法印牛乳店の太子ちゃん・3
笛地静恵
 太子ちゃんは、バレーボール部でキャプテンだから、練習で帰りは遅いはずよ。兄はそ
ういった。さすがに情報が正確で詳しかった。今では、小さな村の中の大有名人であった
としても、凄い知識だった。兄キを尊敬していた。途中で待ち伏せをしていた。彼女は、
背筋を真っすぐに延ばしていた。体操服の胸を高く張っていた。まっすぐに正面を向いた
ままだった。彼女サイズのランドセルの中身が、揺れて音を立てていた。こうして見ると、
図体はでかくなったが、いまでも小学生の少女には変わりないのだった。大股で、すたす
たと自動車のように凄い速度で帰校する。紺色のブルマーに包まれた、大きなお尻の後を、
引き離されないように早足で付いていった。

                 *

 村で、いちばんにぎやかな十字路にある『法印牛乳店』は、あくまでも店でしかなかっ
たのだ。太子ちゃんの自宅は、もっと山の奥の方にあった。だから日本に帰っていること
も、わからなかったのだ。ごく普通の木造の平屋建ての設計だった。しかし、その大きさ
は、明らかに太子ちゃんサイズだった。宮殿のように壮大だった。都会にあるビルのよう
だった。兄は、その場所も、知っていたようだった。

                 *

 印象的なことがあった。「成長プラグラム」があったかもしれないが、その驚異の成長の
原因は、太子の血の中にあったのだ。

                 *

「お母さん、ただいま〜」
 割烹着の、お母さんのふくよかな胸に抱きついていた。丸顔で優しい顔の女性だった。
太子も、完全に小さな娘になっていた。甘えていた。羨ましい光景だった。お母さんは、
太子ちゃんよりも、遥かに大柄だったのだ。太子は、母親似だった。俺は太子を見なおし
ていた。小学校三年生の時に、この母親に復讐を頼んでいたとしたら、俺はひとたまりも
なかっただろう。しかし、太子はそうはしなかった。単身アメリカに渡って、自分の身体
を鍛えた。そうして俺に挑戦して来たのだった。兄キに助けを求めた自分が小さく思えた。
しかし、五エ門は、もうやる気になっていた。いまさら、引き返そうとは言えなかった。

                 *

 牛乳を配達するお父さんは、普通の人間のサイズだった。この辺りは、そういう土地柄
なのかもしれない。石川家も、父は小男だが、母は大女だったという。その血をひいたの
が、直次郎だった。小学校の学級でも高学年になると大半の女子は、男子よりも身体が大
きくて、発育も早かった。にょきにょきとのびた、肉付きの良い美しい足をしていた。だ
から、スカートめくりをしたくなったのだった。

                 *

 午後六時。干屡吸薬を服用した。効果は十二時間である。前人未到の冒険が始まった。

                 *

 午後七時。小人の身体で、ようやく室内に潜入していた。

                 *

 午後八時。法印牛乳店の、その日の仕事を終えた太子の父が帰宅した。

                 *

 午後八時半。居間で家族三人の夕食の団欒の風景を見ていた。「成長プログラム」を卒業
した太子の、巨大な食欲だった。牛乳だけで、村の小学校のプールいっぱい分ぐらいの分
量を飲み干していた。ガラスのコップが、白い巨塔のようだった。あれでは、大きくなる
のに決まっていた。俺は、唾を飲んでいた。持ってきたおにぎりで食事にした。太子の食
う米粒ひとつぐらいの大きさでしかなかった。卓袱台の上に置かれたお父さんが、オカズ
の一品にしか見えなかった。醤油の壜の向こうに隠れてしまっていた。

                 *

 午後九時。風呂場で、桧の風呂につかる太子の入浴シーンも鑑賞できた。全身を、隈無
く石けんで泡立てたスポンジで洗っていた。綺麗好きな少女だった。「成長プログラム」の
驚異の成果を、兄と二人で堪能していた。見応えがあった。太子はどこもかしこも、映画
の大画面に映る女優よりも大きかった。楽しいはずなのに、そうでもないのはなぜだろう
かと思った。脇の五エ門の犬のような鼻息が耳障りだったせいだった。

                 *

 午後九時半。子供部屋の机で勉強している。ふくよかな頬の真剣な表情の横顔も見てい
た。ごく普通の小学生だった。アニキは、寝る前の便所の用足しまでついていこうとした。
俺は時間がないからと、説得していた。何だかそこまで見ては、悪いと思ったのだ。復讐
のためには、そうするべきだったのかもしれないのだが。

                 *

 午後十時。就寝。当時は、まだ村では珍しかったベッドに入っていた。すやすやと健康
な寝息を立てて、眠ってしまっていた。美しい寝顔だった。

                 *

 午後十時半。熟睡。行動開始。当初の計画では、パジャマの胸元から入り込んで、まず
登山に挑戦するはずだった。眠るときの太子は、ブラジャーも付けていない。容易なこと
に思えた。俺は、それだけをして帰ろうと思っていた。高峰へのクライミングには、時間
がかかるだろう。今晩中かかりそうだった。太子には、蚊以下の存在である二つの埃が、
ふわふわとまとわりついたぐらいのものだろう。感じもしないだろうと思うと安心できた。

                 *

 しかし、五エ門のアニキが、妙なことを言い出した。太子ちゃんの唇に、キスをしたい
と言うのだ。女の身体とパンティにしか興味がない、兄としては珍しい発言だった。女の
顔のことを問題にする彼を初めて目にした。俺は、猛烈に反対していた。口の中は巨大な
洞窟だった。飲み込まれる恐れがある。巨大な顎の壁が、闇の中に聳えていた。あれを装
備もなく征服するというのと同じだった。無謀に過ぎた。

                 *

 俺達は、太子の布団の襟元にいる。こんなに距離があるのに、太子の呼吸の生み出す空
気の乱れが、風として感じられる。太子は、寝る前に歯磨きをする習慣のようだ。空気に
は、ペパーミントのさわやかな匂いと、女の子の口の中の甘い匂いがしていた。唇は、女
の子の身体でも、もっとも敏感な部分のひとつだ。太子ならば、俺達の存在に感付くかも
しれない。必死に説得していた。でも、兄は譲らなかった。

                 *

「あんたはね〜、そんなだから、女心がわからないのよ!」
 ワケのわからない言葉で責められていた。
「干屡吸薬を提供したのは、あたしなのよ!」
 そうまで言った。薬品は、石川家の伝来の秘薬だった。アニキの独占物ではないはずだ。
平静なアニキならば分からないはずはない。太子を前にして、興奮していいるのだった。
「あんたね〜、ここまで来て、あたしに太子に触れさせないつもりじゃないでしょうね?
あたし、太子をあんただけに、独占させはしないからね!」
 ここまで怒っている兄を、見たことはなかった。

                 *

 午後十一時。ついに諦めていた。五エ門アニキの気持ちが、少しだがわかるような気が
したからだ。高校生になって、アニキには彼女がいなかった。いるわけもなかった。しか
し、アニキは、この年になって、初めて美少女の法印太子に、恋心のようなものを、抱い
たのではないだろうか。キスしたくなったとしても、仕方がなかった。俺も、実は同じ気
分になっていたからよく分かるのだ。こんなところで兄弟喧嘩をしていては、二人で遭難
してしまうだろう。力を合わせる必要があった。

                 *

 しかし、アニキの提案する太子の敏感な顎の皮膚を登るのは、何としても危なかった。
蚊か蚤かと思われて、叩きつぶされる心配があった。寝呆けて指先でごりごりとかかれる。
それだけで、一巻の終わりだった。磨り潰されてしまうだろう。別なルートを取る必要が
あった。

                 *

 午後十一時半。
「こんなこともあろうかと、用意していたのよ!」
「どんな用意だよ?」
 つっこみたくなった。が、黙っていた。こいつが始めからの計画だったのではないかと
いう疑いが、また沸き上がってきた。
 兄は、背中の薬箪笥を下ろしていた。
「どこに、しまっちゃったのかしら?」
 膨らますと風船になる、色とりどりの紙などを取り出していた。
「子供たちにあげる、景品なんだけど……」
 ゴムの風船もあった。緑の蛙の人形もあった。
「ああ、あった、あったわ!」
 心から嬉しそうな声がした。折り畳まれた黒い紙だった。広げると大きな三角形の凧に
なった。「ゲリラカイト」と書いてあった。 
「あたしたちには、ハンググライダー代わりになると思うわよ」

                 *

 時代考証が、おかしいとか言わないように。兄は、新しいものが大好きだった。つねに
研究をしていた。世界の最先端の技術を、取り入れていたのだった。日本人の発明品だっ
た。広範な知識だった。ただし、それらは、女のパンティを盗むという目的のためにだけ、
活用されているのだけれども。

                 *

 深夜零時。布団の山を登っていった。太子の十二歳の少女の胸は、布団の中でも、雄大
な隆起を示していた。夜に高く聳えていた。呼吸にあわせて、地面は上下に、ゆったりと
動いていた。気をぬくと転落の危険性があった。太子ちゃんの布団は水玉模様だった。一
個がちょっとした池のような面積があった。急な斜面に、どこまでも続いていた。顔面台
地(そう兄は呼んでいた)の方角から、そのたびに風が吹いてきていた。頂上を征服する
のに、さらに一時間が経過した。

                 *

 午前一時。ここまで来ると、麓では黒い顎の崖の上に隠れていた顔面台地の視界が、一
望にできた。鼻が高い山のようだった。そこから強風が吹いてきていた。その前に、代地
の裂け目があった。太子は、別に口紅を付けているわけでもないのに赤い唇をしていた。
夜目にも鮮やかだった。あそこを、めざすのだった。ふっくらとした頬の丸い高地の向こ
うになって、ここからでは目元も見えなかった。長いまつげの黒い塔のような先端部分だ
けが、かろうじて遠望できた。

                 *

 午前一時半。俺達は、布団山の頂上から、顔面台地の方角に向かって、斜面を掛け下り
ていた。もう止まれなかった。足が地面を離れた。飛んでいた。

                 *

 午前二時。『ゲリラカイト』の操縦は、最初は困難を極めた。身体のわずかな重心の移動
だけで左右の方向を回転させなければならなかった。それに風の方向も、一定していなか
った。太子が息を吹き出すときには、向かい風だった。吸い込むときには、追い風になっ
た。きりきり舞いさせられていた。墜落しそうになったこともある。困ったのは、向かい
風が強くて前に進めないことだった。

                 *

 午前二時半。しかし、俺達は何回かの命を失う可能性もあった失敗の後で、ようやく要
領を掴みつつあった。石川家の人間は、運動神経と肉体のタフさは、人並み優れていた。
向かい風に乗って、ゲリラカイトを上昇させる。追い風に乗って、下降しながら、顔面台
地に接近していく。この繰り返しだった。慣れると、旅路はスムーズになった。一時間も
しない内に、目的地に到着できそうだった。背後の布団山が、雄大に起伏していた。足の
下には首の暗黒の虚空があった。

                 *

 午前三時。足の下には、顔面台地の顎の部分の肌色の地面があった。風が強くなってい
た。鼻の穴の暗黒の縦長の洞窟があった。鼻毛が黒い木々のようだった。それが林立する
深い森のようにのぞけた。奥から強風が吹き出しては吸い込まれていて。目の前には、大
地の裂目のような赤い唇があった。何回かの挑戦の後で、五エ門兄も諦めたようだった。
『ゲリラカイト』の能力を、顔面台地の口の上あたりの気流の変化が、越えていたのだっ
た。兄は手信号を送っていた。直進するのではなくて、大きく右手の方向に迂回する。唇
の端の方角から接近するという作戦のようだった。了解のしるしに俺も手を振った。

                 *

 午前三時半。『ゲリラカイト』は、緩やかに右に旋回していった。作戦は成功しているよ
うに思えた。明らかに正面よりも、脇の方が風が穏やかになっていた。俺は右頬のエクボ
の作る谷間の影の上を飛んでいた。もうすぐ十二歳の美少女の唇が、五エ門兄のものにな
るのだった。なんだか残念な気がした。法印太子が目を覚まさないか。そんないけないこ
とを考えていた。

                 *

 俺は、アニキと並行して飛んでいた。彼の顔が、願望の成就の瞬間に向けて輝いている
のが見えた。足元に赤い谷間があった。唇の割れ目のひとつが、山の尾根のような深くて
黒い影を帯びていた。
                 *

 午前三時四十五分。その時に俺の右足のボロ靴が、いかなる偶然か脱げたのだった。誓
っていう。わざとじゃなかったのだ。太子の唇に落ちていく。
「いけない!」
 兄の恐怖の叫びを初めて耳にした。どうしようもなかった。割れ目に吸い込まれる。次
の瞬間だった。赤い裂け目の、肉のグランドキャニオンが動いていた。

                 *

 ごあああっ。咆哮が闇を引き裂いて、雷鳴のように轟いた。目を覚ましたのではないだ
ろう。太子は、寝言を言っているのにすぎない。むにゃむにゃ。その程度だろう。しかし、
俺達には世界の破滅する音に聞こえていた。そして、ピンクの蛭の怪獣のような濡れた唇
が、谷間の地下の奥深くから目覚めて、その怪異な姿を現したのである。舌を舐めている
のだった。胃の中で消化されている大量の牛乳の、甘く重い、たるいような香がした。空
気が熱くねばっていた。
                 *

 俺のいけない願いが、太子のやすらかな眠りの夢を乱してしまったのだろうか。割れ目
が開いていった。太子が深呼吸を、しようとしているのだった。ごおおおおっ。伝説の希
望峰を吹く嵐さえ、もの数ではなかった。
 ぐおーっ。
 強風にひっぱられていた。
 赤い洞窟が、口を開いていた。
 凄い力だった。『ゲリラカイト』が、ひっぱられていた。どうしようもなかった。五エ門
の身体が、俺にぶつかってきた。後になって、俺だけでも方向を転換させてしてくれたこ
とが判明した。揚力を失っていた。キリキリ舞いしながら墜落していった。

                 *

 午前四時。
 どこがどうなったのか覚えていない。
「それじゃ行ってくるよ」
 法印牛乳店の朝は早い。俺は太子の父親が出掛ける声で目を覚ました。
 俺は、赤い大地に墜落していた。折れて砕けて破れた、黒い鳥の死体のような『ゲリラ
カイト』が、身体の脇にあった。俺は唾液に濡れた上唇の上の産毛の草原の中に、埃が吸
い付いたようにして止まっていた。鼻糞のようだった。赤い唇の割れ目が、閉じていた。
五エ門アニキの『ゲリラカイト』の黒い影は、どこにもなかった。法印太子に食われたの
だった。干屡吸薬の効果がきれるまで、後、二時間しかなかった。

                 *

 午前五時半。太子の起床前に、耳の穴に潜り込むことに成功していた。耳糞まで、きれ
いに掃除してくれていた。侵入は用意だった。「太子、起きてくれ〜!」泣きながら、太子
の鼓膜に向かって叫んでいた。人間の胃は、二時間もあれば、食べたものをすべて消化で
きるのだった。

                 *

 午前五時四十五分。法印太子は、俺の声にようやく目をさましてくれた。洗面所で、口
の中に指をつっこんでいた。一晩たった胃の中には、何も入っていなかった。酸っぱい匂
いの、半透明の黄色いとろりとした液体が、少しだけでただけだった。胃液だった。無理
をしたので、少しだけ赤い血が交じっていた。

                 *

 太子は、俺達の馬鹿な行動を責めなかった。理由も問いたださなかった。感謝している。
ただ緊急事態への対応法だけを考えてくれた。性格の真っすぐないい子だった。
「石川吉三郎君と、お兄さんの五エ門さんがいたのね。だから、昨日から、なんだか皮膚
がコチョコチョと、くすぐったい感じがしたのね。視線は、感じていたのよ」

                 *

 午後六時が経過した。俺は、太子の手のひらに乗るような、元の大きさに戻っていた。
しかし、太子の腹部が、膨らむような様子などは何もなかった。完全に消化されて、吸収
されてしまったのだろうか。それとも、小腸に送りこまれても、生きているのだろうか。
冷静に考えれば、あのアニキが、そう簡単にくたばるはずはなかった。薬箪笥を背負って
いた。あの中には、別な干屡吸薬もあるだろう。いろいろな他の薬も、入っているのだろ
う。とにかく、オヤジの石川駄エ門に、相談するしかないと思った。

                 *

 今日は、日曜日だった。法印太子は、朝食の牛乳を飲んだだけで、俺の意見に従ってく
れた。跳びだしてくれた。石川家にまで、超特急で走っていってくれた。機関車のように
早かった。高いビルディングも、ひとっとびだろう。

                 *


 オヤジは、二人の息子の馬鹿な行為を土下座して謝罪してくれた。誇り高い泥棒の石川
駄エ門が、子供のために、身体は大きいとしても十二歳の小娘に、頭を下げてくれている
のだった。太子も「許します」と言ってくれた。

                 *

 駄エ門はこういった。五エ門は生きていると。
 「干屡吸」薬もある。それに石川家秘伝の「適応金精丹」という薬を身体に塗れば、た
とえ人間の体内という苛酷な環境においても、十分に生存が可能だという。強い酸の胃液
にも消化されない。胃壁の筋肉の消化のための強烈な運動にも耐えていける。

                 *

 ただし心配なのは、「五エ門が、今になっても出てこないのは、あなたの身体の中で、生
きるつもりになっているのではないか?」ということだった。
「いかに出来の悪い息子であっても、回虫の身の上に迄は、落としたくない!」
 お〜いおい。泣きだしたのだった。

                 *

「じゃあ、どうすればいいのですか?」
 太子が優しく尋ねた。
「これを飲んでくだされ!」
 ニッコリと笑ったオヤジが取り出したのは、虫クダシ(回虫を体外に出す薬)と大量の
ヒマシ油(下剤)だった。 
「まあ、下からだすの?」
 太子ちゃんの頬が、ぽっと赤くなった。


                 *

 アニキは生還した。パンティのコレクションの趣味は、まだ続いている。おかげで、村
に一軒しかない雑貨屋の、女性用下着売場の売り上げは、いつも好調だった。

                 *

 法印太子に裏山の一本杉の下に、呼び出されていた。三回目だった。俺に、こう謝った
のだ。
「ゴメン。あの時は。あたし、石川君を、必要以上に、ひどくいじめちゃった。あそこま
でするつもりはなかったの。あなたが、女の子たちのスカートをめくるのが、とてもイヤ
だった。もし、見たいのならば、太子のを、いつでも見せてあげる!」

                 *

 真っ赤な頬をした太子の率直な言葉に、俺は圧倒されていた。なるほど、そういうこと
だったか。太子も、俺のことが好きだったのだ。あのリンチは、可愛さあまって、憎さ百
倍というところだったのか。女の嫉妬心とは、凄まじいものだった。

                 *

「あたしは、強い男の人が好き。小学校三年生の時も、そうだった。自分を投げ飛ばせる
男の子が、この世にいるなんて信じられなかった。今度も、蟻よりも小さくなって、女の
子の身体に挑むなんて!想像もできないわ!お兄さんを助けるために人間の体内という、
危険に満ちた神秘な領域にも入っていった。その知恵と勇気と行動力が好き!」
 だから、一種の痴漢行為をされても怒らなかったのだ。
「あたしと付き合ってください!」
 太子は、はっきりと宣言していた。これがアメリカ流儀なのだろう。

                 *

 俺は、つきあうと言った。しかし、交換条件を出した。見せてもらうだけではなくて、
法印太子の大きなパンティの中に、入れてもらうことだった。そここそが、すべての少年
の憧れの、神秘の場所だった。それさえ知れば、「スカートめくり」などの、つまらない遊
びをする必要は、なにもないのだ。恥ずかしがる太子に、俺は強引に迫っていた。

                 *

 凄まじい体験だった。小さな冒険旅行だった。こうなっているのかと思った。最初から
最後まで、彼女は、ふっくらとした頬を林檎のように、赤く染めていた。

                 *

 干屡吸薬を服用してのことだが、あの晩にはできなかった洞窟探険も、単身でさせてく
れた。地底旅行もあった。それもまた、別の話になるだろう。


                 *

 小学六年生になって、彼女いない歴十二年の俺にも、ようやく恋人が出来たのだった。
自分よりも少しだけ大柄だったが、気にならなかった。太子の唇も、自分のものにしてい
た。彼女の家に遊びにいくと、いつでもおいしい白い牛乳が、たらふくご馳走になれた。
おみやげまでもらって帰ってくるのだった。
                 *

 太子とは、いろいろなことを話した。もっと大きく、もっと強く。そうなるために渡米
したのだという。実は太子の母親も、子供の頃に同じ教育を受けていた。「巨体症」。一種
の成長ホルモンの分泌の異常だった。性徴ホルモンが脳下垂体と、活動していないと思わ
れている松下腺体と、二ヶ所から大量に出てしまうのだという。最近は、世界的に、この
ような症例を示す少女の数が増えているらしい。爆発的な第三の性徴期に突入する前から
と、治療の時期は決定していた。基準となる数値のひとつが、身長百四十五センチメート
ルという数値だったらしい。渡米の計画は以前から決定されていた。俺とのことは、ひと
つのきっかけに過ぎなかったのだ。最新の医療設備による、専門家の医師の保護と観察が
ないと、正常な成長が難しい状況なのだという。

                 *

 アメリカで「成長プログラム」を、他の大きな少女たちと受けている内に、俺への復讐
など、小さなことに思えてきたと言っていた。太子は自分の恵まれた肉体を、世界の平和
のために役立てたいと言っていた。壮大な目標だった。そして、自分の心に、素直になろ
うと思ったという。『極悪人ハンター』という組織を作るつもりだ。太子は、そうも言った。
彼女は、俺と大泥棒の一家の正体を、まだ知らなかった。いずれは敵と味方に別れて、戦
う運命なのかもしれない。それも、また面白かった。
                 *

 アニキの、石川五エ門の救出作戦の詳細は、とても書けない。石川家と太子ちゃんだけ
の秘密だった。ともかく物凄いものだった。なかなか体外に出てこないアニキを俺が責任
を取って、太子の体内まで迎えにいかされたのだった。大冒険だった。「適応金精丹」を塗
っているといっても、死ぬような思いに合わされたのだった。その時の大冒険は、また別
な機会にゆっくりと語ろうと思う。

                 *

 そのためもあって、俺とアニキの中は、険悪になっていた時期がある。ずいぶんと後に
なってから、五エ門アニキに、あの時は助けてくれてありがとうと、ようやく感謝するこ
とができた。ハンググライダーの一件だった。彼は、ふてくされたような顔で、目線をそ
らしていた。
「馬鹿ねえ。あんたが先に、太子ちゃんにキスしないように、したかっただけよ!」
 五エ門アニキも、大子が好きだったのだ。
法印牛乳店の太子ちゃん・3 了
(終わり)
【作者後記】
 今回は、永井豪先生の『あばしり一家』のパロディ大会です。もうひとりの法印「太」
子ちゃんの物語。五エ門というキャラクターが、大好きでした。その風格と潜在的な能力
の深さ。次の世代の『あばしり一家』を継いでいけるのは、彼しかいない。今でもそう考
えています。

 三角関係の物語の重要な一翼を担ってもらいました。

 もうひとつは、文字通りの法印太子のボイン(古いかな?)の巨大さを表現するために、
直接的には書かず登場人物の置かれた情況から、間接的に想像してもらうという方法を工
夫しました。

 なお今回は「短縮版」での公開です。本当は、5章の作品なのです。現在は3章分だけ
です。作品中にも予告しておきましたが、あと2章分があります。
 第4章は、五エ門の救出劇の顛末が、有名な『あばしり一家』最終回のパロディととも
に語られます。なかなか体外に出てこない五エ門を、吉三郎が責任を取って迎えにいきま
す。太子の体内での、探険が語られていきます。

 第5章は、原作でも語られなかった太子の洞窟探険という冒険物語です。

 別な場所に、別な形で発表するつもりです。

 さらに今回の設定では、法印大子の『極悪人ハンター』としての活躍は描けませんでし
た。超能力美女軍団(もちろん巨乳の)を率いる彼女の激闘も、また別の機会に書きたい
と思っています。

 この場所を提供して頂いている、ゆんぞ氏にの尽力に感謝を申し上げます。

(笛地静恵)