街が悲鳴を上げている。
 そう錯覚させるほどに、街は無茶苦茶にされていた。
 人っ子一人いないがらんどうの街並み。
 その街並みが、たった四人の少女たちによって砕かれていく。
 家々を踏みつぶし、雑居ビルを蹴り砕き、線路は引き裂かれ、電線を伝う電柱が引き抜かれていく。
 平均全長が80メートルにほど近い大怪獣。
 それが四人も集まればこうもなるか。
 そんな感嘆にも似たため息を英雄は付いた。


「神代君、どこー?」
「慌てないの葵。あの男はこの街から逃げられない。ゆっくりと虱潰しに探せば、直ぐに見つかるわ」


 ビルを躊躇いなく蹴り壊しながら英雄の名前を呼ぶ葵。
 その彼女を嗜めるように香は言った。
 その目には、じりじりとした灼熱にも等しい嗜虐の色が宿っている。
 逃がすつもりなど毛頭ない。
 それを示すように、香はゆっくりとまた一歩踏み出した。
 街を衝撃が襲う。
 踏み砕かれたアスファルト。
 その下の水道管まで砕かれたのか、彼女の足跡は水たまりとなっている。
 そして、もう一組の方へと視線を向ければ楽し気にビルを蹴り壊す少女がいた。
 アリスである。
 その綺麗な金髪を揺らしながら、どこまでも楽し気に町を破壊していく。
 そんな彼女の後ろからガリヴァーは追従していた。
 楽し気に遊ぶアリスのを見守るように。
 されど、アリスが見逃した小さな家々を丁寧に踏みつぶしながら。
 その様子を見ながら英雄は小さくため息をついた。


「案外とガリヴァーさんも負けん気が強いな。あっちもあっちで逃がしてくれる気はないってか?」
「英雄さん」


 一人呟いた英雄の言葉に反応が返ってきた。
 英雄がそちらの方へと視線を向ければ、そこには黒猫の姿がある。
 シュバルツだ。
 ゲーム中に声をかけてくるとは随分と珍しい事だと英雄は思いながらも、彼を自らのひざ元へと呼んだ。
 その呼びかけに応じてシュバルツは英雄のひざの上に乗る。
 そして、彼と一緒に眼下の光景を見下ろしながら問いかけた。


「逃げないのですか?」
「逃げてどうにかなるのか? シュバルツ」
「ふむ」


 眼下では四人の少女たちが思い思いに街を破壊し尽くしていく姿が見える。
 一歩踏み出すたびに響く振動は、彼らのいる場所にまで届く。
 あの中に、只人が紛れて逃げ切れるとは確かにシュバルツも思わなかった。


「ちょっとばかり、揶揄いが過ぎた。お前の主様は俺を逃がしてくれるつもりは無いらしい」
「成程。つまり諦めたのですか?」
「あきらめてはいないさ。が、ここから勝利を掴むのは流石に骨だ」
「だから、このスカイツリーの屋上で主様方の破壊行動を見ていると」
「目算もある。あの女の事だ、こういうランドマークは最後のお楽しみに残すだろうってな」


 地上600メートルオーバー。
 この国が誇る最高の高さを誇る建造物。
 その屋上で英雄はぼんやりとしたの光景を眺めていた。
 その様子に、シュバルツはため息をつく。
 諦めていないという言葉は本当だろうが、ここからどうやって逃げ出すのか彼には見当もつかない。
 英雄に疑いの視線を向けるシュバルツ。
 そんな彼の視線を受けながら英雄は苦笑を一つ零すと、彼の頭を優しく撫でた。
 そんなことをしている間にも街は砕かれていく。
 家が、ビルが、学校が、多くの街を構成するものが踏みつぶされていく光景は、まさしくもって世界の終わり。
 その光景を眺め続けている英雄に向かってシュバルツは再度英雄に聞いた。


「それで? どうやって逃げ切るおつもりで?」
「俺に逃げる手段はない。人間は飛べないからな。見つかった時点でゲームオーバーだ」
「では、最後までここに隠れ続けると?」
「いや、不可能だ。怪獣映画で壊されなかったランドマークはない。そしてあいつらがここを見逃す理由もな」


 そう言うと英雄は葵を指さした。
 目と目が合う。
 英雄の事を見つけたのだろう葵が、地響きを立てながらスカイツリーへと駆け寄ってくるのが見えた。
 これで、時間の問題だったのが、時間さえ無くなった。
 先程までとは比べ物にならない轟音が響く。
 スカイツリーの下部を、葵が蹴り砕いた轟音だ。
 倒壊する。
 その序曲を聞きながらも、英雄は何の行動も起こさない。
 ゆっくりとスカイツリーが傾いていく。
 倒れていくビルの中ほどを葵が受け止めた。
 彼女の胸元に直撃して、スカイツリーの一部が粉々に砕け散る。
 バギンバギンと、英雄のいる九十度角度の変わった展望台に向けて、破壊音が近づいてくるのが聞こえる。
 葵が、ゆっくりと展望大部分を壊さないように少しづつ、折れ砕けたスカイツリーを引き寄せている音だ。
 その展望台の中で、英雄はシュバルツを撫でながら葵の周囲に他の少女達が集まってくるのを見ていた。


「……いや、本気で逃げないんですか? 英雄さん」
「逃げる手段が俺には無いと言ったじゃないかシュバルツ」
「それでも、貴方なら何とかしてくれる。そう僕は信じていますが?」


 その言葉に英雄は苦笑を返した。
 そして、その苦笑を浮かべると同時に展望台を覗き込む葵と目が合う。
 くすりと葵は微笑んで見せた。
 そして、宣言するように英雄に向かって言う。


「見つけたよ、神代君」
「ああ。見つかったぜ、葵さん」
「それじゃあ、これで私の……私たちの勝ちかな?」
「さて、それはどうかな?」
「そう。それじゃあ、試してみるね」


 言って葵は展望台へとその手を伸ばした。
 分厚い強化ガラスが砕け風が吹き込むと同時に、彼女の手が英雄へと伸ばされる。
 その手をするりとかわして、英雄はガラスの砕けた窓より外へと身をひるがえした。
 その場所の高さは低く見積もっても地上数十メートル。
 落ちれば、当然死に絶える高さ。
 その高さから落ちれば、当然英雄であってもしは免れない。
 そして、その死から逃れる手段も英雄にはなかった。
 だからこそ、英雄は言った。


「悪いな。助けてくれ、シュバルツ」
「……ああ、もう。後で、主様への弁明はお願いしますよ!!」

 英雄の言葉をもってシュバルツは悟る。
 ああ、なんて嫌な男だと。
 そして、なんて時になんて言葉を吐く男なのだと。
 憤るようにされど同時に高揚している自分にため息が漏れそうになる。
 この男は自分にどうしようもない状況下においてのみ誰かを頼る。
 そして、その誰かはきっと必ずその状況を打開するに足る何かを持っている。
 それが今回はシュバルツであり、同時にシュヴァルツシルトであったという事だ。
 シュバルツは理解している。
 この自分の行動がきっと自らの主の激怒を買う事を。
 されど、その激怒を受けてなお目の前の男言葉には従いたくなる魅力があった。
 だって、しょうがないじゃないか。
 誰にでもなく言い訳をする。
 空中で、無垢なまでの信頼の眼をシュバルツへ向ける英雄に彼は大きなため息をついた。
 こうまで理想的な男が窮地にあって自分を頼ってくれる。
 その、男冥利に尽きる信頼を裏切る事なんて出来るはずが無い。
 だからこそ。


「シュバルツ……?」
「お怒りは後で受けましょう、我が主」
「っという訳で、第二ラウンドだ。ああ、任せろ、エスコンは得意だからな」
「……貴方が操縦するのですか?」
「ああ。それともなんだい、シュバルツ君。君は俺に脅されたわけでもなく、自らの意志でこいつを呼んでくれたのかい?」


 その言葉に主従は共に同じ感想を抱いた。
 そして、お互いに言葉を重ねるように同じタイミングでその言葉をつぶやいた。


「「なんて、嫌味な男」」
「おうとも。誉め言葉をありがとよ」


 それは自らの使い魔でさえ陥落させて見せた男に対する嫌味か。
 それとも、全ては自らのせいだと背負う事を厭わない彼の在り方への苦言か。
 しかしながら、ゲームの部隊は第二ラウンドへと突入する。
 四人がかりで追い詰めるだけの鬼ごっこは、ここに来てようやく対等の立場で戦う事になった。
 身長80メートルを誇る巨大な少女たち。
 それに相対するは黒猫を介して操られた巨大な戦闘機。
 その操縦席でシュバルツは英雄の膝の上で言った。


「一応言っておきますが、僕はこの船を使って葵さん方に敗北していますからね」


 その言葉を受けて英雄は不敵に笑って見せた。










To Be Continued