短小物語集 巨女三態

先輩と僕
笛地静恵
 抱き合っていた。
「あたし、浮気してたのよ。二十人の男と」
 先輩は、僕に体重を預けてきた。なんだ、携帯電話での口調では、そんなに気がないだと思っていたら、すっかりその気になっているではありませんか?
 先輩の部屋。土曜日の午後。明るい陽射し。マンションの五階。窓からは、かすかな町のざわめきと春の風。テーブルの上には、ミニチュアになったバス。二つのコーヒーカップ。ブルーマウンテン・ブレンドの豆から煎れてくれた本格的な味。
 先輩の体温が高い。
 ねっとりとした熱いキス。自分から口を開いてくる。舌を出してくる。カチューシャで上げている髪の生え際から、念入りに攻めていった。
 理系の有名私立大学に通う先輩。実に聡明そうな額をされているのだ。小学生のころから、高校生の兄と微積分の問題を解いていた。学者の家族。
 美しい顔中にキスをしてやった。
「向こうを向いて!」
 しなやかな肉体を、くるりと反転させていた。大学では気の強い先輩が、素直に後輩の指示に従う。
 キャミソールとミニ・スカートの内部で、若い肉体が、もうむちむちに、はちきれそうになっている。
 着やせするたちなのだ。
 スカートの尻を、ジーンズの固くなかった前で突きながら、僕はねっとりと時間をかけて、先輩の巨乳を揉み解す。
 感触が良い。左右の手で、二つのお餅をこねているみたい。キャミの生地を通しても、乳首の先端の形を、指先に明瞭に感じる。もう固くなっている。
 髪の毛は、まだ湿っている。いつものシャンプーの香り。上にはおったブレザーは、厚手だったけど、その下には、白のキャミしか着ていない。
 これって、揉んでくれって、催促しているような、もんじゃないですか?
 薄い生地だから、直接に布を通して、手の感触が肌に伝わる。スカートの後ろの金具を自分で外そうとする。
 「僕に任せて!」
 やらせてもらった。女の子の服を、一枚一枚、脱がせるのが、好き。
 先輩、自分でスカートを下ろそうとする。もう、焦っているんだからあ!
 はいはい。あそこに、触れて欲しいのですよね。分かっていますとも。
 先輩は、もう後ろ手で僕のペニスに触れている。固さと長さを確認している。
 もう準備はできていますよ。先輩にも分かったのだろう。
 「ああん」
 期待の余り、ため息をついている。感じている。
 キャミを、頭から脱がせていった。生のおっぱいが、飛び出してくる。
 そうなると、肌と肌を合わせたくなるのが、男の人情。急いで、Tシャツと下着を脱ぐ。さっきまで上等な珈琲を飲んでいたテーブルの脇のクッションに置く。
 胸と胸を合わせる。男の固い筋肉質の胸で、女の皮下脂肪の溜まった柔らかい乳房をマッサージする。
 先輩の形の良い耳にも、キスをしていく。そこが性器そのもののように、先輩は敏感に反応してくれる。二本の脚では立っていられない。身体から力が抜けていく。両手で体重を支える。軽い。
 耳の穴に、舌先を挿入する。耳垢が苦い。唾液が入らないように注意。
 そのまま、ベッドに倒れ込む。
 乳房から腹を下がって。ショーツのゴムの周りに接吻をしていく。内腿から太ももの付け根まで、愛撫しながらキスを捧げる。
 なかなか、あそこには触れてやらない。
 ときどき、思いついたように手が軽く触れるだけ。
 じらしてやる。
 ショーツも、ウエストのゴムの部分は、太くてしっかりとしたボクサー・タイプだけど、生地はごく薄い。魚を取る網のような素材だ、透けている。陰毛が数本、網目から飛び出していた。
 中に黒い影が、もそもそと動いているのが見えた。
 陰毛に絡んでいる奴もいる。
 ゴムに人差し指の先端を入れて、持ち上げる。先輩の匂いに染まった熱い空気といっしょに、中から小人が何人も飛び出してきた。
 先輩の浮気相手。こいつらで、燃えていたのだ。
 最近、先輩の通う女子大学の先端科学部で人間を縮小する光線銃を発明したのだ。人類史を変革する大発明。
 でも、今は、それを使って遊んでいる。
 今日の獲物は、サッカー部だと分かった。有名な私立大学とサッカー部の名称を脇に描いたプラモデルような大きさのバスが、テーブルの上に置かれてある。本当は十五メートル以上はある大型の車体が、二十五センチメートルぐらいになっている。六十分の一ぐらいの縮小率だろうか?人間は、三センチメートルぐらいしかないだろう。
 僕は先輩の股間に、顔の位置が来るように体を移動した。
 先輩の白い腹の高原を、数人の小人たちが走っていく。僕の目線が、もっこりと盛り上がった陰阜の高さに来る。あそこが本当に丘のように見える。
 僕から逃げているつもりでもあるのだろう。足が短い。一センチメートルもない。だから、必死に足を動かしているはずなのに、じれったい程に遅い。向こうには、乳房の二つの並び山がそびえている。
 シュールな光景。
 女体が、巨大な自然の風景のように感じられる。臍の穴も、黒い影を水のように湛えた泉のようだ。自分が巨人になったように感じた。洞窟の人間たちを襲う怪物に変身したようだった。
 まあ、いい。
 浮気相手の始末は、徐々につけてやる。
 先輩の秘密の場所を覗き見た男たちを、生かしておくつもりは僕にはない。
 彼らの相手よりも先輩が先だ。ショーツのゴムを下げていった。
 結構、体毛が濃い。脱毛はしている。ビキニラインは、きれいに剃られている。が、少し手入れをさぼっていると、毛穴が黒くなっている。舌にざらつく。
 陰毛は、太くて黒光りしている。その林の中に、絡んで足掻いている小人。
 僕は、小人の身体を唇の間に挟んだ。濡れている。先輩のあそこの匂いがしている。
 いつから、ショーツの中に幽閉されていたのだろうか?
 毛の上を滑らせながら、黒い鉄線のような下の毛の束縛から解放。
 ペッ。
 白い腹部に吐き出す。彼には、数メートル分の落下。かすかにはずんでいた。器用にも、回転して受け身を取る。起き上がっていた。上半身の高山地帯に、よろよろと走り出していた。
 ショーツを脱がせた。先輩は、大きなお尻を持ち上げる。実に素直。あそこに熱い息を吐きかける。今日の先輩は、潤沢度が最高。朝から、サッカー部の男どもと遊んでいたからだろう。
 女陰の割れ目から、裸の下半身だけを出している男がいた。人間がいるだけで、生身の肉体が、本当の山腹の岩の裂け目のように巨大に見えてくる。不思議だった。泉がとろとろと溢れている。
 足首を口で摘まんで、引き摺り出してみた。が、ぐったりとしている。こいつは役に立たないだろう。
 先輩の、濃密なおつゆがしみ込んでいる。ずるっと呑み込んでいた。
 塩味が効いている。旨かった。
 午前中は、大学の授業があった。昼飯を食べていない。先輩の部屋で、手製のスパゲッティをご馳走になる計画だった。しかし、まず、先輩自身を食べたい。我慢できなかった。
 腹が減っている。小人は、スナック菓子としては、手ごろな大きさ。一口大。
 微妙な形の紫色の襞襞。粘液が絡み付く。口をつけていった。鼻面を付ける。こねまわした。この愛撫を好んだ。僕の鼻は高くて固い。
 先輩は、アンアンと声を上げている。
 あまりにも感じ過ぎて、不安になるという。自分が、どこかに飛んで行ってしまいそうな気がするらしい。僕は、先輩の延ばした両手に、しっかりと指を絡めた。
 入念にクンニリングスをしてやっていた。キスをし、舐めて、しゃぶり、愛液を飲んでいた。
 それから、上半身の山岳地帯に隠れていた小人たちを、次々に捕獲していた。乳房の陰で、僕から逃れたつもりになっていたらしい。
 サッカー部の元気な選手たちを割れ目に押し込んでいった。何名でも入る。入り口は狭いのに、奥が深くて広かった。
 コンドームをつけて、インサートする。
 僕は、小人たちをペニスの先端で膣の奥にまで押し込んでいった。
 そのまま動かないでいる。先端部の半球に刺激を感じる。叩いたり、蹴ったりしているようだ。
 あんなところにも、空気があるのだろうか?良く生きていられるものだ。
 だが、すぐに静かになってしまった。効果がないと分かって、落胆したのだろうか?それとも、窒息してしまったのだろうか?
 それなら、こっちからいくぞ。
 静かに抽送を開始した。
 だんだん、激しくする。途中で思いついて、小さくなったサッカーボールを入れていった。バスに積んであったもの。男の道具を八の字に回転。亀頭に粒粒が絡まってくる感覚。
 米を杵で突くように。膣の筋肉との間で摺り潰す。奴らの感触も、刺激になる。
 先輩は、今日の午前中は、こいつらと浮気していたのだ。猛烈な欲求にかられた。普段よりも激しくなっていた。手を抜かない。
 割れ目から流れ出る汁が、ほのかに赤く染まった。
 先輩は、女になる。
 燃えてくれる。収縮度も高い。
 目を閉じて快感に集中している。
 睫毛が可愛い。
 感じてくると、自分の唇を舌で舐める。さみしいのだろうか?それならとキスする。安心したように貪りついてくる。舌を吸われる。
 知的で端正な顔が、苦痛を覚えているように歪む。でも、これが、気持ちが良い印なのだ。男の武器で、もっと苦しそうに顔を歪ませてやる。そんなことでは、先輩の美しさは、全く衰えないから。
 普段の冷徹な先輩とのギャップが可愛い。
 何回も逝った。
 僕も、限界に達していた。激しく射精していた。
 目が覚めると、竜のような生き物の背中に跨っていた。褐色の反り返った円筒形の物体が、男のペニスだと分かった。先輩の巨大な顔が、竜の首の向こうに見えた。
 「いったでしょ?あたし、浮気性なの」
 大きな口が、くぱあっと開いた。

イノベーションの時代
笛地静恵
 ワインバー《カミーラ》は、葡萄酒を安置する地下の蔵というコンセプトで、内装が造られている。
 どこまでも、ひんやりとした石の壁である。かすかに湿った土の香がしている。
 先代のオーナーによれば、東欧のワインの廃工場の資材の一部を、苦心惨憺して輸入して、最利用しているということだった。地下の店である。吉村は、同業である不動産会社の社長に紹介されてから、雰囲気が気に入って通うことになった。
 長身のマスターは、操り人形のようにひょろひょろと、カウンターの中で立ち働いている。同性愛者だったオーナーの相手だった。香美羅が吉村の脇についた。黒いドレスに、黒い髪を腰の辺りにまで影のように、左側にだけ長く延ばしている。
 音のしないようにコルクを抜いた。赤い葡萄酒の瓶から、ラベルを汚さないように、底の澱をかき混ぜないように、実に、実に、静かに、赤い葡萄酒をグラスに注ぐ。
 歴史のある高貴な一族。
 その気品を傷つけないように。
 この店の地下には、実際に現在も活用されているワイン・セラーがある。温度と湿度が最新の空調設備によって管理されていた。
 ここだけは、妙に現代的だった。古色蒼然たる古代の墓所のような外見と、アンバランスだった。
 オーナーにそのことを指摘すると、時代は変化している。イノベーション(革新)の時代だ。使えるものは使うと平然と答えた。変化するべきものは変化する。
 ともあれ、そこで無数の葡萄酒の瓶が、静かに横たわって眠りについている。すべては先代のオーナーが、自分の足と舌で、個人で営業している東欧のワイン蔵を中心に、味わって、歩いて、集めてきたものだ。
 吉村も一度、同行させてもらったことがある。森の中の居酒屋で、マスのフライを齧りながら飲んだ白ワインの味が忘れられない。もっとも、彼の関心は、人形のような金髪碧眼の美少女とのアヴァンチュールにあった。
 先代は、ワインに人生を賭けていた。財産のすべてを注ぎ込んだ。吉村に、東欧のホテルの部屋で、ワインの酔いに身を委ねるふりをして、俺の手はマクベスのように血に汚れているんだと、涙流れに告白したことがあった。晩年は、病気がちで気が弱くなっていたのだろう。机の上に、何種類もの錠剤を並べて、硬水のボトルで一気に飲み干していた。これが、イノベーションだと断言していた。
 ついに店に出られなくなる日が来た。闘病のために入院することになったからだ。帰り道はない。覚悟の旅立ちだった。引退記念のパーティを開いた。今のマスターを後継者として常連に正式に紹介した。
 今年の春に、肺がんで亡くなった。血と骨の落ちた、骸骨のような姿になって死んだ。
 今でも大きな変化はない。内装から調度の花瓶、そしてコースターのデザインまでが、先代の趣味で統一されている。顔の半分を長髪で隠した、謎めいた美女の笑みが描かれている。
 香美羅は、その絵の恰好を真似しているようだ。
 道楽がこうじて、人間を買ってきたと親族の間で、物議をかもしたことがあるそうだ。先代は、俺が奴隷にされたのだと笑っていた。彼が女性に興味を抱くのは稀有なことだった。香美羅には手を出すなと釘を刺されていた。
 とうに深夜を過ぎていた。この時刻になると、ワインバー《カミーラ》は、通りに出ている看板を仕舞い込む。ビルの看板の明かりも消す。樫の木の厚い扉に、中から大きな銀の鍵をかける。そんな習慣だった。新しい客は、お断りというところだ。
 残っているのは、吉村。マスター。それに、香美羅。それだけだった。店内には、もう三名の人間しか残っていなかった。
 この店を訪れる、ある種の男たちの狙いは、分かっている。貴重なワインではない。香美羅だった。東欧人の血が混じった人形のような美少女。黒いドレスに包まれた美しい姿態。一見、つつましい古風なデザインなのに、体の動きによっては、思わぬところまでを見せてくれる。女体の美を隠すのではなくて、露わにするための衣裳。先代の嗜好による。
 特に、その胸。半球形の美しい形をしている。男を誘って止まなかった。古風な黒いドレスの襟元は、深くカットされている。暖かそうな谷間を、深みまでのぞかせていた。乳房の充実は、最近の日本の発育の良い女であっても、容易に到達できない、まろやかな熟成の度合いにまで届いていた。小さなころから、上質の肉と乳によって育てられないと、あの形と固さにはならないだろう。
 吉村は、先代が亡くなった後で、香美羅と何度か寝たことがある。初体験は、葬儀の直後のことだった。喪服の彼女は、あまりにも美しかった。店の地下の黴臭い部屋に誘われた。吉村は、後ろから抱きしめた。二つの巨乳を、ねっとりと念入りに揉んだ。すぐに彼女の呼吸が荒くなった。香しい吐息だった。地下の空気が、女の命の匂いに染まった。細い首を曲げて、キスを求めてきた。首筋に細い脛骨が、浮き上がっていた。白い首筋に歯を当てた。柔らかい皮膚を軽く噛んだ。
 床に跪いて、吉村のズボンのバンドを外していった。ボクサー・タイプのパンツの上から、あれに顔を押しつけてきた。吉村は、海綿体に血液が充溢し、固くなった肉棒で何度も摩擦していった。あの可愛い西洋人形のように端正な顔が、変形して歪んだ。
 ゴムを下ろす暇も、もどかしいといいうように、亀頭を赤い唇に銜え込んできた。涎を垂らしていた。根元まで濡らすと、ドレスのままで、俺の腰に座り込んできた。ペニスを深く、強力な筋肉質の膣に飲み込んでいった。両手を背後について、体重を支えている。幅の広い厚みのある腰を、激しく動かしていった。締め付けてくる。精力の強い男でないと、香美羅の相手は、無理だろう。膣の奥を突かれるのを好むから、長さがいる。子宮への刺激を求めた。そこに快感のポイントがあるようだった。ワインの瓶が触れ合って、ちりちりと音を立てた。女の美酒は潤沢に溢れた。何度も達した。収縮度は強烈だった。がくがくと痙攣している。コクのあるフル・ボディを堪能した。エクスタシーが近くなってくると、そのたびに吉村の肌に歯を立てる。しかし、血を流すところまではいかなかった。限度はわきまえていた。
 淫乱な女だった。回数を要求した。男の都合よりも、自分の快感を優先するタイプだった。満足するためには、日本人では何人もの男を必要とするだろう。不特定多数の男性と交際できる水商売には、向いているのかもしれない。店でのクールな彼女と、二人の香美羅がいるようだった。その落差に燃えた。最近では腎臓に異常が発見されていた。医師から乱淫を注意されていたが、吉村は聞く耳をもたなかった。
 店は、カウンターに五脚。通路に、二人掛けのテーブルが二つ。十人も入れば、いっぱいとなる。今夜は、彼女を誘うつもりだった。この店の黴臭いワインにも、そろそろ厭きてきた。先代に掛けられていた魔法も、溶けてきたようだ。吉村が好きな酒は、がつんと強力な一撃をブランデーに変化していた。
 香美羅には、これほどの美女であるのに、先代が生きているころから、不思議と男の影がなかった。最近の若い女性には珍しく、携帯電話も持っていない。店にかかってくる電話もない。どのように、あの火のような欲望を満たしているのか?分からなかった。先代が女体に興味がないことは分かっていたし、バーテンをしていた影の薄いマスターも同様だった。香美羅には、いつも孤独の影があった。東欧から単身、大陸の東の果てにある日の上る国にまで来ているのだ。守ってやりたくなる。いつでも皺ひとつない、血管が透けるほどに白い肌をしていた。太陽に焼かれたことなど、おそらく一度もないのだろう。口紅を塗っていなくても、血のように紅い。透き通るような肌の美女だった。
 店で、他に客がいないときには、吉村と二人きりで時を過ごしてくれたが、すぐ隣に座っていても、気配を絶つことができた。そこにいることを、忘れてしまうのだった。鳥となって飛び立ってしまいそうな。それとも、霧となって夜気に溶け込んでしまいそうな。非現実的な雰囲気のある女性だった。住んでいる場所も教えてくれない。
 先代が生きていた時には、いまにも貧血で倒れそうなほどに青白い顔をしてくることがあった。だが、彼の死後はより自由奔放になっていた。血色の良い、てらてらとした肌が、内側から輝くような色を匂わせている黄昏もある。明らかに、男の精を吸ってきた女の肌だった。
 店は禁煙である。灰皿も置いていない。ワインのフレーヴァ―を壊してしまうからだ。吉村の背後で、ぽんと小さな音がした。振り向くと、白い煙が一筋、立ち上っていた。立ち上がろうとしたが、マスターの髭面の顔が、大きく揺らいでいる。傾いている。視野が、周囲から暗くなっていった。
 吉村が目覚めると、世界が変化していた。目が見ている風景を大脳が理解することを拒否していた。
 黒い森が広がっていた。ガスタンクぐらいはある女の乳房が、黒い絹の刺繍の入ったブラの生地の中に、包まれている。カウンターの上に乗せられていた。それ自身の重量で、潰れて変形していた。
 吉村の上に乗せられたら、ぺちゃんこになってしまうだろう。それぐらいの、威力を内蔵していた。逃げ出していた。しかし、どこまで逃れたとしても、カウンターの上に囚われの身になっていた。床までは、三十メートルぐらいの高さがあった。ビルの十階ぐらいから、見下ろしているような感覚があった。
一番近い、キッチンの水道の方向でも、十メートルぐらいの高さがあった。マスターの姿はなかった。香美羅は、カウンターの上に、片手を長く、長く延ばしている。虫のような吉村の視点からは、巨大な黒い山脈のようにして聳えていた。
 彼女の右手の前には、空になったグラスがあった。半分以上は空になっている赤ワインのボトルが、不思議な緑褐色のガラスの塔のように立っていた。二本の指が空中から降下してきた。吉村を摘まみ上げた。
 彼は赤い海を泳いでいた。
 湾曲した硝子の壁の向こうに香美羅の乳房の上半球が、惑星のように歪んで壮大に見えていた。
 葡萄酒であることが分かった。
 海面が斜めに傾いていく。その先に赤黒い洞窟があった。滝となった酒が、その中に流れ込んでいく。
 彼もまた大渦の流れにまかれていた。
 香美羅は、赤葡萄酒のグラスを開けていた。グラスの底に、一滴も残さずに飲み干した。
 「ごちそうさま」
 香美羅は、以前のご主人様に教わったように、異国の礼儀に則って、黒髪の頭を深々と下げた。郷に入っては郷に従え。血まみれの吸血鬼など、人口密度の高い島国には似合わない。イノベーションが必要だった。先代の遺志に従っていた。血液ではなくて、人間の命を、錠剤として飲み干せば良い。血と肉の飢餓は、SEXで癒せる。
 やがて夜が来る。香美羅は空調の効いた地下室に降りて行った。乾いた棺の中に横たわった。
 
竹の家
笛地静恵
 日本は広い。山また山の奥に、その佐貫(さぬき)村はあった。山々の襞をくぐっていくので道程は長かった。阿倍達四名を乗せた警察の車は、事故を起こした原子力発電所から、直線距離にして二十キロメートル圏内に入っていた。乗員は、警察官、役場の職員、大学教授、その助手の四名である。警察官が運転手を務める。地元の地理に明るい人だった。村は最後の検問所を超えて、さらに山一つ越えたところである。
 四方は、目に優しい穏やかな新緑に囲まれていた。竹の葉の、やや薄い青みを帯びた冷たい色が、山肌に冴えた。無人の集落だった。しんとしている。竹林のささやきが聞こえた。道路の脇の空き地に、ドッジボールが一個、転がったままだった。乾いた地面に黒い影が鮮明に落ちていた。
 すでに自衛隊が入って、ご遺体の収容などは済ませてある。阿倍は、住民の一時帰宅ための準備として、安全に住宅に立ち入れるのかどうかをチェックする仕事に、大学の教授とともに参加していた。
 建築学を専攻している。大学院生である。放射線防護服と言うのを生れてはじめてきた。宇宙服のようである。旧式の物のようだ。ヘルメットをかぶっているので、横十センチメートル、縦五センチメートルのガラス窓だけに、視界が限定されている。妙な不安感があった。
 それに、何度も活用された気配のある旧式の防護服は、もちろん放射能の洗浄などは済んでいるのだろう。しかし、毎回の男たちが残していった汗の香が除去できずに沁みこんでいた。動物的な不安感を高めてくるのだった。
 放射線の線量計を持っている。カチカチという音がしていた。場所によって数値が変動している。風雨によって溜まりやすい場所があるようだ。頻繁に測定器の針が揺れていた。
 背中の重いボンベからの酸素を呼吸している。僕は、運動音痴であったから、スキューバ・ダイヴィングもしたことがない。本当を言うと泳げない。窒息感があった。
 それでも、教授とともに住宅の一軒一軒を検査して回った。阿倍達の判断に人の命がかかっている。件数が多い。短時間に状況を把握して決断しなければならない。緻密な観察と総合的な認識力が必要とされた。仕事に没頭している内に、怖さを忘れていった。
 地図で確認しながら、一軒一軒、チェックしつつ、赤と黄と青の札を張っていった。信号と同じだ。青は可能、黄色が注意、赤は不可能。
 山奥の佐貫村でも、最も高い場所に立っている家に来た。平屋だったが、大きな屋敷森がある。山城のような建物だった。敷地の中に竹藪が茂っている。同行している地元の役場の人の話では、遠い昔から、この一帯を治めてきた豪族の屋敷だという。畏怖の念がこもっているような気がした。
 車から降りた。竹が、ざわざわと風に鳴っていた。幹が太い。中には赤ちゃん一人ぐらい入れそうな物まであった。高さもあった。人間の背丈の四、五倍に達する物もあった。緑の光の波の底にいるようだった。『竹取物語』を連想した。孟宗竹だという。竹藪の黒い地面には、古い竹が並べてある。格子を作っていた。地元の人の話では、タケノコを掘るときに、どこまで取ったのかを分かりやすく示すための、目印にするということだった。
 屋敷そのものは、簡素だった。地元の良い木を使っている。柱も梁も見事なものだった。欅の尺五寸角の大黒柱が、年月に磨かれて黒光りしていた。ほれぼれとする。屋敷は本体そのものには、何の損傷もなかった。
 今回の大地震にも耐え抜いた古い家の堂々とした立ち姿に感動していた。被害は耕運機などを入れた納屋の屋根が落ちただけだった。
 竹藪の隣で休憩することにした。
 家の中は、たとえ鍵がかかっていなくても入っていくことはできない。被害も外観だけから判断する。住居不法侵入になってしまうからだ。なにかと制限が多い。それで、正確に判定しろと言うのは、無理な相談だった。
 烏たちは、人間のいなくなった町で、我が物顔に振る舞っていた。黒い鳥があちこちで餌を漁っている光景を見てきた。ここでも、庭で倒れた鶏を烏が襲っていた。竹藪の中から、光がきらりと閃いたように見えた。烏がひるんだ。僕は、竹やぶの影の下に、白い小さな女の子の姿を見たように思った。全裸である。服も着ていない。可愛い白桃のような尻。その谷間の影さえ見た。
 「女の子が、女の子がいます!」
 僕は、立ち上がっていた。
 「まさか!?」
 「ここには、誰もいませんよ」
 教授も、役場の人も、信じてくれない。放射線防御服の生地には、耐久性があったが、鋭い刃物のような物であれば、切り裂くことが可能だった。竹藪の中は、危険で入り込めない。できるだけ近くまで寄っていった。十メートルに達する竹の底は、暗黒に近いまでに暗かった。放射線の量が、異常に高い数値を示した。中に一本だけ、鋭い刃物で斜めに切られたばかりのような竹の切り口があった。明らかに人工のものである。まだ新しい。縁が白く光っていた。竹の内側が、人肌のようなぬくもりを湛えていた。
 どうも気にかかって仕方がなかった。ありえないことだと、頭では分かってはいたが、白い少女の残像は、あまりにも鮮明に美しかった。夢にまで見た。大学のゼミの先輩に、あの佐貫村の出身者がいることを、学生名簿から検索した。三十六歳。二十六歳の阿倍よりも、十歳の年上だった。女性だった。気後れしたが、フリーのジャーナリストという経歴から、彼の夢物語にも、付き合ってくれそうな気がした。
 連絡先に電話を入れてみた。上品な老いた女性の声が出た。母親らしかった。大学名とゼミの教授の名前を名乗ると、意外に素直に取り次いでくれた。女性としては、ハスキーな低い声が電話口から聞こえた。
「それで、○○大学○○ゼミの学生が、あたしに、なんの用があるの?」
 単刀直入だった。不快な故のぶっきらぼうさではない。面白がっているような調子があった。彼女は、香夜(かや)と名乗った。あの佐貫村の竹の家は良く知っていると言った。彼女は、「竹の家(え)」と呼んでいた。
 「面白そうね」良い反応があった。
 「車の運転はできる?」「できます」「バイクは?」「乗ったことないです」
 少しの間があった。
 「タンデムは?」「できると思います」「じゃあ、それにしましょ!」
 即断即決だった。
 「あたしのバイクで、一緒に佐貫村にいきましょ」
 無人の村の、かぐや姫という話に、興味をそそられたようだった。竹の家には、その手の昔話が、いろいろとあるのだという。香夜は、寝物語に祖母から聞かされたそうだ。数百年に一度、竹の花が咲く年には今でも、かぐや姫が地球を訪れる。地元の者だけの秘密だった。それを見た者には、幸福が分け与えられるという。
 山道だが、抜け道をいろいろと知っている。夜ならば、検問に気づかれずに、佐貫村に入れるということだった。
 「黒っぽい服にしてちょうだい」
 香夜は、次の休みの日の夕方に、約束の場所に姿を見せた。黒革の上下つなぎのジャンプ・スーツ。颯爽とした姿だった。日本人離れしたグラマーな身体のラインがくっきりと出ている。百七十五センチメートルの彼よりも、目線の上だけ身長が高い。百九十センチメートルは超えているだろう。胸も豊かだった。巨乳の部類に入るだろう。ウエストが、チェロのようにくびれていた。阿倍は、どこの大会のレース・クイーンにもなれるだろうと褒めた。その手のバイトをしたこともあるという話だった。
「驚いた。佐貫村の女は、昔から大型で有名なの。水のせいかもしれない」
 阿倍は、750CCの鋼鉄の黒い狼の後部座席に跨った。砂時計型の細い腰に手を回した。腹筋が固かった。全身が筋肉質だと分かった。
 「山道が続くわ。振り落とされないように、しっかりと捕まっていて!」「はい」「腰より、上は駄目よ。あたし、感じやすいんだからね。いたずらなんかしたら、谷底に放り投げてやる!!本気よ!」
 言われた通りにするしかなかった。しかし、香夜の黒い尻は、座席から余った。自分の領域を超えて彼の股間を圧迫してきた。理性とは全く関係なく、阿倍の男性自身が黒いジーンズの股間で自己主張していた。むっくりと起き上がっていた。香夜が、腰をくねらせた。
 「大丈夫、後で、たっぷりと乗ってあげる。でも、それまでは、お預け。二十六歳の若い男の味なんて、久しぶりなんだ。あなた、結構、イケメンよね。頂かせてもらうから、そのつもりでいてね」
 どこをどう走ったのか分からない。暗闇の舗装もされていない曲がりくねった林道を疾走した。車輪に弾かれた砂利が、木々に固い音を立ててぶつかった。対向車があれば、ライトでわかる。夜間の方が走りやすい。明るく笑っていた。最後の山を越えて、佐貫村に入った。「竹の家」が月光に浮かんでいる。
 竹藪の中に女がいた。もう少女ではない。成長していた。妙齢の乙女だった。胸の二つの乳房が丸かった。月光に湯あみするように両手を広げている。股間にも、三角形の黒い茂みがあった。しかも、彼女の背丈は、竹やぶの上に、黒い長髪の頭の半分が出るぐらいになっていた。
 阿倍は、かぐや姫がどうして、すぐに天上に帰らなければならないのか、分かったように思えた。地球上だと、体が成長しすぎてしまうのだ。香夜が、思わぬ行動に出た。隠れ場所から走りだしたのだ。
 「あたしも、つれていって!」
 危ない。あの大きな足に踏みつぶされてしまうだろう。しかし、かぐや姫は、足元の小さな存在を一顧だにしなかった。空中に舞い上がっていった。巻かれた風に竹藪だけが轟轟と泣いていた。こうして、二人だけは、現代に生きている人間の中で、かぐや姫の昇天を見たのだった。
 香夜は、異常に高ぶっていた。運転中から体が熱かった。竹藪の下の柔らかい黒い土の上に押し倒されていた。阿倍の黒のジーンズを、バンドを外す間も、もどかしいように、黒のボクサー・パンツと一緒に、引きずりおろした。自分も、蝶が脱皮するように自然に、ジャンプ・スーツを脱いだ。今度は、阿倍が、その上等なシルクらしい小さな白い下着を、引きちぎるようにして、乱暴に脱がせていた。香夜は阿倍の勃起した桃色の操縦悍をしっかりと握って離さなかった。腰の上に跨っていた。座り込んできた。音を立てて割れ目に呑み込んでいた。自由奔放に動いた。巨乳が左右に揺れた。女は、自分の求める間だけ、彼の道具の大きさと硬度を保っていた。やがて、ついに行く時が来た。阿倍も解放された。生涯、最大級の射精を経験していた。
 佐貫村の竹の花が咲いて、すべて散るまでには、村人も帰郷が許可されていた。阿倍は、自分のかぐや姫が、天に帰らないように、地上に引きとめる作戦を練っていた。
 
 
 【作者後記】『笛地静恵を囲む会』の会員限定で配布した個人誌「回帰の海」から、ショートショート3編を掲載いたします。これに笛地特製の蔵書票がついていました。クローズド・サイトのみの作品公開はしないという大原則によります。笛地としては珍しく400字詰め原稿用紙12枚以内という条件をつけて書いてみました。お楽しみ頂ければ幸甚です。2011年5月23日(笛地静恵)