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巨大美人島漂流記 1・ヤフーの島
笛地静恵

みどうれい氏に捧げる

「理性的に思考し、理性的に行動せよ」
ジョナサン・スウィフト作『ガリバー旅行記』「馬の国」より フウィヌムの言葉

 夏季休暇が、始まる直前の時期だった。直射日光が、大学のコンクリートのキャンパス
に、まぶしく反射していた。ジョナサン・シーガル博士は、大日本女王帝国の首都の大学
に、客員教授として赴任してきたばかりだった。キャンパスで、四人の女子学生とすれち
がった。彼の肩までも届かない。小柄な学生達ばかりだった。しかし、一人だけが、他の
ものよりも、がっしりとした体格だった。顔つきも四角い。いかつい印象があった。その
瞬間に、彼は悪夢のような記憶の中にいた。帝国軍の心理学者に、記憶を封印されていた
ことがわかった。禁断の扉が開かれていた。戦時中に、絶海の孤島で、捕虜生活を送った
ことがあった……。

                 *

 隊長のマリアが、彼女たちにとっては、五メートルぐらいの高さに感じられる岬の先端
から、下の湾にまで颯爽とダイヴィングしていた。他の三名よりも小柄だが、動きの切れ
味がいい。運動神経がいい。手の指先から、足の爪先までそろえていた。背中をそらして
いる。空中のポーズが、決まっていた。若鮎のように美しかった。いかにも意志の強そう
な、きりりとした眼差しをしていた。

                 *

 アイコとツツジは、抱き合いながら恐々と続いた。ドボン。落ちていた。ミリカも、青
い海に飛び込んでいく。マリアによれば、身体が鈍らないための、兵士としての訓練の一
部となる日課だった。出動の機会はめったになかった。しかし、彼女は自分たちが、絶海
の孤島に、島流しにあっている「不良品」だとは、絶対に認めないのだった。そんな暗い
憂いを、いつまでも感じさせておかない明るい環境が、ここにはあった。きれいに澄んだ
海だった。色とりどりの小さな熱帯魚が、ファッション・ショーをしていた。底の珊瑚も、
彼女の視力には、形と陰影がくっきりと見えている。連合軍の、主に海軍の種々雑多な軍
服のパッチワークのビキニ。揃いの水着を付けていた。ミリカの苦心の制作になる。お手
製だった。

                 *

 この島で、無制限の夏休みの季節を、過ごしているようなものだった。本国では、もう
三回目の夏が過ぎていることだろう。帰国は叶わない。が、悲しくはなかった。仲間との
生活は、臨海学校を楽しんでいる気分だった。ただ、戦闘の前線にあまり出られないこと
が、悔しかった。島の近くに、戦艦が通り掛かった時に限られるのだ。しかし、この辺り
の海域が警戒されてしまっていた。機会が減少していた。全員の、欲求不満の原因だった。

                 *

 少々、敵軍の捕虜に、厳し過ぎるのではないかという原因が、そこにあった。全員の
怒りの吐け口に、されているのだった。長持ちしなくて、当然だった。彼女は、口の中の
ビーフ・ジャーキーのような干し肉を、くちゃくちゃと噛んでいた。旨味が、口腔に溢れ
た。魚と芋はあったが、地下室の冷凍庫の食料の肉の備蓄も、底を付きかけていた。口の
中が乾いている。ミリカも感じることがある。禁断症状が、出始めていた。やばかった。
底に下降していった。

                 *

 海底から十五メートルぐらいにまで、鉄の柱のような黒い棒が突き立っていた。マキが、
一万五千メートルの海溝の底から発掘してきたものだ。超古代の沈んだ大陸の武器だった。
鋭い三つ又の先端は、砂の中に埋まっていた。影が海底に伸びていた。今の大きさでは、
ミリカでも抜き出すことが無理な重量があった。表面には、無数の文字が刻印されている。

                 *

 一万五千メートルの海底に、一万五千年の長きに渡って埋もれていたものだ。古代文字
は、磨耗の後を全く止めていなかった。何でも、豆腐のように貫通できた。現代の人間の
科学力が生み出せる合金で、この矛を遮ることができる硬度のものはなかった。つまり、
征服できない兵器はなかった。白い海底に、長い影を引いていた。古代文明の恐怖の異物
だった。しかし、これがあるがために、彼女たちは大量虐殺という運命から守られている
のだった。ミリカは、この場所を神殿と呼んでいた。矛がご神体だった。

                 *

 アブドルダムラルオムニスノムニスベルエスホリマク……。口にだしてもいない。頭の
中で、ミリカの一族に古くから伝わる呪文を、思い出していただけだ。それでも、矛は、
ブーンと振動を開始していた。彼女の破壊的な心の奥底の思いを読んでいるのだ。無数の
細かい気泡が、砂の中から発生する。海水の温度が、上昇していく。水中の貝や蟹が、周
囲から逃げ出していた。さすがのミリカも恐ろしくなっていた。「おやめ!」矛に心で命令
していた。振動が、ぴたりと止んでいた。

                 *

 波が、美しい紋を描く。ミリカは水面まで、自分が口から出した気泡を追って、浮上し
ていた。透明な水を、左右の大きな手で、ダイナミックにかいていた。灼けた肌に、海水
の冷たさが気持ちよかった。ぷふあっ。潜水艦のように海面に飛び出ていた。どしゃ〜ん。
派手な水しぶきをたてながら、背泳ぎになっていた。肌色の島のように浮かんでいた。太
陽と青い空だけを、見上げていた。

                 *

 いけないことだが、ミリカはこの時間が、無限に続かないかとも考えていた。。四人の少
女達は年齢としては、十代後半の女子高生達ということになる。遊び盛りだった。島にき
て、三年間になる。もちろん、学校にも行っていない。しかし、普通に通学できていれば、
マリアが三年。ミリカが二年。アイコとツツジが、学年としては一年生になっていた。気
が合った。楽しかった。

                 *

 ジョナサン・シーガル少尉が、所属する連合軍の艦隊は、帝国軍との海戦に敗北してい
た。圧倒的な物量の差を誇っていた。帝国軍は戦線を拡大しすぎていた。南方戦線では、
武器の補給もままならない状況だった。作戦の成功を確信していた。けれども、本当の襲
撃の前に、正体不明の新型機雷が、つぎつぎと船底に穴を開けていった。ソナーにも探知
できなかった。三つ並んだ穴は、いつまでも溶け続けていた。ジョナサンも見た。酸の腐
食を浮けているようだった。しかし、刺激性の臭いもなく、熱も持っていなかった。それ
なのに、一切の修理ができなかった。

                 *

 大艦隊は、壊滅的な打撃を被っていた。彼の航空母艦でも、千名を越える隊員の内で生
き残った者は、わずかに二百名足らずに、過ぎなかったのである。海が暴風のために荒れ
ていた。軍医であるジョナサンは、幸運な一人だった。嵐の海域に、巨大な海魔の姿を見
たものもいた。人間の乳房を持った人魚だったという者までいる。彼は、救命艇で負傷者
の治療に追われていた。何も見ていなかった。

                 *

 帝国の南方戦線の本島にある捕虜収容所だけでは、大艦隊の捕虜の生き残りは、多すぎ
る程の人数であったらしい。三十名だけが、戦闘の部隊になった島から上陸用の舟艇で、
別のヤフーという島に移動することになったのだった。

                 *

 捕虜のまとめ役には、連合軍のシャーロック大佐という男が、選出されていた。片目と
片足がない。鮫に食われたという噂もあった。ジムの第一印象でも、いかにも歴戦の古強
者という雰囲気があった。眉が濃い。真一文字に通っていた。その下の青い瞳は、くるく
ると、よく動く。深くやさしい色を湛えていた。日焼けした海の男だった。

                 *

 ジョナサンは、南洋諸島の原住民の言葉が、少しは話せる。この海域の民族の伝説の研
究をしていたのだった、そのために通訳として、大佐の脇について働くようになっていた。
帝国軍は、人員の不足を補うために現地の兵士も多数徴用していた。ジョナサン少尉は、
シャーロック大佐に重宝されていた。帝国軍の言葉は、連合国の彼らには理解できない。
しかし、原住民には同一の語源らしい帝国軍の言語が、分かるようだった。原住民が、訳
してくれた帝国軍の言葉を、ジョナサンがなんとか理解できた範囲で、シャーロック大佐
に伝えていた。まだるっこしい。伝言ゲームをしているような気分だった。

                 *

 ジョナサンは、シャーロックの命令で、島のヤフーという名前だけは、現地の島民から
聞き出していた。気に掛かるのは、彼らが、その名前を言うたびに、合掌して天に祈るこ
とだった。まるで、不吉な悪魔の名前を口に出してしまったために、神の許しを請おうと
するような動作だった。不気味な情報を、ジョナサンは掴んでいた。ヤフー島の捕虜収容
所に送られて、生きて帰ってきた連合軍の兵士は、一人もいないようだった。


                 *

 原住民に大佐がする質問から、彼の頭脳の回転の鋭さは分かっていた。それでも、シャ
ーロックの本当の気持ちまでは、ジョナサンにも読むことができなかった。彼は海軍の下
士官たちよりも、どういわけか軍属ではない民間人出身の医師のジョナサンに、意見を求
めてくることが多かった。「なあ、ジョナサン少尉、君は、帝国軍の我々の扱いについてど
う思うかね?」「なんだか、人体実験のような、胡散臭い臭いがしますが」ジョナサンは、
正直に感想をのべた。「そうかもしれないな」そして、シャーロック大佐は、いつも自分の
思うとおりの決断をするのだった。


                 *

 ついに出発の日が来た。小さな上陸用舟艇に、三十名が詰め込まれていた。定員は二十
名である。鮭の缶詰状態だった。半日を、太平洋の荒波に揺られていた。コップいっぱい
のわずかな水と、乾パンのみの食料の配給が、一度あっただけだった。ますます不用品の
処分という印象を、ジョナサンは強めていた。絶望的な気分だった。

                 *

 ヤフー島は、彼の予想よりも遥かに大きな島だった。ハラオ諸島の北端に位置する。遥
か北東には、ガム島のあるロテ群島があった。中央に、大きな山が聳えていた。山頂には、
白い雲のような噴煙がかかっていた。「火山活動があるのかもしれないな」シャーロック大
佐が、つぶやいていた。環太平洋火山帯の一部に属していた。「噴煙が出ているから、地下
水もあるかな?」シャーロック大佐は、見えるほうの目の上に、小手を翳していた。「諸君。
宝でも埋まっていそうじゃないかね?」彼は外見は、さえない痩せ男だった。が、頑健だ
った。大佐が船酔いするのを、ジョナサンは見たことがなかった。木の義足で揺れる船底
に、器用に重心を取って立っていた。卓越した運動神経の持ち主だった。

                 *

 珊瑚礁の白い浜が見えた。湾の沖合に停泊していた。魚が泳いでいた。食料はあるよう
だった。緑の椰子の木々には、だれも収穫していない実が、鈴なりになっていた。後は、
真水があるのかということだった。帝国軍の兵士は、機銃で連合軍兵士を威嚇していた。
底の砂まで見える、青く澄んだ海中に、飛び込むように促した。ジョナサンは、帝国軍が
国際法を破って、連合軍の兵士を絶海の孤島ヤフーに置き去りにするつもりに違いないと、
いよいよ確信していた。そのような悪い噂が、絶えなかったからである。一触即発の危機
に立っていた。帝国軍の兵士の機関銃が、彼ら全員の胸に、火を吹くかもしれなかった。
シャーロック大佐が、真っ先に水に飛び込んでいた。片足の伸し泳ぎで、イルカのように
器用に水を切っていった。みんなも、信頼できる現在の指揮官に続いていた。銃殺されな
ければ、生き延びる可能性がわずかにあった。

                 *

 帝国軍自身は、上陸さえしなかった。泳げないジョニーが、甲板で最後まで抵抗してい
た。飛び込めというのは、俺には死ねというのと同じだ。溺れてしまう。そのように抗議
していた。彼は、論理や倫理にうるさい男だった。口数も多かった。娑婆では、説教師と
いう職業だった。しかし、腹部を銃の台尻で強打された。水練の得意な連合軍の兵士二名
が、両側から支えてやっていた。一人が、黒人の巨漢のビッグ・ベンなのはジョナサンに
も分かった。九死に一生を得ていた。

                 *

 上陸用舟艇は、見えない危険から逃げようとするように、急速に方向を転換していた。
全速力でヤフー島の穏やかな湾から脱出していった。機銃音がした。ジョナサンには、つ
いに誰かが打たれたのだろうと思った。しかし、帝国軍の一人が、空中に機銃を発砲した
だけのことだった。何かのきっかけか。信号のように思えた。どうやら島には、誰かがい
るらしかった。

                 *

 島の反対側で銃声がした。新しい食料兼オモチャが到着したのだ。マリアが、アイコと
ツツジを派遣した。この前は、マリアとミリカが行ったのだから。順番だった。マリアは、
「小さくなって、いかなくちゃだめよ!」と厳しく注意していた。「ハア〜イ」「わかりま
しタア〜」二人は気乗りしない、のんびりした声で答えていた。姉妹のように良く似てい
た。ツツジが、アイコの髪型を真似て、眉の上で水平に揃えるようにしてからは、本物の
双子のようだった。相違点は、アイコが、ややふっくらとした体型だというぐらいのこと
だろうか。

                 *


 「食料の供給は、久しぶりね」マリアが、ミカに猫のように薄い舌で、赤い唇を舐めな
がら言った。「そうですね」ミリカも、口の中の唾を飲み込んでいた。もう海戦の時に、荒
れる海で採集した干し肉の「在庫」も、ほとんどなかったのだ。同胞である原住民の船を
襲撃することは、彼女には気が進まなかった。

                 *

 連合軍兵士の最後の一人が、砂浜についていた。誰一人として、立ち上がる気力のある
ものはいなかった。白い珊瑚の均質な大きさの粒でできた、美しい砂浜だった。観光で来
ているのならば、天国に近い渚のようだと言っても良かっただろう。しかし、全員が疲労
困憊していた。観賞する余裕はなかった。帝国軍の食事は、質量ともに粗末なものだった。
南海の太陽の日差しが、体力を奪っていた。短距離の水泳でも、かなり肉体に堪えていた。
熱い砂に、身体を横たえていた。高い椰子の木の梢に、いくつもの実があった。みんなが、
空腹のはずだった。しかし、それを、よじ登って、取ってこようというような、気力のあ
るものさえいなかった。シャーロック大佐さえも、息を切らしていた。

                 *

 ジョナサン少尉も、砂浜に寝転んでいた。自分は、遅かれ早かれ、このまま、この島で
死ぬのだと思っていた。南海の太陽の日差しに、じりじりと背中を焼かれていた。海水に
濡れたカーキ色の軍服も、すでに乾いていた。胸の鎖には、死体となった際の身元の確認
のための認識票と、カメオが下げてある。中に納めた、婚約者の写真を眺めていた。

                 *

 耳の骨に振動を感じていた。ずしん。ずしん。眠っていたのだろうか。目を覚ましてい
た。砂が動いていた。規則性がある。何か巨大な生きものの、足音のような気がした。重
量のために、地が震えていた。それは森の奥の方向から、近付いてくるのだった。ずしー
ん。ずしーん。危険が、迫っているような気がした。ゴリラだろうか。みんなも、座った
り立ち上がったりしていた。

                 *

 それから、緑の椰子の木々の葉を左右に割って、信じられぬ生きものが顔を出していた。
迷彩柄のビキニ姿の若い少女だったのだ。二人いた。しかし、その大きさが、普通ではな
かった。椰子の木と同じように大きいのだ。ジョナサンには、三メートル近くはあるよう
に見えた。目測だから、曖昧だったが。連合軍兵士の、もっとも大きいものの優に一倍半
の身長があっただろう。こんなことは、ありえなかった。こんなに大きな人間はいない。
巨人族の娘達だった。

                 *

 砂浜に大きな足を踏み出していた。一歩ごとに、珊瑚の砂が泣くように軋んでいた。深
く凹んでいった。膨大な重量を、受けとめているのだった。どれくらいあるのだろうか。
数百キログラムになるだろう。血と肉と骨の怪物だった。それでいて、可愛らしいと言っ
ても過言ではない、少女の姿をしている。ジョナサンは、まだ夢を見ているのではないか
と思った。二人の迷彩柄のビキニのトップが、艶かしく揺れていた。どこかで見たことの
あるような生地の色だった。

                 *

 ジョナサンは、祖国の大学の医学部での、講義を思い出した。巨人などというものは、
医学的にありえない。身長が二倍になれば、体重は八倍になる。そんな身体を支えるため
には、膨大な筋肉が必要である。その力に負けないためには、骨格は、カルシウムではな
くて、鋼鉄によって構築されなければならない。鋼鉄を内蔵する生物は存在しない。故に
巨人は存在しない。しかし、それは、そこにいた。

                 *

 笑顔で、連合軍兵士を面白そうに見下ろしていた。姉妹なのだろうか。顔立ちが良く似
ていた。帝国軍の東方民族の黒い髪と茶色い瞳。やや黄色味のまさった肌。そういう特徴
を、そっくりそなえていた。島の原住民の、浅黒い肌とは異なる。特にやや太り気味の方
は、豊かな乳房の上半球にも、青い血管が透けていた。白い肌理の細かい肌をしていた。
毛細血管の網の目が美しかった。少女らしい皮下脂肪は、全身に十分についていた。筋肉
質には、見えなかった。足は象のように太くはなかった。公平にみて、見事な奮い付きた
いような脚線美の持ち主だった。迷彩柄は、おそらくは軍事用の目的のためなのだろう。
それでも、ビキニだけの半裸なのだ。兵器のない無防備なのは明らかだった。単純なお洒
落ではないのだろうが。スタイルは、明らかに分かった。少女から大人に移行する時期の、
アンバランスなものだった。

                 *

 公平に見て、美しいプロポーションだと言えた。可愛いと呼んでもよかった。ジョナサ
ンは、故郷の妹のことを思い出していた。無論、これほどに、巨大でなければという条件
付きであるが。ビキニのトップは、高く膨らんでいる。胸の谷間は深い。ボトムも充実し
ていた。しかし、右側の白く光るような八重歯の少女は、ともかくとして、左側のまるで
日本人形のように、美しい顔の少女の胴体は、明らかに太すぎた。ほとんど、腹にくびれ
がなかった。下腹が突き出ていた。甘いものの食べ過ぎのために、肥満した少女の体型だ
った。つまり、島の食料はこれほどに巨大な生き物を太らせるほどに潤沢なのだろうか。
夢ではない。その証拠に、炎天下で少女が流す、汗の甘い匂いがした。このような異状な
事態なのに、それは媚薬のようにジョナサンの官能を刺激した。何日かぶりで、彼は自分
が勃起しているのを感じていた。他の者も同じ状態だったのだろう。

                 *

 連合軍兵士は、二人を遠巻きにして、興味深そうに円陣を作っていた。明白な欲望を目
に湛えている者のいた。まるで、先生とキンダーガーテンの園児たちのような差異だった。
彼女たちの腰あたりまでしか、誰も手が届かないだろう。しかし、三十名の幼稚園児には、
もし彼らに大人の知能があれば、二人の女の先生を捕虜にすることは、まったく不可能な
ことであろうか。できないことではないと思えた。シャーロック大佐の突撃命令を、全員
が待っていた。女に飢えていたということもある。目の前には、見事な女という種類の肉
体が、陳列されているのだ。これを食わない手はなかった。

                 *

 しかし、シャーロック大佐の意志的な濃い眉は、胡散臭そうに片方が持ち上がったまま
だった。敵の戦力が分からない。素手のように見える。が、何かの飛ぶ道具を、大きなビ
キニの中に、隠し持っているかもしれない。迂闊には動けない。敵の出方を見ることだ。
総攻撃は、作戦を練ってからのことである。

                 *

 しかし、シャーロック大佐の命令を待たずに、血気盛んな若者がニ名、円陣から飛び出
していた。一行でも大男のビッグ・ベンと、帝国軍に水葬にされそうになった一言居士の
ジョニーだった。それぞれで、決めた目標に飛び掛かっていった。つられて三名が、二人
の巨大な少女に襲いかかっていった。

                 *

 ジョナサン少尉も、ヘビー級のボクサー上がりと知っている。ビッグ・ベンという黒人
の軍曹がいた。肩に牡牛のような筋肉が、盛り上がっていた。殴りかかっていった。眼前
のビキニの間の白い腹部を、連打していた。八重歯の少女は、彼がそうしやすいように、
わざと中腰になっていた。そんなに、腹に力を入れているようには、筋肉の状態からして
みえなかった。八重歯を剥き出して笑っていた。贅肉はついてないが、筋肉が割れるとい
うこともなかった。

                 *

 巨漢の黒人のスタミナが切れるまで、そうさせていた。シャーロック大佐が、感嘆を示
す長い口笛を吹いていた。少女兵士の、戦闘能力を理解したのだった。お見事!称賛の意
味だったのだろう。三十名の中に、ビッグ・ベンの怒りの突進を、あれほどに長時間に渡
って、平然と受け止められる者は、一人もいなかっただろう。しかも、彼女は、ブロック
もしていないのだ。

                 *

 彼女は、砂浜に正座の態勢で座り込んでいた。チッチッチッ。ビッグ・ベンを馬鹿にす
るように、指を一本立てて、左右に振ってみせていた。怒れる牡牛のような黒人兵士の前
に、無防備に美しい顔をさらしていた。殴りかかるようにさせたのだった。ビッグ・ベン
は、怒りのストレートを見舞おうとしていた。一撃必殺の威力を秘めていた。故国で、水
牛を一発で殺したことがあると自慢していったパンチだった。体重を乗せた一歩を、大き
く踏み込んでいた。次の瞬間、彼は血へどを吐いて、仰向けに空中に飛んでいた。シャー
ロックの足元の砂浜に、背中からどすんと落下していた。立ち上がれなかった。彼女の椰
子の実のような拳骨が、軽く前方に突き出されていた。殴ったのではないだろう。単に、
長いリーチと、ビッグ・ベンの突進する威力を使って、腹部にめりこませただけなのだ。

                 *

 ビッグ・ベンは、立ち上がれなかった。白目を剥いて、ノックダウンしていた。口から、
蟹のように白い泡を砂に吹いていた。痙攣していた。シャーロック大佐の命令で、ジョナ
サン少尉は彼の介護にあたっていた。触診だけだが、骨にまでは損傷は与えられていない
ようだった。少女は拳骨が、硝煙の漂う銃口でもあるかのように、キスのように突き出し
た形の唇で、ふっと吹いていた。得意そうに笑っていた。

                 *

 ジョニーは、少女のサンドバッグのような太腿に、ラグビーのタックルをかけていた。
彼は有名な大学の哲学かー科の出身だった。クウォーターバッグだったはずだ。砂の中に
沈み込んだ足を、微動にもできないでいた。太めの少女は、ビキニの腰に両手を宛がって、
平然として水平線を眺めていた。

                 *

 残りの三名の、血気盛んな鉄砲玉のような兵士たちは、あの勇猛なビッグ・ベンの敗北
から戦法の変化の必要性を学んでいた。全員で、ジョニーに加勢していた。もう一人の、
巨大な日本人形のような少女の脚に、襲いかかっていった。なぐりかかっていた。足首を、
サッカーのようにキックするものがいた。そこでも彼らの太腿のように太かった。太腿の
白い皮膚を、掻き毟ろうとするように、爪を立てる者がいた。予想外に硬度のある皮膚に、
爪が剥けたようだ。血が出ていた。

                 *

 ジョニーは、一歩下がっていた。少女の侮蔑的な行為に、すっかり頭に来ていた。血の
気の多い男だった。ファイティング・ポーズを取っていた。砂の上で、襲撃のタイミング
をつかもうとするように、軽くジャンプしていた。誰もが思ったように、ビキニの股間を、
正面から攻撃しようとしていた。そこは無防備だった。どんなに巨大であろうとも、人類
の女性であれば、共通の弱点であると思われた。ビッグ・ベンでさえ、攻撃をためらって
いた場所だった。しかし、こいつらは見かけ通りの美しい少女ではなかった。化物だった。
怪物に、騎士道精神は不要だった。

                 *

 ジョニーは反撃を警戒しつつ、間合いに入り込んでいった。連打した。少女は内股の格
好になっていた。脂肪の乗った大木のような太腿で、ことごとくブロックされていた。「エ
ッチ!」その言葉だけは、ジョナサンの耳にも明瞭に聞こえた。意味も理解できた。彼女
の雷鳴のような非難の声が、潮騒を圧して椰子の森に反響した。みんなが、その大音声に
耳を押さえていた。

                 *

 彼女は、ゆっくりと右足を持ち上げていった。左足を、残りの三名に総攻撃されながら
も、重心を微動だにさせなかった。そして、エッチなジョニーという男の厚い胸元を、足
の爪先で軽く蹴った。今度も、ジョナサンには少女が力をいれているようには、まったく
見えなかった。それなのに、ジョニーは砂浜に仰向けになって、簡単に転倒してしまって
いた。ビッグ・ベンほどではないが、体重は百キログラムを越えるだろう。胸板のが厚い。
屈強な大男だった。強烈なショックを受けたようだった。彼女が胴体に足を乗せていた。
その長さは、腹部を完全に覆っていた。残りの三名は、それをどかそうとして、全力を尽
くしていた。相対的に細い足首に抱きついていた。動かそうとした。少女の足の下になっ
たジョニーは、呼吸ができないらしい。真っ青な顔をしていた。苦しんでいた。

                 *

 体重を、かけているようには見えない。軽く乗せているだけだ。しかし、彼女の足を動
かすことは、できなかった。これ以上、同じ状態が続けば、足の下になった男に、窒息の
危険性があった。チアノーゼ状態だった。砂に身体が、半分埋め込まれていた。まずい。
ジョナサンも助けるために、前に走り出ようとしていた。シャーロック大佐の片腕が、遮
断機のように彼の前に立ちふさがっていた。もっと見ていろ!観察するんだ!そんな目付
きで睨まれていた。

                 *

 彼女が、ふいとジョニーを砂の上に磔にしていた足を、除けてくれた。足の下になった
彼は、空気を求めて咳き込み喘いでいた。

                 *

 ビッグ・ベンとジョニーという、二人の大男の捨身の攻撃が、問題にもされなかった。
巨大な少女たちは、息も乱していなかった。大人とこどもの違いがあった。それ以上なの
だろう。連合軍の兵士達は、非力を思い知らされていた。シャーロック大佐は、少なくと
も彼女たちの肉体の戦闘能力についての、正確な情報を得たのだった。

                 *

 さあ、もうこれで納得したかしら?彼女たちは、そういうように、腰に両手を宛がって
いた。仁王立ちになっていた。ぐるりと、見回していた。勇猛果敢な連合軍兵士達は、充
分に納得していた。身振り手振りで、命じられるままに、二列に整列していた。ジョナサ
ンはシャーロックとともに、列の先頭に立っていた。それから、みんなは前後を巨大な少
女に挟まれていた。

                 *

 遠足の園児達のように、ジャングルの中を、整然と行進していった。頭の上でてを組む
という捕虜には、当然の動作さえも強制されなかった。獣の踏み分け道のようなものが、
通っていた。彼女たちが、何度も往復することによって、自然に作られていったのだろう。
椰子の大木が倒れていた。刃物のような倒木の新鮮な樹液が滲み出るような断面の上を、
彼女たちは素足で踏み越えていった。まるで、芝生の上を歩いているような、無造作な動
作だった。ばきばき。踏み潰していった。

                 *


 ジョナサンは、彼女たちの迷彩服のビキニが、帝国軍の兵士の軍服から、作られている
らしいことに気が付いていた。カーキ色は陸軍、ネイヴィー・ブルーは海軍、白は海軍の
式典の時の礼服のものからだった。空軍のものはなかった。ヒップだけでも、数人分の服
地が、使用されているだろう。彼には、両腕を周囲に回して、ようやくに抱き抱えられる
か、どうかというヒップのサイズだった。生地が伸縮性を持てるように、器用にパッチワ
ークになって縫い合わされているのだった。少女のプリンプリンと、左右に動く尻に吸い
付くようだった。筋肉の形と動きを、はっきりと見せていた。

                 *

 ビッグ・ベンと、ジョニーはまだ自力では歩けなかった。左右から戦友たちに支えられ
ていた。そのために、障害物を越えていくのが、容易ではなかった。進行が遅れた。後の
八重歯の少女が気が付いていた。前の太った同僚に、大きな声を掛けていた。クスクスと
笑いながら、八重歯がビッグ・ベンを背中におんぶしていた。黒人が、赤子のようにしか
見えなかった。広い背中の背後にほとんど隠れてしまっていた。もう片方が、ジョニーを
迷彩のビキニのふくよかな胸元に抱いていた。彼の金髪の頭部と、乳房の片方がほとんど
同じ大きさがあった。少女の巨大だが美しい形の乳房に、顔を乗せている。巨乳マニアの
ジョナサンには、羨ましい状況にも、気が付いていないことだろう。そのまま、奇妙な行
軍が再開されていた。

                 *

 ジョナサンは、大学の研究室で耳にした噂を思い出していた。帝国軍が、北方の氷河の
中に埋まっていた、巨人族の戦士の血清を人間に注射し、巨人の兵士を作ろうとしている
という。まことしやかな噂話を思い出していた。戦時中には、そういった奇怪な情報が、
飛びかうものである。十万人の都市と人間を、一発にして壊滅状態にして殺戮できるとい
う、恐怖の新型爆弾の話もあった。人間に、そんな残虐な武器が製造できるはずがない。
ある教授が、パイプに火を付けながら、それらの話を、荒唐無稽だとして、一蹴したのだ
った。彼にも、見せてやりたかった。生きた証拠が、地上を闊歩していた。
巨大美人島漂流記 1・ヤフーの島 了