今日は不調だ。

 私――藤村恵(ふじむらめぐみ)は思う。
朝目を覚ましたその時から、違和感があった。


 生まれてこの方完璧超人として猛威をふるっていた私は、
自分の体調など気に掛けたことがなかった。
それゆえに、不快だ。実に不快だ。
まるでこの素晴らしい肢体が自分のものではないような感覚とは実に不愉快だ。
今私がこうしているように、寝ぼけ眼を手で擦るなど初めての経験だった。


 この違和感を取り除かなければ――。
都内有数の進学校で学年トップを独走する私の頭をフル回転させると、ふと思いついた。
普通の人と同じことをやればよいのだ。
小説で呼んだことのある、寝起きの主人公と同じような行動だ。
きっとあれは一般的に行われているものに違いない。


 そうと決まれば直にでも実行しよう。
しかし、アレは決まって清々しい晴天の下に行われる行為だったはずだ。
幸い、天気という条件はクリアしているが、私の部屋では日当たりが悪い。
ひとまず洗面台に赴き、洗顔と歯磨きをつつがなく行う。
さらには居間に用意してある朝食を取り、部屋に戻る。
そして、制服に着替えて、鞄を取り、玄関を開け、外に出る。
ここまでは今まで通りだ。
今までの朝と何ら変わりがない。


 やっと、アレをやる時が来た。
鞄を持った右手を真上に上げ、左手で右肘を掴み、踵を浮かせて、若干上体をそらせる。
そう、「背伸び」だ。これで体の違和感がきれいさっぱり抜けるはずだ。

「んー、んっ」

 意図せずして声がでる。
しかし、これは驚いた。かなり気分が良い。
いかにも体が伸びている、という感覚が癖になりそうだ。


 閉じていた目を開け、体の力を抜く。
するとどうだろうか。視線が若干上がったように思えるほど、さわやかな気持ちになった。
ワンテンポ遅れて、違和感が2割増しで帰ってきた。
だるい、これはだるい。初めての「背伸び」は見事成功したように見せかけ、
結果的には成功を確信した私に不意打ちをかけてきたのだ。
許すまじ。「背伸び」


 とはいえ、多少の不慮のために学校を休むわけにはいくまい。
足取り重く、私は今年で通学3年目となる登校路に就いた。