マイティ・ジェニファー

スチュウ・作
笛地静恵・訳
 
【作者注記】十八歳以下の方は読まないでください。性的な表現があります。




 ハワードソン・ユニヴァーシティは、地方都市の小さな単科のカレッジだ。学生数は、およそ五千名。僕は、その中でも、もっともチビな学生。身長は、5フィート2インチだけ。いつでも、どこでも、からかいの種。今までの人生で、いつもそうだった。
 でも、この事態は、ある種の悪性のウイルスによる致死性の伝染病にかかったことで、さらに悪化してしまった。もし、家族の愛と、介護と、もちろん、お金がなかったとしたら、こうして生きてはいられなかっただろう。
 この街に多くの親戚がいる。同じ学校に、親戚のいとこたちが何名も通っている。でも、ごく内気な性格であったから、八歳の時に大家族全員が集合する機会があって以来、誰とも友達付き合いをしてこなかった。
 医者の叔父が、危篤状態に陥った僕の治療のために、最新の高価な治療薬を、身銭を切って海外から取り寄せてくれた。それは、十分に効果を発揮した。僕の身体の中から、ウイルスは、きれいさっぱりとなくなった。しかし、深刻な副作用があった。人生を根本から変化させてしまった。
 退院してから一週間後、身体が縮み始めた。真っ先に、髪の色が変化した。ブロンドから、ところどころに白髪の筋が混じった。ついには、茶色の細い髪になっていた。
 容貌さえ変化した。鼻筋が高く鋭くなり、顔全体の印象そのものは、より童顔になっていった。この点については、それなりに満足。美少年になったように思えたから。皮膚は、透き通るほどに白い。この点についても、別に悪くない。太陽の光を浴びないで、家にこもってばかりいると、こういう肌の色になる。それほどに異常ではない。
 薬の代金は高価だった。叔父は、一刻の猶予もならない僕のために、薬品会社との契約書にサインをしなければならなかった。あまりの値段の高さに、叔父は烈火のごとく怒ったそうだ。が、結局の所、全額を支払ってくれた。僕のために、そうしたことを全く悔やんでいないと、一族の目の前で断言してくれた。僕の家族は、心の底から叔父に感謝した。二つの家族の関係は、今でも親密である。
 というわけで、大学三年生の僕は、キャンパスを歩いている。
 背丈は、3フィート。
 みんなの注目を集めてもおかしくない。しかし、カレッジの学生というものは、自分のことで何かと忙しいものだ。普通は、僕の縮小したサイズに注目したりはしない。ときどき、からかう奴もいるが、不良たちだと納得していれば、別に頭に来ることでもなかった。
 ある日、数学のクラスに向かっていた。ホールに向かう学内のメイン・ストリートである。朝は、特に人通りで混雑する場所だった。一台の自動車が、僕に近寄ってきた。窓から、若者が上半身を乗り出した。叫んでいる。
「ヘイ フリーク ボーイ!」
 彼が叫んだ。
「ヘイ フリーク ボーイ!!!」
 車の中の三人の男たちも、僕の脇を通り過ぎながら彼に唱和している。
 彼らの方を見つめた。こういう時に、いつもそうするように、ことさらに無関心な冷淡な表情を作った。
 「なんて馬鹿な奴らなんだ」
 そう考えて、わずかに歩調を速くしただけだった。
 ばすん!
 これは、僕が誰かにぶつかった音。
 その時は、全く前を見ないで歩いていた。バランスを崩した。前のめりに舗道に倒れ込んだ。チャーリー・ブラウンが、フットボールを蹴り損ねた時。あの情けない音。地面に激突。鼻血が、トロリと流れる。道路脇の敷石に座りこんだ。自分は、いったい何にぶつかったのか?せめて正体を見きわめようとした。
 驚くべき光景がそこにあった。
 目の前に二本の脚があった。信じられないほどに長い。引き締まっている。筋肉質だった。それにマッチしたゴージャスなお尻を見上げるためには、首を大きく曲げていなければならなかった。
 とても丈が短いカーキ・ショーツ。その内部を、ぴっちりと魅惑的に満たしているヒップ。彼女は学校指定の紫色のセーターを着ている。カレッジのチームでスポーツをするときに誰かが、いつも着ているもの。
 明るい金髪に陽光が煌めいている。二つのピッグテイルに編まれている。振り向くと髪が風にさらさらと靡いた。
「何よ!変態!」
 振り向きざまに叫んだ。
 その美しさ!本当に大きなショック。両眼は、深いブルー。海のような光りを湛えている。息を飲むような美貌。頬には、いくつかのそばかすが散らばっている。同時に、そのセーターは、成長した肉体のカーブを、ほとんど隠し通せていない。そのことも、一発で分かった。
 印象的な長身女性。僕の背丈の優に二倍はある。もし、彼女が友達とおしゃべりに夢中になっていれば、その両足の間を、気が付かれずに通り過ぎることができそうだ。恥ずかしい。自分の色白の顔は、さぞかし真っ赤に染まっていることだろう。
「ごめん。悪かった」
 できるだけ穏やかな低い声でそう謝罪した。
「ああ、なんてこと。だいじょうぶだった?」
 声が優しく変化した。僕の顔に流れる血を見たのだ。さらに調べるためだろう。その場所に屈みこんでいた。
「ああ、だいじょうぶだよ」
 自信を持って答えながら、手の甲で鼻血を拭った。
「あなたって、なんていうのか、なにもかも、ちっちゃいのね!」
 興奮した時の女の子特有の、あの甲高い声で感想を述べた。
「まあね。心配してくれてありがとう」
 感情が、声に出ないように気を付けた。
「さあ、手を貸してあげる」
 片手が差し出された。握り返した。鼻血を拭った手を、きれいにしていないことに気が付いた。プロレスラー並みの怪力が、軽い身体を易々と持ち上げた。
「助かったよ」
 二本足に力をこめた。力に驚いていた。そのびっくりした表情が、よほどおかしかったのだろう。くすくすと笑いだした。微笑している。
「ありがとう」
 感謝した。多くの学生たちも、こちらを指さして声に出して笑っている。
 両手がのびてきて、僕の茶髪と両肩から埃を叩いて落としている。カーキ・ショーツとセクシーな太もも。目を離すことができない。両眼から、ほんの数フィートの距離のところにあった。彼女の意識は、僕をきれいにすることに集中している。
 彼女が慈善行為を終えるとすぐに、僕はそこから視線を引き離した。
 さらに首を曲げて目と目を合わせた。口元に笑みを浮かべながら、僕の目を見つめている。その瞳には、まだ心配そうな色があったけれど。
「ほんとうに、だいじょうぶなの?顔色が青白いけど」
 鼻の状態も、観察している。
「そうかなあ。そんなことないよ。気分は、上々さ」
 そう答えた。
「電話番号を教えてくれない?後で、連絡する」 
 自分のそれを、僕に教えた。
「ああ、いいとも。僕の名前は、デヴィッド。よろしく」 
 握手を求めた。片手を差し出した。上にあげてから、さらに前に伸ばした。彼女も、片手を延ばしてくる。包みこむように握られた。温かく大きな手。遠慮のない握力。その力強さに好感を抱いた。妙に、僕が置かれた肉体的な状況に配慮して、遠慮する奴がいる。そのようにされると、逆にむかついてくるのだ。
「あたしは、ジェニファーよ」
 元気な明るい声。小首を傾げる。微笑する。髪がそれに合わせて揺れる。僕は深いバッグの中に手を入れて、ペンを探した。メモ用紙の一枚を千切った。名前と電話番号をそれに書いた。彼女に手渡した。はちきれそうに張りつめたカーキ・ショーツ。あのきつい前ポケットに、それを大切に畳んでしまいこんでいる。
 「悪かった。走っていて、君にぶつかってしまった。まったく前を見ていなかったんだ」
 重ねて謝罪した。
「いいのよ。全然、気にしていないわ。小さな美男子さん」
 ジェニファーは、また手を伸ばして、僕の髪の埃を払った。
「また、会いましょ」
 手を振って別れていった。待っていた友人と合流した。大股に自分のクラスの方に歩き出した。僕は彼女が歩いていく光景を見つめていた。完璧な形をしたお尻の丸み。あそこに、激突したのだ。それは、今、魅惑的に左右に揺れている。注視する状態から、自分を意識的に引き離さなければならなかった。遥か遠くから彼女が、自分の方を振り向いていることに気が付いた。
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 その日のすべてのクラスは退屈きわまるものだった。特筆すべきことなど何もなかった。ありがたいことには、鼻血は止まっている。正常な機能を取り戻している。
 次の日も同じように、退屈極まる時間。クラスが終わると家に帰り、アパートメントの黒革のカウチに身を沈める。テレビを見て、時間をつぶす。そんな時に電話が鳴った。受話器を取った。
「ハロー?」
「ハイ、こんにちわ。あたし、ジェニファーよ!」
 あの元気な高音だ。
「ああ、僕が、交通事故を起こした女の子だね」
 ジョークを言った。
「そうよ、大型トラックと!あははは」
 声に出して豪快に笑った。
「鼻の具合が、心配で、電話したの」
「ああ、だいじょうぶだよ、ありがとう」
 できる限り優しく答えた。
「鼻はどう?骨が、折れたり、何かは、したりしていない?」
「今日は、大分、息の通りが、良くなったよ。もう、ほとんど痛くない」
「本当に悪かったわ。そう思っているのよ」
 超高音になっている。
「あれは、僕が悪かったんだよ。君は、そこに立っていただけ。そうだろ?」 
 僕も、声に出して笑った。
「ああ、そうよね。でも、壁にぶつかったみたいだったでしょ?」 
 くすくす笑っている。
 それから、意味ありげな沈黙の間があった。
「……あのね。もし、今晩、何も予定がなかったら……、七時から、大学の男子バスケット・ボール部の試合があるんだけど、……見に来ない?」
 あくまでも、元気で明るい誘い方だ。
 女性から、このような種類の誘い方をされた経験がない。特に、ジェニファーのような魅力的な女性からは。突然の招待は僕の生活信条ともなっている、極度の警戒心を掻き立てる物だった。
「そうだなあ……」
 自分の精神の均衡を取り戻すのに、時間が必要だった。口ごもった。
「ああ。君は、男子のバスケット・ボール部の選手だったのか?そんなに、背が高いんだから、当然だろうな」
「うふふ」
 ジェニファーは、笑っていた。
「馬鹿なこと言わないでよ。あたしは、ただのチア・リーダーよ」
 大声で笑っている。
「ああ、そうかあ」
 息を飲んだ。顔が熱くなっている。汗ばんでいる。これも、薬の副作用の残滓だ。
「それは、素敵だ」
 何も知らない者の無垢さを装う。
「うふふ」 
 また笑っている。
「それじゃ、気に入ってくれたのね。待っているから。必ず来てね」
 もう一度、強調した。
「ああ、いいとも。人気者の忙しいスケジュールを調節して、何とか駆けつけることにするよ」
 高音の笑いが心臓を突き刺す。電話口の声だけで興奮した。同時に不安にもなっている。
「お願い。忘れないでね」
 あくまでも、元気で明るい声。
「本当を言えば、今すぐにでも、君に会いたい気持ちさ」
 ウソをついた。自分の軽口が恥ずかしかった。
「それじゃ、また」
「それじゃね!バイ、バイ!」
 こっちから切る前に電話が切れた。二人の会話は、あまりにも短かった。

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 ともあれ、本当にゲームに行くか行かないか、決断を迫られている。女性からの誘いに対しては、極めて警戒心の強い男だ。もし、あなたが、背丈3フィートの男性であれば、僕の意味していることを理解して頂けるだろう。
 カウチの指定席に座った。午後七時に向かって回転していく壁の時計の文字盤。それを長い事、眺めていた。
 「なんてこった!」
 あえて大きな声に出して叫んだ。クローゼットまで歩いていった。ジーンズのズボン。白地に青のストライプの入った衿のあるTシャツ。センスはいいと思う。ともかくカジュアルだ。
 車を運転するには、体があまりにも小さくなっている。子供用の自転車を使うことにしている。それを駐車場から出した。アパートメントからキャンパスまでべダルを漕いで行った。スタジアムの外の駐輪場に到着。鍵をかける。既に、多くの大人用サイズの自転車が鍵を掛けて駐車している。その間に留めた。
 チケット・カウンターに、ハワードソン・ユニヴァーシティの男子バスケット・ボール戦の観客の列を見ることもなかった。既に席についているのだろうか。カウンターの女性は、カウンターの上に入場料を置く、小さな片手しか見えなかったことだろう。それから、この子どもの声だ。
「バスケット・ボール。大人一枚」
 女性は立ち上がって、そこにいる人を見ようとする。しかし、できない。それというのも、僕には4フィートの所に位置するカウンターは、あまりにも高すぎるからだ。一枚のチケットを、カウンターの上に滑らせてよこした。僕は爪先立ちになって、何とかそれに手を伸ばした。指先で触れることができた。カウンターから持ち上げた。
「ありがとう」
 そう答えると、スタジアムの二重ドアを潜った。
「セクションH、17番」
 チケットの番号を読んだ。空席が目立つ。すぐに気が付いた。どこでも望みの場所に座れる。
 感覚が研ぎ澄まされている。巨人たちのスタジアムに入って行く。音楽は、まあまあハイテクのステレオ・システムによって増幅されている。空気を振動させている。座席を眺め渡す。閑散としている。たぶん、僕達の側の観客席は、全体でも五十名を越えていない。反対側は、もっと遥かに多くの観客で埋まっている。
 座ってコートを眺めた。
 ジェニファーが、残りのチア・リーダーの一群を率いているのだ。そのことにすぐに気が付いた。
 もっとも長身。6フィートを優に超えている。6フィート2インチはくだらない。胸部も、同様に正確なサイズを目測した。小さくてきつい、紫と黒のチア・リーダー―の制服に包まれている。巨大な授乳器官のサイズは、遠目でも容易に計測可能。僕の特技。他人の身体のサイズを、誤差1インチの範囲で、目測する。
 ジェニファーが観客席にいる僕に気が付いた。
 両手を大きく振ってくれる。わずかに片手を上げて挨拶した。ここで見ているということを示して安心させたかった。両手を振って同じように答えるのは、あまりにも恥ずかしかった。投げキッスをよこした。ジョークだろう。微笑している。
 チア・リーダーを引き連れてグラウンドに出て行く。
 視野の端に、一人の男の姿を捉える。その顔には、極端な混乱と嫉妬の表情が、同時にうかがえた。あえて彼の方を見もしなかった。まっすぐ前を見つめた。
 ショーだけを楽しむのだ。
 チア・リーダーの全員が、横一列に並ぶ。
「ゴー、ホーネッツ、ゴー!ゴー、ホーネッツ、ゴー!」
 声は、スタジアム中に響いた。
「立ちて、戦え!ゴー、ホーネッツ、ゴー!」
 僕の顔に笑みが浮かんだ。彼女たちは、さらに数度の雄叫びを上げた。
 ジェニファーが、明らかに、僕の方を見ている。一度ならず、笑いかけてくれている。自分に親しくなっている、あの戦慄を覚えた。
 それは、電話番号を聞かれた時と同じ恐怖心だった。
 彼女たちが、一斉に飛び上がる。その光景から視線を反らさなかった。空中に跳び上がる。回転する。多くは、ジェニファーも含めて、複雑な跳躍をすべて完璧に熟した。
 僕がそんなことが可能だとは、夢にも思わない類の華麗な技を、次々と成功させていった。
 観衆は、歓声を上げる。チア―達を拍手で賞賛する。それには参加しなかった。誰もが同じように興奮して、両手を打ち合わせている。
 チアリングはすぐに終了した。
 ゲームが、開始された。
 チア・リーダーズは、自軍のグラウンドの端に整列している。僕達のチームが得点した時には、ポンポンを振って歓迎した。けれども、そんなことは、時たまにしか起こらなかった。
 ハーフ・タイムでのスコアは、52対23だった。どっちみち、僕には、全く気にならなかった。
 ブザーが鳴り響いた。二つのチームは、コートをチェンジした。
 チア・リーダーズは、コートに戻った。Wの形のフォーメーションを作った。片手の平を体の前のコートの上に置いた。照明が薄暗くなって、それから、ふっと消えた。
 大きな音が、コート中に反響した。何かの種類のダンス・ミュージックのイントロのように思えた。大音響のビートの効いた音楽が開始された。最初はドラムが刻むビートだけ。それから、照明が戻った。チア・リーダーズは、ダンスが始まるのと同時に、彼女たちの髪を一斉に背後に振った。
 満面の笑みが、僕の白面の顔にも広がっていることだろう。驚異の練習量と技術に裏打ちされたシンクロナイズド・ダンス。喜びを感じながら見つめている。彼女たちは、こんなにもファンタスティックなダンサーだったのだ。
 ダンスは、エロティックな意味もこめて、デザインされている。チア・リーダーズは、そのヒップをリズムに合わせて、一斉に前後左右させている。同時に、両手を腰に宛がっている。ゆっくりとした円運動をさせている。旋廻させている。
 また別な時には、跪いて大地に四つん這いになる。胸で地面を愛撫する。股間をぶつける。それから、上半身を大きく反らして、大地から跳ね返る。下半身も滑るような動きで起き上がる。直立の態勢に戻っていく。
 ジェニファーの肉体のダンスの能力には、本当に強い衝撃を覚えた。彼女は、チア・リーダーズの他のメンバーから、優に頭一つ分は抜きんでていた。長身のせいだけではない。全身で感情を表現する能力が、ずば抜けていた。興奮のあまり勃起している自分を感じた。辺りを見回した。コートに視線が釘付けになっているのは、自分だけではないということを確認した。あの男も、依然として同じ場所にいた。
 最後の五回のビートは、それまでにも増して大音響で、コート全体を揺るがすものだった。チア・リーダーズは、彼女たちのヒップを誇らしく左右に振っていた。
「Boom Boom Boom Boom BOOM!」
 音楽は、急速に沈黙。凡てのチア・リーダーズも、そのままの姿勢で静止。彼女たちのヒップを、片側に大きく滑らした態勢のまま。数秒間後。再び、チアリング再開。手を打ち鳴らす。空を脚で蹴りあげる。肉体の能力を余すところなく示した。
 ジェニファーの両眼が持ち上がった。僕自身のそれと出会った。コートを歩いて来る。微笑してウインクをした。あの男が、再び、僕の方を見ている。依然と同じように混乱した表情のままだ。僕は、開襟シャツの襟もとに汗をかいている。胃部に緊張から来る不安を蝶の羽ばたきのように微かに感じている。
 もう一つのチームのチア・リーダーズが出てきた。同じような組み立てのショーを実行した。しかし、前のような新鮮な興奮は、蘇ってこなかった。彼女たちの順番が終わると、ゲームが再開された。僕達のチームの運動量は、明らかにダウンしている。終わってみるとスコアは、38対114という大差をつけられていた。見ている方としては、ひりひりとした焦りを感じさせられるようなゲーム展開。
 ゲームが終わった。観客席の人々は、立ち上がって帰り支度を始めた。ちょっとの間、観客席の一番下まで降りて行き、グラウンドのジェニファーと会話をしようかどうしようかと真剣に迷った。胃が緊張の余り、きりきりと悲鳴を上げて痛んだ。八か月前、この身長にまで縮小してから、僕に好意を寄せてくれた初めての女性。満足に会話をした相手さえ、他にはいない。この病気に罹患する前よりも、さらに慎重に行動するようになっている自分。
 足を踏まれるとか、突き飛ばされるという不安があったわけでもない。が、他の人々が観客席を立ち去るまで、待っていることにした。立ち去る前にコートを眺める。まだチア・リーダーズとバスケット・ボール・チームは、グラウンドの端に集まっている。今後の予定か何かを相談している。自分と同じ年ぐらいの二人の男たちの後について、階段を一段一段、登って行った。
「俺たちのバスケット・ボール・チームは、本当に弱いな」
 一人が、もう一人に声を掛けた。
「そうだな、でも、バスケット・ボールのゲームを、見に来ているクールな奴なんて、本当に何人いる?」
 他の一人が、ジョークを言った。
「わかるよ。俺たちのチア・リーダーズは、本当にホットだからな」
「奴らのビデオ・テープを、部屋でもう一度、見ることにしようぜ」
「あの背の高い奴を見ていたか?」
「どうして、見ないはずがある。あの脚は……」
 会話は、さらに続いていくようだ。僕達は、階段の頂に達した。通路に入って行った。彼らがチア・リーダーズについて品評する言葉を聞きながら、さらに臆病な気分になっていった。ジェニファーは、皆の人気者なのだろう。夜になったら彼女に電話をかけることにして、自転車で帰宅することにした。
 小便をしに男子トイレへ。ほてった顔を洗った。ドアを開けた時に、ジェニファーが、すぐ近くにいた。探し物をしているように辺りを見回している。美しい顔が、僕の方を向いた。瞳が大きく見開かれる。僕に気が付いたのだ。
「ああ、そこにいたのね!」
 走り寄ってきた。近づく一歩毎に、胸元が大きく揺れる。息を飲んでいた。
「やあ、やあ」
 小心さを、仮面をかぶって隠そうとしている自分。
「捕まえられる前に、尻尾を巻いて、逃げちゃったんじゃないかと、心配したぐらいよ」
 ジョークを言った。
 僕の肩を左手で掴んで、自分の方に引き寄せた。上半身を屈めてくる。彼女が、「捕まえる」という言葉を使ったことに、引っかかった。警戒心が増大した。特に肩を、こんなにも強い力で掴まれたのでは猶更だ。万力のような握力。とても逃げられない。
「ああ、違うよ。ただ……、あのう……用を足したくなってね」
 とちりながらも、適切な言葉を探した。
「ああ、そうなの?うふふ、さっぱりした?」
 ジョークを続けた。心の中の冷たい氷が少し溶けた。
「ああ、まあまあ」
 曖昧に答えた。
 今の質問の真意は、どこにあるのだろうか?自分の小心翼々とした気分を、どこまで隠し通せるだろうか?
 まだ、自分が罠にかかった獲物であるかのような不安感が消えなかった。
 ジェニファーが、くすくすと笑っている。それから、また二人の間で、あの意味深長な沈黙の間があった。彼女の顔を見上げて注視した。チア・リーダーの服装を透かして見える胸もとに、視線が向かないように細心の注意をした。下唇を噛んでいるのが見えた。
「それで、あなたは、これから、何か予定が入っているの?」
「ああ、別に何もないよ」
 胃の中で蝶が羽ばたいた。
「これから、映画でも見ようと思うの。一緒に来ない?」
 提案してきた。
「ノーと言え。ノーと言え。ノーと言え」
 心が、繰り返した。
 ジェニファーは、もう一度、下唇を噛んだ。それから、微笑した。両手は背中に回されている。丸く盛り上がった乳房を強調するようなポーズ。
 「あ、……、ああ……、いいね」
  どもりながら、そう返事していた。
「それじゃ、決まりね!」
 嬉しそうに声を上げた。軽く飛び跳ねた。そのために、あの胸が大きく上下に揺れ動いた。定位置に戻るまでに、何度かの揺り返しがあった。この光景が、また僕に固い唾を飲み込ませた。
「ああ、でも……。自転車が、あるんだ。ここまで、自転車で来たんだ」
 ツッカエながらも、言葉を探した。
「それなら、気にしなくても、大丈夫。あたしのトラックに、積んでいけると思うわ」
 鼻を得意そうに、ひくひくと蠢かした。微笑しながら見下ろしている。
 ホールの方に歩いていった。二重のドアを通過。自転車のところまで歩いていった。駐輪場から鍵を外した。車体を押し出した。
「なんてかわいい自転車!!」
 熱烈に手を叩いた。僕を得意にさせた。
「そう。これはね。最新型のモデルで、ゼロ4加速は、60秒で……」
 ジョークを言った。
 彼女の美しい顔が、なんだか恐ろしく真剣に、思いつめているように見えた。苦しげに歪んでいる。それで、言葉を止めた。
 だが、次の瞬間には、あの大笑いが爆発した。ピッグテイルの毛髪が顔を反らせて笑い転げるにつれて、大きく揺れている。
 僕も笑って見せた。それから、自分の傍らの自転車のべダルに、片足を置いて軽く漕いでみた。ジェニファーは、少し前を案内するように歩いている。今ならば、彼女を巻いて逃げるチャンスがあるかもしれない。
(彼女は、単純に僕のことを珍しく感じていて、もう少しだけ一緒の時間を過ごしたいと思っている。それだけなさ)
 自分の恐怖を落ち着かせようとして言い聞かせた。
(彼女が、僕のようなチビに、肉体的な興味を抱くなんて、そんなことあるはずがないさ。男ならば、いくらだって適役が見つかる。いくらなんでも、自意識過剰だ。考えすぎさ)
 こう結論付けた。
(彼女は、僕をかわいそうな男だと思って、同情しているだけさ)
 暗い無人の駐車場を、しばらく歩いた。紫と黒のチア・リーダーズの衣裳を、チャンスがあるたびに見つめた。しかし、自分の視線の特徴を生かして見つめたり、エチケットを破ったりするような、他の何かの種類の、はしたない真似だけは、絶対にしなかった。本当に見たのは、トラックに到着した、その瞬間だけだった。
「見て!これが、私の愛車よ!」
 トラックのバック・ドアのロックを外した。彼女自身を凝視した。僕の視線と同じ高さにあって、あそこが丁重に挨拶してくれている。紫のスカートの内部に、誇り高く鎮座している。ゴージャスで引き締まった太腿が、付け根まで露わになっている。臀部が左から右へ、右から左へゆっくりと動いている。
 トラックのバックドアを開けるために、わずかに腰を折って、上半身を屈めているからだ。スカートの裾が、わずかに持ち上がっている。ドアを手前に引いて大きく開いた。僕が自転車を待ちあげるよりも遥かに早く、それを持ち上げていた。まるで重さのない物のように軽々と、荷台に優しく寝かせていた。トウモロコシ畑の匂いがした。農作業に使われているのだろう。
(そうだろうとも)
 自問自答した。
(でも、僕を持ち上げるつもりならば、もう少しは、苦労すると思うぜ)
 苦笑した。
「さあ、これでいいわね」
 そう宣言すると、ジェニファーは運転席の側に回った。
 内側から助手席のドアを開いてくれた。僕は頭上に手を伸ばして手すりを掴み、トラックの助手席の階段を登った。高い座席によじ登るようにして座った。背後でドアを閉めた。背中に手を回して、シートベルトを挽き出した。自分自身の腹の前で、ベルトのバックルを嵌めた。ジェニファーが、温かい笑みを浮かべて、一挙手一投足を見つめている。イグニッション・キーを入れて、トラックをスタート。座っていると、胸と僕の視線が、ちょうど同じ高さになる。僕は顔の大きな笑みに目をやって不安感を和らげようとした。
 繰り返すが、もしもあなたの背丈が、3フィートであるならば、ここでの不安と小心翼々とした態度に、少しは共感してくれると思うのだ。このような場合に、未知な人間を信頼することは、大きなリスクを背負うことに他ならない。僕が知っていることのすべては、彼女が、すべての男の心を狂わすような魅力的な肉体を持っているということだけだ。もちろん、本当の意味で疑っていたわけではない。そうでなければ、トラックの座席で揺られてなどいないだろう。
「それで、どんな映画が見たい?」
 あの特徴的な高音で質問してきた。
「そうだね……」
 何か言う前に直ぐに答えてきた。
「おあいにく様。一ドル・シアターでの興業は、B級映画に限られております」
 笑っていた。
「最高のB級映画には、並みのA級映画が太刀打ちできない、持久力があるものなのよ」
 僕は、大人の男がするような皮肉な笑いを浮かべようとした。
「この女には、明らかにユーモアのセンスがあるな」
 彼女は、優しい心の持ち主に関わらず、そして、あの眩暈を起こすようなチア・リーダーとしての甘い外見にも関わらず、ドライバーとしての手腕は、勇猛果敢に攻めていくタイプだった。
 すぐに映画館についた。ジェニファーは、学校指定の紫色のセーターを、チア・リーディングの上に羽織った。上半身が隠れてしまうことに、正直のところ、少しがっかりしている僕がいる。
 ドアを開く。鍵を内側から掛ける。外に這い出る。それから、背後でドアを閉める。ジェニファーがしているのも、僕と同じような一連の動作だった。トラックの後部を回ってきた。僕達は、映画館の方に並んで歩いていった。僕の方に身体を寄せてくる。目の隅で上半身を傾けている。それを僕は捉えている。
 彼女の左腕が、右肘に触れる。彼女の左手が、僕の右肘を滑り下りる。右の手首を掴む。そこを持ち上げた。あの大きな左手の指が、僕の小さな右手の指の間に滑ってきた。周囲で閉じた。大きな左手が、小さな右手を包むかたちになった。彼女を見上げる。あのなじみ深い蝶の羽ばたきが、僕の胃の府の奥でしている。深く青い色の瞳が見下している。いたずらっぽい光を湛えて煌めいている。暖かい満面の笑顔を見上げている自分がいる。 
 子どもが、母親の腕にすがっているような感覚を覚えた。あるいは、弟が姉の大きな両手に、ぶら下がって遊んでいる。そんなほほえましい光景が、記憶によみがえってくる。あまりにもちっぽけなので、もし、僕達の姿を遠くから見ている者があれば、きっとそのようにしか見えないことだろう。チケット・コーナーに歩いていった。もう一度、小さすぎて自分の頭が、台の上に出ないという事実を確認した。
「大人、二枚」
 とジェニファー。
 ポケットに手を入れて,ジェニファーに小銭を手渡そうとした。彼女は、丁重にそれを拒んだ。
「これは、あたしのおごり」
 ウインクが帰ってきた。
 (何しろ、たった一ドルだものな。おじょうさん)
 頭の中だけで、声に出して笑った。それでも、まだわずかな恐怖心が、残っている。
 ジェニファーが先に入って行く。ポップコーンとソーダを買った。僕にポップコーンの大盛りの袋を持たせた。自分はソーダを運んだ。
 巨人の手に導かれて、映画館の内部に入って行った。後ろから二番目の席だ。映画館の中には、他に三人しか、お客さんがいなかった。でも、彼らは、自分の足を延ばして、前の座席にだらしなく掛けている。ジェニファーは、シートを立ててくれた。その上によじ登っていった。僕の片手を握ったままで、右隣の席に座った。同時に館内の照明が消えた。新作の映画の宣伝が始まった。
 彼女は座ると同時に、左手を下げて、自分の太ももの上に置いた。ちょうどスカートの裾の辺りだった。僕の右手の甲を、セクシーな太もものむき出しの広大な素肌の丸い高原に、そっと押し当てた。
 胃が、ギュッと縮こまった。同時に即座に限界まで勃起した。もう一度、彼女を見上げた。あのもう、親しみ深くなっている、慈しむような笑顔で見下ろしている。僕の小さな右手を大丈夫というように握りしめた。さらに強く自分の左足に押し付けるようにした。僕は気弱に微笑してから、映画に視線を戻した。巨大な太ももの感触だけが、大脳を占領している。
 カップのホールダーにソーダを置くと、彼女は僕の手から、ポップコーンの袋をひったくるようにして奪った。それから、もぐもぐと食べ始めた。新作の紹介の時間が終わった。テクノ・ミュージックが始まった。チア・リーダーズが、スクリーンで踊り始める。もちろん未成年のチア・リーダーズである。スクリーンの女たちが、踊り舞い始めると、ジェニファーの五本の左手の指が、僕の右の手首を握っていた状態から解放されて、自由に動き始めるのを感じた。もう一度、僕の右手の甲が、彼女の太ももの上を大きく滑った。これは僕には、セクシャルなコンタクトだった。また自分が勃起するのを感じた。パンツの中で起き上がろうとする、男性性器の衝動的な動きと戦った。
 映画のオープニング・シーンが終わった。ジェニファーは、僕の右手をぎゅっと握りしめる。彼女を見上げる。微笑みかけてくる。微笑みを返す。その注視を受け止める。チア・リーディングのスカートの生地が、ゆっくりと摺り上がっていく。僕の右手の甲を擦っていく。彼女の左手が、さらに数センチ持ち上がっていく。同時に僕の右手が、ゆっくりと数センチだけ、太ももに沿って持ち上がる。そこで止める。スカートの生地が、もどって来た。二人の手に覆い被さった。
 自分のペニスが、パンツの右側の内腿に擦れていく。さらに硬化する。僕は、アイ・コンタクトを外した。地面に視線を落とした。顔が赤くなっているだろう。ようやく映画の画面に視線を戻した。
 映画の画面に意識の焦点を結ぼうと努めた。でも、もちろん、考えられるのは、右手が触れている物体の感触だけだ。スカートの下。あの腿の上の方に置かれている右手。左右に自然なリズムで、静かに彼女の腰が動いている。
「神様」
 僕の心が、祈りを唱えた。
「この女性は、とてもホットです。僕には、あまりにも過ぎた存在です。していることの意味が、本当に分かっているのでしょうか?」
 顔を動かした。あの紫色のセーターに包まれた、巨大な胸部を凝視した。もう少し首を曲げて、美しい顔を見た。口元には、かすかな笑みが浮かんでいる。
「この行為は、馬鹿げています」 
 また祈っていた。
 それから、彼女の左手が、僕自身の右手を自分の太ももに沿って、もう少し持ち上げるのを感じた。それは、下腹部の壁に当たって止まった。右の手首にパンティの生地の感触を覚えた。もう一度、スカートの下で、ほんの僅かに僕の手を動かした。片手を下着に強く押し当てた。男性自身が、パンツの内部で、さらに堅くなっていった。もし彼女が、僕を見おろせば、おそらくパンツ越しであっても、館内の薄闇を通してでさえ、勃起に気が付くことだろう。
「もっと欲しい?」
 ささやきを耳にした。胃の中の蝶が、取り乱して羽ばたいている。
「何を?」
 神経質に答えた。
 ジェニファーは、僕の膝の上からポップコーンの袋を持ち上げると顔の下で銀色の袋の口を広いて見せた。
「いや、いらない」
 そう呟いた。
 袋が傾いた。カップのホールダーにぶつかった。中身のポップコーンが、僕の膝にばらまかれた。
「あら、ごめんなさい」
 ジェニファーは、あの高音の声を低めて囁いている。自由な右手が、ズボンの股間を蛇のように探検した。僕の膝の間に侵入してきた。左の太ももの内側を擦った。ポップコーンの欠片を、丹念に拾い集めた。それから、口元の方に、蛇がしなやかな鎌首を擡げるようにして、もう一度、持ち上げていった。
 彼女を見上げた。舌の上にかけらをそっと乗せる。口を閉じる。かけらが、口の中でそっと砕ける音がする。
「ふむうう」
 静かに喘ぐ。勃起は、さらに硬度を増す。右の太ももを擦るまでに隆起していく。ジーンズの生地を、内部から押し上げていく。ジェニファーに気付かれませんように。神様に祈った。
 右手が、蛇のように股間をまさぐる。また感じる。今度は、僕の右膝の上あたり。狙いを定めたようにして精力的に動く。まるで右手の指先に目がついていて、ポップコーンを探し回っているような執拗さだ。勃起のせいで隆起した場所から、数センチメートル以内の至近距離の場所を探っている。五本の指は、僕の内腿に対して落ち着かないように、もじもじと動いている。彼女は、また別の欠片を摘まむ。熱意を込めて持ちうける赤い上下の唇の間に、ゆっくりと運ぶ。舌の上に置く。以前の物と全く同じように食べられていく。
「ふうむむむ」 
 あのセクシーなため息が、もう一度、唇の間から洩れる。
 僕は前を向いた。映画に集中しようとした。だが、意識を向けられるような対象が、彼女以外にあるはずがなかった。彼女が考えられることのすべてだった。彼女の存在が脳裡を占領している。自分でも、信じられないぐらいに興奮している。彼女の右手が股間を滑る。右膝の上のポップコーンを真剣に探りまわる。今度は、右手が、パンツ越しにだが、睾丸に優しく触れた。男根は、接触に跳ね上がった。以前よりも長い時間だ。五本の指は、僕の右膝の上を弄ぶように動いた。また別の欠片が見つけられて、待ち受ける唇の間に運ばれていく。
 僕は喘いでいる。彼女を見上げる。しかし、その顔は、まるで何も起こっていないというような冷静な表情だ。画面をみつめている。ペニスは、パンツの中が窮屈に感じるぐらいに体積を増している。それが要求してくる自由な空間は、どこにも残されていなかった。彼女は、自分の左手をもう一度、自分の太ももに沿って持ち上げた。とても慎重に、そして優しく。ヒップと太腿が出会う、滑らかな皮膚の辺りを滑って行く。僕に彼女の下着が、どのように艶やかな感触がするものなのかを実感させてくれる。同時に手が、僕の股間に戻って来る。あのなじみ深い感覚がある。
 今度は、手は、勃起した部分の頂にまで到達した。そこで、ポップコーンの欠片の存在を、熱心に探り始めた。五本の指が亀頭を擦り、あるいは擽っていく。とうとう小さな一片を見つけたようだ。
 彼女が触れてくるたびに、僕は小さな喘ぎ声を漏らした。その声が聞こえているかいないかはわからない。かけらを唇の間に持ち上げていく行為を、僕はただ見上げているだけだ。彼女の顔は、完全に無表情のままだ。映画のスクリーンに気持ちを吸い寄せられているようだった。手が、また下降してくる。さっきと同じ頂上の部分に着地する。硬化した肉棒の周囲を、優しく擦り撫でまわしている。一度以上、五本の指が合わさって、その上を強く滑った。指先が、亀頭をくすぐる。ジェニファーは、このプロセスを何度も繰り返している。まるで永遠に続いていくようだ。一つ一つ、すべての欠片がなくなるまで、続くように思える。それから、彼女は袋の中から別のポップコーンを取り出して、ようやく噛み始めた。
 安堵の余りため息をついた。僕の膝の上にあった、すべてのポップコーンを、食べ終わったのが分かったからだ。まだ硬化した肉棒も、ようやくリラックスする兆しを示している。もはや、パンツを引き裂いて、顔を覗かせようとするような傍若無人な真似をしでかす状態ではなかった。
 映画が終わった。ジェニファーは、僕の右手を取って立ち上がらせた。右手の甲が太ももの皮膚を滑り下りた。彼女が、立ち上がっていた。僕の頭上に、塔のように聳えた。他の観客たちが、館内から立ち去るのを待った。それから、出口から戸外に出た。駐車場には、一台の車もなかった。僕達だけが、トラックに向かって歩いた。彼女は、また内側からドアを開いた。座席によじ登った。イグニションがスタートした。ドライブが再開された。
 トラックの助手席から彼女を見上げている。トラックは、星の降るような涼しい夜空の下を、町の通りをゆっくりと走っている。通りの街燈の光が、その脇を車が通り過ぎるたびに彼女の豊満な身体を照らしていく。深い陰影がついている。あの重そうな球形の胸もとを見つめている。ブロンドのピッグテイルを。青い瞳を。ゴージャスな顔を。映画館での二人だけの時間を思い出している。
 あの体験から、彼女を、強烈な性的な対象として思い描くようになっている。サイズに圧倒されているし、時には恐怖感さえも覚えている。しかし、そうであったとしても、彼女が意図的に、僕を興奮させるような振る舞いに出たのだという考え方は、否定したい気分だった。僕の膝の上に置かれていた右手の指の動きを考えているだけで、パンツの中で立ち上がってくる物がある。正面を向いて、何か別のことを必死に考えようと努める。
「それで、家はどこなの?」
 質問してくる。沈黙が破られる。
「大工通りはわかるかい?」
 尋ねる。
「わかるわよ。もちろん」
 返答の言葉に田舎の訛りが優しく入り混じる。
「大工通りの信号を右折した、すぐ先だよ」
 自宅の情報を与えた。
 「それじゃ、ロッサ・ヴィラに住んでいるのね?」
 元気に明るく答えた。
「良い推理だ」
 微笑して答えた。
「あそこが、気に入っているの?」
 会話をスタートするきっかけである。たわいない質問だ。
「不満はないよ。どのドアのノブも、僕には高すぎるということ以外はね」
 ジョークで答えた。
 ジェニファーも、笑みを浮かべた。
 アパートメントの敷地に入った。車が停止した。それから、すべての事態が、あまりにも早く進展した。恥ずかしさに打ち負かされて、素早く、さよならの挨拶をした。助手席のドアに手を伸ばした。しかし、柔らかい右手が、僕の右手に滑ってきた。本当に優しい触れ方で、それを撫でた。その場所に凍りついた。振り向いた。ジェニファーの大きく美しい顔が、首を曲げて僕を見下している。腰を曲げて視線の高さを同じにしてきた。トラックの真ん中の座席を越えて、上半身を延ばしてきた。
「今夜は、ほんとに楽しかったわ。デヴィッド」
 優しく囁いた。
「そ、そうだね……僕もさ」
 言葉が旨く出なかった。自分自身の神経の繊細さが、情けなかった。恥ずかしくもあった。優しい右手が、僕の右手を優しく包んだ。それから、強く握りしめてきた。それを見つめた。それから、ジェニファーの顔を見た。彼女は、舌で上下の唇を舐めて濡らしている。
「おやすみのキスをしてくれないの?」 
 唇を軽く突き出しながら、上半身を傾けて来た。顔が急接近してきた。僕自身のそれから、数センチメートルのところにあった。
 完全に凍りついた状態だった。動くこともできなかった。ジェニファーの視線が僕をくぎ付けにしている。まるで精神分析を受けている患者のような気分だ。僕が、心の底に秘めている女の子との恋愛のファンタシーと比較すると、彼女の性的な欲望の表現の仕方は、ひどく素朴で、荒々しい物にさえ思えた。僕の顔の数センチメートル手前で、彼女の顔が空中に静止していた。呼吸の甘い風が、前髪をくすぐる。僕の頭部全体の容積は、彼女のそれと比較すれば半分もないだろう。でも、ペニスの方は、また勝手に硬化を始めている。
 それから、彼女が両眼を閉じた。ジェニファーの唇が下降してきた。それから僕の唇の全体が包み込まれた。ぷっくりとした赤い上下の唇が、僕のそれに押し当てられた。僕の口よりも、より広い。外側の領域までが、一気に飲み込まれていた。上唇の柔らかい皮膚の感触を、鼻の下側で感じた。それから、自分の下唇の下側の顎の線までが、下唇の内側に含まれている。僕達は長いこと互いの唇を強く密着させていた。それは、長くて情熱的なキスだった。彼女が、僕のそれを解放してくれるまで、さらにたっぷりと、十二秒間を数えることができた。それから、そっと離れていった。優しく湿った音が、車内の閉鎖された空間に、意外な程に大きく響いた。彼女が両眼を開いた。ロマンティックで、女らしい恥らいに満たされた微笑を浮かべている。勃起したペニスが、パンツを内部から押し上げている。僕の頭が、彼女を見上げながら、めまぐるしく回転した。僕達は黙りこみながら、互いの視線を絡めあっている。
「おや……おやすみ……ジェニファー」
 まだ、どもっている。唐突に車のドアを開いた。外に飛び出した。脱兎のような勢いで、アパートメントの正面玄関の石段を駆け上がった。この状況は、僕に耐えられる限界を超えている。もう我慢できなかった。そのような弱虫だったのだ。猫を恐れる鼠だった。いつも臆病で恥ずかしがり屋だった。でも、身長3フィートの男に、他にどんな人生を選択することができるだろうか。
 震える手で、ポケットから鍵を取り出そうとした。二度も敷石に落とした。固い音を立てた。ドアを開こうと焦っている。鍵を回した。それを開いた。内部に入った。ドアを叩きつけるように締めた。それから、内側から錠を下した。閉じたドアに、背中を持たせかけた。荒い息をした。何とか呼吸の乱れを整えようとした。
「くそ!」
 大声を出して叫びたかった。しかし、口から出たのは、哀れに擦れた吐息だけだった。

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 4

 黒革のカウチに寝転がって、ごろごろしている。生物学のテキストを読んでいる。電話が鳴った。
「ジェニファーに違いない」
 考える。二律背反する思いがある。
「なんだって。それじゃ、お前は、電話に、でないつもりなのか?家族からかもしれない。もしかすると、叔父からの緊急な用件かもしれないじゃないか?」
 何とか電話に出るようにと、自分を納得させようとしている。
 それが何度も鳴る間、椅子の上に座り込んで自問自答する。受話器を取ることは決してしない。伝言を録音する機械のクリック音がする。声が聞こえる。
「デヴィッド、ヴィニーだ。今、仲間と、おしゃべりをしていたところだ。新しい車を買ったんだよ。たいしたもんじゃないけどな。後で見せるよ。じゃな」
 声は、終わった。クリック。ビープ。
 「分かったろ。なんでもないのさ。親友からだ」
 内なる解説者がわけもなく説明した。
 今のところ、誰とも話をしたくない。昨夜のショックから回復していない。学校に行けば、誰か他の人間の顔を見なければならない。以前と同じような生活が繰り返されるだけだ。それが、とても億劫だ。だから、今日は、学校も休んだ。いつでも洞窟の熊だ。引き籠りがちだ。フリークであるということには、いろいろと不利な点がある。公衆の面前に出ることを避けている。できる限り、人々の注視から逃げている
 五分後、また電話が鳴った。今度は、すぐに受話器を取った。ヴィニーが掛け直してきたのだろうと思ったのだ。
 クリック。
「ハロー?」
 答える。
「ハーイ!」
 あのなじみ深い高音。
 「ああ、ハ、ハイ……ジェニファー、ど……どうしたんだい?」
 またどもっている。ガードを固めた。身体が震えはじめた。怖い。
「あたしは、とっても、元気よ。ありがとう。あなたはどう?」
 彼女は、底知れず明るい。
「いい、と、思うけど……」
 声が弱弱しい。
「もし、今日、予定がなければ、会わない。どこかに、出かけない?」
 誘ってくれている。大脳が、ロックした。
 ノーといいたかった。昨夜のことは、本当に重荷になっている。しばらくの休息が必要だ。そのように、内向的な性格の男なのだ。でも、自分が言うべきことを言うだけの意志力がない。いつも、他の巨人たちの意向に、押し流されている。
「い……、いいね」
「プールは、どう?」
 思わぬ提案をしてきた。胃が跳ね上がった。水着姿を想像した。ノーというためには、もう一度、呼吸を整えてから、僅かに残った意志の力をすべて掻き集めなければならなかった。ノーというために。
「ぼ、僕はさ、あのう……、どうしても、必要がないとき以外は、みんなが集まるところに、顔を出したくないんだ。小さな体には、他の人よりも、もっと休息と安らぎの時間が必要なんだ。昨日は、外出して、夜更かししたからね」
 些かの抗議の意味をこめて、こう断言したつもりだった。しかし、声は震えて弱弱しかった。自信に満ちて活動的なチア・リーダーに対して、何と弱気なことを言っているのだろうか?これでは、人生の敗残者のように判断されることだろう。
「ああ、わかったわ。あたし、あなたが置かれている状況を、理解しているつもりなのよ。それじゃ、あなたの部屋で、二人きりで休息と安らぎの時間を、楽しむっていうプランはどうかしら?アイスクリームを、買っていくから」
 声は、あくまでも明るい調子のままだ。
 まだノーと言いたかった。しかし、自分自身に降参した。
「ああ、……、それなら、……いいと思うよ……」
 確信が持てないままに、あやふやに答えてしまった。
「すてき、これから行くわね!」
 電話が切れてしまった。トラックに積んであった自転車をジェニファーが下ろして所定の駐車場まで運んでおいてくれたのだ。それに感謝もしていない。
「ああ、馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
 自分を責めた。
 弾かれたように立ち上がった。カーゴ・ショーツを履いた。細い黒の縦縞の開襟のTシャツを着た。自分が、クールに見えるように装った。歯を磨き、顔を洗った。部屋については、掃除をしてきれいにしている。
 十五分も立たない内に、ドアに大きなノックの音がした。
 ゆっくりとドアに向かった。ゆっくりとドアを開いた。外を見た。目に飛び込んできたのは、二本のとてつもなく巨大でセクシーな太ももだった。日焼けした素肌をさらしている。柔らかい素材の黒いショート・ショーツを履いている。股間から数インチの深さしかない。
 大きめで、だぶだぶの灰色のウインドブレイカーを羽織っている。身体の魅惑的な線を、無遠慮な男たちの視線から覆い隠すために、十分な働きをしている。ウエスト・ラインよりも下の、太ももの中間辺りまで、裾がかなり長く垂れ下がっているからだ。遠目では、それだけを着ているように見えることだろう。僕のように、その下にある黒い素材を覗けるような恵まれた視点を持っていない限りは。
 ショーツの両端は、Vの字に切れ込みが深く入っている。首を曲げて、ゆっくりと身体を見上げていった。胸の隆起の上から、あのきれいな顔が、自分を見下しているのが分かった。微笑を浮かべようとした。ジェニファーの顔は、巨大で幸福そうな満面の笑みだった。
「さあ、来たわよ。お待たせ!」
 彼女は、陽気な挨拶を返してきた。左手にぶら下げた、プラスティックの袋を振って見せた。
 絶望的な気分だった。会ってから、まだ十五秒間ぐらいしか経過していない。それなのに、すでに股間に緊張が走っている。
「どうぞ、入って!」
 数歩、後退した。巨人族の娘の肉体が(あくまでも、僕の視点からということだが)アパートメントに侵入するのを許した。
「ああ、ありがとう」 
 あの巨大で、筋肉質の露わになった両脚が、大股に室内に踏み込んできた。くすくす笑っている。
 背後でドアを閉めた。彼女は、すぐにジャケットのボタンを、一番上の方から外し始めた。
 「どこに、ジャケットを掛けたらいいのかしら?」
  袋を置きながら質問してくる。
「ああ、……それなら、ぼ、僕が、やっておくよ」
 弱弱しく、言葉に詰まりながら答える。両膝に力が入らない。膝が、がくがくしている。次のボタンに手を掛けている。それから、次に。それから次に。その間、ずっとそこに立って、呆然と見つめていることしかできなかった。
 クローゼットから、5フィートも離れていない。下の方のボタンに手を触れた。ジャケットの前が、わずかに開いていくのを見つめた。ピンク色が閃いた。とうとうジャケットのすべてのボタンが外れた。両腕を延ばして、自分の身体からそれを脱ごうとしている。
「ああ……神……様」
 祈っていた。さらに膝に力が入らなくなっていく。
 ジェニファーは、ジャケットを脱いでいく。その下には、極端なまでに肌にぴったりと密着したピンク色のTシャツを着ていた。まるで直接にピンク色の絵の具で。皮膚にペイントしたようだった。胸は、あまりにも巨大だった。巨人族の娘としての身体全体のプロポーションから比較してもそうだった。その胸が高く前方に突き出ている。両腕をジャケットの袖から抜き取っている。その動作で、腕が強く後ろに引かれている。反作用として、胸部が前に出ている。くびれた胴が、大きくひねり回転した。すでに圧倒的な姿態の魅惑を、さらに強調するような効果があった。
 腹部は、女性としては極限まで引き締まっているように見えた。腹筋が、くっきりと割れている。
 シャツの下の黒いスポーツブラの輪郭線までが、くっきりと判別できた。
 身体をジャケットから引き抜くと、手を伸ばして僕に手渡してきた。内部に籠っていた甘い汗の匂いがした。
 「ありがとう」
 陽気にそう言うと、まるでこの場所が、自分のアパートメントの部屋であるかのように、くつろいでキッチンに歩いていった。
 ジャケットは、両手に持っていても、あまりにも巨大で、重量感があった。もし、僕が着たとすれば、その全身が、覆い隠されてしまうことだろう。自分専用の足台に上って、クローゼットのフックにそれを掛けた。
「この部屋が気に入ったわ。あなたのTVの画面は、とても大型なのね」
 歓声を上げていた。
「リヴィング・ルームも素敵。あたしの部屋も、こんな風にきれいだったらなあ」
 気の効いた文句を、何も答えることができなかった。ただ微笑した。
 「あなたと一緒に、ここに住んでもいい?」
 またジョークを言っている。
 それは、本当に軽いジョークに過ぎなかった。そんな口調であったにもかかわらず、言葉の意味を考えるだけで、胃の中に思いしこりのような物が形作られた。一部分が、嘔吐感さえ覚えている。アマゾン族の美少女が、直ぐ近くにいるというだけで、強い緊張感を強いられている。
 キッチンの方に歩きながら、プラスティックの袋に手を入れている。アイスクリームを取り出すと、冷蔵庫の冷凍庫の中に入れた。チェリーのパックを取り出すと、こちらは冷蔵庫にしまった。生クリームが入った四角い紙の箱と、チョコレート・シロップの入ったボトルは、カウンターの上に置いた。
 僕は、黒革のカウチに座っていた。彼女が、アパートメントのキッチンで、何がどこにあるのか、すべてわかっているというように楽々と料理を作っている間に、TVを見ていることしかできなかった。
「アイスクリームは、すぐに食べたい?」
 あの高音の声。
「食べたいかな」
 いくらか落ち着いてきた。穏やかな声が出せた。
 ジェニファーは、カウチの方に歩いてきた。ヴァニラ・アイスクリームで満たされた硝子の器を持っている。チョコレートのシロップが、掛かっている。ホイップした生クリームに、頂上には赤いチェリーまでが乗っている。もう一方の手には、スプーンを一本、持っている。彼女を見上げた。あの胸が微かに揺れている。重い足取りで一歩一歩近づいて来る。
 あの栄光にはち切れそうな臀部が、直ぐ前を堂々と通過する光景に、視線は釘付けだった。彼女は体を回転させると右隣の席に座った。巨大な太ももの左の外側の皮膚が、それに触れて摺り合わされた。カウチの右隣の場所に、ずしんと重いお尻を落ち着かせた。僕一人ならば、ゆったりと寝そべることができるカウチが、彼女が座ると半分以上が、その雄大な臀部で占領されてしまった。二人は危険な程に接近している。隣の太ももを眺めた。比較しているだけで、自分がまるで小さな子どもに帰ったような気持ちにさせられる。
 彼女の肉体は、重い音を立てて、全身の重量を着地させた。そのせいで、左右の乳房が、大きく揺れている。しばらくして、本来あるべき位置に静止した。巨大で重量感がある。堅そうにも見える。片方だけで、僕の頭部と同じぐらいの容積がある物体だった。首を曲げてそちらを見ることはしなかった。しかし、それらの聳えるような存在感は、どうしても、視野の端に入って来てしまう。ちょうど視線の高さに、二つの峰の山頂が位置しているからだ。
「さあ、めしあがれ!」
 陽気な声を上げた。背の高い、サンデー用のグラスに盛られた巨大なサンデーの山を差し出した。
「ありがとう。でも、食べる物が、ないけど」
 そう告げた。
「あたしが、スプーンを持っているでしょ。バカねえ」
 無邪気なまでに明るい答え。
「二人で、スプーン一本?」
 警戒した。
 チェリーに手を伸ばした。けれども、僕がそれを掴む前に、ジェニファーの大きな手が、サンデーの本体を、さっと僕から遠ざけてしまった。
「駄目よ。チェリーは、あたしのもの」
 何かをほのめかすように声を低めている。
 チェリーの柄を左手の指に摘まんだ。僕の視点からすれば、遥かな高みに持ち上げた。長い首を大きく背後に反らせた。隣の胸部が、大きく前にせり出した。赤い舌を赤い唇から大きく前に突き出した。その上にチェリーの赤い球体を下げていく。上下の唇でキスをするように前に突き出した。口腔の内部に下降させていった。チェリーの柄の部分だけが、上下の唇の間から突き出している。それを抜き取った。果肉の部分を、音立てて噛んでいる。その全部を一度に、ごくりと飲み込んだ。
 「ふうむむ」
 満足げにため息をついた。これが男性自身をショーツの中で立ち上がらせる効果があった。
 巨大な肉体と比較して、自分は人体のミニチュアの模型に過ぎないかのような錯覚に襲われている。その感覚が取れないままだ。その体が、さらに小さくなるような感覚を味わった。彼女が左腕を持ち上げて、カウチの後ろ側を通して、僕の肩を軽々と抱くようにしたからだ。周囲に回った腕に包まれてしまったようだった。
 まだ右手にスプーンを持ったままだ。それから、もう一方の左手の動きを、テレビに向けた視野の端で捕らえている。胸部の山脈の向こう側に、辛うじてTVの画面の一部を見ることができた。
 左手が降りてきた。頭の天辺に置かれた。可愛い子犬か子猫であるかのように、毛髪を撫でられている。そのたびに、長く伸ばした爪先が、頭の皮膚を引っ掻いていく。もちろん痛くはない。ほんの軽く。悪くない感触。気持ちが良かった。
 彼女が急接近してくる。ペニスは、さらに息を吹き返している。注視の下で硬化していく。
 膝の上に、サンデーの硝子の器を両手で抱え込んだままで、右側のジェニファーの手を見つめた。その中にきつく握られたままのスプーンが、柔らかいサンデーの内部に侵入していった。
 生クリームを乗せたアイスクリームを、大きく掬い上げると、僕の口の方に持ち上げた。大人の男としてのプライドがあった。口を開けなかった。実際のところ、スプーンの上の大盛りのアイスクリームから、口を遠ざけようとして顔を反らした。
「いいのよ、気にしなくても、恥ずかしがらないで。小さな美男子さん。このサンデーは、あなたのためだけに、作ったんですもの」
 彼女が、ため息をついた。
「おいしいわよ。わかるでしょ?」
 そう強調すると、スプーンを自分の口元に運んだ。上下の唇が閉じていく。しかし、それが完全に閉じる前に、それはゆっくりと、口の中からもう一度、姿を現した。瞳を凝視している。唇に生クリームがついている。舌でゆっくりと舐めとった。
「ふうむむむ。わかる?」
 宥めるような口調だ。
「ちょっとでも、味見をしてくれれば、おいしさがわかるのになあ」
 あの高音の声だった。悲しそうな調子だった。彼女を悲しませたくない。だから、優しくうなずいた。
 スプーンが、サンデーの内部にもう一度、下降していく。待ち受ける唇に上昇していく。口を大きく開いた。スプーンが入りやすいようにする。そして、アイスクリームを食べた。
「それでいいのよ。良い子ね!」
 彼女が笑った。まるで僕が、子どもであるかのような声と目線だった。左手は、その間も引き続き愛情を込めた動きで、頭髪を撫で続けている。もう一度、食べるように促しているのだった。
 アイスクリームを飲み込んだ。スプーンは準備が出来ている。また優しく口に挿入されてきた。一杯に満たされる。アイスクリームを飲み込む。
「うむむむ。それで良いのよ。それでこそ、あたしの可愛い良い子だわ」
 高音の声が励ましている。
 スプーンに大盛りになるように盛り上げた。多すぎる量だった。口の中に滑り込ませる。ほとんどを飲み込んだ。しかし、明らかに多すぎた。
 ジェニファーが、自分の口元にスプーンを移動した。口から舌を出した。残りの分をぺろりと舐めた。またスプーンをもとに戻した。スプーンで餌付けされていった。食べきれない分があると自分で食べた。
「これって、体の小さな人には、とっても栄養になる食べ物なのよ?」
 赤ん坊に話しかけるような優しい口調になっている。声音には、母親が子どもに言い聞かせるような調子が混じった。
「そうだね」
 同感した。自分が何を言っているのかも、分からなくなっている。この体格の良すぎる女性に、スプーンで食べさせてもらっている状況が、本当に恥ずかしかった。屈辱的な状況が、自分を本当に小さな存在に感じさせている。一人の女性に、こんな風に子供のように扱われているのだ。
 それでも、パンツの中では、すでに勃起が、限界に近い状態に達しようとして、生地を脅かしているのを感じていた。
 彼女は自分のために、数回、スプーン一杯のアイスクリームを掬って食べた。僕達は、交互に分け合って食べた。彼女が、スプーン一杯。僕が一杯。それから、彼女。もう一度、彼女が一口。そして、僕。
 すぐに、あれほどの量のサンデーも空になった。
 彼女は、スプーンを下すと、膝の上の器を持ち上げた。脇のテーブルの上に乗せた。僕には、手の届かない場所だった。
 彼女は、背中を延ばしている。お尻を持ち上げて座り直している。全身が、それまでよりも、さらに僕に密着してきた。優しく圧迫してきた。肉の内部に、強い力で埋没していくような感覚があった。自分自身のそれを圧迫してくる、左側の太ももの直径と重圧を明瞭に感じた。僕の右脚の太ももの側面が、下敷きになっていく。
 彼女は両手で、僕を愛撫している。右手は頭部に、左手は、首の後ろのうなじの部分を滑り下りている。それらは、単純に言って僕の身体には、あまりにも大きかったので、一度に身体の多くの部分が、覆い隠されることになった。優しい愛撫が続いた。
「満足してくれた、かわいいひと?」
 甘い囁きだった。僕をさすったり撫でたりしている。
 あまりにも恥ずかしくて、答えることもできない。男根は固くなっている。ショーツを内側から押している。勃起を隠す方法は何もなかった。
 ジェニファーの大きな両手が、頭部を包む。すると強い力で引き寄せられた。左胸の大きく隆起する肉に押し当てられた。シャツとスポーツブラの二枚の生地を通しても、柔らかい枕のような弾力のある感触が、はっきりと感じられた。
「どうかしら?気持ち良い?」 
 囁いている。頭が撫でられている。首を。両肩を。顔はマンモスサイズの胸に憩っている。
「そうでしょ……そうよね。あたしの小さな美男子さんは、これが、大好きなんですもの」
 からかわれているのか。
「ジェニファー……?」
 落ち着かない気詰まりな気分に、突然に陥った。自分がパンツの中を汚してしまうのではないかと不安になったのだ。あまりにも興奮している。
「デヴィッドは、あたしの大きな柔らかいおっぱいが、好きなのよね。彼の疲れた、ちっちゃい頭を休めるには、完璧な柔らかさですもの」
 続けている。僕の声が聞こえているのに、無視している。
「ジェニファー……」
 彼女を遮ろうとした。しかし睦言は止まらない。
「あたしには、彼が、何を求めているのか、なんでも分かっているのよ」
 耳元に囁いてくる。大きな右手が、僕の身体をゆっくりと下って行く。
「ああ、やっぱり。あなたは、あたしの身体に抱かれているのが、こんなにも気持ちがいいのね。デヴィッド」
 深呼吸をしている。
 大きな左手が、左胸に僕を押し当てる力が、なおいっそう強まった。僕をその内部に埋没させていく。一方、右手は、胴体を蛇のように自由自在に這い廻っている。シャツの裾を持ち上げている。腹部を撫でまわしている。
「Ok,ジェニファー。止めてくれ」
 もうオーガズムが、近いことを感じている。だが、ジェニファーは止めない。
「止めろ、ジェニファー、止めるんだ」
 大きな声を出した。でも、ジェニファーは、ただ僕の頭を右横に向けただけだった。そのせいで、僕の口は、重々しくうねる、偉大なおっぱいの皮膚の側面に、深く強く、埋まるように押し当てられた。
 叫びは、鈍く遮られてしまった。もう聞こえないでだろう。
「でも、あたしの赤ちゃんは、止めて欲しくはないのよね。あたしが彼を感じさせるそのやり方が、好きなんですもの。そうよ、好きなの、好きなの」
 彼女は歌いながら、僕の顔をおっぱいに擦り付けた。胸を微かに回しながら、強弱をつけて押し当てていく。
 肺の中の空気全部を使って絶叫した。しかし、自分の耳に聞こえたのは、
 「むむむむむ」 
 という曇った音だけだった。
 「おおおお。それって、くすぐったいわ。可愛いデイヴィーちゃん」
  彼女は声に出して笑った。片手をパンツのバンドを越えて、下着の中にまで滑らせてきた。
 身をよじって足掻いた。しかし、彼女はあまりにも怪力だった。抵抗を問題にしなかった。抵抗されたとも思っていないかもしれない。握力から身を引き剥がすこともできなかった。
 巨人の指が、自分の男性自身を上下にしごくのを感じていた。ショーツの中で、それはもう限界にまで膨張している。それから、肉棒の全体を、五本の指が、完全に包み込んだ。
「いいわ。これならば、もう充分に、使用に耐えるわ」
 あの高音の声も、やや喉に擦れて聞こえる。まるで動物に変身したようだった。
 僕の頭は、ぐるぐると回転している。自分の置かれた位置を、客観的に外部からの視点で、鮮明に映像として眺めた。想像した。この巨人族の自分の二倍の背丈を持った女にレイプされようとしているのだ。
 その瞬間に全てのことが生じた。
 ジェニファーの柔らかい手が、ショーツの下で自慰を行うように動いている。自分の肉棒を、前後に律動を付けて動かしている。もう一度、胸の谷間の内部で叫んだ。何も起こらなかった。
 「おおおお。それって、とっても気持ちがいいわ!」
  あやしている。なだめすかそうとしている。
 「すべて出していいのよ。デヴィッド。出して。我慢しなくていいの。あなたの力では、どうせ、あたしには、勝てないんですもの。そこから、逃げることは、できないのよ。だから、あたしに、全てを、任せて。それが、真実よ。あなたは、あたしの大きな手の中にいるの」
 パンツの中で爆発した。
 ジェニファーのおっぱいの深い谷底で、エクスタシーの無音の叫びをあげた。
 彼女は、その胴体を、左右にゆらゆらと揺することで、僕の全身に鳴り響く肉体のメロディーを、さらに美しく装飾した。増幅した。
 乳房を顔に擦り付けるように動かした。一方、手は、僕自身を撫で廻している。
 逝って。
 逝って。
 また逝った。
 まるで永遠のような時間だった。
「さあ、行くのよ……、もっと行って……。本当に良い子ね」
 明るく囃したてる。乳幼児を励ますような口調だ。
「気に入ったわ。素敵、あたし、自分の拳骨の隙間から、滲み出る精液を感じる。とても、熱いわ」
 興奮のあまり、田舎の少女らしい訛りのある口調で感想を述べた
「あたし、あなたのことを、いつまでも、いつまでも、永遠に抱きしめていたいわ」
 僕の睾丸の貯蔵庫が、完璧にからになるまで、熱烈にあれを扱きたてた。中身のすべてを絞り出した。
 彼女の柔らかい身体に、ぐったりと凭れている。
 全精力を使い果たした。ペニスもぐったりとして、小さく柔らかくなっている。まだ彼女が触れるたびに、体がピクリと敏感に反応した。
「まだ、あれが動いているのを、感じるわ」
 くすくすと笑われている。
「ねえ、あなたに、こんなことをしてくれた女の子って、以前には、誰もいなかったんでしょ?賭けてもいいわ。ねえ、そうでしょ?」
 抱きしめていた胸もとから、ようやくに開放しくれた。その後で、率直に質問を投げかけてきた。
 座り直した。巨大な顔が、頭上にあった。顔を見上げた。僕は、一滴の涙の滴が頬を伝って流れ落ちるのを感じた。
「どうして、こんなことをしたんだ。知りたくなんか、なかったのに」
 赤子のように泣き始めた。
「君には、一度の遊びかもしれない。でも、こんな大人の喜びを知ってしまった後で、どうやって、これから、生きていけばいいんだ?だから、知りたくなかったんだ!」
「あああ……、可哀相な、あなた」
 声には、母親のような優しさが溢れている。
 ジェニファーの両手が、脇の下に差し込まれた。軽々と持ち上げられた。膝の左側の太ももの上を、両足で跨ぐようにして抱かれている。顔を、優しくそっと盛り上がる乳房の隆起の上に乗せた。後頭部を叩きながらあやしていった。
「さあ、さあ……いいのよ……もう、いいの。怖いことは、終わったのよ」 
 甘い声で、あやされている。
 両の乳房の谷間に顔を押しつけて泣いた。ピンクのTシャツの生地は、涙に赤く染まった。
「君は、……、君は、僕をレイプしたんだぜ」
 敗北感に苛まれていた。
「しい、しい」
 彼女は、なんとか僕を宥めて静かにさせようとした。
「あたしも、あなたに、何が最善なのかを、じっくりと考えてしたことなの。あなたのペニスが、あたしと、とてもしたがっていたからよ。あたしは、その願いを、かなえてあげただけ」
 優しく囁いている。
 「これからも、あたしが、いつでも、あなたの傍に、いてあげるわ」
 本当のはずがない。今だけの甘い口約束だった。分かっている。それが、僕をさらに号泣させた。
「しい、しい」
 胸で揺すっている。
 僕の爪先が、ジェニファーの固い太ももに当たって跳ね返されている。

(終わり)











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