祝・神社モドキ復活記念!
化特隊、シブヤへ!
笛地静恵
 二つの発明があった。

                 *

 一つ目は、ロボット工学の長年の懸案であった、二足歩行を可能とするロボットの誕生
である。最初は、小さな子供のおもちゃのようなものでしかなかった。

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 なにしろ片足を踏み出すと、ロボットの重心を、もう片足だけでは、支えていられなか
った。解決策は、身体が前に倒れる前に、持ち上げた足を急いで地面について、その反動
を活用して後ろ足を持ち上げるというものだった。これは、普通の人間の感覚では、「歩い
ている」のではないだろう。単に、前方に「転んでいる」のである。

                 *

 そのような困難な過程を文字通り、一歩一歩乗り越えてきた上での、偉大なる成果であ
った。諸外国が、作業用ロボットには不要だとして見向きもしなかった二足歩行に、日本
人のみが成功した理由は明白である。彼らは、アトムか、ガンダムか、パトレイバーを作
りたかったのだ。つまり、ロマンがあったのである。

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 おりしも、平成関東大震災が発生した。首都の機能は、一時は完全に壊滅したかに思え
た。首都機能の移転が、真剣に議論されていた。が、各地方自治体は、地元の利益のみを
追求する、醜い不毛な議論を展開しているだけだった。
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 その間に登場したのが、単位時間辺りで、熟練した労働者の二十倍のパワーを発揮する、
汎用人型工業用ロボット『モンロー』である。この名前の由来は、最初に大量生産された
篠原精密機械社の機種が、安定した二足歩行と作業を可能にするために、後方に突き出し
た巨大な臀部を持っていたためである。それを左右に大きく振りながら移動する姿が、往
年の西洋の名女優の歩き方を、連想させたためと言われている。詳しい理由は、はっきり
していない。単に当時の、篠原明日馬社長の趣味だとも言われている。

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 ともあれ、大量の巨大ロボット『モンロー』が、首都圏に溢れたのである。それに呼応
して、『モンロー』を使用した凶悪犯罪も増加していた。

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 これに頭を痛めた警視庁は、例によって世間の批判に慌てふためいて、女性警察官のみ
の、『化学特別装備女子警察隊』を急遽編成した。略称、『化特隊(かとくたい)』の誕生で
ある。

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 ここでいう「化学特別装備」というのが、二つ目の発明品である。当時、ようやく日本
でも使用が認可された、オシリス薬のことである。女性の肉体のみを巨大化させる特殊な
薬品である。そのために、必然的に「女子警察隊」になったのである。

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 最初から首都圏の復興を、『モンロー』ではなくて、オシリス薬で巨大化した優しい女性
達に任せておけば、今日の混乱は、生じなかったのかもしれない。しかし。すべてが後手
に回る非能率が、優秀な日本の官僚組織の伝統と、お家芸である。未曾有の大震災を経験
した以前と以後でも、何ら変わることはなかった。より安全で安価であったオシリス薬で
はなくて、『モンロー』が正式な首都復活のために導入された閣議決定と、国会通過の経緯
については、篠原精密機械工業と政界の癒着の可能性も指摘されている。

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 それに、当時のオシリス薬にも短所があった。その効果が初期には、ある人間が限定さ
れていた。一定のエクソンを、DNAの内部に持つ固体にしか、反応しなかった。あるエ
クソンのみが、オシリス薬という鍵を差し込んで、遺伝子構造そのものを変化させ、体内
で新しいタンパク質を合成させる鍵穴になったのである。そのために、もし首都圏の復興
に必要なウーマン・パワーを集めるとすれば、東京に諸外国の巨大女子労働者が集合する
必要があった。東京の復興は日本人の手でという民族主義と相容れなかったのである。な
にしろ、その鍵穴を持つものは、全国の警視庁の女性警察官の中から選抜しても、当初は
六名しか発見できなかったのだ。

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 バレーボールならば、わずか一チームつしか作れない六名という人数だけで、『化特隊』
の彼女たちが、首都圏にどのような破壊と恐怖をもたらすことになるのか。その力に、全
国の日本人が気付くのは、まだもう少し先のことである。

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 当時は、六名の中でも、もっとも新人の隊員が藤牧子だった。今春の新卒採用で女性警
察官になった。採用試験の身体検査で、口腔の粘膜を擦り取られたのを覚えている。遺伝
子診断がなされたのである。知力・体力ともに普通の成績だった。しかし、彼女にはオシ
リス薬に対する適性があったのである。貴重な人材であった。半年間の警察学校での訓練
の後で、すぐに現場に配属されていた。『化特隊』の辞令をもらった時には信じられなかっ
た。

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 実は、藤牧子はアイドル志望だった。高校生の時に、某「新人オーディション」に落選
したこともある。藤は、この機会に自分を売り出してやろうという野心に燃えていた。小
学生の頃から目立つように、茶髪にしていたこともあるような子供だった。物心ついた頃
から『化特隊』の活躍は、必ずニュースで報道されていた。その頃には、四名しかいなか
ったが。マスコミでの露出が、期待できた。藤牧子は、顔とスタイルの良い少女たちみん
なが持つ希望を胸に秘めた、ごく普通の十九歳の少女だった。

                 *

 今日も出動前に、彼女は本庁の更衣室で、制汗スプレーを脇の下に噴射していた。みだ
しなみに注意するようにと、先輩の安寿田隊員から、厳しく注意されていた。体臭も巨大
化に比例して、強くなってしまうのだった。現実に、地域住民からの苦情もある。若いの
だから注意するべきことだった。

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 『化特隊』は原則として、二名一組で行動する。今日は、先輩の安寿田がフォワードと
して前方で行動する。藤が、バックアップである。後方から支援する。本当は、逆の方が
目立つのだろう。が、任務だから仕方がない。

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 『化特隊』のオレンジ色の制服は、大都会でも目立つような色合である。普通の女性警
察官の紺色の服では、背景の青空に溶けてしまうだろう。動きやすいように工夫されてい
た。素材も伸縮自在の、素肌に密着するものである。体のしなやかな線が、素直に出る。
太れないとぼやいている大食いの井出隊員もいた。が、藤は気に入っていた。アピール度
が高いからだ。

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 上着もシャツも一体型だった。胸元の白いネクタイも、そのような柄がプリントされて
いるだけである。菊の大紋が、中央部にあった。腰はベルトで締められる。下はミニスカ
ートである。伊井田キャップは創立当時に、隊員の心理的影響を考えて、ズボンか短パン
でも良いのではないかと、上層部に迫ったそうである。しかし、現在のミニ・スカートに
オレンジのブーツに決定された。高度に政治的な判断の結果。そういう返事だったそうだ。
「要するに、スケバなオヤジたちなのよ!」キャップは重責のある激務のために、目の下
に紫色の隈を寄せた疲れた顔で、さびしく笑っていた。不満が、すぐに顔に出るたちだと
言っていた。


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 見方によっては、奇想天外なデザインだった。しかし、目立つことは目立つ。

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 長身の伊井田キャップからは、必ず見られても構わない、テニスの下着のようなものを
下に履くようにと言われていた。群衆にもカメラにも、下から覗かれてしまう。当然のこ
とである。アングルは重要な要素だった。カメラはたいていの場合は、地面にある。彼女
たちと同じ視線にはない。各社のヘリコプターからのカメラは、上空にある。それらにも、
一度づつは目線を向けて、微笑することを藤は忘れてはいない。

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 しかし、今日の藤牧子は、注意を忘れたふりをして、ちょっとした仕掛けを施していた。

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 安寿田と比較して、バストは自分の方がある。これには自信があった。たいていは、真
下からテレビカメラに映される。その原則からしても胸の量感は、女性の魅力をアピール
するための重要なポイントだった。

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 二人は、ミニ・パト『ビーグル号』で『化特隊』本部を出発していた。逆三角形の不思
議な形のビルである。何かと、経費の掛かる隊だった。土地代を節約するために、このよ
うな苦肉の設計になっている。周辺の住民の日照権の侵害だという苦情は無視されていた。

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 復興車両で混雑する新首都高速は避けて、裏道をサイレンを鳴らしながら通過していっ
た。『ビーグル号』がノイエ・シブヤ駅前に到着したのは、通報からすでに一時間が経過し
た頃だった。女性警察官二人だから、地下鉄を使用した方が時間が短縮できるように思う
が、これが署の決まりだったのだ。震災から復興された、渋谷の町並みである。ここで、
五星重工の『エクバーグ』が、暴走しているという情報があった。シブヤ公会堂の建築に
きていた三台の『モンロー』の内の一台が、仲間の二体を破壊して、街に逃亡したのだっ
た。赤い車体の胸に、燃料電池の球形のタンクが二つある。巨乳タイプだった。『モンロー』
としても、怪力に分類されるスペックのデータがあった。弱点は、胸の谷間に電磁警棒を
差し込めば、電源がショートして、動けなくなることだった。キャップの伊井田の冷静な
報告が、イヤフォンに届いていた。

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 安寿田は、ミニ・パトの『ビーグル号』に搭載したスピーカーから、必死に説得してい
た。情理を尽くした見事な交渉だった。しかし、何の効果もなかった。真紅の『モンロー』
は道元坂を登っていた。『999』の屋上の給水塔を、行き掛けの駄賃のように、片腕の一
撃で破壊していった。たいした腕力だった。ビルの下には、時ならぬ大洪水が発生してい
た。歩行者が流されていた。そして『エクバーグ』はラブホテル街に、右折していた。あ
ちこちで、自棄になった子供のようにビルに片手を打ち下ろしていた。無差別な破壊を始
めた。

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「まずいわ。あっちの区画は、まだ住民の非難がほとんど済んでいない!」
 安寿田が下唇を噛んでいた。藤もそうだろうなと思う。いきなり、止めてくださいと言
われて、はいそうですかと承諾できない状況は、男女ともに、いろいろとあるだろう。

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 安寿田は、丸顔に真剣な表情を浮かべていた。真面目な彼女は、できるならばオシルス
薬という最後の手段を使わないで、事件を解決するように、全力を尽くすのだった。でも、
そのためにマスコミ各社が、現場に到着する時間が稼げるのだった。牧子は上空に、あの
バラバラという心が浮き立つような、ヘリコプターのローターの回転音を聞いていた。

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 安寿田が決断した。
「やむをえません。巨大化します!キャップ、承認をお願いします!」
「了解。巨大化承認!」
 二人は、胸元の銀色のシャープペンに入れたオシリス薬を、頭上に高くかかげた。この
時に、口で「ジュワッ!!」という習慣になっている。周囲の市民に巨大化を報せるため
だ。安寿田は、そういっていた。どうして、その文句なのかは、藤には分からなかった。「あ
ぶないですよ〜!」でも、十分だと思う。「これも伝統なのよ」。安寿田は自信を持って断
言していた。銀色の薬品を放射した。これで藤ならば身長五十五メートルの巨人に変身す
る。小柄な安寿田でも、五十メートルを越える程度だった。

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 巨大化というのは、どういう感覚なのか?そういう質問を良く受ける。藤の実感として
は、それは世界の縮小だった。周りのビルが、どんどん小さくなっていく。地面の周囲に
いる人間は、つねに注意していなければならない。最初の慣れない頃は、下を向いている
と眩暈がした。今は、それもない。ビルの各階が、彼女の手近の尺度になっていた。何階
まで、のぞけるようになっているなと思うのだ。五十五メートルだと。何階でおしまいと
いう、だいたいの見当がつく。身体は、熱いというのではないが、ほかほかとぬくもって
くる。手足の先端が暖かい。もっとも、これには個人差がある。早田巡査のように、乳首
が勃起するという大胆な発言をする人もいる。藤は、その点は何も性的な興奮を感じるこ
とはない。他の人も大同小異だった。

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 そんなことよりも、興味深い現象がある。オシリス薬は、女体を巨大化させるために、
空間そのもののエネルギーを使用するらしいのだ。空気中の温度を、急速に低下させてい
った。エネルギー保存の法則がある。どこかでバランスを取る必要があった。藤は、美し
い二重目蓋の瞳で、空気中にきらきらと舞う氷の粉末の輝きを、魅せられたように見上げ
ていた。厳寒の北海道でしか見られないダイヤモンド・ダストが、夏の都会に発生するの
だ。ビルの窓ガラスが、氷の結晶に白くなっていた。電線にも、樹氷の枝のように結氷し
ていた。『化特隊』を「雪女隊」と呼ぶものがいるのは、このためである。きれいな名前だ
と、藤は思っている。

                 *

 彼女も小さく、くしゃみをしていた。冷気を鼻孔の奥に感じていた。これは、可愛いか
ら自分に許していた。でも、無意識に顔を映していたビルの正面の窓ガラスに、つばが大
量に飛んでしまっていた。十以上の部屋分の面積がある。あとで、窓掃除の人たちが、た
いへんな重労働をすることになるだろう。地上十二階の上下の部屋だった。この程度でも、
「始末書」だろうかと思った。直情径行型のいちばん小柄な泉巡査は、いつも大量に書か
されていたけれども。

                 *

 しかし、ぼんやりしている時間はない。
「巨大化終了。これより、『モンロー』逮捕に向かいます!」
 安寿田の伊井田への通信の声が、彼女の耳の中でも響いた。
「『エクバーグ』は強敵よ。気をつけてね」
 キャップの声も緊張していた。
 機械のスペックは、常に変更になっている、最新の情報を知る必要があった。『モンロー』
の技術は、まさに「時新日歩」の時代だった。今日の機械が、明日は古くなっていた。メ
ーカーの中には開発競争のために、最新技術の導入を警察に明かさないところもあった。
そのために思わぬ苦杯を嘗めることもあった。

                 *

 制服の両肩についた、赤いライトを回転させながら、二人はノイエ・シブヤの群衆の中
を、そろそろと踏まないように移動していった。
「はい、ごめんなさい。ごめんなさいよ。危ないですから、非難してくださいね。う〜!
う〜!う〜!」
 安寿田は、口でサイレンを鳴らした。声の大きさには遠慮しなかった。透き通った声量
だけで、初めて『化特隊』を見る群衆は、びびってしまう。周囲のビルの窓ガラスが、ビ
リビリと振動していた。ロック・コンサートのフル・ヴォリュームも、目じゃなかった、

                 *

 二人ともノイエ・シブヤの地下街や、電気、水道、ガス管の位置は、克明に暗記してい
る。地盤が弱い部分は、無意識に避けている。それでも、タイルを敷き詰めた舗道は、安
寿田のオレンジ色のロングブーツの踵によって穿り返されて、大きな穴が開いていく。ビ
ルの基礎の部分に、無数の罅割れ入っている。巨大な体重の移動なのだ。そうそう巨大化
するということは、全世界が、脆く柔らかくなるということでもある。細心の注意が必要
である。

                 *

 その間にロボットは、ラブホテル街の内部まで、入り込んでしまっていた。二人が追い
付いた時には、屋上の『ホテル・リスベート』という看板が傾いていた。ネオンが、チカ
チカと瞬いていた。真紅の『エクバーグ』は、ホテルの前面の壁を、破壊してしまってい
た。背後からだと赤いドレスを着た貴婦人のようなスタイルだった。人形の部屋のような
内部が、一部分、剥出しになっていた。藤は、使ったことがないホテルだった。が、中間
色の内装は、シティホテル調で趣味がよさそうだった。あまり、けばけばしいのは、もと
もと好きではない。白いベットが、地面に落ちてつぶれていた。シーツが、ホテルの前の
植木に、ひっかかっていた。そして、怒れる『モンロー』は、こちらを振り向いた。左手
の三本の鉤爪には、二人の全裸の男女がしがみついていた。人質を取られてしまった。最
悪の事態だった。

                 *

 『エクバーグ』の乗員は、彼女にふられていたのだ。昔の恋人の名前を連呼していたの
だった。『ホテル・リスベート』で、二人は初めて愛し合ったこともあるという。
 「彼女を。呼んでこい!」
 その一点ばりだった。伊井田キャップが、「背後関係はないようね」と男の経歴を、低い
声で読み上げてくれていた。
「はやく、*****(女性名が入る)を連れてこい。出ないと、こいつらを握り潰すぞ!」
「いま、探してるわ。もう少し待って頂戴!」
 安寿田の懸命の説得工作が続いていた。しかし、時間稼ぎに過ぎない。彼女が来ること
は、永遠にないのだった。

                 *

 三時間が経過していた。男も、焦れてきていた。もうシブヤの町並みの上空にも赤い夕
焼けがあった。
「やい、おまえ!」
 自由な方の右の鉤爪を、藤の方に差し出していた。真紅のレディである『エクバーグ』
の腕力は、片手で十トンの廃材を一度に持ち上げるのだった。
「えっ、あたし?」
「そう、お前だ。お前、良いからだしてるな?」
「そう、ありがと」
「ここで脱いでみろ!」
「なんですって?」
「待っている間の余興だ。脱げ!」
「いやよ。ぜったいにいや!」
 藤は、そう言いながら胸元を強調するように、胸をそらしていた。
「あなたなんかに、見せてやるもんですか!」
 二つの隆起を、手のひらで隠すようにしていた。逆に挑発しているのだった。
「脱げよ。脱がないと、こいつらを殺すぞ。それでも、いいのかよ?」

                 *
 
 犯人が、隙を見せた瞬間だった。今までに、恋人のこと以外には、交渉に何の要求も見
せなかったのだ。緊張が、弛んできている証拠だった。藤牧子は、この間に数歩、前に出
ていた。人間には、七十メートル分の距離を移動していた。その巨大な身体で、自分より
も小柄な安寿田の手元を、『エクバーグ』の操縦者の視野から隠すようにしていた。
「安寿田、攻撃準備!目標、胸の燃料電池!」
 伊井田の命令が飛んでいた。
「藤は、人命救助!」

                 *

 手の中にある武器は、彼女たちには、わずか五十センチメートル程度の、電磁警棒一本
である。重火器の使用は、市街地では危険すぎる。当然、許可されるわけがない。彼女た
ちは、自分の肉体を武器として、捨身で戦うことを、義務付けられていた。電磁警棒は唯
一の武器だった。右足のふくらはぎに、革のベルトで装着されている。安寿田はそれを引
き抜いていた。藤も倣っていた。五十メートルの巨体が、二つ前に飛んでいた。高層ビル
が、二つ倒壊するようなものだった。風がうなりをあげていた。夕暮の太陽に影が動いた。

                 *

 電磁警棒は、一般の人間には全長十七メートル半もある。警察権力を象徴するだろう。
威圧するような巨大な武器だった。ブーンという、うなりをあげている。が、彼女たちの
実感としては、竹刀一本の長さもない。小刀のようなものだった。みな柔道も剣道も有段
者だったが、鋭い皮膚を切り裂くような鋼鉄の爪を持った、『モンロー』の懐に正面から飛
び込んでいくのは、勇気がいることだった。間合いを読む必要があった。

                 *

「往生せいヤ〜!」
 安寿田は気合いとともに、電磁警防を『エクバーグ』の巨乳の谷間に、正確に突き立て
ていた。高圧電流が流れる。青白い火花が散っていた。真紅の『モンロー』の全身が痙攣
していた。これで痺れるのは、女も『モンロー』も同じなのだ。藤は、そう思っていた。
バスト・ファックは、『エクバーグ』ほどではないけれども、巨乳の彼女の得意業だった。
自分も彼氏の肉棒を挟んでやっているときには、乳首から電気が性器に向かって流れるよ
うな気がするのだった。

                 *

 藤は、もう『エクバーグ』の左腕を肩の接合部から、全力で引き抜いていた。合気道の
関節技を応用した技だった。通常の作業では、ありえない角度に曲げてやる。人間ならば
関節が外れるだけだが、『モンロー』はそれよりも脆かった。大きな蟹の脚のようなものだ
った。捕虜となっていた男女を無事に、その手のひらに保護していた。びっくりした顔を
していた。手のひらといっても広いのだ。藤には、五センチぐらいの小人にしか見えない。
彼女のどの指も、全裸の彼らの身長よりも長いだろう。とても、可愛らしかった。

                 *

 そして、藤の膣は、自分の指を根元まで簡単に飲み込んでしまう。彼らを入れたら、ど
んな感覚がするものなのだろうか?小人さんを見るといつも、ふと考えてしまう。特に二
人は全裸だった。行為の最中だったのだろう。二人の恋人たちを、一度に簡単に、あそこ
に挿入できるだろう。そんないけないことを、手の平を見下ろしながら考えてしまってい
た。でも健康な少女が、SEXを連想して何がいけないのだろう?警察官だって人間だっ
た。十九歳で男性経験がなければ、現在ではその方がよほど例外的で、異常なことではな
いだろうか?藤の経験では、任務の終了後の緊張からの解放感は、エクスタシーから緩や
かに下降する、あの時間と妙に似ているのだった。彼に会いたいと思った。両手の指を、
お客さんのために、お碗型にして深くしてやっていた。それは逆に言えば、そこから逃げ
られないということを意味しているのだった。

                 *

「大丈夫です。地面におろします」
 職務に戻っていた。頭の大部分は、正常に活動していた。ささやき声を掛けながら『化
特隊』の訓練学校で教えられたように、ゆっくりと心に数えながら手を下降させていく。
たえず「大丈夫ですか?揺れませんか?」声を掛けてやることも忘れない。安心させるた
めだった。藤の目の高さは、人間にとっては地上五十メートルに当たる。この距離を一気
に下ろしては、目が回ってしまう。彼女の三センチメートルが、彼らの一メートルなのだ。
そのことを、忘れてはならない。警察学校での教官の声が耳に蘇る。

                 *

 背後では安寿田が、『エクバーグ』の操縦席の真紅のカバーをもぎ取ってから、犯人を摘
み出していた。
「あなたには、黙秘権も、弁護士を要求する権利もあります」
 手の中で正式な逮捕の手順を踏んでいるのを、きちんと視野に収めていた。異常があれ
ばバックアップは、フォワードの援護に、迅速に回らなければならなかった。こちらの犯
人は、藤のように丁寧には扱われていなかった。安寿田先輩は、優しい顔の割に、性格が
きついのだった。

                 *

 指先に摘んで、わざと宙にぶら下げていた。その下には、安寿田先輩の普通でも大き目
の赤い口が、あんぐりと開いている。顔の横幅が広い。切れ長の目が恐かった。白い歯が、
墓石のように並んでいる。赤い口の中には、唾が何本も長い糸を、上から下まで引いてい
る。喉の奥には、暗黒の穴が開いている。食道から胃まで続いているのだ。口臭はなくて
も、唾液の匂いぐらいはするだろう。もしあそこに落とされたら?さぞかし迫力があるこ
とだろう。藤も、もし自分が、あの立場に置かれたらと、想像するだけでビビッてしまう。
安寿田が言うところの、御灸を据えているのだった。これが大好きなのだった。恐い人だ
と思う。犯罪者に対する厳格さには、『化特隊』の仲間内でも定評があった。伊井田キャッ
プの次に厳しいだろう。

                 *

 現場から離れた地面に、立入禁止の黄色いロープを張ってパトカーが警戒していた。す
でに夕闇が下りているのだ。赤い光がまぶしかった。近くに彼らを下ろした。当然、そこ
には報道陣もいる。オレンジのミニスカートから出た素肌の片膝をついて、ゆっくりとし
ゃがみこんだ。正面の地面で、カメラマンの無数のフラッシュが焚かれている。わざとら
しくならない程度に、自然に股を開いた。手の甲を地面につけてから、ゆっくりと指を開
く。全裸の男女は、腰が抜けていた。下りられないようだ。どちらかが失禁していた。近
くの警官が毛布を手にして、藤の手のひらに上ってくる。土足だが、仕方がない。小指の
先端から登るという規則も、忠実に守っている。文句を言う筋合いのことではない。彼ら
にも、もう片方の指を貸して下ろしてやっていた。

                 *

「後は、よろしくお願いします!」
 藤牧子は安全を確認してから、その場所に、ゆっくりゆっくりと立ち上がった。オレン
ジの制服。身長五十五メートル。高層ビルのように雄大な肉体が直立しているのだった。
スペクタクルな光景だろう。これが見たさに、都内のどこからでも急行してくる、熱烈な
ファンもいるらしかった。藤は、さっと格好良く敬礼をした。オレンジのブーツの踵をカ
チンと合わせた。鏡の前で練習をしていた。彼女が、いちばんかわいく見える笑顔を作っ
た。これで今夜のニュースの画面には、間違いなく彼女の巨大な身体と、笑顔が登場する
だろう。足元の最前衛にいた報道陣が、彼女のミニスカートの股間を指差している。何か、
がやがやと騒いでいる。藤牧子は、それには気が付かない無垢な表情で、安寿田の方に歩
いていった。彼女は『ホテル・リスベート』の前で、尻餅をついた格好の真紅の『モンロ
ー』を調査していた。

                 *

 藤牧子は、いつもの白い下着を履いていない。股間に食い込むような、細いストリング・
タイプの黒いTバッグだけだった。地上、三十五メートルのミニスカートの中の、あの暖
かい湿った秘密の空間は、地上の小人たちには、どう見えていたのだろうか。フラッシュ
の光が、届いたとは思えない。真っ暗だったことだろう。それが、いっそう想像力を掻き
立てているだろう。見せるよりも、隠したほうが色っぽいのだ。乳首を見せるよりも、ビ
キニで隠しているグラビア・アイドルの方が、人気の寿命が長持ちするのだという。そう
思うと、自然に内股になっていた。

                 *

 内腿を擦り合わせてヒップを振っていた。モンロー・ウォークをしていた。マリリン・
モンローだって、あの有名な歩き方をして、お尻を魅惑的に動かすために、片方のヒール
を短くするような、工夫をしていたという。彼女のような無名な新人は、もっと目立つよ
うにする必要があった。内心で大得意だった。作戦がまんまと成功したのだ。

                 *

 しかし、この時に、藤牧子達は、『エクバーグ』の最新の機能として、メインの燃料電池
が故障した時には、非常用電池に電源が切り替わるという性能を、しらされていなかった
のである。再起動していた。運転手が、最後に入力していた命令を、機械的な忠実さで全
力で実行していた。右手の三本の鉤爪が、彼女に襲いかかってきたのだった。

                 *

 「ヌワニー?再起動!?」
 安寿田も驚愕していた。鋭い爪は、藤の股間を、突き刺そうと延ばされていた。彼女の
鋭い反射神経が、窮地を救った。間一髪で、それを避けた。しかし、オレンジのミニスカ
ートは、そうはいかなかった。生地が、派手な音を立てて、ビリビリに破れていた。爪に
引っ掛かって、はぎ取られていた。そして、藤の黒いTバッグの可愛いお尻が、報道陣の
カメラの砲列の前に、剥出しにされたのだった。最大限の数のフラッシュが爆発していた。

                 *

 「何すんだよ?エッチ!」
 藤は凄んでいた。地が出てしまった瞬間だった。彼女のオレンジのブーツが、真紅の『エ
クバーグ』を踏み潰していた。

                 *

 その後、藤牧子の『化特隊』卒業のニュースが報道された。彼女は芸能界にAVアイド
ルとしてデビューしていた。史上初のオシリス薬を使用した女優と男優百人の壮大なから
みが、秘境で実施されていた。この種のビデオとしては空前のベストセラーになった。何
はともあれ、藤は当初の目的を果たしたのである。なお、彼女は再度『化特隊』に復帰す
る。それからの活躍は、また別の話になるだろう。 
祝・神社モドキ復活記念!
化特隊、シブヤへ! 了