エンパイア・シリーズ
セカンド・オーナー
16・
 ジャニエルは、人生で最良の時を過ごしていました。膣の内部では、欲望が火と燃え盛
っていました。ちっぽけな敵を舌で、ペロリペロリと、舐めとっていました。その一回ご
とに、快感は際限なく高まっていました。


 喰うという行為が、こんなにもエロティックになりえるとは、夢想もしていませんでし
た。右手の中指は、濡れてとろけるようになった襞の内部を、自由に飛翔していました。
Gスポットを刺激していました。


 眼前で繰り広げられている光景が、彼女にスリルを与えていました。シューッツ。食い
縛った歯の間から、息が思わず音を立てて、噴出していきました。真珠のように白く美し
い完璧な虫歯一つない歯でした。官能的な動きでした。男のアレを甘噛みする時のような
繊細さでした。駐車場のビルを、噛み切っていきました。


 コンクリートで作られた構造物も、彼女の口の中で、端から唾液に含まれた消化酵素に
よって、溶かされていきました。まるでパウダー・シュガーのような食感でした。


 ちっぽけな丸い感じのする自動車達が、舌の上をコロコロと転がっていきました。砂粒
のような固い感触がありました。舌の味蕾に衝突しては砕ける、微妙な感触も、興奮を高
めてくれていました。


 敵の誰もが、まだ車の座席に乗ってくれているようにと、願っていました。

 快感のあまりに、甘いため息をもらしていました。たったそれだけで、コロシアムの外
壁にある数千のすべての窓ガラスが、粉々に砕け散る光景を、魅せられたように眺めてい
ました。

 コロシアムの回り中から、新しく開いた入り口へと染みのように、ちっぽけな黒い点に
しか見えない人間どもが、あいかわらずの、必死の移動を続けていました。

 しかし、彼女の視点からは、じれったいように、ゆっくりとした動きにしか、感じられ
ませんでした。ジャニエルはその、のんびりとした光景を、ぼんやりとした顔で見下ろし
ていました。

 時間が経過するごとに、これほどに刺激的な光景さえ、最初の輝きを失って、徐々にけ
だるいような退屈なものに変化していきました。つまりませんでした。

 眼前では、コロシアムの各部屋のすべて様子が、一望にできました。数千人の敵国の人
間どもが、蠢いていました。


 他の指よりも、長く延ばした小指の爪の先端で、コロシアムの外壁の一部を掻き落とす
ようにしてみました。

 すると何人もの人間どもが、爪の上いっぱいに這い蹲って、しがみついて来たのです。
何割かが、爪の両側の、彼らにとっては急峻な斜面から、地面に待ち受けている死へと、
落下していきました。


 急がなければならなかったのです。小指の先を、口の中につっこんでいました。人間の
味というのは、こういうものなのかしら?口の中の、かすかな血と肉の味を、想像で膨ら
ませていました。楽しんでいました。


 群衆の中にカメラマンがいて、実況中継をしてくれればいいのに。夢想していました。
そうすれば、この自体の一部始終を、至近距離から鑑賞できることでしょう。

 ひとり、またひとり。人々は、ジャニスの指の爪の上から、落下していきました。ジャ
ニエルの視界から、どこでもいいので逃げようとして、右往左往していました。彼女は、
彼らが欲しかったのです。彼らのすべてを、まじめくさった夫が帰宅する前に、自分の物
にしようと欲情していました。その後で、夫のために、夕食を作ってやらなければならな
いのです。


 食事ということで、さらに、いいアイデアが閃いていました。ためらいは、ありません
でした。彼女は、キスをする時のように、赤い唇を丸くして、前方に大きく突き出してい
ました。それから、犠牲どものたむろする、何階分もの床が剥出しの開口部の穴へと、口
元を移動させていきました。急速に、できる限り接近していました。

 それから、ほう〜っ。

 口腔に空気を、吸い込んでいました。

17・

 ティファニーの仕事は、この数か月というもの、単なるトーク・ショーの女性司会者と
いうものでした。この衝撃的な事件が、起こるまでは。

 彼女は、それをトップ・ニュースとして大々的に取り上げていました。しかし、現実的
には、全国に中継した番組を、放送してくれるはずの各地方のテレビ局は、もうどこにも、
存在していなかったのです。すぐに一人の視聴者もいなくなることでしょう。


 このコロシアムの四階は、すべてがプレスのためのフロアーとして使用されていました。
「WDNG31号室」に、全スタッフが集合していたのです。何か巨大で恐ろしい怪物に、
何度も何度も攻撃されていました。情報を集めることに関しては、プロの集団である彼ら
さえも、その正体が何なのか、皆目、見当がつかなかったのです。

 ティファニーは、軽いものですが、自分がパニックの状態になっていることを、意識し
ていました。


 全オフィスのすべての窓ガラスが、粉々に砕け散っていました。その瞬間に、彼女の世
界は文字通りに、木っ端微塵に吹き飛んでしまっていたのでした。

 外部の世界の状況は、もうブラインドや、窓の日除けのたぐいによって隠されることも
なく、すべてがあらわになっていたのです。窓ガラスを破壊した顔は、途方も無く巨大で
した。初めて見た瞬間には何なのか、大脳が理解を拒んでいました。見たこともない、お
かしな光景としか思えなかったのです。あまりにも、大きくて遠すぎるために、眼球も焦
点を合わせることができないでいました。しかし、真実が、徐々に脳細胞にしみ込んでき
て……。


 ティファニーは、絶叫していました。自分が、叫んでいるということにも気が付いてい
ませんでした。ただ、両手が、手元の原稿用紙が、外から入ってきた風に吹き飛ばないよ
うにするために、デスクの引き出しに順番が混乱しないように、きちんと片付けていまし
た。一部は、自分のブリーフケースの中にしまいこんでいました。それから地下に逃げよ
うと、駆け出していました。


 その瞬間に、鼓膜が内側に押されるような、感覚がありました。ポン。軽い音を立てて
いました。気圧が、上昇していたのです。あの超巨大な女性の唇が、下降して来たために、
大気が圧迫されているのでしょう。さらに下に。さらに下に。彼女は、再度、悲鳴を上げ
ていました。そして、このスタジアムの全体でさえも、彼女の上下の真紅の唇の厚みぐら
いしかないだろうことを、悟っていたのです。

 いきなり、強風が、吹き下ろして来ました。あの唇の間から……。

 パニックが、全世界に蔓延していきました。紙や、何かわからない細々とした物達が、
あの前方に突き出された赤い深淵の内部に、吸い込まれているのです。そして、その吸引
力は、強く、さらに強く、なっていくのでした。
 
 部屋のドアが、唇の内部の方角に飛んでいきました。

 机と椅子が後を追っていきました。

 最後は、人間達の番でした!

 他のフロアーからも、人間たちの悲鳴が聞こえていました。巨大な上下の赤い唇の間を
通過する大気は、膨大な吸引力のために、耳を聾する悲鳴のような轟音を、摩擦しながら
発生させていました。


 ティファニーは、彼女の旧式のデスクトップ型のコンピューターが、机の上から飛び出
した光景に、叫び声を上げていました。一階、床の上でバウンドしていました。それから、
窓の外に吸い出されていきました。あの超巨大でセクシーな唇に囲まれた、底無しのブラ
ックホールの内部へ。

 いきなり、ティファニーのハイヒールの両足が、床からフワッと浮き上がっていました。
何かに捕まる必要を感じていました。旅行用の大きなブリーフケースに、しがみついてい
ました。それもまた彼女と同様に、窓の方に吸い寄せられていました。

 彼女は絶叫していました。自分の隣の席の、机に両手で必死にしがみついていた女性が、
指を滑らせて窓に飛んでいったからです。悲鳴を上げていました。それから、机や部屋の
中の家具と人のすべてが、口元の方向に空中を上昇していきました。

 ティファニーは、何とか部屋のトイレの中の、手摺り金具を握り締めていました。しか
し、彼女の両脚は、吸い込まれる風の力によって、床の上に立っていることができません
でした。空間に浮いていました。

 呼吸もできなかったのです。空気は、ありました。けれども、彼女の顔の前を通過して
いく風の力の方が、ティファニーの肺が、呼吸をしようとする力よりも強かったのです。
空気を、飲み込むこともできませんでした。

 フリルのスカートは、彼女の身体から吸い出されるようにして、脱げていきました。彼
女は、いつのまにか、ついに生まれたばかりのヌードの姿になっていました。それでも、
なおしばらくの間は、床と平行の状態で、空中に全身が、浮いた状態になっていました。

 しかし、ついに金具を掴んでいた手の握力も、尽きるときが来たのです。空中を、どう
しようもなく回転しながら、物凄い速度で、遥かに飛行していきました。すべてを飲むこ
もうとする、あの貪欲な唇の内部へ。

18・
 ジャニエルは、点どもの味わいを賞味しようとしていました。舌の先に、ぶつかってく
るのを、感じることができました。一回、軽いキスをした後のように、吸い込んだ空気を、
ほうっと、口腔にのみこんでみました。


 それから、今度は舌を突き出したのでした。一度に数百人の人間どもを、舐め取ってい
ました。人間どもには、信じられないように強力な唾の力でした。それから、口の中に誘
ったのです。

 ジャニエルは、しばらくの間というもの、陶然としていました。味を楽しんでいました。
身動きもしませんでした。

 彼女の頭上からは、小さな電球の暗く黄色い光が差していました。周囲の、あるいは汚
れたままの、あるいはきれいな衣類にも、影を作っていました。彼女は小さなアイロン台
の上に、背中を乗せて、寝そべっていました。真紅のパンティも、埃のたまった床に脱ぎ
捨てていました。膝を曲げていました。そのために、熱狂的なマスターベーションの間、
両方の脚は、自由奔放に、空中を、動き回っていました。両方の脚を、これ以上はできな
いというところまで、開放していました。今度は、まだ折り畳んでもいない服の上に、う
つぶせになっていました。自分の身体の重みで、美しく形の良いおっぱいを押し潰してい
ました。

 彼女の顔は、もう倒壊寸前のコロシアムの建物に、限界まで接近していました。熱い呼
吸の湿気が、内部のすべてのものを、熱波を伴う季節の雨のように、ぐっしょりと濡らし
ていました。明るい茶色の毛が、その顔の回りを、縁取るように乱れていました。金髪に
染めようとして失敗した跡が、まだくっきりと残っていました。暗い緑の瞳は、線のよう
に細められていました。下唇を噛み締めていました。

 やがて、もう一度、始めからと心を決めていました。四階建ての駐車場のビルを端から
口の中に、がぶりと頬張っていました。舐めたり、噛んだりしていました。それが、本物
のケーキであるかのように、くちゃくちゃと食べていました。

 両手をつかわずに、猫のように舐め取っていました。『ピース』の皿の底にチョコレート
の色をした地面の跡も残らない、徹底的な食べ方でした。銀色の箱の底が顕になっていま
した。

 まだ駐車場のビルに残されていた、スタジアムの観客達には、逃げる場所など、どこに
もなかったのです。

 逃げようとして、必死に走っていました。しかし、立ち上がるたびに、跳ねとばされる
ように、駐車場のコンクリートで舗装した地面に、転がっていました。


 コンクリートは、あちこちでひび割れ、波を打っていました。ジャニエルの巨大な舌が、
地面を打ち据えるたびに、大地を凄い振動が、走り抜けていました。

 その上に、さらに歯が地面を噛み切るときの、強い衝撃がありました。十台を越える自
動車やトラックが、大波に乗ったように、空中に跳ねとばされていました。

19・

 チャックが、エイプリルに明言していたように、最初に破壊されていったのは駐車場で
した。すべての兆候からして、次の攻撃目標は、このコロシアム自体でしょう。

 そして、予想通りに攻撃が再開されたのです。チャックは、四輪駆動の愛車のトラック
のギアを、トップに叩き込んでいました。出口の方に発進したのです。

「コロシアムが攻撃されている。反対方向に脱出だ!」

 絶叫する大型エンジンにも負けない大音声で、叫んでいました。男女の二人組のカップ
ルが、前を走っていました。彼らも、その車輪の下に轢いていきました。狂ったように、
愛車を駆り立てていました。


 いきなりでした。トラックは、ジャニエルの舌の先端部分に、乗り上げていたのです。

 トラックが、横滑りを止めた時には、暗い進路は、瓦礫や逃げる群衆もなく、まったく
ガラ空きに思えました。それから、再度、ジャニエルの舌が、べろりと跳ね上がるような
動きをしたのです。

 チャックは、エイプリルの腕を取っていました。トラックの座席から、外部に脱出して
いました。走りだしていました。彼らの背後から熱い呼吸が、まるで暴風のように吹き下
ろしていました。衣服を、バタバタと、はためかせていました。


 トラックの本体は、強力な接着力を持った唾液の力で、溶岩台地のようなデコボコした
味蕾の間に、埋まっていました。張りついたようになっていました。マンモスサイズの舌
ごと、上空に消えていきました。エイプリルは走りながら、泣き叫んでいました。

「彼女は、私たちを、食べるつもりよ。食われるなんて、絶対に、いや!」

「走るんだ、走れ!」

 チャックは、まだ崩壊していない、下の階に下りる階段を、発見していました。数人の
人間達が、彼らとともに並走していました。その脚は、できる限りの速度で、揺れる階段
を蹴っていました。 

20・

 ヒザーは、手持ちのカバンを床の上に置いていました。マーリンは、コンピュータの前
に座っていました。彼女は、急いで彼の元に歩いていきました。彼の両脚の間の床に、微
笑しながら跪いていました。

「どうした?いつもと、雰囲気が違うなあ?」

 彼は、妙にその気になっているガールフレンドに、怪訝そうな声で尋ねていました。筋
肉質で太い肉棒を見ただけで、ヒザーの身体は武者震いのように、激しく震えていました。
幼い頃からの仇敵に対する復讐を、ついになしとげたことの興奮を、心に反芻していまし
た。暗い色をした瞳には、妖しい光が煌めいていました。マーリンに、今までにしたこと
がないような熱烈なブロウ・ジャブ(口内射精をさせるための性戯)をしていったのです。

 マーリンの射精までの時間は、いつもひどくゆっくりなものでした。彼は、コンピュー
タ・デスクの椅子の肘掛を、両手で握り締めていました。その間にも、ボスからの電話が
かかってきたりしました。

 ヒザーは、口の中に彼の大量の精液のすべてを、含んでやっていました。それから、濃
厚な味を、ゆっくりと舌で賞味していったのです。舌の上の白濁した液体を、彼に見せび
らかそうとするように、舌をだしていました。そのこと自体に、激しいスリルを覚えてい
ました。目元が微笑んでいました。

 マーリンは、本当に不思議でなりませんでした。

「いったい、どうしちゃったっていうんだ?」

「なんでもないわ!」

 ヒザーは微笑しながらも、自分の指でショーツを下ろしていました。

「ただ、して欲しいだけ!」

 彼女は、彼の両脚の間の床の上に、大開脚の姿勢で、しゃがみこんでいました。

 「君は、いつも、ぼくに、どうしてあなたは、いつも、いつも、そんなにやりたい気分
なのよと、不思議がっていただろ?それなのに、今日は、君の方が、遥かに積極的だ……」

 彼は、疑心暗鬼になっていました。視線を向けていました。彼女のカバンの中から、ポ
ータサイザーの握りが突き出しているのを、見たのです。

「ああ、気持ちが良かった。……何をたくらんでいるんだい?」

 両腕を、胸の前で横柄に組んでいました。


「何をですって?そうよね……あなたには、わからないでしょうね。何をでなくて、誰を
よ」

「誰をって?」

 彼は、ヒザーに有利な情報を与えるようなヴォランティア精神は、まったく持ち合わせ
ていなかったのです。

「あなたには、関係がないことよ。……そうね、どっちみち、たいしたことじゃないわ」

「まあ、聞こうとも思わんがね!」

 マーリンの冷たい言葉は、彼女の興奮に水をさすような効果がありました。どうして、
彼はこんなにも鈍いのでしょうか!?

「ジャンは、今日は、どこにいったのかしら?この仕事は、彼がいなくたって、うまくや
っていけるでしょ?」

「なんだって?彼をどうしたんだ?」

「彼は、……そうね、教えてあげるわ。あの『ピース』の箱の中にいるのよ。他の縮小人
間どもと一緒にね」

 彼女は、自分の守りを固めるような態勢になりながら、そう告白していました。

「車に乗るんだ!」

 彼は長い腕を伸ばしていました。彼女が手に取るよりも早く、カバンの中からポータサ
イザーを取り上げていました。自分のズボンのポケットに入れていました。片方の手首を
取って、床から荒々しく起き上がらせていました。入り口のドアに歩いてきました。その
間にも、ショーツを、お尻の上にまで引き上げてやっていました。

「こんなことしないで……」

「今日の君は、頭がおかしくなっているぞ!」

 彼は彼女の手首を、痩せた女の骨にまでダメージを与えない程度の力で、強く握り締め
ていました。

「彼は、君の血を分けた弟だろ?」

 彼女を非難していました。途中で、車内電話をかけていました。しかし、出たのはテレ
サでした。

「もしもし、ママはいるかい?」

 できる限り、平静を装っていました。

「……そうねえ、いまは、地下室に、いると思うわ……。わたし、マーリン伯父さんと遊
べるような、ちっちゃなオモチャを、たくさん手に入れたのよ!」

「それは、いいね。ぼくが家につくまで、遊ばないで我慢していてくれるって、約束して
くれるかい?」

「いいわ……、でも残りは、ママが地下室で、独り占めにしているの……」

「……あ、ああ……そうなのか。じゃア、もうすぐ、つくからね」

 マーリンは、彼に出せる、もっとも甘く素敵な声音で、携帯電話を切っていました。し
かし、ヒザーを見つめる目付きは、冷酷そのものでした。             

「そうか。これが、君が考えていた、筋書きなんだな?さぞかし、満足なことだろうとも
……。彼は、助からないかもしれないぞ。あいつらが、ぼく達の敵だってことは、いくら
君でも、忘れたとは、いわせないぜ!」

 できるかぎり冷静を保って、ヒザーを説得しようと努めていました。

 彼女は、白い歯を見せて、食い縛っていました。もしジャンが、交通事故や何かに合っ
て重態だと聞いたとしたら、やはり平静ではいられないでしょう……。身体の震えが止ま
りませんでした。自分が、大きなトラブルに巻き込まれていることを、ついに認識したの
です。
エンパイア・シリーズ
セカンド・オーナー
16〜20 了