湖が近くなったころ、私は町の方へ眼を向けた。
夕刻も過ぎ、暗みがかかった町の中に、複数の赤い光が見えた。
パトランプだった。
その光は列になってこちらへ向かっている様だ。

(これはうかうかしてられない)

 狙いは明らかに私だろうし、話が通じる気もしない。
どんな物語だって異端児は総じて排斥されるものだ。
そこを何とかして生き抜くすべを私は持っているのだろうか。
 
 程なくして、湖にたどり着いた。
観光開発のためかいくらか小屋が建っている。
だが、人が居る気配は一切ない。
今日は平日とはいえ、人一人いないのは不自然だが、都合がよかった。

 湖に手を差し入れてみると、全体を包み込むようにひんやりと冷たい。
濁りのない透き通った水が私の肌を流れ落ちる。
やけに細く流れる水を見て違和感を覚える。
そうか、私が大きいから、周りは元のサイズだから。
ここに来るまで様々見てきたはずなのに。
頭のつっかえる倉庫、股下までしかない鉄柵、背より低い木々。
どれもこれも信じ難くて、何かを見るたびに自分の大きさを気付かされる。

 掬った水に口をつけ、一気に呷る。
するすると喉を通り過ぎた水が体に染み渡るのを感じた。
思えばかれこれ数時間飲まず食わずだったから、貪る様に飲んだ。
腹の中で水が音を立てるのが聞こえる頃、湖の水位は目に見えて下がっていた。

 だいぶ落ち着いてきた辺りで、強烈なめまいに襲われた。
耐えられず両手を突いた。喉元が焼けるように熱い。
その熱は徐々に腹に降りてきて、胃の中で溶けるように体中に広がっていった。

「……っ!……!」

 声を出すことも叶わず僅かな呻きを上げながら、体を巡る熱に意識を溶かされていった。
無意識に、前方に這いずり、湖へと身を落とした。全身が瞬く間に沈みこむ。手足を投げ出し、苦しむことをやめ、痛みに身を任せた。
不意に、体が浮き上がるのを感じた。同時に、先ほどまでの熱が嘘のように消え、急激に意識が引き戻されてゆく。

 辺りを見回すと、透き通る水中を優雅に泳ぐ魚達を捉えた。
動かずに凝視していたからか、警戒する様子もなくこちらに近づいてきた。
数匹が肘あたりをちょこちょこと突いてきて少しくすぐったかった。
この魚は確か、何といったかな。魚の事はあまり詳しくない。
ただ、何か違和感がある。いや、違和感とはちょっと違う。既視感、とでも言うのだろうか。

 その時、ふと頭の中で閃いた。気付けばしっかりと水面に向かって水を蹴っていた。
大分長く沈んでいたせいで、直に苦しくなり出した。酸素の供給が止まり、筋肉の活動も徐々に弱まってゆく。
半ばもがく様に浮上していったが、時間がかかればかかるほどに、私の思いは確信へと近づいて行った。

 ようやく顔を出し、肺が我先にと空気を求める。びゅーびゅーと音を鳴らし呼吸をしながら、右左。

「助かった……」


 辺りは見渡す限り、広大な湖だった。私は元に戻ったのだ。