オフロード冒険記:エンパイア・シリーズ
ゲイター・作
笛地静恵・訳


 ダイナは両手を、ミニスカートを高く盛り上げている、左右の大きな臀部の引き締まった肉の上に、宛がっていた。
 香水売場のセールス・レディを、見下ろしていた。
「自分用のを、探しているんじゃないのよ。ボーイフレンド用のコロンを探しているだけなの!」
 彼女は、15センチのハイヒールの高さにものをいわせて、セールス・レディを視覚的にも圧倒していた。
「私どもは、男性用化粧品を扱っていないのです。ユニセックス用ならば、ご用意しておりますけれども……」

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 ダイナは、さらに上半身を傾けていった。
「私が欲しいのは、ユニセックス用じゃないの。もし在庫で持っていないのならば、急いで男性用の化粧品を取り寄せてちょうだい!」
 長身のブロンド美人は、薄い唇をさらに一文字にしていた。セールスレディを、自分の支配下に置いていた。
「私は……ああ、分かりました……。部長ですか?至急、化粧品売場まで来てくださいませんか?」
 彼女は内線の電話で、誰かと何ごとか話していた。

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 ジョシュが、品物を山と積んだショッピング・カートを押して、化粧品売場に現われたのだった。
「ヘイ。君に頼まれた四駆の装備は、全部、調達して来たぜ!」
 明るく声をかけていた。彼は、これほどまでに自分を魅了する、外惑星人に会ったことがなかったのだ。彼女の傍では、自分が年下の学生に戻ったような妙な気分になるのだった。

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 「ありがとう。ダーリン。私の方の用事も、すぐにすむから」
 ダイナは、ごつい四輪駆動車を運転するよりも、スーパーモデルとしての仕事をしていた方が、ぴったりと来るだろう。美しい肢体の持ち主だった。彼女の故郷の惑星の自然の状況からすると、45度の角度の坂道でさえ、簡単に登れないような性能の四輪駆動車など、考えられないようだった。さぞかし苛酷な環境の惑星なのだろうと思えた。

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 ジョシュは、彼女にクレジット・カードを渡してもらい、フロントのカウンターで支払いを済ませた。四駆にすべての道具と品物を、てきぱきと積み込み始めた。彼女の「趣味」に合致する高性能の車にするために、すでに出荷前に自動車工場の段階で、いろいろな改造がなされていた。

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 何かの理由で、車のライトが増加されていた。エンジン周りにも電気回路にも、高度な耐水性が要求されていた。対酸性のシリコン樹脂が、塗装されている外観と、車体への念入りな防水加工の処置を確認していた。彼女が何を要求しているのかは、彼にはまったく理解できないことだった。しかし、美しい外見と高い知性。彼女が彼を、王族のひとりのような、敬意をこめた対応をしてくれること。それらが相俟って、何が起こるか分からないままに、しばらく自分の時間を、彼女の冒険旅行に捧げる決心をしていたのだった。

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 とうとう、ダイナが店から出てきた。運転席に飛び込むような勢いで乗り込んできた。彼は、クレジット・カードを返却した。彼女は、カーキ色のシャツの胸ポケットに、それを無造作に滑り込ませた。長いシルクのような光沢のあるブロンドの髪が、風に靡いていた。車が発進していた。

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 「何を食べているんだい?」
 何気ない質問だった。彼は、エポキシ樹脂のパッキングを、コンテナ・ボックスに施していた。
「ああ、これね?ガムよ!」
 いい終わる前に、それが何であるにせよ、ごくりと飲み込んでいた。
「普通は、ガムは、のみこむもんじゃないぜ。胃壁の血管に、張りついちゃうから、健康に悪いそうだよ」
「ああ、そうね。ごめんなさい。この惑星の習慣に、いろいろと慣れていないところがあるのよ……」
 彼女は唇を下で舐めていた。そうしている間に、舌を赤く染めているものが、何かの生きものの血であることは、賭けてもよかった。

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 さらに質問をしようと思いながらも、彼は運転席と助手席の間にあるグローヴ・ボックスの蓋にも、防水処理を施そうとしていた。大きく開けていた。中には、すでに小さなクローム製の四角い機械が入っていた。
「ヘイ。これは、なんだい?」
 彼は中身が、空であることを確認していた。ほとんど重さが感じられなかった。しかし、いくつかは中身がいっぱいだと分かった。重かった。

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 「ああ、ただのバッテリーよ」
 彼女は視線を道路に向けながら、即座に答えていた。
「僕には、ただのバッテリーには、見えないんだけどなあ。何をするものなんだい。「外世界」仕様の、「ビデオカメラ」用なのかな?」
 ジョシュは、ひとつを振ってみた。中身が、からからと音を立てていた。使用済みだった。
「ああ、それ?その通りよ。私たちの世界の、携帯用のビデオのバッテリーなのよ」

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 彼女は、いつも肌身離さずに腰に付けて持ち歩いているポーチを、手のひらで、パタパタと叩いていた。
「僕は、いつも、それが何なのか、不思議だったんだ。ある種の武器かとも思っていた。きょう日。この惑星では、ほとんどの人間が、ガンを持ち歩いているだろ?もし武器でないとしたら、何かの種類の防御装置じゃないのかなあと思っていたんだ」
 彼は、そう答えていた。
「あなたが、用意周到で、観察眼の鋭い男だと、分かる質問だわね。ガンを携帯した男と、一緒の車に乗っていられるのって、とても心強いことなのよ」
 彼女は、ウィンクを返してきた。

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 ジョシュは、ちょっとだけだが、有頂天な気分になっていた。彼の携行しているのが38口径で、スーパーガンではないとしても、このような美女に、自分の生き方を認めてもらい、誉められるというのは、間違いなく嬉しいことだった。

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 「オーケイ。それじゃア、僕が、君のボディガードになってあげるよ。特に町の中心部に買物に出掛けるときには、いつもね。治安が悪いんだ」
 彼は、この美しい女性の安全に責任を負うと、約束したのだった。
「嬉しい!お願いするわね。でも、あなたは、さっきから、小さなことばかり気に掛けていて、このでっかいオモチャのような車の用途については、さっぱり質問してくれないのね?」
「でっかいオモチャの車だって……!?この四駆は、この惑星じゃア、最新の最高の性能を誇る車なんだぜ。オモチャだって考えるならば、どうして、こいつを購入したんだい?」

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 彼は別にこの件について、彼女と真剣に議論するつもりはなかった。しかし、彼女が自分の車種の選択について、満足していないとは意外だったのである。特別仕様の最高級車は、安い買物ではなかった。自動車の修理工の彼には、生涯、手に入れることはできない代物だった。

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 「私は……そうねえ。どういえば、分かってもらえるのかしら?何であれ、大きくて、強いものが好きなのよ。荒っぽく扱っても、壊れないような丈夫なものがね」
 にっこりと笑っていた。その表情が、彼女の華やかな顔立ちの美を、さらに輝くようにして表現していた。男性用の高級グラビア雑誌の表紙の、美人モデルの写真でしか出会えないような種類の笑顔だった。
「そうか、まあ分かると思うよ」
 彼は、肩をすくめてみせていた。

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 彼女の家まで、残りの道程を黙ったままでドライブしていた。しかし、彼が考えていたのは、彼女という存在が抱えている、数々の謎のことではなかった。いかにして、彼女の心を掴むか?より、あからさまにいえば、如何にして、パンティの内部に侵入するか!!この一点だけに、関わっていると言ってよかった。

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 彼女の監督下で、彼は購入した大量の品物のすべてを、壊さないように注意しながら、家の前庭の駐車場に下ろすという、重労働に従事させられていた。
「できるだけ、手早くすませてしまおうぜ!」
 彼にも、彼女の実に的確な指示に従っていた方が、仕事が楽で早く済むだろうということが、分かってきていた。この女には、生れ付き人の上に立つ才能が備わっているようだった。

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 「私にも、何をすればいいのか、本当には、分かっていないのよ。だから、この仕事を済ませた後で、遠慮なく、なんでも提案してちょうだいね。できるかぎり、満足してもらえるような方法で歓待してあげるから。それで、いいかしら?」
 彼女は、打ち放しのコンクリートの駐車場に、その優に1メートル80センチを越える長身で、しなやかに誇り高く立っていた。

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「ああ、それで、いいけどね。でも、僕の方としても、とくに君に提案したいような、今夜の予定を実行するための、パーティやレストランの準備があるわけでは、ないんだけど……」
「あら、別に私は、あなたに、お金を使ってちょうだいなんて、言ってるんじゃないのよ!私にも、あなたが、私を気に入ってくれているってこと。分かっているわ。そうでなきゃ、こんなに助けてくれる、はずもないでしょ?今夜は、二人切りで、この別荘で過ごしましょうよ。それでも、いいかしら?」

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 彼女は、そう質問しながら、カーキ色のシャツのトップのボタンを、外していた。大きく盛り上がった、乳房の二つの球体の上の皮膚は、しみひとつない透明な美しさで、彼を魅了していた。そこから、目を話せなかった。以前として、彼女が自分を、どんな目的地に導いていこうとしているのか、皆目、見当が付かなかったけれども。

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 「僕は、ああ、なんて言えばいいんだろう……信じられないよ!」
 どもりながら、答えていた。
「いいわ。交渉成立。あなたが作業をしている間、私は夕食の準備をしていることにするわね。ダーリン!」
 彼女は、素足にヒールを履いた脚で、くるりと振り向いていた。大股に新居の方に歩いていった。

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 ジョシュは地面に下ろした、部品の入った大量の箱を一望にしていた。順番に四駆に取り付けていった。両手は、自動車修理工の正式の資格を持っている彼でさえ、かつて体験したことがなかったスピードで動いていた。水漏れを防止するための、大量のパッチからパッチ。車体に、仕様書の順番を正確に守りながら、順番に丁寧に取り付けていく。

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 後部のトランクのあった場所を占領している、水面下での長時間の呼吸を可能にする、大型の酸素タンク。彼にも、たとえば水深15メートルの暗い川底を、照明のライトを皓皓と光らせながら、走破していく四駆のイメージが、徐々に脳裏に形作られていくのだった。

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 時間は、矢のように過ぎ去っていった。すぐに夜の帳が、落ちていた。ダイナは、ラジオを裏手のポーチの木製のテーブルの上に持ってきていた。彼女が彼のために、グリルでステーキを焼いている間にも、二人で美しい音楽に耳を傾けることができていた。

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 彼にも、今夜が彼女にとって、「本当に特別の日」なのだということが、分かってきた。今までの彼女は、サラダやフルーツという植物性のものしか、口にしなかった。菜食主義者なのだろうと考えていた。

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 とうとう彼は、庭のホースで油に汚れた手を、きれいに洗い流していた。空になった箱も、同時に始末していた。
「彼女は、もう男と女の間にある、あの「深い河」ってやつも、渡る準備ができているようじゃないか?」
 彼は自分の仕事の成果に、誇りと自信を抱いていた。
「ああ?そろそろ食事にしても、いいかしら?」
 ダイナは、もう打ち解けた雰囲気で、語りかけてきていた。

                 *

 ステーキを皿に乗せていた。彼にパティオの椅子に座るようにと、手招きをしていた。夜になる前の夕焼けは、まるで塵のない夜明けの空気のような、透明感のある光を湛えて空を染めていた。彼らは、その下で、ご馳走を食べて、FMラジオから流れるクラシック音楽に、耳を傾けていた。

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 「僕が思うに、『ハムV号』は、もう戦闘準備を、すっかりを整えていると思うよ。君の計画が、こいつで大山脈を走破するつもりであったにしても、大丈夫だと思うね」
 ジョシュは、料理の味に舌鼓を打っていた。最高級の肉だった。
「おう。あなたの口から、そう言ってもらえて嬉しいわ!」
 彼女は彼の隣で、優雅な動作で、桃を食べているところだった。

                 *

 「どこにいくんだい。『大女体山脈』を征服するつもりなのかな?」

 この国では、『大男体山脈』と双璧をなす高峰だった。それに、ここから国定公園内の登山口は、そう遠くない場所にあった。クロス・カントリーのツアー客用の貸し別荘も、あちこちに豊富に用意されていた。

                 *

 「まあ、そう言った場所なのよね」
 彼女は、桃の半分にがぶりを噛み付いていた。指の股を流れる果汁を、厚みのある舌で、ねっとりと舐め取るようにしていた。ゆっくりゆっくりと、きれいにしていた。
「それとも、『大男体山脈』の方にするかい?あっちも、秋が来るまでは山開きしてるぜ」
 どちらにしても、彼女にとっては未踏の処女(童貞)峰だ。どちらにするのか、決心がつきかねているのではないかと思えた。

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 「私は、もうどこに行くのか、目的地は分かっているの。でも、どうやって、あなたに切り出していいのか、分からないのよ」
 彼女は、半分食べ掛けのフルーツの表面の果汁を、大きな赤い舌を回転させながら舐めるようにしていた。さっきから彼に、官能的なリップ・プレイを、あえて見せ付けるようにしているのだった。ちょっとずつ、歯を立てて果肉を齧っていた。

                 *

 「ああ、それじゃ、そろそろ話してくれないか?どこに行くんだい?」
 彼は、もう一切れ大きなステーキの肉を、自分の皿に取り分けていた。血と塩味のきいた肉汁が、口腔に迸った。上等な肉がとろけていく、豪奢な風味を味わっていた。
「……私がねえ、あなたと、生きたいのはねエ……ここなの……」
 彼女は、かすかに両脚を開くようにしていた。スカートの裾が、太ももの方に引っ張られていた。付け根が、見えるまで持ち上がっていた。
「ああ、そこか……。僕の最初の目的地なんだね?」
 彼は、満面の笑みを浮かべていた。しかし、絶好のシチュエーションを、あまりにも興奮した表情を見せることで、壊してしまいたくはなかった。それは、とても難しいことであったけれども。

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 「もし、あなたが、そうしたいのならばだけど……」
 彼女は色っぽく半眼にした瞳で、彼を誘うように熱く眺めていた。その視線は、彼の胸を刺し貫いていた。豊満な上半身を彼の方に傾けてくるときには、半分、催眠状態に入ったようだった。乳房の谷間が深くのぞけた。
「あなたは、私の身体でドライブしたいのよね?」
 彼女の囁くような声も、内心に圧し殺した興奮のせいで、擦れたようになっていた。
「ああ、そうだとも、ぜひお願いしたいね!」
 彼を誘惑している美女の肉体こそが、全宇宙の中でも、彼が征服しなければならない唯一の処女峰だと思えた。

                 *

 「いいわ。飛び乗ってちょうだい!」
 彼女は立ち上がっていた。桃を肩越しに放り投げていた。四駆を右手の人差し指で、真っすぐに指し示していた。
 ジョシュは、『ハムV号』を見た。彼女に視線を戻した。また四駆に。
「ああ、いいとも。行こうぜ」

                 *

 彼は彼女が、カー・セックスを楽しみたいのだと解釈していた!!若者の時代に楽しんでからでも、もうずいぶんと時間が経過してしまった。しかし、なんていうことだ。彼女は本当に常軌を逸して、エキセントリックだった。頑丈な水陸両用の戦車のような、巨大な四輪駆動車の運転席に飛び乗っていた。窓から顔を出していた。
「こっちは準備ができたぜ。君も乗れよ!」

                 *

 彼は彼女が、まだ煙を上げているグリルの脇に、じっと佇んでいる光景を眺めていた。それから、あのポーチに大事に入れていた「ビデオカメラ」を、取り出していた。
「ああ、君は、記念写真を取って置きたいのかい?」
 不思議に思っていた。
「ええ、そうよ。助手席に置いてある、スペアのバッテリーを、投げてくださらない?」
 彼女は車の方に、近寄っていた。重金属で重量感のあるボックスを、片手で軽々と受け取っていた。
「ありがと!」

                 *

 彼の頭にキスをしてくれた。数歩、後ずさっていた。「ビデオカメラ」のスイッチを入れていた。彼にもそれが、ただの「カメラ」ではないということが、すぐに明らかになっていた。

オフロード冒険記・1 了