短小物語集
谷の神
笛地静恵
 津辺(つべ)は、計画を立てて旅をするのが好きではない。地方の私鉄の各駅停車に乗る。古い車両に揺られる。山は万緑。渓谷の流れが青い。大きな滝があった。山中の谷神(たにがみ)駅で降りた。駅員は、中年で気のよさそうな男だった。暇そうに飴をしゃぶっている。泊まれる場所はありませんかと尋ねた。山一つ越えれば、昔は、鉱山があったので、そちらには、鉱泉宿が何件かあるけどね。ここならば、《玄泉館》が、まだ何とかやっている。一人ぐらいならば、泊まらせてくれるかもしれないね。一応、話をしてみようか。お願いすることにした。電電公社の時代の黒電話。骨董品だ。真剣に交渉してくれている。準備ができない。おかずは山菜ぐらい。我慢してもらうしかないという。何も問題ない。頼むことにした。料金も、格安にしてくれた。二時間に一本のバスに乗った。
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 佐野は、村会議員で谷神村の有力者である。村の旧家である木船(きぶね)家の貴子を騙して、《玄泉館》のある土地の権利を手にいれた。もともと、彼女にしても、先代を色仕掛けで騙して手に入れた旅館だった。鉱泉宿の芸者あがりだ。小学校からの幼馴染。あいつのことは、なんでも分かっている。
 《玄泉館》は駅から近い。あのあたりでも、天然ガスが出る。村に、調査に来た大学の先生に、酒と女を与えて掴んだ情報だった。新しい温泉地として開発する計画があるらしい。天然ガスは、石油や原子力に代わる、新しいエネルギー源として、今の日本で注目されているという。今日は、もっとも有望視されている、地獄谷の試掘調査をする日だった。硫黄が、黄色い糞のように堆積している。佐野の膨らんだ腹が、蟇蛙のように大きく偉そうに突き出た。ぐふぐふ。含み笑いをした。
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 旅館《玄泉館》の女将である木船貴子(きぶねたかこ)は、夕食の時から、津辺の脇につきっきりだ。給仕をしてくれている。今夜は、別に大学の一団が、泊まることになっているという。でも、いつまで待っても、帰ってこない。携帯電話に連絡一本さえない。
 あんな人たちのことは、どうでもいいのよ。吐き捨てるような口調だった。旅館をやめなければならないのが、残念だという。騙されたとも言った。いわく因縁がありそうだった。
 露天風呂と川の水面が同じ高さにあった。ランプに蝋燭を灯している。雰囲気があった。緑の風が、渓流を渡る。硫黄の黄色い香を吹き払う。湯量は豊富である。源泉かけ流し。渓谷美を独占した。いい具合に温まって帰ってくると、貴子が、奥の部屋に布団を敷いているところだった。
 あたし、少し、飲みたい気分なんです。今夜、つきあってくれませんか。
 遠慮がちに頼んできた。断る理由はない。山奥なので、好きなテレビ番組も映らない。貴子は、やがて調理場から酒と肴を持って、いそいそと戻ってきた。
 それから、さしで飲んだ。いける口のようである。部屋の一隅に、小さな瓦斯焜炉が付いている。黒く焼け焦げている。鉱山に出稼ぎに来た労働者が、《玄泉館》に長期間泊まって、自炊生活をした時代があったという。そこで、器用にお燗をしてくれた。まめに動く。着物の大きな尻が、くねくねと踊った。津辺が、山菜のほろ苦さを喜んで口に運ぶと、端正な顔をほころばせた。鯰の黒焼きという珍味も、ご馳走になった。村の開発の問題に悩んでいることも、初対面の津辺に素直に告白した。地酒の一升瓶を二本。二人でほとんど空にした。
 あたし、酔っちゃったみたい。
 津辺は、冷やでは飲まない。何度目かに、お燗のために立ち上がろうとしたとき、貴子の白い足袋がもつれた。彼の胸に、しなだれかかってきた。
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 地獄谷は、谷の神が住まう。谷神村では有名な場所だ。みだりに立ち入ってはならない。鉱山労働者の男たちさえも、そろって尻ごみをした。迷信深いのだった。学者が連れてきた、大学の長身のひょろひょろとした、胸の薄い頼りなさそうな若い学生たちの方が、よほどきびきびと動いた。試験的に火井(かせい)弁を立てた。機械が掘り進んでいく状況を、村人たちが遠巻きにして眺めている。そこに、赤い血のような液体が吹き出した。四方八方に飛び散る。辺りが真紅に染まった。教授によれば、酸化した鉄錆びであるという。良くあることだ。しかし、情けないことに、もともと怯えていた村人たちは、悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。後には、苦い顔をした佐野と、呆然とした表情の大学関係者のみが、残された。
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 二人は、強く抱き合った。貴子が、両腕に力を入れてきた。抱きしめ返してやる。そのたびに、感極まったような鋭い声を上げた。
 あたし、恥ずかしい。男の人なんて、久しぶりなんですもの。
 男の力に、成熟した女体が、敏感に反応している。彼女の膝が砕けるようになって、二人で布団の上に倒れ込んだ。津辺の胸に、顔を寄せてきた。彼女の手が、自然に下着の男の膨らみの上に置かれた。愛撫してくれている。
 耳にキスをする態勢になった。津辺が、キスをしても拒まない。眼を閉じて、静かに受け止めている。舌先で、きれいな耳朶の形に添うように、窪んだ部分を舐めていった。皮膚の脂が、溜まって光っている部分もある。耳の穴にも、舌を入れた。うぶ毛を舌先に感じる。耳垢の苦みもあった。切なげな声が、唇から洩れた。唾液が入らないように注意しながら、何度も穴を攻めていった。
 愛撫の手に、さらに熱と力が込められた。
全身が、微かに震える。弱いものだが、エクスタシーを感じたようである。眼を閉じている。口元に満ち足りたような笑みが浮かんだ。ぎょほぎょほと笑った。
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 地元の地理に詳しいはずの佐野が、なんと帰りの道案内に迷ってしまった。最近は、山に入っていない。しかし、一本道だ。そんなはずはない。だが、森は黒く深かった。誰の携帯電話も、すべて圏外になっている。GPSも、例外ではなかった。《玄泉館》に降りていくはずが、いつまでたっても下れない。二台の四輪駆動車が、暗い山中をぐるぐるとさまよった。山の天気は、すぐに変化する。暗雲が、立ち込めてきた。黒い雲が、風に筋を何本も引いて、渦を巻いている。雷鳴が、轟いた。息もできないような豪雨が降ってきた。近くの洞穴に避難した。こんな場所が村にあったか?佐野は疑問に思った。が、仕方がない。中は湿っているが、危険な蛇や虫がいないことだけは、確認した。しばらくの間、雨宿りすることにした。
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 貴子は、安らかな寝息を立てている。あまりにも、気持ちがよさそうだ。津辺も起こすことができなかった。乳首に当たる吐息を感じている。裸の胸乳の上で、唇を半開きにしている。彼も、旅館の浴衣を脱いでいた。口紅を塗っていない唇の粘膜が、桃色に乾いている。烏の濡れ羽色の豊かな頭髪を、撫でてやった。毛の根元が、かすかに白い。染めているのだろう。苦労しているようだった。見なかったことにした。そっと髪を撫でた。
 着物の上から、右手で乳当てをつけていない大きな重い乳を、そっと揉んだ。それでも、眼を覚まさない。規則的で、安らかな呼吸。楽しい夢を見ているのか。夜は長い。津辺も、少し眠ろうと思った。今夜は、眠らせてもらえないだろう。目を閉じた。酒の酔いが、体を回った。
 目を覚ます。貴子がくわえている。濡れて温かい感覚。股間に女の黒髪の頭が動く。津辺のパンツは脱がされている。赤い唇で亀頭のくびれを挟まれた。頭部が黒髪とともに、上下に激しく動く。根元まで呑み込まれている。喉の奥に当たる。刺激が強い。貴子は、雌獅子のように吠えた。口から離す。ねっとりした唾液が、ペニスから口に長い糸を引く。顎に涎が光った。もう駄目。欲しいわ。貴子は、全裸だった。腰に乗ってきた。コンドームは?いらない。だいじょうぶよ。
 貴子は、貪欲だった。濡れそぼっているので、挿入はスムーズだった。津辺の腹筋に、巨大な臀筋が、ぶつかった。最初から腰を激しく動かした。抜き差しを繰り返す。使いこなされた紫の陰唇。厚く強い。女の谷が深い。しっぽり。銜え込んでいる。陰毛は、あまり手入れをされていない。貪欲なまでに、下腹に繁茂した。膣の筋肉が、内部で複雑に唸っている。奥を突かれるのを好むようだ。当てるたびに声が上がった。巨大な二つの乳房が、揺れてぶつかりあっている。灯りは、枕元の行燈だけ。深い陰影が、球体の量感を強調した。その間に、小さな顔がのぞく。
 夜の旅館《玄泉館》には、二人の男女以外、誰もいないようだ。しんとしている。貴子は、遠慮のない声を、深い夜に張り上げている。際限なく高まっていく。津辺も、大学の泊り客が気になったが、いっしょに行けるところまでは、ついて行くつもりだった。貴子の愛液が、睾丸をぐっしょりと濡らしている。二つの乳房を、岩棚にしがみつくように、両手でわし掴みにした。強弱をつけて握った。
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 佐野は、居眠りをしたようだ。洞窟の空気が、濁っている。異様な臭気だ。立とうとしたが、立ち上がれない。酸素が、極端に不足している。足が痺れている。眩暈がした。しまった。瓦斯か!?重力が、変化した。洞窟の口であったはずのところが、足の下になっている。壁の襞にしがみついていないと、落下してしまう。パニックになった。悲鳴を上げた。入り口から、巨大な物体が侵入してきたからだ。たちまち空間をいっぱいに満たした。彼らの肉体は、その胴体で壁のくぼみに押し当てられた。激しく圧迫された。
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 貴子は、津辺の腹の上で、何回も逝った。ようやく男の腹の上から降りた。津辺のそれは抜いても、なお長さを保っている。すぐに回復するだろう。出し切れていない。自分でも、驚異的な精力だ。さっきの料理に何か入っていたのか。貴子の女の谷間からは、白い液体が滲み出ている。
 津辺のペニスには、ところどころに赤い血のようなものが、点々と染みになって付いている。貴子の舌が、それを旨そうに、ぺろぺろと舐めた。今度は尻を向けた。指で裂け目を開いた。一気に深くついた。