全てが終わって、修行も終わって放課後。
 英雄はのんびりと家路を歩いていた。
 そんな彼の前に黒猫が通りかかる。
 彼を見て、英雄はこれ見よがしにため息をついて見せると、それでも友人は裏切れないと彼の後をついていった。
 たどり着くのは何時もの公園。
 この公園には嫌な思いでしかないと、更に大きなため息を一つ。
 そして、公園に置いてある何時ものベンチへと腰を下ろした。
 歩み寄ってくる黒猫、シュバルツに向かって疲れたような声で話しかける。


「今日は勘弁してほしいんだが、シュバルツ」
「ははは。僕も、貴方を見逃してあげたくはありますが、残念ながら主の命です。その主の命を裏切る事が出来る程、僕は佞臣ではありませんので」
「知ってる。いやまあ、放課後まで良く持ったというべきか」
「ふむ。この状況を予見しておられたような物言いですね、英雄さん」
「……まあ、あいつの野望を砕いたとはいえ、あいつの世界を砕いた訳でも無い。遅かれ早かれ、呼び出されるとは思っていたよ。……それが当日だとは流石に思ってもいなかったが」
「我が主は、こらえ性がありませんので」
「ああ。知ってるよ」


 言いながら英雄は魚肉ソーセージを取り出してシュバルツと分け合った。
 シュバルツが彼の手より魚肉ソーセージを食べている間だけは、あの世界へ行かなくて済む。
 そんな些細な抵抗に乗ってあげる事がシュバルツの数少ない彼への手向け。
 その事を理解している英雄は、隠す事も諦めて大きなため息をまたもついた。


「ため息をつくと幸せが逃げると言いますよ?」
「黒猫に出会った時点で不幸だよ俺は」
「ひどいですね。僕と出会ったことをそんな風に言うなんて」
「お前と出会ったことは幸運だが、それに付随するものがあまりにも不幸すぎる。そうは思わないか?」
「ノーコメントでお願いします」
「それこそが、まさしく答えだっての」


 全く。
 と、言いながら英雄はベンチより立ち上がった。
 魚肉ソーセージを食べているわずかな間に英雄の覚悟は定まった。
 そもそもからして、結末より逃げるつもりもない。そして、逃げられる理由もないと彼はある程度理解していた。
 英雄の末路などろくでも無い物と相場が決まっている。
 別世界の神様を打倒して世界を救った英雄の末路もまた同じだ。


「それじゃあ、行くかシュバルツ」
「ええ。我が主がお待ちです」
「ああ。知ってはいるが、本当に行きたくなくなる言葉だよ、それは」


 そう言うと英雄は前を歩くシュバルツの後についていった。



 出た場所は何時ものテーブルの上。
 いつも通りの場所で、いつも通り香が葵と共に英雄を待っていた。
 その表情はどこまでも不機嫌な様子で、香とお喋りをしている葵も苦笑気味だった。
 そんな彼女の前に英雄はいつも通りの様子で悠々と現れる。
 その姿を見て、香の機嫌はますます不機嫌なものになった。


「おいおい月来。随分と不機嫌な様子じゃないか。……何か、嫌な事でもあったのか?」
「よくもまあ、いけしゃあしゃあと言うわね神代君。全て、貴方の責任なのに」
「責任ね。まあ、英雄としての責務は果たしたつもりだが」
「うん。見事、世界の破滅を企む悪の巨大娘軍団を打倒したもんね」
「ああ。全く骨の折れる責務だったぜ」
「葵。貴女どっちの味方なのかしら?」
「うーん。別に私は神代君に恨みはないからね。髪飾を壊された事くらい?」
「……新しいのを後で贈ってあげるから、私の味方に付きなさい」
「しょうがないなぁ香は」


 そう言いながら葵は香に抱き着いた。
 その百合百合した光景を眺めながら英雄はテーブルの上に腰を下ろす。
 そして、本題と言わんばかりに尋ねた。


「それで? 何のようだ月来? 俺は、悪の巨大娘軍団を打倒して疲れてるんだが? 用がないならさっさと俺を家に帰してくれ」
「駄目よ神代君。貴方には責任を取ってもらわなくてはならないもの」
「責任ねぇ。世界を救った報酬に責任を取らされるのかよ」
「ええ勿論。私の物語を勝手に改ざんされた恨み、忘れているわけじゃないもの」


 その言葉に英雄は肩を竦めた。
 そうしなければ、世界が滅んでいたんだから許せと言わんばかりの態度だ。
 その態度を見ながら香はクスリと小さな笑みを浮かべた。
 その笑みに、英雄の背筋に冷たい汗が流れる。


「それで? 俺に何をさせるつもりだ?」
「ふふ、特別な事をしてほしいつもりは無いわ。これから先、貴方は一生私たちの玩具になって欲しいだけ」
「あー。勘弁してほしいんだけど?」
「ええ、良いわよ。貴方がそれを望むのなら認めてあげても」
「あ? 随分と素直じゃないか月来」
「その代わり、貴方が玩具になってくれない限り、私たちは幾度でも現実世界に攻め込んであげる」


 香の言葉に英雄は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。
 そんな表情を浮かべる英雄を見て、香はくすくすと笑みを深める。
 助けを求めるように、隣の葵に視線を送ると彼女は、にっこりと笑みを浮かべて何も答えなかった。


「断らせる気が一切ないな」
「ふふ。断ってくれてもいいのよ? そうすれば、世界は私たちの物になって、結果として貴方を手に入れられるのだから」
「それをさせないために、俺は戦ったのにそれじゃあ、意味がないな」
「それじゃあ、私たちの玩具になってくれるのかしら?」
「断る。俺は、誰かの物になるつもりは無い」
「そう。それじゃあ、交渉は決裂ね。ここから先は力づくになるわ」
「は。やってみろ。アクセス、マイソロジー」


 言って英雄は神話の力へと手を伸ばす。
 しかしながら、あの時のような力は湧き出てこない。
 自分自身にあるのは、彼自身の力だけ。
 その事に頬をひきつらせながら、英雄は香の方を見上げた。
 くすくすと笑みを浮かべて香は笑い、そして彼のために解説してあげた。


「あの力はこの世界では使えない。そんな風にきちんと設定しておいたわ」
「……」
「貴方が神話を再現できるのは夢と現の狭間の世界のみ。だってそうでしょう? あれ程の力、使える場所に制限位加えないと、物語として興ざめしてしまうじゃない。だから、私がきちんと設定を付け加えてあげたわ」
「……成程。素晴らしい配慮だな。泣きたくなる」
「ええ。貴方の心が折れたその時は、ちゃんと世界を征服してあげる。だから、存分に心折れて頂戴」
「ああ、この糞女最悪だな」
「そうかしら? 私たちが世界を滅ぼす時のカウンターとしての力は残しておいてあげたのだから十分に優しいと思受けれど。……それと、私とばかり話していて大丈夫かしら?」
「あ?」
「そろそろ、葵も限界みたいだけど?」


 そう香が言った瞬間に英雄はテーブルの上から連れ去られた。
 連れ去ったのは香が言ったように葵だ。
 彼女はにこやかな笑みを浮かべながら、英雄を握り締めている。
 ぎしぎしと体がきしむ音を聞きながら、英雄は彼女に向かって声をかけた。
 その声が、引きつらなかったことに自分を褒めてやりたいと思いながら、葵を引き留めようと言葉を尽くそうとする。


「葵さ……」
「あはは。ごめんね神代君。もう、我慢できないんだ」


 英雄の抗弁を一切聞かずに、葵はゆっくりと自身の手を自らのスカートの中へと忍ばせた。
 器用に親指で自身のパンティに隙間を作ると、そこから英雄を中へと招待する。
 とさりと落ちる感触。
 彼が悲鳴を上げながら自身のパンティの中に囚われた感触に、葵は頬を染めながら、香の横に座る。
 そんな彼女を優し気に香は眺めながら、カップ注がれたコーヒーを啜る。
 そして、ティーカップを皿の上に戻すと、頬を染めて香を見詰める葵の頬に優しく触れた。


「これから、毎日が楽しみね葵」
「そうだね、香。これからも楽しい物語をお願いね」
「ええ、勿論」


 そして、二人はどちらからともなく互いに口付けあった。
 香は体を寄せてくる葵のスカートの中にそっと手を忍ばせると、優しく彼女の大事なところを撫で上げる。
 そんな彼女の行動に葵はますます激しく、香の唇を求めた。
 二人の間に吐息が触れ合う音が響く。
 衣擦れの音が静寂に満たされた香の部屋に怪しく響いて。
 そして、ほんの小さな悲鳴が留まることなく、二人の耳を楽しませた。
 お楽しみはこれからだ。
 これから始まるだろう、輝ける日々を夢想しながら、二人は体をゆっくりと重ね合った。






THE END