エンパイア・シリーズ
セカンド・オーナー
25・
 ヒザーは、片足を持ち上げていました。テレサが入ってきた瞬間に、マーリンの姿を靴
で隠そうとしたのです。反射的に、彼の上にハイヒールを乗せていたのです。しかし、そ
の片足を持ち上げてみると……。
 
「あらあら……」

 ヒザーは、靴底のヒールに、お腹を貫かれて突きささっている、汚い生き物を見たので
す。顔をしかめていました。 

「あら、まあ!」

 ジャニエルは、もっと良く見ようとして、その場所に、しゃがみこんでいました。しか
し、それは、もうどう見ても、ちっぽけな縮小人間の、踏み潰された残骸でしかなかった
のです。

「彼は……、もう生きていないみたいよねえ……」

 ジャニエルは、ヒザーに宣言していました。

 ヒザーは、ただ靴底を眺めていました。

 ジャニエルは、床に両膝をついていました。ストーン・ウオッシュのジーンズと、ハー
フ・トップというラフな格好に着替えていました。靴は素足の甲の部分に、レースの紐の
付いたミュールでした。

「彼も、庭に埋めてあげる必要があるのかしら?」

 ヒザーは、自分が始末した生き物の姿が見えるように、ハイヒールを空中に持ち上げた
ままでいました。

「いいえ、その必要はないと思うわ。彼は私を罵った報いを、受けたんですもの。そう思
わない?」

「そうよね……」

 ジャニエルは、マーリンの平べったく潰れた身体を眺めていました。

「それじゃ、いただいてしまっても、よろしいのかしら?」

「ああ、遠慮なく。どうぞ。召し上がってちょうだい!」

 ヒザーは、肩をすくめただけでした。

 もはや、何のためらいもありませんでした。ジャニエルは、マーリンだったものの身体
に、上下の歯で噛み付いていました。がぶり。上下の唇で挟んで、ヒールの踵から、抜き
取るようにしたのです。

 それから、ずるり。

 口の中に、吸い込んでいきました。

 むしゃむしゃ。右腕から噛み切って味わっていました。強い鉄のような濃厚な血の味を
賞味していました。食いでがありました。その光景が、ヒザーを狂喜させていました。

「あなたも、けっこう、やるじゃないの!実を言うと私も一度、やってみたかったのよ。
彼が、こんな風になる運命だと分かっていたなら、ブロウ・ジャブまでして、喜ばせてや
る必要なんて、なかったのかもしれないわね……」

「あらまあ、ホンナことまで、シテやっていたの?……つまり、あなたは、彼の下半身が、
食べたいのよね?」

 ジャニエルには、彼のズボンの中のマイクロ・サイズのペニスを、舌先に感じることは
全く不可能な状態でした。

「そうなのよ……。一口だけ、お裾分けを頂けるかしら?」

 ヒザーは期待をこめて、親鳥から餌をもらう小鳥のように、大きく口を開いていました。

 ジャニエルは、今までにレスビアニズムのファンタジーを、ヒザーにたいして、ごくた
まにですが、感じたことがありました。なにしろ彼女は、昔から見栄えの良い、美しい女
性だったからです。ただし、ジャニエルは、自分のそういった考え方を、いけないことと
して、抑圧していたのです。急に彼女は、女子高校生の頃の、友人との遊びのことを思い
出していました。下級生の少女たちに、冗談半分でキスをしてやったのです。それはそれ
で、刺激的な遊びでした。

 ジャニエルの唇も、前方に突き出されていました。間から二本の小さな人間の脚が、突
き出していました。ヒザーも、この骨付き肉を口移しにしてもらう時には、受皿になるよ
うにと舌先を突き出していました。さらに上下の唇の間に、摘むようにしていったのです。

 ヒザーを笑わせたのは、噛んだわけでもないのに、マーリンの身体が、ぷっつりと二つ
に、何の抵抗感も千切れてくれたことでした。ヒザーは、本当に彼の下半身全部と、それ
に付属した、いくらかの肉を口にしていました。

 過去のすべての、男どもとのブロウ・ジャブの快感の記憶を合計したとしても、口の中
に、一人の男の身体全体を含んでいるということと比較すれば、吹けば飛ぶように哀れな
ものでした。彼女は将来に渡って、今までと同じように多くのブロウ・ジャブを、これか
らもする気になれるのかしらと、自問自答していました。

26・

 テレサはラウンドリ・ールームの汚れた床の上に、茫然と座り込んでいました。そこに
は、完全に顕わになった『ピース』がありました。

 そのほとんどは、舐め取られてなくなっていたのです。食われたのです。ここに長い時
間こもっていたのは、ママだけでした。ママは、こいつをオカズにして、あの一人遊びの
時間を過ごしていたのです。明白でした。証拠は、すぐ近くに床に脱ぎ捨てられている、
パンティでした。そこから、あの特有の臭気が漂っていたのです。小便を漏らしたように、
濡れそぼっていました。

 ママが、もうずっと性的な興奮状態であったことに、間違いありません!突然に、彼女
は、ママとヒザー伯母さんの話声を耳にしたのです。パパが、どこに行ってしまったのか
を悟るまでに、二秒間とはかかりませんでした。ショックを受けていました。

 パパが、もう二度と、あそこから生きて帰ってこないことには、疑いがありませんでし
た。

 彼女たちの会話の内容から判断すると、どうやらマーリン伯父さんも、同じ運命を辿っ
たようでした。

 テレサは、真剣に考えこんでいました。いったい彼女は、これからどうすればいいので
しょうか???

 第一に必要なことは、自分の身は、自分で守らなければならないということでした。も
うパパも伯父さんもいないのです。彼女は、敵のコロシアムの破壊された情景を眺めてい
ました。ポータサイザーを、しっかりと右手に握り締めていました。唾を飲み込んでいま
した。喉に大きな林檎を飲み込んだような気分でした。

 テレサは、地下室の階段を、ぐるりと眺め渡していました。ママとヒザー伯母さんが隅
っこで、熱烈なキスを交わしていました。彼女たちは、頭がどうかしてしまったのでしょ
うか?銃口の狙いを定めていました。引き金を引いていました。縮小していました。

27・

 ジャネットとヒザーは、ショックを受けていました。黙って佇んでいました。キスを伴
う熱烈な抱擁から、身を振りほどいていました。いきなり彼女達は、膨大な量の瓦礫の中
の、谷間に立っていたのです。すぐ脇には、大量の血の滲んだ地面が広がっていました。
人間のものだと想像できる、いくつもの内臓が、あちこちにちらばっていました。彼女た
ちも、縮小されてしまったのです。

 瓦礫の頭上に広がる天空に、超巨大な十代の少女が、悲しそうな表情で二人を見下ろし
ていました。

「お前たちが、あたしのパパを縮小したのよ」

 テレサの声は、ほんの囁き程度だったのです。が、二人には雷鳴のような大音声となっ
ていました。上空から、物理的な衝撃を伴う、音波による攻撃のように降り注いできまし
た。

 二人の女達は、その場所に立ち尽くしていました。死刑宣告が、まさに今、この場所で
なされることを、悟っていたからです。テレサは、彼女たちのことを、まるで本物の虫ケ
ラのように無造作に、手のひらに摘み上げていました。子供時代に、昆虫採集に熱中した
時期がありました。慣れていたのです。敵の領土のコロシアムの中央に置いてやりました。

 彼女たちは泣き叫び、命乞いをしていました。テレサは、全く耳を貸しませんでした。

「私は、ミランダ叔母さんと、一緒に暮らすつもりよ。彼女もポータサイザーは、大嫌い
と言ってるし……。パパと同じよね」

 テレサは、彼女たちを、もっと、もっと、もっと。どこまでも縮小していきました。

28・
 ジャンは、息を飲んでいる兵士に肩を支えられて、辛うじて自分の二本の足で立ってい
ました。コロシアムのグラウンドの中央に聳え立っていた、二人の身長三十メートル程の
巨人の女達が、自分たちと同じサイズにまで縮小されていく光景を、茫然と眺めていまし
た。

「スレット1と、スレット3が、我々と同じスケールにまで変化しました!」 
 兵士たちとしても、事態の急変が信じられないような報告でした。ダレン=グラムは、
彼女たちが、彼らの世界に島流しになったことを、悟っていました。完全に。彼らが勝利
したのです。彼女たちも、また縮小されたのですから。

 ジャンは姉のいるところまで、グラウンドの無数の谷と山を乗り越えていきました。い
ずれも、ジャニエルの舌が、大地を舐め取った衝撃の際に造られたものでした。その上に、
さらに爆撃されたような巨大なクレーターが、あちこちに出来ていました。まだ底に水が
溜まっていました。ジャニエルの汗のしずくが、生み出したものです。凄まじい光景でし
た。真っすぐに、ヒザーを目指して走っていました。脇には、ジャニエルが倒れていまし
た。

「ヒザー!」

 彼は息を切らして,叫んでいました。彼は右腕の肘を後に振ってから、勢いをこめて拳
を前方に突き出していました。ヒザーの顔面にめりこんでいました。彼女は失神していま
した。

29・
 テレサは、コロシアムの中を見下ろしていました。繊細なポータサイザーの銃身を、二
つに折っていました。
 
 汚れた床に落下して砕けていました。耳障りな音を立てていました。

「これは、パパの復讐よ!」

 踵を返していました。メリンダ叔母さんの家に向かう、最初の一歩を踏み出していまし
た。たぶん、あの叔母さんと生活すれば、彼女は、もっとましな人間に成長できることで
しょう。

30・
 ジャンは、娘の名前を全身全霊をこめて呼んでいました。しかし、テレサは地響きを立
てて永久に立ち去っていました。地下室の階段を上っていきました。
エンパイア・シリーズ
セカンド・オーナー
25〜30 了
(終わり)






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【訳者後記】
 ゲイターの「エンパイア・シリーズ」の第二話。
 「セカンド・オーナー」の全訳。

 シリーズの第一作を紹介せずに、妙な順番で訳すことにたいして弁解。理由は単純。笛
地自身が、この話からシリーズを読んだのである。

 衝撃!!名作!!

 特に優れている点を、思いつくままに6つあげておく。

① 軍が敵国の領土を、縮小光線によって三十センチメートルのピースに縮小する。自国
の女達に売り渡す。自由に復讐させる。アイデアの卓抜!

② 作品全体の構成の妙。下向きの円錐体のような構造。広い空港。ジャニエルの自宅。
その地下室。小さな箱の中。どんどん小さく狭く深くなっていく。
③ しかし、円錐の底で、大小の方向性が逆転する。縮小された巨大な世界。円形の巨大
スタジアム。隣接する駐車場ビルと公園。そこに、登場するGTSの圧倒的な巨大さ。「喰
い」を伴う暴力の爆発!

④ 無制限の権力を手に入れた時に、女性という生き物は、どこまで残酷になれるのか?
沼正三の『家畜人ヤプー』と同質な主題。辛辣な思考実験の深み。

⑤ 人間の狂気の底から、GTSが出現してくるということ。有無を言わせぬ説得力。も
し「ポータサイザー」が実在していたら?どこの家庭にでも、起こり得ることではないの
か?その恐怖感!

⑥ 何よりも、緻密に描写された日常生活のリアリティ。

 現在まで続く、深い影響を受けている。

 笛地の日常生活を延々と描写する作風は、この作品を起点として誕生したようなものだ
ろう。縮小された巨大な世界という設定からは、まだまだ新しい作品の創造が可能だと思
っている。

 とくに「もうひとつの恐い童話」シリーズの「親指トム」の諸作品は、直接的な影響下
にかかれたものだと自分でも思っている。記して感謝しておく。ポイゾン・ペンも、この
家庭用の携帯型万能物質縮小機「ポータサイザー」を活用した作品を書いている。実に魅
力的なアイデアだ。

 評判が良ければ、さらにシリーズの他の作品も、訳していくつもりでいる。どうぞ、お
楽しみを。
(笛地静恵)