法印牛乳店の太子ちゃん・2
笛地静恵
 法印太子は、肩までのばした長い髪を、風になびかせていた。カチューシャで額に止め
ていた。これも「成長プログラム」の副作用なのだろうか。黒い髪は、染めてもいないの
に茶色に見えた。光に透かされると金色に輝いていた。

                 *

 あそこまで顔の位置が高いと、風も強いのかもしれない。俺の目には太子の背丈は、二
階建の木造校舎の屋根よりも、高く見えた。裏山の一本杉に、肩を並べそうだった。グラ
マーなどという形容を、軽く越えていた。太子は、巨人に成長していたのだった。帰国し
てからの太子を、こんなに近くで見るのは、始めてだった。足元から見上げていた。
「でっけえ〜!」
 そう叫んでいた。太子は高い胸の下で、悠然と太い腕を組んでいた。俺はすぐ上の兄の
直次郎よりも、大きな人間を初めて目にしたのだった。

                 *

「石川吉三郎(いしかわきちさぶろう)君よね。お久しぶりね。あなたに会いたかったわ!」
 俺は、正直なところ圧倒されてはいた。しかし、でかいと言っても、しょせんは女だと
思っていた。スカートの裾は、俺の視線よりも遥かに上にあった。半透明のシュミーズの
裾と水玉のパンティが、はっきりと拝めた。
「学校の女の子たちが、最近のあなたの行為には、迷惑しているようなの。スカートめく
りを、止めてくれないかしら?」
 太子の声は、女としては低くて穏やかだった。

                 *

「それなら、俺のことを止めてみな!また、そのパンティを、ひっぺがしてやるぜ!」
「まぁーっ!」
 太子の頬が、真っ赤になっていた。恥ずかしい記憶が甦ったのだろう。
「残念だけど、あなたには、やっぱりお仕置きが必要みたいね!」
 俺はジャンプしていた。飛び掛かっていった。

                 *

 そんなに力を入れているようには、見えなかった。俺の目の前で、太子は組んでいた腕
を解いた。軽く空気を手を払うようにしただけだった。目の前の虫を払うような動作だっ
た。しかし、物凄い勢いだった。押された空気が風となって、うなりをあげていた。そし
て、風よりも早く、襲いかかってくるものがった、
 バ〜ン!
 あいつの広い手の甲が、俺の身体に横から激突してきた。足元の雑草の上に、墜落して
いた。
 ドン。
 跳ねとばされていた。自動車に衝突したような衝撃があった。それだけで、頭がふらふ
らしていた。

                 *

 グワッ!
 上空からあいつの巨大な手が、延ばされてきた。物凄い速度だった。手のひらで圧迫さ
れた空気を切り裂いて来た。右手の人差し指を、俺の服の襟元に引っ掛けられていた。
 ブーン。
 すごい勢いだった。上空に持ち上げられていた。
「ヒーッ!」
 思わず、悲鳴を上げていた。
 そのまま、一回転して地面に叩きつけられていた。指一本で、一本背負いを食らわされ
たようなものだった。たいした怪力だった。
 ズン!
 尾低骨から、地面に衝突していた。
 あの時の、仕返しをそっくりそのままに、されているのだとわかっていた。
                 *

 太子は、容赦がなかった。あの巨大な畳のような面積のある手で、俺を左右から挟み込
んだ。一度、傷つけられた自尊心を、回復しようとしていたのだった。
 バーン!
 両手で、雑巾のように全身を絞られていた。肺の中の空気を、搾り取られていた。万力
のような力だった。
 ギュ〜ッ!
「ガギグゲゴ〜フーギュ〜ボギャ〜ッ」
 自分でも、よくわからない奇声を上げていた。全身の骨が軋んでいた。身体の中のもの
が、全部出そうな握力だった。

                 *

「や……やりやがったな……」
 足を空中に、ぶらぶらさせていた。
「だいぶ、まいったよ〜ね。さ〜て、仕上げといくか」
 太子は、余裕で言った。
「うるせ〜。勝負は、これからだ」
 俺は強がりを言っていた。が、意識は朦朧としていた。
「吉三君には、スカートまくりをされる、女の子の気分を、身体でわかってもらわなくち
ゃならないのね?」
 太子の左手の指が、俺の半ズボンにかかった。あんなに太いのに、器用にチャックを下
ろしていく。ぐっ。下半身に力がかかった。股間が、すうっと冷たくなっていた。ベルト
も外されていた。ズボンが、地面に落ちていった。俺は、パンツ一枚の姿になっていた。
風が、両脚の間を冷たく吹きすぎていった。

                 *

 はっ、とした。さすがに我に帰っていた。
 パンツが、一緒に脱がされていたのだった。
「馬鹿。やめろ!」
 俺は、両足を曲げていた。なんとか、股間を隠していた。
「ごめんね。これが法印小学校のほとんど全部の、女の子の願いなのよ」
 俺は両脚を、めちゃくちゃに動かしていた。
 ボカボカ。
 指を蹴飛ばしていた。が、まったく効果がなかった。くすぐられるよりも、意に介して
いなかっただろう。

                 *

「どう、スカートめくりを止めてくれる?女の子の気持ちを、わかってくれた?」
「や、やめるもんか!」
 俺は、強がりを言っていただけだった。
「まだ、わかってくれないの?仕方ない人ね〜」
 彼女はため息をついていた。太子の牛乳臭い息が、風のように吹いてきた。俺の腕ほど
もある太い指が、パンツにかかった。信じられない気分だった。そこまで、やるのかと思
った。俺の汚れたパンツは、鳥のようにヒラヒラと、真下の地面に落ちていった。フルチ
ンになっていた。

                 *

 黄色い万歳と歓声の声を、聞いたような気がした。太子は一人ではなかったのだ。他に
も女たちがいたのだ。これは、さすがにきいた。俺は、半泣きになっていた。両手の自由
は、太子の指の万力のような拘束の中にあった。どうあがいても、抜き出せなかった。な
にしろ、奴の指の一本は、俺の腕とかわらない太さがあった。

                 *

 「くそっ!」
 俺は、唯一の自由になる武器で反撃した。歯だった。それで目の前の太子の親指の第一
関節を、がぶっと噛んだ。あいつの皮膚は厚くて、ゴムのように弾力があった。塩味がし
た。たぶん、チクリと虫に刺されたようにしか感じなかったと思う。

                 *

 「痛い!」
 叫ばせることに成功していた。一指を報いたと思った。しかし、それで太子を本当に怒
らせてしまったのだった。胴体を鷲掴みにされたままで、頭を、片手の平でばちんと殴ら
れていた。顔が潰れたかと思った。

                 *

「やったわね!!男が女みたいに噛み付くなんて、最低よ!!」
 手に持ったままで、風車のようにぶんまわされていた。
 ブ〜ン。
 全世界が、山も森も空も木々も、校舎もうなりを上げて回転していた。
 それから。
 バズッ。
 ボク。
 バキ。
 ズバ。
 ドス。
 今までの太子は、あれでも全然、本気ではなかったのだ。俺は、怒れる巨大少女、法印
太子の攻撃に、ボコボコにされたのだった。

                 *

「ふふ、今度はまいったよ〜ね?」
 チンポコを、あいつの指で摘まれていた。逆さ吊りにされていた。激痛の中で、女子生
徒の歓声の嵐を耳にしていた。
「あー」
「きゃー」
「わー」
「きゃー」
「きゃー」

                 *

「これで、あたしの役目はおしまいね。こんなワカラズ屋さん!みんなで、どうとでもし
てやりなさい!」
 太子の指先で空中に、ぴんとはじかれていた。
 それから、何があったのか覚えていない。女どもが、嬌声を上げて走り寄ってきた。
 ずしーん。ずしーん。
 太子の足音が、遠ざかっていった。振り向いてもくれなかったという。

                 *

 意識を取り戻した時には、夜になっていた。全身が痛くて、直ぐには起き上がれないぐ
らいだった。
「う〜ん。イテテテ」
 落ちていた木の枝を杖に、立ち上がっていた。俺は、全裸にされていた。髪は丸坊主に
なっていた。
「あ〜あ、ひでえめにあったぜ、おそろしい女になったもんだ。化物だぜ」
 とても俺の適う相手ではなかった。正攻法は通用しなかった。攻略の秘策を練っていた。

                 *

 俺の下着と服は、石の上にきちんと畳んで置かれていた。
「もう。スカートめくりは、やめてね!」
 太子の、大人のようにきれいな文字が書かれた紙が、大きな石を乗せられて、一番上に
置かれていた。
 俺は、復讐を誓っていた。

                 *

 土曜日は、坊主頭を隠すために頬かむりをして登校していた。今のように休日ではない。
半日だが登校していた。学校中の女子に、笑われていた。太子は意識的に俺とは目と目を
合わさないようにしていた。

                 *


 こういう場合に、相談相手になるのは、なんといっても、長男の高校生になる五エ門だ
った。五エ門兄は、女のことしか頭になかった。女という話題ならば、雌犬についてでも
飛び付いて来ただろう。幸いに、土曜日の午後で帰宅していた。

                 *

 彼の部屋には、盗んだ女の下着が、何万枚と山をなしている。パンティをとられた女は、
何も気が付かない。風が吹きすぎたくらいにしか、感じられないのだ。オヤジの駄エ門も、
兄の腕を惜しんでいた。あの腕を、チカンとパンティの収集以外の目的に使用してくれれ
ば、超一流の泥棒になれると言っていた。外見的にも、オヤジに一番近いのが五エ門だろ
う。小柄で貧相な身体付きだった。次男の直次郎は眉が濃い。精悍なプロレスラーのよう
な身体つきの大男だった。菊乃介だけが、母親似だと言われていた。美少年だった。俺は
直次郎の小型版というところだった。

                 *

 というワケで、五エ門兄に話を持ち掛けた。法印太子を倒すためには、どうすればいい
のか?秘術を伝授してもらいたかった。法印太子のパンティを、全校生徒の目の前で、盗
んでやる。それだけで、長身のあいつのスカートの中の秘密の股間は、見上げる全校生徒
の頭上に、さらしものにされるだろう。

                 *

 長兄が、頭を抱えていた。
「う〜ん。困ったわねえ」
 相手は、『法印牛乳店』の一人娘、法印太子だった。彼女のことは、兄もよく知っている
らしかった。実際は去年の九月には、この村に戻っていたらしいことも初めてしった。ア
メリカは、八月にその年度が終わる。太子は、[成長プログラム」の基礎教育を卒業して、
夏休みには帰国していたのだった。

                 *

「太子ちゃんね〜」
 顎の不精髭を、プチンと引き抜いていた。長い間、しげしげと眺めていた。
「あんたの力じゃ。無理よ。あたしでも、駄目だったんですもの」
「えっ。アニキでも、取れなかったのか!」
 俺は、びっくりとしていた。
「ウフフ、太子ちゃんのパンティならば、テントのように、その中で生活できるじゃない?
楽しそうよね?いちおうは、試しては、みたのよ」
 妙な女言葉だが、オカマではない。女のことしか頭にない。そのために心までが、女の
ように変化しているのだった。
 初めて、失敗談を語ってくれた。普通は、こういうことは言わない。だから、飄々と風
のように生きているような気がしていた。アニキにもそれなりの苦労があるのだった。
  
                 *

 村の上流には、ダムのために作られた人造湖がある。そこにあった、谷間の村が三つ沈
んでいた。水は深いところでは、二百メートルはあるという話だった。観光地ではない。
工事用の車両が、使用していた林道しかなかった。法印村の連中もほとんどいかない。地
獄耳の兄は、巨人の少女が、そこで水泳をしているという情報を掴んでいた。

                 *

 山は紅葉に赤く染まっていた。青いダムの水を切って泳ぐ太子の手足が、四頭の勇壮な
クジラのようだったという。
 ザバーン。
 ザバーン。
 ザバーン。
 ザバーン。
 それから。
 ふ〜っ。
 太い呼吸が、クジラの潮を吹く音のように聞こえた。
 ザザザ。
 上半身が潜水艦の司令塔のように、波を割って湖面に立ち上がっていた。
 ザ〜ン。
 湖水から、雄大な全身が現われていた。巨体から、水がいく筋も滝のように複雑な筋肉
の凹凸を伝わっては。流れ落ちていた。まだ普通の人間には、ボートが漕げるような十分
に深い場所なのだ。しかし、彼女には膝辺りまでしかなかった。

                 *

 アニキにも、それが法印太子だということは、すぐに分かったという。俺との死闘を演
じたことも耳にしていた。水玉模様のビキニを着ていた。スカーフやパンティといい、今
の彼女の趣味は、水玉模様のようだった。俺も好きな柄だった。可愛いと思うのだ。胸と
股間をエックス型にした、紐のような生地が隠すだけの、大胆なデザインだった。最新の
アメリカ製のようだった。

                 *

 ズシン。ズシン。ズシン。ズシン。
 岸辺を、地響きをたてながら大股に移動していた。
「すげえ、グラマーよねえ。水着だと、つくづく感じちゃうわ!」
 兄は、「あとをつけてみましょ」と思った。何せ、あとのつけがいがあった。ビキニの水
着の生地は背後から見ると、尻の谷間に食い込んだ紐が、剥出しの臀部の筋肉を、丸く四
本の足のようになって取り囲んでいた。大胆なデザインになっていた。太子ちゃんのお尻
が、左右に大きく揺れていた。アニキが「太子ちゃん」と、妙に親しげに呼ぶことに違和
感があった。

                 *

 太子ちゃんは砂浜に、ゆったりと寝そべっていた。日光浴をしていたという。頭の下に、
両手を組んでいた。リラックスしていた。他に人の姿はない。秋だった。水温は、四度ぐ
らいしかないだろう。太子ちゃんのように、恵まれた巨大な肉体の皮下脂肪と、すぐれた
新陳代謝の機能がなければ、不可能なことだった。冷たい風が吹いているのに、水泳をし
て暖まった肉体からは、大きな汗の粒がいくつも滲んでは、集まって土にしたたっていた。
巨大な肉体の放射する熱まで、五エ門は風に感じていた。

                 *

 兄は、法印太子のでっかい水着を盗んでやろうと思った。当時、村ではビキニを見るこ
とさえめずらしかった。砂浜を潜って、モコモコと近付いていった。もぐら作戦だった。
 ぽこっ。
 頭を出した。
 暗い谷間にいた。
「え〜と。どこへいったのかなあ。たしか、このあたりにいたと思ったのよね」
 地底を堀進むのは、五エ門でも体力を消耗する重労働だった。アニキのゴキブリのよう
な体力だから、始めて可能となる戦法だった。馬鹿な方法のようだが、常人にできること
ではないのだ。嘘だと思ったら試してみるといい。
「いないのよね〜。どっか、消えちゃったのよね〜。ふ〜っ」
 ためいきをついていた。近くの白い岩に上半身をもたれかけた。倒れこんでいた。それ
は、太陽の光にぬくもっているように暖かかった。

                 *

「あ……」
 大岩が、びくんと動いた。
「キャアッ」
 どこからか、太子ちゃんの鋼鉄でも裂けそうな悲鳴が聞こえた。助けにいかなければ。
兄は真剣に、そう思ったという。小手を目にかざしていた。
 次の瞬間。
 バーン。
 グシャ。
 太子の手の下に潰されていた。ぎゃ〜。叫んだつもりだが、声も出なかったかもしれな
いと言っていた。

                 *

「いやだわ。チカンね?」
 そんな声が聞こえた。太子ちゃんの巨大さのあまり、目測をあやまっていた。兄は、太
子の太腿の作る、暗い谷間にいたのだった。股間のもっこりとした敏感な土手に、触って
しまっていたのだった。

                 *

 村の駐在所に突き出されていた。もちろん。簡単に釈放されていた。賄賂に、村でも評
判の美人後家のパンティを、掴ませていた。彼はアニキの隠れファンで、グルになってい
たようだ。正体が分かっていても、捕まえなかった。こういうところも、五エ門のスケー
ルの大きさだった。敵を味方にしてしまうのだった。父の駄エ門でさえできないことだっ
た。

                 *

「太子ちゃんは、だめよ。あの子、あんなに大きな癖に敏感なのよ。すぐにわかって捕ま
っちゃうわ。あきらめてちょうだい!」  
 俺は、がっかりしていた。五エ門アニキに無理ならば、誰にでも不可能だろう。凄い女
だった。番長の座は永遠に取られてしまうだろう。この村の男子は、また女子の尻に敷か
れることになるのだった。
「くやしいよ〜!」
 兄の膝の上で、おいおい泣いていた。

                 *

 五エ門は、坊主頭の末っ子を哀れに思ってくれたらしい。

                 *

 「あら、そんなにがっかりしなくても、大丈夫よ。パンティは、とれないけれど……。
それじゃ、あの子の身体を、探険してみましょうよ。秘密の場所の写真でもとれば、それ
だけで、あんた、ゆすれるでしょ?大番長の座も守れるわ。静かにしてもらえるでしょ?
どっちみち、一度、あたしも試してみたかったのよ」
「えっ、でも、どうやって?敏感なんだろ。触れば、すぐにわかっちゃうだろ?」
「この身体の大きさでは、とうてい無理よね。近寄ることもできないわ」

                 *

 兄は、いつもの道具箱を取り出してきた。薬売りが背中にしょっている。小さな引き出
しがたくさんついた、持運び自由なタンスのようなものだった。代々の石川家で使い込ま
れてきたものだった。黒光りしていた。
 中から、丸薬を取り出していた。
「干屡吸(ほるすー)薬っていうのよ」
 それを口に入れた。兄の姿が消えていた。きょろきょろしていた。

                 *

 パンティの上に、羽虫のように小さくなった兄の姿が、かろうじて見えていた。瞳を寄
せないと、黒い点のようにしか見えない。人間の手足があるのかも分からなかった。世界
は進歩しているのだった。アニキによれば干屡吸薬は、江戸時代からあるものらしかった
が。

                 *


 俺も演習の意味で服用させられていた。女のピンクのパンティの生地が、ピンクの網の
平原のように、広大に地平線まで広がっていた。糸の玉一個が、岩のようだった。その上
に座っていた。

                 *

 講義を受けていた。
「太子ちゃんの弱点はね、大きいってことよ」
 どこかで聞いたことのある台詞だった。
「これぐらいに小さくなれば。絶対に、わからないわ。彼女には、一匹の蚤以下の大きさ
ですもの。これで全身を、探険してやりましょうよ」
「山登りも、できそうだね」
 俺は、太子のワンピースの胸元を思い出しながら、そういった。ようやく楽しい気分に
なっていた。仕返しをしてやれそうだった。
「洞窟探険もあるわよ」
 兄には兄の、計画があるようだった。
法印牛乳店の太子ちゃん・2 了