね」

ㅤなんかこう乙女の秘めたるなんとかじゃなくて血なまぐさい。イルヴァの神々には恋愛感情より力と暴力のほうが大事らしい。闘争こそ生存本能を支配するのだ、たぶん。
ㅤまあこんなやり取りをできるということはヴェルニースの街を脱出したのだろう。終末の次は赤い悪魔か……緑髪のエレアであるロミアスはこの街を何と言っていたか。駆け出しの冒険者にうってつけの街だろう、にやり。とてもとても地獄のような光景ばかりで熟練の冒険者すら近づきたくないと思われる。
ㅤ大事なのはこれからの行き先だろう。ヴェルニースを拠点とすることが不可能になった都合、新たな街を探さなければならない。黒天使はルミエストという魔法ギルドの街に用事があるという。少女も自分も特に行き先があるわけではない。便乗してついて行こうとしたのだが……

「あんた達はそうね、港町であるポートカプールに向かいなさい。特に主、あんたにとって大事なコネよ」

ㅤ黒天使は自分よりもノースティリスには詳しい。冒険者としての経験の違いでもあろう。港町は流通の拠点となり、ポートカプールは戦士ギルドの所属である以外にも別の顔を持つ。戦士ギルドの傘下として商人達の集まりがサブギルドという独自の形態をとっているのだ。盗賊ギルドにも傘下として機械技術者が、魔法ギルドにも傘下として教会本部が関与しているそうな。ギルド抗争が複雑化する原因でもあろう。儲けなどお金による利害、資源や技術の確保、秩序と権利問題。裏で大国の手が回っていてノースティリスやネフィア調査の足掛かりにする政治的問題。
ㅤ政治の話になれば二大国家である機械のイェルスと魔法のエウダーナはどう足掻いても触れざるを得ない。またその狭間にあるザナンという国も奇妙な立ち位置から話題にあがる。この間、ヴェルニースにメシェーラが危ない的な内容でお偉いさんが演説にきていた国のことだ。歴史のお勉強はあまり好きでもないし、だいぶうろ覚えで間違っているかもしれない。面倒になってきてイェルスとエウダーナが過去に三度ぐらい戦争してのくだりで終わっていたと思う。あれから長期に渡る戦争があって、表面上の停戦があっても裏ではいまだ争い続けているという感じで解釈してくれればいい。長期戦争の折にイェルスはザナンを併合したかのように見えたが……小国としていまだザナンは独立しているのもおかしいわけだ。
ㅤ推測するに戦士ギルドと商人ギルド圏内ではザナンの手が回っている。ザナンは立地的に周りが海に囲まれていて交易路としての経由から接触は容易だろう。なによりこの不気味な小国がどこにも根回ししていないことが有り得ないとすら錯覚させているのだった。
ㅤ盗賊ギルドと機械ギルド圏内では察するまでもなくイェルスの関与が疑われる。盗賊団で接触した下っ端ですらエイステールの文化である機械や現代的な道具の所持が見受けられたのだ。ジューアとイェルスは反目しているのが世間体だ。だが、それすらも裏社会のパイプをカモフラージュするための工作だとしたら……盗賊ギルドのマスターはなかなかのやり手に違いない。
ㅤ魔法ギルドと教会ギルド圏内では残りのエウダーナの関与となるだろう。魔法への探求や技術開発への余念がないこと。神秘やオカルトといったよくわからない信仰的なものを重視していること。もしかするとマニ以外の神々の干渉から教会が信者という手足をもって動いている可能性もあるのか。たらればのもしもという話は尽きない。

「わかったー、それじゃ後で合流しようね黒天使ちゃん」

ㅤ少女は即決即断していた。ご主人様の長考などお構いましだ。いや、伝えたところで理解できないだろうし覚えておくつもりもないだろうが。つまらない長話よりその場のノリのほうがきっと大事なのだろう。黒天使とは一時的に別れることになる。何もなければ1ヶ月もしないうちにこちらに向かうらしい。それ以上の日数が経過した場合、問題が起こったと判断してルミエストまで迎えにきてと約束する。まあ黒天使に限ってまさかはないだろう。この時は何も気にとめないでいたが……いや、それはその時に話すべきだったか。
ㅤそういえば黒天使が語っていたコネ、主にとってのコネとは何かおわかりだろうか。商人ギルドでピンときたであろう……邪神ヤカテクトと関わりそうな気配がした。
ㅤ港町ポートカプールへの道中、ヴェルニースから北西を目指す。特に目立ったことがあるわけでもなく、普通に街道を歩いていれば滅多なことで襲われもしない。むしろ少女のほうから好感度稼ぎと称して動物などに襲いかかっていた。金髪のロングヘアーは美しいのだが、小動物をばりばりむしゃむしゃと捕食している光景はなかなかにグロかった。少女の手の中で目を覆うことすらできずに一部始終を見せつけられる。ああ、猟奇的な少女も可愛いなあと思考することを放棄した。
ㅤ手当り次第何でも殺し尽くしていたらレベルも上がるだろう。ポートカプールに到着する頃には少女はレベル15になっていた。お人形さんぐらいで相対的には16cm相当だった自分が今だとどれくらいに見えよう。だいたい10cmぐらいか、中指よりほんの少しだけ大きいくらいでほぼ指と同じになってしまった。おもむろに握りしめられた時にぎりぎり頭か足が出るぐらいなのだが、持ち方が悪いと頭まで隠れてしまう。怖い……視界が簡単に奪われてしまい何も見えなくなる。少女が何をしているのか、何を思っているのかと表情すら伺えない。わざわざ命令し少女から許可を得なければ顔を合わせることも許されないのだ。サイズによる格差が無自覚に広がっていく。自分は少女の遊びに戯れに耐えれるだろうか。いつか耐えられなくなった時にご主人様としての権利を剥奪されないだろうか。人間ならこれくらいどうってことないよね、ご主人様ならこれぐらい大丈夫でしょ。人間だと思われなくなったらどうして命令を聞いてくれるのだろう。自分がご主人様として少女の相手をしてあげているから、ご褒美として言うことを聞いてくれてるのだ。そうに違いない。できる限り少女を楽しませて喜ばせてあげよう。どうせ自分の命は軽いのだから玩具であっても構わない。それでも少女の笑顔のほうがよっぽど価値があるとさえ錯覚していた。

「どーん、ますます大きくなっちゃったね。ご主人様が玩具みたいにちんまりしてて、手とか足とかこんな細いのがついててさ。引っ張っちゃったらもげそうー」

ㅤ少女から見たご主人様は何なのだろう。ついに玩具だと言われてしまった。恐怖から隠そうとしていたことすら簡単にバレたうえ無駄になったようだ。壊れない玩具という禁句になっていないだけマシだったろう。壊れて動かなくなることがない、どこか雑な扱いになりつつあるのもわかっていた。だがそれ以上に、よくよく計算してみたら15倍格差からすると手足の細さは1cm以下……いやその半分にもなってしまうのか。仮に0.5cmだとしたら指幅の半分もない。それを思い知らせるかのように手の上でご主人様のおててを弄り回してくる。平面化した手であまりにも細く小さくて感触すらなかっただろうか。指でご主人様の肩から先までまるごとつまみ始めたようだ。自分の腕全体でも少女からしたら3cm相当だろう。指幅ふたつぶんぐらいのちんまりした腕だった。引っ張ったらもげるのも当たり前だ。

「ほんとに腕なのか心配になってきちゃった。全力で力とか込めてみて、わたしほんの少し引っ張ってみるから」

ㅤ死刑宣告だった。つままれた腕を全力で動かしたところで万力に挟まれたようにビクともしない。少女という柔らかい万力がご主人様を拷問する気だ。泣きながらやめてと叫べばやめてくれたことだろう……ご主人様への失望とともに。主人が主人である限り主従であるは、その振る舞いができなくなれば命令できなくなるという縛りにも似ていた。少女は奴隷としての呪いを力づくで解除する気なのか。何のために、そんな残酷なことを。ご主人様だと慕っているのは確かで純粋な気持ちを持っているのも間違いないのに。悩み抜いて揺れ動いているのは自分だけじゃなかったのかもしれない。少女の顔は笑っていたが目は泣いていた。

ㅤビリビリ……えいっ!

ㅤ可愛らしい声と同時に振る舞われる残虐な行い。ご主人様は片腕を破かれた。やめろと悲痛な声で叫んでも届かないところまできてしまった。命令が通じない、暴走しているからだと思い込んでいたのすら錯覚なのか。遊んでいるような、戯れでなぶっている間は命令をそもそも聞く気がないのだ。これが束縛と命令による対価か。普段は言うことを聞いてあげるけど、いっぱい遊ばせてね。本能的な欲求、奴隷にされて押し留められてきたせいで潜在的なドSなのだ。

ㅤビリビリ……ビリビリ……ビリビリ……

ㅤ全部の手足を破かれてもがれた。子供が小虫の足とか羽をもいで楽しんでいるのと一緒だ。泣こうにも泣く涙すら枯れてきたようだ。それとも本当に紙切れになってしまって水分のない体へ変わったのだろうか。

「わたしがご主人様の手足になってあげるからね!」

ㅤ少女はご主人様の手足なんていらないでしょと意地悪をした。黒天使と一緒になって読書をして置いてきぼりにしたからだ。少女を混ぜてあげなかったからだ。そんな悪いことをする手足はもぎもぎしちゃいましょうねとご主人様を裁いたのだ。それで気が済むならいいか。どうせ腕ぐらい足ぐらい死んで戻ったら生えてくるのだから。
ㅤ命令の縛りの方向が反転する瞬間だった。お互いがお互いの所有物たる訳だ。少女をご主人様の手足にさせろという強制力、暴力で言うことを聞かされた。
ㅤちなみに千切られた手足は少女の服の胸ポケットにしまわれたようだ。こうなったら普通の女の子のお胸も途方もなく大きいのだろう。ポケットと胸の間の圧力を自分の矮小な手を通して感じたような気がした。
ㅤまだ自分の顔は無事で言葉も喋れるので少女に頼む。手は怖いから別の場所に置いておくれと。今の自分はわからされる側で懇願にも近かったかもしれない。ある程度遊んで満足したのだろう。あっさり願いは聞き届けられる。
ㅤご主人様の手足のあった繋ぎ目に穴を空けるよう少女の髪の毛が突き抜けた。肩と腰部分を貫いた髪の毛が自分を持ち上げる、凧揚げのように浮かんでいた。女の子の上に居られる。頭の上に居られるから偉いんだ。これでご主人様として少女に命令できる。正気はすでに失われていて、一緒に凧揚げを楽しむご主人様と少女の姿があった。

「えへへ、ご主人様も楽しんでくれて嬉しいー」

ㅤ程なくして港町ポートカプールに到着した。あまりにも猟奇的な姿だったせいか、それとも残酷な美しさが魅力となっていたせいか……ご主人様と少女が人目についたのは言うまでもない。あれが猫天使歌姫か、ペットを串刺しにして頭の上に浮かべてイカしてるぜ。遠巻きな観衆が声高に叫んでいるようだった。有名人になる日もそう遠くないかもしれない。
ㅤ新たな街への観光や解説などは次に続く。思った以上に少女は人々を魅了しているようでチヤホヤされていた。自分が手に持たれたままだったら、人だかりでもみくちゃにされてはぐれていたかもしれない。何気ない機転に感謝するべきなのだろう。自分はときおり少女のことを少女様と畏怖したくなるのだった。