ㅤ人体実験やら商人ギルドへの加入で色々とあった。黄金騎士の修道女と深い間柄になったり、少女が理不尽な契約を結ばされたり……急展開で情報整理が追いつかない。とにかく自分は黄金騎士の一部になりつつも、もうひとつの体は少女の所有物として過ごしている。
ㅤそれと商人ギルドのマスターである金天使ヤカが約束通り手続きをしてくれた。入会金の代換えの他、貸店舗を与えてくれたわけだ。ポートカプールの商店通り、丁度お隣さんぐらいの距離感だった。店の貸し出しサービスには戦士ギルドからの護衛も含んでいるとのこと。普通の商人にはボディーガードが必須故にセット化した内容なのだろう。このノースティリスの地は弱者にとって地獄である。商人だって自衛する力がなければ奪われるのだ。なお護衛という名目での監視の意味合いも受け取れる。ほぼシェアハウスのような形で同棲だった。ルームメイトとも呼べるそれは新たな仲間の加入となる。

「呼ばれていませんけど、来ちゃいました」

ㅤ案の定、黄金騎士の修道女だ。護衛扱いなのに鎧姿でないのはシスター服が気に入っているらしい。何よりオパートス信仰の権能で物理攻撃は無効化するのだ。ならば魔法抵抗でも上がりそうな服のほうが有利に違いない。

「呼んでないけど来ちゃったね。ご主人様の彼女?」

ㅤ少女は不機嫌そうに黄金騎士へ猫パンチをしている。これが女の勘か。秘密の間柄は伝えてもいないはずで、まして一体化したなどわかるはずもない。実験結果はうまくいったかわからないと濁していたのだ。

「彼は私の勇者様です。なのでパーティーメンバーに過ぎませんよ」

ㅤ黄金騎士は嘘をつくのが下手らしい。彼女かどうか聞かれているのに地雷を踏み抜く気だろうか。好感度が初対面なのに高かったら浮気を疑われてしまう。手の中にいる自分、少女の髪の毛が首に絡みついてきた。キュッと締め上げられる。

「ねぇ、ご主人様。わたしに何か隠し事してない?ㅤわたしのこと頭が悪いとか思ってるでしょー」

ㅤ図星をつかれて痛かった。下手にこじらせたくないので言い訳も難しい。無言で答えないでいようか、それとも納得してもらえるだけの内容を話せるだろうか。考えている沈黙から少しずつ首へ食い込んでくる髪の毛。苦しい……死ぬ。必死にもがこうとするも遅かったようだ。怒っている少女に微細な手加減などできようはずもない。生殺与奪は文字通り少女の手に握られていた。

ㅤスパッ!

ㅤ首を切断される。少女の金色の髪の毛が主人の血で染まる。紙をハサミで切るようなものではなく、刃こぼれした剣で押し切る感じだ。紙状の薄っぺらい体をクシャッと糸で巻き付けて潰した後、さらに切断されるまで力を込めたのだろう。首の骨を折られたような苦しみと切り刻まれた痛みが同時に襲ってくる。嫉妬して勢いに飲まれただけでこれだ。切り別れた首と体、どちらも崩れ落ちペラペラと情けなく舞うだけだった。
ㅤ首は勢い余って落ちたようだ。黄金騎士がつまみ上げて拾ってくれた。彼女が手の中で見えないようにしながら修道服のどこかに隠したようだ。黒い布地の海に視界が占領され何をされたかわからない。大きすぎるものが至近距離にあると動作を把握できないらしい。
ㅤご主人様の命は軽い。吹き飛んだ首が何事もなく次の瞬間には生えてきた。微生物もびっくりの再生能力だ。何度でも蘇生しようが痛いものは痛いし、苦しいものは苦しい。遅れて少女が自分に何をしたのか理解が追いつく。水分を放出できる体だったなら漏らしていた。死ぬ度にジョロジョロを生成するぐらいの自信はある。こんなことで少女にあっけなく殺されるだなんてと震える。

「弱者をあまりいじめてはダメですよ。せめて相手の合意がなくては一方的な蹂躙になってしまいます」

ㅤ黄金騎士の考えも妙ではあるが、合意があればそういう趣向だと受け入れているのか。殺される側が合意するわけないだろうという逆説的な解釈なのだろう。

「ふーんだ。ご主人様は名実ともにわたしの物になったんだから!ㅤね、ご主人様は女の子の髪の毛に少し絞られただけで死んじゃうんだよ。弱くて情けなくて可愛くて大好き、だからいっぱい優しく殺してあげるね」

ㅤ少女も少女で黒天使の後、さらに彼女を作ったのだと勘違いをしていて片意地になっている。彼女を作ったのではなく作らされたという実態を知らない。ご主人様は見えない陰謀と運命に囚われているのだ。きっと神の下僕の数だけこのようなやり取りが続くのだろう。
ㅤせめて殺すのならば意図的ではなく、事故を装ってうっかり無自覚に殺してくれと懇願する。意図的な暴力というのは想像以上に堪える。考えても見て欲しい、自分よりも遥かに大きな巨人から悪意や敵意を向けられて心が壊れずにいられるか。お互いの間柄に亀裂が入りかねないし、言い訳すらできなくなるだろう。

「勇者様はそのような趣味なのですね。遊びや戯れならばきっと寛大な心で許してくれることでしょう」

ㅤ黄金騎士もあまり頭がよろしくないようだ。きっと筋力とか力に全振りなのだ。何がどうして遊びや戯れを許すとなるのだ……そりゃ、悪意や敵意などよりかはマシだ。自分が巨人の玩具として触れ合うのは決定事項なのか。ただ、どこか彼女の口元が歪んでいて許せざる悪を堪えているかのようだった。

「うん、ご主人様で遊ぶの大好きー。だって……それ以外に触れて感じることができないから」

ㅤ少女の顔が曇っていた。また自分は少女を泣かせるのだろうか。それならば遊びでも戯れでもいい、少女には笑っていてほしかった。
ㅤ親睦の印として怪獣ごっこをしようと提案した。自分は貸店舗の床の上で必死に少女と黄金騎士から逃げ回る役だ。黄金騎士が正義の巨大化したヒーローで、少女が悪役の怪獣だ。
ㅤ自分を挟んで少女と黄金騎士が対峙する。少女はレベル15だから15倍の体格差。黄金騎士はレベル20だから20倍の体格差。ふたりで対比する場合、元の身長も考慮するべきか。少女は160cm後半ぐらいはありそうで、黄金騎士は180cmはあるのだろうか。正確な値としては不明だがおおよその推測だ。怪獣や巨大ヒーローとしてどのくらいになるだろう。自分が一般市民なら少女は24m級で黄金騎士は36m級。長身なはずの少女ですら、さらにスタイルの良い黄金騎士の胸元ぐらいしかない。シスターの胸に抱かれるような形にもなりそうで僅かばかり羨ましくもある。巨大なシスターに感じる神聖さ、理性を破壊するおっぱい怪獣か……足元で届きもしないくせに不埒なことを考えてしまった。
ㅤ少女の下半身のドロワーズとニーソックスとブーツしかろくに見えない。黄金騎士の下半身のローブから顕になる黒ストッキングとパンプスぐらいしかろくに見えない。挨拶できるのは女の子の靴先のみ、乗り物ぐらいはある足を覆う分厚い鎧だ。迂闊に乗車しようものなら絶叫させられること間違いなしだ。

ㅤドシン!ㅤドシン!ㅤドシン!

ㅤ靴先が天にも反り立つおみ足を原動力として動き始めた。乱暴な運転だ、巨人から見た矮小な一般人を轢き殺すことに躊躇いはない。

「ご主人様、いっぱい死んじゃっても恨まないでねー」

「勇者様、かよわい女性のすることなのですからお許しくださいね」

ㅤドシン!

ㅤほんの一瞬だけふたりが自分を意識して見下ろしてくれた。それ以降はもはや気にもとめないつもりらしい。少女と黄金騎士のじゃれあいだろうか。それとも手合わせだろうか。胸に引っかかりを抱える少女は黄金騎士に激しくぶつかり合うようだった。
ㅤ自分の隣に少女のブーツが勢いよく踏み降ろされる。あっけなく吹き飛ぶ、転がって視点が強制的に上を向く。どうやら少女が踏み込みながら黄金騎士に爪を向けたようだ。黄金騎士は避けるでもなく手を払うだけで受け流す。一歩も動かないつもりなのか、余裕の構えだった。

「ご主人様はわたしの物なのに、後からきた子とばっか仲良くなっててイヤ!」

ㅤドシン!ㅤドシン!ㅤドシン!

ㅤサイドステップも交えて左右から揺さぶるように少女は攻撃するようだ。床にいる自分は左へ右へと何度も吹き飛ばされる。吹き飛んだ先の近くにブーツが落下してくるのだ。直撃まではしていないものの、風に舞う枯葉の気分だった。激しく動く靴底の洗礼は主人の精神を壊していく。靴底はトラウマなのだ。小人を気にもとめず落ちてくる天井がグシャリと肉を潰す感覚をどうして忘れられよう。

「それは暴力ばかり振るっていて正しく向き合えていないからではありませんか?」

ㅤ黄金騎士はなおも不動にして受け止める。フェイントを加えたはずの少女の一撃、簡単に掴まれてしまったようだ。そのまま勢いを利用して引き込み投げ倒す。少女の上半身がうつ伏せで降ってくる。腰が抜けていて逃げることもできなかった。

ㅤズドン!ㅤズズズズ……

ㅤ近くに落ちたのは少女の顔。女の子の顔だけでも自分より大きい。勢いが激しかったせいでどんどん迫ってくる。巨人の目と小人の目が合う、潰される瞬間をスローモーションで感じとった。少女の大きくて可愛らしい猫目じみた瞳、そこには主人の情けない顔が頭が写っていた。可愛い子は目に入れても痛くないと誰かが言ったような……少女にとって可愛いご主人様、大きな目と小さな目が接触する。
ㅤ自分はどう見えるのだろう。それが走馬灯のように過ぎる。最初は自分が優位だった、いつの間にか対等なつもりになって……そこから玩具や物となった。純粋さを歪めた自分が悪いのか、それともこれが少女の本性なのか。言う事を聞かせている間は健気に見えるだけ。力という格差は何もかもをぶち壊す暴力にしかならないのか……正しく振る舞えないから同じように反逆されてしまったのか。怖いはずなのに利用している。自分は少女に勢いよく触れられればミンチになる。そうだ、それが断罪だ。もっと恐れて敬え、少女様との対面だ。

ㅤパチン!

ㅤ一瞬だけ少女の瞳が恐怖に染まったような気がした。反射で目を閉じたのだろう。しかし遅かった、目の中に頭を入れられた後の瞬き。嘘だろと思った……まぶたの動きだけで首がメキメキと悲鳴をあげている。

「ご主人様、痛い……痛いよぉ」

ㅤパチン!ㅤパチン!ㅤパチン!

ㅤ何度も少女は目をパチパチする。ご主人様が急所に突っ込んだせいで痛いのだ。自分が初めて少女に傷を負わせれた瞬間だ。背徳的な喜びが込み上げてくる。ああ、こんな矮小な自分でも少女にダメージを与えられるんだ。
ㅤだがそれも長くは続かない。目を両手で押さえてゴシゴシし始めた。頭だけ突っ込んでいたところから、全身を目の中に入れられる。少女の瞳にご主人様の全身が焼き付くかのようだった。押さえつけられる圧力から逃れることができない。女の子の涙でふやけて溶け始めそうだ。つくづく少女には弱いなと思った。

「勇者様と同じ目に合って怖いですか、痛いですか?」

ㅤ黄金騎士の信念、それは正義なのだろうか。暴力と変わらないじゃないか。きっと間違っている。いや、だがしかしだ。少女にとってはどう映るのだろう。暴力には暴力を目には目を……少女と主人では同じ目になれるだろうか。少なくとも同じような視点で、同じように見るのであればもっと信頼できるはずなのに。力による格差を埋めるためにはどこかひとつになる必要性を感じた。

「怖さも痛みも共有したいほどに愛してるのなら……もしひとつになることを望むのであれば、一体化の儀を執り行いましょう」

ㅤ黄金騎士は修道女のような振る舞いで神聖な空気を発した。ご主人様を飲み込んだ目を押さえ、苦しんでいる少女の手を取る。答えを待っているようだ。少女が主人を暴力で断罪するように、黄金騎士は少女を正義で裁こうとしている。初対面で理解できる正義などあるものか。その反論の余地すらなく、彼女にとっての勇者様の首を強引に切断したのが気に触っていたに違いない。自分にはそうとしか思えないのだが……

「ご主人様はいつもこんなに怖くて痛かったのかな……ごめんね、気付いてあげられなくて。もっとご主人様のことをわかってあげたいからひとつになりたい」

ㅤ少女はいつもご主人様が小人で弱いということを暴力でわからせていた。だが、行いとしての歪みや異常性……誰かがわからせる必要性があった。好きだと言いながら殺すのは精神異常者だ。この世界が主人と少女だけで成り立っているわけではないということ。ペット扱いをされ世間体として理解したのが自分なら、少女はどうだろうか。パートナーという信頼関係をわかっていないから、黒天使に束縛と命令と称される。関係を健全にするために、一方通行の欺瞞や思い込みから抜け出すために、本当の仲間になるために、黄金騎士は一芝居を打ってくれたのだ。これで納得がいった。

ㅤ一体化の儀、双方の合意と同化部位。

ㅤ図らずも少女の目に写り込む自分。例えるなら写真、用紙部分が少女で感光されて焼き付いたのが主人。誤魔化しではない真の意思で少女と対話する。体が溶けていたが故に乗り移りかけていたともいえよう。もしくは憑依していたから本音で向き合えたのかもしれない。

ㅤ主人として受け止めきれなくてごめん。

ㅤ黒天使に誘拐されていた際、少女はご主人様を必死に探していた。それを見て見ぬふりをして見捨てた罪を詫びる。少女のことを恐怖対象としてしか見なくなった。本心を蔑ろにし身勝手な望みのみ受け入れていた罪を詫びる。慕ってくれていることを否定し過剰に自らを卑下した。心を壊し拠り所を奪った罪を詫びる。

『んーわかってないなぁ。乙女心がぜんっぜんわかってない。わたしはご主人様のことわかってたもんね』

ㅤ少女の心の声だ。自分のことは全部お見通しだったのだろうか。嘘かハッタリか出任せではないかと疑ってしまう。わかってないからわかりたくて、ひとつになるのではないのか。

『糸で繋がっていたから見捨てたんだなって裏切ったんだなって察せるよ。殺される時に喜んでいた表情だって実は見えてたんだよ。いつもビクビクしててさ浮ついてる声だって聞こえてたもん。わかってたよ、わかってたはずなんだ……でもね、見えてる世界が違った。それがイヤだった。わたしはワガママかな?』

ㅤ少女はいつも上から世界を見下ろしている。でもご主人様はいつも下から見上げている。体格差以前に感覚や意識のズレが起こって当然だ。力ならきっと魔法を極めるなり、手段や方法を選ばなければどうにかならないことはないだろう。原因は格差からくる暴力だと思っていた……だが本当は視点として見え方の違いからきていた。自分が暴力だと思ってた理不尽が少女の愛かもしれない。逆も有り得るだろうということ。おかしいことにすれ違っていたのだ相思相愛のくせに。

『ご主人様が死にたいと思った時だけ、優しく見て見ぬふりをして殺してあげてたよ。本当はずっと惨めな気持ちでいたんでしょ。わたしにめちゃくちゃにされたいって……わたしだって苦しいのにずるいよ。ご主人様にめちゃくちゃにされたいなって、お仕置してって頼んでも痛くも痒くもないんだもん』

ㅤ罪を感じているのは自分だけではなかった。罰を望むも誰も叶えてくれない。主人が弱すぎて触れるだけで壊れてしまうせいだ。一緒に同じ痛みを味わってこそ共有してこそ仲間だろうか。一方は肉体的な、もう一方は精神的な……似ているようで違う痛みばかりだった。
ㅤ恐怖しなければ力の源を失ってしまうという問題もある。お互いに傷つけないことが解決とはいかないらしい。せめて避けられない痛みがあるのなら、それすら共有したいという誓約なのだ。
ㅤ一体化の儀にはメリットだけでなくデメリットもあったのを理解していなかった。同化するということは繋がりによって意識すら共有する。強ければ強いほど恩恵も増すと同時に誓約として取り決めた内容がえげつなくなる。こんな蹂躙されるだけの小人なんかと痛みを共有するだなんて地獄にも等しい。それでも決意は固いようだ。ここまで愛する子に想わせたのだ、自分も主人として逃げれない。

ㅤ同化部位は目、主人は魔眼として装備になる。誓約は痛みの共有。

「呪いを祝いに、呪縛をここに祝福を」

ㅤ黄金騎士の言葉が主人の能力と結びつく。儀式だからこそ術者や立会人が必要になるのだろうか。神聖なる印を切るシスターに野暮なことを聞くものでもないか。
ㅤ自分の体はどうなるのだろう、ふと疑問に思った。意図的に動かせる体がなければ不便だ。女の子に引っ付くだけの受動的な体というのは主人の不在を意味しよう。だが、さほど心配するほどではなかったようだ。泣いている少女の涙から自分の体が生成されているのが見えた。
ㅤ少女の目を借りた見下ろす視点、同時に蘇生し床から見上げる主人の視点。脳の処理能力として同時に意識を向けるのは難しいようだ。基本的に生成された自分の体へ意識を向けるようにしよう。女の子の体を勝手に借りるのは悪いだろう。意識のチャンネルと名付けた分体化の能力がここで生きてくるわけだ。

「ぐすっ……良かったご主人様。わたしの中に消えちゃったかとおもった。ご主人様からするとわたしってこんなに大きかったんだね。それも今わかったよ、ごめんね」

ㅤ立っていた少女がゆっくりと座り込む。お互いにきっと慣れない感覚なのだろう。少女が自分を見下ろす視点が意識として流れ込んできてしまう。こんなに小さかったのかと我ながら驚いた。薄っぺらい紙が縦10cm横3cm、もし足下に落ちていて気付くだろうか。きっと服に巻き込んだりして張り付いたまま紛失することだろう。
ㅤ少女が今までご主人様を見失わないでいてくれたことに心から感謝した。同時に少女からの気持ちが伝わってくる。怖くても離れないでずっと一緒にいてくれてありがとう。一心同体にようやくなれた気がする。
ㅤ黄金騎士は少女と主人をふたりだけにしたかったのだろう。気を使ってくれたのか退席したようだ。

「ねぇ、わたしはわたしに今までの罰を与えたいの」

ㅤ少女はご主人様を何度か殺していいかと確認した。お互いの心を壊さないためにも合意は必要不可欠だ。テストをするつもりでご主人様を優しくつまみ上げる。一挙一動に自身のしたことなのかと動揺の色が隠せないようだ。視界の共有で主人が少女側から見る内容にはさほど変わりはない。見下ろしているいるだけなのだ。たぶん、少女が主人側から見た光景はすごく揺れ動いていたのだろう。

「ごめんね、すっごくグラグラする。もっと今度から優しくしてあげるよー」

ㅤ優しく手加減したつもりでも、なかなかに小人視点の体験は強烈だったようだ。ならばと少し意地悪をしたくなった。立ち上がってみて、主人の隣に足をゆっくり踏みおろしてみるといい……トラウマの共有だ。
ㅤ指示通りに少女は立ち上がった、ビクッと身震いしている。自身の巨大さを理解してしまったのだろう。固まって動けなくなった少女の足下、ちょうど体の真下まで近づいてみた。罰を与えてほしいのだろう、ならば今度はこちらから攻める番だ。少女自身の巨大さが本人にとっての恐怖になると誰が思ったか。好きな人からこんな風に見えてたとわかれば動揺もしよう。
ㅤ足を上げて踏み降ろしてみてと頼んだ。少女はどんな反応をするのだろう。今度はこちらから戯れで遊んでいたのかもしれない。おぼつかない様子でフラフラしながらブーツがゆっくり上がっていくのだが……

「あ……腰が抜けちゃってダメ。逃げてご主人様!」

ㅤグシャリ!

ㅤ少女は派手に尻もちをついた。ご主人様が潰れる光景を相手の視点を通してよりリアルに感じたことだろう。大きすぎるお尻が小人をミンチにするのは一瞬だった。
ㅤ断末魔のような悲痛な叫び、ご主人様のではない。少女のもののようだ。ドロワーズでミンチにされた後、お尻が浮き上がったかと思えば往復する。何度も執拗にすり潰してくる。何事かと視点を借りれば……目を押さえて転がって悶えていた。血を吹き出している。

「ご主人様、痛い……これがご主人様の痛み。痛み、痛い、血、ミンチ、ミンチ、ミンチが……あっあっあー!」

ㅤほんの意地悪のつもりだった。それが大惨事になった。蘇生と尻潰しを何度も往復単位で繰り返している。体が破壊されるせいで声を届けれない。意識に直接語りかける。

ㅤ視界の共有を切断するんだ。

ㅤ届かない、痛みと恐怖でそれどころではない。お尻がエッチなプレス機になってふたりを苦しめる。潰している少女へは誓約によるダメージが、潰されている主人には軽率さへの天罰が加えられる。

「痛い……気持ちいい、苦しいのに何で感じちゃうの?ㅤご主人様と一緒になってく。ご主人様がわたしのお尻になっちゃう……ダメ、逃げて。逃げてくれないとわたし、悪い子になっちゃうよ!」

ㅤ少女はまだ見ぬ快楽に溺れていた。今までに感じたことのない痛み、ご主人様がようやく与えてくれたお仕置。主人がすり潰されることで一緒に痛くて苦しくて、ご褒美にもなる。ご主人様視点で見る自身のお尻に陶酔しているかのようだった。ビクンビクンとする気持ちよさが自分にも伝わってくる。ああ、小人を蹂躙してミンチにする楽しさ。それが女性特有の柔らかく大きな部位だという背徳感。まるで一体化を祝って性的な行為を楽しんでいるかのような錯覚に陥る。
ㅤ往復尻プレスが止まった。正気に戻ったのだろうか、どこか物足りなさすら感じる。しゃがみこんで見下ろしてくる。恍惚とした表情で目から血を流している。少し休憩をしているのだろうか。頭の光輪による高い再生力から傷はすぐに塞がる。

「ねぇ、やっぱり逃げなかったんだね。ちっちゃなご主人様はおっきなわたしにいじめられるのが好きってことで合意でいいよね?」

ㅤ今度ばかりは自分が悪かった。少女は気持ちいいことが好きなのだ。巨人の女の子の身を疼かせてしまった。まだ勝てそうにないなと、わからされてしまう。少女は小人の矮小さすら理解したうえでなお感じてしまったのだ。ご主人様も蹂躙される自分を少女ごしに見て感じている。変わった愛情の形だろう。相手の巨大さや矮小さ、自らにないものを通してなおさら愛おしく思うのだから。小人であるご主人様は少女が巨大であればあるほど、その目を通して小さく見える自分がそそらせるのだ。巨人である少女は主人が小さければ小さいほど、その目を通して巨大に見えるエッチな体を疼かせるのだ。

「ちっちゃなご主人様、悪い子であるわたしに罰を与えてお仕置してー。わたしの洞窟に入れてあげるから全力で攻略してよー」

ㅤ少女はご主人様を大事そうにつまみ上げ、ドロワーズの紐部分をもう片方の手で開き……食中植物の体内器官に落とすかのように食べた。
ㅤ暗くて何も見えない。魔法で明かりをつける自由すら与えられない。柔らかい肌と亀裂部分だけは全身で感じるものの、ドロワーズ越しに押し付けられるのだ。手で上からオナニーでもしているのだろうか。喘ぎ声が聞こえる。蜜のような愛液でびしょ濡れになった後、押し付けが弱まる。指示をされたようだ、暗くて見えないから明かりをつけて。
ㅤ恍惚とした魅了する声に逆らえなかった。愛液の蜜の甘さでどうにかしていたのかもしれない。神秘的な光が少女の秘密の部分を露わにする。エッチな丘が目の前にあった。何も生えていない平原のような丘、まっさらで綺麗だった。盛り上がった部分でのしかかられたら生き埋めにされそうだ。安全な場所に避難しなきゃ、自らの小ささを思い出し潜り込める場所を探す。丘の下にはエッチな鐘が突出していた。優しくキスをする。それとも少女からすると激しく鳴らしてほしかったのだろうか。キスをしていると後ろからコリコリと揉みほぐすように押された。強引にふたりを祝うかのように喘ぎ声の音が鳴り響く。

「ん……ちっちゃなご主人様、チビで弱くて簡単にミンチになる雑魚ご主人様。小さいよ、可愛いよ、もっと小さくしたいよ。わたしってば大きいでしょ、ねぇ大きいよね。怖い、怖いでしょ。でも食べちゃうから、食べられたいんでしょ……知ってるもん。経験値になっちゃえ!」

ㅤ鐘の下にはエッチな門があった。ヒクヒクと生け贄を求めている。門の高さですらもはや自分の背と変わらない。少女の洞窟ダンジョンはきっと難しいだろう。深さは自分と同じぐらいでも、薄くて細い体だ。あぁ、どんなふうに苦しめられるか想像できるだろうか。小人だと酸の海で溺れて死ぬか、生き埋めと地形の再生成を何度も繰り返して粉砕されるか。潜り込めば戻ってこれるかわからないのに……美しくて魅力的なのだ。自分は食べられたい。少女が自分を食べる光景すら意識する。咀嚼し砕き潰し液体になるまで吸い上げても足りず、無限に蘇生し続けるご馳走だ。飛び込めば今までの生活に戻れないかもしれない。あとひと押しの覚悟が足りないか。

『おいで、ご主人様。本当の一体化の儀をしちゃおう』

ㅤ本当の一体化の儀とは何だろう。どこか神々しい声は別人なのだろうか。

『わたしに宿るもうひとつのわたし。眠りし神々の忘れ形見、覚醒はまだ遠いけど、それまではずっと……』

ㅤ少女らしき何かの声、最後の部分は聞き取れなかった。大事な誰かが中で待っている気がした。意を決して頭から飛び込んだ。羽のようなヒラヒラが優しく撫でるように自分を受け入れてくれる。最深部まで到達するかと思ったのだが、何か壁のような膜に阻まれた。

『ワタシヲ倒シテ、ワタシヲ攻撃シテ、ワタシヲ激シクシテ、ワタシヲ通ッテ、ワタシヲ破壊シテ、ワタシヲ思イ出シテ……』

ㅤ世界が表情を変えた。魔法の明かりが赤黒くチカチカし始める。羽のようなヒラヒラが肉片となって侵食してくる。腐った少女の死体が生えてきていた。ご主人様ご主人様と呻いてきている。呪いの言葉が自分に突き刺さる。

ㅤ何で失敗したの……
ㅤ何で選べなかったの……
ㅤ何で壊したの……
ㅤ何で逃げてきたの……
ㅤ何で生きてるの……
ㅤ何で忘れたの……

ㅤ他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と、他の女と……

ㅤ自分は犯され発狂した。絶叫が少女の肉片にもみ消される。肉壁が何度も押しては寄せて叩き潰してくる。少女膜から混沌とした何かが溢れ出ようとしている。辛うじて寸前で留まっている段階、破壊して突き破れば決壊する。

『失敗シタカラ転生シテ、選ベナカッタカラ見捨テテ、別ノ世界ヲ壊シテ、逃ガスト思ウナヨ、生キテイルコトヲ後悔サセテヤル、忘レハシナイ、混沌忘却呪縛狂気……』

ㅤお前は負の神々から、その下僕からは逃れることはできない。そう宣告されたのだろう。意識というものは日の目に当たる表層しかわからないものだ。本当の一体化は見てはならない裏まで見えるのだろうか。だとしたら、自分は少女は何者なのだ。
ㅤ世界はいくつもあるかのようで、どこかに転生として生まれ変わり、何度も失敗を繰り返し、大事な何かを見捨てた続け、結局はどこかの世界は破壊される。世界すら超えて誰かが追いかけてきた。束縛すら超えた執着……心から抗いがたい恐怖に支配された。
ㅤ出してくれと何度叫び続けたか。永遠にも感じる少女の牢獄から解放されたのは、絶頂により押し流された後だった。

ㅤおめでとう、少女はレベル20になった。

「えへへ、ご主人様。別れる日が来るまではずっと一緒だからね!」

ㅤ人は忘れられるから何気なく生きていられるのかもしれない。少女の闇は機が熟すまで触れないことにしよう。エッチな気分でいたのに不意打ちで精神崩壊させられた。まるで妹の正体が冒涜的な何かだったかのようだ。例えとしては変だが概念生命体とやらはそんなものだろう。
ㅤ気持ちいいことをしてスッキリした少女はご主人様を手の中に収める。自分の運命はやはりこの子に握られているらしかった。しかしながら縮尺が前よりもおかしい気がする。少女がレベルアップしたのだろうか、それにしても手の中の広さが10倍は広くなったような……指でツンツンされて気付く、自分はほぼ指幅の背丈しかない。

ㅤレベル1からレベル0.1になったのだ!

「ちっちゃなご主人様はおっきなわたしが守ってあげるからね。えへへ、わたしの指ってこう見えちゃうんだ。すっごーい!」

ㅤ急速に倍加する世界、ご主人様をもっと小さくしたいと望んだであろう少女。いったい何が起きたというのか……少女の視点ではもはや豆粒より小さいのではとあまりに細く華奢な自分が見えてしまった。これからどうやって生活していこう。恐怖から意識はここで途絶えている。