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巨大美人島漂流記 4・不良品の島
笛地静恵
 シャーロック大佐は、巨大少女四名が、このヤフー島に島流しにあいながらも、生かさ
れている理由は何かと、つねづねジョナサンにも、疑問を吐露していた。いかに、巨大で
あろうとも、たとえば、航空機によって爆撃をされればひとたまりもない。わざわざ国際
条約にそむいて、捕虜という危険な食料を送り込みながら、彼女たちを生存させている理
由は何か。帝国軍は、無償のボランティアの援助をするような、温情家ではない。変態の
集団でもない。いまなお、何かの軍事的な価値が、彼女たちにあるからである。それは何
か。

                 *

 シャーロック大佐は、マリアに与えられたわずかな自由時間を、散歩という名目で、島
の探索に費やしていた。義足の片脚と杖一本で、難所を走破していた。それほどに、遠く
に行けたとは思えない。ジョナサンが見ていても、マリアのご用命があると、すぐにどこ
かから飛び出して来て、彼女の足元にひざまずいていた。基地の周辺の森の散策ぐらいな
のだろうと、誰もが思っていた。

                 *

 大佐の疑問は、早朝のサイレンによって氷解していた。『巨女館』の屋上にあったサイレ
ンが、ついに警報のように鳴り響いたのだった。北棟に生き残っていた中の、半数以上の
十名の隊員が、戸外に駆け出していた。兵士たちの訓練が危険を報せていた。明らかに帝
国軍の出撃の命令だった。

                 *

 ジョナサンは、ミリカのベッドの上で目を覚ましていた。抱かれたままで、『巨女館』の
門から、外に出ていた。
 「あなたも、わたしたちが帝国軍に島流しの目にあっている、ただでかいだけの役たた
ずの女たちだと、思っていたんでしょ?本当の姿を、見せて上げるわ」

                 *

 アイコが、片膝をついた格好で西棟の後の廃墟に、しゃがみこんでいた。他のメンバー
は敷地に入ることはせずに、その外で遠巻きにしていた。両手を胸の前で、十文字になる
ように交差していた。目を閉じていた。長いまつげの影が、頬に落ちていた。精神を集中
しているのが、分かった。最初は、何も起こらないように思えた。ジョナサンは、ミリカ
の足元に立っていた。背中がぞくっとしたように思えた。空気が冷たくなっている。アイ
コのいる辺りから冷たい風が吹き出していた。

                 *

 アイコは、ふくよかなに脂肪の乗ったまろやかな肩をしていた。そこに、もこりもこり
と筋肉が盛り上がっっているように見えた。ジョナサンには、そう思た。しかし、それだ
けではないのだ。アイコの全身が、膨張していった。すぐ背後に立つ、ちょうど背格好が
同じぐらいのツツジが、彼女の半分ほどの大きさになっていた。いつもの、彼らと彼女た
ちの比率と、同じような差異が生じていた。彼らの頭は、彼女の片方を立てた膝小僧の高
さにも、達しなかった。それでも、まだ止まらなかった。冷たい風が渦を巻いていた。

                 *

 ゆっくりと立ち上がっていた。両手に拳骨を握っていた。「ああああおおおおんん
ん!!!」上空を向いて、咆哮していた。全身の筋肉に、力をこめているようだった。力
瘤が浮かんでいた。腹筋が割れていた。少女の皮下脂肪の厚い柔らかい肉体が、早朝の東
の水平線の太陽の光に、ギリシアの大理石の体操の選手像のような、深い陰影を刻印して
いた。爆発的に巨大化していた。南海の島に白い雪が舞っていた。三階建てのコンクリー
トの北棟の二階と、同じ背丈になっていた。頭を並べていた。彼らの部屋を、容易に覗き
込めるだろう。まだ室内に残っていた隊員達も、ベランダに出ていた。鈴なりになってい
た。地上にしたジョナサンたちは、危険なので距離を置いていた。マリアも、ミリカも、
ツツジも、遠巻きにしていた。アイコの髪に、眉毛に、白い霜が下りていた。

                 *

 ジョナサン達は、首の後の筋肉を緊張させて、つねに上を見上げていないと、アイコの
顔を見ることも、できなくなっていた。アイコは、四人の中でも最大の巨乳だった。勃起
しているようだった。形のはっきりとした乳首が、乳房から出て天を指していた。その先
端に氷柱がぶらさがっていた。白い胸の向こうに、顔が隠れるようになってしまった。ず
し。ずし。ずし〜ん。大地が鳴動していた。アイコが、さらに巨大化していった。仁王立
ちになっていた。黒い陰毛に白い霜が、宝石のように鏤められていた。生きている自由の
女神像のようだった。

                 *

 屋上の貯水タンクの高度に、彼女の白い霜をまとった黒い股間があった。五、六階建て
のビルと同じ高さがあった。ざっと目分量でも、十五メートルぐらいの身長があった、彼
らの十倍の大きさだった。性器の割れ目が、黒燿石のごとく輝く陰毛の中にあった。ジョ
ナサンを、一呑みにしそうな裂け目だった。

                 *

 足の長さだけでも、ビッグ・ベンの身長よりも、大きかった。桜色の爪が、光っていた。
あれに踏み潰されたら、人間は一瞬にして、薄い物体に変化しているだろう。煙草の火を
踏み消すように簡単に、人間の命を始末できるだろう。あの足指の間から、自分の肉体の
残骸が滲み出る光景を、ジョナサンは想像して身震いしていた。神経が過敏になっていた。
度重なる日々の緊張のために、痛め付けられているのがジョナサンにも分かっていた。し
かし、どうしようもなかった。

                 *

 ずし〜ん。ずし〜ん。アイコの巨大な肉体が、巨大な背中と尻を見せながら、崖の方に
歩いていった。安産型の、多産を約束された体型だった。臀部は、アイコよりもミリカの
方が充実していた。崖の上から飛んだ。巨大な重量を受けて、島の大地が地震のように軋
んでいた。

                 *

 崖から海面までは、普通の人間の尺度では、五十メートルの高さがある。彼女にとって
は、わずかに五メートル程度に過ぎないのだろう。轟音がした。海が破裂した。津波が、
崖の縁に押し寄せてきた。白い波となって爆発していた。再度、島全体が揺れたような気
が、ジョナサンにはした

                 *
 「アブドルダムラルオムニスノムニスベルエスホリマク……」
 何かの呪文を唱えていた。海中から、黒い武器が浮上してきた。海面に垂直に立ってい
た。黒い三つ又の矛だった。アイコは、それを片手に取り上げていた。重さを計るように
振っていた。海神ポセイドンの大いなる武器のようだった。彼女は、それ一本で連合軍の
強力な戦艦に、戦闘をしかけるつもりなのだろう。シャーロック大佐が、うなりを上げて
いた。艦隊を全滅させた、謎の海底機雷の正体を彼は見たのだった。アイコは、浜辺から
赤い網を取り上げていた。本当はトロール漁業のための巨大なものだ。それを腰に、パレ
オのように無造作に巻いていた。


                 *

 ヤフー島の海域は、遭難する船舶が多い。連合軍の全艦隊には、止むを得ない危急存亡
の場合以外は、危険な水域として使用が全面的に禁止されていた。あえて大回りする水路
が設定されていた。今までは、海軍の上層部にも、水面下の浅いところに、珊瑚礁のよう
なものがあって、船を難破させているのではないかと考えられていた。しかし、彼女たち
の存在という別の理由があったのだ。

                 *

 たしかに、戦艦の至近距離からの砲撃に、いくら巨大でも生身の肉体が、それほどに耐
えられるとは、ジョナサンにも思えなかった。少なくとも、拳銃で打たれたぐらいの、効
果はあるだろう。しかし、彼女たちには、並はずれた肺活量があった。潜水しての真下か
らの攻撃には、水上の要塞である戦艦といえども、まったくの無防備状態だった。対策が
ない。自慢の砲も、効果がなかった。爆雷の投下だけだろう。しかし、それすらも、一定
の水深下で待機させられていたら、上空で花火が破裂しているようなものだった。

                 *

 ポセイドンの矛に、船底を何箇所も貫かれる。船底で作業していた船員も串刺しにされ
ていることだろう。浸水して、沈没する運命だった。ブリキのオモチャを扱うように、簡
単なことだったろう。アイコが海に飛び込む兵士を、捕まえて、腰の赤い網の中に次々と
投げ入れる光景が、ジョナサンには眼前に見えるようだった。


                 *

 彼女が島に帰って来たのは、夕方になってからのことだった。西の海が血のように赤く
染まっていた。ジョナサンには、連合軍の兵士の血が流れているように思えた。多くの命
が失われたのだろう。アイコが帰還したのは、ジョナサンたちが最初に上陸した砂浜だっ
た。白浜という名前がついていた。しかし、様子がおかしかった。いつまで立っても、基
地に帰還してこない。ミリカが迎えに行くことになった。ジョナサンもついていった。彼
らが一時間以上を掛けて突破した難路を、彼女は十五分間もかからないで走破した。

                 *

 白浜にアイコがいた。ミリカがアイコを見て「ああ、いけない」と叫んでいた。アイコ
は、明らかに巨大になりすぎていた。出撃時の、さらに倍の肉体になっていた。全身のコ
ントロールを失っていた。全身の各部分のくぼみから、海水が滝のように大量に流れ落ち
ていた。潮の香が強くした。目は眼球が左右で、上下の高さが食い違っていた。視線が宙
を泳いでいた。唇からは、よだれを垂れ流しにしていた。戦闘の興奮もあるのだろう。巨
大な乳房が、空中で激しく揺れていた。左右が喧嘩をしているように、ぶつかっていた。
冷たい風が起こっていた。それでも、帰巣本能だけによって、島に帰って来たのだ。

                 *

 アイコは、ミリカを敵と思ったのだろう。ミリカが呪文を唱えていた。ポセイドンの槍
はアイコの手を離れて、島の反対側に飛行していった。自力でミリカの言う、海底のいつ
もの保管場所である、神殿に戻っていったのだ。

                 *

 砂浜に異臭がしていた。アイコが、白い浜辺に両手と両脚をついていた。犬のような格
好で、失禁していたのだ。消防自動車のような放水が、地面に轟々と音を立てて穿ってい
た。大穴が開いていた。彼女の両脚の間の真下の砂に発射されていた。大半は吸収されて
いたが、いくらかが反射していた。生暖かい大粒の飛沫が、ジョナサンの立っているとこ
ろまで、びちゃびちゃと飛んできていた。アンモニアの臭気に、大気が満たされていた。
正視しがたい惨状だった。人間の尊厳が、侮辱されているような気がした。しかし、それ
だけで終わらなかった。

                 *

 脱糞していた。ジョナサンの胴体よりも、太くて大きな焦茶色の円筒形の大便が、地響
きを立てて地面に落下して潰れていた。美しい渚に激突していた。そこにも、大きな穴を
穿っていた。泡を立てていた。砂の中の貝などを分解しているようだった。アイコの大便
に、なおも残留する腸液などの消化液の効果も、あるいはあるのかもしれなかった。人間
が触れたら、手足が溶解するだろう。危険だった。

                 *

 アイコの巨大な手足が、痙攣していた。感電しているようにしびれていた。ミリカさえ
も片手で鷲掴みにできるだろう。立ち上がっていた。ジャングルを踏み潰しながら歩きだ
していた。足元の雑草のようなものだった。

                 *

 腰の赤いトロール網の中に手を入れていた。その網も、出撃の時には腰に二重三重に巻
かれていたのに、今は一重になっていた。切れそうなまでに張り切っていた。アイコは、
無数の帝国軍の水兵の体を、網の目に突っ込んでいた。ぐるりとヒップを囲んでいた。肉
の腰蓑のようにしていた、指で探って引き抜いていた。数名を一度につかんでいた。柔ら
かい剥き海老のように、口に運んで噛んでいた。


                 *

 恐ろしいのはアイコが、これほどに茫然自失しているのに、なお小人を食うことを止め
なかったことだ。簡単に、左右の手に捕まえていた。悲鳴がした。海中を泳いできたはず
なのに、生きている者がいたのだ。なお可愛らしい、ピンクの口元に持っていった。白い
健康な歯で噛んでいた。絶叫があった。骨が噛み切られる鈍い音。肉が咀嚼される嫌な音。
血を吸われる音。それらが入り交じって続いていた。

                 *

 がつがつ。アイコという人食い巨人が、人間を貪り食っていた。右手の男に、頭部がな
く、左手の男に、両脚がなかった。血が、手の甲から手首にまで流れていた。赤い飛沫が、
白い乳房に飛び散っていた。赤い梅の花のように咲いていた。ぼたぼた。赤い血が緑に降
り注いだ。アイコは泣いていた。正気の欠けらが戻っているのだろうか。自らの人間を食
わなければいられない、浅ましい姿を反省して泣いているような気が、ジョナサンにはし
た。

                 *


 「これで分かったでしょ?なぜ私たちが、前線にも出る事無く、この呪われた島に置き
去りにされているのか。私たちは、失敗作だったの!不良品だったのよ!」
 ミリカも言葉に怒りの念をこめていた。「不良品」という言葉を、呪いのように咆哮して
いた。ジャングルに轟いていた。
「アイコも私も、望んだのではないのに!大人たちが自分たちの都合で、いやらしいオモ
チャにするために、勝手に禁断の血清を注射したのよ!」
 彼女も巨大化していった。まるでアイコの怒りと悲しみの波動が伝染し、新たな能力を
与えられているようだった。

                 *

 ミリカは、ジョナサンをジャングルに置き去りにしていた。アイコを制止するように、
後を追い掛けていった。友人が歩きながら排泄した、やや緩い軟便に足を取られていた。
倒木の上で滑っていた。ミリカは、基地の特に『巨女館』への被害を避けようとしていた
のだ。驚嘆すべき運動神経だった。アイコの落とし物に転びながらも、プロレスのバック・
ブリーカーのような業をかけていた。二人の巨人は、轟音を巻きおこしながら、緑のジャ
ングルの上に、背中から倒れ付していた。熱帯の鳥達が、危険を感じて飛び立っていた。
地表から七色の小さな光が、一斉に飛ぶ跳ねるようだった。動物たちが叫んでいた。喧騒
の嵐になっていた。

                 *

 ジョナサンの足元が、振動でバランスを失っていた。その場所で、跳ねとばされたよう
に転倒していた。椰子の木までが、何本も何本も雑草のように、南の碧い空に舞っていた。

                 *

「みんな早く逃げて!ギガ=エフェクトは伝染するの。私も、もう持ち堪えられない…
…!」
 ミリカの苦しそうな声がした。熱帯のジャングルの上を、二人はローラーのように巨大
な身体で回転していた。整地していた。ミリカが、基地から距離を置こうと、苦闘してい
るのだった。そうしながらも、彼女が何度も逃げるように叫んでいた。危急を、告げてく
れているのだった。

                 *

 それでも、ジョナサンは魅せられたように、ミリカに置き去りにされたままの場所に立
ち尽くしていた。「馬鹿。逃げるんだ!」彼は、誰かに手首を取られていた。シャーロック
大佐だった。万力のような力だった。大佐は、片脚なのに、まるで脚にバネでも装着され
れているように、すごい勢いで走っていった。ジョナサンが見たこともない速度だった。
逃げ足が早かった。彼も後に続いた。

                 *

 背後の基地では、マリアとツツジの巨大な悲鳴がした。ジャングルの上に立ち上がって
いた。「はあ、はあ、はあ!」二人とも、呼吸が荒かった。大きな瞳を見開きながら、地面
を見下ろしていた。口から、よだれを垂れ流していた。二人の身体も、連鎖反応のように
して巨大化していた。その表情には、人間以外の怪物に変身していくことへの、絶望感と
悲しみがあった。それらとともに、深い恍惚の後の放心のようなものがあった。あらゆる
地上の呪縛から、解き放たれていくような解放感があった。「あはああはあはあはあ」笑っ
ていた。

                 *

 ジョナサンは、いつのまにか奥深い洞窟の中にいた。シャーロック大佐が彼の脇にいた。
さっきまで誰かの巨大な腕が、内部の餌となる人間を探していた。兎穴の中を、猟師が探
るようにしていた。鋭い鋼鉄のような爪が、岩を粘土のように引き裂いていた。マリアの
もののような気がしたが、判別は不可能だった。そのために、洞窟の岩穴の天井が、まる
で砂のように、あちこちで崩れていた。ジョナサンも、ビッグ・ベンの機転で、落石の直
撃から免れていた。凄い力で手をひかれた。彼の立っていた場所に、大岩が落ちていた。
ここからの脱出は、容易ではないだろう。他にジョニーがいた。他の隊員の安否は、まっ
たく不明だった。巨人女という嵐が、小さな島に吹き荒れていた。過ぎ去るのを、待つし
かなかった。


                 *

 途中、三日目の夜に、ミリカの声が近くでした。「みんな、どこにいるの〜?、私たちは、
もう大丈夫よ。心配させて御免なさいね。安心して出てきなさ〜い!」洞窟の中で反響し
ていた。頭蓋骨の中の脳細胞を、震盪させるような大きな声になっていた。「おいしい食物
も、あるわよ〜!みんなで、楽しみましょうよお〜!」ジョナサンは、仲間を制した。あ
まりにも甘い、猫なで声だった。いつものミリカが、出すような声ではない。罠だろうと
思えた。ずし〜ん。ずし〜ん。ずしーん。巨大な身体が遠ざかっていた。

                 *

 シャーロック大佐が、洞窟内に非常用にためておいた、空缶一杯の雨水を分け合って、
大の男四名が、飢えと渇きに耐えて七日間をしのいだ。『ギガ・エフェクト』の効果が切れ
るまでの時間が、不明だった。念には念をいれた。


                 *

 一週間が経過した。四人が洞窟の中で疲労困憊していると、少女たちの声が聞こえた。
「やっぱり、この中じゃないかしら?」「いるよ。いるよ!」空腹のために、ジョナサンは
神経が異常に研ぎ澄まされていた。まだ分からないはずの、帝国の言語を正確に翻訳して
いる自分がいた。岩が打ち鳴らされる音がしていた。とうとう見つかった。食われる運命
なのだ。ビッグ・ベンとジョニーの二人を含む、四名の大の男たちが動かせなかった大岩
が、軽石のように外に投げ出されていった。ぽいぽい。ジョナサンは、逃げようとしたが、
身体が動かなかった。「いたいた!」「見付けたよ!」ジョナサンは、暖かい胸に抱かれて
いた。ミリカであると分かった。少女のぬくもりと、体臭がなつかしかった。金髪を、大
きな手に撫でられていた。気を失っていた。

                 *

 『巨女館』のミリカのベッドの上で、目を覚ましていた。水を口にふくませてくれたり、
噛み砕いた滋養のある食物を、口移しに食べさせてくれたようだった。悪寒にかかって、
震えるような冷たい身体を、一晩中抱いたままで体温で、あたためてくれたりしていたら
しい。命を救われたのだった。

                 *

 基地の周囲のジャングルは、爆撃を受けたような凄まじい惨状を呈していた。四人の狂
える巨大少女達が、正気を取り戻すまでに、三日間が経過していたようだ。島に、生き残
っている連合軍の兵士は、もうジョナサンたち四名しかいないということだった。あの洞
窟が、最後の捜索の場所だったらしい。ミリカは、三日目の夜の捜索の件については、ま
ったく記憶がないという。危ないところだったのだ。

                 *

 ミリカは、この南方諸島のある種族の巫女だった。帝国軍がヤフー島で、失われた時代
の禁断の秘法を、再現しようとしているという情報を掴んでいた。人工的に生み出された
巨人達が、人食いの性質を帯びるという傾向を、ミリカたちの古い文明は、沈んだ大陸の
過去の恐怖の歴史から、知っていたのだった。ポセイドンの槍を、自由に使役する呪文も、
代々の巫女に伝えられていた。そのために、彼女がスパイとして、大日本女王帝国に、送
り込まれたのだった。捕まったふりをして、自ら忌まわしい研究に参加していた。ヤフー
島に渡った。しかし、すでに実験は基礎研究から、応用の段階に入ってしまっていた。帝
国が実験の場所に、ヤフー島を選んだのだ。この近海では血清とともに、巨人化薬の重要
な材料となる北鬼貝が、豊富に採取されたからだった。

                 *

 愉快な発見が一つだけあった。それは、特殊な血清によって、巨人に変身してしまった。
が、彼女たちは元々が、帝国でも小柄な部類に入る身長なのだということだった。劣等感
が、志願に駆り立てた原因の一つのようだった。ミリカが笑いながら教えてくれた情報だ
った。平均身長はニメートル九十センチだったが、、ツツジとアイコが成長期で身長が延び
ていて、三メートルを越えているから、もう少し高いだろうと言っていた。しかし、帝国
でも「チビ」に分類されていた少女たちに、オモチャにされている自分たちの境遇を考え
ると、たいした慰めにはならなかったが。戦争が終われば、元の身体に戻れると、ミリカ
は言っていた。当時のジョナサンは、半信半疑だった。不可逆的ではないかと思えた。

                 *

 マキは、リリパット島に到着したガリバーのように、北の海から連合軍の本土に上陸し
てきた。帝国軍の、マキという名前の巨人女性兵士の、たった一人の進軍によって、連合
軍が敗北を認めたのは、ヤフー島でのあの狂乱の日々から、わずか二十日後のことである。
破竹の進撃だった。陥落した連合国の首都の、高層ビル街と肩を並べて聳えていた。人間
の世界に降臨した、神話の世界の美しき破壊の女神のようだった。素肌に、白いドレスを
まとっていた。連合軍の如何なる火器も、焼け焦げ一つ付けることのできない素材だった。
片手に恐るべき三つ又の矛を持っていた。その姿は、全世界に放映されていた。普通の人
間の百倍体である。その手には、百五十メートルのポセイドンの矛が握られていた。半径
三キロ以内のすべての連合軍の兵器を、作動不能にしてから破壊していった。

                 *

 ミリカたち十倍体が、「不良品」であると自己主張していたことの意味が、ジョナサンに
もようやくに理解できた。マキという名前の美しい巨大少女は、一体でも、超巨大な戦力
だった。連合軍の最新鋭の機械化部隊をも、まったく問題にしなかった。穏やかな美しい
表情のままだった。百倍体になっても、『ギガ・エフェクト』によって正気を失うこともな
い。人間を食うのは、単純に他に食料がない場合だった。牧場の五十頭の牛を、自ら破壊
した市街地の瓦礫を使って焚火をした。牛一頭を丸のままで、大木を尖らして作った串に
さした。焼肉にして、一晩で平らげたことがある。その表情は、むしろ哀しげだった。戦
場の女神とよばれていた。敵も味方も、彼女を崇拝した。何よりも、連合国の国民が、そ
の巨大な美しい姿を自分の目で見たのだ。敗北を了解したのだった。連合軍の総司令官は、
彼女の光沢のあるシルクのような白いドレスの生地越しでも、そうとわかる乳首の上に、
虫のように跨がっていた。その場所から、全土に敗戦を宣言したのだった。

                 * 

 世界が、帝国によって統一された。ジョナサンたちも、ヤフー島で見聞したことは、絶
対に他言しないという誓約書に、署名させられた上で解放されていた。違反した場合には、
軍法会議に掛けられる。命の保障はできない。脅かされていた。本国に送還されていた。
実際のところ、ヤフー島の生活については、ほとんど何も思い出せなかった。別に残念だ
とは思わなかった。三十名が四名に減少していたのだから、よほど悲惨で苦しい状況だっ
たのだろう。

                 *

 ジョナサンも、大学に戻り研究者となった。その頃に流行しつつあった、人間の巨大化
ということの神秘を、研究するようになっていた。ショーロック大佐は、遠洋漁業の船長
になった。ビッグ・ベンは、念願のヘビー級ボクサーとしてデビューした。世界タイトル
に、来年には挑戦することになっている。ジョニーは、教会の神父になっている。現代の
世界にも、悪魔は実在するという激しい説教が、テレビで話題になっていたことがあるの
を、ジョナサンも風の便りに知っていた。島での生活との関係については、まったく考え
なかった。心理学者に、捕虜生活の記憶を、ショックが大きいとして封印されていたのだ
った。

                 *

 マキが、普通の人間のサイズで、帝国軍のテレビに笑顔で出演していた。マキ王女はス
タジオで気軽に、巨大化の要望に応じていた。実行して見せた。二倍体ぐらいだった。頭
が、天井の照明器具に届いていた。茶色の髪の毛が絡んでいた。大騒動になっていた。何
か不安な気分だった。画面の向こうのことなのに、巨大な少女への恐怖があった。

                 *

 マキ王女は、二人組のお笑いタレントを、おもちゃのようにしていた。明らかに遊んで
いた。マイクロ・ミニの水色のスカートからのびた、白い馬の背中のように大きな太腿だ
った。左右に一人ずつ、両脚を開かせて跨がらせていた。乳幼児を膝の上に抱っこする母
親のような、優しい目元をしていた。睫の長い左右に大きな瞳だった。俯いていると、夢
見るような美しい黒い影を目元にひいた。ジョナサンは、その脚から目を離せなかった。

                 *

 今でも望めば、百倍体の大きさにまでならば、一瞬にして自由に巨大化できるというこ
とだった。放送局のビル全体が壊れてしまいますねと、男性アナウンサーが、恐そうにコ
メントしていた。彼女が、帝国の王女の身分である。それも、ジョナサンは、だいぶ後に
なってから知ったのだった。巨大化は、不可逆的ではなくて、可逆的な変身なのだ。

                 *

 敗戦から三年後。ジョナサンは、長い間、待っていてくれた婚約者と、ついに結婚した。
妻と帝国軍の首都にある帝国大学の、「巨人学」の研究室に赴任した。キャンパスを歩いて
いた。四人組の小柄な美しい女子大生達が、何がおかしいのか、笑いさざめきながら、彼
の傍らを通り過ぎていった。一人は、他の三人よりも、がっしりとした体格だった。顔も
四角張っていた。彼の顔を、笑顔でちらりと見ていた。

                 *

 ジョナサン・シーガル教授は、顔面の皮膚が、紙のようにクシャクシャと強ばるような
気がした。奇妙な窒息感に襲われていた。ヤフー島で捕虜の時代に、頭蓋骨の一部を骨折
した。戦後に整形をしていた。そこの鼻梁のシリコンの骨が、軋むように痛んだ。顔面騎
乗の恐怖を思い出していた。岩のような恥骨の感触が、鮮烈によみがえってきた。あれに
激突して、骨折したのだった。視野が暗くなる。立ちくらみだった。窒息感があった。

                 *

 気が付くとミリカが片手で、彼の身体を支えてくれていた。四人は、この夏季休暇に、
長期間のバカンスを楽しむつもりだという。南の島に行く、計画を立てていた。膝まづく
彼の四方を、取り囲むようにしていた。彼女たちの作る影の中にいた。「ジョナサン、南の
島にいきませんか?」誘われていた。「私たち、不良品じゃなくなったんですよ!」彼女は、
嬉しそうに付け加えていた。四人の妙齢の巨大美人の顔が、遥か上空から彼の小さな顔を
見下ろしていた。
巨大美人島漂流記 4・不良品の島
【作者後記】
 旧作です。一般公開しない間に、ある種の賞味期限が切れてしまいました。読んで頂い
た方には、笛地が何を言っているのか明らかでしょう。

 しかし、絶海の孤島での、巨大少女達との生活というのは、笛地にとっては、GTSフ
ェティシズムの原風景のようなものであるようです。何度も、妄想の中で戻ってくる世界
です。飽きずに、読んで頂ければ幸いです。


 なお、この作品の公表によって、従来、一部の読者の目に触れていた『巨大女子高生の
島』については、これを破棄します。『巨大美人島漂流記』を定稿とします。

 最後になりましたが、最大の敬意をこめて、本作を一刻も早い回復を記念し、闘病中の
みどうれい氏に捧げます。

 なお考えるところがあって、この作品を契機に、しばらくの間、ネットでの創作活動を
休止します。

 乱作の笛地が、作品を発表しないでいると、読者の方からすぐに健康などの問い合わせ
のメールが来ます。ご心配は、無用に願います。このような時期ですので、明記しておく
べきだと思いました。数か月で、戻って来る予定です。

 またお会いしましょう。御愛読を、ありがとうございました。(笛地静恵)