シュバルツシルトを用いても英雄の不利は揺るがない。
 そもそも数の差が大きい。
 四対一。
 そして基礎スペックに置いて人ならざる大怪獣と戦闘機では比べ物にならない差がある。
 だが、それでも。


「こいつは良いなシュバルツ。ご機嫌な機体だぜ」
「それはどうも。それよりも、来ますよ?」
「ああ。見えている」


 怒りに任せて振るわれた香の剣を英雄は容易く回避した。
 回避した方向へと回し蹴りを放ってくる葵の一撃を避け、距離を取ったところに飛んでくる魔弾を避ける。
 一呼吸突く間もなく殺到するトランプの斬撃を隙間をすり抜けるように回避して、シュバルツシルトは再び四人の前に滞空する。
 その鮮やかな一連の回避行動をシュバルツは息を呑んで見守っていた。
 シュバルツシルトの操作性は高い。
 脳波コントロールによる直接的な操作方法は、猫である彼をして多彩な動きを実現させるものだ。
 しかしそれが人間である英雄にも上手く合致するわけではない。
 猫であるシュバルツに合わせて調整されたシュバルツシルトが欲求する反応速度は、まさに人間の領域を越えた動物的反応速度を操作者に要求する。
 並の人間では扱えぬはずの超兵器。
 それがシュバルツシルトであるはずで、その要求する性能を英雄は容易くたたきだした。


「信じられない」


 剣を振るままに香が呟く。
 その悉くを英雄は当然のように回避して、再び彼女たちの前に相対する。
 香が呟いたのは四人の心の声の代弁だ。
 香を除く三人はシュバルツシルトと戦ったことがある。
 香にしてもその設計者。その性能の高さを誰よりもよく知ってはいたが。
 よもや、自分たち四人を相手にして翻弄できるほどの性能を発揮させるとは信じが痛いものがあった。


「所有者の僕よりもうまく扱われると自信がなくなりますよ」
「はは。扱い方自体はお前より上手く扱ってるとは思わないけどな」
「ですが、僕はあの四人を相手にこうまで上手く立ち回れる自信はありませんよ」
「そりゃ、俺が武芸をかじっているからな。対人戦においてその違いは絶大だぜ?」


 そう言いながら葵の放った拳を僅かに期待を傾けるだけで回避する。
 手の届かぬ上空に逃げ延びたシュバルツシルトに対して葵はサマーソルトキックを放つ。
 しかしながらその一撃でさえ、英雄は読み切っていたと言わんばかりに回避して見せた。
 ひらりと舞うスカートの奥の白いものが見えて、僅かに英雄の頬が赤く染まる。
 戦いの中にあってそんな反応を示す英雄に、シュバルツは余裕ですねと小さくこぼした。


「おう、余裕だとも。お嬢ちゃん四人相手に戦う程度、欠伸交じりにこなして見せるさ」
「ふぅん。随分と吼えてくれるわね神代君」
「事実だからな。ルールを守ってこっちからは手を出してない今の状況を見れば当然だろう?」


 その言葉に香は目を細めた。
 事実英雄は鬼ごっこのルールを守っている。
 シュバルツシルトという80メートルを誇る巨大少女たちに対抗する手段を持ちながら、一切手を出さない。
 それが余裕の表れと言わずして何という。
 凄まじい人間性能に香の瞳がますます細くなる。


「生意気」
「温いね」


 いら立ちが募る。
 どれほど攻撃しても英雄の操るシュバルツシルトには一撃さえ届かない。
 反応速度において英雄のそれがシュバルツに勝っているわけではない。
 獣の誇る反応速度と人間の反応速度を比べるには流石に英雄に分が悪い。
 されど、その反応速度に勝るとも劣らない洞察力が香たちの攻撃の悉くを封殺する。
 香の放つ斬撃も魔法も英雄には一切届かず、葵の攻撃は全て見切られ、ガリヴァーやアリスには味方攻撃を行いかねない距離感を保つことで攻撃そのものをさせない。
 英雄は一切の攻撃を行うことなく彼女たちを封殺していた。
 その状況が香に苛立ちを募らせる。
 香は剣を呼び出して飛翔させる。
 その攻撃を容易く英雄は回避する。
 その瞬間を狙って斬撃を放つが、その剣の軌道を完全に読み切った英雄にはかすりもしない。
 それどころか、香は足元を取られた。
 ビルだ。
 六階建て程度の雑居ビル。
 普段なら路傍の石の如く気にも留めない程度のビルに足を取られて香は盛大に転倒した。


「みぎゃー!?」
「おいおい、大丈夫かよ月来」


 悲鳴を上げて倒れる香。
 その香りに向けて英雄は揶揄い交じりの気づかいを向ける。
 ゆっくりと香は立ち上がると、自らの足を取った生意気なビルを何度も何度も踏みつけて鬱憤を晴らした。


「物に当たるのは良くないぜ? なあ、葵さん?」
「あはは。ノーコメントで」
「全く。運動神経が余りよろしくないんだから、鬼ごっこで俺に挑むのが間違っている」
「それを踏まえても一切攻撃をさせてくれない英雄君には驚かされますが?」
「はは。連携が悪い、練度が足りない。……と言うかガリヴァーさんはそもそもからして本業は冒険家だろうに。戦闘が十八番でもない女性に、俺が負けるかよってね」


 英雄の言い分にガリヴァーは苦笑した。
 的を射た意見だったからだ。
 そもそも、葵、香、アリス、ガリヴァーの四人が戦闘に向いているという訳では無い。
 体格を除けば普通の少女だ。
 そんな彼女たちが戦いの手法を修めた英雄に勝る道理はない。
 圧倒的な力量の違いを、さらに圧倒的なステータスの差によって埋めていだけの事。
 そのステータスの差が縮まれば、こうなることは目に見えていた。


「それで? まだやるのか? 月来」
「……ふー。ふー。当然よ。基礎能力の差が縮まれば負ける? そう。なら、もっと差を広げれば済むだけの話でしょう」
「あ、香切れてる」
「香ちゃんも負けず嫌いだからねー」
「ふふ。それ程、英雄君に負けたくないという事なのでしょう」
「黙りなさい貴方達。ここからが本番よ」


 言うと同時に香は指を鳴らした。
 瞬間、ゆっくりと彼女たち四人の大きさが増していく。
 ただ立っているだけだというのに街は更に砕かれて、瓦礫に埋もれていく。
 そして、今までの二倍ほどの大きさで彼女たちの巨大化は止まった。
 勝ち誇るように香は笑う。
 そして、甚振るように英雄に向かって宣言した。


「さあ、これでどうかしら、神代君。ああ、安心してこれで足りないのならもっともっと大きくなってあげるから」
「は……上等だ月来。しかし、忘れるなよ。これは鬼ごっこだからな」
「ええ。貴方が逃げ惑うだけのゲーム。それを忘れるなんてありえない」


 言葉と同時に香は剣を振り下ろした。
 彼女たちが巨大化したことで難易度がさらに上がる。
 それを感じていながら英雄は余裕の表情を崩さない。
 変わらず彼女たちの攻撃を捌き続けている。
 足りない。
 この程度では英雄を落とすには足りない。
 それを理解した香は更に更に性能差を広げるために指を鳴らした。
 次のサイズは常人の二百倍。
 先ほどまでの更に倍の体格をもって英雄に迫る。
 それでも足りなければ四百倍。
 それでも足りなければ八百倍。
 街を僅か一歩で壊滅に追い込む大きさに成り果てながら彼女は笑う。


「さあ、さあ、さあ、どうかしら? まだ足りない? まだ勝てるつもり? そう。ならばもっともっともっと」


 ノリノリで英雄を追い詰めようとする香。
 その様子を苦笑しながら葵たちは見ていた。
 驚くべきは、この巨体となった香たちの攻撃を未だに耐え忍ぶ英雄の力量か。
 どこまで先を見据えた回避行動を行っているのか。
 それさえ、葵たちには理解できない程の凄まじい技量。
 そんな凄まじい少年を、圧倒的な性能差で蹂躙するという現実に、葵の下腹部は小さく熱を持った。


「香様」
「なぁに、シュバルツ。そろそろ降参かしら」


 千六百倍。
 もはや、シュバルツシルトを一撃で踏みつぶせるような大きさになった香にシュバルツより声掛けられた。
 降参の申し出かと香はくすくすと笑う。
 無論、今更降参したところで許してやる気など香には一切なかった。
 それでも、最後の負け惜しみくらいは聞いてやろうと彼女の顔のあたりにまで浮遊してきたシュバルツシルトからの言葉を待つ。


「あー。英雄さんよりの伝言です」
「伝言? え……?」
「その大きさで、俺を見つけられるようなら頑張ってくれ。との事です。どうされますか?」


 その言葉を聞いた瞬間香はシュバルツシルトより視線を外して大地に目を向けた。
 街は既に廃墟に成り果てている。
 八百倍の状態で暴れ回られれば、街が耐えられるはずもない。
 ビルが悉く倒壊し、瓦礫の山と化した街並みを見ながら香はうめいた。
 そして、これを狙っていたのであろう男の笑い顔が脳裏に浮かび、ギリギリと歯を食いしばる。


「あ……あ……あの男……」
「ゲームを続けられますか? 香様」
「も、勿論よ!! とにかく探す。探し出して見せる!!」
「了解です。それではゲームは継続と。私はどうしておけばよろしいですか?」
「戻っていなさいシュバルツ。貴方を好きにさせていれば、またあの男を助けかねないから」
「御意に」


 その言葉と同時にシュバルツがこの世界より消え去った。
 自身の部屋に転移したのだろうと、それに気を止める事無く香は膝立ちになって地面を眺める。
 廃墟となった街並みに動くものなど見えるはずが無い。
 そもそもからして千六百倍に巨大化している彼女が、瓦礫の山から人間を見つけ出すなど不可能に等しい。


「ど、どうしたの香」
「あの男、街に逃げたの!! 探し出すわよ」
「え、えええ!?」


 香の言葉を聞いて驚きの声を上げる葵。
 その声を無視して、香はただ小さな街並みに小さな男を探し続けていた。







「同じ手に引っかかるとは、あれも中々抜けているよな、シュバルツ」
「僕は貴方のその冷静さがとても恐ろしいですよ、英雄さん」


 転移した香の部屋のテーブルの上で英雄はシュバルツに向かってそう言った。





To Be Continued