黄金の足の魔女・2
笛地静恵
 キッチンの床下収納庫の中は、「小人飼育場都市」。略して、「「飼育市」」と呼ばれている。
どこから誘拐して来たのか分からない。常時、数百人の小人たちが、飼われている。どう
やって選択したのかも分からない。が、成人の男性だけである。子供もいない。みんな5
ミリ足らずぐらいに縮小されている。純然たる食用だった。百合香にとって、セックスの
ための愛玩用の私たち女性とは、用途そのものがことなっていた。食事を作る際に、用途
に応じて、適当な大きさに戻して使用するのだった。

                 *

 「飼育市」の市民たちは、私たちが交替で世話をしている。収納庫の蓋は、一部分がず
らせた形で開いている。そこから、縄梯子が地下に下りている。私たちの感覚では、十メ
ートル以上を下降する。必要な荷物は、上に居る者が滑車を組んだロープの先に付けたバ
ケツに入れて、からからと別に下ろしてくれる。

                 *

 地下には、不思議なものがあった。どこから、どうやってここに、持ってきたものか。
日本の郊外の都市の、どこにでもあるような、普通の住宅地の町並みが広がっている。二
階建ぐらいの建売住宅が並んでいる。街路樹も整然と立ち並んでいる。水銀の街路灯まで
がついている。だから、「飼育市」である。常時、夜の世界である。空気は濁っていた。野
獣の檻の、内部のような臭気だった。百合香の食べ残しの残飯を、道路に撒いてやる。家
の中から、わらわらと群がるように、腹を空かした小人の男どもが出てくる。

                 *

 彼らには、山のような分量である。一度では、とても食い切れないだろう。それなのに、
浅ましくも、食い物の奪い合いで、取っ組み合いの喧嘩をする。男という生物は、どこに
いても粗暴で、暴力的な生きものだと分かる光景だ。私たちは、その醜い様子を、文字通
りに高処の視点から見物している。飲み水用の貯水池に、バケツで新鮮な水を補給する。
トイレ用の場所に指定されている、林の中のティッシュ・ペーパーを、新しいものに交換
する。「飼育市」を不潔にしておくと、百合香に叱られる。食材が臭うと言うのだ。

                 *

 弱っているものは、死ぬと病原菌を撒き散らす原因になるので、きれいに始末する。上
の世界に運び上げる。キッチンにあるディスポーザーに放りこむ。粉砕されて後に残らな
い。始末が楽である。その一方では、動物園の飼育係のような、神経の繊細さを要求され
る仕事だった。生かさない。殺さない。その按配が難しいのだ。あんまり元気だと手を焼
く。「飼育市」の市民には、暴動を起こされたことがある。数百人の小人の一時の襲撃を受
けた。あの時は、担当だった女性が、なぶり殺しにされた。全身を引き裂かれて食われた。
復讐はした。が、私は自分に頭に来た。油断していた。

                 *

 確かに、彼らにとっては私たちは、巨人である。ちょうど、私たちと百合香ぐらいの、
比率の差がある。途方も無い、巨人の大きさに見えていることだろう。二階建の屋根が、
私の膝の高さにも届かないぐらいだ。二十倍の身体である、その恵まれた状況に安堵して
しまっていた。百合香の肉体に、いたっては、「飼育市」の市民には、たぶん上空に山が移
動しているようにしか、感じられないことだろう。四百倍の肉体。1、5メートルの小柄
な百合香の身長でも、相対的には、600メートルになってしまう。これだけの差がある
と、もう人間にすら見えないと思うのだ。動く人間の山のようなものだろう。百合香にも
肉眼では、市民は蟻か蚤のようにしか見えない。人間という識別は、不可能らしい。世話
もできない。摘んだら潰してしまう。たいていは、「飼育市」から住んでいる家ごと選んで、
何件か掴んで取り出すのだ。彼女は、くっきりとした二重だ。白目が青いまでに澄んでい
る。しかし、ひどい近眼なのだ。

                 *

 私たちは、「飼育市」の市民に交替で、あるパーフォーマンスを実行することにした。私
たちも、小人たちを食うのである。百合香の方法を真似たのだ。もちろん、百合香のよう
な繊細な料理はしない。できない。道具もない。だから、丸呑みか、むしゃむしゃと貪り
食う。原始的な作法だった。「小人飼育場都市」の街路の辻に、仁王立ちになってやる。く
びれた腰に左手を当てて、手当たり次第に、右手で捕まえては、貪り食う。巨人の姿は、
男どもには地獄の鬼のように、見えていることだろう。90ー60ー90のグラマーな姿
態を、たっぷりと足元から拝ませてあげるのだ。感謝してもらわなければならない。私は、
小人たちの群衆が、暴れて困る時には、このパフォーマンスをする。ばりばり。音を立て
て、噛み砕いてやる。血に濡れた赤い歯を、にっかりと剥き出して笑ってやる。がちがち。
歯を噛み慣らす。腹筋の割れた腹部を、片手で撫で回す。うーむ。「おいしいわ!」満足の
うなり声を上げる。たいていは、これだけでしーんとする。

                 *

 さらに過激になっていく。股間に指を滑らせる。ピンクの襞の奥まで見せびらかす。快
感がある。黒い陰毛の割れ目から、滝のような愛液を、無防備な小人の男どもの頭上に降
らせる。爽快だった。一匹を、下半身に頭から挿入する。もう一匹を、肛門に捩じ込む。
口腔に一匹を入れて、ぱくんと口を閉じる。三匹のどれもが、苦しくて暴れている。どこ
にいるにしても、呼吸もできないのだろう。その断末魔の動きが、快感を与えてくれる。
性器が閉まる。陰唇から出た二本の足が、ぴくぴくと動いている。口の中の小人も、唇の
間から片手を出している。逃げようとしているのだ、でも、だあめ。逃がしてやらないの
だ。唾液が溜まってくる。ぷちん。腕を前歯の間で噛み切る。口の中で、溺れているよう
だ。肛門の男は、すでに悶絶しているのだろう。口腔の虎、肛門の狼というところか。二
方向の刺激が、膣の奥を疼かせている。彼が子宮の方向に吸い込まれる。暴れている。

                 *

 私は、耐え切れなくなる。「飼育市」の二階建の住宅の上に倒れこむ。自分の、ここでは
圧倒的な巨体の下で、屋根から壁、そして柱から基礎まで、粉々の瓦礫に粉砕する。爆発
したようなものだ。発作的に、何匹かを尻の下に踏み潰すこともある。巨乳の谷間で、磨
り潰す。肌の脂にする。足でも踏み潰す。煙草の火を消すように、踏み躙ってやる。どう
せ代わりは、いくらでも湧いて出てくる。百合香でさえ、地下の世界に合計で何匹の小人
がいるのかも、分かっていないのだ。ちなみに、何人ではなくて、何匹というのも、彼女
の設定した呼称である。あくまでも食材である。最初から、人間扱いをしていないのだ。

                 *

 小人は、「飼育市」という地下の場所だけではなくて、上の世界でも刺激の足しにするこ
ともある。私も、外見の可愛い小人を数匹選んで、ペットにしている。「百合香寮」に持ち
込んで、大人のおもちゃにして遊ぶ。何匹も一度に挿入して奉仕させる。数本の指が同時
に動いているようだ。百合香にされていることへの、腹いせにもなった。欲求不満の解決
策である。夜食にすることもあった。別に男性の趣味は私にはないのだ。娯楽の少ない「百
合香寮」では、全員の自然な遊び道具になっていた。みんな個室に、「飼育市」の市民を、
平均しても十匹以上は飼っていた。

                 *

 ともあれ、わが友の無垢なる6号嬢は、この「小人飼育場都市」の存在さえ知らなかっ
た時期なのである。部屋に、誘拐されて来たばかりだったからだ。私たちが、何も忠告し
なかったのは、いきなり百合香に媚を売るような彼女の態度に、反感を抱いたためである。

                 *

 百合香の熱い口腔に、下半身を飲み込まれていた。彼女の好むセックスのプレイだった。
私たちには、『温泉プレイ』と呼ばれていた。慣れると癖になる。熱さと、ぬめぬめとした
口腔の内部の粘膜が、全身にエクスタシーを与えてくれるのだ。男とのセックスなど、そ
の強烈さにおいて、比べものにならない。舌先で、股間から膣の内部までを愛撫されると、
もう堪らない。6号はなんと最初の機会に、身悶えたあまりに、百合香の口の中に失禁し
ていた。百合香も苦笑していた。汚い奴だと思った。困った事態になれば、自業自得だと
思えていた。

                 *

 百合香は、アルミ枠とミスト・ガラスの、洒落たデザインの食器棚の下から、私たちな
らば全員が、一度に入浴できそうだな、黒い鉄の鍋を取り出した。ぐらぐらと湯が湧かさ
れた。まさに地獄の釜だった。百合香は、小人の男どもを入れた材料を、スプーンで掬っ
ては、手で丸く形を作って、落としていった。回りが白くなって浮いてくる。別のボール
に用意しておいた清水に浸す。

                 *

 白菜は、つけ根に包丁を入れた。一枚一枚剥がす。たっぷりの水に漬けた。泥などを洗
い流した。厚みのある白い軸の部分と、薄い緑の葉の部分は切り分けて使う。葉を重ねて
から、私たちには、一本が3〜40センチメートルぐらいの長さに切る。軸は削ぎ切りに
する。包丁の羽を寝かせて斜めに切る。白菜の葉は、人間の胴体ぐらいは、簡単に両断で
きる包丁で、壮大にざく切りにされていった。ざくざくざく。人間の骨が切られているよ
うな音が、続いていた。

                 *


 人参は、皮を剥いて下拵えをしておく。太い方から細い方へ、薄く縦に剥いていく。右
手の親指で包丁の角度を調節しながら、滑らせるようにしていく。百合香が料理の得意な
ことがわかる包丁裁きである。私たちには、十五センチぐらいの厚さで、輪切りにしてい
く。梅型で抜いた。

                 *

 だし汁は、小人スープを作っておいたものを、製氷皿に入れて凍らせてから、ビニール
袋に入れて冷凍して、保存しておいたものだった。それを2カップに、準備しておいた白
菜と人参を入れる。しんなりするまで煮る。人間の丸の水気を切る。ひと煮立ちさせる。
酒大匙2。塩小匙三分の二。西京味噌を大匙3。白菜の葉を加える。中火で四、五分煮る。
牛乳を加えて、軽く煮立ったら火を止める。

                 *

 人間の丸と、白菜の飛鳥鍋の出来上がりである。飛鳥鍋は、飛鳥時代に中国大陸から仏
教の僧侶によって伝来された、調理法を復元したものだと言われている。聖徳太子も、食
べたという伝説がある。当時は牛車に使役していた、牛の乳を使用したようだ。おろし玉
葱を加えた、柔らかな人間の丸を、優しいミルク味の、鍋仕立てにしたものである。仕事
上の、連日連夜の付き合いの酒で疲れた、百合香の胃腸にも、優しいことだろう。白菜も、
百合香にとっては、一口で食べやすい大きさに細く切ってある。しんなりしていた。

                 *

 白い牛乳のスープに、人間のピンクの肉団子と、梅型の朱色の人参が浮かんでいる。白
菜の緑が、アクセントになっていた。美しかった。百合香は、床下収納庫の蓋を開けて、
一掴みの「飼育市」市民の小人を取り出した。ぱらり。スープの上からばらまいた。数ミ
リメートルの、蟻のような小人の男たちは、白濁した熱いスープの中を、必死に泳いでい
た。火傷で赤くなっていた。近くの具に上陸した。それは、変わり果てた仲間の丸の上だ
った。あるいは、人参の上だった。何とかしがみついているのは、可愛らしい光景だった。
百合香も、愉快そうに微笑して、彼らの行為を見守っていた。それから、銀のスプーンで
一人ずつ掬っては、口に運んでいった。ぱくり。私たちでも、数人分の質量がある丸を、
一口で飲み込んでいた。もぐもぐ。ごっくん。おいしいわ。

                 *

 百合香は、中学生の時に、男子高校生たち五人に強姦された、不幸な経験がある。ひと
りは、愛していた彼氏だったそうだ。それから、彼女の内部に、抜きがたい男性への憎悪
の念が、根付いたのだ。彼女の言葉を信じれば、五人は小人にして、盲腸の中に飼ってい
るのだという。殺してもやらない。自分の糞便を食うだけの、回虫のような惨めな人生を、
これからもおくらせてやるのだという。

                 *

 私たちも、百合香のキッチンのテーブルの上に、乗せられていた。豊潤な飛鳥鍋のご相
伴に預かった。十分に美味しかった。スープに人肉のだしが、絶妙に効いていた。鶏では
不可能な味わいだった。全員が満足していた。

                 *

 人の肉を喰うと、性欲が昂進する。その夜は私は「百合香寮」の個室で、「飼育市」の小
人たちを数名、欲望のあまり個人的に消費してしまった。仲間の内の当番の半数は、ベッ
ドで栄養をたっぷりと取った百合香を相手に、死闘を繰り広げたようである。

                 *

 しかし、あの人肉料理の夜から、6号に奇妙な行動が、目立つようになっていった。室
内を彷徨するようになっていた。無理もない。いきなり無意味な「飼育市」市民の男性の
大量虐殺を、観察させられた。しかも、ある意味では、自分の責任なのである。縮小され
た恐怖とあいまって、かなりのショックだったのだろう。いきなり、怒りだしては、周囲
のみんなを困らせていた。はあはあ。火を吐くような熱い息をしていた。

                 *

 今回の脱出行も、必死の決断だったのだろう。大女で力自慢の、色の浅黒い5号と、只
者でない、ある種の殺気のある4号の二人が、手を焼きながら、ウッド・カーペットの上
を引きずって来た。(私は4号の正体は、百合香の超常現象の秘密を探りにきた、某国の情
報局員ではないかと疑っている。)
「アイゴー!アイゴー!」
 6号は、そう繰り返していた。膝が擦り切れて、血を流していた。床のステンドグラス
のライトの脇を通り過ぎた。三人の影が床に長く伸びた。百合香には、数歩の距離が、小
人には長い道程である。ずしーん。彼女が足を踏みならした。焦れているのだ。
「遅いわ!ちょろちょろ歩いていないで!早くしなさい!」

                 *

 6号は、百合香の二本の塔のような脚の間の、神聖な広場のような御前に、引き出され
ていった。彼女は自力では、もう歩くこともできなかった。ほとんど、巨漢の5号に抱き
抱えられていた。ベッドの頭の、テーブルの上にある明かりが付けられていた。上半身の
左が明るく、右が暗かった。百合香に、女神のような威容を与えていた。さっきまでの、
携帯電話に頭を下げていた、日常の彼女の卑屈さは、微塵もなくなっていた。小人たちに
君臨し、生死を支配する者の威厳を、取り戻していた。目鼻立ちのくっきりとした、端正
な美貌の持ち主なのだ。左右対称の顔立ちだった。

                 *

 いつもの百合香の性格からして、命乞いに一切の効果はなかった。もう6号の死刑は、
宣告されていた。公開処刑である。数日間でも、「百合香寮」の同僚だった者の感慨として
は、彼女の死が、せめて苦痛の少ない、速やかなものであれと、祈るばかりだった。

                 *

「6号、あなたには選ばせてあげるわ。どっちがいいかしら?」
 6号は、涙に濡れた顔を上げていた。まぶたは、涙で赤く腫れ上がっていた。小さな目
は、内部に埋没してしまっていた。
「あなたは、簡単に踏み潰したくないのよ。おいしいレシピも教えてくれたでしょ」
 安堵の表情が、浮かんだ。

                 *

 百合香の巨大な足が、すうっと上空に持ち上がっていった。白い足に向かって、上昇気
流が巻き起こっていた。私も冷たい空気に、背中を犠牲の広場の方向に押されたような気
がした。ぞっとしていた。

                 *

 6号の頭上で静止していた。彼女に見えたものは、百合香の鍛えぬかれた、足の裏の光
景だけだっただろう。一輪車の過酷な運動によって、小学生時代から鍛えられていた。バ
ランスを取るために、筋肉質の足の裏になっていた。膨ら脛が深い。影が濃かった。黄金
のように、黄色くテラテラと光っていた。百合香は、ビタミンCのサブリメントを常用し
ている。肌に良いと聞いたらしい。そのためか、足の裏がいつも黄色かった。黄金の足と
呼ばれていた。

                 *

「だから、どっちがいい?」
 遥か彼方から百合香のピンクの可愛らしい口元に、いたずらをする時の少女のような邪
悪な笑みが浮かんでいた。二重の大きな瞳が、サーチライトのように光っている。6号を
見下ろしていた。視界を遮る足の裏には、無数の汚れや小石が、張りついている。接着剤
は、汗や汚れだった。小さ過ぎて、感じることもできないのだろう。だが小人の女性には、
獰猛な雰囲気だった。足がゆらゆらと揺れていた。小指の骨が、内側に折れたように曲が
っている。赤いハイヒールが、きついせいだろうか。

                 *

「私に、踏み潰されてから、挽肉にされて食べられるのと、丸のまま飲み込まれるのと。
好きな方を、選ばせて上げるわ」
 これは、6号には堪え難い自体だったのだろう。彼女の悪夢が、現実に姿を見せたのだ。
口から泡を吹いて、仰向けに卒倒していた。
「あら、つまらないわ!逃げてくれてもいいのに。追い駆けっこを、楽しもうと思ってい
たのよ」
 命懸けの逃走劇だった。何人がそれを演じてきたのだろうか。6号は走ることの前に、
立ち上がることすら出来なかった。腰砕けの状態になっていた。

                 *

「それなら、死んでしまいなさい!」
 ぶーん。
 風がうなりを上げていた。物凄い速度で向かって来る。台形の黄金の凧のような奇妙な
物体だった。人間は、直立二足歩行を可能とするために、足の裏の面積が、たとえば四足
の生きものと比較すれば、異様に広い。足の長さも体調の六〜七分の一ぐらいはある。ア
ンバランスな、体型だということが分かる。左側の白い足が、小太りだが小柄な中国人の
上に置かれていた。
 ずしん。
「ぐげええっ!」
 ひきがえるのような声がした。
「ほら、起きなさいよ!」
 百合香の黄金の足の裏の皮膚は、厚くて固い。氷のように冷たい。百合香は冷え性の女
だった。私も知っているのだ。ほんの遊びで、あの位置に置かれたことがあるから。鋼鉄
の装甲のようだった。今でも、夜毎の悪夢に見る。

                 *

 ごろごろ。
 動かされていた。遠目には、可愛らしい爪先で、鞠のように回転させられていた。6号
は、白い脂肪太りの身体を丸くしていた。巨大な肉饅頭のようだった。巨大な乳房が、回
転しているように見えた。何とか、衝撃を最小のものにしようと、抵抗していたのだ。百
合香には軽いが、外反母趾がある。やや内側に曲がった親指の、外側の部分だった。6号
には、連続して丸太で殴打されているような、重い衝撃があったことだろう。

                 *


 百合香としては、ほとんど体重も乗せていない。優しくそっと、撫でているような感覚
なのだろう。しかし、あの巨大な黄金の足の下になったものには、それだけでも堪え難い
重圧なのだ。
「ねえ、いいこと教えてあげましょうか?」
 私も体験があるから分かる。百合香に悪意があった訳ではない。それなら、死んでいた
だろう。ほんの戯れだった。
「私ね。足の下で、小人さんが苦しんでいる感触が。とても好きなの」
 あの時は、私は幸運にも骨折もしなかった。鍛えていた甲斐があった。が、一週間とい
うもの全身の筋肉と骨が、苦痛のあまり悲鳴を上げていた。
「もぞもぞして。くすぐったくて……」
 百合香は、6号を言葉でいたぶって楽しんでいた。
「だから、あなたも、せいぜい暴れてちょうだいね?」

                 *

 肺の中の空気が圧迫されて、口から体外に排出されてしまう。6号も、声が出ないのだ。
出せないのだ。
「何とか言いなさいな?」
 言える訳がない。肺に空気がなければ声帯は振動しない。
「黙っていちゃ、つまらないんだけどな〜」
 6号に、最期の時が迫っていた。
 百合香は、おっとりした性格のようでいて、けっこう気が短いのだ。
「分かったわ。こうされたいのね?」
 足の指五本が、かすかに内側に曲げられた。黄金の足の裏の皺が、深い磁鉄鉱のような
黒い影を刻んでいた。

                 *

「さよなら6号」
 みしり。
 骨がなった。
「足の裏って、感覚が鈍いと思うでしょ?」
 ぶぎゅる。
「でも、私は、違うんだなア〜」
 大きな骨が折れる。嫌な音がした。
「全部、分かるのよ」
 6号の断末魔の悲鳴だった。
「今、背骨が折れたでしょ?そろそろ、おしまいね」

                 *

 ガリッ。
 堅いものが、砕ける音がした。
 「いい音……。カリッ。胡桃が割れたみたい。これは、頭蓋骨が、割れた音よね」
 百合香が首を傾けて、耳を澄ましていた。
「それから、今度は肋骨。ゆっくりと一本ずつ楽しみましょうね」
 彼女の黄金の足の下では、人間の骨が、繊細な細工物のように、はりはりと砕けている
のだった。
「足の裏で、小人が潰れていく時の感覚って、たまらないわア」

                 *

 普通は、女性としても、やや高い鼻に掛かった少女のような声が、擦れていた。
「手足の骨も、折ってあげるわね」
 もう少し体重を、足に乗せたのが分かった。
「潰れちゃいなさい!」
 それから、全身の無数の骨が折れる、ばぎばぎという音が続いた。
「平べったく、なりなさい」
 血が、複雑骨折の骨に裂かれた皮膚のあちこちから、噴出していた。足の指の間が、赤
く染まっていた。水をはじく性質のある、シーグラスのラグの表面にまで広がっていた。
「あなたは、私の足の素肌の潤滑剤になるの……。ああ〜ん。百合香。感じちゃう」
 女巨人が、喘いでいた。

                 *

 彼女の黄金の足の裏が、ウッド・カーペットに平らについていた。土踏まずの凹から、
赤い肉がひねり出されていた。骨が折れた木の枝のように突き出ている。足の指が蠢いて
いた。間に割り込む。血と肉と脂の感触を、敏感な肌で賞味しているのだった。
「あ。ふーん。たまん……ない……」
 鼻声が漏れていた。
「……6号は、……体脂肪が多かったのね?」

                 *

 足全体が、左右に動いていた。ひねり潰すようにしていた。ねちゃ。ねちゃ。嫌な音が
している。黄金の足の裏の、ねばついた感触を、楽しんでいるのだろう。
「これで、終わりじゃないのよ。後で食べて上げるから。感謝しなさい。あなたは、百合
香の一部になるのよ」
 一部分だが、私にも内臓の形が分かった。あの赤い蛇のような、とぐろを巻いた物体は、
小腸の一部だろう。百合香の足の動きに、それが切れた。内容物がどろりと溢れた。

                 *

 百合香は、長い間、大きな黒い瞳を閉じていた。赤い舌が、赤い唇を舐め回していた。
6号を始末したことに、性的な興奮を感じているのだった。胸が起伏していた。体臭が、
きつくなったような気がする。ビジネス・スーツの上から、胸元を両手で揉み解していた。
「潰れた小人の、足の裏に張りつくような、血と肉の柔らかい感触が、好き」 そう口外
して、はばからなかった。白い足が赤く染まっていた。紅潮していた。うっすらと汗を浮
かべている。闇に、不気味に光っていた。血臭がした。
 
                 *

 もともと大きな目を、闇の底でさらに大きく見開いた。私たちを見下ろしていた。
「ふう〜!」
 大きなため息をついた。
「うふふ。『同情するなら、命をくれっ!』って、ところかしら!」
 安達ガ原百合香が、小さくつぶやいていた。
 いつもの決めの台詞だった。
「今夜は、バスにはいりましょ!みんなでね」

                 *

 やれやれ。6号は、やっかいな女だった。
 今夜も、百合香の欲望を鎮めるために、重労働が必要になることだろう。小人を、踏み
潰した晩の百合香は、性欲が高まってしまう。火が付けられた松明のようなものだった。
それはそれは、凄いのだ。肉の洞窟探険もあるだろう。決死の覚悟をしていた。溺死も、
窒息も、圧死も、可能性として待ち受ける、過酷で危険な秘境だった。

                 *


 しかし、まだ夜は始まったばかりだった。百合香は、もう耐え切れぬようだった。我慢
の限界のように、ビジネス・スーツのスカートの下に、片手を入れていた。赤いショーツ
の上から、性器を揉むように、荒々しく手を動かしていた。私たちは下から見上げている
ので、奥の方までが剥き出しだった。

                 *

 風呂の前に、6号の遺体の清掃の仕事があった。何を命令されていなくても、それが習
慣だった。私たちは、専用の掃除道具であるシャベルやモップを肩に、水の入ったバケツ
を下げていた。床のウッド・カーペットは、こういう場合のために、耐水性のある汚れの
落ちやすい性質のものに、全面的に張り替えられていたのだ。

                 *

 私たちは、赤く染まった黄金の足に、恐る恐る接近していった。興奮した白い足の、何
気ない動きに跳ねとばされたら、それだけで命はない。生きている戦車だった。狂暴な威
力を秘めた兵器だった。6号の残骸を、回収しなけばならない。それも、安達ガ原百合香
の、夕食の材料の一つになるのだった。

                 *

 遥か彼方に聳える赤いハイヒールが、歪んだ魔女の塔のように見えた。革の内部から、
光が滲んでいた。誇り高く不吉に凶悪に、血の館のように闇に浮かんでいた。
(黄金の足の魔女・2 了)

【作者後記】
 新作です。

 休筆していた、笛地静恵のリハビリテーション作品です。

 他人さんの作品を、読ませて頂きました。笛地の世界とは、傾向が大きく違います。ほ
のぼのとしたファンタジー世界。しかし、書くことの楽しさが、素直に伝わってきます。
羨ましいです。楽しませて頂きました。

 霧華さんの絵と文章も素敵です。ツボです。端的に妄想の原点を見せられたような、迫
力を感じました。

 お二人からは、作り過ぎずに書くことの自然な迫力を感じました。原点に戻らせて頂き
ました。感謝を申し上げます。


 今回は、もう一人のこのジャンルの作家に、オマージュを捧げています。呼んで頂けれ
ば、お分りになるのではないかと思うのですが。基本的に、以下の方程式の答えを探そう
と思いました。


 赤い靴の昔話 + 某有名女優 + あだしの鬼女の伝説 = 白い足さん風の脚フェ
チ物語(ファンなのです。)

 正味二時間の、皆様との即興演奏のつもりです。推敲などはしていません。そのつもり
で、お気軽にお楽しみ下さい。
(笛地静恵)