法印牛乳店の太子ちゃん・1
笛地静恵

 法印(ほういん)村の小学校の身体検査は、男子も女子も合同で行なわれていた。学級
の机と椅子を、後に運ぶ。広くした教室に、体操服姿で集められていた。着替えが男女と
もに、一緒の部屋で実行される。それだけでも転校生には、新鮮な衝撃だった。町の学校
では、女子が着替え中は男子は外の廊下で、指を啣えて待たされているのだった。曇りガ
ラスだ。教室の中を見ることはできなかった。

                 *

 女子は学級の真ん中で、どうどうとふくらみはじめた胸を出していた。体操服に着替え
ている。スカートも脱いでいた。下着の上に、ブルマーを履いていた。男子は、すみっこ
の方で小さくなっていた。はずかしそうに腰にタオルをまいていた。体操の短パンに履き
変えていた。何か違うような気がした。

                 *

 理由が分かったのが身体検査の時だった。身長と体重の計測も、男子と女子が一台しか
ない計測機に、二列に並んで交互に実施されていた。俺は、まだ転校したばかりだった。
女の先生が読み上げる数字を、上級生の女子生徒が記録していく。その時に、なんとなく
そうじゃないかなと思っていたことが、確認された。もちろん個人差はあったけれども、
身長も体重も、女子の方がたいていは大きかった。男子よりも女子が、でかい村という印
象は、まちがっていなかったのだ。先生も男性よりも女性の方が威張っているような気が
した。教頭は男性だったが、校長は女性だった。法印村は女尊男卑の世界だったのだ。

                 *

 俺は、法印太子という女のすぐ前だった。
「石川吉三郎君。身長百二十五センチメートル。体重、二十五キログラム」
 女の先生の少しなまった声が、わざと教室中に響くような声で、数字を読み上げている。
そんな気がした。結果については、まあこんなもんだろうと思っていた。この学級の、意
気地のない貧弱な男子の身体と比較すれば、まあ大きな方だった。

                 *

 女の先生の誇らしそうな声だった。
「法印太子君。身長百四十五センチメートル。体重、三十五キログラム」
 法印太子の大きな黒い瞳が、俺の方を優越感に満ちた光を湛えて、見下ろしていた。体
操服とブルマーの肉体が、大きく聳えていた。
 「チビ!」
 目が笑っていた。身長で二十センチメートル。体重で十キログラムの差を付けられてい
た。無理もない。あいつは、村に一軒しかない『法印牛乳店』の一人娘だった。毎日、お
いしい栄養のある牛乳を飲んでいるだろう。きれいな顔だった。眉はくっきりとして、書
いたようだった。瞳は大きくて、まつげが長かった。頬は女の子らしく、ふっくらとして
いた。丸顔だった。

                 *

 校医の聴診器による結核の検査があった。その時でも、小学三年生の女子の中で、あい
つだけが上半身に白いブラジャーの着用を許されていた。取ると、あまりにも衝撃的だっ
たからだろう。たしかに大きかった。横から眺めると、三角形のピラミッドが聳え立って
いるようだった。大人のような胸を、誇らしげに突き出していた。剥出しの白い肩の、盛
り上がった筋肉も印象的だった。男子は、ますます小さくなっていた。ちらちらと盗み見
るのが、せいぜいだった。そんな様子を、あいつは横目で見ながら、鼻で笑い飛ばしてい
るような気がした。なんにしても、気に障る女だった。

                 *


 法印太子。最初から気になる女だった。俺の一家が逃げるようにして、この村に引っ越
してきた。新学期に登校した日から、目立つ存在だった。どこにいてもオカッパ頭の黒い
髪と、すでに豊満な量感のある厚い上半身が、まわりの生徒たちから抜け出していた。烏
の濡れた羽のように光っていた。目鼻だちのくっきりとした色白の美人だった。

                 *

 すぐに太子が、学校全体の人気者的な存在であることもわかってきた。勉強も体育も、
いつもトップの成績だった。俺は、勉強では問題にもならなかったが、体育の時間だけは
スターだった。走り幅跳びでも、五十メートル競争でも、太子の記録をいつも凌駕してい
た。運動神経には自信があった。それまで、学級の女子に押さえられていた男子が、おず
おずと俺の周りに集まってきた。それが、あいつにも癪にさわったのだろう。

                 *

 学校の裏山の一本杉の下に呼び出された。それだけで、太子の意図が分かった。この場
所は、法印小学校に通う生徒にとっては、特別に神聖な場所だったのだ。雌雄を付けるた
めの戦いは、つねにここで行なわれた。俺が、小学校六年生の番長の男を、タイマン張っ
て倒したのも、ここだった。

                 *

 俺は、これも作戦の内で約束の時間から、かなり遅れて、そこまで登っていった。喧嘩
は、戦う前から始まっているのだった。太子は、かなり怒っていた。白くて、ふくよかな
頬が、真っ赤になっていた。

                 *

「遅いわよ。石川吉三郎君、いえ、キチザ!臆病風を吹かして、こないのかと思ったわ」
「わるかったなあ、ちょっと、六年のさかりのついた女が、離してくれなくてよ〜。けっ
こう可愛い奴がいてな〜」
 太子は深呼吸をしていた。自分をなんとか落ち着かせようとしていた。
「もうわかってるでしょうけど、私が、この小学校の女番長。この村は女の天下なの。先
生も生徒も男よりも、女の方が偉いのよ。だから、女にさからう男は、許しておくわけに
はいかない!」

                 *

「けっ。ブスが何をわめいてやがる。胸くそが悪くなるぜ」
「なんですって!!私、ブスだっていうの?泣く子も黙る女番長をつかまえて?ブスです
って。いったわね?」
「そうだ。すくなくとも、俺の好みじゃねーぜ!」
「てめえ!」
 太子はまなじりを決していた。凄い表情になっていた。
「よしやがれ、あんまり顔を引き攣らせると、まずい面が、よけいにまずくなら〜」
 片手を突き出していた。手をひらひらとさせてた。

                 *


「きさま〜〜〜〜〜!」
 太子は、掴み掛かってきた。あまりにも無防備だった。頭に血が登っていたのだ。体力
的には、この当時でも俺の力では、適わなかっただろう。取っ組み合いの喧嘩になったら、
勝てるかどうか自信がなかった。力で組み伏せられる可能性があった。だから俺としては、
足のフットワークを生かして距離を置く必要があったのだ。太子は喧嘩の素人だったが、
こっちはプロだったということだ。

                 *

 片手一本分。俺は太子の長い手足の懐の間合いに、すでに踏み込んでいたのだった。こ
の優位が重要だった。太子にも俺が手を、そんなに早く動かしているようには、見えなか
ったことだろう。目の前の虫を払うような自然な動作だった。おれは手の甲で、太子の丸
くてふっくらとした白い餅のような頬に、平手打ちをくらわせた。
 ぱーん。
 良い音をたてて、太子が草叢に吹っ飛んでいた。あいつの突進力を活用する空手の技だ
った。力で勝てる相手ではなかった。が、法印太子の大きな身体と力が、逆にこいつの弱
点だった。

                 *

 立ち上がってきた。殴ろうとしてきた。長い腕を取っていた。
 そのまま。一本背負いをかけた。
 ブーン。
「ヒーッ!」
 太子が、悲鳴を上げていた。こんな風に、投げられたこともないのだろう。きれいにき
まっていた。太子の大柄な身体が、宙に弧を描いた。白いパンティも剥出しだった。一回
転した。投げられたことがない。だから、受け身もとれなかったのだ。

                 *

 ズンッ!
 でかい尻の中のでかい尾低骨を、地面にしたたかに打ち付けていただろう。自分の体重
で潰れていくのだった。
 バン。
 太子の丸い可愛い顔を、両手で挟んだ。頭突きをくらわせた。俺はオヤジゆずりの、鋼
鉄の頭蓋骨の持ち主だった。
 ガン。
 さば折りをくらわせていた。太子の肺の中の空気が、全部出ていた。
「ガギグゲゴーフーギューボギャー」
 意味不明の声を上げていた。太子のふくらみ始めた胸が、俺の胸をむにゅうっと圧迫し
ていた。が、それは無視することにしていた。兄の直次郎仕込みの荒ら技だった。兄キは、
これで熊を失神したさせたこともあるのだった。

                 *

「や……やってくれたわね……」
 意識は、朦朧としていただろう。目の焦点が合っていなかった。
「さ〜て、仕上げといくか」
「……勝負は、これからよ……」
「はいっ」
 ぺろん。
「きゃ〜っ!」
 太子が叫んでいた。
「いただき〜っ!」
 奴の白いパンティを脱がしていた。

                 *

 太子は、股間を両手でかばうようにして蹲っていた。泣いていた。
「かえして〜!」
「そのうちにな。俺は番長なんて、興味がないんだ!これは預かっておくぜ。口封じのた
めにな!」
 俺は太子と争いたくはなかったのだ。お互いに距離をおいて、平和にしていられればと
思っていた。きれいなパンティを鑑賞していた。五エ門アニキへのプレゼントが出来たと
思っていた。

                 *

「てめえ〜!」
 俺は油断していた。間一髪で、よけきれなかった。太子の爪に、頬をピッとひっかかれ
ていた。
「いてえ!」
 血が、一筋流れているのが分かった。男の顔に、傷をつけられたのだった。この借りは、
太子には高く付いた。

                 *

「やったな!」
 本当に怒っていた。
 バス。
 ボム。
 バス。
 太子の、腹筋を鍛えていることがわかる腹に、ボディブローを叩き込んでいた。
 バン。
 アッパーカットを決めた。
 のけぞったところに、両脚を掴んだ。ジャイアント・スイングをした。
 ブ〜ン。
 何回も振り回した。

                 *

 スカートが翻っていた。パンティを履いていない股間が、剥出しになっていた。固い割
れ目の線が見えた。ぽやぽやと、数本の毛が生えているのが見えた。なぜだかわからない。
狂暴な気分になっていた。自分は、無毛だったからだろうか?
 一本杉に、叩きつけていた。
 ガスン。
 勝負はついていた。俺の勝ちだ。

                 *

 それから、しばらく間、法印太子が学校を休んでいた。仕返しがあるかと思った。が、
町の学校に転校して行ったという話を、風の便りに耳にした。あっけなかった。俺は、法
印小学校の新番長になっていた。

                 *


 小学校生活は、平穏に過ぎていった。この新学期から六年生になる。その頃の俺が好き
だったものが、二つある。牛乳と女の子のスカートめくりだった。

                 *

 俺の一家が隠れ住んでいた村は、かなりの山奥にあった。今のコンビニエンス・ストア
のような、二十四時間も開いている、便利な店はなかった。かわりに郵便局の隣に、一軒
だけの雑貨屋さんがあった。そこで、村の人の生活で必要なものは、だいたい何でも手に
入っていたようだ。不便だという文句を言う声を、聞いたことがない。みんなが、生活と
はそんなものだと思っていたのだ。すれていなくて、純朴な時代だった。今でも、あの頃
が懐かしい。

                 *

 村で牛乳を売る店は、『法印牛乳店』一件しかなかった。法印で「ほういん」と読む。太
子の実家である。丸の中に「法」の字を書いた、木で作った黄色い箱の中に、牛乳壜が何
本も並んでいる。朝になると、それをいくつも三輪トラックの荷台に積んだおじさんが、
カチャカチャと鳴らしながら、配達してくれるのだった。俺と太子との関係をしらないで、
毎日きちんと届けてくれる。悪いような気がした。それを、家の前の赤く塗った木箱にま
で取りにいくのが、俺の朝の日課だった。

                 *

 牛乳といっても今のように、紙パックに入っているようなものではない。ガラスの円筒
形の壜の中に入っていた。飲み口のところだけが厚くて、首の部分が少しだけ細くなって
いる。使い捨てではない。飲みおわると、きれいに洗って、また箱の中に戻しておく。次
の日に、オジサンが配達に来たときに、新しい新鮮な牛乳を入れた壜と交換していくのだ
った。

                 *

 一本が、180CCだった。俺は白い牛乳が、朝の光の中で、きらめいている光景が好
きだった。とてもきれいだと思った。こんなに白いものは、他には新雪しか見たことがな
い。山里の、朝のきんとはりつめたような冷たい空気に、ぴったりと似合っていた。

                 *

 もっとも毎日は飲めない。石川家は四人兄弟である。長男五エ門(ごえもん)、次男直次
郎、三男菊乃介(きくのすけ)、それに末っ子の四男の俺、吉三郎(きちさぶろう)だった。
父は駄エ門(だえもん)。母はいない。オヤジの生き方に疑問を感じて、家を出たのだとい
う。俺は、母の顔も覚えていない。大きな声では言えないが、石川家は江戸時代から代々
続く、由緒正しき泥棒の家系だったのだ。

                 *

 泥棒といっても、コソドロや強盗ではない。オヤジは、人は殺さない主義だった。結構、
大きく稼いでいたようだが、生活は地味だった。派手になると、警察に目をつけられるか
らというのが、その理由だった。五人家族である。それなのに、一日に一本しか牛乳を取
っていなかった。つまり、牛乳を飲める順番は、五日に一度しか回ってこなかった。その
日は、朝から嬉しかった。

                 *

 牛乳の壜の上には、赤とか黄色の透明なセラフィンがかかっていた。清潔さを守るため
なのだろう。そして、紙の蓋には、この辺りのカタナシ乳業という会社の名前に住所。脂
肪分のパーセントと、63度で三分間殺菌というような情報が書いてあった。新しいもの
であることを示す日付が、スタンプで押してあった。

                 *

 紙蓋を取るためには、特製の器具があった。プラスティックのコマのような形である。
心棒の部分が、細くてとんがった釘のようなものだった。それを、セラフィンの上から、
紙にプスリと突き刺す。梃子の原理をつかって、牛乳壜の縁に釘をかけて、蓋全体をキュ
ポンと持ち上げる。使い回しているので先端が少しだけ錆びていたが、誰も気にしなかっ
た。

                 *

 それから、周りの兄弟の注目の視線を受けながら、悠々と、ごくごくと、飲み干すのだ
った。どういうわけか、みんな空いている手を腰にあてて、いばった格好をしていた。実
際に、なんだか偉くなったような気がしたものだ。

                 *

 今の若い人たちには、たかが牛乳一本でと、信じられないことだろう。でも、その時の
俺達にとっては牛乳は、栄養の豊富な高価な飲み物だったのだ。白い女王さまのようなも
のだ。

                 *

 学校の給食でもミルクは出たが、それは脱脂粉乳という、いわば牛乳の偽物だった。暖
かいものでないと、飲めたものではない。少し冷えると表面に膜がはった。それを自分の
息で、向こう側に吹いて口元から遠ざけてから飲むのだった。金色のメッキの、使い込ん
であちこちが禿げて、でこぼこになった真鍮の容器で飲むのだった。しかも、何回も噛ん
で飲まないと、先生に叱られたものだった。脱脂粉乳の味と比較すると、牛乳はまさに「神
様の食糧」だった。

                 *

 どうして、こんな退屈な昔話をしたのかと言えば、その頃には、牛乳というものが、そ
れぐらいに貴重なものであったということを、知ってもらいたかったからだ。これからお
話する女の子の途方も無い大きさも、とても信じてもらえないと思うのだ。それは、俺と
いう小さな村で、小学校時代を過ごした子供の実感だったのである。

                 *

 法印太子が、村の小学校に戻ってくるという噂があった。なんでもアメリカで、特別な
「成長プログラム」の教育を受けていたらしい。大きくなっているという噂があった。男
子生徒の中には、ビビッている者もいた。ただでさえ周りの女どもは、にょきにょきと背
丈を延ばしていた。胸もボインボインと膨らんでいた。ブルマーの尻が、はち切れそうだ
った。プリンプリンにでかくなっていた。そこから伸びた長い足が、小さな男子の周囲を、
森の林のように取り囲んでいた。全員が、小学校三年生の頃の太子よりも大きくなってい
た。

                 *

 俺は何も気にしなかった。昔から、太子は目立って体格のよい子だった。なにしろ、俺
が五日に一回しか飲めない牛乳を、毎日、登校前に二本飲んでくるということだった。本
人から直接に聞いたのだから、間違いはない。カルシウムと栄養の豊富な、牛乳という「神
様の食糧」を、小さな頃から好きなだけ飲めていた。アメリカ在住ならば、もっといいも
のも、たらふく食ってきたのだろう。多少体格が良くなっていても、不思議ではない。

                 *

 それでも、新学期に登校してきた太子の身体の大きさは、桁外れだった。
何度も見かけていた。なにしろ、どこにいても目立つ身体だった。取り巻きの学級でも特
に大柄な女子の連中の中から、さらに身体半分は抜きんでていた。直接対決は、避けられ
ないと思っていた。太子が俺に勝つために、親元を離れて海外で生活して来たことがわか
ったからだった。

                 *

 その頃の俺は、五エ門アニキから教わった、「スカートめくり」という悪い遊びに、熱中
していた。刺激のない学校生活に飽きていたせいもある。でかい女どもに、男の威信を思
い知らせる必要もあった。女たちよりも、身体は小さいが、敏捷さには自信があった。長
い足の下をくぐり抜けるぐらいは、造作もなかった。自分よりも大きな女子のスカートを、
次から次へとまくり上げていった。下着の色を、確かめていくのも面白かった。それで、
いい気になりがちな女たちに、警告しているつもりもあった。

                 *

 あのまだ日本が貧しかった時代の、しかも田舎のことだ。そんなにいろいろな色や、デ
ザインがあったはずはない。それでも、白一色の男子と比較すれば、そこには、きれいな
花園があった。白やピンクや黄色があった。水玉模様のものが流行していたような気がす
る。中には、子猫やマンガのキャラクターのものもあった。宝探しのようで楽しかった。
アニキの趣味が、理解できるようになっていった。

                 *

 しかし、そのために、俺は学級の女子全員から恨みをかってしまっていた。法印太子を
追放した男という悪名も、低学年の女子にまで鳴り響いていた。ある金曜日の放課後に、
法印太子の名前の入った手紙をもらった。校舎の裏山の一本杉に呼び出されていた。下駄
箱に、「ひとりだけで来てください」という手紙が入っていた。けんかならば、今でも太子
にも負けない自信があった。俺だって修羅場を潜り抜けている。強くなっていた。太子と
喧嘩をしても、参ったと言わせる自信があった。まして、相手はでかいと言っても女だ。
負ける気がしなかった。アメリカ帰りの太子のパンティの色を、見てやるつもりでいた。

                 *

 俺は、裏山に上っていた。村の双子山が、背後に聳えていた。萱葺きの農家が二件並ん
でいた。実のない柿の木は、寒々と見えた。

                 *

 太子は、倒れたばかりの大木の幹に座っていた。長いこと、俺を待っていたようだ。新
鮮な樹液が滲み出ていた。ゆっくりと立ち上がっていた。俺は、どぎもを抜かれていた。「成
長プラグラム」の効果が、これほどとは思わなかったのだ。太子は恵まれた資質に、さら
に磨きをかけていた。太子の足の大きなエナメルの赤い靴を見ていた。白い靴下を見てい
た。膝小僧を見ていた。大木のような太腿を見ていた。短い赤いスカートを見ていた。そ
のころの村の他の女の子が、他には誰も着ていなかったようなデザインだった。赤と白の
ツートンカラーのワンピースだった。もともと、くびれた腰を、白いベルトでさらに締め
ていた。「法印牛乳店」は、けっこう儲かっていたらしい。村に数台しかない、三輪のトラ
ックを持っているのも、その証だった。牛乳の運搬のために、町まで毎日、山道を走らせ
ていたのだった。

                 *

 俺の視線は、下腹部。腰。腹。徐々に上っていった。腕。その上に、高く張り出した胸
があった。水玉のスカーフがなびいていた。つまり、一度に全身を見ることができなかっ
た。見るべき物は、たっぷりとあった。特に胸は、さすがに毎日、牛乳を飲んでいただけ
のことはある。乳牛のように、見事に膨らんでいた。乳が絞れそうな気がした。太子は、
どこもかしこも大きかった。胸には、強烈な印象があった。

                 *

 その頃に、流行していた「グラマー」という言葉を連想していた。西洋映画の女優のよ
うな豊満な肉体を形容する。日本語にないのは、そのような肉体を日本人が、ほとんど持
っていなかった時代だからだ。しかも、太子には大画面の映像にも、ひけをとらない大き
さがあった。血肉の通った生身なのだ。圧倒的な存在感だった。大きな胸の向こうに、や
はり同じように大きいけれども、きれいな顔があった。眉はくっきりと書いたようだった。
瞳は大きくて、まつげが長かった。頬は女の子らしく、ふっくらとしていた。丸顔だった。
幼い頃の面影があった。
法印牛乳店の太子ちゃん・1 了