クラッシュ!(後編)
ポイゾン・ペン・作
笛地静恵・訳
3・ビヴァリーとディアナ
 ディアナは、友人のビヴァリーの痴態を、そこに立ったままで見つめていることしかで
きなかったのです。呆然と立ち尽くしていました。ビヴァリーは、うつぶせに横たわった
ままでした。両手両足と身体全体で、大きく伸びをするようにしていました。ぐるりと大
きく身体を回転させていました。逃げ惑う大群衆の上で、わざとそうしているのです。
 彼女は、さらに仰向けになって地面に寝そべっていました。右手と左手を、途方も無く
巨大なショベルのように使っていました。身体の両脇から、ちっぽけな人間たちを数百人
を単位として、身体の上に持ち上げていました。そして、素肌に擦り付けるようにしてい
きました。磨り潰していったのです。後には白い皮膚の上に、赤い筋のような線条しか残
っていませんでした。両脚に。両の太腿に。下腹部に。胸元に。そして顔に。それぞれが、
数千人分の血によって赤く染まっていきました。
 全身が汗と血で、ぬめぬめと光るようになっていました。ビヴァリーは、やがて血と油
で真っ赤に染まった黄色だったシルクの水着を、脱ぎ捨てていました。その数秒後には、
新たに絶叫する数百人の人間たちが、その白い乳房の上に擦り付けられていました。全員
が絶命していました。次には、もう充血して大きく開いた性器の襞の上に、荒々しく擦り
付けられていました。彼女の両眼は、焦点を結んでもいなかったのです。
 ディアナは、この凄まじい光景に、心身ともに、すっかり魅了されていました。昆虫採
集の標本の蝶になったような気分でした。ピンでビヴァリーの世界という板上に止められ
ていました。ビヴァリーの圧倒的な欲望の力によって、捕らえられてしまっていたのです。
ビヴァリーが、快感のあまりに咆哮する声が、彼女の頭蓋骨の内部を満たしていました。
反響していました。ビヴァリーは、自分の指で大陰唇を開きながら、小さな人間たちの身
体で、そこを充満させていったのです。自分の乳房を、興奮のあまりに、両手で握り潰そ
うとしていました。その動作は、ほとんど自己処罰のようでした。苦痛に耐えているよう
に、激しく喘いでいました。
「ビヴァリー?」
 ディアナは、囁くような声で言いました。ビヴァリーは顔を上げました。しかし、その
瞳には、サディズムの欲望の他には、何の理性の光も浮かんではいなかったのです。
「ディアナ!」
 彼女は、挑みかかる山猫のように、咆哮していました。次の瞬間には、一度に片手一杯
の絶叫する人間たちを、その口の中に放りこんでいたのです。そして、美しい顔に快感を
顕わにしながら、ゆっくりと、くちゃくちゃと、白い歯を真っ赤に染めながら、噛んでい
ったのです。自分自身で何をしているのかも、分かってはいないでしょう。彼女の唇まで
が、深い深い真紅に染まっていました。
 ディアナは、ビヴァリーの両眼を凝視していました。自分自身の欲望の表情を浮かべた
小さな顔を、そこに見ていました。エンタープライズの乗組員の、赤と青の制服をきちん
と畳んで脱いでいきました。下着も脱いでいきました。オフィス街の都市区画が、その服
地によって暗黒に閉ざされていました。ビル街は、ショーツの重さだけでも崩壊していき
ました。全裸になっていました。そこだけは、ビヴァリーよりも大きな、白い形の良い牛
角型の乳房が、ミニチュアの都市の明るい日差しの下で、白い腹部に黒い影を落としてい
ました。彼女は、両膝をついて、豊満な上半身を傾けていきました。
 二人の美しい女性たちは、お互いの内面に秘めていた欲望を、顕わにしていました。熱
っぽい瞳で見つめ合っていました。唇から固く合わさっていました、弾力のある乳房は、
お互いに強く相手を押し返そうとしていました。そして、形を変えていきました。ディア
ナは、ビヴァリーの舌が口の中に、強い力で侵入してくるのを感じていました。ビヴァリ
ーの舌は、塩と血と生肉の味がしました。同時に、ビヴァリーが、両手にいっぱいの何か
熱くて湿った油絵の具のようなものを、自分の大きくて柔らかい乳房に、塗り付けてくる
のを感じていました。ディアナの、性技には熟達した細いしなやかな指先も、ビヴァリー
の肉体に、快感の津波をもたらすツボを、的確に探り当てていました。ビヴァリーの漏ら
した喘ぎの呼吸が、ディアナの口腔を熱く満たしていきました。
 コンクリートの巨大な破片が、空中高くにまで、無量無数に、弾け飛んでいました。二
人の女性は、固くキスをしていました。抱き合ったままでした。都市の中心部に向かって
いました。上になり下になりしながら、回転していました。高速で移動していきました。
ちっぽけな人間たちは、絶望的な気分になっていることでしょう。強力無比の二人の女兵
士の進攻の前には、脱出の時間すらないはずでした。彼女たちの身体の下敷きになってい
ました。建物の中に、いながらにしてです。数千人を単位として、一瞬に圧死していった
はずです。
 とうとう二人のキスが終わりました。身体が離れました。ディアナの指は、ビヴァリー
の全肉体の、システマティックな探索を終了していました。両の乳房。高く突き立った充
血した乳首。筋肉質の平坦な下腹部。赤毛に覆われたプッシー。熱い汁が、太腿の方まで
を濡らしていました。
 ディアナの長い舌は、割れ目の内部から子宮口にまで、潜入していきました。ベタゾイ
ド星人の長い年月にわたって、洗練されてきた性の秘儀でした。歴史と伝統の業のすべて
を、ビヴァリーの肉体に実行していきました。普通は、他星人に、ここまではしないので
す。快感のあまりに、自分の性の奴隷にしてしまう可能性がありました。でも、今回だけ
は、全力を出すつもりでいました。ビヴァリーを、この異様な世界の呪縛から、解放して
やるためでした。
 ちっぽけな肉体が、まだいくつかは、裂け目の内部で生きて蠢いていました。それもデ
ィアナの舌の力で、洞窟のさらに内部へと、押し込まれていったのです。ビヴァリーの愛
液は、洪水のように滾々と絶え間なく溢れていました。熟達した技術で、すでに包皮のめ
くれたクリトリスを愛してやっていました。
「Yes!!」
 ビヴァリーの顔は、エクスタシーのために紅潮していました。片手が何か捕まるものを
求めて、宙をかくように動いていました。自分の背丈よりも、少しだけ低いだけの赤と白
に塗り分けられた三角錐型の華奢な鉄塔を、握り締めていました。基礎の部分から、土ご
と棒のように引き抜いていました。巨大な乳房に、八の字になるように、巻き付けていま
した。ぐにゃ。ぐにゃ。針金のように押し潰していました。鉄塔の中間の展望台の位置に、
無数の人間たちがいました。汗の玉が輝くような胸の皮膚に、はりついていました。熱い
汗の大きな粒に飲み込まれたままで、巨大な山のような乳房の麓に向かって、ゆっくりと
流れ落ちていました。
 ディアナの絶妙な舌の動きは、ビヴァリーを絶頂にまで、煽り立てていたのです。それ
は、彼女の年若い前の恋人とは、絶対に達したことのないはずの、円熟した性の悦楽の高
処でした。
「Yes,yes,yes,YES!!!!」
 ディアナはビヴァリーのオーガズムを、彼女自身のものとして性器に直接的に、びんび
んと感じていました。それも、彼女の一族に伝わるエンバス能力の成果でした。長い長い、
黙示録的といってよい爆発でした。
 共鳴する神経繊維が、ヴァイオリンの弦のように悲鳴を上げながら、大脳の内部で、つ
ぎつぎと過負荷に耐え切れずに、焼き切れてきました。途方も無い絶頂の力でした。
 二人の女性は、同時に歓喜の二重唱を奏でていました。
 恋人たちは、左右に仲良く並んで、寝転んでいました。都市の中央部は、破壊しつくさ
れていました。彼女たちの愛の行為によって、平坦な荒野になるまでに、変貌していまし
た。そのような地域が、広大に広がっていました。長い間、二人は抱き合ったり、お互い
の身体の各部に、やさしいキスを交わし合ったりしていました。結局のところ、ディアナ
は、自分がビヴァリーの高い障壁を、ついに突破したことを悟っていました。同一のジェ
ンダーのセックスによって、充実した時間を成就したのです。誇りさえ感じていました。
 しばらくして、ビヴァリーは、両足をついて、まっすぐに身体を起こしていました。長
い苦悩の歳月が、彼女の顔に無数の年齢の皺を刻み込んでいました。それでも、可愛らし
いと言っても良い、少女のような笑みを湛えていました。計画的に意図的に、都市の周辺
地域を踏み潰していきました。
 ディアナは肩肘をついて、頭の下の枕にしていました。右の脇を下にして、その様子を
見守っていました。ビヴァリーは、いかにも楽しそうでした。子どもの、無邪気な遊びの
ようでした。
 周囲の廃墟の中にも、まだ奇跡的に何人かが生き残っていることでしょう。すべてが別
世界の情景のようでした。ディアナも何人かを、小指の先端で潰してみました。何と楽し
く、気分を高揚させてくれるものなのでしょうか?
「こんな遊びは、どうかしら。虫ケラさんたち?」
 彼女は、そう息だけで囁いていました。遊び半分でした。さらに何人かを両手で追い立
てていきました。一ヶ所に掻き集めていきました。親指と人差し指の先端で摘み上げまし
た。そのまま、口の中に、ぽいっと放りこんでいきました。噛み締めていました。その味
が、ミネラルの豊富な、ある種の岩塩の粒にそっくりなことに、気が付いていました。適
度に汗を流して運動した身体には、最適の味でした。美味しかったのです。刺激的でした。
 彼女は、コンピュータが、どのような情報から人肉の味を、このように同定したのかと
不思議に思っていました。事実として、データを収集することは不可能でしょう。たぶん、
これも、最高度に忠実な、近似値としての演算結果に留まるものなのでしょう。
 やがて、都市のほとんどの部分が廃墟になっていました。ビヴァリーは、笑顔で戻って
来ました。ディアナの脇の地面に、大きなお尻をずしんと下ろしていました。
「さてと」
 ビヴァリーは、可愛らしいと言っても良い笑みを、再び浮かべていました。
「今では、あなたも、私が、どうして、この 「シナリオ」に夢中になっていたのかを、
理解してくれたのだと思うけど?」
 ディアナは、頷いていました。ビヴァリーの足が、埃と血で、真っ黒になっていること
に気が付きました。これは、まったく遊び半分でした。足の指を、一本一本舐めながら、
きれいにして上げていたのです。
「私も、自分用にあなたのシナリオのコピーが、一本欲しくなったわ……。もちろん、研
究用によ」
 急いで、そう付け加えていました。
 ビヴァリーは声を出して笑っていました。目に見えて、表情が明るい雰囲気になってい
ました。
「ディアナ、ひとつだけ忠告しておくわ。あなたは、その凄く良く動く舌に、鍵を掛けて
おかなくちゃね?」
「艦長も副長も、必要以上のことを、追求したりはしない人たちよ」
 ディアナは、ウインクしていました。
 女たちは、かすかに血の染みた衣服を身にまとっていました。
「私は次の時間は、ブリッジで当直よ」とディアナ。
「いいわ。そこで、また合いましょ」
 ビヴァリーは、頷いていました。
「シュミレーション:終了」
 煙を上げているミニチュアの都市の幻影は、一瞬にして消え失せていました。ディアナ
は、ホロデックの何もない壁面を、見つめていました。二人の女性たちは、自室に帰って
いきました。自動的に部屋の照明が暗くなっていきました。Qの含み笑いを耳にしたもの
は、だれもいなかったのです。

         *

「艦長。惑星の表面からの、微弱な電波をキャッチしました」
 主任管制官のデータ中佐は、几帳面な声で報告していました。
「スクリーンに、映せるか?」と、ピカード艦長。
 リフトが停止していました。制服姿のビヴァリー・クラッシャーが、デッキに一歩を踏
み出していました。彼女は、カウンセラーのディアナ・トロイに、意味ありげな目配せを
送っていました。すぐ隣に着席していました。
 レッド・アラート(戦闘態勢警報)が、彼女たちが、それぞれの自室に戻った直後に、
鳴り響いたのです。ビヴァリーは黄色いビキニの上に、直接、制服を着ただけでした。
「映像を固定しておくことは、きわめて困難です」とデータ。
「信号は、たいへんに微弱です。その上に、この空域には、妨害電波が満ちています」
「艦長!」  
 ウォーフ保安部長の顔は、石のように険しいものになっていました。
「センサーは、この星の首都が、壊滅的な攻撃を受けたことを、示しています」

 ピカード艦長は、ライカ副長の顔を眺めていました。二人の男の顔は、無言のままで、
厳しく引き締まっていました。このような困難な情況が、今回の任務に待ち受けていると
は、予想もしてもいなかったのです。
 タウ=アレクト4星は、平和な星でした。あえて、進歩には背を向けていました。過去
の一時代の生き方を選択していました。惑星地球の二十世紀後半の社会が、この星の理想
でした。住民の大半は、惑星地球の日本という国の、民族の遺伝子を受け継いでいました。
進歩よりも、停滞の中での享楽を求めた社会なのです。一種のユートピアでした。今回の
任務は、表敬訪問に過ぎなかったのです。
 惑星からの救難信号が、エンタープライズ号が、この太陽系に入った直後から、受信で
きるようになったのでした。
 船は、戦闘態勢に移行していました。
「ボンジュール。モンカプタン(「こんにちは、私の艦長」という意味のフランス語)」
 いきなりQが、ブリッジの中央に立っていました。宇宙軍の将軍の、式典用の華麗な正
装でした。ウインクしながら佇んでいたのです。
「Q!」
 艦長は、弾かれたように立ち上がっていました。
「今回の事件のすべても、やはり、お前の策略だったのだな」
 Qは、ピカードを苛立たせると知っている笑いで、それに答えただけでした。
「ハロー。カウンセラー」
 彼は、ディアナに陽気に片手を上げてみせました。艦長の怒りも、全く無視していまし
た。Qの両眼が細まっていました。口元に、悪意に満ちた笑みを浮かべていました。
「最近ちょっと、優秀なおつむが、ぼんやりとしては、いませんかな?私が少しだけ、手
助けをして、差し上げましょう」
 ディアナは、口を開けて抗議しようとしました。しかし、Qは、一瞬早く、指を鳴らし
ていました。パチリ。彼女の精神は、苦痛と恐怖の波動の記憶を、今、そこに残っている
かのように、鮮明に再現していました。その侵入は、あまりにも強力で急激でした。彼女
は、自分が、正気を失うのではないか、と思ったぐらいです。絶叫していました。長く長
く。
「Q、お前は、何をしたのだ!!」
 肺の中の空気のすべてを、使いきっていました。喘いでいました。こめかみを、指で揉
み解していました。彼女の共感能力を、晦ましていた霧のようなものが、ようやくに晴れ
たのでした。
 ピカード艦長の抗議の声が、雷鳴のようにディアナの頭蓋の中に反響していました。彼
の顔は怒りのあまり、頭頂部まで紅潮していました。
「ター、ター、モンカプタン(「いい子、いい子ね、私の艦長ちゃん」という意味の幼児言
葉)」
 Qは、子どもをあやすような口調で答えていました。
「ああ、ところで、医療部長の……。そうそう、なんと言いましたかな?ドクター・クラ
ッシャー先生でしたな。(クラッシャーには、「壊し屋」の意味がある。)失礼ですが、あな
たの下着は、少々、汚れているのではありませんかな?」
 彼は、ビヴァリーにもウインクしました。まばゆい閃光とともに、消え去っていきまし
た。
「再び、救難信号をキャッチしました」とデータ。
 主任管制官の顔色は、いつにもまして真っ白でした。映像が回復していました。
 衣服と勲章から、その男が、この惑星で支配的な地位についている人物であることが分
かりました。たぶん軍人なのでしょう。
「エンタープライズ。エンタープライズ。聞こえるか、どうぞ?」 
 ピカード艦長は無意識に、制服の襟元に右手の人差し指を入れて、緩めるようにしてい
ました。深く座り直していました。その手は肘掛の上で、神経質そうに震えていました。
「私は、U.S.S.エンタープライズの艦長、ジャン=リュック・ピカードです。タウ
=アレクト4星。私たちは、あなたたちからの、救難信号を、キャッチしています。情況
を、説明してくれませんか?」
「恐ろしいことだ」
 誇り高い男が、啜り泣いていました。
「恐ろしい。数百万人が死んだ。奴らは二人いた。恐ろしい」
 彼の声は、恐怖のあまり、ほとんど絶え入りそうに小さくなっていました。
「二人とは、誰のことですか?恐ろしいとは、何がですか?」
 ビカードは、上半身を乗り出すようにしていました。
「データ、この惑星が、外部からの攻撃を受けたという痕跡は、あるかね?」
「ありません。艦長。宇宙空間は、完全にクリアーです」
 アンドロイドの指は、コンソールの上を人間には不可能な速度で動いていました。
 画面の男の視線が、初めてビヴァリーの上で止まりました。その瞬間、男の黒い瞳は飛
び出しそうに、大きく見開かれていたのです。一回だけ、突き刺すような悲鳴を発してい
ました。画面が、即座に消えていました。
 ビヴァリーは圧し殺した嗚咽を上げていました。両手で、顔を覆い隠していました。
「通信が、途絶しました」とデータ。彼の顔も、能面のようでした。
「データ」と、ウォーフ保安部長。
「首都の光景を、見せてくれ」
「了解」
 ディアナの血が、凍り付いていました。初めての星なのに、その光景には見覚えがあっ
たのです。廃墟となった都市の、中央に近い公園らしい区画には、50メートル以上の長
さのある、真っ赤で巨大な足跡が、一つだけ刻印されていました。
 宇宙の深淵のどこかで、Qが笑って、笑って、笑い転げていました。
クラッシュ!(後編) 了
(終わり)