体育終わりの女子更衣室は絶好のガールズトーク日和だ。
人生初の出来事を幾つも経験して多少グロッキーになっている私は、
先日学年1と噂のイケメンを見事に振った謎の美少女の話などを聞き流しながら、思想にふけっていた。


 制服を着込み教室に戻る途中、またしても疑問が発生した。
制服がちょうどいい大きさなのだ。体操着はきつかったのに。
休み中に買い換えたのは体操着だけだったはず。
ますます謎が増えた。頭が痛い。


 朝から度重なる不可思議現象のおかげでだるいことこの上ないが、
背伸びが今回の件に関わっている可能性がある以上頼ることはできない。
二時限目の数学以降、垂れる頭を気力で起こして授業に挑む。
鬼の形相で授業に挑む私の姿を見て、クラスメイトどころか先生まで私に口を出せなかった。

 いつもと様子が違うけど、大丈夫?

 そう一言いってくれれば、私は救われたろうに。
地獄の血の海を、泥船で渡っていた。


 放課後、すぐには保健室に向かうことができなかった。
生徒会の会議だ。我が校は春に運動会を行う。その打ち合わせが今日だったのだ。


 つくづく運の悪い――、と呆れることもできず、虚ろな目で会議に参加した。
幸い、恒例行事だったおかげで、私は頷くだけで会議は進んだ。
会長としての役割は、取りきめられた事を承認すること。
公平を期すために、会議を進行するのは運動部を纏めて管理を行う運動部委員会の会長だ。
毎年現れる新競技の提案は、前年までと打って変わって、無理なく取り行えるよう何度か調整を重ねたものだった。
私の答えは無論、はい。競技として公平で、生徒たちに危険がないなら特に否認する理由もない。助かった。


 会議が終わると、数人が私を心配して声を掛けてくれた。
私が保健室に行く旨を伝えると、みんなして付き添おうかと提案してくれた。
これぞまさしく私の望んだ人望。だが今回は、好意だけ受け取る形で辞退した。
会議室を出る時、運動部委員長に呼びとめられた。

「めずらしく元気がないね。これあげるから、一気に飲んでみなよ。すっきりするよ」

 野球部のキャプテンでもある彼は、まさしく好青年といった人物で、
スポーツ少年よろしく坊主頭でありながら、女子からの人気は高い。
そんな人物から差し入れなどをもらっては、普通の女子ならイチコロだろう。


 だがしかし、悲しきかな。
私は一般女子でもなければ、恋に恋焦がれる様な心の余裕もない。
栄養ドリンクなんて生まれて初めてだ、など考えながら受け取る。
貸しを作って日を跨ぐのはよろしくないので、手間賃込150円を渋る彼に強引に受け取らせ、保健室に向かった。


 保健室のドアを開けると、私は倒れこんだ。
体は正常だが精神が非常に衰弱している。
先ほど運動部委員会の会長にもらった栄養ドリンクを仰ぎ、気合を入れる。
その効果はてきめんで、濃い霧に包まれていた脳内はすっきり爽快、まるで今朝の晴天のようだった。
これでまた一つ、新しい味を覚えてしまった。


 気分もよくなったことろで、作業に取り掛かることにする。
ここに来る途中保険の先生から、

「今から保健室で休むなら、鍵をかけちゃってもいいわよ。
この時間に来る子ってたいていおしゃべりするために来るから、ゆっくり休めるようにね」

 別にやましいことをするわけではないが、見られたら困ることに変わりはないので鍵をかける。
ベットのカーテンを閉めて、体操着を取り出し、シーツの上に広げた。
問題はここからだ。今着ている制服を脱ぎ、横に並べてみると。

「制服が一回り大きい……」

 予想的中。数週前にワンサイズ大きめに買い換えた体操着は、
ワンサイズ小さいはずの制服より小さかった。

「それじゃあ、他の物も大きくなってるかも」

 メジャーを取り出し、何か測れるものを探す。
もともとのサイズを覚えてるものは……。
そうだ、靴だ。私の靴は26.5cmのはずだ。

「にじゅうななてん、さん……」

 27.3cm。通常の靴屋には取り揃えていない中途半端なサイズ。
なら、身長は。
気のせいで済めば、そう思って計るのをためらっていたが、
疑問が確信に変わった以上、測らずを得まい。
身長計に乗り、背筋を伸ばし、頭に当てて、動かさないよう台を降りる。
恐る恐る測り板の接点に目を向けてみると。


 168cmだった私の身長は、173cmになっていた。