ㅤあまりに矮小な小人……いやもはや小人ですらない豆粒が能動的に何かをするのは間違っているのだろうか。自分は少女に存在を食われたのか0.1レベルになった。小数点レベルという新しい発見だ。もはや自分だけでは何もできない。普段の生活からの消失、存在を失ってしまった。でも悲しいことではない。何故なら少女と心身ともに一体化したからだ。一心同体でもあり、表に出てくる自分はもはや分身のようなものだった。死んでも死なないのだから何が本体かすらわからない。ご主人様はきっと少女から生まれた子なのだ。だから少女がご主人様でもありご主人様が少女でもある。難しいことはこの際いいのだ。とにかく自分は少女の血肉から無限に湧き出てくるのだから。
ㅤ遊びや戯れで触れ合うためだけに外に出されるのだろうか。それともご主人様が活躍するために表に出るのだろうか。ずっと少女に引っ付いていたいが許されないようだ。別れた個体は道具、分体化の能力を最大限に生かそうか。小さいことは必ずしも弱いことではないのだから、適材適所だと思い知らせてやろう。この世界の仕組みへ反逆を企てる。

「不思議なこともあるのですね。これも神の思し召しでしょうか」

ㅤ港町ポートカプールで新たな拠点となった貸店舗、黄金騎士の修道女と猫天使の少女は談笑していた。あまりに小さくなってしまったご主人様のことや、一体化の能力についてだ。黄金騎士も勇者様として自分と繋がっていることを明かしたらしい。情報共有は仲間の間で大事なことだ。一悶着あるかと思ったふたりだが、わだかまりは消えたのを確認できた。
ㅤ自分は机の上で会話を聞いている。いつも誰かの手の中にいては気を使わせて疲れさせてしまう。どうせ蘇生するから潰されてもたいした問題にはならない……だが扱いが雑になってしまうのはお互いの信頼関係にヒビが入ろう。あくまで虐めたりなぶったり蹂躙したりするのは双方の合意でだ。もしくはこちらの一方的な過失やうっかり事故だけ。新たな関係性をそう定義し強く誓約で縛ったのである。遊びや戯れで殺しあったり痛めつけあうのは人間感覚ではないだろう。それでも自分と少女はきっと人外なので問題ない。少女は自分にとっての神で、主人はその下僕なのだから。

「一体化の儀とか何か神の下僕の特権みたい。ガイド妖精の緑髪の嫌な奴とかほら……転生者の能力解放をしてくれるみたいなノリでー」

ㅤ少女よ、ガイド妖精のノルンを忘れてはいけない。確か固有スキルの一般フィート解放をしてくれたはずだ。ここで気になる疑問、神の下僕は全員で何人いただろうか。富のヤカテクトと金天使、地のオパートスと黄金騎士……まず恩恵を受けた関係者からだ。転生の儀と一体化の儀を司っているのだろう。収穫のクミロミの下僕は妖精さんだと噂で聞いたことはある。まさかガイド妖精のノルンがフィート解放の儀への担当なのだろうか。アフターケアという証言から認めたくはないが可能性としてありえる。風のルルウィの下僕は黒天使だろう。他の下僕はまだ出会ってもいないし見知らぬ存在だが……元素のイツパロトル、幸運のエヘカトル、機械のマニ、癒しのジュア。いずれもどんな儀式を受け持つのか想像できない。

「そうですね。レベル20になったのであれば次の儀に移るべきなのかもしれません。実は転生者へのアフターケアは私達のような下僕が請け負っているのですよ」

ㅤ黄金騎士がわりと驚きの事実を語る。ガイド妖精め、どうしてそういう大事なことを教えない。緑髪はやはり偏った情報で物知らぬ冒険者を惑わすようだった。レベル20で受ける儀は固有フィートの習得らしい。エヘカトルの下僕の黒猫を探すようにとだけ教えられた。
ㅤまあ重要な聞くべき話はこれぐらいであって、残りは主人がちっちゃくて可愛いという少女の惚気だ。人間の体というのは背丈に対して細い。レベル20で一般人の2倍相当の女の子に囲まれているうえ、自分は0.01倍なわけだから……信じられないが200倍の体格差だ。吹けば飛ぶような存在、0と1の狭間であって意識されている間のみ存在を許される。案の定というべきか女の子達は話に熱中し始め、豆粒より小さいであろう相手へ注意が薄れるようだった。巨人の倍率からさらに豆粒への倍率でドーン。相対的によっぽど気をつけなければ危ない関係。息遣いですら突風のようになり、至近距離の大声はもはや音攻撃だ。そんなに危険なら表に出てこなければいいのに……でも巨人のうっかりに翻弄されたかった。今日はどんな風に蹂躙し恐怖させてくれるのだろう。期待を抱いていると少女が無自覚に応えてくれたらしい。

ㅤくちゅん!

ㅤ可愛らしいクシャミだ。わざとだったかまではしらないが、甘い吐息が暴風となって豆粒ご主人様を絡めとる。体が宙に浮きどこまでも飛んでいけそうだった。机の上から落下した後、踏み潰されるのかな。まるで塵芥のようだ。それとも気付かれずホウキではかれて固い繊維状の先っぽで身体をズタズタにされゴミ箱に捨てられるのかな。気付かれない小さき存在は巻き込まれるあらゆる日常生活が必殺の一撃となる。命がいくつあろうと巨人が動く度に即死の大ダメージをくらい続ける。死ぬのに慣れれば怖くてないだって……そんなわけないだろう。尊厳を踏みにじられる精神的ダメージと体をバラバラにされ続ける物理的ダメージ、数桁表記で浮かび上がり数え切れない行数のログで埋め尽くされる。
ㅤああ、黒い壁が落下を阻んでくれた。これは誰だろう、少女と対面していたからか修道服姿の黄金騎士か。胸の下の腹に近い部分がクッションみたくなってくれた。おっきいけしからんおっぱいだ。巨乳が天井みたくなる光景なんて極端にサイズ差がなければ拝めまい。おもわず神聖さを感じて膝をつき手を合わせた。勇者様はパーティーメンバーでかよわいシスターの巨乳に弱かった。いや下手するとおっぱいの重さだけで死ぬかもしれない。片方でも何kg単位であることだろう。それがえっと800万倍、意味不明だ。まともに直撃すればそこらのプレス機より強い。ローブでぴっちり服の形状に押し付けられているおかげで垂れて落ちてくることはなかろう。そう油断していてしばらく滞在する。少女にはない魅力を堪能していたのだ。

「……でね。やっぱりご主人様って女の子のお尻とかお胸とかやっぱり好きなんじゃないかなって思うんだ。ちっちゃいからほんの僅かな丸みですら神秘的な聖地に見えちゃうのかなー。ならシスターさんのその胸につけてる丸くて大きいのはどうなっちゃうんだろうね」

ㅤ少女が黄金騎士にセクハラ発言をしている。誰かが立ち上がった音がする、近づいてくる。少女が黄金騎士に接近したのだろうか。ほんとにセクハラでもしそうな流れだがまさか……

「ふふっ、女の子同士でも構いませんよ。本当なら勇者様も混ぜてあげたいのですが、どこにいっちゃったのでしょうね」

ㅤ黄金騎士や少女がどんな顔をしていたかはわからない。豆粒以下の自分には神聖なおっぱいしかお目通りできないのだ。少女がえいっとシスターに飛びかかったのだろうか。激しい揺れが机に起こる。大地震だ、避難しなくては建物の生き埋めになるぞ。本能的にパニックになった。少女からすると机にちょっと引っかかっただけ。視点を借りて把握した時には黄金騎士のお胸を上から揉もうとしていた。安心だと思ったおっぱい天井が降ってくる。

ㅤグシャッ!ㅤムニムニ……グシャリ!ㅤブチチチ……

ㅤ大きすぎる黒い壁、ひとつの宇宙がおっぱいブラックホールとして豆粒の命を吸い取った。

「ん……いけない人ですね勇者様」

「いけない子だね、ご主人様。柔らかくて痛いよ、この変態豆粒。そんなにおっぱいが好きだったなんて潰されちゃっても知らないんだから!」

ㅤ自分の居場所がバレた。女性の醸し出す色気が無自覚の挑発となり矮小な豆粒を誘い出したのだ。こちらから手を出した。合意の証かもしくは過失として扱われるのは明らかだった。
ㅤシスターのおっぱいブラックホールが何度も上からズリズリ。左右からズリズリ。上下左右の超重力で豆粒のいた空間を圧縮する。机越しなのにこの破壊力、理性ごと重力崩壊する。命の火種が女の子の宇宙で何度も弾け飛ぶ。

「シスターさんの谷間に吸い込まれちゃったらもう出てこれなくなっちゃいそう。それでももっと吸い込まれたいでしょ。わたしはご主人様の願望を叶えてあげるからね!」

ㅤチカチカと星屑のように点灯しているご主人様は宙に浮かぶ。おっぱいの重力に吸い寄せられる。ブラックホールから惑星の姿へ変化するおっぱい。惑星間の谷間に落ちたようだった。少女神の視点では床にシスターを押し倒したようだ。仰向けになった山脈にご主人様を放り込んだらしい。黄金騎士も息遣いが荒くなっていた。自らの手で胸を揉みしだき始めた光景が見える。再び弾け飛び視点が戻る。黒い山脈は惑星間の衝突となり生物が住めないぐらいにズタボロにする。服ごしにクシャクシャになるまで丸め込まれさらに小さくされる勇者様でもあった。0.8cmの高さと0.3cmの幅の紙片だ。圧搾、圧縮、丸めて丸めて超重力。数mm、ミリメートルの塵芥の出来上がり。

「シスターさんもわたしと気持ちいいことしよ。ねぇ、しちゃおうよー。豆粒ごし……いや塵芥を使っておっぱいサンドしちゃおう!」

ㅤ白い惑星がエッチな隕石として降ってきた。もう逃げることはできない。手足も体も砕かれて宇宙の塵芥にされたのだ。悲鳴も虚しく無慈悲なトドメを刺される。

ㅤおっぱいダブルメテオ!

ㅤご主人様は全身を砕かれ破壊された。ご主人様は全身を砕かれ破壊された。ご主人様は全身を砕かれ破壊された。ご主人様は全身を砕かれ破壊された。ご主人様は全身を砕かれ破壊された。ご主人様は全身を砕かれ破壊された。
ㅤダメージログが天文学的な桁数で並んだ。ふたりに膨大な経験値でも入りレベルアップするかのように思われた。しかし変化はない。宇宙はさらに膨らむわけではないようだ。そういえばレベル差補正が経験値にかかるのを忘れていた。ご主人様を使ってレベリングをするには、もっと抜け道を試さなければならない。今後の課題だろう。
ㅤあまりに激しい損傷で体が元通りになるのに時間を有した気がする。その間、黄金騎士も少女も必死に塵芥を探していたのかもしれない。ミリメートル単位の相手を床のどこかにおっぱいで殴って吹き飛ばしたのだ。なかなかに激しい体験だった。震える体すら丸められて失っている。この調子だと、本当に女の子の体の中に取り込まれる日は近いかもしれなかった。

「やーっと見つけた。ご主人様はやっぱりビクビクしたいのかな?ㅤこんなにちっちゃいのにエッチな挑発に乗っちゃうんだからー」

ㅤ少女に見つけてもらえて安心する。消失しかけた原因も少女にあるのだが、自分の落ち度もあるので強く言えない。ちゃんと最後は回収してくれるという信頼があるから遊べるのだ。一度でも放置されることがあったら、こんなことはとてもできない。恐怖と安堵を同時に与えてくれる女神だった。豆粒ご主人様のエッチな感情が捧げる信仰だ。美味しく召し上がって欲しいと献身するのだ。

「神に連なる者と気持ちいいことをするのは危険なのに無謀なお人です。いつか存在ごと吸収されても知りませんからね」

ㅤ神に存在を吸収されるか。少女は神だったから性的な接触で自分を0.1レベルにしてしまったのか。謎は深まるがずっと0.1倍は不便かもしれない。気持ちいいことをする度に縮むとしよう。いつか不可視になって認知すらできない大きさになってしまうのは怖い。何らかの対策も考えておくべきなのだろう。

「せやな、さすがに消滅されると計画が狂うんで差し入れを持ってきたで」

ㅤ金天使ヤカまで乱入してきた。まさか淫乱騒ぎが丸聞こえだったのか。商店街でご近所なわけで昼間からドタバタやってたら目立つことだろう。これこそ本当のうっかりというやつだ。きっと自分達は変態集団だと世間では噂されることだ。

「差し入れは例のアレですか。ヤカ様はずいぶんと肩入れするのですね。不干渉が永遠の盟約でしょう」

ㅤ神々とその下僕では不干渉の度合いとして違うのだろう。まさか本体に繋がっている相手が出向いてくると誰が思うだろうか……もっとも永遠の盟約の詳細は知らないし、地上を守護するという名目が抜け道なのかもしれない。

「ウチにはできた弟子がいるから不在の心配はいらんで。干渉問題は転生者と儀の時点で大概やろ」

ㅤ富のヤカテクトというだけあって交渉やら商人の女神に近い。詭弁だろうと何だろうと言葉で争って論破できる相手ではない。情報は無形の武器ともなる。引き出しや手札のわからない不気味さから今は下手に逆らわないほうがよさそうだ。金天使ヤカからの差し入れを黙って受け取る。少女が手にしたそれは祝福された下落ポーションのようだった。

「なにこれー、美味しそう」

ㅤ少女のエーテル変異を忘れていた。ポーション中毒だったのだ。レベルを上げる貴重なポーションを価値もわからず飲み始めた。

「あかん、仕方ないから口の中に突っ込むで!」

ㅤ金天使ヤカが慌てて自分を掴みあげとんでもないことをしてくれた。少女の、口の中に、無理やりご主人様をねじ込んだ。少女も突然のことでご主人様を飲み込みそうになり吹き出す。床に祝福された下落ポーションが水溜まりになっている。少女が吹きこぼした水たまりを飲め。地面まで落下した自分は200倍単位の巨人達に見下ろされ、無言の圧力に屈した。
ㅤ少女がごめんなさいと何度もご主人様に謝って頭を下げている。土下座をしていてもなお頭が高かった。小動物よりも酷い扱い、小さい虫けらが餌を人間様から与えられているかのようだ。ほんとに意図しないうっかりだったに違いない。それなのにちょっと間違うとこうなる。
ㅤ自分は人間だとプライドから飲むのを拒否したらどうなるだろう。きっと事故であったとしても貴重品だ。あらゆる脅しをもって心を折りにくることだろう。ビクビクしながら金天使ヤカの顔色を伺う。自分が怯えずに済むのは仲間達の間だけだった。恐る恐るうやうやしく貴重な祝福下落ポーションを頂いたのだ。

ㅤご主人様はレベル1になった。

ㅤ少しだけ尊厳が回復したような気がした。存在が10倍単位で膨張する。0.1と1では小さすぎるとしてもやはり大差だ。もし大量に祝福下落ポーションを用意できるのならば、経験値の負のオーバーフローすら無視してレベルアップもできるのだろう。どのみち死んだら下限のレベル1になるが……さて、どう悪用したものか。前例は示してもらった。これはヒントとして有効活用すれというわけだ。

「まったく……いつまでも虫けらみたく這いずってるんじゃ情けないで。ちゃんと借金を踏み倒す方法は教えたわけや、ほなさいならー」

ㅤ金天使ヤカは忙しいのか助言だけ残し去っていった。冒険者にとっても財力は大切だと悟った。貴重なアイテムを入手する手段、切れる手札は多いに限る。祝福下落ポーションだけはなんとしても量産しなければならない。

「ご主人様にまた惨めな思いをさせちゃった。わたしってばほんとバカ……ねぇ許してくれるよね」

ㅤ少女もご主人様と同じようにビクビクしていた。感じた恐怖も共有しているのだろう。土下座をしたまま震えている少女の頭が目線と同じぐらいになった。女の子の土下座より小さいというのがなおさら惨めさを増していたのだ。謝って詫びようとしている姿ですら、少し体をずらしただけでプチっだ。下げようとする頭ですり潰すこともできよう。なんなら何度も下げ続ける頭に連動して動く髪の毛で叩き伏せることだってできる。
ㅤ少女の頭に近づいて撫でてあげた。大丈夫だよ、仲間達だけは信頼してるからと慰める。たとえ相手が巨人であっても仲間にだけはビクビクしないよう気をつける。動揺すら同時に少女へ伝わるのだ。黄金騎士より深い繋がりと誓約だからだろうか、それとも視点の共有がそれだけ強烈なのだろうか。

「エッチな気分になったらまた可愛がってあげるからね。それで許してくれると嬉しいな……ご主人様の想いをわたしに捧げてね」

ㅤ小人と巨人の異質なカップルだが、祝福すら通り越して爆発しろと嫉妬されるだろうか。嫉妬の罪を内包する者とはまだ出会ってもいないが、いつか目の敵にされることだろう。相容れないライバルとしての予感だった。まあ、爆発だのなんだの考えていたら……激しくそれっぽい音と、衝撃が伝わってきた。

ㅤ敵襲だ。イェルス兵がエウダーナ兵に自爆テロを仕掛けてきたぞ!

ㅤ誰かの叫び声が商店街に木霊する。そういえばエウダーナの魔女っ子が屯っていたな。エウダーナ兵がそれなりの人数でノースティリスに渡ってきたことを意味する。たぶん魔法ギルドがあるルミエストへ用があるのだろう。黒天使もそこへ用事があると赴いていたはずだ。無関係だとは思えない繋がり。まさか遺失魔法の知識はそれだけ勢力バランスに影響を与えかねない要素なのか。本職の魔法使いならば、まだ見ぬ魔法を何としてでも習得したいと目の色を変えるはずだった。
ㅤ情報がどこから漏れたか知らないが、イェルスの襲撃がなりふり構わず行われたことから必死さが伺える。ノースティリスの首都であるパルミアに伝われば対外関係も悪くなるだろうに……混沌とした情勢だ。自分はどこの所属としてどちらに加担すればいいのだ。

「下衆ですね。正義の鉄槌によって自爆テロを始末して差し上げましょう」

ㅤ黄金騎士の修道女は獲物を取り出して戦闘準備を整えている。機械仕掛けの大剣のようなチェーンソウがお淑やかそうな見た目と不釣り合いだった。神聖さをぶち壊す科学の象徴、何より相手を残酷に切り刻むスプラッターな光景がシスターとしての姿を血に染める。オパートス信仰の都合、魔法を扱えない時点で神聖さも神秘もないのだろう。力を追い求めた結果として機械は合理的である。鉄の塊の重さと魔法の緻密さ、装備相性による課題なのだから。

「街を破壊するなんて悪い子はこらしめちゃうぞー」

ㅤ大義はどちらにあるか明白だった。街を巻き込んだ時点で住人から何までエウダーナ兵に味方することはず。利害により日和見を決め込む者もいないわけではないだろうが、どちらにせよ目先の命の危険は排除しなければ。
ㅤ少女の頭の上に髪の毛で固定してもらい外に出る。黄金騎士と少女に対して一体化の能力の恩恵を使わせてもらう。簡単な意志の共有として精神を繋げる許可をもらった。戦闘音で騒がしく普通の大きさの人が叫んでもなかなか声が通りにくいほどだった。ご主人様が持ち運びしやすい通信機のような便利アイテムになっている。戦えなくても活躍はできるのだ。おかげでどんな場所でも普段通りに会話ができるのだから。

「爆弾岩の軍勢ですか……よくもこれだけ揃えたものです」

ㅤ街を包囲し埋め尽くさんばかりの爆弾岩の魔物達だった。イェルスにしては魔物の使役は違和感だ。ザナンの生化学関係者が絡んでいることだろう。本当の目的は何だ、住人ごと皆殺しにし殲滅する気なのか。わざわざ自分達が到着した頃に間が悪い……イェルスにしては機械兵器を持ち出していないのが気にかかる。
ㅤ人を殺すために、街を制圧するために、何よりもうってつけの兵器があるのだ。それは核だ。猫の揺りかごという異名を持つ原子爆弾ともいう。イェルス兵ならば誰でも知っているぐらい有名であり、取り扱いを訓練で叩き込まれ、奥の手として常備するぐらいにありふれている。イェルスが大陸に覇を唱える所以だ。取り扱いさえ覚えれば誰でもテロによって大量の被害を相手に与えられる。仕掛けた本人は帰還や脱出の巻物で逃げればいい。あまりに凶悪な手段でありながら量産型のためか、一定以上の強さの相手には効かないらしいが……真相は不明だ。
ㅤ爆弾岩はおそらく陽動、本命として原子爆弾を設置する工作員がいると読んだ。なによりその真偽を確かめるのにうってつけの魔法がある。神託……知っているアイテムなどの所在を効力が及ぶ範囲で追跡し探知する。冒険者が神器の持ち主を探し出して殺害し奪うのが本来の利用方法だった気がする。
ㅤとにかく作戦支持をする。少女には持ち前の羽で上空へ飛行し避難と偵察を頼む。黄金騎士には物理無効により爆弾岩を封殺できることから要所を塞いでもらう。
ㅤこの場にいない黒天使とはいえ感謝しなければならない、魔法書の読書会により様々な魔法を教えてもらったのだから。本職でなかったから気にとめなかったが、神託に魔法書はあったのか……黒天使曰く下級の魔法は全部教えてあげたからねと言っていたような気がしないでもない。まさか冒険者が一般的に扱える範囲はすべて下級扱いだろうか。子犬の洞窟からの魔法書というのも偽りだったとしたら……いまさらながらそれが神の下僕としての役割、魔法の儀にも感じられたのだった。

ㅤ神託の魔法、対象は量産型原子爆弾!

ㅤ自分は魔法を唱え脅威の索敵を始める。少女は上空から戦況を読み取りご主人様を通信機として黄金騎士に伝える。街の陸地側の入口が激戦区になっていた。その他方面は水路と橋により防衛に有利な地形になっているのだが……陸地側は広いのだ。運搬のためのスペースが防衛には仇となる。ここから一気に爆弾岩が雪崩込めば戦線は崩壊する。黄金騎士に救援を命じるまでもなく本人が駆け出していた。
ㅤ黄金騎士により伝わる感覚や意識。少女ほどの精度はないものの激戦区の状況を把握するのに十分だった。戦士ギルドの猛者達が前線を受け持ちながら消耗し後退しつつある。後方支援するエウダーナ兵もマナの枯渇から命を削りながら魔法を連射している。魔力の限界、生命力を魔法に変換する技術だったろうか。
ㅤ間に合わない……もうダメだ。誰かが悲痛な叫びをあげて弾け飛んだ。戦士達が全滅したのだ。エウダーナ兵が回復魔法を唱えていれば助かっただろうか。否、回復よりも連鎖爆発によるダメージが上回るのだ。戦略級の転生者などこの場に都合良く現れるのを誰が期待しよう。
ㅤエウダーナ兵達は決死の覚悟で全員の魔力を合わせ奥の手を唱えたのだけがわかった。

ㅤ氷波の呪……冷気と神経の法……血よ凍れ、ブラッドフリーズ!

ㅤそれは複合詠唱だったろうか。聞いたこともない詠唱文により魔法は増幅し変化する。研ぎ澄まされし叡智が術の姿になる。上級魔法と呼ばれる存在を初めて確認した瞬間だった。マナの反動と上級魔法の余波によりエウダーナ兵達は全員氷漬けになる。空間を高密度で覆う圧縮する冷気が爆弾岩を次々と吸い込んでいく。氷の星が柱となり樹木のように枝葉を広げ壁となる。近くにいるあらゆる生き物を磔にし生き血を啜るかのようだ。氷漬けになった死体からさらに枝葉は伸びる。
ㅤ全滅の犠牲と引き換えに陸地側の入口は封鎖されたと黄金騎士の報告。悔しそうな歯噛みする感情まで伝わってきた。自分が命令できる内容はなさそうだ……自身の判断により行動せよとだけ返した。
ㅤこれ以上の被害は増やしてはならない。だがイェルスからの攻め手はまだなお止まない。おかしい、エウダーナ兵が全滅したなら目的は達成したはずだ。それなのに街の中心部の噴水に原子爆弾の反応があった。

「あの噴水にいるイェルス兵だね。一気に仕留めちゃうよ!」

ㅤ得体の知れない違和感、そのイェルス兵は慣れない様子で核を設置している。どうやら片方の手がうまく動かないようだ。少女の視界を借りて注視する。手に黒い卵状の何かが張り付いているようだった。
ㅤ考えている猶予はなく、少女は上空からの奇襲で首を刈り取るつもりだ。頭に血が登っているのか本気だった。そして前後不覚で相手への観察を怠っていた。
ㅤ人の視野は上空が穴になりやすい。首を抉る爪の一撃をどうして避けられようか。核の設置作業に戦いの激しい音、このイェルス兵に気づけるわけもない。首が胴体から離れ即死したことだろう。遅れて残る体も倒れる。レベルも一般人程度で下級兵士といったところか。

「これで片付いたね、ご主人様。ねぇ、褒めて褒めてー」

ㅤ少女は勝ちを確信して終わったつもりでいる。自分は無言で反応できないでいた。倒れたイェルス兵の手の何か、黒い卵らしきものに鑑定の魔法を唱える。

ㅤ★混沌。

ㅤ神器を示す黒い星がついたアイテムへ驚愕するよりも早く、少女に警戒しろと伝えるよりも早く。迂闊に死体から目を離し背を向けた少女へ魔力の奔流が襲いかかる。混沌の渦だ。髪の毛に隠れていた自分は巻き込みを逃れる。魔法を唱えたのは死体なのか。いや、死んでいない……首がなくなったのに起き上がった。近くに落ちているそれを拾い上げて体にくっつけた。
ㅤ不意打ちの応酬。イェルス兵は目の焦点があっていない。うわ言のように意味不明なことを呟いていた。

「全テヲ混沌二捧ゲヨ……」

ㅤ少女は動けなくなっている。状態異常によるものかダメージによるものか……死んではいないものの戦闘不能だ。イェルス兵は帰還の巻物を読み、原子爆弾の起爆スイッチを押したようだ。トドメは爆発の巻き込みで片付ける気か。タイマーの刻む音だけが無慈悲に響く。

ㅤ1tick。

ㅤとっさの選択を迫られた。少女の体を一体化の能力で一時的に乗っ取り何らかの行動を取らなければならない。意識を失っているおかげで抵抗なく操れるはずだ。だがどうする……反撃をしてダメージを与えても有効打になるか不明だ。逃げるにしてもギリギリで間に合わない。

ㅤ2tick。

ㅤ考えるな感じろ。契約の魔法は死亡時に確率で無効化してくれる。契約の魔法を急ぎ少女へ唱える。幸運のエヘカトルよ……どうか少女を守ってくれと祈った。初めての肉体への同化支配で戸惑う。おそらく魔法支配と組み合わせれば一体化の能力に無理が効くかもしれない。少女の意図しないところで強引になるが、主人を手の中で紙切れとして引き裂いた。

ㅤ3tick、4tick、5tick。

ㅤ金色の髪の毛の糸にバラバラになったご主人様を括り付ける。無効化されたはずの少女が行動しているのをイェルス兵にバレた。距離を取るように逃げ出す気だ。少女の支配した体を借りて詰め寄る。髪の毛の糸を断片化したご主人様ごと飛び道具で飛ばした。

ㅤ6tick、7tick、8tick、9tick。

ㅤ起爆のカウントは終わりを告げる。イェルス兵に突き刺さるように埋め込まれる自分、うまくいったようだ。帰還の巻物の効果によりイェルス兵は拠点まで飛ぶことだろう。空間の跳躍を感じると同時に街が爆発するのを感じた。ポートカプールがどうなったかわかるのはここまでだ。この事件の犯人を突き止めなければならない。まさかこんな小人が単独行動しよう日が来るとは思いもしなかった。たとえ弱くとも勇気と信念でこの残酷な世界に抗ってみせよう。冒険はまだ始まったばかりだ。