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"resident"
("estate agent"の一部)
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エレベーターが来るのを待っていた。

エレベーターの扉が開いたとき、巨大化女性が降りてきた。
天井すれすれの300cmはありそうな女性だった。明るい色のセーターを着ていて胸が大きくて顔は見えなかった。スマホをいじっていた。
道を開けるため扉からズレたが、彼女はコチラに全然気づいてない様子で、自分がズレた方向に向かって歩いてきた。

なにか柔らかく弾力のあるものに正面からぶつかって、そのまま尻もちをついてしまった。

「あ、オジサン大丈夫ですか」

女性のほうは特に驚きもせず、何かと当たったぐらいの感覚だったようだ。スマホ片手にコチラを見ている。
(あ、この人、前に紹介した人だ)とすぐに気付いた。容姿端麗で輝くような金髪が特徴的な人だった。
この人とは結局すべてオンラインのみの契約だったので直接見るのは初めてだった。
たしかそのときは200㎝と言っていた気が…

「全然大丈夫です、、」と声をかけると、「ふーん」とだけ言ってスマホをのぞき込んで自分の部屋がある方向へ歩いていった。気付かれていないようだった。

巨大化女性がどれだけ大きくなるのかは未だに判明していない。
天井高4mの集合住宅は来月完成予定であるが、既に多数の予約を受け取っている。

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"estate agent"
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巨大化女性という言葉があるときから世間を賑わすようになった。

生まれたときはどこにでもいる普通の赤ん坊だったのにその成長速度が桁違いいなのだ。
女性全員が巨大化するわけではなく割合的には1000人に一人ぐらい、14歳にもなれば少なくとも200㎝はあるようなモデルのようなスタイルで見た目も大人びていた。

ここでは不動産屋のやりとりを見てみよう。
最初はお客様からの電話にはじまる。

「はい、G不動産です」
「賃貸物件を探してましてー、、、」
「身長はおいくつでしょうか?」
「現在220センチで、まだ伸びるかもしれなくて…」
「なるほどですね、とりあえず天井高3mで探してみますね」

巨大化女性向けの物件探して最も重要なのは「天井高」である。
従来の建築法では居住空間の天井高は2.1m以上であることが定められていた。
しかし200センチを超える巨大化女性にとって、手を伸ばすこともできない、歩いてるときに天井に頭をぶつけてしまうような家は大変窮屈であり、高さがまったく足りなかった。

そこで、巨大化女性の人権尊重に基づいて天井高に対して条項の追加が行われた。

「尚、巨大化女性に於いては身長の1.2倍の天井高を確保すること」

例えば身長250cmであれば3m以上の天井高の建築に住むことが法律内で定められたのだ。
物件紹介においては、これから引っ越す彼女らの現身長に対して1.2倍の天井高がない家は紹介できなくなり、身長を聞くことが部屋探しの第一条件となった。

G不動産は近年開発された巨大化女性のための地域を専門に不動産業を営んでいた。

「3m以上の物件ですと、ハイランド・スリーなどはいかがでしょうか」
「ぜひ見てみたいです!あっ、でもオンラインでもいいですか?」
「内見・契約すべてオンラインでいいですか?」
「あー助かります!はい!移動が億劫だったので…」
「大丈夫ですよ、物件到着しましたらスマホにご連絡しますので、お電話番号を頂戴しても…………」

電話を切った俺は事務所のホワイトボードに「3m 内見」と書き社用車に乗り込んだ。

いまから向かう場所は元々は埋め立て地に作られた工場地帯だった。
それが時代の流れとともに廃業する企業が増え、すべての企業が撤退するまでに至った。
用地活用をこれからどうするかというときに巨大化女性が現れ始め、巨大化女性のための街づくり構想が急ピッチで進められた。
不動産デベと癒着の強い議員が躍進したと聞くが、俺のようなただの営業マンが知る由もない。

車で20分ほど移動して、ようやくハイランド・スリーに到着した。
スリーは天井高3mのことを指しており、身長250㎝までの巨大化女性専用集合住宅だ。

いつものことだが、エントランスの前に立つと自分が子どもになった気持ちになる。
4mぐらいある共用部を抜けて、エレベーターに乗り込む。
自分の頭より少し高いところにあるボタンを押して目的の階層へ行く。
数分かけて玄関前に到着した。扉のノブを開く。さすが巨大化女性向け住宅、扉の重さに自然と足に力が入る。

間取り自体はよくある家具付きのワンルームでなのだが、40㎡以上ある(普通は18~24㎡)。
玄関、廊下と一体になった台所、そして部屋に備え付けられた家具すべてが大きめに作られている。

テーブル横に荷物を置いて、お客様とビデオ通話を開始する。

「お待たせいたしました~G不動産の〇〇です~カメラ見えてますかね?」
「見えてます!内見楽しみなのでよろしくお願いします!」

この時がお互い初顔合わせである。スマホの画面には彼女の顔がいっぱいに映っていた。
透明感あふれる白い肌と、きらきらと輝く大きな瞳が印象的で、彼女の笑ったときに目尻が少し垂れるのも可愛かった。

オンライン案内のための秘密道具を取り出す。
柄の長いジンバルである。これをスマホに装着して、カメラの向きを外側に切り替える。

「お客様の高さに合わせたのですが見えてますかね」
「わぁ~ありがとうございます!」

そういうわけで室内を一通り案内し始めた。

営業しながら常々思うが、巨大化女性の現状は大変不便だと感じる毎日だ。
背だけではなく肉体的にもグラビアアイドル顔負けの彼女らは常に一般人からの視線が付きまとい、心無い言葉をかける輩もいる。
特別区のような場所に引っ越しを望む頃には、実家以外に安全な場所はなく、引きこもりになるのが社会問題になりつつある。
そのため特別区以外では彼女らが外を歩くことは基本的にないことを知ったとき、円滑な部屋探しで支援したいと思った。

脱衣所を抜けて、浴室に入る。
「最後はお風呂ご案内しますね」
「わぁ~すごく広いですね」
「浴槽はつかるとこんな感じです」

浴槽は巨大化女性のための特注品で全長250㎝・幅100㎝・深さ100cmあるのものだった。
ジンバルを垂直に持ちながら浴室に座り込む。普通の人なら全身がすっぽり入るほど大きい。

「これなら私でもちょうどいいですね~、家の風呂だと身体がつっかえちゃうこともあって、、、」
思わず彼女がいまこの浴槽に入ったことを想像してしまった。
自分の背丈だと、このままお湯に頭まで漬かってしまうから彼女の太ももがクッションになるだろう。
自分の後頭部を彼女の大きなふくらみが包み込むだろう。。。

「決めました!私ここに住みたいです!」
彼女の大声で我に戻された。

「あ、ありがとうございます。このままオンラインで契約を進めさせていただきますので少々お待ちくださいませ……」

この部屋のリビングで一通りの重要事項の説明と契約書への電子署名を交わし契約成立した。
俺はカメラ越しに深く頭を下げた。

本人と対面するのは現地でカギを渡すその一瞬だけだ。
営業に出かけていたら手の空いた誰かにお願いするときもあるから、もしかしたら彼女と会えることはないかもしれない。
そう思いながら下りのエレベーターが来るのを待っていた。

エレベーターの扉が開いたとき、巨大化女性が降りてきた。
天井すれすれの300cmはありそうな女性だった。明るい色のセーターを着ていて胸が大きくて顔は見えなかった。スマホをいじっていた。
道を開けるため扉からズレたが、彼女はコチラに全然気づいてない様子で、自分がズレた方向に向かって歩いてきた。

なにか柔らかく弾力のあるものに正面からぶつかって、そのまま尻もちをついてしまった。

「あ、オジサン大丈夫ですか」

女性のほうは特に驚きもせず、何かと当たったぐらいの感覚だったようだ。スマホ片手にコチラを見ている。
(あ、この人、前に紹介した人だ)とすぐに気付いた。容姿端麗で輝くような金髪が特徴的な人だった。
この人とは結局すべてオンラインのみの契約だったので直接見るのは初めてだった。
たしかそのときは200㎝と言っていた気が…

「全然大丈夫です、、」と声をかけると、「ふーん」とだけ言ってスマホをのぞき込んで自分の部屋がある方向へ歩いていった。気付かれていないようだった。

巨大化女性がどれだけ大きくなるのかは未だに判明していない。
天井高4mの集合住宅ハイランド・フォーは来月完成予定であるが、既に多数の予約を受け取っている。