11-3 勝利の褒賞




 凡そ二時間。
 ゆっくりとシュバルツとお茶会を楽しんでいた英雄は非常に不機嫌な様子の香を出迎えた。
 そんな彼女の様子に葵たちは苦笑を浮かべている。
 その様子を見て英雄は肩を竦めながら、彼女に問いかけた。


「お帰り月来。ところで、随分と不機嫌だが、何かあったのか?」
「よくもまあ、ぬけぬけと」


 英雄の言葉を聞いて香は彼を睨みつけた。
 その様子に英雄は苦笑を深めながら言葉を返す。


「ま、そんなに不機嫌にならないでくれよ月来。あのゲームで俺が勝つにはあれくらいしか手段がなかったんだ」
「……そうね、それは認めてあげる。だけど、シュバルツは許せない。私に忠誠を尽くしているとか言いながら、私に平気で嘘を吐くような猫はね」

 香はそう言ってシュバルツを睨みつけた。
 そんな彼を庇う様に英雄は前に出る。
 不機嫌な様子のまま香は英雄を睨みつけるが、そんな態度の彼女にさえ英雄は悠然と返した。


「別段。シュバルツはお前に嘘をついていないさ」
「は? 何を言っているのかしら貴方」
「シュバルツは俺の伝言を一字一句間違うことなく伝えただけだ。ゲームの対戦相手からの伝言を真に受けて、疑う事さえしなかったのはお前だろ月来。そのミスを棚に上げてシュバルツを責めるのは筋が違う」


 英雄の言葉に香はシュバルツからの言葉を思い返す。
 確かに彼は英雄よりの伝言を彼女に伝えただけだ。
 わざわざ、そう先に言葉を置いて伝えた以上そこにシュバルツの落ち度はない。
 あの伝言を伝えたとき、未だにシュバルツシルトに英雄が登場している事は言わなかっただけ。
 そして、この部屋に戻っていたのは香の命令があったからこそだ。
 そう言う意味ではシュバルツは香の命令に背いてはいないし、彼女を裏切ることもしていない。
 すべては、香自身が英雄の行動を深読みしすぎた故の失策だ。
 英雄の言いたいことを全て理解した香は歯噛みした。
 彼の言い草は筋が通っている。
 シュバルツは友情と忠義の狭間で揺れ動いた。
しかしそれでも最低限の筋を通している以上、彼を責めることは香のプライドが邪魔をする。
そこまで見通して、シュバルツに助けを求めたとするのであれば、この男の眼はどこまで見通しているのか。
小さな戦慄が香の背筋を走る。


「それでも、シュバルツへの憤りが収まらないというのであれば、仕方がない」
「……何よ。貴方が対価を支払ってくれるとでもいうの?」
「ああ。今回のゲームの勝利者権限。それを使って頼む。シュバルツの事を許してやってくれ」


 英雄の言葉に香の眼が見開かれた。
 その言葉の真意を確認するように彼に問いかける。


「貴方。それがどういうことか分かって言っているのよね?」
「ああ。勿論。俺は俺の発言に責任を取る。例えこの身がどうなってもシュバルツを許してやって欲しい。そう言っている」


 そして英雄は何のためらいもなくそう答えた。


「流石は英雄君。まさしく英雄だね」
「ありがとよ葵さん。ま、忠義と友情の狭間でどちらもを取るバランス感覚を見せた友人に答えない程俺は酷じゃない」
「その結果、どうなるか分かっていても?」
「ああ」


 そう答えた英雄に対して葵はくすくすと意味深長な笑みを見せた。
 その態度だけで自分がどうなるかを悟った英雄は小さくため息をつく。
 それに応じるように香は英雄に手を伸ばした。
 それをかわす事もなく受け入れて、彼女の手の中に囚われる。
 手のひらの上でそれでも悠然と立つ英雄を眺めながら、香は残酷な妄想を弄んだ。
 目の前には憎らしくも愛おしい人の極致が立っている。
 この後、どうなるか受け入れて、当然のように立つ男。
 その有様を自身の手で捻じ曲げる事を妄想して、香は熱い吐息を彼に吹きかけた。


「……ゲームに勝った貴方に褒賞をあげる」
「いらないと。拒否することは出来るのか?」
「させない。これは問いかけでは無く、ただの宣告だから」
「だろうな。それで、褒賞ってのはなんだ?」
「喜びなさい神代君。私たちの遊びに招いてあげる」
「今でも十分一緒に遊んでいると思うが?」
「とぼけなくてもいいわよ。呆けなくてもいいわ。こんな児戯では無く、もっと大人の遊びに招待してあげる。私はそう言っているの」


 香はそう言うとにっこりと笑った。
 その目には隠し切れない情欲の火がともっている。
 それを理解した英雄は大きくため息をつくと同時に、両手を上げて降参の意を示した。
 それを拒否できないと分かってなお、これからどうなるか分かってなお、自らの姿勢を崩さない在り方に香は小さな笑みを浮かべて見せる。


「えっと、香ちゃん? これからどうするつもりなんですか?」
「あら、決まっているじゃないガリヴァー。私たちはゲームに負けたの。なら、ゲームの勝者に尽くしてあげるくらいの事はしてあげないとね」


 ガリヴァーの問いに香はくすくすと笑いながらそう答えた。
 その香りの態度にガリヴァーは随分と彼女が怒っている事を理解する。
 そして、これからの遊びについての見当がついて小さく笑みを浮かべた。


「葵ちゃん、どういう意味?」
「ふふ。一緒に遊ぼうって意味だよ、アリスちゃん」
「? いままでも一緒に遊んでたけど? ……まあ、ゲームは全部負けちゃったけど」
「そう。ゲームでは全部私たちの負け。だからその勝者を労ってあげようって、そう言う意味」
「……ああ、成程。でもそれが、英雄君の労いになるの?」
「ならねーよ。ならねーけど、拒否権は無いらしいから享受させてもらうしかないのさ」
「ふーん。ご褒美なのに嫌がるなんて変な話」
「さて、誰にとってのご褒美なのか」


 アリスの言葉に英雄は苦笑したようにそう返した。
 そんな英雄を掌に載せたまま香は歩き出す。
 向かう先は自室のベットルームだ。
 くすくすと楽し気な笑みを浮かべながら、彼をその場所へ連れていく。


「あら? 美女、美少女四人からのご奉仕なんて男の夢でしょう?」
「は。同じサイズなら泣いて喜ぶかもしれないがな」
「ふふ。望みとあらば同じサイズでお相手してあげてもいいわよ?」
「ほう。で、その条件は?」
「小人の街で全てを押しつぶしながら奉仕を受けなさい」
「成程。俺が絶対に肯定できない条件を付けるわけだ。最悪だなお前」
「ええ。私、この世界における神様ですもの」
「神様全部が最悪な存在みたいに言うな」
「でも、基本的に神様ってそういうものでしょう?」


 三人を連れ立って香はベットルームに入った。
 そこには昨晩葵と英雄と共に一晩過ごしたキングサイズのベッドが置かれている。
 普段は、この部屋で遊ぶことは殆どない。
 彼女たちにとって遊び場とは小人達の住む場所だからだ。
 だからこそ、このただ寝る場所で一緒に遊ぶその事に妙な楽しみが香の胸にはあった。
 多数を巻き込まず、ただ一人を引き連れて四人がかりで遊ぶ。
 普段ならそんな詰まらない事はしないし、その程度では興奮も薄いだろう。
 だが、今回ばかりは事象が違う。
 今回ばかりは相手がいい。
 これから起こるであろう惨劇を予見しながらも、それでも飄々とした態度に一切に揺るぎない男をちらりと見る。
 視線がかち合って、それでも一歩たりとも退かない男の在り方に、香の秘奥は熱を帯びた。
 とさりと白亜のベッドに腰を下ろす。
 それを見た葵が、香の隣に追従した。
 そんな彼女にアリスが抱き着く。
 そして、香のもう片方にガリヴァーが艶やかな笑みを浮かべながらゆっくりと腰を下ろした。


「太陽もまだ高い時間帯に、するべき事じゃないな」
「ふふ。したい時にする。それがこの世界でのルール。それに、貴方が悪いのよ神代君」
「そうだよ。君がいけないんだよ」
「ゲームに勝ち続けたことが悪いというのなら、もうどうしようもないなこれ」
「それはまあ、香ちゃんに目を付けられた時点でどうしようもないと言いますか」
「そうだね、香ちゃん、結構執念深いから」
「執念深くて結構。でも、仕方が無いでしょう?」
「そうだね、仕方がないよ。だって」


 くすくすと笑いあいながら葵と香は声をそろえて言った。


「「神代君が、魅力的過ぎるのが悪い」」
「は。光栄の至りだね」