ホルス・サーガ
『太母院』ホルス別館・2
笛地静恵
6・
 松本が、専務の隣に座った。
 自然に、大海瑛子が私の隣に来た。
 ずしん。ジーンズの大きなお尻が着地した衝撃で、私の身体が浮いたような気がした。
180センチサイズのヒップである。
 彼女の方は、TシャツにGパンというラフな格好だった。
 洗い晒しの生地が、彼女の胸の谷間をことに魅力的に見せていた。Uカットの深いデザ
インだった。なるほど、巨乳だった。
 ここにも、180センチのサイズの迫力を感じていた。
 片方だけでも、熟した西瓜のようだった。日向で照らされていた果実のように、熱かっ
た。谷間から女の汗の香がした。そこに小さな夏の名残があった。盛り上がった斜面に、
汗が玉になって滑っていた。シャツには、乳房の形に左右に二つ、汗が黒い染みになって
滲んでいた。
 女という名前の、厚切りのステーキだった。ジュウジュウと焼け焦げるような音を立て
ている。瑛子が、座る姿勢を決定しているうちにも、胸は身をくねらせて、そこだけで男
を誘っていた。性欲を刺激してくる。このまま歯を立てて、がぶりと噛み切り、むしゃむ
しゃと食いたかった。
 これぐらい大きい肉体だと、放出される体温の熱気で、周囲の空気が自然に暖まってい
るのが分かった。
「部長。どこを、見ているんですか?」
 すぐに、きつく注意された。目鼻立ちが大きい。くっきりとした印象がある。大大しく
て、包容力のある骨相の顔立ちである。可愛らしい頬を、ぷんと丸く膨らませていた。
「ああ、失礼」
 大きな黒い瞳に、見下ろされている。一挙手一投足が、見透かされているような気がし
た。
 サーチライトに照らされて犯行現場を発見された、変態性欲の犯人の気分だった。
「うふふ」
 しかし、瑛子は大きな唇を開くと、大きくて白い健康な歯を見せて笑っていた。すべて
が大きく美しかった。
「部長って、仕事の合間も、ちらちらと私の方を、見ていてくれましたよね。あれ、けっ
こう、嬉しかったんですよ」
 瑛子の陽に焼けた巨大な手は、私の小さな身体を抱き締めたくて、仕方がないという風
情だった。包囲するようにして、頭上をゆっくりと回転していた。しかし、私は拒否の姿
勢を崩せなかった。
 私は、どこを見て良いか分からずに、専務の方を向いた。
 瑛子の方を向いていると、大きすぎて視野のすべてが、彼女の豊満な肉体で占領されて
しまうのだった。逃げることはできなかった。好きな女の肉体のズーム・アップは、私に
は刺激的に過ぎた。

                 *

 あちらは、もう凄いことになっていた。専務と松本貴子が、出来ていることは間違いな
かった。
 さも、なれ親しんでいるというように、専務が、貴子の脇に身体をすり寄せていた。母
親に甘える、子どものような動作だった。貴子も拒まずに、じっとそれを受け入れていた。
 私達がいなければ、松本は専務の薄い髪を、「いいこ。いいこ」と、撫でていたかもしれ
ない。
 母と子のような親密さだった。
 その内に、専務が脚が疲れただろうと、貴子のパンティストッキングを自ら脱ぎ始めた。
 灰色のスカートが、付け根まで捲れあがっていた。小さなスケスケの白い刺繍のパンテ
ィが、白い雲のように煙って見えた。
 鮮烈な色だった。
 専務は、自分の胴体ほどもある太腿から、パンティストッキングを滑らせて脱いでいっ
た。
 ストッキングの輝きの光が、大きくても美しい脚の斜面を、エロティックに愛撫するよ
うにすべっていた。

                 *

 呆然と見つめていたらしい。瑛子の大きな指先に耳を摘まれていた。ぐいっと引っ張ら
れた。怪力だった。
 腰が浮いていた。
 相当に痛かった。
「部長。あちらは、あちらに任せておきましょうよ。私たちは、私たちで楽しみませんか?」
 これからのことのなりゆきを考えると、今夜、私の相手をするために呼ばれたのが、瑛
子ということになりはしなかろうか。
 しかし、何をすれば良いのか。いきなり、欲望の命じるままに、その胸にむしゃぶり付
くわけにもいかないだろう。
 物事には、手順というものがある。私には、まだ心の準備が出来ていなかった。据え膳
を出されても、食える状態ではなかった。
 それで私は、黙々と杯を重ねていた。瑛子が酌をしてくれた。
「部長は、ホルス君の体験は初めてなんですか?」
「ああ」
 言葉少なく答えた。
 瑛子にも薦めた。
「じゃあ、私のことどう見えます?大女ですよね。恐いですか?」
「いや、そんなことないよ」
「よかった」
 瑛子が安心しているのが分かった。
 杯がない。コップにした。
「乾杯」
 くいっ。
 簡単に干していた。
 彼女には、一口分しかなかった。
「それじゃ、酒を味わうという感じじゃないな。利き酒をしているようなもんだ。こっち
にしようか?」
 徳利を持たせた。
 それでも、1カップ・サイズの分量しかなかった。
「頂きます。喉が乾いてるんです」
 瑛子は、白い大蛇のような首を長く延ばして、ぐびぐびと旨そうに飲み干していった。
「ああ、おいしい。身体にアルコールが、沁みてきます」
 瑛子が、胸元に手を当てていた。酒が胃の腑に入るのを確認しているような手つきだっ
た。Tシャツの上から手を当てていた。左右の乳房を重さを計るようにして、生地を動か
していた。背中に手を回していた。
「ごめんなさい。ブラがずれてしまいました」
 私は瑛子の、ゆさっと胸の位置を戻す自然な動作に、魅了されていた。
「そんなに、大きいと肩が凝らないか?」
 瑛子が、やはり、部長はその話題できたか、というように、ウフフと笑っていた。
「私、前に、胸の重さを計ったことがあるんです」
「ほんとかい?」
「たまたま。料理用の計量器が、テーブルにあったんです。ちょうど乗せるのに、良い高
さでした」
「ふんふん」
「片方ずつ乗せてみました」
「へえ」
「一.五キログラムずつありましたよ」
「なるほど。両方で三キログラムの荷物を、胸元に毎日ぶらさげているのか?。重くない
かね?」
「慣れましたね」
 妙な会話をしていると思っていた。キャバクラの女との会話のようだった。
「持ってみますか」
 瑛子が、背中に長い手をのばしていた。胸の谷間が深くなって、搾り出されたような汗
が、溝にたまっていた。背中の金具を外す、プチンという乾いた音がした。
 乳首のラインがかすかに生地の下で重力に引かれて、かすかに下がるのが分かった。そ
れでも乳房全体としては、まだ十分な量感と威容を保持して、誇らかに突き出していた。
 私は、恐る恐る右手を延ばしていた。瑛子に手首を捕まれていた。
「遠慮しなくて、いいですよ。さあ」
 ぐいっ。
 前方に身体が泳いだ。
 私の手は、右側の乳房の下にあった。瑛子が身体を屈めて、物体を置いた。重かった。
ずしりという重量感があった。Tシャツとブラを通して、血の通った肉のぬくもりを感じ
た。
 重量に負けないで支えるには、手首に力をこめる必要があった。この肉袋の重量は、1.
5キログラムどころではなかった。
 瑛子は、縦、横、高さと各二倍になっているのだから、その体積は2X2X2=8。8
倍になっている。
 つまり、十二キログラムの物体だった。
 瑛子は、私の苦闘に気が付くようでもなく、総重量二十四キログラムの乳房を、無造作
に揺らしながら笑っていた。息が、暖かく顔面に吹いてきた。
「部長の手、今晩は、ちっちゃくてカワイイですね」
 瑛子の手と比較すると、赤ちゃんの手だった。瑛子の手のひらに重ねられていた。彼女
と手首を合わせてみると、指輪をしている指の付け根まで、指先が届かなかった。
 私は、部下であった女性にカワイイと言われて、顔を赤くしていた。ドギマギしていた。
耳がひどく熱かった。赤く染まっているのが分かった。

                 *

 専務は、私よりもさらに傍若無人だった。貴子のストッキングの爪先に鼻を寄せていた。
一日中、仕事で履き通してきた汗まみれの靴下のはずだった。
 専務の嗜好が分かった。
 貴子は、くすぐったそうな顔をしながらも、されるままにしていた。
 スカートの乱れも直そうとはしなかった。刺繍のパンティ透かして、あそこまで専務に
見られることを、計算の上で楽しんでいるのだった。

                 *

 専務が、二人に食事は、もう済ませたのかと質問していた。瑛子が「まだです」と即座
に答えていた。ブラを直していた。
「お腹が減りました」
 悪怯れないのが、この子の美点だった。
 専務も、声に出して笑っていた。
 松本貴子が、瑛子の運転する軽自動車で、高速を平均時速一〇〇キロで飛ばして来たと、
専務に報告していた。
 『石橋を叩いて壊す』と。男性社員に評されていた慎重派の貴子が、そこまで瑛子の腕
を信じているのは驚きだった。
「部屋は、もう割り当てられているかね」
「はい。荷物だけを置いて、すぐに「乳の間」に来ました」
 これにも、松本が即座に応答していた。切れ者同志のカップルという印象があった。お
似合いだった。
「けっこうだ。食事と酒を用意させよう。その間、温泉に入って、今日の汗を存分に流し
て来てくれ」
「分かりました。それでは、失礼します。瑛子。いきましょう!」
 松本貴子が、そう誘った。
「はい」
 瑛子が、弾かれたように、すっくりと室内で立ち上がった。大きかった。足元から、見
上げているためもあるだろう。
 風が起こっていた。
 乳房の隆起が、顔を隠していた。私たちは、茫然とその威容を、見上げているばかりだ
った。
 無理もない。瑛子の身長は、今の私には、三メートル五十センチはあるように見える。
 このような長身の超巨人に、今までの実人生で、会うことはありえなかったのだ。
 すらりとした青いGパンの脚の長さだけでも、私の身長よりも大きかったのだ。
 もしかすると片脚だけでも、私の現在の全体重よりも重いのかもしれなかった。専務の
飢えたような視線が、注がれていた。
6・
 二人の巨大な女が、不在になった広大な部屋の中で、私は、ようやくほっと息が付ける
ような気がした。
 若い女人の化粧と体臭が、部屋に、まだ立ち篭めているのが分かった。
「どうかな、楽しんでくれているかね?」
 専務が、恥ずかしそうな上目使いで、そういった。
「ええ、まあ」
「もっと、楽しんでくれたまえ。今夜は無礼講だ」
 私は、口から出掛かる質問を、唾とともに飲み込んでいた。瑛子とはどこまで行ってい
るんですか、ということだった。

                 *

 専務は、私の気持ちを察しているのかいないのか。瑛子の話題を続けていた。
「松本貴子君と、大海瑛子君が、A学院大学の英文科で、先輩と後輩の関係だというのは
知っているかね?」
 初耳だった。
 そればかりではない。自分は瑛子のプライベートについては、何も知らないということ
が、胸に沁みた。
 プロジェクト終盤で、あれだけの残業時間を、文句も言わずに黙々と勤めてくれた子だ
った。
 彼氏は、いないのではないかと思われた。
 携帯のメール画面も、別に誰に隠す事無く見ていた。
「シェークスピアの芝居を、大学のESSで英語で上演してからの親友らしい」 
 専務は、そんな私よりも遥かに事情通だった。
「貴子君がハムレットで、瑛子君がオフェリアだったようだ」
 逆でもいいような気がした。
 広大な部屋の舞台のような床の間に、巨大な二人の美しい恋人同志が、熱烈に絡まり会
う情景を、ふっと幻視していた。
「貴子君からの情報だから確実なんだが、瑛子君は、今年の春に彼と別れているそうだよ」
 私は胸を突かれていた。
 それは、プロジェクトが佳境に入って、どうしても瑛子の力が必要だった時期だった。
確か、休日も返上して働いてもらっていた頃だった。
 文句一つ言わずに、明るく勤務していた。
 疲労のたまってきた男性社員を、叱咤激励してくれていた。
 別れは、苛酷な労働条件のせいだと分かった。
 罪悪感があった。
「一部は、私の責任だと思います」
 そう正直に告白した。
「瑛子君も、さみしいだろうと思うよ。今日も、貴子君の誘いを、一度は断ったんだが、
大塚部長が来るというと、二つ返事で乗ってきたそうだ」

                 *

 私は、専務の方を見ていた。
 彼は貴子があえて、そこに脱ぎ捨てていった、大蛇の脱け殻のようなパンティストッキ
ングの爪先の生地が二重になって、色の濃く変化した辺りを顔に当てて、深呼吸していた。
匂いを嗅いでいた。
「私は、こういう男だ。軽蔑するかね?」
「いいえ」
 断言していた。
「嬉しいですよ」
「何がだね?」
「専務が、ただの男だと分かりましたからね」
「ははは、そうだな。若手の男性社員には、人間コンピュータなどと呼ばれているようだ
からね」
 専務は、ストッキングをマフラーのように首に巻いていた。
「ところで、松本貴子君の推薦もあって、大海瑛子君を来期から正式に社員として採用す
ることが内定している。大塚部長直属の秘書となる。人間コンピュータにも、血も涙もあ
ることがわかってくれたかね?」
 なんと答えるべきか。
 迷っているところに、障子ががらりと開いた。

                 *

「ばあっ!」
 瑛子の大きな顔が、私たちを見下ろしていた。浴衣に着替えていた。胸元がゆったりと
揺れていた。
「あの……、松本さんの提案なんですけど……、ここで食事するよりも、もっと楽しいア
イデアが、あるということなんですが……」
「なんだね?」
「専務も部長も、私たちと一緒に、露天風呂に入りませんかということです。酒と食事は、
あちらに直接に運ばせるように、松本さんが手配しています」
 胸が揺れていた。ブラジャーを身につけていないことはすぐに分かった。女性用の薄い
絣の白い浴衣の生地を押し上げている、紫色の乳首の存在が見て取れたから。
「それも、いいかもしれないな」
 専務はストッキングを脇に置いて、立ち上がりかけていた。
「『太母院』は、露天風呂があるんだ。川のすぐわきに、温泉が湧いている。周りを川原の
石で囲っただけだ。野趣があるぞ。希望するならば、川で泳げるよ。どうせ、今夜はうち
で貸し切りなんだ。使用は自由にできる」
 そして、そういうことになった。
 瑛子は今の話を、障子の向こうで立ち聞きしていたか。いなかったか。

                 *

 露天風呂までの長距離の階段を無理して歩いてきた。かなり、酔いが回っているようだ
った。足元が左右によろよろとしていた。小人の身体では、かなりきつい道のりだった。
転落の危険性もあった。石段で転んで、膝を赤剥けに擦り剥いていた。
 途中から、貴子が見るに見兼ねて、抱き上げてしまったのだ。専務は、赤子のようにむ
ずがって抵抗していたが、力で押さえこまれてしまっていた。
 専務は、貴子に抱かれて、今は、もうご機嫌だった。
6・
 三人の小さな老人達が、大きな配達用のような木箱の中に、酒と料理を入れて露天風呂
まで、運搬して来てくれていた。重かっただろう。私たちと同じ二分の一サイズだった。
まあ、確かに、自分の二倍の巨人の老人と会いたくはないので、この配慮は有り難かった
が、たいへんな労働だったことだろう。どんぐりのように尖って毛のない、よく似た禿頭
に汗を浮かべていた。
 彼らは、これで最後の注文になりますが、他に何かありませんかと、尋ねてきた。夜の
十一時を回っていた。
 貴子は、「これでいいわ。ありがとう」と答えていた。チップを、ひとりの手に渡してい
た。大きな札が三枚あった。第一秘書は、さすがに応対にそつがなかった。
 彼らは頭を下げてから、石の階段を上って去っていった。

                 *

 露天風呂は、私たちだけになっていた。解放感があった。
 二人の美女は、小人の上司達の視線を何も恥じる事無く、裸電球が一個、まばゆくあた
りを照らしている露天風呂の脱衣所で、全裸になっていた。影が足元に黒く落ちていた。
専務も同調していた。
 浴衣を、さっさと脱ぎ捨てていた。
 もじもじしているのは、私だけだった。貴子の細い刺繍のパンティの生地と、瑛子の股
ぐりの深い、白いショーツの対比が鮮烈だった。それも、するりと脱いでいった。男性と
言っても、子どもと同じ体格なので、すっかり安心しているようだった。

                 *

 貴子は当然だとしても、瑛子が専務の裸体を見ても、恥じ入るような様子を見せないの
が、私にはひどく気になっていた。
 二人も、すでに「できて」いるのだろうか。
 私は専務に、醜い嫉妬をしているのだった。
 貴子と専務は、先に川原に出ていってしまった。
 私はいつまでも、もじもじとしていた。パンツ一丁になってからが、思い切れなかった。
理由は、男性としての当然の変化だった。その緊張が解消できなかったからだ。

                 *

 私の脱衣を、瑛子が辛抱強く待っていてくれた。
 しかし、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。
「部長、そんなに恥ずかしがらないでください!」
 私は瑛子が、浴衣の腕を上げた拍子に、脇の下から薫る、若い女の体臭にどぎまぎして
いた。官能を揺さ振られる香だった。そのフェロモンで、さらに一回り分、大きく育って
しまった。追い詰められていた。
 彼女も深夜のドライブで、汗をかいて疲れているのだろう。風呂に入りたいだろうなと
思った。申し訳なかった。
「お姉さんが、手伝って上げましょうか?」
 口元は笑みを浮かべていたが、目が嗤っていなかった。やばいと思った。瑛子が怒って
いる証拠だった。
「ああ、わかった。脱ぐよ」
 着せ替え人形で、遊ぶような気分だったのだろう。私のパンツを、片方の足ずつ抜いて、
脱がせていた。私は、片足を付いた瑛子の白い肩に手を乗せていたが、この態勢でも今の
瑛子の方が大きかった。彼女は、脱衣篭に私のパンツを丁寧に畳んでいた。
 観念していた。タオルを当てていた。
「それでいいんです」
 瑛子は、満足の笑みを浮かべていた。
「ひとつ質問したいんですけど?」
「なんだね」
「その変化は、私がここにいるせいですか?」
 私は、瑛子の巨大な全身を、上から下まで一望にしていた。巨大さが美を何倍にもして
いた。圧倒されていた。
 両腕の間に、胸を挟むようにしていたので、乳房の肉が大きく高く、むにゅうと盛り上
がっていた。白い下腹の陰毛は、予想通りに面積も広く、貪欲に密度も高く密生していた。
体毛が濃い方のようだった。
「そうとも。君の美しさに魅了されているんだ」
 正直に告白した。
「うれしいです!!」
 私は正しいキーを押したようだ。瑛子が満面の笑みを浮かべていた。
「私、こうして、部長に抱かれたかったんですよ」
 そういって、私をそのやわらかい胸元に、ひょいと抱き上げてくれた。
「知ってましたか?」

                 *

 答える前に、唇を奪われていた。大きな口が、私の口を強く吸引していた。私は我慢で
きずに、瑛子の巨大な乳房を、小さな手で揉んでいた。両手でも抱えきれなかった。股間
をタオルの上から、胸の谷間の敏感な皮膚に押し当てていた。腰をグラインドさせていた。
効果は覿面だった。
 彼女が、身を反らしていた。口を開けてあえぎ声を出していた。微細な愛撫にも、敏感
に反応してくれていた。嬉しかった。
 葡萄の粒のような大きな乳首を、口に含んでいた。すでに固くなっていた。川のせせら
ぎの音を聞いていた。瑛子の肌は熱かったが、川風が、私の背中の汗ばんだ肌に、涼しか
った。腰だけが、熱い温泉に浸っていた。
7・
 女性たちは、石と砂の湯槽の中で、木の桶に入った山菜を肴に、何本もの強い酒を、何
合も空にしていった。二人とも、うわばみのような酒豪だった。私には一升瓶のように見
える徳利が、二十本以上も、洗い場の石の上に整然とならんでいた。
 山菜の塩味が、彼女たちの酒量を高めているようだった。

                 *

 星空の下の、広いプールのような川で、酔った瑛子は、白い尻を水面に突出しながら、
平泳ぎをしていた。尻のピンクの割れ目が、奥まで見えていることも気にしなかった。
 私は、そのくびれた胴にまたがっていた。イルカに乗った少年という図だった。アラビ
アン・ナイトの夢の世界だった。
 流れは周囲で深く、緑色に渦巻いていた。鮎が釣れるという。水質は清らかに澄んでい
た。流れは早く豊かだった。水は次から次へと、岩の上に絶え間なく盛り上がっていた。
筋肉質の女性の肉体のように、優雅にして強壮だった。私は、命令すれば何でも言うこと
を聞く、大魔神ジェニーに守られているのだった。
 しかし、どうも安心しすぎた。隙があったようである。

                 *

 それを体験した瑛子に、流れが強いですから、ひとりでは川に入らないようにと、注意
されていた。上流から水音が、轟々と谷間に反響して聞こえていた。
 川は昨夜来の雨で、増水しているようだった。瑛子が立つと、膝の上に辛うじてくるぐ
らいの深さだった。泡が膝小僧に戯れていた。全裸の彼女が、川で楽しく泳いで楽しんで
いる隙を見計らって、私も露天風呂の石の壁の外に出ていた。水泳には自信があった。流
れに入った。かなり強かった。
 私が立つと、水面が胸元まで来た。川底の丸い石は、苔が生えていた。ぬるぬるとして、
よく滑った。体重を乗せたつもりの石が、ごろりと転がった。それだけで、足元を掬われ
ていた。気が付いた時には、凄い勢いで流されてしまった。生臭い波が、口に入ってきた。
足が底に付かない。溺れかかっているのがわかった。
「部長!」
 瑛子が叫んでいた。深みまで、ざぶざぶと大股で歩いて、救出に来てくれた。手首を、
がっしりと万力のような手で握られていた。水の中から引き上げてくれた。私を飲み込も
うとした水も、彼女の太腿の巨大な肉の柱の周囲を、無力に渦巻いて流れているだけだっ
た。
 助かった。が、夜目にも緑色が不気味に深い、川の中央部まで流されていたら……。ど
うなっていたか分からない。瑛子の暖かい胸に抱かれながら、ぞっとしていた。その心臓
の逞しい鼓動が頼もしかった。身体が冷えていた。
「部長。私から離れちゃだめですよ。危ないですからね」
 めっ。
 きつい顔で、叱られてしまっていた。
「今度は、お風呂から川に出ようとしただけで、お尻をペンペンしますからね!」
 頷くだけだった。
 今頃になって、恐怖に震えが止まらなくなっていた。危機一髪だったことが、実感され
ていた。瑛子が私を気に掛けて、視野の端で見ていてくれたから助かったのだ。こんな谷
川で、水死したくはなかった。
 ホルス薬は、世界を変化させる。ここは巨人の世界だった。
 川も、小人にはやさしくはなかった。冷たい歯を見せて、がぶりと飲み込もうとしたの
だった。
 そんな私を、瑛子はやさしく抱き締めてくれていた。
 熱い露天風呂に戻っていた。

                 *

 専務は、私のそんな危機など何も知らなかった。
 湯槽の縁にもたれる貴子の、スーツの上からだけでは分からない、充実した巨乳の谷間
に、それが最上級の肘掛椅子であるかのように、背をもたれていた。彼女の片方の膝の上
に、十分に乗っかってしまう、小さな尻を下ろしていた。左右の乳房の上半球に手を回し
ていた。威張っている王子様のように抱き抱えようとしていた。
 微笑している貴子の、満月のように明るく美しい顔が、背後にあった。三十歳を、とう
に越えている身体には見えなかった。二十代で通るだろう。
 後で川原の、波に研かれて平らになった青い石の上で、全裸で寝そべる貴子の長い両脚
を、専務が、きれいに隅々まで洗い流してやっていたのは、言うまでもない。
 私と瑛子は、一足早く風呂から上がっていた。彼女の発案で、瑛子の部屋で二人切りで
寛ぐつもりだった。
 専務達の目があっては、出来ないことをした。瑛子の巨大な胸の谷間に、顔を埋めて甘
えていた。小さな子どもにかえった気分だった。
「あらあら、部長って甘えん坊さんなんですね」
 それでも瑛子は、母親のように長いことじっと抱いてくれていた。口に固い乳首を頬張
っていた。その口腔を満たす量感に、赤ちゃんだった頃の記憶が蘇るような気がした。し
ゃぶったり、すすったりしていた。甘い乳が出てこないのが、意外なほどだった。

                 *

 ベッドは、たいへんなものだった。寛ぐというよりも、私にとっては、真剣な格闘技だ
った。食うか、食われるかの戦いだった。
 接吻は、肺活量の限界を要求されていた。フェラチオは、忍耐力の訓練だった。自分が、
早漏だと感じた初めての体験だった。
 蜜壷は、バキューム・カーのように強力だった。
 肩に置かれる女の腕が重くて、悲鳴を上げそうになったことがあるだろうか?
 顔の上の乳房一つに、窒息の恐怖を味わったことはあるだろうか?
 臀部の攻撃は、横綱の突進を受け止めたように、全身の骨を震撼させた。
 乳房への愛撫は、天然ゴムの25キログラムのパンチング・グローブとの再現のない戦
いだった。
 好みの体位を取るだけでも、一騒動だった。脚の片方が、サンドバッグの何倍もの体積
と重量があった。
 全力のセックスになった。
 これほどに、刺激的で官能的な夜は久しぶりだった。
 雌熊を、満足させようと努力したことは、あおりだろうか?
 雌熊の口に噛み切られそうな恐怖を覚えながら、相手を犯したことがあるだろうか?
 大海に竿を差して、海をわたったことはあるだろうか?目的地の島は、まったく見えな
かった。漕ぐ手を止めることは、許されていない。
 そうしたら、たちまちに船は沈没するだろう。
 攻められたのではない。瑛子は、私の情況を理解していた。たとえようもなく、優しか
った。それでいて、これだけ、たいへんだったのだ。
 ことが終わった。苦しかったが、ベッドに横たわる、ピンクのクジラのような巨大な全
裸の肉体を眺めていると、大物を征服したという充実感があった。彼女の汗の玉が、宝石
のように鏤められていた。瑛子の魔法の国の女王のような全身を、美しく光って飾ってい
た。
 悪くなかった。男性としての自信の回復になった。
7・
 翌朝、瑛子の部屋のベッドの上で、私はようやくもとの大きさに戻った。ホルス薬の効
果が切れたのである。私は瑛子を、その胸に抱いていた。昨夜は、胸の谷間に埋まって寝
た胸を、今日は背後から揉み拉いていた。まだ私の手にも余るほどに大きかった。それで
も、昨夜との比較で、少し小さ目のように感じた。瑛子に言うことはできなかったが……。
 なるほど、ホルス薬も面白い体験をさせるものだ。そう思っていた。新鮮な恋のアヴァ
ンチュールだった。倦怠期のカップルの関係の修復にも、有効かもしれなかった。
 私は、瑛子を背後から責め立てていた。屈伏していた。ついに私が言って欲しかった情
報を、告白していた。
「あなたの方が、大きいし太いわ」
 男性としては、それで十分に満足な回答だった。専務が、この恋のキューピット役を演
じてくれたことは、間違いないのだった。それ以上の追求は、無意味だった。
 ホルス薬は、男女の中を取り持つ秘薬だった。子どものような小さな男性に、女性は警
戒心を抱かない。心も身体も開いてしまう。そこまで、行っていれば、事後のベッド・イ
ンなど、ことの成り行きに過ぎなかった。
 『太母院』のような宿泊設備は、流行るだろうと想像できた。ネックは法律の改正だが、
それは代議士に金を渡して、政治的な活動をさせればなんとかなるだろう。専務はそのつ
もりだった。やはり転んでも、ただでは起きない人だったのだ。

                 *

 ホルス薬を中心とする、新たなビッグ・プロジェクトを、我が社が立ち上げるのは、来
年の春になるだろう。男性高齢者のための、前例のない新たなタイプの養護施設の創造に、
参入する計画だった。
 結婚式は、その前にするつもりだった。
ホルス・サーガ
『太母院』ホルス別館・2
全編 完