短小物語集
湖南の乱
笛地静恵
 俺には敵がいる。薬を飲まされて、身体が縮んだ。高校生の頭に、小学一年生の身体。それが、俺だ。人間の身体は、大きくなったり小さくなったりはしない。しかし、真実はいつも一つだ。そういう薬は、実在する。
 今の俺は、藤内湖南(とうないこなん)という名前で、なんとか生活している。森乱(もりらん)とは幼なじみだ。二人で俺の部屋にいた。
 「湖南君、いらっしゃい!」
 ベッドに呼ばれた。乱は、ミニスカートの上に俺の枕を置いている。いつもとは、声が違う。低くかすれている。色っぽい。目つきが座っている。眼底に鋭い光がある。こういうときの乱は怖い。小さな体では、抵抗は不可能だった。
 俺は麻酔針を発射できる腕時計の文字盤に無意識に指を滑らせた。こいつの親父には、何度も使っている。最近は、薬の副作用か、彼の声がおかしくなってきた。別に気にしない。でも、たとえ眠り薬でも、女を打つことには、あまりにも抵抗感があった。こいつは、最後の手段だ。ベッドの端に座った。
 「ねえ、あのねえ、湖南君。お願いが、あるんだけど、もう少し、こっちによってくれない。ちょっとだけで、いいから、あたしに、抱かせてくれない?」
 「うん、いいよ。乱ねえちゃん」
 彼女の願いを、なんでも叶えてやるつもりになった。わざと子供らしい可愛い声を作る。自虐的な気分だ。乱の身体は、熱かった。小刻みに震えている。怖いのだろうか?皮膚が、汗でしっとりと湿っている。Tシャツ一枚の軽装。
 熱い夏の日の高校の体育館のように、麦を煎ったような青臭い匂いが、甘く漂った。普段は、体臭はほとんどない。珍しいことだった。
 乱も、敵の薬を飲まされたのだろう。何かの種類の媚薬だった。レストランにいた黒服の二人組の男が怪しかった。人体実験をされたのだ。
 これだけ体格が違うと、抱き枕状態だ。俺の顔は、乱の胸の谷間に埋まっている。彼女は腰を引いて、体重を俺に凭れかけるような態勢になっている。俺は乱の膝の上の枕に上半身を乗せた。温かい息の風を頭に感じた。
 ハアハア。
 乱の息が荒い。病気になったのではないか?心配するぐらいだ。心臓の鼓動を感じる。血の流れが速い。そして、スポーツブラに包まれた、ふたつの胸のふくらみ。やわらかい。乱は、着やせするたちなのだ。筋肉質でしなやかな身体つき。処女の熟そうとしている青い果実。
 俺は、乱と風呂に入って、頭を洗ってもらったこともある。
 あのときも……。
 やべえ。
 いつもは、皮をかむって、おとなしくしている俺の男の道具までも、びんびんと立ち上がってきやがった。半ズボンの前が、盛り上がってきた。腰を引いた。敏感な乱に悟られてしまった。
 「湖南君、どうしたの?」
 いつもの乱ならば、絶対にしないことをした。半ズボンの前を片手で、すっと触られた。
「湖南君も?大丈夫。痛くない?」
「やめてよ。乱ねえちゃん」
 拒もうとした手を、簡単に振り払われた。乱は空手の有段者だった。力もある。真剣な顔をしている。眉間に皺が寄っている。
「だあめ。お姉ちゃんに、見せるのよ!病気だったら、大変でしょ!?」
 すばやくズボンを外された。チャックを下ろされた。白い木綿の下着の裂け目から、俺の男性自身が、ぴょこんとピンク色の頭を外に出した。最近にない最大限の勃起だった。皮が張り切って痛いぐらいだ。血管が脈打っている。乱の目が、そこに、釘付けになっている。
 「どうしたの、これ?」
 「ああ、ええと、あのう」
 俺は、答えを探した。
 「さっきから、おしっこが、したくてさ」
 「それなら、早く、行ってらっしゃい。我慢していると、体に毒よ。出せば、直るわ。たぶん、そうだと思うんだけど……」
 乱は、いつも俺の保護者気分だ。助かった。これで、乱の元から抜け出せる。しばらく、時間稼ぎができそうだった。ベッドを飛び下りた。
 ベッドの上の乱は、ミニスカートの前を枕で抑えている。腹が痛いような、苦しそうな、そんな顔をしている。額に脂汗が光った。
 部屋にあるトイレに入った。ユニットバスだ。内側から簡単な鍵を掛けた。どうしようか。水洗トイレの蓋の上に座って、足をぶらぶらさせた。思案をめぐらす。友人の薗子を呼び出そうにも、ここには携帯電話はない。博士の帰宅は、いつになるだろうか?
 ドアにノックの音がした。
 「湖南君、どうしたの。おしっこ、出た?いつまで待たせるの?具合が悪いの?」
 「ううん。だいじょうぶ」
 「それなら、ここを開けて!明けなさい!!」
 鍵が、がちゃがちゃとなった。乱の声は切羽詰まっている。籠城は、もう限界だった。乱ならば、その気になれば正拳付きで、このドアぐらい簡単に壊せる。長年の付き合いで、身に染みている。
 タイルの床に飛び下りた。股間の緊張は、過ぎ去った。小便をしたからではないだろう。どうやら、薬の効果に波があるようだった。
 ドアを開いた。
 乱が立っていた。眼が点になった。
 腰に厚いバスタオルをしっかりと巻いている。しかし、上半身はヌードだった。ブラジャーも取っている。桜色の乳首が、白い乳房の中央の頂きに、つんと立っている。美しかった。長く伸ばした髪は、頭の上に高く結い上げている。
 「暑くて、嫌な汗が出るの。あたしにもシャワーを浴びさせてちょうだい。一緒にお風呂に入りましょうね」
 乱は、バスの蛇口をひねって、お湯を出した。腰を曲げる。バスタオルに包まれた大きなお尻。俺の方に突き出す。
 ぼっきん。
 強烈な一撃だった。厄介者が頭をもたげた。乱が振り向いた。左右の乳房が、それ自身の重量で、ずっしりと重く垂れた。なかなかの巨乳の持ち主なのだった。
 「こら、どこを見ているのよ!?」
 「ああ、い、いや、なんでもないよ」
 俺は、乱の前では、ちょっと気の弱い小学生を演じることにしている。
 「それじゃ、ゆっくり入っていて、いいよ」
 バスルームから逃げ出そうとした。
 「湖南君も、一緒に入るのよ。あたしの目の届くところにいなさい!」
 手首を握りしめられた。持ち上げられた。両足が床から、ふわりと浮いた。ものすごい握力だった。逃さないわよ。乱の強い意志を表した。力瘤が、盛り上がっている。いつもより力があるような気がした。脇の下に汗の匂いを嗅いだ。
 腕時計も、外された。濡れないように、俺の手の届かない高い棚の上に置かれてしまった。万事休す。服を脱がされた。
 乱は、俺の肉体の変化に気づいている。そのまま、二人で浴槽に入った。乱がバスタオルを巻いた長い足で、軽く跨いで越える浴槽の縁も、俺には脇の下に両手を入れられて宙づりになった状態で、超えねばならない高さがある。
 二人は、湯船の中に立った。足元に、シャワーヘッドから迸る、ぬるいお湯が、徐々に溜まっていく。彼女の股間の高さに俺の視線があった。
 乳房の下半球を見上げた。乱は、白い胸もとを隠そうともしていなかった。長身の肉体は、俺の目の前に女神のようにそびえた。
 「湖南君、よく聞いてね。あたしも、湖南君も、何か身体が、おかしいでしょ?妙な気分よね。でも、これは、たぶんシンイチが戦っている敵の組織が、あたしたちに、何かの薬をもった結果なの。だから、あたしたちは、その誘惑に負けては、いけないのよ。気をしっかりと、持ちましょうね」
 乱は、俺の股間の一物に手を伸ばした。
 「大人みたい。こんなになっちゃって、苦しい?痛いでしょ?」
 俺は、言葉にせず頷くだけにした。
 「こんな小さな子に、かわいそうに。奴らをあたしも、絶対に許さない。男の子の悩みが、少しは分かったような気がする。お姉ちゃんが、ちょっとだけ助けてあげるわね」
 それから、乱は、湯船にしゃがみこんだ。俺の腹の間に、彼女の美しい顔があった。
 「こうすれば、良かったのかしら?」
 乱は、口を一文字に結んでいた。真剣になっている。どこかで仕入れた知識を実際に応用しようとしているのだ。たぶん、薗子辺りからの耳学問だろう。
 両手にシャンプーを付けて擦り合せた。白い細やかな泡が立った。手を上下に動かす。あくまでも優しい。もっと、強い刺激が欲しいと思えた。腰が前後に動いた。俺の無言の要求に、乱も素直に答えてくれた。緩急の力加減が絶妙だった。男性の器官の機微をわきまえた動き方だった。すごい刺激だった。
 「変だよ。乱姉ちゃん」
 俺は、こらえきれずに切ない声を出した。
 「おしっこが出そうだ」
 「いいのよ、出しても。悪いおしっこのような成分が溜まっているから、おかしな気分になるの。出せば、すっきりするわ。そうだと思うんだけど……」
 乱の頬が上気したように紅く染まっている。腰をもじもじさせている。バスタオルにぬるい湯が染みていく。
 「ああ、出るよ」
 精液の噴出は、乱の予想を超えて激越だった。美しい顔に飛ぶ。
 「あん」
 眼に入りそうになったらしい。片目を顰めている。巨大な乳房の上半球にも、白濁した液体が付着した。乱が腰をくねらせた。白いバスタオルが、乱の腰から滑って湯に落ちた。
 「偉いわ。たくさん出たわね」
 俺は、乱に褒められた。
 だが、世界が傾いていく。視野が暗くなっていく。倒れる。そう思った。
 乱の股間から、ピンク色の肉の棒が聳えた。そんなことはありえない。重心を保とうとした。それを支えにしようとして、思わず両手でしがみついたはずだ。固かった。乱の悲鳴と、俺を呼ぶ声を遠くから聞いたように思う。
 それから、俺は乱に抱かれて風呂から出たのだろう。ほとんど記憶がない。小学一年生の肉体には、あまりにもショックが大きすぎた。ベッドにシーツを掛けられて寝かせられていた。
 目が覚めると身体の調子は、もとに戻っていた。媚薬の効果が、切れたのだろう。俺が眠っている間に、乱が何をしていたのか?何も分からない。ただ、使用済みのティッシュの山が、ゴミ箱に溜まっていた。乱は明るい鼻歌を唄いながら、トイレの紙詰まりをごしごしと掃除していた。さっぱりした表情になっていた。