……。いけない、ショックで時を忘れていたようだ。
説明のつかない出来事に直面して、軽くパニックになっていたようだ。
私じゃなかったら、この場面にどんな反応をするのだろうか。
やった、身長が伸びた、なんて暢気に喜べるのだろうか。
そんなことできたら、きっと楽になれたと思う。


 不知の出来事に私の頭はフル回転。
見つからない答えを見つけるために東奔西走だ。
突然大きくなった体。合わせて大きくなった服。
大きくなるトリガーは多分背伸び。

 背伸びで大きくなると分かっている分、余計に悩ましい。
何故背伸びなんかで身長が伸びるのか。
何故服も一緒に大きくなったのか。
服が合わないと気付いたら最初の背伸びでやめていたのに。

 何故何故何故と頭の中で嵐が巻き起こる。
もうよそう。生産性のないことはしない主義だ。


 気分を変えて、さっさとここをおさらばしよう。
先ほどのショックはもう味わいたくない。

「んー、今日は疲れたねぇ……」

 しまった、やってしまった。
気付いた時には既に成長が始まっていた。
意識してみればむくむくと体が疼く感覚がある。
前の2回よりも大きくなっているようだ。

「やっちゃったなぁ、これじゃ明らかにおかしいよね」

 測ってみれば188cmにまで成長していた。
この際だから、とバストやウエストも測ってみると、また一つ疑問が生まれた。
その疑問を解消すべく紙とペンを取り出し、計算を始めた。

 するとどうだろう、私はただ成長したわけではなかったようだ。
元の体形を維持したまま、大きくなっていたのだ。文字通り、一回りほど。

 確実に問題が起きる。
昨日別れるまで168cmだった少女が今日あってみれば188㎝。
話題にならないわけがない。私の社会的立ち位置が危うい。
決して近寄れない深い溝が生まれるだろう。

「こんな日には、神隠しにでも会いたい気分」

 普段なら、こんな非科学的なこと、絶対に言わない。
それほどまでに参っているんだろうな。


 その後の私は、いつもと違う道を通って家に向かっていた。
188cmの体を持て余し、明日からどういったたち振る舞いをしようか、必死で考えていた。
この大きなのまま家に帰るわけにはいかないので、通学路に逸れ公園に立ち寄った。
その公園は、なかなかの広さがあり、自然が多く残っている。
ところどころに設置されているベンチのおかげで、気分転換に一休みするのにちょうどいい場所だ。
少しでも人目のつかなそうな場所を探した。
ちょうど奥まった場所を見つけた。ベンチは設置してあるが、自販機はないから、人は来ないだろう。

 がっくりと腰を落とし、頭を抱える。
如何にも考えている風だったが、そんなことはなかった。
頭はまるで空っぽ。考えることもできないほどに放心していた。
そのまま落ちるように意識を失って――。


 ――ここはどこだろう。
気付けばベンチでなく、コンクリートの床に突っ伏していた。
血が上っているのか、視界はぼやけ、周囲を把握できない。
まず落ち着こう、そう思って深呼吸をしようとしたが、できない。
どうやら、口はガムテープでふさがれているようだ。

(なるほど、そういうことか)

 事態を推測出来たおかげで、意識はだいぶ戻ってきた。
こういう時は大抵どっかの倉庫的な場所にいるものだ。
 
 曇りが晴れた視界であたりを見回すと、どうやら何かの修理を受け持っている場所らしい。
壁には専門的な工具が掛けられ、ギトギトとした油の臭いが充満していた。

 確かめるように手足を動かしてみれば、やはり手足は紐で縛られていた。
しかし、見てみればしっかりとした紐ではない様だ。
荷造りで使われるようなPEテープだった。

 どうやら、そこまで計画された犯行ではないみたいだ。
だとすれば、私の誘拐する理由は何だろうか。
都内の進学校に通っているくらいで、家庭としては中流程度。
誘拐にしてはリスクとリターンがかみ合ってない。
一度誘拐してしまえば、どんな人間だって罪は一緒なわけだし、
もっと条件がいい人もいるだろうし。
なんて、邪なことは考えてはいけない。
現に攫われたのは私なのだから。


 私が誘拐される理由なんて――。
なんてことだ。一つだけあった。しかも今日できた理由が。

「おうおう、お目覚めかい」

 顔をあげると、刃物を持ってジャラジャラと鎖を何本も身に付けた男が立っていた。
へらへらとしながら、ナイフを弄ぶその姿は、まさにチンピラのそれだ。
男は女の私では何の抵抗もしないと踏んでいるのか、
拘束が甘いというのに、私には一切目をくれない。
それどころか、頻繁に時計を気にしている。
誰かを待っているようだ。

「あと30分もすれば、あんたは新しい人生をスタートすんだぜ、楽しみだろ」

 説明どうもありがとう。
どうやら人身売買のお話らしい。

「いやー、有名な学校ってのは見張ってたら思わぬ金づるがあるいてるもんだな。
1日で20㎝もでっかくなった女なんていくらで売れるか予想もつかないってもんだ」

 またまた、説明をどうも。
このままほっとけば、必要な情報は大体手に入るだろう。
この予想通り、男はボロボロと話してくれた。
こいつが見た目通りのチンピラだったこととや、この場所のこととか。
問題は、知れば知るほど、想像以上に非常事態だということだ。

「今回は本当についてるぜ。
なんせ、どこぞの研究室がサツにも根回しして確実に取引させてくれるってんだからよ。
少なくとも、俺の安全が確保されるまで捜索は愚か、この件は発覚すらしないってことだ」

 助けなんて携帯使って呼んだって来ないぜ――。
最初からやけに余裕綽々な理由はそれか。
神様は私を見捨てるどころか、存在すら知らないらしい。 


 この状況で、私の取れる行動は一つだけある。
しかし、それでこの件が解決したところで、
この先の人生は文字通り波乱万丈なものになるだろう。

 だが、私は決意した。
同じ研究所でも、私を研究できるのは表社会に顔向けできる正規の研究所だ。
血生臭い金が回る世界の研究所なんかにこの体を渡してたまるものか。





※PEテープ ポリエチレン製のテープ。
一般ではスズランテープって商標で通ってるらしいです。