ㅤ落ち着いた、実に落ち着いた。そういうわけでやはり少女がいなければ物語は始まらない。ご主人様はダルフィにて少女と無事合流できたという話だ。聞くべきことはたくさんある。港町ポートカプールがあれからどうなったか。黄金騎士の修道女の姿が見当たらないが、留守番として拠点もとい貸店舗を守っているのだろう。黒天使が万が一戻ってきた場合の連絡員として必要でもある。
ㅤ仲間達とはいえ常に同行するのは問題もある。所属や肩書きなど敵対する関係に巻き込まれる可能性。実のところ、黄金騎士は戦士ギルドの戦略級切り札として目立つ人物だ。物理攻撃を無効化するという単純明快な強力さ、その気になればひとりで街ぐらい壊滅させられるかもしれない。盗賊ギルドの情報網に引っかかることだろう。下手に刺激したくないという金天使ヤカの入れ知恵だったらしい。当たり前のようにさらっと出てきた金天使ヤカだが、死んでも死ななさそうな奴だ。契約ぐらい極めていよう。
ㅤ所属として悩むのは少女のことだ。自分は戦士ギルドの従属下にある商人ギルドに入った。無所属を貫くのは使える施設など街ごとの利点を無視することになる。盗賊ギルドは……うーん。少女の意志を尊重して好きに選ばせよう。向いていない場所ならばどうせ門前払いされる。わりかし加入条件は商人ギルドでも厳しかった。適性を審査されているにも近いのだろう。
ㅤいい加減に本題に入るとして、黒猫娘のいる宿屋に戻るべきだ。少女と久々にお喋りをしながらうろついていて脱線。ほとんど観光のようにダルフィの街を巡っていたかもしれない。酒場、鍛冶屋、奴隷商人、鑑定屋、情報屋、雑貨屋。盗賊ギルドそのものはわざわざ門番を立てて目立つようにする無能じみた愚行はしない。アジトや入口も複数が隠されていることだろう。派閥に分離するわけだ……それぞれのアジトが信仰ごとの管轄になり得る。

「えっと黒猫……じゃなくて妹猫ちゃんが名前なんだね。ご主人様がお兄ちゃんなら、わたしはお姉ちゃんになっちゃったー」

ㅤ無邪気に微笑んでいる少女もお姉ちゃんぶる妹のようで可愛いものだ。猫耳で似ていることから姉妹だと言ってもバレないだろうか。髪が金色か黒色かで違う……金毛に青目の昼に日向ぼっこしてそうな猫か、黒毛に黄目の夜に紛れ暗躍する猫か。毛並みが違うから血が繋がっていないことになる。でも同じエヘカトル信仰の元では従姉妹みたいなものだ。
ㅤついでながら黒猫娘と直接呼ぶのは盗み聞きされかねない。妹猫と便宜上呼ぶことにした。決して妹属性が好きだからではない。妹を大量召喚して囲まれて、侍らせてお兄ちゃんと呼ばれたいわけでもない。イルヴァの世界では妹とは可愛さ。だがそれ以上に狂気の逸話もある、別物は別物なのだ。

「んー、それで宿屋の肝心の部屋の扉は空いたままだよ。気配もなさそうというか誰もいないんじゃない」

ㅤ自分は少女の頭の中に隠してもらう。髪の毛に紛れて警戒する。宿屋に到着したものの誰もいない。店主すら不在だった。猫派閥のアジトがあるのだとしたら、緊急避難でもしたか。黒猫娘に意識を飛ばしてみる。体をいきなり乗っ取るのは気が引けるので確認からだ。
ㅤ誰かが言い争いをしている。混沌への対策、ギルドマスターの不在、ザナンのコネを生かすべきだ、いいやイェルスのサイバードームの方が近い。そこは地下だったかもしれない。上の方から靴音が響いており人の多そうな場所、その割には椅子でも引きずるような音もする。人が溜まる場所で接客できそうなのは限られる。たぶん酒場か、そうにゃ酒場にゃ。集中力を使うらしく手短な返事。どうやら無事らしく出迎えてくれるようだ。

「ご主人様の情報網は少しインチキくさいよね。探索とかじっくりやらないでも楽ちんだもん」

ㅤ黒猫娘を探すだけで長話になるよりかはマシだろう。それに最新端の機械ではこれと同じことが可能だという。イェルスがそれを量産化し各地に配備していたら、敵に回したくなくなる。常に盗み聞きされることのえげつなさというわけだ。エッチなことをしていてもそれが筒抜けになりうる。プライバシーの侵害として有力者を脅す材料にも使える。機密情報を集めるだけが使い道ではない。情報は脅迫という武器にもなるのだから。
ㅤあまりにもすんなり酒場まで到着。カウンターの奥で黒猫娘が手招きしている。店主に特別メニューと称して少女は注文する。混沌派閥はどうした……住人の中に紛れ込んでいるならば妨害ぐらいそろそろあってもおかしくない。何事もなく猫派閥の本拠地に入れるのは罠かと疑いかける。相手は裏社会の住人、裏切りや強盗、よその住人の身ぐるみを引き剥がすことぐらい簡単にできるはず。そういった偏見が思考を阻む。少女に気をつけろと促しても大丈夫だよと笑っているだけだった。
ㅤ店主が何気なく呟く。財産を持つ者はわざわざその身体や精神を捧げて混沌に与したりはしないと。とりわけまずしい住民層が死んで消滅するぐらいならと混沌派閥に組み込まれていったと。

「にゃーもさっき知ったことだけど、なんかお兄ちゃんが消えてから通り魔で冒険者の男による無差別殺人があったらしいにゃん」

ㅤ黒猫娘に盗賊ギルドの入口を案内されながら近状報告を受ける。冒険者というと防衛者が結びつくようになった。悪は滅せよとばかりに住人すら躊躇いなく斬り殺したのだろうか。悪よりも悪らしい所業だ。それが防衛者という名を関する皮肉、そうまでしなければ護れない何かがあるように思えた。でなければ、自分に対して不可解な憎悪も向けないだろう。理解はできないが……たぶん悪人でもない。悪行を振るう善人は存在し得るし、善行を行う悪人も同じように存在し得る。因縁やカルマとやらが世界の仕組みとして誰が受け持っているか、判定しているかなど知ったことではない。それでもその基準はきっとおかしいだろう。そのせいで暴力が支配し弱者が泣くような混沌そのもの、地獄になっている。なんとなくそんな気がした。

「えっと都合良く混沌なんとかの人だけ始末したならすごいよねー。まるで世界の悪者がわかっちゃうみたいな」

ㅤカルマは善悪か否か。ようするに世界を操る上位存在みたいな誰かにとっての都合ともいえる。便宜上イルヴァの神々と仮定するならその下僕が処刑人になってもおかしくない。仕組みを突き詰めれば突き詰めるほど、違和感と反吐が出るような感情になる。黒天使が反逆したくもなろう。何故なら誰かの思惑で行動を決めつけられるからだ。基準を判定という強制力で叩き伏せられるともいう。
ㅤ蟻が生きるため人の食料に群がるとする。最初の蟻が仲間の蟻達に伝えて広めれば蟻の中では素晴らしい発見者になろう。蟻の勤労であり善行に違いない。だが人からしたら面白くもない。大事な食料を虫けらに台無しにされるのだ皆殺しにしたくなる。人にとって蟻の所作など悪行に過ぎないのだ。だから殺そうが日頃踏み潰そうが悪くなかろう。
ㅤ大きさや強さというのは視野の格差を生む。ご主人様と少女がなかなかすれ違ってわかりあえないようなやつだ。奴隷から対等から玩具を経て、認識や力加減に振り回されたものだ。同じ目により比較的マシになってきたとはいえ、心に根付く無意識の格差はお互いにあろう。
ㅤ強さが目に見えてわかりやすくなったせい、かえって問題が起きてしまったのもある。人種差別、思想弾圧、食人食肉、悪魔よりも悪魔らしい所業は何でもござれなイルヴァの民。どうして確実に弱いと判断できる相手を見逃すというのか。殺せる相手を殺さないとレベルが上がって強くなれないのがますます弱者蹂躙を加速させていた。殺さないと殺されるから仕方ないと受け入れられていた現実だ。結局、秩序も何もない紛争地帯に善悪やカルマなどあってないものだろう。

「ご主人様なんか難しいこと考えてるでしょ。べつにいいじゃん、強くなりさえすれば。わたしがご主人様を守ってあげるからねー」

ㅤ少女の甘い声に現実はかき消された。いいや少女こそが自分の現実だ。少女さえいれば大丈夫な気さえする。きっと今回の問題も一緒に解決するんだ。終わったらエッチなことでもするといい。いつものパターンでいいじゃないか。それに冒険者にとっての初心、序盤に苦労したことなど強くなれば忘れいくらでも傲慢になれる。
ㅤ持つようになれば持たなかったことなど忘れる。自分が自分であるために……あくまで何気ない小人に変装し本当の世界を見るべきか。何かがダメになる前に、自分は少女ではないのだ。魅了のようなおぞましい干渉で意識を溶かされ始めているとようやく気付けた。偶然に距離を置き久々だったからこそ、その発動がわかった。少女の中にある邪悪な片鱗は純粋さと判別が難しい。悪行と善行なるカルマに似ていたかもしれない。共通の概念を思考することがきっかけで見破った。

「そんなことより固有フィート解放の儀を執り行うにゃ。出来れば強い力で現状を打破するにゃん」

ㅤずっとお預けをくらっていた気がする。少女はレベル20になってからそれなりの日数を経ている。とりあえず安全そうな場所で黒猫娘が下僕の仕事をするわけだ。
ㅤ盗賊ギルドの猫派閥本部、内部をジロジロ見るのは咎めらる。だが少し見えたものだけでも状況を把握した。拷問器具やら窃盗品やらあまり公にしたくないものばかりだったからだろうか。それと用途のわからない機械らしきパーツからジャンク品らしき金属塊もある。お宝の他に依頼の品を幅広く収集していたかもしれない。
ㅤ機械ギルドもといイェルスの技術者が多く滞在するサイバードーム、別名アクリテオラ。過去の文明、エイステールの機械を発掘し開発するパイプラインともいえよう。強国は基盤固めから始まるようなもので技術普及から経済発展、息切れや内部枯渇を起こしているエウダーナとは違うのだ。各地の衛星的な拠点を機能させているのがアクリテオラとダルフィの繋がりともいえるのだろう。イェルスとのコネはパッと見ただけでも自分には察せたという次第。
ㅤ盗賊ギルドの詮索は好ましくないのだろうが……意識を飛ばした際聞こえた話の内容もある。ギルドマスターの不在は何らかの用事で出かけているのだろうか。ザナンとのコネは不明だ、暗躍の影ばかりがチラつくものの実体を掴めない。

「強い力だね、わかったよー。わたしかみさまになる。そしたらみんなのためにもっと頑張れるもんね!」

ㅤ自分が情景を頭に映している間、黒猫娘と少女のやり取りは終わっていた。一般フィートのように選択式じゃないぶんあっさりだった。固有フィートだったか、経験依存でオンリーワンな能力。神様になんて人間がなれるわけないだろう。なったつもりの自称に過ぎないし自分や周囲を騙すことになる。いったいどんな経験を積めばなれるかすらわからない気の遠くなる概念にも等しい。もし神様が量産されたくさんいるというのであれば……悪魔めいた末期の世界だ、さぞ素晴らしい神様なのだろう。固有フィートごときでなれるのなら、いくらでもなれる人はいるだろうという皮肉だ。
ㅤ心臓を鎖で縛り付けられた気がした。少女様に不届きなことを思ったからか、金色の糸が心臓に食い込む。体に埋め込まれている服のような少女様の髪の毛だ。あまりに馴染んでいたので忘れていた。

ㅤドクン……ドクン……ドク……ググググ!

ㅤ今までに感じたことすらない苦痛だ。心臓を握りつぶされた経験がある人はいるだろうか。いたらその人は死んでいるはずだ。まさに自分は得体の知れない何かに殺されようとしている。

「そっか、なんとなくわかっちゃった。えへへ、ご主人様……苦しそうだけどどうしたの?」

ㅤ身体中の血が止まりかける、チカチカする。頭が湧いてきた。知らなければならない、突き止めなければならない、この原因は何からくるものか。直近の変化した事象、少女を分析する。力を振り絞って魔法を唱える。詳しく調べるのはこれで2回目になる。変わった部分はどこだ。変わった部分……キャラシートに文字のように情報が記載されるはずだった。それが血のようになっている。大部分が見るなと警告している。赤文字で覗くなとご主人様ですら弾き出そうとしていた。
ㅤ失敗か成功かわからないが分析の魔法を連打した。今しかチャンスがないという直感だ。自分が自分であるために、生命の危機を感じた本能にも近い。少女のことを暴かなければ身を引くタイミングを逃す。ついに見てしまった、見てはならないものを。

ㅤ邪神の依代フィート。裏権能の反転、信仰を消費して神になる。

ㅤ固有フィートで追加された記述だった。バラシタラコロス……キャラシートの内容一面が切り替わった。頭の中が冒涜的な力で犯される。確実に呪われた瞬間だ。ただの呪いではない世界を超越した神憑った災いに巻き込まれた。少女の中にいるであろうやばい存在に目をつけられた。助けてとフィートの内容を思わず少女に伝えようとした。心臓への金色の呪縛が強まる。声が出なかった、巨大すぎて全貌を把握出来ない何かに握りつぶされる。石化でもしたかのように全てが止まった。赤黒く景色が変色し何かと自分だけがいるのだけしかわからない。

『くすくす……ご主人様はわたしのもの、わたしはご主人様のもの。約束忘れちゃったらダメだよ。悪い子はわかるようになるまで心臓を潰しちゃおーね』

ㅤ少女に対して中の存在を自覚させてはいけないのだろう。少女が少女であるのが絶対条件かのように、中の神は表に出てはいけないのだ。人が蟻で遊ぶかのような態度で中の存在は自分に接する。蟻の脚を何本もいだら動かなくなるかなと楽しむように。触覚をもいだらどんな反応してくれるだろうと観察するように。心臓を何回潰したら秘密にしてくれるかなと脅迫された。屈した、心が文字通り粉砕された。心臓を潰される前に聞き分けがよかったからだろう。何事もなかったかのように景色が戻った。

「神様とは大きく出たにゃん。まぁ捨て駒として追放されたようなにゃーだから言うけど、この世界の主神達も大概だからにゃー。イルヴァがイルヴァらしいわけにゃん」

ㅤ転生者の下僕達が捨て駒のように追放されたみたいな話は黒天使と似通っている。決戦兵器やら驚異に対する布石やらにしても力だけならいくらでも上はいるだろう。自分と少女だけは神の下僕ではないという矛盾。何かがおかしいのだがわからない。心臓を潰されるのが怖くて考えたくなかったのかもしれない。すっかり自分は囲まれていた。見えざる神々の陰謀に嵌められていたのだろう。

「うーん、それならわたしは善良なかみさまになれるように頑張るよ。本物が何かは知らないけど、この世界では強い力が絶対だもんね」

ㅤ唐突な神様になるという宣言は、純粋さからの誤認だった。強い力を求めるが神様になるに置き変わったトリックだ。強大であれば神様になれるというのであれば、過去の時代から生まれた主神達もそうしたのか。善悪の観念も歪むわけだ。相容れない要素としてそうなるべくしてそうなったという。善悪は視点で変わり、視点は力で変わり、力は神に変わる。最初の部分が形骸化していたのだ。神格化なんてそんなものかと理屈でわかっても暴力で黙らされる。故に皆が忘れて狂って殺し合いをしながら愉快に生活している。楽しいイルヴァ世界万歳だ。

「えっと猫天使歌姫ちゃん、便宜上お姉ちゃんって呼んでもいいかにゃ。本当に神様になりたいかはともかく、信仰を集めて力にするぐらいはできないと話にならないにゃ」

ㅤ宗教くさい話であるが力の源をどっかから持ってくるみたいな感じだ。わりと黒猫娘が少女を姉として馴染む気満々であるほうに興味が向く。そろそろ堅苦しい話も疲れたし頭が限界を迎えている。なんか適当にすごい力で少女が神格化でもして、スーパーパワーでどうにかしてくれるみたいな流れだろう。

「信仰なんて集めるのは簡単だよ。わたしのことを想わせて名前を呼ばせればいいんだからー」

ㅤ少女は鼻歌混じりで美声を披露する。魔法のような英智はなくとも、才能のみで魔力を声に宿らせる。惜しむらくは洗練されていないことか。技術として訓練すれば……せめて演奏スキルさえあれば幅広い効果を期待できるのだが。スキルの習得は大事だと教えていただろうか。ちょうど教えてくれる相手、ギルドトレイナーが在籍しているのは偶然にしても運が良い。プラチナ硬貨が足りるか懸念はある。掛け合ってみて交渉できれば交渉してみる。
ㅤ盗賊ギルド猫派閥が抱えている問題は混沌派閥の過激な行いだとする。黒猫娘が殺されたのを発端とし、混沌派閥の住人が皆殺しにされれば報復と受け取られたことだろう。火に油を注いだかのように収集がつかない。肉体の再生成で蘇る数日後、一斉蜂起や暴動が起こらないよう取り締まる必要があった。一時的にでも頭を冷やして落ち着かせるか、争う心を忘れさせるかだ。少女の魅了の歌声を演奏スキルで増幅することで解決手段にできないかとギルドトレイナーに持ちかけた。あわよくば少女の言う信仰集めとやらの打算でもある。物理的な暴力で訴えかけない代わりに精神への衝撃を与える目論見だ。
ㅤ猫派閥の中で意見がまとまらない現状、時間稼ぎになるなら猫の手も借りたいと協力を得られた。手持ちのプラチナ硬貨で新スキル習得ができる。時が来るまでギルドトレイナーと少女はマンツーマンで特訓するようだ。

「結局にゃーとお兄ちゃんが残されてしまったにゃん」

ㅤ盗賊ギルドは自由人が多い。気質としての問題だけでなくジューアの構成員から犯罪者から何まで、癖の多い人材ばかりでトップがいないとまとまらない。戦う準備を進める者達やら、援軍要請の手筈を進める者達やら、少女のライブ会場を用意する者達。うん……最後だけおかしいが、気にしてはならない。とにかく自分にもできることはあるだろうか。

「エッチなことでもして限界まで力をよこすにゃ。本番でお姉ちゃんを神力でブーストするにゃん」

ㅤいざ気持ちいいことを求められると何かが違うような気がした。エッチな願望が叶いすぎると感じなくなってくるようなものだ。露骨だと慣れてしまう、当然だと思ってしまう。及びに邪悪の片鱗から女の子を性的対象に見えなくなってきたのもある。信仰する神様を同じように見れるかと似ている。畏怖だろうか、呪われた小人には女の子がみんな女神として少女の面影をもっているのだ。丸みを帯びて柔らかくて大きな体が尊すぎた。心をにぎにぎされてお持ち帰りされたからか、常に少女が基準となる。

「それなら少女にどんなことされてみたいかにゃ?」

ㅤ黒猫娘は個室に自分を連れ去る。所属としての部屋だろう。質素ながらベッドも備え付けられていた。後は私物、お洋服や下着類が床に投げ捨てられている。ズボラというかなんというか男性にそう見せていいものなのか。こっちが面食らってたじろいでいるとようやく察したらしい。あっという顔をして赤面したかと思うと、今度はニヤニヤし始める。男として相手を意識するのなら恥ずかしいことだが、しょせんは小人なんだと開き直ったようだ。
ㅤ自分はどこか小馬鹿にされた感じがしてむっとしてしまう。気持ちいいことは何もエッチに限定されるわけではない。くすぐるように矮小な存在を優しくいじめるようだ。女の子との性的な接触は今のところ望んでいなかった。少女の顔が心にチラつくからでもあるし、飲み込まれて自我を失うのが怖かった。巨大な可愛さは包容力となり小人をお人形さんにしてしまう。魅了という名の洗脳だ。ときおり自分の頭がおかしくなっていたとしたら、きっとそうなのだ。これからは特に注意して抵抗し自らを見つめ直さなければ。

「にゃーんにゃーん、おいでーお兄ちゃんご主人様」

ㅤ黒猫娘の挑発を無視する。エッチを求めているくせにエッチに抵抗する自分。存在というのはレベル以外にも由来することを悟ったのだ。自分が自分であるという精神を削られても自我崩壊か操り人形か……肉体と精神の紐付けができなくなれば終わりである。様々な能力を獲得し物理的に肉体面で存在を消されることはなくなったものの、今度は意識的な精神面での問題が浮き彫りになった。精神を対価にして危険を晒してまで無謀なことはできない。ただでさえ分体化や一体化で不安定なのだから。魂を切り分けたり結合したりしてるのなら相応のリスクもあるはずだった。

「にゃーの姿だとうわの空なのはひどいにゃん。こうなったらお姉ちゃんに変身しちゃうにゃー」

ㅤ黒猫娘は慣れないインコグニートの魔法を唱える。姿形が少女とそっくりになる。そういえば、声とか口調もなりきって変わるのかなと別の興味がわいてきた。

「ご主人様、ご主人様、にゃーは可愛いかなー」

ㅤ無理して声真似している感じが笑いを誘った。いくら魔法でも声帯まで模倣するならやはり強度が必要か。そもそも構造を把握してない、イメージのわかない範囲に変装できるのかという限界でもある。変装と変身は違うという。幻惑として騙すにしろあからさまに見破っているわけでやっぱり黒猫娘はアホの子だろう。

「にゃーが本気で幻惑しちゃったら臓物とか中身が見えちゃうからダメだよー」

ㅤ本当はおぞましい姿だったとしても幻惑により魅力的に見えるなら、目を覚まさなければ幸せなのかもしれない。だがハッピーエンドは望めない気がした。女の子を性欲の対象としか見ていないのに、どうしてまともな結末が用意されていると……オルフェに殺され壊されたのですら自業自得の天罰に似ている。能力を過信して欲望のために使っていた。死なないからとエッチなことばかり考えて、イチャイチャするばかりで情けない限りだ。
ㅤ明確な色欲を女の子からぶつけられて恥ずかしくなってもいる。酔っていない素の状態故に今までの行いを反省したくなってくる。優しくしてほしいはずなのに、殺してくれと惨めさでいっぱいだった。魅了で脳を溶かされていれば違和感なく好き勝手にやっていたことだろう。小人程度が巨大な女の子に抵抗するからこうなる。自分が自分であるという新たな目標はなおさら困難な道らしい。

「今のお兄ちゃんはなんか酸っぱい味にゃ。熟すまで絞りとれないのならどうしちゃおっかなー」

ㅤ少女の姿をした黒猫娘の口調にはなかなか慣れない。力づくで自分を犯すこともできるはずで、熟してなくても手で圧搾すれば中身ごと絞れるだろう。殺されそうになると生存本能と性欲が高まる。倒錯した快感をエッチだと思う。ぶちっと潰される瞬間、赤い射精が全身で起こるわけだ。
ㅤつまるところ自分は床に転がされた。下着とお洋服の海に投げ出されたともいう。たぶん何回か殺されるだろう。精神をすり減らしたくない……自分であるための条件を残機としてストックと命名しよう。魂を何等分かして肉体に紐付けているリソースでもある。目を覚ましているため、同化して引き寄せられないために温存したかった。

「にゃーん、にゃーん。お兄ちゃんはネズミよりもちっちゃいから隠れないと捕まっちゃうよー」

ㅤ少女に変装した黒猫娘は服も下着も脱いで裸になる。そして四つん這いで自分を追いかけてきた。跨ぎこすように手がペタンと落ちる。揺れと振動で転ばされる。胴体とおっぱいの天井が真っ裸で視界を奪ってくる。いまさら裸ぐらいでさほど感じるものもない。なにより魔法で変装した見せかけに過ぎない。
ㅤわざと跨ぎこすような仕草、膝が近くに落ちてきたことのほうが動揺した。命の危険が心臓を鳴らし興奮させる。脳内に分泌される何かがエッチさと混ぜこぜになり自分をおかしくさせるのだ。体が不死身であろうと慣れない感覚、個という存在が生きている限り失われない本能だ。
ㅤ膝が通り過ぎると足のつま先が落ちてくる。お股の天井が滴を引いている。ヒクヒクと小人を食べたがっているがお預けだ。股間の咀嚼は簡単に精神を粉砕してくれる。怖かった、肉体への危険がなくなろうと無敵じゃないのだ。胎内で赤子にされてしまう……現時点ですら自分は少女から産み落とされてその支配下にあるというのに。これ以上は精神乖離してしまう。卑猥な部分から目を逸らす。誘惑に打ち勝たないといけない。
ㅤ一瞬でも怯んでいたのは命取りだったようだ。女の子の割れ目に視線を奪われ、抗うように俯いていた。前門の何とかに後門の何とか、割れ目はまだ他にもあった。お尻の谷間、それが裸として顕になった姿のままゆっくり迫ってくる。

「んー、お兄ちゃんはどこいっちゃったのかにゃ」

ㅤ疲れたのか四つん這いから座ろうとしている。自分は左右のつま先の間にいるらしく、どうなるかは明白だった。腰が抜けて立てない。声が震えて詠唱もできない。何より速度の差が圧倒的すぎて、今までの一連の流れからすらろくに逃げられなかった。
ㅤお尻の穴がくっきり見える距離まで覆いかぶさってくる。黒猫娘からは背中側まで見えるわけもない、きっと自分はとっくに逃げているだろうと思っているはず。ゆっくりした動作で見せつけるように座るお尻で圧倒だ。ふくらはぎが支えとなって生尻がぐにゃりと変形する。柔らかそうな大きなお尻だ。変装されているとはいえ少女の体だから当然か。エッチな武器として悪用されていた。

「にゃーが10秒数える間に隠れないとひどいことするからね。猫に捕まったネズミは食べられちゃうよー」

ㅤ少女に変装した黒猫娘とはいえレベル20前後なら自分は8cmぐらいしかない。まだ平面化してない生身の体、それでも細いし薄い。中指ぐらいの存在ならばどこに隠れようか。たったの10秒で小人の歩幅、テレポートを唱えようと遮蔽物へたどり着けるか怪しい。灯台もと暗しというべきか、それとも誘われていたのか。お尻の谷間以外に身を隠す場所を思い浮かばなかった。
ㅤ矮小さから尻肉の間に埋もれるのは簡単だった。むっちりした質感がまとわりついて体を離さない。こちら側からお尻の穴にご挨拶しにいくことになろうとは誰が想像できたか。顔が汚物を排泄する穴に向いていることになる。女の子であっても生理現象はあるだろう。失礼ながら僅かであってもうんちの臭いがするのは強烈だった。
ㅤ感じとる許容範囲の違いや直に吸い取っているかもある。巨人の体はエッチよりも恐ろしいんだ。密着すればするほど、ただ存在するだけで叩き込まれる。たぶん排泄行為で捻り出すうんちは相当の体積を誇るだろう。下痢気味だったとしても濃縮された汚水に溺れてしまう。健康で硬めならば小人の体と比較してどちらが強いか。まさか気付かれもせず女の子のうんちに敗北すらありえる。
ㅤ最悪な光景ばかりが頭によぎる。酷いことと言われとっさに隠れるのは小動物みたいだ。いや小動物よりも細身で薄く脆い。人間は小さくなれば元々小さかった生き物よりも弱いに決まっている。本来の体はそう作られていないのだから生きられるわけもない。愛玩する対象を見失った黒猫娘が少女の姿をしてそれを証明してくれよう。

「お兄ちゃんはかくれんぼが得意そうだにゃ。どこにいっちゃったのかなー」

ㅤ10秒なんてあっという間だ。何気なく立ち上がったのだろう。腰が上がるだけで浮遊感、付随してお尻も揺れる。急上昇や重力の乱れは距離を壊すのに十分だろう。手に乗せてもらっていたり、加減してくれてることが多かったから耐えれただけ。尻肉のサンドイッチという不安定な具材でしかない自分はどうなってしまう。挟み潰されるのか、落下して死にかけるのか、もしくは本当に気付かれないまま着衣されて監禁されるのか。
ㅤトイレをする大きい方の穴、お尻の出口しか視界に映らない。それも小人が埋もれるのにわけない谷間、尻肉が外界からの光を奪っていく。まったくもって闇だった。女の子は可愛いという、綺麗だと美しいともいう。都合の良い上っ面や外側しか見てない。本当は大部分を構成する臓器等がえぐかったりグロかったりするかもしれないのに……腹の中や内側にこれでもかと密着すれば意味がわかるだろうか、見えざるものを見せつけられよう。それに近い目にあっていた。可愛い子であっても巨大なお尻の穴に至近距離でくっつく経験などあってたまるかと嘆かわしいばかりである。
ㅤ黒猫娘は少女の体に成りすましてとんでもないことをしてくれる。確かにお尻は好きかもしれない、気付かれない悪戯心もいいかもしれないと安全な範囲では許せる。だがドジっ娘のあらゆる行動には即死の危険がつく。注意しなくなればなおさら顕著だった。歩いて探し回っているであろう重心移動と尻肉のこすれ。振り落とされそうになるかとおもえば、ときおり圧が強まり左右から上下に滅茶苦茶にされる。顔がうんちの残りカスに触れる。抗おうとして手を伸ばす。排泄溝である出口には細腕すぎて無力だった。むしろ逆らったがために片腕が食い込みかける。ビクンと尻穴が一瞬だけすぼんだ気がした。
ㅤ一気に体を持っていかれる。たかが肛門の筋肉に片腕をミシミシと砕かれながら吸い込まれる。何かがいるのを確かめるかのように尻穴を無意識に動かしてたのだろうか。黒猫娘からのおどけた挑発もなければからかう様子すらない。見えない状態で会話すら途絶えるのはゾッとする。無造作な仕草は肉体の反射も含む。こんな程度のことで体の骨が折れてしまう。だが屈しないともはや意地だった。見つかったら見つかったで精神を溶かされるぐらいなら、このまま隠れ続けてみせよう。

「素直に気持ちよくなっちゃえばいいのに強情にゃ。おーい、お兄ちゃんってば妹に本気になっちゃって大人げなさすぎるよー」

ㅤ猫撫で声だった。今度こそはひっかからないぞ。素直に気持ちよくなんていまさらだ。オルフェのせいで世界の半分を、一線を超えた。さらに少女が邪神でご主人様は目を覚ましていないといけない。このままじゃダメだと、自分が自分であるために抗うんだ。むしろ自我崩壊した成れの果てが混沌とした両性具有で意味不明なオルフェともいう。似たような能力には同じような運命が課せられているかのようで、黒い闇の写鏡がなおさら意志を強くさせる。ああなってはならないと、災いの芽を自身から摘むべきなのだ。イチャイチャして快楽に溺れることを恐れた。自らの弱さを認め、呆気なく精神を溶かされる危惧をする。気持ちいいことが楽しかろうと心はついてきそうにない。
ㅤエッチさを求めない気持ちいいことを求めない自然体がどれだけありがたかったかを悟った。少女が胸に秘めていた情愛こそ大事にするべきだったのだろう。どこで間違えてしまったのか、調子に乗って勘違いをしてしまったのか。色欲に殴られ情愛を思い出す皮肉だ。純潔な清らかな少女だけが自分の心を締めていればいい。
ㅤ隠れたままでは黒猫娘に……少女に成りすますお調子者に反撃できない。意識を繋いで語りかける、少女は可哀想だよなと。一体化の能力により体を通じて居場所がバレただろうか。同時に自分も黒猫娘の様子がわかった。急に青ざめた様子で震えていた。可哀想という真意がどこまで伝わったかは知らない。こちらが考えている以上のことを察したかのようで、起こりうる最悪のシナリオすら思い浮かべていたのだろう。
ㅤへなへなと腰が抜けたかのように無言で尻餅をつかれた。その衝撃で自分は弾け飛び紙片にすらならず赤い染みとして尻穴にこびりついてしまう。黒猫娘にはむしろ居場所がバレている時のほうが危険だと完全に理解した。仲間であるはずなのに単独で接する場合は見つかってはならない。ストッパーや歯止め役がいなければ気持ちいいことの犠牲になる。殺されてミンチになる、赤い性的な液体が無理やり心を侵してくる。苦痛、興奮、動悸、一体化……弾け飛ぶ小人の命が失われる背徳的な喜びが流れ込んできた。

「生意気にゃ、生意気にゃ、生意気にゃ!」

ㅤ怒ったような取り乱したような口調で追い打ちをかけてくる。復活の魔法で蘇生され、すぐにお尻を横に往復させグチャグチャにすり潰していく。

「何も知らない癖に、クソみたいな小人が生意気にゃ!」

ㅤ失言で癇に障ることをしてしまった。そのせいで文字通りのクソにされかけている。モゾモゾしているだけで座ったお尻の肉が圧搾機になり容易く命を奪う。赤い血がうんちとカスとクソみたいに混ざり自分を再形成する。罵倒され女の子の排泄物として捨てられそうだった。

「二度と少女を可哀想だと憐れまないことにゃ。あの子にはご主人様しか支えがないんだから傷付けたら許さないにゃん!」

ㅤまるで腫れ物に触るかのような態度だけは許さないと憎まれた。よりにもよってご主人様がそんなことをしようものなら……押さえ込んでいた少女の良心や理性が崩壊し臓物や中身をぶちまけかねないと脅される。
ㅤ黒猫娘は少女の姿をして自分にトラウマを刻もうと本気になった。警告のつもりにしてもタチが悪い。幻惑の力が強まった気がした。何が起こったのだろう嘘か幻かと目を疑った。お尻の谷間に指が降ってくる。小人を探すようにまさぐる。捕まった自分は尻穴に強く押し付けられる。角度を変えて垂直に突き刺すつもりか。
ㅤいつも引っ付いている取り巻きのことを金魚のフンともいおう。だが、自分は少女のフンではない。それだけはやめてくれと懇願して意識を飛ばすも無視される。巨人からの反応がない時が、無言が何より恐ろしかった。
ㅤお尻の穴は固く異物を拒む。乱暴に押し付けられる度にクシャっと体が折れて、蘇生されての繰り返しだった。じれったくなってきたのか、もう片方の手で尻穴をこじ開けるように広げる。大きくなった尻穴が自分の下半身を飲み込んだ。それ以上は刺さらないようで肛門の筋肉で取り込もうとする。ヒクヒク、少しだけ力を込めたのだと思う。真っ二つに潰れて上半身と下半身がお別れした。
ㅤ落っこちた上半身から見えた少女の姿は化けたもので、腹が裂けて臓物が露出。触手が伸びてきた。お腹の中でヒダヒダした腕が動いている。目がいっぱいついていた。凝視される、石化する、捕まる。

「女の子を傷つけて暴走させたらこうなっちゃうにゃ!」

ㅤ完全に発狂したであろう自分にはこの後どうなったか覚えていない。記憶の大部分が破損したのだろう。少女様を哀れんではならない、少女様を顕にしてはならない、少女様を大切にしなければならない。それだけ心に刻んでおけば十分なのだから、他はきっと些細なことだ。
ㅤ終わりの光景。尻穴から圧搾され捻り出され水面に落ちる。ただ暗闇の中で水の流れる音だけが残った。自分が女の子にくっつくフン程度である限り幸せはない。個として認められないのだから……本当の敵は味方の中にあった。自分さえしっかりしていれば済む話だが、抗い続ける苦行の日々が始まろうとしている。