***********************************エンパイ
ア・シリーズ
セカンド・オーナー
ゲイター・作
笛地静恵・訳
1・
 ジャニエルは、空港の飛行機の着陸地点となる滑走路を、ターミナルの中から熱っぽい
まなざしで、じっと見つめていました。手のなかに「引き換え券」を、ぎゅっと大事そう
に握り締めていました。彼女と娘は、今度の戦争に勝利した記念に、敵の領土の一部を購
入する計画を立てていたのです。敵の母国。その土地の、ほんの一部分をです。

 今朝も、優に一時間以上。娘と、いろいろと今後の計画を話していました。心の中の妄
想が、日を追うごとに大きくなっていきました。最初は、それがこんなに、エロティック
な意味を持ちえる行為だとは、考えてもいませんでした。単に母星を攻撃した相手に対し
て、ちょっとした仕返しをしてやろうというだけの、単純な思いつきだったのです。それ
なのに今日は、額から油汗が、大粒の玉になって吹き出していました。自分が獲得した新
しい力に、性的な興奮さえ覚えていたのです。

 いつも口にする、いわゆる公的な立場としての自分を意識している時でさえ、その私的
な思いに占領された頭は、容易に公的な仕事の方に、集中してくれなかったのです。とも
あれ、仕事をするという態勢にだけはなっていました。しかし、自分が、すでに巨人に変
身しているような感覚は、脳内に深く根を下ろしてしまっていました。奇妙な身体感覚を
元に戻すためには、家庭用の携帯万能縮小機である「ポータサイザー」そのものを必要と
するでしょう。そんな気分でした。


 彼女は、空港の待合室にたむろしている人々の表情を、観察していました。性的な妄想
に取り憑かれているのが、自分だけではないのだということが、わかりました。赤味を帯
びた金髪の美しい、若い女性の二人組が、同じ話題について、おしゃべりに花を咲かせて
いました。

「あたしはね、あいつらの高層ビルを、一本一本、摘み上げてやるつもりなの。そうして、
ゆっくりとゆっくりと、口に運んでやるのよ。スティック菓子みたいにポリポリするの。
一人残らず、食べ尽くしてやるつもり。パパを殺した、憎たらしい奴らを、生きたままで、
むさぼり食ってやるんだ」

「あいつらの悪の世界を、電子レンジにいれて、ゆっくりと焼き殺してやろうかなあ。ま
だ、どうしようか、迷ってるのよ。後は、台所のネズミの餌にでも、してやろうかしら」

 彼女と妹らしき人物は、そろって袖を切り落としたデザインの、白いTシャツが映える、
見事に女らしい肉感的な体格をしていました。

 双子のような姉妹は、過去数十年に渡って、彼らの唯一の敵であった国との戦いの最近
の大勝利を、祝福していたのです。

 ジャニエルは、巨乳のブロンド美女達と比較すると、自分が、うす汚れたネズミのよう
に感じられていました。みじめな気分になっていた。彼女はといえば、「タンク・バーナー」
のTシャツと、カット・オフという軽装でした。今日は、ついさっきまで、庭のお手入れ
をして、時間を潰していたからです。

 空港に来るのですから、もう少しだけおしゃれをしてくればよかった。後悔していまし
た。

 今度の輸送機の到着を出迎えるために、「チャンネル633」のカメラ・クルーの姿が見
えたときには、気分は最悪のものになっていました。

 ジャニエルは、ゴージャスに髪をカールさせたレポーターが、双子のような姉妹にイン
タビューを始めたのをきっかけに、この場所から移動しようと心を決めていました。

 休暇の観光旅行のために、この場所に来たのではないとわかる、唯一の人物がいました。
やせぎすで茶色い髪のOLでした。ビジネス・スーツを、きちんと着こなしていました。
彼女が素肌を外気にさらしているのは、その顔を手をのぞくと、膝から下の部分だけでし
た。化粧気もなく、装飾品を身につけているような様子も、まったくありませんでした。
この女性の脇にいても、さっきよりも快適な気分になるというわけには、いきませんでし
た。 

2・
「さあ、どいてください!我々は急いで、バリケードを設営しなければならんのですから
な!」

 ダレン=グラムは周囲の、しごく軽装の人々を、忍耐強く説得していました。この「デ
イリアム・スタジアム」は、夏のオリンピック・シーズンの真っ盛りだったのです。恐怖
の事態が、勃発したのでした。

 今では、ここは悪夢の中の世界になっていました。空は、青ざめたような半透明の檻の
ようなもので、覆い隠されていました。天頂部だけが、もう一つの檻が被さっていました。
外からの光が遮られていました。夜空のような黒い色をしていました。


 ダレン自身が、スタジアムのセキュリティ・ティームを率いて、ここまで進軍して来た
のです。駐車場の端に、到着していました。そこにあるプラスティックの障壁に、手持ち
の火炎放射器を向けていました。なんとか、突破口が開けないかと、悪戦苦闘をしていた
のです。障壁そのものには、掠り傷さえ付けられませんでした。拳銃も、弾丸の装備がな
くなるまで、連続して発射していました。銃身が、過熱してしまいました。退却を余儀な
くされていました。彼らは、抜け道はないかと、スタジアム中を、捜索していました。脱
出口を作ろうと、手持ちの爆薬も試してみたのです。

 しかし、彼らは、軍隊ではありませんでした。単に球場のセキュリティ・チームでしか
なかったのです。ダレンは、退役軍人でした。歴戦の勇士でした。しかし、装備が、絶対
的に不足していました。万策が尽きかけていました。ダレンは、敵国のテロリスト相手の
爆弾代わりに、自分の左手の拳骨までも、使いたい気分になっていました。

 彼らは、自動車を手製の爆弾にして、障壁に激突させてもみました。ガソリン車も、デ
ィーゼルの場合も同様にです。たしかに、一瞬の炎を生じさせていました。でも、それだ
けでした。すぐに消えていきました。壁自体に、エネルギーを吸収されているような、奇
妙な感覚がありました。

 哀れな運転手の一人が、ダレンの計画の犠牲になっていました。十八輪の巨大トレイラ
ーを、透明な壁面に衝突させられていました。破壊されたのです。それですら、奇妙なプ
ラスティックに切傷をつけることも、そればかりか、へこませることさえも、まったくで
きなかったのです。

 この障壁の内側の土に、ダレンのチームは短距離のものですが、トンネルを掘り初めて
いました。しかし、どこまで掘っても壁面が地下に続いていました。ここでも、プラステ
ィックの壁に、傷ひとつ付けられませんでした。

 外界から、スタジアムに通じている地下トンネルの道路に、彼らは堅固なバリケードを
築いていました。もう誰も、中に入り込めないでしょう。

 そうです。何物も。ダレン自身は、そう確信していました。

3・
 ジャニスの顔は、興奮のあまり完全に真っ赤になっているのに、ちがいありません。兵
士が、一辺が三十センチメートルの立方体の箱を、彼女に手渡してくれたのです。彼女の
「引き換え券」と同じ番号が、プラスティックの箱の上に書いてありました。心臓は、雷
鳴のような鼓動の音を激しく刻んでいました。箱の重さが、かすかですが、両手に感じら
れていました。特殊な透明プラスティックの内部の風景のディテールのすべてが、彼女の
目を釘づけにしていたのです。

 突然のことでした。カールした黒髪に囲まれたような、暗い印象のある女性の顔が、彼
女の行く手に、立ちふさがっていたのです。

「「チャンネル633ニュース」のイレーヌ・アンドロです。奥様、お名前は何とおっしゃ
いますか?」

「あのう……。ジャニエル・ターパンです」 
 声が震えて、かすれていました。後輩の女子高生に、好きですと告白されたハイスクー
ルの時代以来、初めての不様な経験でした。

「あなたは、この敵の『ピース』で、何をしたいと、お思いですか?」

 彼女は、手に実に大時代なマイクロフォンをもっていました。もう何十年も前から、カ
メラ本体には優秀な性能のマイクが、内蔵されているにもかかわらずです。

 ジャニエルは、完全に公的な方の意識が、空白の状態になっていました。彼女は、今、
自分の心の中に秘めた私的な妄想を、誰にであろうと公言するような気持ちには、とても
なれなかったからです。彼女は、この「場所」を、自分専用のディルド代わりに、使用す
るつもりでした。そのことを誰かに悟られることを、心底、不安に思っていたのです。

「潰せ!潰せ!」

 三人の十代のチア・リーダーのようなかっこうの少女たちが、声を揃えて叫んでいまし
た。試合の応援のような、熱気に満ちた掛け声でした。

 敵の領土から空港に運搬されてきた、五十箱の内の十二個の『ピース』は、船から下ろ
された瞬間に、ハイヒールの足で踏み潰されたり、マニュキュアを塗った手の指で握り潰
されたりしていました。即座に、ロビーのゴミ箱送りになっていました。


 テレビの「チャンネル633」とラジオ局は、空港ロビーでの出来事のすべてを、まる
でスポーツの大試合のように、全国に実況中継しているのでした。

 ジャニエルは、凄まじい破壊の現場を、しばらく見物していました。そこから、立ち去
っていました。彼女の背後にいた、あのOLが、「愚か者!」と憎々しげに、つぶやく声を
聞いたからです。彼女は自分自身の『ピース』に、やさしくそっと布をかぶせてやってい
ました。ジャニエルは、もしかすると、この女性は、内部の敵を「救出」するつもりなの
ではないかしらと、疑念を抱いていました。

 『ピース』の抽選の予約に際しては、敵に対して充分な憎悪を抱いているかという、メ
ンタル・チェックがなされます。男性よりも女性の方が、その数値が高いので、当選の確
率が大きくなるのでした。だから、心配はいらないはずなのですが。


 OLは、空港の女性用のトイレの方向に歩いてきました。ジャニエルは、彼女がこれか
ら何をするつもりなのか?少しだけ興味を抱いていました。

 ちょっとしたスパイのような気分でした。少し間を開けて、トイレに入っていきました。
何気なく、化粧台に向かう風を装いながら、目の端に、いちばん奥の個室に入っていく、
黒いパンプスを捕らえていました。

 ジャニエルは、もしあの女性が立方体の内部から、数人の男達を取り出して、万能物質
拡大機である「シンパサイザー」で、元の大きさに戻したら、どうなるのだろうと心配に
なっていたのです。全軍隊を、今、この場所で、元の姿に戻すことも、理論的には可能な
のです。戦慄を覚えていました。

 いきなり個室の内部から、厚い箱の紙を荒々しく引き裂くような音がしていました。そ
っと音を立てないようにして、隣のトイレに忍び込んでいました。耳を澄ませていました。

 すぐにジャーッと小便をする時の、あの音が続いて聞こえてきました。しかし、おかし
なことがありました。小水がトイレの水面を打つ時の、あの特徴的な、ジャボジャボとい
う水音がしないのです。その代わりに、何か固い表面に当たっているような、バラバラと
いう乾いた音がしたのです。ジャニエルの背中に悪寒が走りました。

 女子トイレのコンクリートの壁が、その音を反響させていました。十倍の音量ぐらいに
は、聞こえたでしょう。

「あああああ〜ん、わたし、この時が来るのを、ずう〜っと、ずう〜っと、我慢して、待
っていたのヨオ!!」

 それは、あの「テレフォン・セックス」の時に聞かれるたぐいの、意識的に作られた淫
らな声でした。
 
 どれくらいの時間が、立ったのでしょうか?奥のトイレのドアが、バタンと大きな音を
立てて開かれていました。ジャニエルは、隙間から外を覗いていました。化粧台の上に、
プラスティックの『ピース』の箱が置いてありました。
 吐き気のするような、黄色い液体の中に、茶色いゴミのようなものが無数に浮かんでい
ました。踊るようにして、漂っていました。OLのビジネス・スーツの背中には、ジャニ
エルの存在に気が付いているような様子は、まったく見えませんでした。ごく普通の動作
で、両手を洗っていました。

 ジャニエルは、便器に座っていました。いそいでショーツを、下ろしていました。今度
は自分の番でした。

4・
 ジャンは、新聞紙を小脇に帰宅したところでした。義兄のマーリンの会社で十時間のタ
フな肉体労働を、こなしてきたばかりでした。今の望みはと言えば、ちょっとしたテレビ
番組を見ることと、軽い夕食をとることだけだったのです。

 しかし、はかない希望ですら、完全に覆されてしまったのです。

「ただいま〜。ビールをくれないか?」

 キッチンの方に声をかけていました。ソファに座りながら、爪先に鉄板の入った安全靴
を脱いでいました。妻と娘の、笑い声が聞こえてきます。キッチンで、何か遊んでいるの
でしょうか。いきなり、彼の姉の顔が、玄関のドアから家の中をのぞいていたのです。        

「さあ、どうかしら?それぐらいのこと、自分で、したらどう?ものぐささん!!」

 彼女は、鼻の頭にしわを寄せるようにして、顔をしかめていました。そのままキッチン
に入っていきました。ジャンは、一日の仕事が終わったところだったのです。少しだけ、
休みたい気分だというだけのことでした。両足を床にドスンとついていました。ソファか
ら立ち上がって、テレビのリモコンを探し始めていました。

「やあ、ヒザー、君に、我が家で会えるとは、実にうれしいことだね!」 

 キッチンの方向に向かって叫んでいました。自分の姉を、一年の内で、すくなくとも3
64日間は、嫌っていました。(クリスマスの一日だけは例外とするというのが、彼なりの
流儀でした。)

「来ていただけてうれしいわ。ヒザー伯母さん!」

 娘のテレサは、日々、この化粧の派手な伯母のことを、完璧に崇拝していました。ジャ
ニエルも、笑みを浮かべていました。

「あなたが、いてくださらなければ、わたしだけで、こんな計画を思いついたかどうか、
わからないわ。見てちょうだいな!」 

 ジャニエルの視線は、高額な出費をして、せっかく自分の所有物とした『ピース』の上
から、けして離れようとしませんでした。頭の中は、それに対して空港で、みんながして
いた行為の記憶で、いっぱいでした。彼女を異常に勇気づけていたのです。

「結局、こいつに対して、わたしがしたいことは、みんなと、そんなに違っちゃいないの
よ!目には目を。歯には歯を。死には死を、ということですもの」
 彼女の思いは、同じところを、ぐるぐると回転していました。自分自身が、これからす
ることを、何とか正当化しようとしていたのです。

 その間にも、ヒザーは透明なプラスティックの箱の一部分を、キッチン用の鋏でジョキ
ジョキとカットしていました。穴を開けていました。片目をあてて中を覗いていました。
ヒザーの茶色の瞳は、喜びのあまり輝いていました。内部に、大きな円形のスタジアムが
丸々一個分、入っているのを発見したからです。一万人以上は、収容できるのでしょう。
円いスタジアムに付随した、四角い建物は、頑丈な鉄筋コンクリートの四階建ての駐車場
でした。どこの階をのぞいてみても、車でいっぱいでした。小さな緑の木々のある公園も、
ついていました。そこの駐車場も、満パイの状態でした。

 この箱の中には、たくさんの、たくさんの、あまりにもたくさんの敵国人が、生きたま
まで詰め込まれているのに、違いありませんでした。

エンパイア・シリーズ
セカンド・オーナー
1〜4 了